王としての資質
私は木製の扉を開けると、中に入った。
お店のカウンターから、緑の肌を持つ、ボリュームのあるスカートをはいた女性が出てきた。
「わざわざ悪いね」
女性はにこやかにほほ笑むと、私の差し出した布の袋を受け取る。
ジョゼさんから痛めた場所に塗る薬を届けてほしいと頼まれたのだ。
私はその代金を受け取ると、お店を後にする。
その、私の目の前を緑の髪の女性が両手にかごを抱えて通りかかる。
「マリオンさん」
私は思わず彼女の名前を呼んだ。
彼女は私と目が合うと、大きく目を見張る。
「お買い物ですか?」
「手伝いで、届け物を。マリオンさんは畑で収穫をしていたんですか?」
「はい。そういっても収穫は終了して、オーバーンさんに頼まれて、この二軒先のお店に運ぶように、と」
私はマリオンさんについていき、二軒先のお店に入る。
お菓子などを扱っているお店で、その裏口をノックすると、若い女性が出てきた。
「わざわざすみません」
「構いませんよ」
私たちは荷物を届けると、お店を後にしようとした。
すると、女性が紙の包みを二つ渡してくれた。
このお店で売っているクッキーだ。
「よかったらどうぞ」
「私はそこで会っただけなので」
「いいんですよ。よかったらもらってください」
私はマリオンさんと目を見合わせる。
断るのも悪い気がし、お菓子をもらうと外に出た。
「得しちゃいましたね」
マリオンさんは包みを開けると、嬉しそうに微笑んだ。
「あとどれくらいありますか? まだあるなら手伝いますよ」
「平気ですよ。私のわがままでいさせてもらっているんです。それくらいは働きますよ」
最初は押しの強さばかり気になっていたが、彼女のイメージはずいぶんと違う。
彼女はセリア様の許可を得て、畑の仕事を手伝っているそうだ。
彼女は向こうの国でも畑を触っていたようで、その仕事具合は手馴れているらしい。
私たちが畑に戻ると、妖精の姿がちらほらある。
「私はもう一仕事してきますので、これを預かっていてもらえませんか?」
「私も手伝いますよ」
「すぐに終わりますので」
彼女はそう言い残すと、奥のほうに歩いていく。
そして、妖精たちと何か言葉を交わしていた。
同じ種族の妖精がいるからなのか、セリア様の後押しがあるからなのかはわからないが、彼女はこの国にあっという間になじんでいる。
私の足に影がかかり、顔をあげるとオーバンさんが立っていたのだ。
私が頭をさげると、彼も会釈する。
「彼女は働き者だね」
「そうですね。何かもうなじんでいるみたいで」
「他の人が嫌がることでも、積極的にこなしているからね」
マリオンさんは作物を集め、それをかごに入れている。
そして、刈り取り作業を再開していた。
「私も戻るよ」
オーバンさんは頭を下げると、畑で刈り取り作業を再開していた。
マリオンさんはオーバンさんのところまで歩いていくと、言葉をかわし、彼の作業を手伝う。
マリオンさんが普通だからだろうか。
リリーたちのいっていたエルフの国がぱっとイメージできなかったのだ。
「お待たせいたしました」
マリオンさんが笑顔で戻ってくる。
彼女は私の隣に腰を下ろす。
「どうかしましたか?」
私の気持ちが顔に出ていたのか、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「あまりに普通だなと。向こうの国のエルフみたいに、他種族に抵抗があるのかと思っていました。
「だったら呼ばれない気がします。ここにきて、エルフ以外の生物に過剰に反応していたら、きっと話も聞いてもらえないでしょうし。私は別にエルフが特別だとは思ったことありませんよ。ただ、人間だけはどうしても受け付けませんけどね。美桜さまは大丈夫ですよ」
彼女は慌てて付け加える。
エスポワールと彼女たちの国、フイユは国境は離れているが、最も近い国だ。
きっと何らかの事情が過去にあったのだろう。
私はどう返していいかわからずに頷いた。
「こういう言い方はよくないですね。私たちの国がこうなったのは、もともとの考え方もあると思いますが、人間を含め他種族とのトラブルも少なくなかったと聞いたことがあります。過去に誘拐されたり、襲われたり、いろいろなことがあったみたいです」
彼女の緑の目に涙が浮かぶ。
この国も人間の手により、犠牲が出てと教えられた。
自分たちを守るために、閉鎖的な国を作り出したのだろうか。
私もセリア様達がいなかったら、どうなっていたのかはわからない。
「私の曾祖母の妹が、人間に殺されて、人間がものすごく嫌いで。だから、人間を嫌いになる教育を受けていたんだと思います。ただ、この国に来て、リリー様と親しく話をされている様子を見て、きっとあなたは違うんだろうなと感じました」
「リリーを変えたのは私じゃなくて、今の王子と王女だと思います。すごく仲が良かったみたいです。彼女は私がこの国にきたときから親切にしてくれました」
「王子と王女?」
彼女は意外そうな顔をした。
言わないほうがよかったのだろうか。
迷いながらも、一度口にしたことを否定できず、私は頷く。
「そうなんですね。クロエという女性とアナスタシア様が仲がいいという話は聞いたことがありましたが、王子のほうはその方の息子なんですよね」
「そう聞いてます」
私は少し意外だった。まさか王妃だったはずのラウールの母親とリリーの母親に面識があるとは考えてもみなかったのだ。
「そうなんですね。きっと私が知らない間にいろいろなことがあったんでしょうね」
マリオンさんは寂しそうに微笑んだ。
「私がリリー様を連れてかえりたいのは国からの指示ということもありますが、実はそのおばあ様のためなんです」
「人間嫌いの?」
「そうです。リリー様には言わないでくださいね」
私は頷いた。
「ひいおばあちゃんはリリー様のお父様が大好きだったんです。いつか一目でいいからリリー様に会いたいと言っていました。そういう人があの国には多いんですよ。だから、戻ってきてほしい。後を継いでくれればうれしいですが、後を継がなくても、国に顔を出してほしいと思っています」
「それをりりーに言えば、リリーの気が変わるかもしれませんよ」
「それはあくまで私の考えですから。今の王、リリー様のおじいさまは彼女を王位につけたいと思っているようです。だから、帰るにしても、二度とこの国に戻ってこない覚悟があるか、本人に聞かないといけません」
「跡継ぎはいないんですか?」
「リリー様の伯父様に当たる方が次期国王候補です。ただ、彼は魔力も弱く、それでいて保守的で現王の考えを強く引き継いでいます。国を任せるには頼りないと思っているんだと思います。私も今の王の考えを継承する国王候補に抵抗があります」
「でも、魔法で国を統治するわけじゃないですよね」
「それは分かっています。でも、セリア様に匹敵する潜在能力を持つリリー様と、他者では国民の安心感も大きく違うと思いませんか?」
私の中に過ったのは、エスポワールのことだ。
エリスと、強い魔力を持つラウール。
エリスを大事に思う人も少なくないが、多くのものがラウールが王位につくことを望んでいる。
それは人間だけではない。ほかの国の種族もだ。
ローズが回復魔法に秀でているように、特別な何かがあれば話が違うのかもしれない。
「そうですね。でも、リリーの考えは」
「彼女は王位に就く気はありませんよね。リリー様のお父様はリリー様を女王に仕立てて、自分の思い通りに操りたいだと思います。リリー様は自分の意見が通らなくても、怒ったりしないでしょう?」
確信を込めた問いかけに、私は彼女が国に帰ることを選んだときの結末を見た気がした。
彼女がどう決めるかによるが、きっと彼女は苦しむと思わずにはいられなかったのだ。




