王の娘
私の目の前にお茶の入ったカップが置かれる。それを置いたのはセリア様だ。
彼女は私の目の前に座る、ロロとルイーズ、そしてラウールの前にもそれを置いた。
あのエペロームの件から三日が経過していた。
ラウールに頼み、二人を直接この家に連れてきてもらったのだ。
私達がいるのは、セリア様の家の、この前お茶を飲んだ部屋だ。
セリア様の家に来ると、ルイーズはセリア様に会釈し、私のところまで駆け寄ってきた。
そして、心配そうに顔を覗き込む。
「寝込んでいると聞いたけど、大丈夫?」
「よくなったよ」
「よかった」
ルイーズはそう言うと目を細めた。
私はルイーズとソファまで行くと、私はセリア様の隣に、ルイーズはロロの隣に腰を下ろす。アリアはラウールと顔を合わせたが、他の人には正体を明かすつもりはないらしく、物陰に隠れている。
私もカップに口を寄せ、深呼吸をする。
「二人に話をしたいことがあるの」
「ラウールにも言ったけど、私とロロは別に答えを知ろうと思っているわけじゃない。だから、無理はしなくて大丈夫だよ」
その言葉の節々に、彼女の優しさを感じ取っていた。
「それでも決めていたの。花の国が見つかったら、二人に話をしようとね。できれば聞いてほしいと思っている」
花の国という言葉に二人は目を見張る。
もう既に言ったラウールは特別表情は変えなかった。
私はルイーズとロロに今まで知っていることを含めて話をした。
ルイーズには他の世界から来たということは言っていなかったため、そこから話をすることになった。彼女は時折、驚きを露わにしながら聞いてくれたようだ。
全てを離し終えた時、ロロが短くため息を吐く。
「ティメオの娘か」
ロロは驚きを露わに私を見ている。
お父さんの名前は話の過程で一緒に伝えていた。
「そうらしいよ。でも、ティメオってそんなの有名な人なの?」
「まさか、ティメオが何者が知らないのか?」
「だから、花の国の人間なんだよね。人間なのかは分からないけど」
ルイーズとロロは目を見合わせ、困ったように微笑んだ。
ルイーズがラウールを見る。
彼はその表情から何かを感じ取ったのか、困ったような笑みを返した。
「ティメオは花の国の前の王よ」
セリア様はそう言うと、私の隣に腰を下ろす。
「王様?」
「そう。花の国の王」
じゃあ、私は王様の娘ということなんだろうか。
神鳥は言っていた。父親の力を託された、と。
神鳥が託されたという花の国への転移魔法の力。
花の国への転移魔法を使えるのは王だけだ。
そして、アリアの言っていた復興の話。
なぜ私なのか。それが王であるお父さんの血を引くから。
そう言われれば納得はできるが、実感はない。
私は自分の手をじっと見つめる。
「事情を話しにきたのに、あなたが固まってどうするのよ」
「だって、王様の子供だなんて一言も言われなかったから、びっくりして」
「いずれ言おうとは思っていたのよ。折を見てね」
そうセリア様は悲しそうに微笑んだ。
彼女の目にはアリアが映っている気がした。
「美桜さ……」
戸惑うルイーズの声に私は我に返る。
今ならラウールが私に敬語は使わなくていいといった気持ちがほんの少しだけどわかる。
同時に、ルイーズが戸惑う気持ちもやっぱりわかる。私がルイーズがそうだと聞かされたら、やっぱり戸惑うだろう。
一番強く心にあるのは、一昨日リリーが言ってくれたのと同じ言葉だ。
「王とか、王女とかよくわからないけど、今までのように普通に接してくれるとすごく嬉しい。この世界に来て、ルイーズ達と友達になれて、すごく楽しかったもの」
「わかった。私こそごめんね。今までのように気軽に話しかけたら失礼に当たるかなと思ってしまったから」
私は首を横に振る。
ルイーズは微笑んだ。
「実際、聞いて驚いたけど、私達と本当に見た目が変わらないのね」
「いろいろと体質は違うらしいけど、見た目は似ているよな。もしかすると気づかない違いがあるのかもしれないな」
そうロロは口にする。
リリーの教えてくれた民の話題には花の国が省かれていた。
花の国はどんな人種なのだろう。
人なのはお母さんの血が色濃く出ているからかもしれない。
あとでセリア様かアリアに聞いてみよう。
「教えてくれてありがとう。私もロロも誰にも言わないから、安心してね」
そうルイーズは笑みを浮かべる。
「ありがとう」
私は彼女の言葉に頷いた。
それからロロをルーナの中を少し案内した。
セリア様自体が女王に話を通してくれていたようで、そうしたのは彼女の提案だ。
セリア様がルーナの街を案内してくれ、妖精たちは普通に挨拶をしてくれていた。
彼はこの国の美しい景色を見て、気に入ったようだ。
辺りを興味深そうに見渡しながら、目を輝かせていた。
彼は自然の多いところが好きなのだろう。
「ここがルーナの薬草園か」
ロロは見渡す限り草の生えた場所を見て、目を細める。
「もう少ししたらこうしたところでのんびり過ごしたいな」
ロロは神殿を視界に収めた時に、そう言葉にする。
「ルーナで暮らしたいの?」
ルイーズの驚きを露わにした問いかけに、ロロは苦笑いを浮かべる。
「そういうわけじゃないよ。俺は転移魔法が使えないから、ブレゾールから離れられないけどね。実家もブレゾールにあるから。ただ、そのうち静かな場所でゆっくり過ごしたいとは思っている」
リリーと同様に両親を既に失っている彼もきっと多くのことがあったのだろう。
「私はしばらく離れられないけれど、静かな場所には憧れるよね」
ルイーズは目を細めた。
ラウールはそんな二人を悲しげな瞳で見つめている。
私はどうしたいんだろう。アリアを花の国に連れて帰りたいとはおもった。
そのあとは花の国で暮らすのだろうか。
それとももとの世界に戻るのだろうか。
私の脳裏に高校の友人や、おばあちゃん、そして、お母さんの弟であるおじさんのことが過ぎる。
ここを離れるなら、アリアを始めとし、多くの人と別れないといけない。
向こうの世界で暮らしてきた日数に比べれば圧倒的に短いはずなのに、想像以上に寂しいことだった。
お母さんはお父さんとの間に子供を授かった。
それでももとの世界に戻ってきたということは、住みにくさを感じたのだろうか。
それとも花の国が受けたという攻撃に関わっているのだろうか。
結婚していたのは知っているから、彼女は王妃になっていたはずだ。
母親は私を一人で育てるつもりだったのだろうか。生まれてすぐの私を手放さなかった時点で、誰かに託すという選択肢はなかったはずだと信じたかった。
薬草園を出て、神殿に向かいかけたとき、向こうから二つの影が近寄ってくるのに気付く。
リリーとローズだ。
リリーは私達に会釈すると、恥ずかしがるローズの手を引き、ロロのところまで来る。
ロロとローズは初対面のはずだ。
ロロは普通にローズに挨拶をし、ローズは初対面の人で緊張するのか頬を赤らめながら頭を下げていた。
私はそんな二人のやり取りを見て、心を和ませていた。
「花の国の人の特徴?」
アリアは私の問いかけを反復する。
ロロ達が帰宅した後、アリアに花の国について聞いてみることにしたのだ。
彼女はコップに口をつけると、顔をしかめた。
「見た目は人間に近い感じだと思うよ。みんな魔法が使えて、植物を扱えた。ただ、扱う植物には人により個人差があったくらいかな」
「魔法と植物が使える人間みたいな感じ?」
「そんな感じ」
そうならなぜアリアはそんなに小柄なのだろう。
アリアが花の国の民だとしたら疑問が残る。
だが、それを花の国の民だと自分で口にしない、今のアリアに聞いてはいけない気がした。
「じゃあ、私も魔法を使えるの?」
「後天的に発現することも稀にあるけれど、今はそういう気はしないかな」
アリアに呪文を教えてもらい、唱えてみるが何も起こらなかった。
「そっちはお母さんのほうの血が強く出ているのかもしれないね」
「そっか。残念」
「魔法は便利だけど、意外に疲れるよ」
「まだ体はきつい?」
「生まれつきとはいえ、強い魔力を持っているから仕方ないよ」
アリアは明言を避け、苦笑いを浮かべた。
髪の色は茶、金、黒が多く、銀髪の人もわずかにだがいたらしい。目の色も同じように茶や黒、青、緑といった色のようだ。
また、この世界では人間ではなく別の種族として扱われているそうだ。
彼女はこうしたことをぽつぽつと思いだしたように語って聞かせてくれた。




