光で満ちた場所
転移魔法でたどり着いたのは大きなお屋敷の前だ。
ノエルさんはドアを開け、中にはいる。
家の外にも中にも、その長老を警護しているものの姿がほとんどない。
それがこの国の状況を暗に示している気がした。
国の偉い人の家というよりは、個人の家という雰囲気だ。
彼はそこから近い部屋をノックすると、中にいる人に声をかけた。
私たちをその部屋に招き入れる。
そこは長い机がある部屋で、机に沿うように椅子が並べられている。その奥の席に体つきのしっかりとした年配の男性が椅子に腰かけていた。
そこには私達の席なのか、飲み物の入ったカップが並べられている。
このドワーフが長老なのだろうか。
セリア様の話から怖い印象を勝手に持っていたが、穏やかな雰囲気を醸し出す。
どちらかといえば、アリアの言っていたことが的確だったのだろう。
彼は立ち上がると深々と頭を下げる。私もつられるようにして頭を下げた。
顔をあげ、目が合うと彼はにこやかに微笑んだ。
「ラウールさん、アリア、そして、美桜さんだね。私の名はユーグと言います。君たちのことはノエルから聞いたよ。深く感謝するよ。ありがとう」
私は恥ずかしくなって、少し顔を伏せてしまう。
だが、ラウールやアリアは驚くほどいつも通りだ。
私は自分だけ面識がなかったのを思い出し、自分の名前を口にすると頭を下げる。
「もう少し取り締まったほうがいいかもしれない。神鳥が狙われ過ぎなんじゃないの?」
アリアは彼の傍の席に座るとそう主張する。
ユーグさんも不快そうな顔は全くしない。
その打ち解けた態度をみて、ラウールがユーグさんと一緒の時にアリアに初めて会ったといっていたことをなんとなしに思い出す。
「取り締まりは現状以上は難しいよ。何でここ最近、狙われるようになったかは分からないが。神鳥には悪いが、しばらく森からはでてこないということで話をつけたよ。彼らも、もう麓には用がないからと理解してくれたよ」
「そっか。もうあんなことが起こらなければいいけれど」
アリアは飲み物に口をつけた。
「魔力はどうだい?」
「半分くらいは回復したけど、まだへとへと」
「魔力の量が多い分、回復に時間がかかるんだろうね。昔もそうだったな」
「仕方ないよ。助けられるのを見過ごすわけにもいかないでしょう」
アリアの隣に私が、アリアの正面にノエルさんが、その隣にラウールが腰を下ろした。
「君達に何かお礼をしたいんだが、何でも言ってくれ」
ラウールが私を見る。私は首を横に振る。
ほしいものといっても特になかった。
だが、アリアは何かを深く考えているようだった。
何かほしいものがあるのだろうか。
「俺は特にないので、希望があれば言っても構いませんよ」
アリアはお礼の言葉を綴る。
「神鳥の住む場所まで、自由に行き来できる権利をもらえませんか?」
「君はいつでも行こうと思えばいけるだろう」
「でも、この国の決まりでは、ダメでしょう。筋は通さないと示しがつかないと思ったの」
アリアの言葉に、彼は驚く様子もなく目を細めた。
「だから君はあの場所に近づこうとしなかったんだね。結論から言えば、構わないよ。それは向こうから聞いているよ。いつでも君達をこっちに来れるようにしてほしい、と。もともと彼らに権利は与えているのだから、好きにするといい。私達は彼らが会いたがるものたちを拒む権利は持っていないよ。お互いに納得できるならそれが一番だ」
「ありがとう」
ユーグさんはそう言葉を漏らしたアリアの体をひょいと持ちあげる。
「他にほしいものがあればいつでも言ってくれ。私はいつでも君の味方だ」
「いつまでも子ども扱いばかりして」
「私からしたら君はいつまでも子供だよ」
アリアはその言葉に困ったように微笑んでいた。
父親はこういう感じなんだろうか。
二人が親子でないのはもちろん分かるが、漠然とそんなことを考えていた。
「分かっている。困った時には頼むつもり」
私達は少しして、長老の家を出ることになった。
家を出た私たちをノエルさんが一瞥する。
「俺は家に戻るよ。お前たちは神鳥にも挨拶をして来いよ」
「そうですね」
私達は目を見合わせ、ラウールが返答した。
ノエルさんの視線がアリアをとらえる。
「お前がそこに行きたいと思った理由も教えてやればいいさ」
ノエルさんは微笑み、そのまま姿を消す。
アリアは金髪の頭をかく。
「少し歩くけど、構わない?」
「構わないよ」
「大丈夫だよ」
私とラウールはそう口にする。
彼女の転移魔法でたどり着いたのは、あの階段を駆け上がった場所にある平原だ。あの先には細長い道が続いていたのだ。彼女は先導するように先へと進む。だが、しばらく歩いたその先は岩が連なり壁のようになっていた。左右に進もうにも道はどこにもない。
アリアは目を閉じ、呪文を詠唱する。すると空を隠していた岩の塊が消え、道が開ける。その奥にはその先には煌びやかな森が広がっている。アリアはその森の中に入る。私とラウールも彼女のあとを追うようにして森の中に入る。そして、少し進むと私の背中を押していた風がやむ。
振り返ると私たちが先ほど歩いてきた道が消失し、あの崖へと姿を変えていた。
ナベラと同じような構造になっているんだろうか。
「もう少しよ」
そういったアリアの言葉にうなずいた。
彼女は歩き出し、私たちもそのあとを追う。
だが、彼女の動きが急に止まる。
その少し先には日が照る場所があった。その日の欠片が、辺りの森林を艶やかに映し出す。
アリアの金の髪の髪もその光を受け、わずかに煌めいていた。
「この場所は少しだけ花の国に似ているの。懐かしいなと思ってね」
アリアが天を仰ぐと、髪がうける光の量が増え、より輝いて見えた。
彼女の髪に感化されたのか、まるで光が生きているかのように森が煌めき、今にも動き出しそうな気がした。
ここが花の国に似ているのだろうか。
あの要塞の奥にある国をこの視界におさめることができたとき、今感じているのと同じ美しさを感じることができるのだろうか。
ラウールも何かを感じているのか、物憂げにアリアを見つめている。
「必要なら、王妃の部下から話を聞き出しましょうか? 何かあの要塞を壊すヒントがあるかもしれない」
「あれはティメオ側の問題だから気にしないで。神鳥が言ったようにあれを壊せるのは、美桜だけなのよ。それに、あなたはそんなことをしなくていいの。あなたは簡単に国を抜け出せない立場にあるのだから、自分の命を守ることだけを考えなさい」
アリアは彼をそう説きふせた。
ラウールはすっきりしない笑みを浮かべながらも、頷いていた。
王や王子という響きは甘美だが、きっとそれ以上に重い荷物を背負わなくてはならない。
民の多い人間の国の王子として生まれた彼なら尚更だろう。
私にも王様の子供という言葉は作り立てのクリームのようなやさしい甘い香りを感じられた。
だが、責任もある。
花の国に戻ればそれらが何倍にもなって押し寄せてくる可能性も否めない。
「難しく考えなくて、大丈夫よ。私はいつでもあなたの味方よ」
私の不安を感じ取ったかのように、アリアはそう口にすると微笑んだ。
「俺もできるだけ力になるよ」
ラウールは優しい笑みを浮かべていた。
「ありがとう」
私は心に感じていた重荷が楽になるのがわかった。
私たちの体に影がかかる。
顔をあげると、あの花の国に連れて行ってくれた神鳥の姿があった。
「よく来たわね。父もあなたたちに会いたがっていたわ」
彼女はそう言い残すと、私たちを先導するように羽を瞬かせた。
私たちは彼女のあとを追うように、光で満ちた場所に足を踏み出した。
第四章 終




