表裏一体の土地
私の前に鈍い光を放つ短剣が差し出される。その剣は不思議な輝きを纏っている。
それを差し出したのはノエルさんだ。
私は身を乗り出して、その剣をじっと見つめる。
なぜ、この短剣は人の目を引く輝きを放っているのだろうか。
「この剣の先端には特別な加工がしてあって、その剣が取り込んだ成分を相手の体に流し込むことができる」
彼は私に断り、剣先を見せる。だが、穴のようなものは何もなく、見た目は普通の剣と何も変わらない。柄の部分も金属で作ってあるが、特殊な加工がしてあるようにも見えなかった。
「取り込んだ成分って?」
「お前の操れる草木だよ。毒や、麻酔。それらを取り込んで相手をその症状に陥れられる。ただ、難しく考えなくていい。普通の剣としてつかっても、強度はそこそこあると思うから好きなように使えばいい」
「ありがとうございます。本当に料金はいいんですか?」
「気にしなくていいよ。こっちもお前がいてくれて助かったんだ。それに友人との約束を守らせてくれ」
私は嬉しい気持ちを抑えるために唇をそっと噛むと頷いた。
それを受け取り、バッグに入れようとして我に返る。
「剣ってバッグに入れてもいいんでしょうか?」
「腰にくくるのが一番いい気がするが、取り出しやすければそれでいいかもしれないな。ただ、アリアが普段そこに入っているなら、あいつに文句を言われる可能性もあるかもな」
刃物が近くにあると居心地はよくないかもしれない。
「もう一つバッグを持ったほうがいいのかな」
「それはゆっくり考えるといいよ」
ノエルさんはそう優しく微笑む。
花の国の民についてセリア様にも聞いた。
だが、彼女はアリアが教えてくれた以上のことは知らないようで、アリアに聞いたほうが詳しいだろうと言っていた。
花の国の民自体が伝説的なもので、記録には残っておらず、書物等で調べるのは難しいそうだ。
特殊な能力をもつため、あえて記録には残さなかったのだろうか。その本当の理由はわからない。
お父さんを友人と呼ぶ彼なら、アリアのしらないことを知っている気がしたのだ。
「ノエルさんは花の国の民について何か知っていますか?」
彼は眉根を寄せる。
私はアリアとのやり取りを一通り伝えることにした。
最後まで聞き終わった彼は目を細める。
「そうだな。さっと思いつくことであれば、寿命が人間よりは長いと聞いたことがあるよ。長いといっても百五十年程だから、俺よりは短いがな」
「百五十」
日本人の寿命が八十年と考えると、その倍くらい生きることになる。
かなり長い気はする。
「私もそうなるのかな」
「そっちの国の寿命はどれくらいだ?」
「八十です」
「この国だと九十から百くらいだから、人間と同じ程度か。それはそのときにならないと分からないと思うし、年を重ねれば次第にはっきりするとは思う。あくまで平均だから、それより短いこともあれば、長いこともある。今は何歳だ?」
「十六です」
「今の状態だと判別がつきにくいな。若く見える気もするし、年相応な気もする」
わたしは彼の言葉にうなずいた。
そのとき、部屋がノックされる。ノエルさんが扉を開けると、セリア様が顔を覗かせた。
アリアはセリア様の肩の上に座っている。
「そろそろ家にいったほうがいいんじゃない? さっきラウールが来たわ」
「そうするよ。使い方が分からなければそのときに聞いてくれればいい」
「ありがとうございます」
私は剣を鞘に納めると、出ていくノエルさんを見送った。
ノエルさんが先に長老に話を通すため、彼は一足先に長老のところへ行くことになっていたのだ。
私はノエルさんの部屋の外に出る。
「飲み物でも入れるわ。隣の部屋にでも座っていて」
セリア様に促され、隣の部屋に行く。中にはラウールの姿がある。
彼は私と目が合うと、会釈した。
「武器はそれ?」
私は頷くと、剣の柄の部分を彼に差し出した。
彼はその剣を受け取る。
私に断り、剣を抜いた。
彼は茶色の瞳で食い入るようにその剣を見つめていた。
その彼の唇から言葉がこぼれる。
「すごいな。これ」
「そうなの?」
「この素材はどうしたんだろう」
「花の国で取れる鉱石よ。ティメオがノエルに託していたのよ。ずっと前にね。彼はそれを大事にしていたんだと思う」
アリアはそう言うと、椅子に腰を下ろした。
「そうか。よく今まで奪われなかったな」
「一応、有名人だからね。そうそう攻撃してくるやつはいないでしょう。だから、私もここに住んでいたわけだし」
「確かにそうだな」
ラウールは苦笑いを浮かべると、剣を鞘に納め私に戻す。
そのとき、セリア様が四人分のお茶を持って戻ってきた。
私達はそれで喉を潤した。
まだノエルさんは戻ってきていない。
ラウールが私に声をかける。
「少し出かけない?」
「長老に会いに行くんだよね。間に合うの?」
「すぐに戻ってくるよ。セリア様はどうされますか?」
「沼に行くのよね。私は留守番をしておくわ」
沼というのは魔の沼だろうか。
私はお茶を飲み干すと、立ち上がる。そして、ラウールについていこうとした。
「歩いていくの?」
そう不思議そうに声をかけたのはアリアだ。
「俺は国内での転移魔法は使えないので」
「送ってあげるわよ。歩いていったら時間がかかるもの」
アリアはそう言うと私とラウールに断り、転移魔法を詠唱した。
ノエルさんの家の前から一変し、目の前には遥か彼方まで拝める大地が広がっている。そして、目の前にあるのはあの沼だ。
だが、あのおどろおどろしい雰囲気は皆無で、その水は青い空や沼のそばに並ぶ草木を映し出すほどに澄み渡っている。落ち着いた清閑なイメージだ。
裏を返せば結界一つでここまで大きく変わるということなのだろう。
「あのときとは別物みたいだね」
「過去にも何度か結界が壊れて大変だったみたいだよ。俺の母親も結界をはったことがあるらしいと聞いた」
三十年か四十年で、神鳥の力の影響があるとはいえ、壊れてしまったのだろうか。
また、近いうちに壊れ再びあの状況を引き起こすのだろうか。
そう考えると不安な気持ちはある。
そのそばに住むノエルさんたちなら尚更だろう。
「何でここにこんな場所があるんだろう」
「それは俺にも分からないし、歴史的にも明かされていないよ。歴史の謎だろうな」
地球には地球の歴史があって、この国にはこの国の歴史がある。
当たり前のことなのに、繋がる過去からの連鎖を感じ取る。
「でも、危険だよね。こんな場所が近くにあったらさ」
「それだけじゃないよ」
私は意味が分からずにラウールを見る。
「お前がこの国を手中に収めようとした時、この沼があったらどう思う?」
「侵略するってこと?」
私の言葉にラウールは首を縦に振る。
侵略するとはあまり考えたくないが、今の私にはこの沼を抑えることはできない。
だから素直な気持ちを綴る。
「躊躇するかな。沼を抑える魔法を使えないし、どうしたらいいか分からない」
「この沼の封印を使えるものはそう多くないと思う。この国が戦火に落ちなかったのはこの沼があった影響も無関係ではないと思う。どれ程自然豊かな場所でも、この存在は足かせになっていたんだと思うよ。手中に収めて、それが原因で町が滅んだらどうしょうもない」
「そういう考え方もあるんだね。でも、封印できる人がいなかったら、どうなるんだろう」
「そのときは、この世界が滅びる時だと思う」
滅びる、か。
その心に風を通す侘しい言葉とは対照的に、彼は涼しい顔で沼を見つめている。
アリアは悲しい目で遠くを見やっていた。
「そろそろ戻ろうか」
ラウールの言葉に頷く。
ノエルさんの家に戻ると、既にノエルさんの姿があった。
彼はセリア様と話をして、私たちと目が合うと会釈する。
ラウールが沼に言っていたことを詫びていた。
「今日は忙しくないようだから、構わないよ。今から行こうか」
私達はノエルさんに促され、長老の家に行くことになった。




