王位継承の儀
「助けるって何があったの?」
「噂は本当なんですね。ミシェル王子の娘が王位に就くと」
ラウールがわたしの隣に立つと、玄関先にいる二人を見据えた。
それはリリーのことを指しているのだろう。
「人間?」
「彼がクロエの息子よ。だから大丈夫」
「じゃあ、リリー様の友人の?」
マリオンさんはそれでもいぶかしげにラウールを見ている。
「ラウールはどこで聞いたの?」
「城で噂になっていますよ。フイユの隣はあの人の実家の領土ですから」
「そういえばそうだったわね。マリオン、詳しい話を聞かせてちょうだい」
あの人というのが誰をさすのかは分からないが、セリア様は事情を察したようだ。
「そうですね。彼の言った通りです。王はリリー様を王位につかせようとしています」
「リリーが継ぐと決めたんですか?」
私の問いかけにマリオンさんは首を横に振る。
「王の独断で、リリー様はそれに従っている状態です。このまま契約の儀を進めようとしています。それが成立したら、リリー様はフイユの女王として生き続けることになる。あんな状態でリリー様を連れ戻して、この状況はあんまりです」
契約の儀というのは話の流れから王位に就くために必要な儀式といったところだろうか。
「リリーはどうしているの?」
「部屋に閉じこもっているそうです。そう、とだけ。もう達観しているんだと思います」
「あなたはこんなことをルーナに伝えていいの?」
「わたしのせいなんです。やはりリリー様を連れて帰るべきじゃなかった。今更都合がよすぎることも分かっています。リリー様を助けてください」
マリオンさんは深々と頭を下げる。
セリア様はマリオンさんの肩を叩く。
「頭をあげて。あなたを誰も恨んではいないわ。結局はリリーが決めたことなのよ。リリーも様々な可能性を考えて、国に帰る決断をしたのよ。もっとも実力行使で彼女を強引に取り戻すことはできる。でも、そうしたらこの国がどうなるか分かっているのよ。だから、リリーが望まない限り、こうすることしかできない」
いつも勝気なセリア様とは思えない弱々しい言葉だ。
この国の状況、リリーの今、フイユのこと。すべてを見据えたうえでその答えを導いたのだろう。
でも、このままではあんまりだ。
リリーが国に戻った一因はわたしにあるのだ。
王はリリーに会わせてくれない。わたしが何か頼んでも人間の娘だと跳ね返されるだけだ。
ラウールなら、クロエ様の息子である彼のいうことであれば聞いてくれるだろうか。
人間嫌いならそれも無理だろう。
それともティメオの娘だと名乗ればいいのだろうか。
それだけ私の中に流れるお父さんの血は特別なようだ。
だが、アリアもセリア様もそれを避けたがっているので、それは最後の選択肢にしておこうと決める。
本当に他の方法がないのだろうか。
そもそもマリオンさんはなぜこの国に来たのだろう。
リリーに会いたい人に会わせるためだ。
だが、王は違う。リリーを王位に就かせるためだろう。その根本は国を去った王子の息子を地位に就かせたかったというよりは、あの国で怒っている異常事態を解消するためだ。その原因が特定できれば、打開策はある。彼らも人間のいうことだと跳ね除けられなくなるはずだ。
私はセリア様を見て、マリオンさんを見据える。
「王に会わせてもらえませんか?」
「何をするの?」
「頼んでみます。リリーに会わせてくれ、と。彼女がルーナに帰りたいなら、連れて帰らせてほしい、と」
彼女がフイユに残るのを選べばそれでいい。彼女の人生だから。
だが、今のままだとあまりに理不尽だ。
「無理よ。そもそも今更会わせてくらいなら、あのときに会わせてくれたはずなの。まさか、自分のことを話すつもりなの?」
「今はまだ話しません。ただ、条件をつけるんです。あの国の干ばつの理由を探ることを交換条件として。彼らが人間をさげすんでいるからこそ、きっと可能だと思います」
「原因が特定できたんですか?」
マリオンさんが驚いたように私を見る。
私はマリオンさんの前で花の国について暗にとはいえ会話してしまったことに、心拍数があがる。
だが、彼女の耳には届いていないようだ。
「まだできていません。でも、このまま手をこまねいているだけなんてしたくない。その数日の間に見つかるかもしれない。その契約は何日後なんですか?」
「十四日後です」
二週間。そんな短期間で原因の特定ができるかは分からない。
だが、やる前から諦めるなんてしたくないし、何らかの事情があるはずだ。
リリーはこの世界でローズと並んで最初にできた友達で、今まで幾度となくわたしを助けてくれたのだ。
彼女がいなければここにこうしていられたのかもわからない。
「話を通してはみますが、嫌な思いをされるかもしれません」
「そんなの気にしません。リリーにこれから先会えなくなることのほうがつらい」
「わかりました。ありがとうございます」
私はセリア様を見る。
彼女はあきれたように微笑んだ。
「わかったわ。女王に話をしてくるわ」
そういい呪文を詠唱しようとしたセリア様をラウールが呼び止める。
「俺も行っていいですか?」
「いいけど、大丈夫なの?」
「きっと大丈夫ですよ。フイユとは国交もないし、名乗らなければ俺が誰かも分からないでしょう? 適当にこの国に住んでいる人間とでもしておいてください」
「わかったけど、クロエの名前は有名よ」
私も似たようなことをしているわけだから強いことは言えないが、顔の知られている彼がこういうことをしようとするのは度胸があるのか無鉄砲なのかどっちだろう。
「女王には話を通すけど、今からだと向こうで調べる時間も十分にないわね。だから、明日にしましょう。それで構わない?」
マリオンさんは頷いていた。
私はその日、セリア様の家に泊まることになった。
あの国の基礎的な情報を頭に入れるためだ。
大まかな町の地図、地形、湖など付け焼刃の知識がどれほど役に立つかは分からない。
だが、何もしないよりはいい。
ラウールはその位置関係を見ながら、眉根を寄せていた。
「あなたもそろそろ帰ったほうがいいわ。また、明日の朝、来なさい。あなたが来てから出発するから、時間は合わせるわ」
「分かりました。できるだけ早く来ます」
「無理しないでね」
セリア様の視線がわたしに向く。
「あなたも寝る準備をしたほうがいいわ。きっと明日は忙しい一日になるから」
「そうですね」
私はお風呂に入ることにした。
お風呂からあがると、階段を降りてきたラウールと目が合う。
まだセリア様の家に残っていたのだろう。
「帰らなくていいの?」
「そろそろ帰るよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
彼はセリア様と言葉を交わすと、姿を消した。
彼は誰に対しても優しいし、力になろうとする。
だが、今の彼はいつもの比でないほど真剣だ。
ラウールがここまでするのはリリーのためなのだろう。
二人の間に深いつながりがあるのは、わたしにもわかる。
部屋に戻ると、ふっと天井を仰ぐ。
アリアは濡れた髪をタオルで拭いていた。
「リリーが女王になるのはどう思う?」
「きっと彼女はいい君主になると思うわ。周りのことを考え、周囲の期待にも応えようとするはずよ」
セリア様たちとは違い、アリアは彼女の王としての就任を受け入れているのだろうか。
「アリアはリリーが王になったほうがいいと思っているの?」
「リリーにその気持ちと覚悟があればね。ただ、リリーにはあの国が今のままでは合わないとは思う」
「それは分かるよ」
最初は人間を嫌っているところはあったが、彼女は基本的にどの種族が優れているという考えを持ってはいないし、誰に対しても同じように接しているのだ。
彼女が影響を受けているであろう両親も、国の考えが会わずに国を出たのだから。
「ただ、一般的には能力が強いものが王位に就くのが一番なんだと思う。それはどんな条約よりも、国を守る術となる」
「でも、強い能力を持つ人が、王になるつもりがなかったらどうするの?」
「力を隠して生きるべきだと思うよ。その覚悟を死ぬまで持つ必要がある。そうしないと、国民は期待しちゃうでしょう? 次は強大な力をもった王が立つ、と」
彼女の言葉は取り繕った言葉ではなく、まるで彼女が心の中に抱えているものを代弁しているような気がしてならなかった。




