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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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海の王の所在

 私とセリア様、ラウールの三人はアリアに導かれ、ポワドンまで行く。すると水辺に腰掛けるラシダさんの姿があった。彼女は私たちの気配に気づいたのか、立ち上がると優しく微笑んだ。


「もう大丈夫?」

「はい。ありがとうございました。では、行きましょうか」


 セリア様の問いかけにラシダさんは笑みを浮かべる。

 私たちはアリアの転移魔法で、ラシダさんと海辺まで行くことになった。

 海王に会わせてもらうためだ。


 白い光の塊が消えると、辺りに広々とした海が広がる。

 ここはまだエスポワールの領内だが、辺りに人気はない。

 そのすぐ先に、魚人の国、プラージがある。エスポワールとプラージの境目には岩が積み上げられていたのか形の崩れた岩が無造作に置いてある。

 ラシダさんは懐かしそうに微笑んだ。


「ここでたまに遊んだのよ。もちろん、私たちの国側でね。クロエも一緒によく遊んでくれたわ」


 ラウールはどう反応していいのか分からないのか困ったように微笑んだ。


「私が国に入ってお父様を呼んでくるから、しばらく待っていてください。ただ、海城の場所が分からないから、時間がかかるかもしれません。誰かに会えればいいのだけれど」

「海城?」

「お父様の住むお城です。海の中を自由に移動できるのよ」

「お城が動くんですか?」


 私の言葉にラシダさんは優しく微笑みながら頷く。


「いろいろな景色を見られて、とても美しいのよ」

「海の中には魚とかもいるんですか?」

「もちろん。魚人も泳いでいるし、たまにほかの種族も泳いでいるわ」

「他の種族?」


 私は驚き、ラシダさんを見る。

 なぜなら彼らは私とセリア様を海岸から遠ざけようとしたのだ。

 そんな場所にほかの種族が入り込めるのだろうか。

 いや、昔は平和な時代があったとセリア様も教えてくれたのだ。

 彼女の記憶はクロエ様のいたその時代で止まっているのだろう。


 ラシダさんはエスポワールと魚人の国、プラージの国境を難なく渡る。だが、そのとき悲鳴が辺りを駆け抜けた。その悲鳴の出どころはプラージの奥だ。ラウールが真っ先に駆け出し、その国境線を乗り越えていく。


 私はセリア様と顔を見合わせると、プラージに入った。森の中で視界を走らせ、その場所を確認しようとする。すっと冷たい感触が脳裏に届き、私の脳裏に複数の音と匂いがダイレクトに届く。ここよりもはるかに潮の匂いの強く、波打つ音がより大きく聞こえる場所。海辺だろうか。


「海辺だと思う」


 私がそう口にすると、ラウールは森を抜け、海辺のほうに走っていく。

 ラシダさんもあとを追おうとするが、足元がふらついていた。

 彼女をセリア様が支える。


「後で行くわ」


 私は彼女の言葉に頷くと、海辺のほうに走っていく。そして、その森を抜けたさきに獣人と思しき、子供の姿がある。彼に向って、私たちが以前見たサハギンが槍をつきあげていたのだ。その槍が日の光に煌めき、少年に振り下ろされようとしていた。だが、その槍の動きが止まる。


 その槍をラウールの作り上げた氷の壁が受け止めていたのだ。

 その氷が粉砕され、辺りに氷の破片が飛び散った。

 彼は魚人と獣人の少年の間に割って入る。

 獣人の子供はその場に貼り付けになったように、ただ事の成り行きを見守っていた。


「お前は」


 魚人が焦りを露わに、ラウールを見る。


「ここはプラージの領地だ。お前たちが傷つける権利はあるだろう。だが、彼が何かしたのではなければ見逃してやってくれ」


 私は獣人のもとに到着すると、彼を抱き寄せた。

 再び魚人が顔を引きつらせる。


「人間が二匹も。なぜお前たちがプラージに入っているんだ。殺されたいのか?」


 槍を振り上げると、こちらを威嚇する。

 ラウールは一歩たりとも動かず、剣を抜いた。


 再び槍が振り下ろされると思ったとき、凛とした声が辺りに木霊する。


「私を送ってきてくれたのよ。やめなさい」


 魚人たちの動きが止まる。

 そこにはセリア様に支えられたラシダさんの姿があったのだ。


「その方たちに手出しをすることは私が許しません」


 魚人たちは驚きを露わに、槍をそのまま下ろした。

 彼女はゆったりとした足取りでここまでやってきた。そして、凛とした瞳で辺りを見据える。


「ラシダ様なのですか?」


 サハギンの目に涙が浮かぶ。


「今までどこに」

「地下にとらわれていました。彼女たちが助けてくれたんです。私の命の恩人に手出しをしないでください」


 その言葉に魚人たちがまごつく。

 彼らの態度が今までとは別人のようだ。

 これがこの国における海王の存在の大きさなのだろう。


「申し訳ありません。この少年が迷い込んだため」


 ラシダさんの手が獣人の少年に触れる。


「あなたはどの国の人なの? 噂で獣人の国が作られたと聞いたことはあるけれど」

「クラージュ」


 少年は声を震わせながら、そう告げた。


「クラージュなら彼は俺が責任をもって送り届けます。だから、今回は」

「もう手は出しません」

「国を守ろうとしてくれたのよね。ありがとう。でも、時には自らで判断することも必要よ。争いは悲しみしか生まないわ。お父様は反対しないのかしら」


 その言葉に彼らの顔が引きつった。

 ラシダさんは眉根を寄せる。


「お父様に何かあったの?」

「ラシダ様はなぜここに人間を連れてきたんですか?」

「この方たちをお父様の住む海城に連れて行きたいと思っています。だから案内してもらおうと思っていたの」

「海城?」


 彼らは顔を見合わせ、首を横に振る。


「それは無理な願いです。海城は人間に奪われました。王は人質として城にとらわれています。ラシダ様も早くここから立ち去っていください。もうここはあなたにとって安全な場所ではない。我らはここに近寄る民を根絶やしにするように命令されています。それを守らなければ、人質にしている王を殺す、と」

「命じたのは、エスポワールの王妃ですか?」


 そう口にしたのはラウールだ。

 魚人たちは頷く。

 海王が人質に取られたのはおそらくラシダさんの命をはかりにかけられていたのではないか。

 だからこそ、彼女の命をああやって維持しようとした。

 死んでしまえば人質ではいられなくなる。

 そして、その結果フイユの緑が奪われた。


「城の所在は分かる?」

「いえ、海のどこかにはいると思いますが」


 現状では海の王につながるのは王妃しかいない。

 結局、彼女は避けて通れないのだろう。


「一度、ルーナに戻りましょう。それから話をまとめるわ。ラシダも来なさい」

「でも、私がいたら迷惑をかけてしまうのではないでしょうか?」

「大丈夫よ。私がいるのよ」


 そうセリア様は微笑んだ。

 私たちはラウールとそこでいったん別れることになった。彼はクラージュに獣人を送り届けないといけないためだ。

 私も行くかと聞かれたが、今回はやめておくことにした。

 どうしても今、アンヌに会うと迷惑がかかるのではないかと思えてならなかったのだ。


 私たちが到着したのはセリア様の家だ。

 ラシダさんはソファに腰を下ろすと、短くため息を吐いた。

 ラシダさんの肩にセリア様が触れる。


「私たちは王妃に会う手段はない。今はラウールが戻ってくるのを待ちましょう」


 セリア様の提案にみな、頷いていた。




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