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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第五章 エルフの国
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一筋の光

「今後のことですがしばらくはこのまま見守っていてくれませんか。向こうから何らかの行動を起こしてくれれば、こちらに連絡を取ってくだされば対処はします」

「連絡をブレソールの城に直接取れ、と?」

「その方法はこちら側で検討します。ルナンにはエスポワールの能力の高い魔術師がいる。恐らくこの国のエルフでは太刀打ちできないでしょう」


 それはアルバンとジャコのことを言っているのだろう。魔術師なのでジャコに限定しているのかもしれない。ラウールと一緒だと実感をしにくくなるが、彼はそもそもエスポワールではかなり能力の高い魔術師なのだ。


「わかった。こちらとて犠牲は出したくない。王子ではなく、クロエの息子としてお前を信じよう」

「ありがとうございます」


 クロエはどれほど周りに影響力を持っていたんだろう。

 セリア様くらいの存在感のある女性だったのだろうか。


「私」


 私はセリア様を見る。

 彼女は首を縦に振った。


「リリーがどうするかはゆっくり決めればいい。ルーナに何が何でも連れて帰りたいと思っているわけじゃないの。リリーと一緒にいられると楽しいけど、リリーが後悔しない方法を選んでほしいと思っている」


 リリーの青い瞳に涙が浮かぶ。


「今はびっくりしていてよくわからない。でも、一つだけ。ラニをこの目で見てみたい」

「でも、今のラニは」

「分かっている。昔の面影は全くないんだよね。それでもね。緑が枯れていたとしても、お父様とお母様の出会った特別な場所というのは変わらないもの」


 そうリリーは微笑んだ。

 そのとき、フイユ王の顔がゆがむのに気付いた。


「連れて行ってやろう。その魚人の娘は任せてもいいか?」

「かまいませんよ」


 セリア様は首を縦に振る。私がセリア様のところに行くと、鞄を託した。そこにアリアが入っているためだ。


 私とリリー、ラウール、そしてフイユ王の四人でラニに行くことになった。

 ラニはさっき見たばかりなのにも関わらず、今の現状を知ったからか、よりもの寂しく見えた。

 本当はこんな姿になる必要なんてなかったのだ。

 リリーは悲しそうに微笑んでいた。


「きっと綺麗なところだったんだね」

「綺麗なところだったよ。お前の父親がいたときはもっとな」


 リリーは首を縦に振る。


「私はこの国の人とは考え方は違うし、王になるかは分からない。あなたのとってきた方針を全否定してしまい、きっと王になれば多くの民を混乱させるでしょう。でも、お父様とお母様が好きだった自然豊かな、幸せだったころのこの国を見たいとは思っています。だから、また来てもいいですか?」


 リリーの言葉に王は目を見張る。

 そして、彼は頷いていた。


 私たちはフイユ王とともにリリーの部屋に戻ることになった。


 フイユ王は私たちを送り届けた後、「好きにしろ」と言い残し、部屋を出て行ってしまう。

 ラシダさんの顔色が若干良くなった気がする。


「私、ルーナに帰ろうと思います。けれど、またここに来ると思います」

「あなたが決めたことなら、私は反対しないわ。どんな結末を選んでもね。あなたは自分で考えられる子だもの。ミシェルもあなたが決めたのなら反対はしないわ」


 リリーの目に涙が浮かぶ。

 はやくに両親を亡くしたリリーにとってセリア様は師匠というよりは親代わりだったのかもしれない。


「でも、私がここから出てきたことで、この国に何らかの影響が出てきたりしないのでしょうか?」


 ラシダさんは不安そうにこちらを見る。


「そうね。王妃の言うことを聞く能力の高い魔術師ってジャコのことよね。彼なら、この要塞じゃ、壊そうと思えば壊せるでしょうね」


 セリア様はあごに手を当てて、難しい顔をする。


「それは俺のほうでうまくやります。この国には迷惑はかけないようにはします」

「でも、相手はあの王妃よ。城の人間の大半が丸め込まれているのでしょう」

「そうですが、きっと俺がそうしないといけないんです」


 私の脳裏にあの要塞を作り上げた植物のことを思い浮かべる。

 だが、対策は一つでも多いほうがいいに決まっている。


「あの植物で外壁を覆ってしまえば、フイユのエルフに見つからずに強化できないかな」

「あの外壁?」


 眉をひそめるセリア様とは違い、ラウールは何を言っているのか気付いたようだ。ラウールはセリア様に事情を説明する。


「花の国とのつながりを悟られるのは、逆に目をつけられる可能性もある。もっとも少々のことでは破れないのでしょうけど。今は何もせずにやり過ごしましょう」


 私は頷く。


「後は時間との勝負でしょうね。王妃が行動を起こす前に、こちらの問題を片づけてしまえばいいのよ。あなたの力を借りたいの」


 ラシダさんは驚いたようだが、首を盾に振る。


「私たちは花の国に行きたい。その国が海の向こうにあることまでは把握している。けれど、魚人があの辺りをうろついていて、奥に進めないのよ。私たちに手出しをしないように、海王と話をしてほしいの」

「それは構いません。ただ、それを決断するのはお父様次第です」

「それは分かっている」

「それに……」


 彼女はそのまま目を閉じ、イスにもたれかかる。


「ラシダさん?」

「大丈夫。外敵から生命力を守り続けてきた影響で眠っただけ。数日で目が覚めると思うわ。彼女が目を覚ましたら、動きましょう。彼女からもそう言われているの」


 セリア様はそう言葉を綴る。

 私たちは頷きあう。

 闇雲に進む中で、一つの灯を見つけた気がしたのだ。


「あなたはどうするの? ブレソールに戻ればあなたが生きていることが分かってしまう」

「それでも、俺は国に戻ります。エリスに心配をかけさせるわけにもいかないし、俺がいなくなればあいつを意のままに操ろうとするかもしれない」

「そうね。あなたはずっとそうやって生きてきたのよね」


 セリア様は悲しそうに微笑んでいた。


「ただ、ブレソールにはしばらく近づないほうがいい。あいつらに海王の娘と一緒にいることを知られてしまったのだから」

「それならラウールだって、ほかの場所にいたほうが」

「俺は大丈夫だよ。自分を守れる力は持っている。ルナンからフイユを守るとしたら、俺しかできないことなんだ。それに、エリスを守ると母さんと約束をしたんだ」


 母さんというのはクロエのことだろうか。

 彼が妹を大事に思っていることは知っている。けれど、その決意を込めた瞳にはそれ以上に深い何かがある気がしてならなかった。幾度となく彼が何か深いものを抱えていると感じ取っていたのを思い出す。


「リリー様」


 扉があき、マリオンさんが飛び込んでくる。彼女はリリーのところに来ると、彼女の手を取った。 

 彼女も解放されたのだろう。


「本当にごめんなさい。こんなことになるなんて思いもよらなかったんです」


 リリーは首を横に振る。


「結果的にはよかったのよ。これで、一歩進むかもしれないんだよね」


 リリーは私たちのやり取りから、私たちの抱えている現状を理解したのだろう。

 マリオンさんはセリア様にも何度も謝罪していた。

 ただ、そのことがなければラシダさんにも会えなかったし、結果的に花の国に到着する足掛かりを見つけたのだ。そう考えるとこの時間は無駄ではなかったのだろう。


 リリーはあと数日こちらに滞在し、ルーナに自ら戻ってくることで話がまとまった。

 彼女なりに父親の生まれ育った場所をより感じたかったのだろう。

 再びフイユ王が約束を反故にする可能性もゼロではないが、きっとそれは大丈夫だろう。

 彼は人と同じになることを何よりも恐れているようだったからだ。


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