戻らない友人
「美桜様はこれを羽織っていたほうがいいかもしれません」
彼女はそういうとフードつきのローブを手渡した。
町を歩くには、私の容姿は目立ってしまうからだろう。
さっきの人たちも、私を人間だといい冷たい目で見ていたのだ。
それを身に着けると、城を出ることにした。
私たちを付き添った男性たちの姿もどこにもない。
城の前の道をまっすぐ進み、細い道に入る。
だが、その間も通りすがるエルフはほとんどいない。
テオにラウールと行ったときのことを改めて思い出していた。
細い道にはいくつか曲がり角があり、奥へと進んでいく。
脇には草木が生い茂ってはいるものの、その葉や幹が色褪せており、お世辞でも美しいとはいえない様相を呈している。徐々に坂道を登っていき、枯れ木に覆われた道を抜ける。
「ここがラニです」
マリオンさんの指さした咲には、枯れた草木が広がる場所があった。
その丘からは国が一望でき、もし緑で包まれていた状態なら、さぞかし美しかっただろうと想像できるほど。
セリア様は近くの木によると、視線を落とした。
草木が異様に枯れていた。
セリア様の顔がこわばわっている。
「ルーナと似ているわね」
「そう思います」
「ルーナ?」
マリオンさんが不思議そうな顔をしたためか、セリア様は簡単に事情を説明する。
花の国のことを伏せ、ルーナでも一部草木が枯れている、と。
マリオンさんは驚きを隠さず私たちを見ている。
「この大陸で広がっている変な病気なんですか?」
「断言はできないけど、この自然の様子に心当たりがあるのよ。ただ、このことを王には黙っていてくれるかしら? 確証があるわけじゃないの」
彼女は息をのみ、セリア様を凝視する。
「わかりました。この草木は元に戻ると思いますか?」
セリア様は悲しそうに周囲を見つめている。
「原因を追究しないことにはわからないわね」
私はセリア様から離れ、草に触れてみた。
だが、いまいち空の状態がよくわからない。
この国だとアリアの話も聞けないのだ。
彼女はこの状況を見てどう考えているんだろう。
花の国が原因なら国に戻らねば、解決できない。
だが、そうでなければ別の要素が絡んでくる。
そう考えるとわからないものが連なっていった。
ほかの要因が原因であるなら、リリーも言っていた気象の話だろうか。
一目見ればどれほど、この大地が雨を求めているのかすぐにわかる。
私は素朴な疑問を口に出してみた。
「この国は水不足って言いましたよね。それは魔法で出せないんですか? そうしたら解決できるかもしれない」
「出せなくもないけど、水で土地を潤すにはどれいくらいの魔力が必要だと思う?」
「セリア様くらい?」
私は分からずに、そう答えた。
「質問が意地悪過ぎたわね。半分正解で、半分は間違いかな。雨を降らせる、多量の水を出現させることは可能だと思う。でも、本来雨が降らない場所で、雨を、少しならいい。でも、乾いた大地を満たすような雨を強制的に降らせば、必ずひずみが生じる。今度は別の場所で水不足が生じたり、もっと大きな干ばつが訪れる可能性もある。ちょうど二十年くらい前に、そういう地区があってね、そこはそれ以後酷い水不足におちいったわ」
「そうなんですね」
セリア様は頷いた。
「魔法は便利だけど完璧じゃない。そして、ずっと前からこの大陸では気象を覆すような魔法は使わないという取り決めがなされているのよ。それはどの国でも共通しているわ」
「誰かが使えばすぐにわかるもの何ですか?」
「すぐにわかるものよ」
私は頷いた。
アリアは空の状態を確認できただろうか。
もっと、確認するのに必要な要件を聞いておけばよかった。
「どうしましょうか? 城に戻りますか?」
「どこか話ができる場所はない? できれば監視下にない場所で」
マリオンさんは私をじっと見る。
「私の家に案内はできますが、美桜様は嫌な思いをされるかもしれません」
「迷惑でなければ、お願いします」
小言を言われるんだろうか。だが、それよりも私はアリアにこの国の情報を聞きたかったのだ。
そこから再び町に戻り、お城から少し遠ざかっていく。そして、大きな門構えの家の前でマリオンさんは足を止めた。彼女は門の前で手を当てると、呪文を詠唱した。
門に人が通れるくらいのスペースができる。
「どうぞ」
彼女は門をあけると、私たちを導いた。
そこから草のかれた庭を抜け、大きな家の前にたどり着く。
私たちは家の中に入る。
その中はひっそりと静まり返っていた。
だが、床のきしむ音が聞こえ腰のまがった女性が現れたのだ。
「マリオン、お帰り」
だが、自分の孫であろう彼女に優しく微笑んだ彼女の表情がひきつった。
「なぜこんなところに人間を連れてきたの?」
彼女は呪文の詠唱を始めようとする。
私が身構えようとするが、その前にセリア様が立ちはだかる。
「人間をかばうなんて、恥知らずなエルフだね」
そうおばあさんがさげすんだ目で私たちを見る。
「この方たちはリリー様の大事な友人なんです。やめてください」
そのマリオンさんの言葉に、女性が眉をぴくりと動かした。
彼女は無言で近くの部屋に姿を消した。
「ごめんなさい」
「いいのよ。噂には聞いていたから。私たちも無理言ってごめんなさいね」
「いいんですよ。二階にある部屋に案内しますね」
彼女が階段を上がっていくのに、私たちもついていく。
そして、階段を上がってすぐの部屋に私たちを連れていく。
「お茶を持ってきますね」
彼女はそういうと部屋を出ていった。
すぐにアリアが私たちの前に現れる。
「時間がないので端的に言うけれど、部分的な影響は出ているのは確か。でも、九割は違う理由のようね」
「違う理由?」
「はっきりとは分からないけど、この気候に関係あるんじゃないかな」
アリアは上空を指さした。
一割を多いとみるか少ないとみるかは微妙なところだ。
決して少ない量ではないと思う。
「大半が気候が原因なら、私たちにできることはなさそうね。リリーにあって帰りましょうか」
私は頷く。
何をどうしたらいいのかわからない。
なら、一度国に帰るべきだと思ったのだ。
マリオンさんがお茶を持って戻ってくる。
銀色のお茶だ。
ハーフティのようなものだろうか。
飲むと酸味のある香りが口の中にふわっと広がる。
「不思議な味」
「これはこの国で取れる植物をすりつぶしたお茶です。疲労回復にいいんですよ」
そうマリオンはにっこりとほほ笑んだ。
お茶を飲み、マリオンさんの家を後にする。
その足で城に戻る。
だが、城を入ったところで、モーリスと呼ばれたエルフが立っていたのだ。
彼は私たちとの距離を詰めてきた。
「リリー様からの伝言です。しばらくこの国に滞在するので、先に帰っていてくれと」
私もセリア様も、マリオンさんも驚きをあらわにする。
「そう王が言うように命じたの? モーリス、あなたは自分が何をしているかわかっているの? こんなことをして、ミシェル様がどう思われるか」
マリオンさんが怒りをあらわにする声に、男性の目に動揺が映る。
優しいリリーのことだ。
彼女がルーナに帰らないという決断を下す可能性がないわけではない。
リリーが自分で決めたことなら構わない。
だが、あれだけ帰ってくるといっていた、それもしっかりしている彼女が、帰らないという選択をくだしたからといって、顔を合わせないのは不自然な気がしてならない。
彼女なら自分の意思でその言葉を伝えようとするはずだ。
「リリーに会わせてください。彼女からそう言われれば私たちは納得して帰ります」
「君たちとは会いたくないようだよ。さあ、入り口まで遅らせるから帰ってくれ」
私の要求の返事をしたのは、モーリスより低い声をした男性だ。そこには金髪の、リリーと同じ色の髪の毛をした長身の男性の姿があったのだ。
その男性は階段の上にほうに立ち、ゆっくりと下ってきた。
その眼は冷たく、氷を連想する。
「そもそも人間の娘をここに入れているだけでも、感謝してほしいくらいだよ。その上、城で騒ぐなど、言語道断だ」
私は名指しで非難され、ドキッとする。
セリア様が私の肩に触れる。
「一度、ルーナに帰りましょうか。悪いようにはしないと思うわ」
セリア様も何かを感じ取って入るようだったが、そう困ったように微笑んでいた。
城に戻り、私は部屋に帰った。
ローズにもセリア様から話をしてくれるそうだ。
私はベッドに座ると、天を仰ぐ。
その目の前にアリアが現れたのだ。
「今日はゆっくり眠りなさい。セリアも言ったようにリリーに悪いようにはしないはずよ」
私は頷いた。
夕食はローズと一緒だったが、彼女はいつもと変わらなかった。
リリーの話題を全く出さないことが、逆に彼女がリリーを気にしていると伝えている気がして、私も何も言い出せなかった。




