人間嫌いの理由
セリア様の家まで帰ってくると、私たちはイスに腰を下ろす。
一日中動き回っていためか、妙に疲れてしまった。
私はラウールを見る。彼はずっと難しい顔をしたままだ。
アリアも姿を現すと、ソファに腰を下ろす。
「これといって収穫はなしね。ルイーズにお願いできるかしら」
「大丈夫ですよ。ただ、どのあたりまで調査できるかわは分かりませんが」
「一人で行くの?」
「ロロやニコラだと厳しいし、一人で行ってもらおうと思っています。ほかに事情を知っている人間はいませんし。ただ、不安ならクロードに頼もうとは思っています。彼なら事情を聴かなくてもルイーズと一緒に行ってくれるでしょうし、国に入るのは妨げられないでしょう。ただ、ルイーズにも共通していますが、テッサ絡みでどうでるかですが」
「テッサさんは王妃にも嫌われているの?」
「護衛を辞退しなかったからね」
私はその言葉で納得する。
「そういえば護衛の話はうまくいったの?」
「まだ正式決定はしていない。任命式があって、それが終われば決定される」
「そっか。大変なんだね」
なりたいといってすぐになれるようなものでもないんだろう。
「クロード。あの天才と呼ばれる少年ね。能力はかなりのものらしいけど。ただ、大勢で行くと何かたくらんでいると思われてもおかしくないわね。姿を変えて私がついていくのはどうかしら?」
セリア様はそう提案する。そのセリア様をアリアが冷めた目で見る。
「あなたに目立たない大きさに変わるほどの器用さがあるとは思えないけど」
「だったら他に誰が行くの? 見て回るだけなら、クロードでも大丈夫だと思うけど」
「私しかないんじゃないの?」
アリアはそう淡々と言葉を綴る。
「でも、いいの? 王妃に見つかれば、あなたは捕えられるかもしれないのに」
「あの女相手だもん。得意程度じゃ、対処できるか分からない。だから私が行くしかないと思う。ルイーズは今まで美桜を通してしか知らないけど、いい子だと思うわ。私のことを知っても、他者に話をしたりはしないでしょう?」
「それは大丈夫だと思います」
ラウールがそう返答する。
アリアと王妃の間には何があるんだろう。
つかまるというのはただの顔見知りというわけではないようだ。
アリアは私を見る。
「ラウールとセリアは知っているだろうけど、因縁があるのよ。私もあなたもね。花の国についたらすべて話す。何があったのかを」
「わかった」
彼女が人目を避けているのは、そのことも関係しているのだろうか。
今まで私と王妃との因縁があるなんて考えたこともなかった。
正確には花の国、もしくはお父さんがだろう。
もっとフイユで自由に歩き回れたらほかにも対処法が見つかるかもしれないのに。
王が非協力的なのがふがいない。
彼らにもメリットはあるはずなのに、なぜこんなに外部の、それも人間を嫌っているのだろう。
「どうしてフイユは人間をそんなに嫌っているんだろう。リリーは普通なのに。それにあの監視するような状況はテオみたいで違和感がある」
私は心に芽生えた疑問を紡ぐ。
「それは外にいるから思うわけであって、国民は歓迎しているみたいだよ。この国が閉鎖的になった理由は、ルナンとの長いトラブルが原因なんだ」
「トラブル?」
私の言葉にラウールがうなずく。
「トラブルというのは正確じゃないかもしれないな。人間側に圧倒的な非があるから、抑圧とも違うが、犯罪から逃れるためなんだろうな」
「犯罪?」
「主には誘拐、暴行。エルフは男も女も美しいものが多い。それを人間側が連れ去り、幾度となく犯罪につながったこともあったと聞く。特にエルフの娘はな。力も弱く、魔力も弱い娘であれば自分の身を守るのも難しい」
彼はぼかしていたが、暗に何を言っているのかは察することができる。
「だから人間を、それも男をあんなに嫌悪していたんだね」
「明るみになったのものはすべて処罰したが、きっと埋もれた犯罪もあったのだろう。ルナンは独立領だ。こちらとて手が出しにくい。王妃の実家が実質的な君主であれば、国も尻込みをするからな。だから、向こう側が人間を嫌っていても、無理もないとは思っているよ」
辺境の場所。美しいエルフのいる場所。
王妃の実家。独立領であること。
きっとすべてが悪いほうに連鎖してしまっているのだろう。
「あなたのお父さんが王位についてから、それは減ったんだけどね。昔は本当にひどかったわ」
セリア様の言葉にラウールは悲しそうな笑みを浮かべる。
彼らが人間を嫌う理由は分かった。だが、新しい疑問が生じたのだ。
なぜリリーは彼らを苦手だと思っていたのだろうか。
フイユが人間を嫌う理由はもっともかもしれない。
だが、国を去る理由にはどう考えてもなりえない気がしたのだ。
「どうしてリリーのお父さんは国を去ったんだろう」
自分の身を守るため?
だが、リリーのお父さんだ。そういうことで国を去ったりはしない気がする。
「フイユで人間は嫌われている。でも、中にはマリオンのようにそうでないエルフもいた。人間と恋愛をしたエルフの少女がいたのよ。彼女はその人間の男の子を身ごもった」
セリア様がそう口にする。
一瞬、リリーの出生に関することだとおもったが、リリーのお父さんは王子であり、人間ではない。
だから、そのほかの誰かなのだろう。
「恋愛なら関係ないんじゃないの?」
「人間に苦しめられた彼らが、そんなエルフも、お腹の子供も受け入れられなかった。だから彼女は国を追い出されそうになったの。それを庇ったのがリリーの父親のミシェルだった。ミシェルと少女は幼馴染だったのよ」
私は疑問がつながり、思わず声を出す。
セリア様は頷いた。
「そう。ミシェルは国王ともめたのよ。それを気にした彼女は国を人知れず去り、崩落に巻き込まれ亡くなった。お腹の子も一緒にね。そんな彼女の死を周りは悲しむどころか喜んだ。だから、リリーの父親は国を去ったんだと思う」
すべてが腑に落ちる。だからこその彼らの態度であり、リリーの言葉の意味なのだろう。
ただ、悲しいとしか思えない出来事だった。
リリーは父親が去った国にいて、王位につこうとしている。
状況があまりに複雑で、その彼女がどんな気持ちでいるのか、私には想像することさえできなかったのだ。
その日、ラウールは早いうちにルイーズを連れてくると言い、帰っていった。
ルイーズがきたのはその翌日の昼過ぎだ。
彼女はイスに座るアリアを見て、驚きの声を上げる。
「初めまして。すっごく可愛い。人間なの?」
ルイーズは目を輝かせ、アリアに問いかける。
アリアは落ち着いた様子でルイーズを見据えた。
「緊張しているのかな? おとなしいね」
「お前、やめとけよ。この人は……」
そう言いかけたラウールをアリアが睨む。
ラウールはそれで黙ってしまった。
「何? 有名な人なの?」
「お前も名前くらいは知っているんじゃないか? 名前はさすがに言えないけど」
その言い方でアリアという名前が本当の名前ではないとおぼろげながらに察する。
「別に名前くらい教えてくれてもいいのに。そんなに有名な人なのかあ」
「そんなことはいいから、ルナンでのことを打ち合わせましょう」
アリアが言うが、ルイーズはアリアの正体のほうが気になるのか不思議そうにアリアを見る。
「そういえば、美桜さんの友達で、金髪で。あれ? そういえばあの人が生きていたら……」
ルイーズの目が見開かれる。彼女は気づいたのだろう。アリアが誰なのか。
「私が誰かはいいから。知らないほうがあなたにとってはいいんじゃないかな。まずはあの町に入ってからの計画を練りましょう」
ルイーズはそれを口に出すことはしなかった。
アリアとルイーズは地図を参考にルナンに入ってからの打ち合わせをしていた。
その町に入るのは事前申告が必要らしく、その二日後に行くことになった。




