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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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心の中にある場所

 ラウールが戻ってきたのはそれから少ししてからだ。

 彼はセリア様のところまで行く。


「少年はクラージュに送り届けました。海王のことは、俺が王妃に直接話をつけます。だから、少し時間をください」


 ラウールは唇を噛むと、こぶしを握る。


「それはダメよ。あなたが死んだら、なぜクロエは死んだの? 彼女の死を無駄にはさせられない」


 アリアはそうラウールの言葉を一括する。


「でも、そうしないと、今度は海王が」

「きっとソレンヌは簡単に海王を殺せない。彼女が花の国に行くには海を渡るしかない。おそらく海城をつかい、花の国の大陸に移動しているのでしょう。海城は王の命が動力源になっているもの。それに、これはわたしか、美桜がどうにかしなければいけないのよ。だからあなたが気にやむ必要はないの」


 そうアリアははっきりと言い放つ。

 ラウールはきゅっと唇を噛み、こぶしを握っていた。

 彼の母親はなくなっている。それも何か特別な理由によって。

 彼は海王と自分の親を重ねているのではないかという気がしたのだ。


「少し外の空気を浴びてくるといいわ。でも、わたしも反対よ。あなたが出て行ったら、あなたが一番守りたいエリスを守れなくなる。あなたしか彼女を守れないのよ」


 その言葉にラウールの表情が暗くなる。


「そうですね。少し頭を冷やして戻ってきます」


 彼はそう言い残すと姿を消した。


「一人で行かせて大丈夫かしら」


 セリア様は心配そうにラウールの立っていた場所を見つめていた。


「大丈夫よ。彼は何を優先すべきか分かっている。今はエリスを守るべきだということもね」


 アリアは悲しげな表情を浮かべている。

 みんな現状を鑑み、苦しんでいるのだ。

 わたしもそうだ。あんな彼を見たのは初めてだった。

 何ができるかなんてわからない。ただ、このままじっとしていたくはなかった。


「わたし、ラウールを探してくる」

「探すって、行先のめどはついているの? だったら送るけど」

「分からないけど、それでも探したい」


 それはただのわがままであることもわかっていた。


「わかった。付き合うよ」


 そういうと、アリアが悲しそうに微笑んだ。


「ということで出かけているわ」

「いいけど、気をつけてね。今のところ王妃も動きがないみたいだけど」

「分かっているよ。危険がせまったら、強制的にここに連れて戻ってくるわ。どこか希望の場所はある?」

「分からない」

「わたしたちもまずは外に出ようか」


 アリアはそういうと、転移魔法を詠唱した。

 彼女に導かれて連れてこられたのは、エミールの樹があった場所だ。


「さてと、どうしようか。ルーナ内なら一通りいけると思うよ」

「そうだね」


 わたしはエミールの樹を視界に収める。

 ここにリリーたちと三人で来たのはずいぶん前の出来事だ。

 あのときは自分が誰の子供で、こんな力があるなんて考えたこともなかった。


「誰もいないと思ったからここに連れてきたんだけど、懐かしい?」


 アリアの問いかけにわたしは微笑んだ。


「思い出の場所だもん。はじめて植物の声を聴いたんだ」


 ラウールとも仲良くなって、ロロやルイーズとも親しくなった。ルーナにいただけでは巡り会えない人たちにいろいろ出会えた。そのおかげでリリーにもラウールにもわたしの親のことを気づかれていたようだが、彼らはわたしが言うまでずっと黙っていてくれた。

 その力を借りれば、ラウールの居所も探れるだろうか。

 多分、わかる。

 そう思ったが、自分でそれを否定した。

 彼だけはわたしだけの力で見つけ出したいと思ったのだ。


「ゆっくり考えなさい。付き合うわよ」


 そういうとアリアは微笑んだ。

 わたしはうなずくと、手のひらをじっと見つめる。


 彼は今、誰を心の中に思い描いているだろう。ふっと頭を過ぎったのはクロエ様だ。

 彼女がいつ亡くなったのかは分からない。だが、彼らがルーナに逃げてきたのと、クロエ様の死が無関係とは思えなかった。

 ふと、以前リリーが連れて行ってくれた、ラウールとエリスとの思い出の場所を思い出す。


「あのリリーたちとラウールが出会ったという湖は?」


 その言葉にアリアは目を見張る。


「そうか。あそこはクロエの大好きな場所だった」

「クロエ様が?」

「セリアから聞いたことがあるの。あの湖に似た場所が彼女の故郷にあるらしい。だから、彼女は好んであの湖にいっていたんだって」

「彼女はブレソールの人じゃないの?」

「違うよ。エスポワールの西部でおじいさんと暮らしていたと聞いた。確かボヌールという地方でね」

「おじいさんは?」

「もうずっと前に亡くなっている」

「そうなんだ」


 ラウールにとってはひいおじいさんに当たるのだろうか。

 わたしもひいおじいさんには会ったことがないし、そういう人は多いだろう。

 それでもなぜかもの寂しい。


「あの湖に行きたいなら、連れていくよ」

「ここから歩いたらどれくらいかかる?」

「数時間ってところかな」

「ラウールとエリスはどうやってそこに行ったんだろう」

「歩きだと思うよ。ルーナの転移魔法を授ける前だったから。ブレソールからだと一日はかかるはず」

「それだと日が暮れちゃうね。連れて行って」

「分かった」


 アリアはそう口にし、わたしが頷いたのを確認したように呪文を詠唱した。

 わたしの視界は一気に深い緑が覆い尽くす。辺りには湖はない。


「この道をまっすぐ進んだら、湖があるよ。さすがに目の前に現れたらびっくりするでしょう」


 アリアはわたしの疑問を悟ったかのように寂しそうに笑うとそう告げた。

 わたしは彼女にお礼を言うと、先へと歩を進める。

 アリアもわたしから少し遅れて、ついてきた。

 急な坂で、枝や枯葉が転がっている。

 幼い二人は何を思い、この場所を歩んだのだろうか。


 わたしの心の奥で冷たいものがじんわりと広がっていく。そして、息が乱れだすころ、湖の気配が肌に触れる。その先にはその場に立ちすくむ長身の男性の姿があった。


 深い緑に包まれるように、湖が息づく場所。

 アリアを見ると、彼女は首を縦に振る。

 行ってこいといいたいのだろうか。


 わたしはラウールに歩み寄った。

 わたしの土を踏む音に反応し、振り返った彼の目が煌めいているのに気付いた。

 その光は弱々しく、強い光が辺りを包み込めばあっという間に消失してしまいそうだ。

 彼がこんなに弱い瞳をしているのをはじめてみた気がする。


「勝手に出てきて悪いな。戻るよ。これからのことを考えないといけないからな」


 歩きかけた彼の腕をつかむ。


「王妃との間に何かあったの? 過去に何度か殺されかけたとは聞いたけど」


 だが、彼は王妃の娘であるエリスを誰より大事にし、彼女も母親より兄を大事にしている気がした。


「もう誰にも死んでほしくないんだ。母さんは俺を守るために、死んだ」

「王妃から庇って?」

「少し違う。俺には毒が効かないという話をしたよな?」


 わたしは頷いた。


「母さんはその魔法を使ったために、命を落としたんだよ」


 そう彼は悲しみを含んだ声で言葉を綴った。


「それだけ強力な魔法だったってこと?」


 彼は頷いた。


「俺は赤ん坊のころから何度も王妃の仲間に殺されかけた。そのたびに母さんが治療してくれていたんだ。あるとき、母さんが言ったんだよ。俺は国にとってとても大事な存在になる。だから、今から俺を死なせないための特別な魔法をかける、と。そのときは意味が分からなかった。母さんにエリスを守ってやってくれといわれて、分かったと返事をしたんだ。その翌日、母さんは息を引きとった。それから、父さんも抜け殻同前になった。あの人は時期を見計らい、王妃になったんだ」


 その言葉にどくんと心臓が音を立てる。

 彼の家族は間接的に王妃に潰されたのだ。

 だが、なぜエリスを大事にするのだろう。

 そんな人の娘として生まれたエリスを、そしてそんな女性との間に子供を作り、再婚までした父親を憎んでもおかしくないとは思う。だが、父親を抜け殻同前と言った言葉も妙に引っかかる。



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