142話 この物々しい戦場で共闘を
体内時計が止まるとはこういうことを言うのだろうか。思考はめまぐるしく回ろうとしているのに対して、体が沼地にはまり込んだかのように重く、息も苦しい。額を流れる冷たい汗の感触だけが、通常の時間をおくっているかのようだ。
「や、あの……蘭さんとはキュウシュウでのレイドボス戦の時にちょっと知り合っただけで……」
「ふ~ん、ちょっと知り合っただけであんなに慕われるなんて。さすが総君だね」
照明用のアイテムにより明るく照らされた洞窟の中にありながら、視界の端から徐々に闇が迫ってくるような圧迫感に襲われる。
「……」
無言で隣に寄り添う彼女。その顔を、見るのが怖い。これまでのどのエリアボスよりも怖い。しかし、無視はできない。直視して、謝ろう。なんだか最近謝ってばかりで情けないが、それでも――
顔を上げると、葵さんはリスのように頬を膨らませて、俺の上着の袖を自分のほうへと引っ張っていた。
「……このクエストが終わったら、私とも……遊んでください」
心臓にクリティカルヒットする魔法の言葉。先ほどまでの重い世界は一変し、頭上で舞う天使が光の羽を零し微笑みを向ける。
っと、幸せな言葉に惚けている場合ではない。返事をせねば。
そう思い、彼女の両肩に手を置く。
「……も、門限ギリギリまで、遊ぼう」
「……う、うん!」
よ、よし。我ながら、いまのは中々に気の利いた一言だった。葵さんも嬉しそうにしてるし、これで正解だったんだよな。
「門限までって……ナイワー」
「ブルー、あんたそれでいいの?」
「ソウ様とリアルデート……」
「ふむ、殿は健全な交際をされているでゴザルな」
「主様……意外と焦らすタイプでありんすね」
「中学生かよ」
「顔と発言が全然一致しないな、あいつ」
「出たよヘタレチート」
「おい、誰か壁殴り代行を頼む」
「あぁ、誰か……珈琲を……とびっきりのブラックを……」
後ろからグサグサと刺さるひそひそ話が聞こえてくるが、無視だ無視。
その後も背後から突き刺さる言葉の暴力に耐えつつ、俺たちは鬼ノ城の攻略へと向かった。
……今日はMPの損耗が激しい。
■ □ ■ □ ■
20人からなるチームが、生い茂る草むらの間を掻き分け、音をたてないように一列でゆっくりと進む。
高く伸びた木々の隙間から時折差す光のカーテンに警戒しながらの薄暗い山中の行軍は、哨戒中だった小隊がすでにこの辺りの敵の掃除を済ませていたためか、あまり会敵することなく敵陣深くまで入り込めた。
それでも何度か数体の鬼と鉢合わせることはあったが、俺と大尉と佐助さんの3人で敵が声を上げる前に処理することで事なきを得ている。
「……ソウ君と一緒の行軍は恐ろしいほどスムーズに運ぶな」
「拙者の探知スキルで反応が出るよりかも早く、殿が敵を処理するでゴザル……察知した時には敵がすでに死んでるでゴザル……」
……3人で処理して事なきを得ている。
「ソウ様、ウチを守ろうと……なんていじらしい」
「主様は、わっちを守ろうとしてくれていんす」
……事なきを得ている!
「そんなことより、見えてきましたよ。あれが敵の城で間違いないんですよね、大尉?」
草むらの隙間から見えてきたのは、戦国時代の城をそのまま転移させてきたかのような立派な城。
巨大な鉄城門は、門というよりは小さな関所のような作りになっており、門の上には二階に相当するようなスペースもある。その左右には櫓が立ち、そこから白い城壁が真横に伸びて鉄壁の城塞を作り上げている。おまけに櫓は十数メートル間隔で城壁に沿って立っており、城の全方位をカバーしている。
城門と櫓の上にはボウガンを装備した緑色の鬼が合計で十数体。門の前には、棍棒を持った赤鬼が4体、周囲の警戒に当たっており、侵入者を排除する意思を全身から発している。
「そう、あれが敵の根城《鬼ノ城》だ。普段はもっと警備が厚いんだが、今は陽動役のチームが敵を散らしてくれているから、この程度の数しか残っていない」
哨戒に当たっていたチームが陽動役としてこの周囲で騒ぎを起こしてるって話だったな。ちょうどその隙を突けているわけか。
「襲撃があればすぐに増援が来るが、事前の調べではその数は多くない。1分以内なら、精々が30体程度だ」
「なるほど、余裕ですね」
櫓の上の狙撃手が十数体いるみたいだから、俺の最初の仕事はあれの処理だな。
「余裕って……」
「マスターとあの子、なんであんなに余裕なの」
「なんだか今日のマスター、いつもより大味すぎないか?」
「普段はもっと緻密な作戦取るのに」
「あの金髪と合流してから作戦がいきなり正面突破に変更なったしな」
後ろからざわざわとかすかに聞こえるが、きっと作戦前の僅かな不安ですら打ち消そうと自分たちを鼓舞し合っているのだろう。さすが蒼天だ。
これは蒼天とCOLORSの合同クエストでもあるから、負けてられないな。
【ではこれより作戦を開始する。合図が出たら、一斉に門を制圧する。射撃職は、櫓の敵を先に処理してくれ】
大尉からのチャットが視界の端に浮かぶ。
これは一定の距離にいるプレイヤー相手全員に飛ばすことのできるやつだから、大尉とパーティを組んでいない俺も受け取ることができる。
ちなみに俺のパーティ構成は、俺と伸二とクレインの3人。葵さんと翠さんは俺たちが場内に突入した後、この城門を利用して防衛線を展開する予定だから別のパーティに入っている。
右を見れば鋼の騎士が盾を手に取り、左を見れば和装盗賊の金髪ツインテールが腰のダガーを抜く。思えばクレインがしっかりと闘うところを見るのはこれが初めてか。どんな戦いをするのか、興味は尽きないな。
【作戦開始!】
地面を蹴った直後、薄暗かった視界に一気に光が入る。
目の前には巨大な鉄城門と、こちらをぎょっとした目で振り向く赤鬼4体。
接近する前にその4体の両足首に銃弾を撃ち込むと、赤鬼どもは揃ってその場の土を舐めた。
よし、これで他の誰かがあの鬼を始末してくれるはず。左右の櫓の狙撃手は他のメンバーが対応してるから、俺の役目は城門の上でボウガンを向けてきた緑鬼の始末だ。
迅雷を起動し、一気に城門の上へと飛び上がる。
「主様、危ない!」
着地点である城門の上で、数体の緑鬼がボウガンを向けてくる。このままでは着地の前にハリネズミは確定。いくら迅雷を使用した跳躍とは言え、正面からではさすがにこうなる。そしてそれは、誰よりも俺が、
「わかってるさ」
疾風を起動し空中をさらに跳躍すると、足元の下を数本の矢が虚しく通過する。
『――ナッ!?』
ボウガンを誰もいない正面に構えたままの緑鬼たちが、顔だけ上に向ける。その瞳に移るのは、刀とナイフを両手に携えた男。
――それが、奴らの最後に見た光景。城門にいた6体の鬼は、一瞬でそのこと如くを、走る刃が光へ変えた。
「……よし、城門は制圧した。あとは櫓だが援護は……いらなさそうだな」
見れば、櫓の上でボウガンを構える緑鬼たちは、発光した矢や苦無、水の刃でその五体を切り刻まれていた。苦無は佐助さんかな。
なら俺は、次の仕事に移ろう。
「よし、城門を開くぞ。盗賊職は開錠スキルで城門を開けてくれ!」
大尉の大声に複数の人が応じると、十数秒ほど経過した後に、鉄の門が鈍い音を上げながら開いていく。
「よし、突撃! 奥に展開しているであろう鬼たちを掃討する――ぞ……」
檄を飛ばしながら疾走する大尉と、後ろから追従する十数人のプレイヤーたち。俺はそれを、城門の内側。中庭に相当する場所で迎える。
「ソウ、君……なんですでに中に? 鬼は?」
口をぽかんと開けたままの大尉は、戦場の真ん中にありながらそう呟く。珍しく隙だらけだな。
「時間があったので、掃除しておきました」
コートに付いたホコリを払いながら、地面で四肢を転がし消えていく鬼たちを見る。
手応えがあるわけではなかったが、大尉たちが来るまでに片付けておこうというタイムアタック的なノリは少し楽しかったな。
「た、おしたのかい? 30体はいたはずだぞ?」
「まぁ……その場のノリという感じで」
俺の言葉に、大尉は困惑の色をさらに重ね塗る。あの反応、さては大尉も交ざりたかったのかな。それとも俺が先走って独り占めしたから、少し怒ってるとか? 不味いことしちゃったかな。
「そ、うか……いや、助かったよ。これで城門の制圧は完了だ」
やや歯切れの悪さを残しながらも、大尉は後ろを振り向き、再び檄を飛ばす。
「これより隊を二分する! 城門で防衛線を展開するチームは敵をできるだけ引き付けてくれ。だが、危なくなったら移動、もしくは撤退してくれ」
葵さんと翠さんを含めた分隊が、瞳に炎を宿して激に応える。
「残りはこのまま突撃を続行する。立ち止まれば一瞬で囲まれる。奥の本丸まで全速力で侵攻する。行くぞ!」
俺と伸二、クレイン、佐助さん、蘭さんを含めた10人からなる部隊が、大尉の激に疾走で応える。
この一体感、嫌いじゃない。
次回『この隙の無いパーティに愛の手を』
更新は月曜日の予定です。




