147話 この残された時間に全力を
両目を潰された巨大な銀鬼に、六つの雪の紋章が浮かび上がる。
さぁ、こっからだ。
『これは……神の悪戯か』
神の悪戯? なにを言ってるんだ?
『左肘、右前腕、右膝、額、右脇腹と……背中か。上手く当てられるといいな』
「……へぇ、まるで知ってるかのような口ぶりだな」
俺の言葉に、鬼は僅かに頬をつり上げる。
『知ってるとも。俺の頭の中には、神々の作った魔法や技がある程度は入っているからな』
神々ってもしかして運営か? え、このモンスターって運営を神だと思い込んでいるのか? 神は神でも悪神だぞ、あれ。
『頭の中で声がするのだ。あれを完成させてはならない。必ず阻止しろ、とな――神の救済!』
潰れたはずの両目が、再び光をその目に入れていく。
「回復技あったのか……ネーミングが気になるが」
いや、ボスなんだし、視覚が潰された際の対処法なんて用意されて当然か。
「ま、いっか。この方が歯応えあるだろうし――な!」
戦いすぎてボロボロになった庭園をさらに歪ませ、鬼の足元へと突貫する。
本当は接近せずに撃ちたいところだが、あいつには射撃無効化スキルがある。だから、こうする他ない。
『狙いは……右脇腹か。やらせんよ』
右足を一歩引き、俺から紋章を遠ざける。
極光六連の脅威を知っている以上、あいつは最初から隙なんて見せない。見せるはずがない。それはわかっていた。
だから俺は、そのまま鬼の背後に回るように走り抜ける。
――悪いな。最初の標的は、
「背中の方だ」
引き鉄を引き、紋章の中心に浮かび上がる1センチ幅の赤い点を撃ち抜く。
『ぐっ、貴様』
撃ち抜かれた紋章は、一層強く光を察し、俺にだけわかる次の標的の位置を示す。
「さて、あと5つ」
次は右膝か。これは余裕だな。背中以外であれば、まだ数の多い今の内なら位置を相手に特定されない限りは全然楽勝だ。
「主様、あれ、的なんでありんしょう? 次にどこを撃つのか、チャットでわっちらにも教えてくれなんし!」
後方に控えていたクレインの提案に、なるほどと頷きパーティ間のボイスチャットに撃つ順番を囁く。
さすがはクレインだ。これで俺たちは無言のままに連携をとりやすくなったし、やつはどこを撃たれるのかまだわかっていない。動きでバレない様にフェイクも交えれば、後半も比較的楽に撃ち抜けるはずだ。やればできる子だと信じていたよ、クレイン。
「ここでいんすね……了解でありんす。さぁ主様、わっちが鬼の右膝への道を開いてあげんす!」
やる時にはやっちゃう子だと思っていたよ、クレイン。まさか自分でチャットの意味を無にするとは。
しかしその言葉は、思いもよらぬ効果をもたらす。
『ふん、騙されんぞ! 次は……ここだな!?』
そう言い巨大銀鬼は、額の紋章を両手で覆い隠す。
……結果オーライ。
『ぬおお!?』
「よし、あと4つ!」
その後は佐助さんと蘭さんによる的確な援護のお陰で、左肘、右前腕、右脇腹の3つを立て続けにゲット。最後の1つ、額の紋章を残すのみとなった。
勿論得点はこれまで全て紅い中心点を撃ち抜いての10点で、現在満点。次も赤い点を撃ち抜けば、完全な極光六連《極光六華》の完成だ。
それは鬼も理解していたようで、紋章の浮ぶ額には同時に玉のような汗も浮かんでいた。鬼にも汗腺ってあるんだな。
『くそ……まさか、俺のスピードにここまでついてこれるとはな』
あれから鬼はメチャクチャに動き回ってなんとか的を散らそうとしたが、あいにくとその程度で的を見失うほどの軟な訓練は受けていない。
それに、佐助さんとクレインのサポートも本当にありがたかった。
「殿、あと15秒でゴザル!」
分身体の1体がタイムリミットを告げる。それは極光六連の、ではない。佐助さんの術《浮遊機雷群》のタイムリミットだ。この術は空中に不可視の機雷のようなものを浮かべ、それに触れれば爆発するトラップを仕掛けるものらしく、4メートル級の巨体のあいつは大きく動きを制限されている。
「主様、わっちのもあと10秒でありんす!」
クレインの展開しているのは《シャッチョサン・ヨッテ・ラッシャイ》という盗賊のスキル。青白い陣が庭園の上空に描かれ、その下にいる鬼を照らしている。
この陣の中にいる敵は、本来のスピードの1割を失う仕様らしく、効果範囲内の鬼はその顔に苛立ちと焦りの色を色濃く浮かべている。
ちなみに陣の大きさは直径20メートル以上あり、佐助さんの展開している浮遊機雷の結界内に収まるよう張られている。この2人が同じパーティにいてもし負けるようなことがあれば、俺のせいだな。
「さぁ、埋めるぞ、ラストピース」
輝きを増す雪の紋章が浮かぶ鬼の額。それを視界に入れつつ、最後の突貫を開始する。
銀鬼は右手を額に当て的を隠しつつ、残った左手には途中から召喚した真っ黒な棍棒を握っている。
的が1つな以上はこうなることは覚悟していたが、いざ目の当たりにするとすごい間の抜けた恰好だな。なんというか、台風の日に必死で頭の尊厳を守ろうとしている会社役員みたいだ。
『ふんっ!』
真っ直ぐに飛来する黒い柱。それをそのまま受け入れれば大惨事間違いなしだ。
――受け入れればな。
「剛力招来、孤月!」
人間の限界を超えた筋力を一時的に手にした蘭さんが、ありえない速度でハルバートを振り抜く。
振り下ろされた棍棒は、激しい金属の衝突音が庭園に響いた後、僅かに軌道を逸らされ庭園に激突する。
竜巻の中心にいるかのような地で、吹き飛ばされないように刀を地面に深く突き刺し必死に耐える。
「――――!」
「――――!?」
クレインと佐助さんがなにか言っている気がするが、爆発に飲み込まれてよく聞こえない。土煙で視界もゼロだ。
だが、それは向こうも同じ。この巻き上がった土煙の中で俺を見つけることができるのは、親父ぐらいだろう。
【殿、この後どうするでゴザルか!? もう浮遊機雷群は使えないでゴザル!】
土煙を背景に、佐助さんからのチャットが浮かぶ。
【煙が晴れた瞬間に、一気に勝負を決めるつもりです。何とかしてみます】
今あいつは俺を見失っている。だが、俺はあいつの場所がなんとなくわかる。煙が晴れた瞬間に、勝負を決める。
そんな俺の曖昧な表現に、彼女は、彼は、応えてくれる。
【ソウ様。ウチがこの煙を一掃しようか?】
おお、それは助かる。ぜひお願いします、とチャットを返す。
【では殿、拙者がやつの動きを止め申す】
おお、それも助かります。これもお願いします、とチャットを返す。
【主様、わっちを抱いてくれなんし】
チャットを閉じる。
【う、嘘でありんす! わっちが額の手をどかしてあげんす】
最初からそう言え。
「よし、皆、頼みますよ!」
その声は、膠着した戦場の時間を再び動かした。
「――竜巻旋風滅多斬り!」
ハルバートを頭上で振り回す蘭さん。彼女を中心とした一帯から吹き荒れる突風は、あっという間に土煙を吹き飛ばした。
「よし、見えた!」
蒼白い雪の紋章がはっきりと視界の上に浮かび上がる。鬼の左手に射線を遮られたソレを撃てば俺の勝ち。撃てなければ……それでも俺たちの勝ちだな。
射線の通るポイントを強引に作るべく、巨大な鬼へと何度目かわからぬ突撃を始める。その行動に、他のメンバーが驚く様子はもうない。
『叩き潰す!』
右手が掲げる漆黒の鉄柱が、再び庭園に巨大な影を作る。これが降ってきたら、さっきの状況に逆戻り――いや、極光六連の時間切れでこちらの負けかもな。よし、これは躱すが、突撃は続けよう。何とかしよう。
そう決めて、なお加速する五体。しかしその覚悟は、裏切られることとなる。
いい意味で。
「殿、助太刀いたす――巨影招来!」
突如現れた巨大な影。視線だけを上げると、銀鬼の倍はあろうかという大魔神が硬い拳を作り銀鬼へと放っていた。
おいおい佐助さん、なにこの魔神。めっちゃ戦いたいんですけど。
『むおっ!?』
俺への攻撃を中断し、鬼はすぐさま防御姿勢を作る。左手は額に添えたままに、右手に握る棍棒で魔神の攻撃を受け止めるべく。
だが、
『……まぼ、ろし?』
幻だった。なんだよ、折角強そうなのと戦えそうって思ったのに。
あ、でもおかげでこの上ないほどに鬼に隙ができた。懐、というか足元に無傷で辿り着けた。あとは、あの邪魔な左手をどかすだけだ。
「主様、今度はわっちが――モスキートアタック!」
両手を鬼にかざしたクレイン。しかしその両手からは、かめ〇め波もメガ粒子砲も出ない。
ただただ、静かな時を作り出しただけだ。
『貴様、なに……を?』
戸惑い呟きを洩らす鬼。だがそれはすぐに変化した。鬼が巨大な眼球を忙しなく動かし、イラついた様子で周囲をキョロキョロと見渡しだした。
「なにしてんだ、あいつは」
えっと、クレインは何を任せてほしかったのかな。このままだと極光六連がタイムリミットを迎えてしまうぞ。そうなると60点満点中の50点としてあれが放たれてしまう。それなりのダメージにはなるだろうが、倒すには至らないとみて間違いないだろう。
「主様、そろそろでありんす!」
何がそろそろ? タイムリミット?
そう考えていた時、鬼は突如として般若の形相となり、自分の顔の前で勢いよく合掌を行った。
――パァアアン、と鼓膜を強い衝撃が襲い、遅れて風が吹き荒れる。合掌の衝撃でここまでとは、とてつもない力だ。
いや今はそんなことはどうでもいい。それより、あの鬼は何をしているんだ? どうして突然顔の前で合掌を?
【殿、あれは盗賊のアーツ《モスキートアタック》。敵の前に蚊の幻影を作り出し、それを排除せずにはいられない精神状態にする技でゴザル】
なんだその嫌がらせのようなアーツは。絶対に喰らいたくない。でもそれで鬼の奇行に得心がいった。今なら額の紋章が丸見えだ。これが間違いなく、極光六連を満点で完成させると顕現できる《極光六華》のラストチャンス。
「――サンキュ、クレイン」
人差し指がそっとトリガーを引く。それに合わせて銃は衝撃に震え、俺たちの決死のコンビネーションの集大成は、ジャイロ回転で真っ直ぐに雪の紋章の中心点へと飛翔した。
よし、決まる!
誰もがそう思っただろう。
あの鬼以外は。
『――金剛理鬼』
突然鬼の体が光り輝く。全身から発するその光は、凄まじい熱量をもって、額に迫る弾丸を焼き尽くした。
「……え」
なおも光り輝く鬼。それに少し遅れて、60点満点中の50点で終局を迎えた極光六連は発動した。してしまった。
『ぐぉおおおおお!?』
極光六連の光が、自ら発光する銀鬼の体を蝕むように包み込む。
しかし、
『うおおおおおおおおおおお!』
咆哮と共に鬼自ら発する黄金の輝きは勢いを増し、極光六連の光は――
「飲み、込まれた……」
肩で息をしながら、ボロボロになりつつも黄金に輝く鬼がこちらを睨む。その顔には、僅かに勝者の笑みも浮かんでいた。
『危なかった……が、俺の勝ちだな。この状態の俺は、もはや無敵。全身から発する光は発動から数秒間は物理攻撃を遮断する。そして、』
再び光り輝く鬼の体。しかしそれは、次の絶望への幕開けでもあった。
「……小さくなった?」
2メートルほど縮み、3メートル近い体躯へと変化した鬼。しかしその体色は金色のままであり、心なしか全身の筋肉の盛り上がりが増したような気もする。
「はっ、なんや! 小さくなった方が全然やりやすいわ! それのどこが無敵や!」
『……見せてやろうか?』
そう漏らした直後、鬼はその左手に光を宿らせ、蘭さんを指さす。
一体何を――ってヤバい!
「蘭さん、避けろ!」
直後、一筋の光が蘭さんの腹部へと突き刺さり、赤いエフェクトを盛大に庭園へとまき散らした。
「なん、やと……」
「蘭!」
その場に倒れ込みそうになる蘭さんを、駆け寄った佐助さんが支える。
『この状態の俺は、この光の力を無制限に使える。お前らはマシンガンを持った相手と戦っているに等しい状況なわけだ』
マシンガンか……ちょっとキツイな。
「そんなん……人間にどうしろっちゅうねん……」
「ここまで、でゴザルか……」
蘭さんと佐助さんの悲壮に溢れた声が聞こえる。
これは……ヤバいな。
戦いにおいて何よりも大事なのはその心だ。心で負ければ、俺たちはあっという間に飲み込まれる。特にこうした極限状態ではなおさら。
「殿、ここは一度撤退も……」
佐助さんから、覇気の抜けた言葉が飛んでくる。まぁこの人数でマシンガンと闘うってのはちょっと厳しいよな。
「ソウ様、あれは、今のウチたちでは太刀打ちできん……大尉たちと合流を」
だがそれでは、葵さんたちが……いや、しかし……
どうする……
俺は……
「主様」
いつの間にか隣へと来ていたクレインが、諭すように優しい声で語りかけてくる。
「わっちは、どんな主様も好きでありんすよ?」
どこかで見たような笑顔を向ける女性。その顔には、微塵も感じさせない本気さがあった。
「……ははっ、はは」
「主様?」
キョトンとした顔を向けるクレイン。その様子に、佐助さんと蘭さんは困惑を隠せない。
「いや、お陰で迷いが吹っ切れたよ。ありがとな、クレイン」
期末テストの終わったような清々しい気持ちで、一歩、また一歩と金鬼へと歩み寄る。
『どうした? なにかするのなら待ってやってもいいぞ?』
愉悦に顔を歪ませる鬼。しかしその顔には、確かに浮んでいた。
強者としての欲望が。
「いや、待つ必要はない。これからするのはすぐに成れるし、なにより」
スキル一覧の一番下にある項目を、解放する。
「24秒しかないからな」
『っ!?』
突風に突如吹き荒れる一帯。その中心にいる俺は、顔を歪ませる。
やつと同じように。
『貴様、その姿……』
全身から発する紅いオーラはそのままに、徐々に組み変わっていく体組織。全身の肌が赤く染まり、髪が逆立ち、瞳は黒く染まり、牙が生えてきたその姿はまさしく、
「鬼神……俺の新しい力だ。さぁ、人間をやめた俺は強えぞ」
次回、決着です。
次回『この極限の状態で奥の手を』
更新は来週の水曜日12時にしたいと思います。




