龍の器に私がなる!!~竜崎家お家騒動物語~
「姉さんは龍の器になれないよ」
ぼりぼりとシャツに手を突っ込んで背中をかきながら真はそう言った。弥子の目は大きく見開き、次の瞬間、不服そうな顔をして仁王立ちで彼の前に立った。
「え、何?」
「少なくとも今のあなたより私のほうがなる資格があるはずです」
「いや、無理だって。それに……」
「今から龍の試練へ行って証明してみせるわ」
――――そうよ、あんな風になってしまった弟に何言われる筋合いはない。
弥子は居間を飛び出すと、父のいる執務室へと向かった。
私がいる一族は、いずれ訪れると言われている災厄の黒滅龍討伐のため、天輝龍に選ばれた天輝兵の一族。その『とある日』のために、一族は天輝龍と共に指揮を執り戦う『龍の器』を選定しなくてはならなかった。そして、それは一族の当主選定でもあった。
その条件は3つ。成人の儀を終えてから眠の儀を迎えるまでの者、そして、龍の試練を越え、尚且、龍と会話できる者であった。
3年前、小学校の卒業式の直後に弟が龍の試練へと挑むと聞いたときは突然のことだとは思ったが、心配はしていなかった。幼くも既に砕竜拳を一通りマスターしており、天輝龍に選ばれたの一族として、そして、姉弟として誇り高き戦士だと思っていた。
『それでは姉様、行って参ります』
弟は笑顔でそういうと一人旅立った。
龍の試練は簡単に全制覇出来ぬものらしいが、何度でも挑戦は出来るそうで、前当主だったお祖父様も三度挑戦し試練を乗り越えたそうだ。そんな前当主が眠の儀を迎える65歳になるのが、丁度、弟が小学校を卒業する一週間後だった。一番の跡取り候補が父や私ではなく、まだ成人の儀を迎えていない真だった。そう、1日でも早く当主を引き継ぐため、真は龍の試練へと挑戦することとなっていた。私は、お祖父様から期待をうけて強くなった彼を少しうらやましく思いつつも、真ならば次期当主に相応しい強さと精神を更に身につけて帰ってくると信じていた。
しかし、半年前、全試練を終えたと帰って来た真は、私の知っている大好きな弟ではなくなっていた。成長期を迎えていたため、背丈や声は変わってしまっているという事実を受け止める覚悟は出来ていた。だけど、そんな些細な変化ではなかった。かつて力強くキラキラと輝いていた瞳からは光を感じられず、凛々しく筋の通った姿勢は崩れ、Tシャツに常に手を突っ込み身体を掻いていて、だらしないものとなっていた。
いや、見た目だけではない。早朝のトレーニングもしなくなったし、二年半修行に行っていた間、疎かになっていた勉学にも励むこともなく、食う寝るゲームでとても龍の試練を終えた者とは思えなかった。
おそらく龍の試練は想像以上にきつかったのだろう。弟は優秀だったがために、高い壁にぶち当たった末、立ち直り方を知らなかったのだろう。そして、失敗して帰ってきたなど、彼のプライドが許せなかったのかもしれない。その恥を隠すため、試練を制覇したと嘘をつくことに決めたのにちがいない。彼はそこまで落ちぶれてしまった。
正直なところ、私は真に幻想を抱いていたのだと思う。そうでなければ自分より3つも年下の弟にこんなにも落胆するはずがないのだから。
弥子はそんな気持ちを抱えつつ、執務室の前へと着いた。
「父様、入ります」
「弥子か。今書類を片付ける。少し待っ……、いや、大丈夫だ。入ってきなさい」
重い扉を開け、書物のタワーがいくつも建ち並ぶ執務室の真ん中で、父は朗らかな顔で迎えてくれた。しかし、隠しきれていない父の放つピリピリとしたオーラは酷く冷たかった。おそらく、彼女の親である彼は弥子の言おうとしている事を察しているのだろう。
「父様、御願いがございます」
「却下だ。弥子は砕竜拳の修行してないだろう」
「まだ何も言っておりません」
「龍の試練をうけたいという話だろう?ダメだ」
まただ。父はまともに話を聞いてくれない。しかし、そこで折れる彼女ではなかった。
「そもそも砕竜拳の修行をやめさせたのはお祖父様です。だから、私は直接教えをうけられなかったけれど、真の修行を見て独学で勉強いたしました。今でも個人で稽古しております。私、今の真になら勝つ自信があります」
「バカをいうな。今の真は龍の試練を終えて昔以上に強くなってる」
「あんな彼の戯れ言を信じてるんですか?」
父はあんな嘘としか考えられない報告を鵜呑みにしていたのか。母さんが生きていたらなんというか。
「……真のこと、ずっと心配していたのは弥子だったじゃないか。何故疑うんだ」
「あんなの真じゃありません。真は修行に失敗したのです。今の彼に龍の器の資格はないと思っています」
父は苦い顔をして、弥子を見た。
「先代が弥子に稽古つけるのをやめさせた理由がよく分かるよ」
「何が言いたいのですか、父様」
「弥子、一度、真に稽古をつけてもらいなさい。もし、真が断るようなことを言ったら、私からの命令だと言いなさい。それならば一応相手ぐらいはしてくれるだろう」
「あの腑抜けに稽古をつけてもらう?私が稽古をつけるの間違いではないのですか?」
すると、父は手で部屋を出るよう追い払う仕草をした。
――――父は女だからと私をなめている。それならば、実力を見せ、分からせなくてはならない。私が龍の器に相応しいことを。
「分かりました。今すぐ彼を倒し、つれてきて証明します」
くるりと父に背を向け、弥子はそのとき扉を開けっ放しにしていたことに気付いた。しかし、開けっ放しにしたところで、別に困ることはない。彼女はそのまま部屋を出た。
弥子が飛び出した執務室では、父が深いため息をつき頭を抱えていた。いつ彼女に真実を伝えるべきかと。
「あぁ、かわいそう。やっぱり、俺が伝えようか?姉さんに」
真が音もなく父の真後ろにおり、そう囁いた。
「真、いつからいた」
「いつからって言われても……、透明化して姉さんの後ろつけて来てたから、姉さんとの会話は最初から聞いてたけど?」
彼は背中をかくのをやめ、そのかいた手を見ながらそう答えた。手には、赤い黒いなにかがべったりとくっついていた。
「鱗を爪で剥がすのはやめていただけないでしょうか」
「ねぇ、口調、戻ってるよ?今は『竜崎 真』だってば。彼女に真実を話すまではちゃんとお父さんを演じてくれないかな。それに、これをしないと龍化が進んじゃうからね。ずっと、訪れなかった本来の『龍の器』の役目が彼の代に来てしまうなんて気の毒としか思えないからさ、少しでも抵抗してあげようとしてるんだよ。俺、優しくない?」
真は強く優しく勇敢な子『だった』。今、目の前にいるのは、息子の顔をした別の『何か』だ。
半年前、真は試練を終えた瞬間、『龍の器』としての役目を負わなくてはならなくなった。予想していたよりも早く、黒滅龍が目醒めたのだ。災厄の波動を感知した真は本家に連絡をし、その後彼は龍の試練の場からこちらに戻ることなく、直で黒滅龍の退治へと向かった。黒滅龍と真の死闘はどのようなものだったのかは想像がつかない。ただ、一族の応援が着いたときには全てが終わっていて、今目の前にいる『彼』が言うには結果的に相討ちで終わったとのことだった。
「彼女にはさ、この禁術の解除をしてもらうため、龍の器なんかじゃなく、龍の巫女としての力を早々に発揮してもらわなくちゃ困るんだよ。そうじゃなくちゃ、いつまで経ってもこのままだぜ?」
父はまた頭を悩ませた。まさか、ずっと昔に廃止された龍の巫女を復活させなくてはならないとは。
「さてと、彼女をこてんぱんにしてさ、龍の器は俺だと分からせてくる」
彼はまた背中をかきはじめ、執務室を出て弥子の待つ道場へと足を進めた。
――――もう龍の器の生贄は必要ない。龍の巫女を復活させ、真を呼び戻す。そして、全ての元凶の天輝兵の一族を潰す。
覚悟を決めた『真』の顔は、ギラギラと眼を光らせていた。




