121話 とある部隊の電光石火
ミカン狩りを楽しんだ翌日の夜。俺と由紀子と瑠璃の3人は、宿屋の三階にある一室でこれからの動きについて打ち合わせをしていた。いや、正確には打ち合わせという名のゴロゴロするだけの時を過ごしていた。
「あそこが当たると思ったんだけどな~。隣だったかぁ~」
丸い机に顎を置き、やや不貞腐れ気味に漏らす由紀子。やめなさいって、瑠璃が真似するから。
「ザンネン~、隣だった~」
ほら真似しだした。しかしこれでは俺だけ仲間外れだな。よし、俺もしよう。顎よ、あの机にGOだ。
「まぁこういう時もあるさ。しかし隣だったなぁ~」
「お父さん変なカッコ~」
「あなた、瑠璃が真似するからやめてちょうだい」
いつの間にか背筋をピンと正している母子。あれ、これ、俺が怒られるパターンか?
「ま、まぁそれはともかく、海外プレイヤーのこれまでの動きを少し整理しようじゃないか。な?」
このままでは彼女たちの玩具になってしまう。その前に、話を本題に戻さなくては。
「そうね~……でも、今更確認すること何かある?」
いかん、普段は説明好きな彼女だが、今は俺をイジる方向に興味が向いてしまっている。これは不味いぞ。
「あるとも。まず、昨日海外プレイヤーの出没した場所だ。君の読んだとおり、やっぱりダンジョンの中で襲撃してきたな」
襲撃された場所は俺たちが昨日ミカン狩りに興じていたダンジョンの隣に位置する別のダンジョン。二分の一の確率でそれを外した由紀子は殊の外、不貞腐れていた。
「そうね~……私たちのところに来てたらあんなにやられることはなかったでしょうけど」
再び顔を机に置く由紀子の視線は、空いている窓から見えるある巨大な掲示板へ向く。そこには大きく、198と15の数が表示されている。因みに、198が今日までにやられた現地プレイヤーの数。15が海外プレイヤーの数だ。めっちゃやられてるな、俺たち。いくら向こうが奇襲を仕掛けやすい側とはいえ、これはちょっと頑張らないと本当に不味いかもしれん。
「だが、日本サーバーに来ているプレイヤーの数は最大で77人だろ? チュウゴクエリアにも行ってるだろうし、そう狙って遭遇なんてできないだろ」
「それがそうでもないの。私もてっきりそう思ってたんだけど、今回はシコクエリアに限定したイベントみたい。ここが終わったらすぐに、チュウゴクエリアで似たようなイベントが起こるんだって」
そうなのか。じゃあ今回は俺たちシコクにいるプレイヤーで頑張らないといけない訳か。
「だがこれで敵の手口は他のプレイヤーも把握したはずだ。これからはダンジョンアタックに際してもPKを警戒するだろう。そうなったら、ここまで一方的にはやられないさ」
だがその言葉でも由紀子の思案顔を和らげるには足りなかったようで、机に置かれた顔からは、なおも不安の色が滲んだ言葉が出てくる。
「そのぐらい向こうも考えてるでしょ。多分だけど次は、ダンジョン攻略じゃなくて採集や釣りなんかを楽しんでるプレイヤーを散発的かつ広範囲に狙いだすと思うわよ」
「狙いを変えてくる、と?」
「多分。町の近くとかだと最悪囲まれて詰んじゃうだろうからフィールドに来るのは間違いないと思うけど、正確な場所を推察するのは難しそうね」
顎に人差し指を当て、深く長い息を吐き出す。少し前まではイベントには興味がないと言っていた割には全然ノリ気だな、由紀子。
「……出没地点を推察するんじゃなくて、出没地点を作り出せばいいのか」
頭の上に電球を灯したかのような彼女のリアクションと言葉。顔にはその内容を聞かずにはいられない不気味な笑みも浮かんでいる。
「作り出すって……今度は何をする気だい?」
「ふふ、そのままよ。このままだと彼らと会えるのは運の大きく絡むのは必定。なら、彼らが必ず現れるような状況を作り出す、もしくは見つけ出せばいいのよ」
「見つけ出すって……そんな簡単に」
いかないだろと言いかけた口がピタリと止まる。忘れていたよ。そんな簡単に物事を運ぶ女性こそが、自分の妻だということを。
「具体的には?」
もう彼女の頭の中では海外プレイヤーをまとめて血祭りに上げるシナリオが凄い速度で描かれているのだろう。椅子から立ち上がり窓の外に見える巨大な掲示板を見つめながら、彼女は吊り上がった口を開きだす。
「――秘密」
■ □ ■ □ ■
それから2日の時が過ぎた。
日本サーバーにおけるPK被害者の数は631。海外プレイヤーの討伐数は34。既にイベント開始から4日が経過し、制限時間まで残りあと2日と数時間であることを考えれば、時間切れにより日本サーバー側の勝つ可能性は高い。いや……敵の進行速度も中々のもの。ここはもう一度整理して考えた方がいいかもしれない。
海外プレイヤー側でまだ倒せていない数はおそらくあと40人ほど。こいつらを全部倒せば俺たちの勝ち。また制限時間までにこちらのやられた数が合計1000人に達しなければ勝利となる。
だが逆にあと2日ちょっとで369人PKされてしまった場合は、こちらの負け。しかも敵は倒された奴らも日を跨いで復活するから、一度返り討ちにあった奴らは数字をさほど気にせず動くこともできる。
ふむ……こうして考えてみるとあまり余裕ではいられない気もするな。
だが今回の作戦が上手く嵌れば、敵を全滅させるまでは叶わなくとも、大打撃を与えて侵攻を食い止めることは間違いなくできるだろう。
しかし……
「これだけの人、よく動員で来たな」
ひとりごちる俺の目の前には、イマバリの町の広場に集まる多数のプレイヤーの姿があった。その数は優に100を超えている。だが特筆すべきはその職業。彼らは全員、料理人、漁師、鍛冶師、武器職人、薬師、工芸師、園芸家、織物職人などの生産職に属するプレイヤーだ。戦闘職、別名冒険者と呼ばれるプレイヤーならともかく、個人での活動が主な彼らがこれだけ一堂に会するというのは極めて稀なことだ。
そして間接的とはいえ、これだけの人数を揃え、あろうことかそれらを全て今回の作戦に使おうとする我が妻の肝の太さには、毎度のことながら驚かされる。
「あら、貴方は」
その声に振り向けば、銀の髪をなびかせながら物腰の柔らかそうな女性が小走りで近づいてきていた。由紀子よりは幼さを感じさせる見た目ながら、右目に付けたモノクルと研究者のような白いロングコートが知的なイメージを際立たせる。
「こんにちはアゲハさん。御菊の我儘に付き合っていただいてありがとうございます」
「気にしないでいいですよ。御菊さんにはいつもお世話になっていますから」
彼女は生産系ギルドでそこのまとめ役、つまりはギルドマスターをしている。
個人志向の強い生産職ではあるが、材料の調達や製品の卸し、自己研磨など、1人では効率の悪い部分を互いに助け合う互助組織は重要だ。そのため、彼女たちのように生産ギルドに所属している生産職のプレイヤーは割と多い。勿論職人気質の強い頑固親父タイプもいるにはいるのだが。
「それに私たちもたまにはフィールドワークしたいなって思ってましたから、今回のこれはちょうどいい機会ですよ。おまけに取れる素材が貴重なものとあっては、生産職として動かない訳にはいきません」
「そう言っていただけると助かります。皆さんの道中は、我々がしっかりと護衛しますので」
それからいくつかやり取りをしたのち、アゲハさんは優しい笑顔の混じった会釈をしてから元の輪へと戻っていった。
あぁ、癒されるなぁ。
「良かったわね、癒されて」
絶対零度の平坦なトーンで鼓膜を震わせた声は、脊中に氷柱を捻じ込んだ感触を全身へと波及させた。
「ゆ……御菊」
冷たい微笑。そうとしか言い表せない笑みをこちらへ向ける妻。
これはヤバい奴だ。以前長期の出張に出た時に、取引先の女性と飲みに行ったのがバレたのと同じぐらいヤバい奴だ。
「ち、違うんだ、今のは別に心奪われたとかじゃなくて」
こういう言い訳をすればするほどに坩堝に嵌っていく。それが分かっていながら、それでも言わずにはいられないこの心理状態。これは、駄目なパターンだな。
「私より、あの人がいいんだ……」
そんなことはない、そんなことはないぞ。だがここで言葉を間違えれば俺の世界は間違いなく核の炎に包まれる。ここは絶対に失敗できない。言葉は慎重に選ばなければ。
由紀子の目をしっかりと見つめて、両肩を掴む。
「君より大切な女性などいない、本当だ」
心の叫び。本能の赴くままに紡いだ言葉に、嘘偽りはない。どうだ由紀子、わかってくれたか?
だが俺の思いは見事なまでに散ることになる。
「お父さん……私のこと、嫌いなの?」
斜め45度、やや下の方に目線を移せば、我が最愛の娘、瑠璃が潤んだ瞳でこちらを見上げていた。
前門の由紀子。後門の瑠璃。
ここで沈黙しては瑠璃の言葉を肯定してしまう。だが否定しても由紀子からの追撃がくることは必至。2人を同時に愛しているということを、先ほどの言葉を否定しないように表現するためにはどうすれば……
「さって、この人をおちょくるのはここまでよ、イル」
「は~い」
口元をにぱっと開き、悪戯大成功と書かれた顔を披露する魔女2人。その様子に、怒りではなく安心が真っ先に浮かんでしまう俺は、やはり父親なんだなと思ってしまう。
「そんなことより――」
改めてこちらを見つめてくる由紀子の瞳。変装していても目だけは現実の君のままだ――っと、大事な話っぽいな。聞き逃さないようにしないと。
「今回はとっても大事なクエストになるんだから、ヘマしちゃ駄目よ?」
「ダメよ?」
駄目だ。下の天使が可愛すぎて注意が逸れまくってしまう。なんなんだこの天使は。総一郎が骨抜きの軟体動物になってしまうのも納得だ、いや必然だ。この天使の姿を少しでも長く見るためならば、俺はどんな困難にでも――
「ねぇ、聞いてるの?」
「キ、聞イテマストモ」
天使に意識をなおも奪われつつ、脳ミソが今回のクエスト内容を再インストールする。
今回受けたクエストは、フィールドに出る生産職プレイヤーの護衛という、ハローワークでもよく見かける類のもの。だが他のと明らかに違うのは、何といってもその規模。
今回の護衛対象は、アゲハさんが代表を務める生産系ギルド《ポン・デ・タイガー》の皆さんと、その関係者、約100名。そしてその護衛を務めるのが、俺や由紀子、瑠璃をはじめとした冒険者20名だ。普通この手の依頼は精々が2~3パーティ程度の規模なのに対して、今回はパーティに換算すれば約30パーティに相当する。おそらく、過去この規模での護衛クエストが組まれたことはないだろう。
目的地はここイマバリの街から南に下った場所にあるあるエリア。そこで採集できるある素材が、俺たちにとっての超重要アイテムとなる。
そのアイテムの名は、海外プレイヤーサーチシステム。もうそのままだが、海外プレイヤーの位置を細かく知らせてくれるもので、これが手に入れば俺たち側の完全勝利はほぼ固いだろう。
「しかし、よくこんな便利アイテムの存在が分かったな」
我が妻ながら、相変わらず惚れ惚れする情報収集能力だ。まったくもって、頭が下がる。
「え、あ、あぁ、まあね」
いきなり気のない返事になったな。まぁこれだけの人間を集めたのだ。緊張しているのだろう。
「だが生産職の人たちがこれだけまとまって移動すると、それこそ彼らの餌食にならないか?」
彼らとは勿論海外プレイヤーのこと。強くても弱くても狩れば1の数字の手に入る彼らにとって、この集団はまさに狼から見た羊の群れに等しい。俺たちも全力で守り切るつもりではいるが、それでも数で押されると少しキツイ気がする。だがそんな不安を、由紀子の一言が吹き飛ばす。
「それは大丈夫よ。忘れたの? 生産職の人たちはPK適用外だってこと」
そうだった、忘れてた。それに普段でも生産職はPKを受けるメリットが全くないから自動的に拒否になるシステムだったな。稀にスリルを味わいたい人が手動でPK機能を許可にしなおしているらしいが、今回はそれすらも適用外。
「じゃあ生産職の人たちはモンスターの襲撃だけが心配ってことか」
「そうね。まぁそんな認識でいいわよ」
なんだか含みのある笑みだな。こういう時の由紀子は大体なにか悪だくみをしているのだが……下手に突くと火傷じゃすまないかもしれない。さっきのこともあるし、ここは様子を見守ろう。
気になる点はいくつもあるし、何だか凄く大事なことを見落としている気もするが。
次回『とある鬼嫁の反抗作戦』
更新は木曜日の予定です。




