母親殺しのベルゼグリーン
草木の一本すら無い荒廃した大地が延々と続く中に、灰色のボロ切れが落ちていた。トラックを近づけてみて分かったが、どうやら生き物らしい。
擦り切れた外套に包まれているのはガリガリの矮躯。緑と茶のマーブル模様をした肌は生気に乏しく、どれだけ洗っていないのか黒髪はボサボサで臭いが酷い。背負っているリュックサックはぺちゃんこで、食料も水も皆無なことが察せられた。
そいつは今にも死にそうなナリをしているが……しかし、辛うじて生きている。
「おい、そこの小さいの! あたしのシェルターまで来るかい!?」
運転席から怒鳴ってみれば、灰色の塊はモゾモゾと動いて細い声を返した。
「……誰?」
「こっから少し行った先のシェルターのもんだ! あんたが着いて来たいってんなら、この車に乗せてやってもいい!」
そう言いつつ左手で助手席を示すと、瞼を開いた少年は鳶色の瞳を驚きに震わせた。
「ぐ、軍人さん!?」
「あん? ……ああ、軍服はファッションだよ」
物騒なご時世、迷彩服やブーツで服装を固めて相手を威圧しようという考えはあった。
が、今回はその狙いが裏目に出たらしい。
「あんたを傷つけるつもりはない。そんなら最初からこのトラックで轢いてたし、そもそも奪われるもんがあるのかい?」
「…………」
どう見ても素寒貧な少年に、酷な質問をしたろうか。まあいい、あたしはあたしの仕事をするとしよう。
「乗りな。生きるつもりがあるなら、シェルターまで連れてってやる」
「生きるつもり……ある。行く……行き、ます」
助かる見込みがあると聞いて力が湧いたのか、よろよろと揺らめきながらも立ち上がってこちらに近づいて来た。
ドアの鍵を開けてやると、倒れるように助手席に乗り込んで深呼吸をした。
あたしはそれを確認してからトラックを発進させる。
「ありがとうございます、お姉さん。その――」
「あたしはシスルだ。坊主、あんたは?」
「ぼ、僕は、その……カラスキ・ロックバーンと」
「立派な名前だね、よろしくなカラスキ。そっちに色々と入ってるから自由に使いな」
助手席の前面を顎で示すと、カラスキは素直にダッシュボードを開けてペットボトルを取り出した。
震える手つきでキャップを回し、小さな喉をぐびぐびと鳴らして水を飲み出すと、少し顔色がマシになった。
「ぷはっ! あ、ありがとうございます。ここ最近、飲まず食わずで」
「構いやしないさ。他の物資も好きにしろ」
そう言ってやると、カラスキは目を見開いた後、タオルで顔を拭いて食料はリュックサックへ大切そうにしまった。
小動物が毛づくろいをしたり巣穴に木の実を貯めているような光景に、思わず低く笑い声が漏れる。
「あう……」
「悪い悪い。言った通りさ、好きにすればいい」
「あ、ありがとうございます。でも、シスルさんはどうして――」
「どうしてこんなに良くしてくれるのか、かい?」
「はい……」
小さい体を更に縮こまらせるカラスキに、あたしは赤髪をかきあげて額の三つ目を見せてやる。
「あっ……」
「突然変異体だよ。あんたと同じ、な」
「き、気づいて……」
「そうも特殊な肌をしてりゃあな?」
緑と茶のマーブル模様をした少年相手に、ちょっとした悪戯が成功したことに気を良くしつつ、あたしはシェルターへとトラックを走らせ続けた。
● ○ ● ○ ●
核戦争が勃発したり、細菌兵器が撒かれたり、宇宙人の侵略があったという訳じゃない。原因は不明ながら、ある日突然それは起きた。
大地の七割程度がみるみる内に色を失い、何も育まないただの土くれへと変化。およそ植物と呼べるものは見る間に生息域を減らし、食物連鎖が壊れた結果として他の動物も数を減らさざるを得なくなった。
今では、僅かに残った生きている土地を奪い合っている。
「オマケに、あたしらみたいな突然変異体も産まれるようになったと。原因不明で治す手段も不明、余裕のない世の中だと爪弾きにされるよな」
「…………」
「あたしは軍人じゃない。こうしてシェルターの周囲を見回って、突然変異体を見つけたら保護する。それが仕事だ」
護身用の武器くらいは持っているが、あくまで仲間の捜索が主だ。
「だから、突然変異体だからって引け目を感じる必要はないさ。このトラックが向かってるのは、同類しかいないシェルターだ。あんたにも住む資格は十分にあるさ」
茶と緑のマーブル模様を横目に、あたしはアクセルを踏み込む。
カラスキは首を捻りながら、ぽつりと言葉を漏らした。
「でも、僕が突然変異体でも味方とは限らない筈です」
カラスキが心配しているのは、性悪だったり他の共同体のヒモ付きだったりといった突然変異体が侵入しないか、ということだろう。ただ……。
「それを見分けるために、この第三の目がある」
額にある水色の瞳をカラスキに向けると、あたしにとっては慣れ親しんだ感覚が流れ込んで来た。
「あんたは人を傷つけられるような奴じゃない。それはあたしが、この目にかけて保証するさ」
「突然変異体としての能力……」
「だから捜索を任されてる。あんただって何か持ってるだろ?」
「は、はい。僕は、その……豊穣な大地がある場所が分かるんです」
「へぇ! そりゃ便利だ!」
どうやら、無闇に歩いてたって訳じゃないらしい。
「だからこそ、このシェルターにほど近い位置に倒れてた……っと。ほら、着いたよ!」
詰め所にいる四つ腕の門番に挨拶をしつつ、カードで認証をパスしてあたし達はシェルターの中へと入った。
外からは半球場の金属でしかないシェルターも、内側から見てみれば天井のライトが照らし水路が整えられ街路樹が並ぶ、非常に心地よい空間だ。
ここからでも、談笑している夫婦や手を繋いでいる恋人同士、走り回る子供達の姿が見える。
建物は面積や高さの制限があって色合いも地味なものばかり。ただ、ここに住んでいる突然変異体は他に行く場所が無いことを知っているので、その程度で文句を言う奴はいない。
「ここが……」
カラスキは車の窓から首を伸ばし、鳶色の瞳をキョロキョロと彷徨わせている。
かと思えば、ドアを開けて勢いよく飛び出し……着地を誤って顔面をぶつけた。
「なにやってんだい」
「き、気が急いて……」
灰色の外套に砂をまとわせたカラスキが、赤くなった鼻をこすりつつ舌をペロリと出した。
「でも、この地面って生きてますね」
「外の土漠とはちげぇだろ? 微生物もいじって、虫や植物との相性も考えて、徹底的に土壌を改良した……らしい」
そこら辺はあたしの領分とは被らないので、あまり詳しくはない。
ただ、大地の七割が死に絶えた外と比べて、ここの土は見た目も匂いも手触りも違うことだけは分かる。
「こんなに豊かな土が……」
カラスキはゆっくりと周囲を見渡した後に、地面にちょこんと正座をした。
『豊穣な大地がある場所が分かる』という、突然変異体の能力と関係があるのだろうか。あるいは、安全圏に入って緊張が切れたのか。単に水分補給だけでは力が沸かないだけか。
ともあれ、路上で座り込んだままは邪魔になる。ここはコンクリートも敷かれていないから汚れやすい。
立ち上がるように声をかけようとした時、カラスキは唐突に切り出した。
「シスルさん。このシェルター、本当に緑が豊かですね」
「おうよ。街路樹をな、酸素を沢山生むような品種にしたってよ」
「土も生きています。田畑とかもあるんでしょうか?」
「微生物もミミズもいる、実りが約束された自慢の土さ」
「日当たりも調節されてるっぽいですね」
「日照量には気をつけてるんだ。たまに天井を開けて外気を取り入れたりしてる」
「住んでいる人達の表情も明るい」
「生活にそこそこ余裕があるからな。衣食足りて礼を知る、ってなもんだ」
「本当に……良い場所だと思います」
「だろう?」
そんな平和なやり取りをしているというのに、カラスキの表情はどんどん曇っていく。
「そんな良い場所だというのに、行き倒れてた所を助けてもらったというのに、僕は……」
そう言って、カラスキは正座から両の掌と額を地面に着けた。いわゆる土下座の体勢だ。
「お、おい、いったい――」
「僕は、恩を仇で返すことしかできません」
その言葉と同時に、周囲に奇怪な音が響いた。
じゅるる。ごくごく。すぞぞぞぞ。ぐびりぐびり。
それと呼応するように、カラスキの両腕がどくんどくんと脈動して……周囲の地面の色が失われていく。
「僕は言葉足らず……いえ、意図的に隠していたことがあります。突然変異体として、生きた土地を探す以外にも能力があることを」
がぶがぶ。ちゅるちゅる。ごくんごくん。
音はまだ続いている。何かを飲み干すような……吸い尽くすような不吉な音が。周囲にいた連中も口をポカンと開けている。
カラスキはさっきまでとは見違えた様子だ。手足や身長は伸び、肌には張りと艶が出て、喉が成長したのが声まで変わっている。
今更ながらに、あたしはとんでもない奴を引き入れてしまったのではないかと実感した。
「カラスキ、あんた一体……」
「シスルさんの見立ては正しい。僕に人を傷つける能力はありません。傷つけるのは人でなく――」
そうして、あたしよりも背が高くなった突然変異体が立ち上がった。
ヒビ割れた地面を直下に置きながら、決然と宣言したその在り方は。
「僕はカラスキ・ロックバーン。この母なる大地を殺す者です」




