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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第五章 エルフの国
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静寂に包まれた町

 セリア様の視線が背後を泳ぐ。


「今はこうなっているのね」

「はい。外からの侵入者を徹底的に排除するためにこうなりました」


 マリアンさんは寂しげに笑う。

 その私たちの前に三人の男性が立ちはだかる。だが、男性たちはリリーを見て深々と頭を下げていた。

 その手にした武器を私とセリア様に向ける。

 驚く私とは対照的に、セリア様は眉をぴくりとも動かさず、その武器を見ている。

 マリアンさんがセリア様の前に立ち、槍を突き出したエルフたちを制した。


「あなたたちは彼女が誰かわからないの?」

「リリー様と、よくわからない妖精と人間。人間がついてくるなど、あの国らしいな」


 だが、そう吐き捨てるように言い放った隣の男性が彼を肘でつき、何か耳元で囁いていた。

 その槍を手にした男性が顔をひきつらせ、後退する。


「銀の魔女」

「その呼び名はどうにかならないのかしら」

「マリオン、勝手にこんな凶悪な妖精を連れてくるなど、勝手に他の国のものを連れて入るなど許されるわけがない」


 男のエルフはセリア様の言葉を無視し、マリオンさんをにらむ。


「私がそう望んだんです。無理なら、ルーナに帰ります」


 返事をしたのは、苦笑いを浮かべるセリア様やマリオンさんではなく、リリーだった。

 彼女は落ち着き払った目で彼を見据える。

 私たちを取り巻いていたエルフがたじろぎ、後ずさりする。

 彼らは身を寄せ合い、何か相談していた。


 よほどリリーは父親に似ているのだろうか。


 その萎縮する三人の前に、長身の明るい茶色の髪をしたエルフが現れる。彼は私たちを一瞥する。


「ご無礼をお許しください。私たちに判断はできません。王に許可を得るまでここで待機しておいてください」


 彼はそう丁寧な言葉を綴ると、そのまま奥のほうに歩いていく。

 三人はこちらを見ているが、先ほど問った距離を縮めようとはしなかった。

 私はこの国の様子を見て、クラージュのそばに会ったテオの町を思い出していた。

 自分たちを守るために過剰なほどの警備を敷いているといっていたが、きっとこれらもその一種なのだろう。

 

 花の国が変わった場所にあるのも、同じなのだろう。

 そう思うと、複雑な気分が沸き上がってくる。


 さっきの男性がしばらくして戻ってくると、何か耳打ちをしていた。

 男の人は何かネックレスのようなものを三つ差し出した。


「これをつけていただきます。この国にいる間は外されますよう」

「モーリス、まさかリリー様にもですか?」


 マリアンさんは顔をこばばらせ、彼らをにらむ。


「構いません」


 リリーは動揺も見せずにそのネックレスを受け取った。それを私とセリア様に渡す。

 セリア様はそれを身に着ける。

 一見シルバーリングのような銀色の輝きを持つアクセサリだが、その先には複数の種類の宝石がついている。


「これ何?」

「魔力を制御して、居場所を特定する石」


 そうセリア様が告げる。


「居場所か」


 gpsみたいだ。

 この国で何かをしようと思っているわけではない。

 聖地まで行けるなら、問題はないのだが。


 私たちがそれを身に着けたのを確認したのか、石の門がゆっくりとあき、私たちを迎え入れた。

 だが、そこから自由に歩けるともいかず、そこからさっきのモーリスと呼ばれた男性を含め、四人のエフルに取り囲まれ、私たちはまっすぐ進む。その先にあるのは人目を引く大きな城だ。だが、花で包まれたルーナの城とは異なり、植物の美しさは微塵もない。お城というよりは要塞をイメージする。


 町の中にはほとんど人気がなく、ひっそりとしていた。


 石造りのお城の前に来ると足を止めた。男たちはセリア様と、私を見る。


「お前たちはここで待っておくように」

「待ってください。せめてどこかイスのあるところにでも]


 そうマリオンさんが言うが、彼女は鋭い目ににらまれる。

 マリオンさんが臆するのが分かった。


「別にいいわよ。勝手にどこかに座っておく。彼女たちが私に会いたいときには、連絡をしてくれるの?」

「その予定だ」

「それなら構いません。とりあえず行きましょうか」


 セリア様が私の肩を叩く。


「じゃあ、またね」


 不満をあらわにするリリーと、マリオンさんを残し、私たちはその場を離れようとした。


「待ってください。ラニに案内すると約束しました。だから」

「それは王の命令ですか?」


 マリオンさんの言葉を遮ったのは、リリーの鋭い言葉だ。

 モーリスと呼ばれた男性は眉をぴくりと動かした。


「そういうわけでは」

「なら、構いませんよね。私の判断で、彼女たちを連れて入っても」


 リリーの自信に満ちた言葉に、モーリスはほぼ強制的に頷かされていた。

 私たちはリリーに促され、お城の門まで行く。

 そこには白いローブのようなものを来た男性がたっていたのだ。

 彼らはリリーを見て、深く頭を下げる。

 扉を開け、私たちを中に招き入れた。


 私のイメージするお城は、ルーナのにぎやかなものだ。

 だが、お城の中も凛と静まり返っている。

 入り口付近にある階段から、長いひげを携えた男性がゆっくりと階段を降りてきた。

 彼の目はまっすぐとリリーを捉えていた。


「リリー様、お待ちしておりました」

「あなたは?」

「あなたのお父様の家庭教師をさせていただいておりました。リリー様、こんなに大きくなられて」


 男性の目にはうっすらと涙が浮かぶ。

 リリーは驚いたように、その男性を見つめていた。


 男性の視線が私とセリア様に映る。


「セリアさん、そしてあなたはリリー様のご友人と聞いています」


 私は深々と頭を下げると、自分の名前を名乗った。


「遠いところをわざわざ来られて申し訳ないのですが、王はリリー様以外とはお会いになられないでしょう」

「わかっています。私たちはラニに行きたいと思っています」

「ラニにですか?」


 彼は怪訝そうに私たちを見る。


「王に話を伺ってきます。それまでは別室でお待ちいただけますか?」


 セリア様が首を縦に振ったこともあり、右手にある小さな部屋に通された。

 それなりに装飾品は飾られているが、どことなくシンプルな部屋だ。


「またね」


 リリーとマリオンさん、そして男性は深々と頭をさげると、部屋を出ていった。

 セリア様は部屋を一瞥すると、目を細めた。

 彼女はイスを引くと、腰を下ろした。

 私も彼女の隣に座ることにした。


「どうやら監視されているみたいね」

「監視?」

「いくつかそういう仕掛けがあるのよ。まあ、気にせず楽しい話をしましょうか」


 そうセリア様はにっこりとほほ笑む。

 私は想像していなかった言葉にドキドキするが、彼女はそんな様子を全く見せない。

 もっとも監視されていて困るような行動を起こす気はないが。


「やっと一息吐いたわね。でも、こんなもの壊せちゃうんだけどね。もう少し魔力耐性の強い意志で作ってもらわないと」

「壊さないで下さいよ」


 全然楽しい話じゃないと思うが、セリア様はにこやかだ。

 監視というのは声まで聞こえているのだろうか。


「わかっているわよ。目的はその離れ場所に連れて行ってもらうことなのだから、こんなところで問題は起こさないわよ」


 彼女はことごとく私の想像を上回っている。

 この離れた場所に住むエルフもセリア様のことを知っているくらいだ。

 私は銀のネックレスに触れる。


「セリア様ってすごいですね」

「何が?」

「セリア様が負けるところを想像できない気がします」

「魔法が効く相手ならそうかもしれないわね。私はお父様が魔力が強い人だったからよかったのよ。強い魔力は特別扱いされても、そこに至るまでの苦労は多いわ」

「そうなんですか?」


 私はふとアリアのことを思い描いていた。

 セリア様に匹敵する力を持っていながらも、自らを隠し続ける少女。

 リリーにはセリア様がいたし、ローズもいる。

 ラウールにはロロやルイーズ、そのお父さんたちがいる。


 アリアにはそういう理解者はいてくれたのだろうか。

 今のアリアにはセリア様や、ノエルさんがいるが、花の国に住んでいたであろう彼女はどうだったのだろう。

 だが、そんな言葉を口には出せずに、短く息をついた。


 少しして扉があく。大きな布を持ったマリオンさんだけが戻ってきたのだ。


「今、リリー様は玉座にいらっしゃいます。その間ですが、ラニに案内いたします」

「リリーも行きたいといっていたので、一緒に行きたい」

「後でイレール様がリリー様を案内をしてくださるそうです」

「王の許可は?」

「いただいたので問題ありません」


 ホッとする私とは対照的に、セリア様は難しい顔を崩さない。


「セリア様?」


 マリオンさんの問いかけに、彼女は何もないと告げた。



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