花の国の候補地
「こういうのはしたことある?」
「少しなら」
マルクさんの問いかけに私は首を傾げた。
薬草園で薬草をとったり、日本にいたときも、花壇の雑草を抜いたり、草を触ったことはある。
それでも首を傾げてしまったのは、それらと今からするであろう作業は少し違う気がしたためだ。
マルクさんは鎌の金属部分を持つと、私に差し出した。
私はそれを受け取るが、意外と軽い。
鉄のようなずっしりとした重みはまるでない。
私たちは背後にある草を刈ることにした。マルクさんに言われるがまま、草をつかむと鎌を入れようとする。だが、それをすぐに制された。
「地面と平行にするよりは角度を入れたほうが刈り取りやすいよ」
斜め上に刈るほうが楽らしいので、言われたようにその角度に刈る。
するとすっと鎌が通り、草が二分される。
「そう。それをここに入れてくれればいいよ」
彼はそういうと空のバケツを指さした。
「わかりました。ありがとうございます」
彼はわからないことがあれば聞いてくれと言い残し、別の場所に行く。
私は言われたとおりに草を刈り取ることにした。
あのように植物を操れるのなら、草を抜く力もあるんだろうか。
そんな疑問が心の中にわきあがる。
ちょうど私が植物の影になっているのを確認し、鎌を置いてあのときと同じように念じてみるが、植物は全く反応しない。
わたしはさっと鎌を拾うと素直に鎌で刈っていくことにした。
そのとき、草の隙間から何かが飛び出し、体をびくりと震わせた。
私の手の甲にその何かがとまる。
昆虫のような甲羅に覆われた金色の虫で、大きさは爪の半分にも満たない。その虫は甲羅の下から羽を出すと羽ばたいていった。
その虫を目で追っていると、わたしにかかる日の光が弱まる。
リリーとローズが立っていたのだ。
「サボっていたね。ごめん」
「ゆっくりでいいよ」
「そう思う。あと少しだから、手伝うよ」
ローズとリリーが順にそう口にする。
彼女たちが刈っていたところはすっかりきれいに刈り取られ、ダミアンさんがその穀物を回収していた。
マルクさんとオーバンさんは少し離れたところで作業をしている。
リリーもローズも手慣れたものだ。
あっという間に草を刈っていく。
最後の一つを刈り取ったリリーが目を細めた。
「今年は本当に豊作だね」
「ルーナは本当に気候が良かったよね。クラージュのほうでは雨が例年より多いらしいし、東のほうは」
そこでローズは不自然に言葉を切った。
「別にかまわないよ。もう関係ないんだもん」
リリーはそういい目を細めるが、ローズはやるせない表情を浮かべている。
だが、私と目が合うと目を細める。
「場所によって気候があれているところもあったみたいだね」
東のほうは自然が豊かで、鳥や獣が群れを成して生息していると聞いた。
神鳥に言葉が通じたように、彼らに言葉が通じるのか一応の境界線などもあるらしい。
といっても人の部位を持つのと、そうでないのは警戒心が違うのか、比較的自由に他の国を行き来しているようだ。
そのため、ここだけにしか鳥や獣が住んでいないかといえば、そういうわけではないらしい。
さっきのような虫も当たり前のように生息している。
リリーはあまりその地方については詳しく触れず、私もこの世界のことを詳しく知らなかった。
そのため、そうなのかと流している部分はあった。
ただ、まだ見ぬ東の地よりも気になるのはクラージュのことだ。
「クラージュのほうはやっぱり雨が多いの?」
「あの時ほどじゃないけど、はっきり晴れない日が続いているとか。向こうは作物も不十分で、ルーナからも作物をかなりの量送るみたい」
ローズはそういうと目を細めていた。
日本にいたときも雨が多かったり、逆に水不足だったりといろいろ災害があった。
どこにいてもきっとそういう問題が付きまとうのだろう。
「土砂崩れとかは大丈夫なのかな?」
「それはあれ以来起こっていないらしいよ」
わたしはほっと胸をなでおろす。
「久々にクラージュに行ってみたいな」
今、彼女たちの国はどんな状態になっているのだろう。
アンヌたちが元気なのは人づてに聞くが、あの日以来一度も会っていないのだ。
「セリア様がいいと言ったら行ってみようか」
リリーは私の肩を軽くたたく。
「今はまだいいよ。もう少し落ち着いてからのほうがいい気がする」
忙しいのもあるが、私が行くことで、何か迷惑が掛かっては申し訳ない。
アンヌのことは信頼しているが、彼女の国の状況を考えると、花の国のことはしばらく伏せておいたほうがいい気がしたのだ。
セリア様やアリアがいるルーナとは違うのだから。
「変なこと言い出してごめんね」
「うんん。いつか気にせずに自由にいろいろなところに行き来できたらいいね」
リリーがそうフォローしてくれた。
今はアリアやセリア様と一緒じゃないと国から出ることもできない。
いつか自由に動き回ることなど、できるのだろうか。
そのとき、私たちの体に影がかかる。現れたのはダミアンさんだ。
彼が無言で穀物を回収して去っていく。
「久しぶりにお菓子でも作ろうか。セリア様の家の台所でも借りて」
「そうだね」
私に気を使ってくれたのだろか。そのリリーの誘いにローズも笑みを浮かべる。
私たちの足元に再び影がかかる。
そこにはマルクさんの姿があった。
私たちは持っていた鎌を彼に返した。
「リリーちゃんの作るお菓子はおいしいよね」
「マルクさんに教えてもらったからだと思いますよ。レシピもそのままのものも少なくないもの」
「君は器用だからね。君の作る料理はおいしいと思うよ」
リリーはすごく嬉しそうに笑う。
きっと料理が上手な彼に褒められてうれしかったんだろう。
「作ったらマルクさんの家に遊びに行きます」
リリーの言葉に彼は笑顔で返していた。
私たちはお昼すぎまで手伝い、各々の部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると、アリアが机の上に座っていた。
「帰っていたの?」
「少し前にね」
「花の国には行けた?」
だが、彼女はあいまいな返事をする。
「セリアの家に行きましょう。そっちで話があるらしいの」
「わかった」
私はその足で、アリアが入るためのショルダーを手にすると、再び城を後にする。
そして、セリア様の家まで行く。
セリア様の家の前に来ると、家の前にかけてある金を鳴らす。
すぐに扉があき、銀髪の女性が出てきて、目を細めた。
「中に入って」
彼女の家のリビングに通された。そこには複数の地図が並べられている。
私はその窓側の席に腰を下ろす。
セリア様は飲み物を持ってきてくれると、私の正面に腰を下ろした。
彼女はそのうち最も大きな、私に見せてくれた地図のある一点を差し出した。大陸の西端部分だ。
その辺りまでエスポワールの領地となっており、その上方は魚人の国となっている。そして、魚には水が必須なのか、その場所の多くには多くの水場がある。
クラージュとの間に緩衝地帯があるように、その間にもどちらの国にも属さない場所があるようだ。
セリア様が指さしたのは海の近辺で、周辺には町が存在せず、どちらの国にも属さない領土となっている。
「おそらく花の国があるのはこの辺りね。おそらく、このあたりに島があるんじゃないかしら」
「海の中?」
島はよほど大きなものでは無ければ海が見えるはずだ。
だが、そんな気配も、潮のにおいも感じなかった。
この世界の海と私の知っている海は同一のものとは限らないが。
そもそも、転移魔法でその場所に行けば、再びその場所に行ける。
私は二人が出ていったとき、てっきりそう思っていたのだ。
その問いをセリア様に投げかけると、彼女は困ったように微笑んだ。




