穀物の収穫
私はノエルさんからもらった剣の柄を握り、それを日に翳す。刀の部分が日光を浴び煌めいた。だが、その剣は普通の剣と見た目も、私の使い方も変わらない。
「そんなことをしても何も変わらないわよ」
アリアが剣を横目で見ると、短くため息をついた。
「近づいたら危ないよ」
私は剣を持ったまま慌てて身を後方にのけぞらせた。
「大丈夫。美桜が私を傷つける前に、凍らせてあげるから」
「本当にしそうだよね」
「死なないからいいんじゃない? それに剣がすぐ使えないことを気にする必要はない。この世界に来て日が浅いし、あなたも十分に力を使いこなせていないのだから」
「わかっているんだけどね」
ノエルさんから剣をもらって一週間余り。私はこれを使うことができないでいた。もちろん、短剣として使うことができる。だが、毒や麻酔などをこの剣に含ませるといったノエルさんの言っていた使い方が分からない。そもそも私はいざというときには今まで呼び出せたが、植物を好きな時に呼び出すことができないのだ。今、どんなに祈ろうが何をしようが、植物は無反応だ。
ぶっつけ本番というのか、必要になった時にこの剣を使えるのだろうか。
そうした戸惑う心が私をそうした行動に駆り立てていた。
私が剣を鞘に納めると、草木のこすれる音が鼓膜に届いた。銀髪の女性が木漏れ日を一身に受け、こちらにやってくる。
ここはルーナの街はずれにある広場だ。町の中ではあるが、お城からはかなり離れてるために、人気はほとんどない。アリアに誘われ、一応セリア様の許可を受け、ここにやってきたのだ。
「お待たせ。やっと終わったわ」
あの剣を受け取った日から一週間ほどが経過し、アリアの魔力もある程度回復したらしい。
「そろそろ行く?」
アリアの言葉にセリア様はうなずいた。
二人は花の国があると思しき場所の近くまで行くそうだ。
私も行ったほうがいいのではないかと言ったが、確認をするだけだと、ここで留守番をすることになったのだ。おそらく、最大限に警戒をしているのだろう。セリア様とアリアなら、何があっても対処できるためだ。
「まずは美桜を部屋まで送りましょうか」
セリア様はそういうと、転移魔法を詠唱する。
たどり着いたのは私の部屋だ。
彼女は私を視界に収める。
「今日は分かっていると思うけど、町からは一歩も出ないように。私もアリアもいないのだから。何かあればお父様か女王に声をかけてもらえばいいわ」
「わかりました」
リリーやローズも私のことは知っている。だが、危機が訪れたときに、私を守れる能力があるのはこの二人だと考えているのだろう。
もっとも私も守られているだけではだめだと思うし、自分で自分の身くらいは守れるようにはなりたい。でも、私はこんな状態で本当に自分を守れるのだろうか。
二人は私に声をかけると、姿を消した。
人に迷惑をかけたくはないので、今日は部屋でおとなしく過ごす予定だ。
私はセリア様から借りた毒草辞典を取り出すために、本棚に行くと、扉がノックされる。
私がドアを開けると、茶色のワンピースに身を包み、その下に同色のズボンをはいたローズが立っていたのだ。
彼女の手には本が握られている。
「この本、読みたがっていたよね」
「ありがとう。読み終わったら返すね」
「私の本だからゆっくりでいいよ。私、今日は部屋にいないから、何かあったら、南にある畑に来てくれるかな」
「畑?」
「昨日から穀物の収穫に取り掛かっているの。だから、リリーも行っていて、私も今から手伝いに行こうかなと思ったの」
そういえば、南のほうの畑で何かが植えてあるのは見たことがある。パンのようなもののの原料になる、主食のように食べられている穀物だ。
「私も行っていい?」
「もちろん」
ローズは満面の笑みで返す。
私は汚れてもいい服に着替え、部屋の前で待っていてくれたローズと一緒にまずはフェリクス様の部屋に行くことにした。念のため彼に許可を得ておこうと思ったのだ。
彼は笑顔で私の話を聞いてくれ、笑顔で構わないと言ってくれた。
私はローズと一緒に城を出た。
そして、城の前を走る大きな道を歩いていく。
「今日は程いい天気だね」
ローズはそういうと、目を細める。
町ゆく人がローズを見ると会釈したり、深々と頭を下げる。
彼女は誰に対しても笑顔で、丁寧にお辞儀をしていた。
彼女とは相応の時間を過ごしてきたはずだが、怒ったり、感情をむき出しにする姿を一度も見たことがなかった。もちろん、誰かを悪く言うことはめったにない。 彼女の持つ雰囲気は私のイメージするお姫様そのものだ。
彼女の母親が王位についているということは、彼女も将来的にはそうなるのだろう。そのことに対する不安などはないのだろうか。
「どうかした?」
澄んだ声に顔をあげると、ローズがこちらを見ていた。
「なんでもない」
ただ、この気持ちをどう問いかけていいかわからず、私たちはその畑に急ぐことにした。
草原が視界に入ってくると、辺りの空気が一変する。
黄金色の身をつけた作物が、風に揺られている。その終わりの見えない広大な畑には、ルーナの妖精の姿が見え隠れする。その種族も様々で、この国には様々な妖精が住んでいるのだと改めて実感する。
作物を刈り取るための魔法もあるらしい。だが、使える妖精が限られ、作物についた虫を傷つけてしまう可能性があるそうだ。そのため、こうした作業を後世に伝えていくのも含めて、基本的には手作業で刈り取っていくらしい。
私は奥にリリーの姿を見つける。彼女の隣には茶色の髪をした体格のよい妖精と、小柄なフードをかぶった妖精の姿がある。私は三人のところまで行くと、挨拶をした。
そこにいたのはリリーとマルクさんと、オーバンさんだ。
マルクさんは私たちを司会に収めると目を細めた。
オーバンさんはぺこりと頭を下げる。
リリーは手にしていた草を刈り取ると、振り返り目を細めた。
彼女は珍しくズボン姿で、その長い髪は後方で一つに縛っている。洋服や髪に土がついていた。
「美桜もきたんだね」
リリーがそう口にしたとき、私たちの体に影がかかる。
そこには全身を毛で包まれ、バンダナのようなものを頭に巻いた男性が立っていたのだ。背丈は私が長身だと思うマルクさんよりも頭二つ分ほど大きい。長く伸びた髪の毛は地毛が天然パーマなのかちりちりになり、角のようなものが生えていた。鼻は大きく、ゆったりとした曲線を描いている。
彼は無言でマルクさんの足元にあった、穀物で満たされたかごをひっくり返すと、手にしていた大きなかごに中身を移し替える。そして、別の場所に行き、同じように穀物を回収していた。
小柄なオーバンさんやリリーたちとは外見が違っている。
「ダミアンさん。見るのは初めてかな? 普段は森に棲んでいるのだけど、力仕事だからこうして手伝いに来てくれたみたい。私たちと違って、すごく力が強いんだ」
そうローズが付け加える。
いろいろな妖精が大集合している感じなのだろう。
だが、手伝いに来た手前、いろいろな妖精を見ているわけにもいかず、私とローズも手伝うことにした。
ローズの視線が地面に落ち、かがむ。
そして、地面の上に無造作に置いてある鎌を指さした。
「これを使っても大丈夫ですか?」
ローズの問いかけにマルクさんはうなずいた。
オーバンさんは話に区切りがついたと思ったのか、今度は別の場所で収穫を始める。
ローズは一番上の鎌を手にすると、辺りを見渡す。
「私は向こうをしますね」
ここから目と鼻の先にある穀物の群れを指さした。
「けがをしないようにね」
ローズはマルクさんの言葉にうなずき、畑のほうに行く。さっそく草の茎の部分に触れると、丁寧に刈り取っていく。器用なものだと思う。




