国を去った王子
彼女は心配だが、今はセリア様の言うとおりにしようと決めた。
私よりリリーをよく知っているであろうセリア様がそうすべきだと判断したためだ。
階段をあがりきったところでセリア様とアリアが待っていてくれた。
私は二階の一番奥の部屋に通される。
一階程まではないがソファと机のある客間のような部屋だ。
セリア様は私をそこに通すと、黒のソファに腰を下ろす。
「明日、ポワドンに行くのよね」
私はセリア様の言葉にうなずいた。
私はあのエペロームの件以来、ポワドンにはいっていないため、久々となる。
無理をするなとロロに制されたのだ。
その間もロロはエペロームに通い、一人で作業を進めているようだった。
「明日の朝方にでも、海辺に行ってみましょうか」
「ロロとの待ち合わせに間に合いますか?」
「大丈夫だと思うわ。何かヒントが見つかれば明日以降に行けばいいでしょうし」
セリア様は再び地図を広げると、視線を落とした。
私も彼女の言っていた場所に視線を向ける。
「目では確認できないんですか?」
セリア様はうなずく。
「少なくとも海が広がっているだけだと思うわ。何かヒントがあればね」
実際の場所を見ないと、何とも言えない状態のようだ。
「魚人の国ってどんなところなんですか?」
「それが私は一度も入ったことがないのよ」
「私も知らない」
セリア様、アリアの順に答えていた。
この国の存在を最初に聞いたとき、思い浮かんだのが人魚姫だ。でも、逆に足のある魚のような風貌をしているとも考えられる。
「どんな姿をしているのかは?」
「結構いろいろのようね。水中でしか生きられなかったり、陸地で生活できたり、鋭い牙をもっていたり」
彼女の言葉ではピンとこない。
鋭い牙でなんとなくサメを連想する。
かなり長く生きている彼女でも見たことないというのは、かなり疎遠なのだろう。
セリア様は物憂げな表情を浮かべて、銀の髪をかきあげた。
「明日、薬草園から帰ってから行きましょう。その時、私の部屋に来てくれる?」
「わかりました」
「そろそろ下の話が終わったみたいね。下に戻りましょう」
セリア様に促され、アリアはバッグの中に隠れると、先ほど部屋に行くことになった。
部屋に入ると、フェリクス様とリリーが並んで座っており、その向かい側にあのマリオンという女性が座っている。リリーはうつむいているが女性は明るい顔で何か話をしていた。
彼女はドアの開く音が聞こえたのか、顔をあげるとにっこりとほほ笑んだ。
ソファから立ち上がり、軽い足取りで近づいてくる。
「私、ここで暮らします。なので雇ってください」
彼女はそう満面の笑みでセリア様の手をつかんだ。
セリア様の顔がおもむろに引きつる。
「雇うってこの家は普段使っていないし、そんな必要ないわ」
「給料はいりません。ただ、寝床と、食糧をいただければそれで構いません。後、女王様に話をしていただけると助かります」
セリア様とフェリクス様は困ったように顔を合わせる。
リリーは身動き一つしない。
フェリクス様は首を横に振る。
言っても聞かないといいたいのだろうか。
「分かったわ。ここに住んでいい。でも、余計なことは一切しないでね」
「わかってます。セリア様に逆らうような命知らずなことはしません。何か手伝えることがあれば手伝います」
穏やかな笑みを浮かべる彼女とは異なり、セリア様は困った表情を浮かべている
リリーはうつむいたままだった。
セリア様が私の肩をたたく。
「リリーを部屋まで送ってもらえるかしら?」
私はリリーのところまで行くと、彼女の肩をたたいた。
彼女は顔をあげ、困惑の色をにじませながら目を細める。
立ち上がった彼女と扉の所に行く。
マリオンさんはフェリクス様と話をし、セリア様だけが私たちを玄関まで見送ってくれた。
玄関の外に出ると、セリア様は肩をすくめる。
「私はしばらくここで暮らすわ。女王様には後で話を通しておく」
「ごめんなさい」
リリーは深々と頭を下げた。
「あなたのせいじゃないわよ。彼女も納得して帰ったほうがいいでしょうしね。あなたがどんな決断を下すにしても。本当に国に戻る気はないの?」
「ありません。父親が国を出た時点で、私もあの国に戻る気はありません。あの国の考えに賛同できないなら、あの国にがふさわしくないのだから」
「わかった。気が変わったら言ってくれればいいから」
リリーはセリア様の言葉にあいまいに頷いた。
私とリリーはセリア様の家を後にする。
彼女は唇を強く結ぶと、金の髪をかきあげた。
「美桜はこの町からでなければ大丈夫なの?」
「そう思うよ」
今はアリアもいるし、まず大丈夫だろう。
「少し遠回りをして帰っていい?」
リリーの言葉に頷いた。
彼女はお城の前に来ると、その道を右手に進む。
そして、途中で森の中に分け入っていく。
彼女の足が止まったのは、以前フェリクス様が宝石をささげていた木の前だ。
彼女は木に触れると、天を仰いだ。
「エルフの国があると前に教えたよね」
私はうなずく。
「私の両親はその国の出身だったの。マリオンはそこで暮らしている妖精というか、エルフなの」
「だから、国にはいろうとしてつかまっていたんだ」
リリーは頷く。
「私の両親は私が生まれる前に、国を去り、ここにたどり着いた。そして、この国で暮らし始めたの」
「この国ってそんなに簡単に暮らせるようになるの?」
「基本的にはね、身元の証明ができれば比較的暮らしやすいとは思う。もともと女王様と顔見知りだったし、セリア様や女王様自身、能力が高いからこそ、可能なんだと思うよ」
私はリリーの言葉に相槌を打つ。
リリーは言葉を続けた。
「一度、私が子供の時に、あの人が来たんだ。お父さんに国に戻ってきてくれとね。私の魔力の強さはお父さん譲りで、顔もお父さんに似ているとよく言われたな」
彼女のお父さんは人間に殺され、彼女はローズの護衛となりこの城の住むようになったのは聞いてはいる。
ただ、国をさった妖精をそこまで引き戻そうとする理由は何だろうか。
その国の主義といえばそこまでだが、何かすっきりしない。
「お父さんはエルフの国の王様の息子だったんだ。だから、だと思う」
リリーは私の疑問を見透かしたかのように、そう答える。
「じゃあ、王子の子供ってこと?」
「元だけどね。今はあの国とは何の関係もない。それに、私が生まれたのはここに来てからだから、向こうの国のことは何も知らないの」
マリオンさんが様と呼んでいた理由がわかる。
護衛をするなら、相応の身分と信頼が必要な気はするが、なぜ彼女はローズの護衛になったのだろう。
王族の娘に護衛をさせるのは、いくら強い魔力を持っているとはいえ、国同士の亀裂を生むことにならないだろうか。
「護衛は私が志願したの。セリア様はもちろん反対したよ。最初に友達になってくれたのがローズだったんだ。私はあの国に戻る気はないし、今の生活をずっと続けたいと思っている。どんな種族でも笑顔で暮らせる世界。夢物語かもしれないけど、いつかそんな日が来てほしいの。女王様とローズならそんな世界を作れる気がするし、その手助けがしたい」
リリーはそういうと目を細めた。
「そのことはほかの妖精は知っているの?」
「セリア様の一家と、ローズと女王、あとは数えるほどだけど知っているよ。ただ、エルフの国から来たってことはだいたいが知っていると思う」
「あまりエルフの国とは仲が良くないの?」
そう聞いたのは妖精たちの大半が一国の王子の子供であることを知らないと、彼女の言葉が伝えていたためだ。
「よくないかな。向こうが一方的にこちらを嫌っているみたい。野蛮な国だとね」
「野蛮?」
この平和な国でそういう言葉が出てくるのが不思議だった。
「他の妖精と共存していることが気に食わないみたいなの。マリオンはエルフの国では変わっているほうで、あまり抵抗もないみたいだけどね。彼女は悪い人ではないと思うけど、迷惑をかけることがあったらごめんね。戻る気はないと言っても聞いてくれなくて」
リリーの表情が暗かった理由を感じ取る。
リリーがどんな決断を下そうとも、それは彼女の決断だ。
それを私がどうこういう必要はない。
マリオンという女性の存在が、言葉を苦しそうに発するリリーの気持ちを不必要に乱さないことを願っていた。




