廃れた聖地
「セリア様がいてくれてよかったと思います。そうでなければ、強引にリリー様を連れ去ろうとしたかもしれません。私も迷いはあります。このままノーと言われたと国に戻るべきではないかと。ただ、リリー様に会いたいと切望している方々に彼女を合わせたいという気持ちが、ここにとどめてしまっているんでしょうね。リリー様を進行形で苦しめているとしても」
そう彼女はかなしそうに微笑んだ。
「こういう話はダメですね。もっと明るい話をしましょう」
彼女は緑の髪の毛を耳にかける。
私と彼女には共通点が皆無で、何を話せばよいのか皆目見当もつかなかった。
私の中でリリーと話をした記憶がよみがえる。
「そういえば、ラニの丘ってどんなところですか?」
「リリー様から聞かれたんですか?」
私は首を縦に振る。
「すごく自然のきれいな場所だと聞きました」
「きれいな場所ですよ」
だが、彼女の言葉には妙な余韻がある。そして、その言葉と裏腹に彼女の表情は暗い。
「正確には綺麗な場所でした。今、私たちの国の国は水不足なのもあって、その影響がラニにも出ているんですよ。だから、草木が枯れて、美しいとはお世辞でも言えません。今まで強気だった王がリリー様に頼ろうとしたのも、いざというときを恐れている気がします」
「草……」
私が引っかかったのは、この国内で木がかれているのを見たためだと思う。
草が枯れるのは、気候が悪ければ当たり前のはずなのに、やけに心に引っ掛かる。
「すみません。美桜様は私たちの国のことを知りませんよね。まず、ラニの丘ですが、私たちの国で聖地と呼ばれた場所だったんです。その場所は今までどんな災害が起こっても枯れることがなかったのに、今年に入ってから、その場所までも草木が枯れていきました。みな異常をどこかで感じ取ってるんだと思います」
だからこそリリーに矛先が向かったのだろうか。
「草はどんな感じでかれていますか?」
「順番は分からないのですが、根本から枯れていると思います」
「その期間は?」
「いつからという正確な日数は分かりませんが、数日の間に変わったそうです。ちょうど今から三、四か月ほど前だと思います」
私がここに来た少しあとだろうか。
ただ、実際に見ていないため、ルーナの異変と同じかどうかは分からない。
彼女から言葉で聞き出すにも理解の限界があるだろう。
「これでも食べましょうか」
マリオンさんはその話を嫌ったのか、クッキーの袋を指さした。
私はマリオンさんにクッキーを返す。
マリオンさんはクッキーを口に運ぶと微笑んだ。
「すごくさくさくしていておいしいですね。香りもほんのりと優しくて、しつこくなくて」
「おいしいですね」
「この国は料理がとてもおいしいですよね。そういえば、お城にもものすごく料理が上手な方がいるとか」
「マルクさんのことだと思います」
「マルクさんですか。セリア様がスープを持ってきてくださって、とてもおいしかったです」
マリオンさんはそう笑顔を浮かべていた。
私はクッキーを食べ終わると、マリオンさんと一緒にセリア様の家に帰る。
セリア様は家にいたようで、私とマリオンさんを見ると目を見張る。
家の中からはスパイスの香りが漂ってくる。
「一緒だったのね」
「美桜様に手伝ってもらいました」
マリオンさんは鼻をくんくんさせた。
「夜ご飯ですか? 私もお手伝いしますよ」
「ありがとう。野菜を切ってくれるかしら」
「わかりました」
マリオンさんは私に頭を下げ、奥に歩みかけた。だが、すぐに振り返る。
「そうだ。よければ食べていきませんか?」
セリア様を見ると、彼女は大げさに肩をすくめた。
どうやら好きにしろと言いたいらしい。
私は彼女の誘いを受けることにした。
「お邪魔します。私も手伝いましょうか? 少しなら料理ができますので」
「あの、よければ」
マリオンさんはそういうと口ごもる。
悲しげな表情を見て、リリーのことだろうかと思いながらも具体的に聞けないでいた。
「リリーを誘ってほしいと言いたいみたいよ」
「いいんですか?」
驚いたのはマリオンさんだ。
「来るか来ないかはリリーに任せるわ。どちらにせよ、私が強制することでもないもの」
「お願いできますか?」
「わかりました。連れてきますとは言えませんけど」
「はい。ありがとうございます」
マリオンさんは深々と頭をさげると、台所に消えていく。
「私も手伝うわ。また、後でね」
「わかりました」
本音ではラニのことについて聞きたかったが、マリオンさんに聞かれるのは避けたかったため後から話をしようと決断する。私は城に戻り、リリーを誘ってみることにした。
私はリリーの部屋の前に来ると、ノックする。
すぐにリリーが顔を覗かせる。彼女の手には本が握られている。
「どうかしたの?」
「今日の夕食、私、セリア様の家で食べることにしたから、その連絡」
「セリア様の家?」
リリーは明らかに顔をひきつらせた。
「無理にとかじゃないよね?」
「そんなことないよ。よかったらリリーも一緒にどうかなと思って、一応確認かな」
「ごはん、か」
彼女はおそらく断るのではないか、そういう気がした。
だが、聞こえてきたのは予想外の言葉だ。
「わかった。行くよ」
「いいの?」
「ごはんを食べるくらいならね。それにマリオンともきちんと話をしないといけないと思うの」
彼女はそう強い目で私を見据えた。
彼女がどんな思いを抱えているのか、言いたくなるが、そんな気持ちを胸中に押しとどめる。
「他にも誘っていいの?」
「大丈夫だと思うよ」
私とリリーはローズの部屋に行き、彼女に尋ねてみた。
彼女はすんなりと夕食の誘いを受け入れていたのだ。
夕食時にセリア様の家に行くと、テーブルの上には豪勢なごちそうが並んでいる。
私とセリア様、リリーとローズとマリオンさんがならんで座ることになった。
マリオンさんの席に率先して座ったのはリリーのほうだ。
マリオンさんは驚きをあらわにリリーを見ている。
その隣にローズが座ったため、私はセリア様の隣に座り、食事を食べ始めた。
私はスープにスプーンを入れ、それを口に運ぶ。
スパイスが聞いているのか、強い香りが口の中を占拠するが、まったく不快感がない。
のどを通り、すっと胃の中に落ちていく。
どちらかといえば薄味が多いルーナの食事では珍しい味だ。
たくさんのゼリーのような固形のものが盛られたお皿があり、一つ口に含んでみrと、野菜を加工したものだとわかる。かかっているソースが甘いため、野菜を食べているというよりはデザートを食べているような感触だ。
その隣には赤系のゼリーがあり、何か液体がかけてある。それが一口食べて何かすぐにわかる。
リリーの大好きなクレだ。色が赤っぽくなっているのは、皮ごと加工したのだろう。
その周りの液体もクレからとられたと思われるソースだ。
リリーが好きだとセリア様から聞いたのだろうか。
リリーもそれに気づいたのか、ゼリーを食べて一瞬目を見張る。
「すごくおいしいですね。これはマリオンさんが作られたんですか?」
ローズはにこやかに話しかける。
「そうです。料理を作るのが好きなんです。デザートも用意してますので、食べていってください」
マリオンさんはローズの言葉に嬉しそうに微笑んだ。
木の実が埋め込まれたパンを食べると、さくさくとしていて程よいクルミの香りが口の中に広がる。
そして、植物からとられたお茶の葉は、口の中をさっぱりと洗い流してくれる。
「デザートを持ってきていいですか?」
「私がとってきますよ」
立ち上がろうとしたマリオンさんを制し、私が立ち上がる。
少し廊下を歩いたところでローズに呼び止められた。
「私も手伝うよ」
「ありがとう」
私たちは台所にあるテーブルの上に盛り付けられたデザートがあるのに気付く。
以前、ルイーズとブレソールで食べた生クリームのような食感のクリームだ。
見た目も可愛い感じで、果物と一緒に盛り付けてあった。




