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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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冷たく悲しい過去

「エリスは俺の国では母さんの娘ということになっている。理由は王妃が、母さんが生きているときに彼女は父さんに薬を盛り、授かった子だからだよ。俺の国では重婚は認められないし、婚姻外の子は基本的に受け入れられない」


 私はその言葉に驚き、ラウールを見た。


「エリスは知っているの?」

「知っているよ。すべてね。彼女はエリスの命を、自分の地位を維持するためだけに使い続けている。嫌でも察するよ」


 私はエリスの浮かべていた悲しそうな笑みの理由も知る。

 彼女もまた過去から続く事象の被害者だったのだろう。


「気になっていたんだけど、エリスって昔はあそこまで体が弱くなかったよね。遠くから見たことしかないけど、もっと活発な子だったと思う」


 いつの間にか私の傍に来ていたアリアがそう問いかける。

 その言葉にラウールは天を仰いだ。


「王妃の仕業だよ。あいつは毒の効かない俺の代わりに毒を飲んだんだ。俺をもう誰にも殺させようとしないという交換条件をさせてね。だから、体が弱っている状態なんだよ」

「なぜそこまでするの? 自分の娘なんでしょう?」


 親だから、血のつながりがあるからといい愛されるとは限らない。それは分かっている。

 だが、彼女の行動は常軌を逸していた。


「きっとあの人には娘よりも、自分が大事だったんだよ。エリスもそれを分かっているし、母親を慕ってはいない。だから、あいつには誰よりも幸せになってほしいと思っている。できれば王位の関係ない場所でゆっくりとね」

「ニコラさんやルイーズは知っているの?」

「知っているよ。特に、ニコラはそれを分かっているからこそ、エリスが一緒にいたいと望めば、一生添い遂げようとするだろう。だから、誰もニコラにエリスの気持ちを伝えられないんだよ。エリス自身もね」


 二人の絆の強さ、そして彼らの周囲の人がエリスを必要以上に庇っていた理由を知ったのだ。

 どうしたらこの過去から続く因縁を断ち切れるのだろう。

 ふと、アリアの持つ治癒能力のことを思い出す。


「魔法で治せないの?」


 アリアは首を横に振る。


「分からない。原因をつきとめて、それを再構築できれば治せるかもしれない。けれど、その毒を再び盛られれば、また体がダメージを受ける。そのもとを断たないとどうしょうもないわ。一番いいのはエリスと王妃を引き離すことだけど、王妃は首を縦にはふらないでしょう」


 王妃に会って、エリスを傷つけるのを辞めさせることができるのだろうか。

 今までの話を聞く限り、説得が通じそうな相手だとは思わない。


「治しても再び毒でエリスの体を侵そうとするよ。あの人はね。俺とエリスが国から逃げれば、今度は友人をはじめとし、国民を人質に取る。だから、俺たちはあの国にい続けるしかないんだよ」

「そんなのって」

「それが今の王妃だよ。きっと母さんがあまりに美化されるのは、今の王妃がああだからだと思う。彼女は自らのためにどんな存在さえも利用しようとする。その一つが海王でもあったんだろう」


 彼は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべている。


「この因縁を断ち切るために、彼女を何度か殺そうとしたことはある。でも、エリスが言うんだ。例え、どんな人間でも、殺してしまえば罪に問われる。王子であろうとも関係ない。俺を人殺しにはしたくない。最悪、自分は死んでも構わない。だから、それまでは訪れるかもしれない奇跡のために生き続けようとね」


 私はその言葉を聞き、視界が滲む。

 彼らに王族としての意識があるからこそ、こうして苦しみ続けているのだろう。

 国民がどうでもいいと思えるなら、それこそルーナやほかの国に逃げることができたはずなのに。

 そして、彼らの周りにいる人たちもそれをわかるからこそ、二人の幸せを望んでいる。

 私に何かできるなら、どうにかしたい。

 奇跡という言葉が、彼らのおかれた状況を示していた。


 今がそのチャンスなのかもしれない。

 だが、海王に、ラウールたちの解放。そんな条件を彼女が飲む方法が分からない。

 ラシダさんを取り戻したといっても、海王が自分で逃げられる状況になければ、彼女が優位であることは変わらないのだ。


「王様は何もしないの? 国で一番偉いんでしょう?」

「父さんは母さんが死んで別人のようになった。もう今は死ぬのを待っているだけだと思う。今でも母さんを思っているのは見ていればわかる。それに父さんは王妃に負い目があるんだよ。もともと王妃は父さんの婚約者だった。だが、父さんが母さんと結婚をするために、婚約を破棄したんだ。その婚約破棄の条件が、母さんが死んだときは自分を妃にすること、そして自分に子供が生まれたときには王位継承権を一位にすることだったと、ロレンスが教えてくれた」

「婚約者?」


 私は驚き、ラウールを見た。


「前の王、俺の祖父が父さんが幼いときにそう決めたらしい。そのころ、エスポワールは国として弱体していて、力を持つルナンを取り込みたかったんだろうな。だが、父さんが結婚を実際考える年齢になると、ルナンの力もあり、ずいぶん国も持ち直してきた。父さんは実際迷っていたらしい。そのまま王妃と結婚をすべきか、と。でも、結局は母さんを選び、祖父や王妃に直談判した。母さんと結婚させてくれ、と。俺の祖父は回復魔法に長け、他種族からも聖女として呼ばれるようになっていた母さんとの結婚を許可したんだよ。より国の力を高めるためにね。だから、俺から見たら王妃は侵略者に見える。でも、向こうからしたら、俺と母さんが侵略者で、それを命を賭けて庇おうとするエリスや父さんは裏切者なんだろうな」


 様々な問題が積み重なり、状況をよりややこしくしているようだ。

 そんな王妃の置かれた状況や、実家が持つ強い力により、彼女には多くの味方がいるのだろう。


「こんな話をして悪いな。これは俺の国の問題だよ。まずは海王をどうにかしないといけない。どうするのが一番いいのか考えてみよう」


 私はラウールの言葉に頷いた。


 セリア様の家に帰り、対策を練るがよい案が思いつかないままだった。



 私たちはラウールと別れ、ポワドンに来ていた。ラシダさんをどこでかくまうか迷った結果、ポワドンに頼むことにしたのだ。


「本当にごめんなさいね」

「私は別にかまわないよ。この場所に好き好んで入ってくる人間はそうそういない。何でも必要なものがあれば言ってくれればいい」


 レジスさんはそういうと、微笑んだ。


「ありがとうございます。せめて海城を取り戻せれば王妃の言いなりにならなくてもすむとおもうのですが」

「海城の場所ね。海の中にあるのよね」


 ラシダさんは頷いた。


「あの城は海の中にいてこそ美しい環境を保てるものなので、海にはいると思います」

「エスポワールで海に面する地域は多くはないけれど、他国に面する海域に海城を潜ませている可能性もあるでしょうね。どうにかして場所を探れたらよいのだけれど」


 セリア様は難しい顔をしていた。

 私たちはその場所の見当さえつかなかったのだ。



 お城に戻ると、一息つき、天を仰ぐ。

 ラウールの聞かせてくれた話を思い出していた。

 前々から彼が何かを抱えているのは分かっていた。

 だが、それは想像以上のものだった。

 王妃のしたことは決して許せないが、彼女も自分を守るためにしたことだったのだろう。


「アリアはエスポワールのことを知っていたの?」

「エリスが毒を盛られていること以外はね」


 テーブルの上に腰掛けたアリアはそう悲しげに微笑んだ。

 いろいろな問題が山積みになり、すぐにでも崩れ落ちてきそうな気がした。山の高さと比例するように、その解決策など到底思いつかない気がした。



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