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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第五章 エルフの国
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たどり着かない糸口

 私は蔵書室の中に入ると、辺りを見渡した。

 あたりは人気がなく、ひっそりとしている。

 ポワドンにもう行くことはなくなり、私は花の国についてもっと調べられることはないかと考え、蔵書室に来たのだ。

 私がいるのはエトワール大陸の西のほうについて書かれた書物のある棚だ。

 その中で花の国について書かれていると思しきものは当然ない。

 ブラージュ、すなわち魚人の国について書かれた本を手にするが、ロロやセリア様が言っていた情報以外は何も書かれていない。


「ここはセリアが一通り調べていると思うよ」


 アリアが突然現れると、そううめいた。


「そうだとは思うけど、何かね」

「ロロの持っていたメモのように、今までとは違う形で残しているとは思うよ」

「メモ、か」


 あれはロロ達の手により、誰にも見つからないようにナベラの奥に封印されていた。

 こういう形で記録に残っている本に助けを求めるのは適切でないとわかりながらも、ほかのヒントが見つけ出せない状態だ。


 神鳥たちも転移魔法で強制的にエペロームのあのもりに連れて来られたため、どこにあるのかはわかっていないそうだ。彼らが託されたのはあの転移魔法であり、ほかに何らかのヒントを握っているとは思えなかった。


 アリアは何度かあの森にいき、何かヒントがないか探したが、今のところ見つけることはできないようだ。


 考えるほど、海王に聞くしかないようなきがするが、その当人がどこにいるのかわからなければ結局意味がない。


 その時、扉のあく音がした。私は思わず柱の陰に隠れる。


「何で隠れているのよ」


 一緒に隠れたアリアが苦笑いを浮かべていた。


「なんとなく」


 大多数の民は私のことは知らないし、花の国や魚人について調べていることを知られたくなかったのだ。だが、本を戻して、挨拶をし出ていけばいいと気づいたのは隠れた後だ。

 タイミングを見計らい出ていこうとしたとき、聞き馴染みのある声が耳に届いた。


「マリオンは女王様にも会ったんだ」

「セリア様によると、女王様のほうが圧倒されていたみたいだけどね。女王様にも押しが強い人なんてそうそういないから」


 その私の脳内のイメージを具現化するように、金髪と銀髪の妖精が目の前を通り過ぎる。


「本当、どうしろというのよ」

「女王様はそういうことを気にする方じゃないよ。元気な方ですねと言っていたから」

「そうだろうけど」

「それでも気になるんだよね、君は」


 アランとリリーの足が止まる。

 彼らは私のいる場所の右手の棚で足を止めたのだ。

 下手に隠れてしまったため、出ていきにくくなってしまった。

 そして、盗み聞きをしている状況になってしまったことが、気まずい気持ちを助長する。


 アリアは手を振ると、いびつな軌道を描き、遠ざかっていく。

 問題は私だ。

 奥の棚に行き、それとなく戻ってくるか、そのまま外に出ていくかの二択だが後者を選ぶのは見つかった時に気まずい。

 そもそもリリーとアランであれば隠れる必要もなかったのだ。リリーは知っているし、アランはセリア様の孫だ。大事になる可能性はないだろう。


「一応ね。でも、私が戻っても、何かできるわけじゃない。ここ十年くらいずっと気象が不安定なんだってね。その原因をどうにかできれば」

「向こうの国の情報は大まかな天気以外は外部に知れ渡らないから、向こうの国で情報を集めないとただ時間をつぶすだけになると思うよ」

「そうだよね」


 私はそれとなく二人に声をかけるタイミングをみはからうために、棚から二人を覗く。

 リリーはいつも通りだが、アランの様子がいつもとは違っていた。

 いつもの冷たい雰囲気とは違う、やさしい空気を漂わせている。

 私との初対面のときとは別人のようだ。


 アランの手が本棚に触れ、一冊の本を取り出した。

 彼はぱらぱらとページをめくり、何かリリーに小声で話しかけていた。

 リリーは真剣な顔でその本を見つめる。


 リリーは普段は敬語だが、二人でいるときは違うんだろう。

 そこに二人の距離感を感じ取った。


 リリーが何かを言い、アランは苦笑いを浮かべて頬をかいた。

 リリーが急に私のほうを見て、手招きする。

 私は苦笑いをして、本棚から出てきた。


「別に隠れなくてもよかったのに」

「思わず反射的に。隣の棚で調べ物をしていたの。出てきにくくなってしまって」


 隣の棚は大陸の西部についての書物が置いてある。

 リリーたちが見ているのは大陸の東側の地域だ。


「私はそろそろ戻ります」


 アランはそう言い残すと、蔵書室を出ていった。

 よかったのだろうか。

 私がいたことでアランとの時間を邪魔してしまったかもしれない。

 謝ることもできずにリリーを見るが、彼女は気にした様子もなく、棚に目を走らせていた。


「エルフの国について調べているの?」

「過去に似たような災害がないかと思ってね。書物といっても情報は古いし、周知された事実しかないんだけどね。それでも気にはなってね。美桜はあの国のことだよね?」


 彼女は念のため明言を避けたのだろう。

 私は首を縦に振る。

 

「昨日、気になることがあってね。後で話をするよ」

「分かった」


 彼女にはポワドンの件が終わったことは話したが、魚人の件はまだ話をしていなかったのだ。

 リリーに話しても問題はないだろう。


「でも、アランさんとリリーは仲がいいんだね」


 その言葉にリリーは驚いたような顔をする。そして、彼女はくすりと笑う。


「今まで考えたことはなかったな。よくよく考えると、私の保護者代わりだったからね。話は比較的するほうだと思うよ」

「保護者といっても、結構若いよね」

「私とローズより十くらい上だとは思う」


 面倒を見るには程よく年齢が離れていたのだろうか。


「でも、二人の時には敬語を使わないんだね」

「アランは敬語は使わなくていいというけれど、なんとなく使ってしまうんだ。みんな敬語だしね。かといってローズに敬語を使わないのは変な感じだけどね」


 リリーは苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。

 私たちはリリーの本探しを手伝い、部屋に戻る。

 そしてアリアのことは伏せ、花の国が西の海にあるらしいと告げたのだ。

 最初は笑顔で聞いていたリリーも西の海の話が出た途端、顔を引きつらせる。

 その理由はおそらく魚人だろう。


「ものすごい場所にあるんだね。確かに西の海にはあまり行かないほうがいいと言われるけれど、他からの侵入を防ぐには最適な気がする」

「確かにそうだよね」


 あんな攻撃的な魚人がいたら、そうそう海辺にも近寄らないだろう。偶然の一致だろうが、結果的によかったということなのだろう。


「花の国を守っているわけじゃないの?」

「それは違うみたい。ただ、人というか生き物を襲うのが楽しいみたい」


 リリーの発言が当たっている可能性もある。アリアが魚人をよくわからないと言っていた時点で、魚人が花の国を守っている可能性は極めて低いような気がした。


「ロロは海王に会えばいいと言っていたけど、どこにいるかもわからないしね」

「海王か。海に住んでいるという話は聞いたことあるけど、噂だし、正確な場所もわからないね。ルーナの情報はセリア様が把握してそうだし、ほかの国の民に当たってみるのがいいかもしれないね」

「他の国か」


 ほかにもいろいろな国はあるが、今まで行ったことある国の中に情報を握っている人がいるのだろうか。ロロが神鳥の情報を握っていたように、意外なところにヒントがあるかもしれない。

 部屋に帰ってロロのメモに目を通すが、これといってめぼしいものはなかった。

 あのおじさんからもらったメモも同様だ。

 その日はいろいろ調べてみたが、結局答えの出ないまま、一日が過ぎた。


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