お花の好きな少女
「どうしたの?」
「可愛い絵だよね。それに、花というのが引っかかって。でも、花を好きな子は多いし、関係ないよね」
私は花という言葉に、花の国を連想していたのだ。
「私もそうは思うけど、引っかかることがあって、美桜さんに見せてみようという話になったの」
「引っかかること?」
「この本、クロエ様が描いたの」
「ラウールのお母さん?」
「そう。クロエ様はこういう本を何冊か書いていて、私の家にもあるんだ」
私は表表紙と裏表紙を確認する。表表紙には金髪の女の子が、裏表紙には茶色の髪の毛をした男性と、表紙の金髪の少女が描かれている。
「この本って手作りなの?」
「そうだよ。クロエ様はこういうのを書くのが好きで何冊か書いていたんだ。この世に一冊だけの本なの」
クロエは神鳥の言っていた女性の名前でラウールの母親だ。
そして、アリアは彼女を聖女だと読んでいた。
ラウールの言葉を素直に受け止めるなら、アリアとクロエ様の間にも面識があるはずだ。
私は金髪の少女に何の脈絡もなくアリアを見ていたのだ。
「見ていい?」
「いいよ」
わたしは許可を得てページをめくる。
かわいい男の子と女の子の絵が書かれている。茶髪の男の子と金髪の女の子が、宝物を探すために冒険に出る話だ。二人は魔法をつかえ、植物や動物に助けられ、様々な困難を乗り切っていく。
少し気が強くて優しい女の子はどことなくアリアのようだ。
私は読み進めていくうちに、その優しい話に魅入られていく。
「絵がうまいんだね」
「可愛いよね。クロエ様はこうした子供用の本を描きたくて、この街に最初は来たと聞いたよ」
「最初はって?」
「結局夢が叶わずに、ラウールのお父さんと結婚をして王妃になったから。でも、幸せそうだったと思う」
聖女と呼ばれる彼女が普通の夢を持っていたことを意外に感じていた。
二人の冒険が佳境に入った時、二人は崖に到着する。その先に二人が探していた宝物が置いてある。
少女は魔法を使い、その崖を渡ろうとするが、氷や土、様々な方法で魔法を使っても、その崖を渡ることができない。
男性が両手を上げると、緑色の橋がかかり、少女が目を輝かせて喜んでいる。
二人は橋を渡り、探し物を見つけ、故郷に帰り、物語が終結する。
崖にあの花の国と最も近い海岸線を重ね合わせていた。
私は橋を架けるページをルイーズに見せた。
「こういう魔法があるの?」
「橋をかけるのか。できなくないけど、距離が長ければ難しいかな。人が通るとなると、どうしても強度も必要だし、その強さを維持し続けなければならない。緑色って何を現しているんだろう。鉱物か、植物か」
「植物?」
私は思いがけない言葉にドキッとする。
「たとえば氷ならもっと白っぽいだろうし、炎の橋なんて渡れるわけもない。土なら茶色っぽいしね」
橋を架けるか。
あの先の見えない場所で可能なのだろうか。
「ルイーズなら、遠くの場所に橋をかけられる?」
「やってみないとわからないけど、安全は保障できないかな。私はこういう大がかりなものより細かいもののほうが得意だからやってみないとわからない。橋に模様を入れたりとかね。リリーさんのほうがそういうのは得意かもね」
リリーという名前に胸を痛めた。
リリーの魔法はどちらかといえば大がかりなものが多い気がする。
ポワドンの穴の件もそうだ。
逆に細かい制御があまりできていないのだろう。
私は最後まで読み終えると、本を閉じた。
優しい物語で、心の中にすっと入ってくる。
絵なのか、文章なのか、なぜかは分からない。
ただ、優しい物語の向こう側にラウールのお母さんを見るようになっていた。
「優しい話だね」
「そう思う。ほかにもあるんだよ」
ルイーズはクロエ様の本を数冊見つくろい、私に渡す。
ロロが私にこれだけを渡したということは、あの遠くの大陸に渡る方法がここに隠されていると思ったのだろうか。
ロロに後から聞いてみよう。
クロエ様の別の本は、妖精の男の人の話だ。オーバンさんのように緑色の肌に赤い目をしている。
だが、その顔立ちはすごく優しい。
その妖精は人間と親しくなりたかったが、なかなか話ができずにいつも遠くから見守っていたのだ。
その彼に鳥が話しかけ、男性の話を聞いていたのだ。
前の本にも動物に道を聞くシーンがあった。
「動物と話をするシーンが多いね」
ふと言葉を漏らした。
だが、童話ってそんなものかもしれない。
地球にある童話でも、動物が普通に人間と話をしたりする。
「そうなんだよね。物語といえばそれまでだけど、クロエ様は変わった逸話があったんだよね。動物と話ができる、と」
「動物は話せないの?」
「どうだろう。知能が高ければ話せるかもしれないけど、私は話したことがないかな」
「動物か」
それはただの逸話なのか、何か関係があるのか、わたしにはわからなかった。
話せる動物といえば、神鳥だ。
彼らは普段話せない振りをしているし、クロエ様のことも知っているようだった。
何かつながりがあるのか。その答えははっきりとわからなかった。
私が手にした本をルイーズに返そうとしたとき、思いもよらない声が聞こえる。
「懐かしい本を出しているな」
ラウールがその言葉とともに、中に入ってくる。
私は彼にその絵本を渡した。
彼はそれを見て、目を細める。
「この花が好きな少女ってやつ、母さんが最後に書いた絵本だよな」
「そうなの?」
ラウールは頷く。
「俺の手元には置いておけないから、しっかり暗記しなさいといって何度も読まされたよ。何の意味があったのかは今でもよくわからないけどな。ここに置いていたのか」
「この家だと王妃も手出しはできないものね。でも、クロエ様らしいね」
楽しそうに言うルイーズとは異なり、ラウールは困ったように微笑んだ。
クロエという女性はどんな人だったのだろう。
「母さんは息子の俺がいうのもなんだけど、変わっていたと思うよ。いつまでも少女みたいな人だった」
私の疑問を見透かしたかのようにラウールがそう告げた。
「変わっていたって、変な言い方しすぎだよ。神秘的だったんだよ。誰にでも優しくて、聖女って呼ばれていたのもわかるよ。あと、天使だと呼ぶ人もいたよね。エトワールの天使ってね」
「聖女とか天使とかその恥ずかしい言い方はどうにかならないのか」
ラウールは頭を抱えた。
「本当のことじゃない。彼女がいなければ、エスポワールは今のように広い国土を維持できなかったし、他の民族との関係ももっと悪くなっていたとお父様が聞かせてくれたの」
「たまたまだと思うけどね。そういえば、魚人との国境線を定めたのも、その時期だっけ?」
「そう。今はもうあってないようなものだけどね」
「魚人が攻撃的でない時期があったの?」
「ほんの短い間だけどね」
「攻撃的になったのはラウールのお母さんと関係があるの?」
「というよりは、クロエ様の影響で、攻撃的な対応をやめていたんだよ」
「それってどうなんだろうな」
「少なくとも私はそう思っているよ」
「大げさだと思うよ」
私にはクロエ様という女性がどんな姿をしていたのかさえ分からない。
二人の話は人の夢の話を聞いているように実感がない。
クロエ様が生きていたら、今よりも楽に花の国に到達できたのだろうか。
少なくともこの本をどういう意図で描いたのかは聞けただろう。
だが、もう彼女はこの世にいない。
「勝手に盛り上がってごめんね」
「うんん。きっと素敵な人だったんだろうね」
「綺麗で優しくて、いつも笑顔で私の話を聞いてくれた、憧れの人なの。どこかに肖像画でも残っていたらいいんだけどね」
そういったルイーズが小さな声を漏らす。
「ブノワに描いてもらえばいいんだ」
「そこまでして母さんの顔を見る必要もないと思んだけど」
「美桜さんの立場だと意味がよくわからないでしょう。クロエ様の顔も知らないんだから。顔だけでもわかれば見えてくるものもあると思う」
そこでラウールは黙ってしまった。
ルイーズ相手だとラウールは押されてしまうところがあるようだ。
「ブノワさん?」
「ブノワはすごく絵が上手なんだよ。ラウール、ブノワを連れてきて」
「本当にお前は人使いが荒いよな」
「だってここから歩いて行ったら、遠いもの」
ラウールは「確かに」と苦笑いを浮かべる。
「分かった。聞いてはみるよ。あと、エリスを居間に連れてきているから、頼む」
ラウールはそう言い残すと、部屋を出て行った。




