心に秘めた思い
「テッサもそろそろ相手を見つけちゃうんじゃないの?」
そうルイーズは悪戯っぽく微笑んだ。
急にテッサさんの話が出てくることがよくわからなかったが、クロードさんの表情が手に取るように変わる。
「でも、兄さんはそんな余裕はないし、ラウールだって今はそういう決断は下せないはずだよ」
「その二人が相手だったらね。でも、テッサって人気あるもの」
そういったルイーズの言葉に、クロードさんは複雑そうな顔をする。
テッサさんはそういうことなのだろうか。
確かにあの二人とテッサさんはお似合いだとは思うが、ラウールはともかくニコラさんとテッサさんは仲が良いんだろうか。
いまいちぴんと来ないでいると、ルイーズが立ち上がる。
「美桜さん、ちょっといい?」
「あまり余計なことを吹き込むなよ」
ロロは苦笑いを浮かべて、ルイーズを一瞥する。
「わかっているよ」
そういったルイーズに部屋の外まで連れ出された。
「テッサのこと、どう思う?」
「美人で、やさしい人だと思います。料理やお裁縫も上手で、すごいですよね」
それは私の取り繕ったわけでもない、素直な気持ちだ。
年は近いだろうけど、尊敬できるお姉さんという雰囲気が漂っている。
「それ、クロードに言ったらきっと喜ぶよ」
「それって、クロードさんが、テッサさんを好きってこと?」
「そう。もう十年以上片思いをしているんじゃないかな」
ラウールと同じ年だというのは聞いたことがある。二十歳くらいだとすると十歳くらいから。
いずれにせよ相当長い時間だ。
言われてみると納得できる部分は少なからずある。
「テッサさんは?」
「気づいていないよ」
「そんなこと私に話して大丈夫?」
「まさかクロードが来ると思わなかったから、予備知識。それにテッサとニコラ以外はみんな知っていることなのよ。クロードもテッサとニコラにさえ言わなければ気にしないと思うよ」
テッサさんは分かるが、どうして兄には言いたくないのだろうか。
そう思ったとき、鐘の音が響く。
私が身構えると、ルイーズが私の肩を叩いた。
「多分、テッサだと思う。少し隠れておいて」
私は近くに会った柱の陰に身をひそめた。
すぐに玄関のあく音が聞こえ、ルイーズの驚きの声が耳に届く。
「ニコラも来たの?」
「今日、家に来ていて、事情を話したら手伝ってくれると言っていたの」
テッサさんの声だ。
私が柱から玄関をのぞき込むと、ニコラさんとテッサさんが玄関先に立っていたのだ。
テッサさんの視線が私に届き、私は頭を下げた。
「上がってよ。クロードも来ているんだ」
ルイーズはそういうと二人を居間に招き入れた。
居間に入ると、クロードさんは驚きを露わに二人を見ている。
ロロが普通の顔をしているのを見ると、知らなかったのはクロードさんと私だけのようだ。
「飲み物でも」
「気にしないで。さっき、私とニコラはごはんを食べたばかりでお腹いっぱいなの。私たちは掃除しましょうか」
「そうだね」
テッサさんの言葉に、ニコラさんは笑顔で頷く。
二人が話をしているのを見た機会は多くないが、ものすごく親しそうに見えた。
「掃除って?」
「最近掃除してなかったから、掃除をしようということになったの」
「掃除するならわたしも手伝います」
「いいのよ。どうせ時間もあるし、四人はゆっくり過ごしてね」
四人という言葉に真っ先に反応してのはクロードさんで、どこか悲しそうな表情を浮かべている。
ルイーズの話を聞く前ならよくわからなかったが、きっと線引きをされた感じで悲しかったんだろうという気がした。
「しょうがないな。俺の家だし、俺も手伝うよ。お前も来いよ」
そういうと、クロードの腕を引く。
クロードさんは複雑そうな顔を崩さないが、ロロに強引に部屋の外に連れ出されていた。
私とルイーズの二人が部屋に取り残されてしまい、私たちは苦笑いを浮かべる。
「本当はクロードとテッサを合わせてあげようとしたんだけど、ニコラもやっぱり来ちゃったか」
「やっぱり?」
「ニコラは休みの日に必ずテッサに会いにくるのよ」
「それって」
テッサさんのことが好きみたい。
「そこに恋愛感情があるかはわからないけど、ニコラにとってテッサは家族同然なのよ。物心ついたときから一緒にいて、妹のようなものだとね。同じ年で妹というのも妙なものだけど」
「同じ年?」
「二人とも二十三。誕生日も近いんだよね」
ニコラさんは分かるが、テッサさんが二十を超えているようには見えずにただ驚きだった。
彼女には少女という言葉がしっくりくる。
「二人の付き合いは子供のころから?」
「テッサのお父さんとニコラのお父さんが親友同士でね、もう赤ちゃんのときから一緒だったかな。ああやってずっと一緒にいるから、ニコラのお母さん以外は二人が結婚するんじゃないかと思っているの。当人たちにその気があるかはともかく、ね」
「どうしてニコラさんのお母さん以外なの?」
「ニコラのお母さんはテッサが嫌いみたいなのよね」
「どうして? テッサさんのどこがダメなんだろう。きれいだし、料理もできるし、性格もよいし」
「あえて言うならクロードがテッサのことが好きすぎるからかな。テッサを悪く言えばおこるし、自分の味方にはなってくれないでしょう。親としては寂しいんじゃないのかな」
想像できそうな気もするが、できない気もする。
「親ってそんなものなのかな」
「私には分からないけど、クロードのお母さんにとってはそんなものなんだと思う。一度、クロードがお見合いさせられそうになって、そのときは怒っていたわ。もし、次にそんなことをしたら、家を出るとね」
「想像できない」
「クロードはテッサのことになるとどうも人が変わるのよ。クロードはテッサに恋人ができたらどうするんだろうと心配にはなるけどね。立ち直れない気もする。テッサがもっと恋愛に興味を持ってくれればいいけれど」
この世界の結婚適齢期というのがどれくらいなのかはわからないが、クロードさんがお見合いをさせられそうになったということはそんなに遅くはないのだろうか。
「ニコラさんは結婚していないのに何でクロードさんを先に結婚させようとするんだろう」
「どちらかといえばクロードのほうが優秀だから手放したくないのよ。彼は幼少期から天才と呼ばれるほど頭が切れてね、学校も入ってすぐに卒業してしまったの。今でも国から特別扱いされているわ。それにニコラは女っ気が全くないし、今のところはクロードとテッサの邪魔をしたいんじゃないかな。ニコラとテッサが結婚するとなれば、また反対しそうだけどね」
話だけ聞いていると、ニコラさんたちのお母さんは相当曲者のような気がする。
それだとクロードさんの思いが届いたとしても、テッサさんが苦労しそうだ。
「ニコラさんとテッサさんはそういう感じじゃないの?」
「ニコラは幼少期からラウールのそばにいて、女に興味ないんじゃないかな」
「それってテッサさんと似ているね」
「そういえばそうだね。そう考えると意外とお似合いの二人かもしれない。ニコラもラウールのことばかりだもん」
「でも、なんでニコラさんはラウールのことがそんなに気にしてるんだろう」
「自分の弟みたいな感じなんだよ。クロードにも過保護だしね。お父さんを早くなくしているから、その分、自分がしっかりしないとと思ったのかもしれないね」
「そうなんだね」
ニコラさんも何かいろいろなものを抱えているんだろうか。
護衛よりも保護者と言われるとしっくりくるのは、ニコラさんがしっかりしているのを幾度となく見てきたからだろうか。
「テッサとラウールとどうかなっても、エリスのお母さんもあれなんだけどね」
そういうと、ルイーズは苦笑いを浮かべる。
彼の義理のお母さんのことだろうか。
なんとなく二人が付き合うと想像して心に引っ掛かる。
二人はそういう感じなのだろうか。
「テッサさんはどう思っているんだろう」
「それは誰にも分からない。多分、考えてもいないんだと思う。でも、テッサには幸せになってほしいとは思っているよ」
そうルイーズは寂しそうに微笑んでいた。
二階から物音が聞こえる。掃除を始めたのだろう。
「私たちも掃除しようか。ここで座っておくのも悪い気がする」
「気にしなくていいんだけどね。そうだ、書庫にでも行こうか」
「書庫?」
「いろいろな本が置いてあるの
私はルイーズに案内され、居間を出ると、一階の奥にある部屋に通された。
そこにはずらっと本が並んでいたのだ。
「ここにある本で好きな本があれば持って帰っていいとロロが言っていたよ」
「そんな。悪いよ」
「ロロはもう一通り頭に入れているからいらないんだって。ロロもかなり優秀なんだよ」
そうルイーズは嬉しそうに告げる。
恋愛の話をしていたからだろうか。
ルイーズはロロを特別視しているように見えてならなかった。
一歳差であれほど仲がいいなら、無理もない気がするけれど。
「あと、ロロからこれを美桜さんに見せてほしいと言っていたの」
ルイーズは私に入り口付近に重ねられていた本の束を渡す。
ロロは彼なりに調べてくれるといっていたのだ。
一番上にある本が目が留まる。
なぜ目が留まったかといえば、その本の表紙に直筆の文字とイラストで、お花の好きな少女と書いてあったためだ。




