97:再び会うために
正直ミュアは驚いていた。
まさかこんなところであの人物の話題が出るとは思っていなかったからだ。
あの人物――丘村日色と別れて半年以上が過ぎた。
日色は半年後、暇になったら戻って来ると言っていた。
だからミュアは日色の言葉を信じて今度は彼とともに戦えるように必死に修行したのである。足手纏いにならないように父親代わりであるアノールドとともに自らを鍛えた。
もうすぐ半年だと思いながらドキドキしながら日色が来るのを待っていた……が、半年が過ぎても何の音沙汰も無かった。
修行についてはキリの良いところまで終わっていて、後は自主練を中心にやっていたので、日色が来ないのならこちらから会いに行けばいいと思いアノールドにもそう話したのだ。
しかし日色の行き先は分かるものの、自分たちが行くのは弊害があり過ぎるとアノールドは言った。それもそのはずだ。行き先は、日色が言っていた通りなら恐らく魔界である。
獣人であるミュアたちがおいそれと行ける場所ではない。日色のように姿を変える魔法が使えるなら大丈夫だろうが、あいにくそのような都合の良い魔法を持ち合わせていない。
アノールドも口ではあんな薄情者は放っておけなどと言っているが、実は会いたいと思っていることはミュアも分かっている。
何故なら会いに行こうと言った時、アノールドも嬉しそうな顔をしたからだ。だが現実問題会いに行く方法が無い。だからこうして仕方無く師匠であるララシークのもとでさらに自分たちを高めることしかできないのである。
そんな時、思わぬ来訪者が現れた。
その人物がまさか【獣王国・パシオン】の偉人である《三獣士》のバリドだとは思わなかったミュアだが、そのバリドから驚きの話を聞いた。
今は戦争。
それはこの国にいる者なら誰だって知っている。そして『人間族』と手を組んだことも。その戦争で獣人は『魔人族』に敗走させられたという。
しかもその原因となった一人の人物がいる。『魔人族』側には英雄と思われている『人間族』のことだ。
そしてその人間の特徴が、どう考えてもミュアが知っている人物に酷似し過ぎていた。
いや、恐らくそんな破天荒なことをするのは日色しか思いつかない。
アノールドもその答えに行きついたようで驚愕の表情をしていた。そしてその頬が明らかに緩んでいることをミュアは視認していた。
また遅れてララシークも同じ答えに行きつき、バリドの戦争勧誘に対して、最初は断然拒否していたが、顔色を変えてとりあえず戻って来ているという国王の話を聞くことを了承したのだ。
そして今、ミュアたち三人はバリドに連れられて、【パシオン】の王城とも言うべき《王樹》の《獣王の間》まで来ていた。
「よく来てくれたなララ」
玉座に腰かけながら喋るのは、この国の王であるレオウード・キングだ。こうして直接会うのは何も初めてではない。
ひょんなことから第二王女であるミミルと仲良くなったきっかけで、たまに城へ招かれてミミルと遊ぶ機会があるのだ。
その時にアノールドも一緒にレオウードと会ったことが何度かある。しかし幾ら初対面では無いとはいえ、こうして改まった場ではやはり緊張する。
どうやら隣で跪いているアノールドも同様の思いを持っているようで顔に緊張が現れている。
ただ一人、ララシークだけは普段と変わらぬ態度で国王の目の前に佇んでいるが。
「久しぶりですねレオ様」
「ララも相変わらず元気そうで何よりだ。あとすまんな、急に呼び出して」
彼女たちがそれなりに親しい間柄だというのは知っている。過去にララシークが武術指南をしていた時、レオウードにも教えていたのだ。
「いえ、本当は来るつもりはなかったんですけどね。ただ、面白い話を聞いたもので」
「……赤ローブの話だな?」
レオウードの目がキラリと光る。
「ええそうです。どうやらレオ様はその人物に一杯喰わされたようで」
「ガハハ! その通りだ! 何とも愉快な小僧だったわ!」
「楽しそうですねレオ様」
「ああ、久しぶりに血が滾る。アイツと少しだが相対した。間違いない、アイツはこのワシのライバルになる素質を持っておる」
嬉しそうに微笑むレオウードを見てララシークは肩を竦める。
「なるほど、アイツも厄介な人物に気に入られたようですね」
するとピクリとレオウードが眉を動かす。その場にいるバリドや、他の兵士も同様に虚を突かれたように固まっている。
「……ララ、お前知っておるのか? あの赤ローブのことを?」
「ええ、ですが一応名前だけ聞いておきましょうか。こちらの勘違いってこともあるでしょうから」
そうは言っているが、ララシークも確信しているであろうことは表情から読み取れた。
ミュアも確信はしているが再確認するために耳を傾けている。
「本名かどうかは分からんが、魔王にはヒイロと呼ばれておったな」
するとララシークの口元が三日月型に歪む。その表情を見てレオウードも得心する。
「どうやら、知り合いのようだな」
「ええ、尤もその小僧のことならここにいる二人の方が詳しいですよ。何と言っても元旅仲間ですから」
「何とっ!?」
その場にいる誰もが目を見開く。
「それは真か、アノールドにミュアよ?」
以前会った時に自己紹介しているので名前は知っているのだ。
「「はっ!」」
二人同時に肯定の声を上げる。
「そうか! それは何という偶然だ! 聞かせてくれ、あの小僧の話を!」
レオウードの要求にはアノールドが答えていく。
どこで会って、どんな冒険をしてきたのかを話す。ただ一応日色の魔法については誤魔化すように話した。
まあ日色も隠す気が無いような行動をしているので言っても良かったのかもしれないが、本人から了承を得ていない以上、詳しく説明するには気が引けた。
とは言ってもそれほど日色の魔法について知っているわけではない。ただ万能過ぎる魔法であることだけ言った。
レオウードも楽しそうにアノールドの話を聞いていた。
「ほほう、それではこの国へヒイロとやらが来ていたのか。残念だな、そこで勧誘できておれば今頃我らは大手を振って帰国していたかもしれんな」
それほど日色のことを評価しているようだ。
「しかしアノールドよ、話の内容や、実際にヒイロの所業を見て分かるが、恐らくユニーク魔法の使い手だ。しかも人間、よく獣人であるお前たちが信頼を置けたものだな」
彼が言うのも尤もな話だ。『獣人族』は『魔人族』よりも、『人間族』との確執の方が大きい。何故なら過去に人間には家畜奴隷として扱われていたのだから。
「そうですね。確かにアイツの言動や行動には理解できないものが溢れていました。しかし良くも悪くもアイツは真っ直ぐです」
「ほう、真っ直ぐとな?」
「はい。自分が感じたまま真っ直ぐに突き進むような奴です。他人の評価や噂などまるで信じていません。自分の目で、耳で、肌で、直接触れて答えを出すような人間です」
「ふむ」
「アイツは俺が、いや、俺たちが獣人であることを知った時、何て言ったか分かりますか?」
「興味があるな、何と言ったのだ?」
「関係無い……です」
「…………」
「『種族なんて関係無い。大体種族の違いだけで、そこに生きてるのは変わらんだろ? 正直言って興味が無い。言い触らして何が楽しいんだ?』……本当に度肝を抜かれましたよ」
アノールドの言葉にミュアは微笑んでいる。そしてレオウードもまた頬を綻ばせている。
「ほほう、良いな」
「へ?」
「良い……良いぞヒイロ。これは是が非でも手に入れたくなってきおった」
ミュアはポカンとしながらも、「あちゃ~」と言っているララシークに気づく。
「どうやら完全にあの小僧はターゲットにされたな。あのバトルジャンキーに」
「お、おじさん……?」
不安そうにアノールドの方を見ると、いつの間にか彼は両手を合わせて、
「ご愁傷様だなヒイロ」
「ちょ、おじさん!」
「いいんだよミュア、あのバカには良い薬だ。俺たちに黙って出て行ったこと、それに約束を破ったことの仕返しだ」
明らかに悪い表情になっているアノールドを見て呆れたように肩を落とす。気持ちは分かるが、少しやり過ぎなような気もする。
「ヒイロ……?」
するとそこへ誰かの声が聞こえた。
「おお、我が娘ミミルよ、どうした? お前の友達も来ておるぞ?」
「お父様、あの、今……ヒイロ様のお名前が……」
「む? ヒイロ? 何故お前がヒイロの名前を知っておる?」
「あ、え……それは……」
するとそこでアノールドの目がキラーンと光った。ミュアは頬を引き攣らせて
(ま、まさかおじさん……)
そう思って止めようと思ったが遅かった。
「レオウード様、実はもう一つお耳に入れたいことがございます」
急に良い顔で畏まったアノールドに、ララシークも目をしばたかせて固まっている。
「な、何だ?」
「覚えておいででしょうか、ミミル様のお声が半年前に復活なされたことを」
ああやっぱり言うつもりなんだぁっと、ミュアは口をパクパクさせている。
「忘れるわけがないではないか。のうミミル、あの時の『精霊』にはあれから会ってはおらんのか?」
「え……お、お会いしてはいませんが……」
ミミルもアノールドをチラチラ見て、落ち着かない様子だ。彼女自身、日色に口止めされているのであの場は『精霊』に治してもらったと言った。
「その『精霊』のことですが、よく思い出してみて下さい。どんな姿をしていたかを。ミミル様にお聞きしていたことを!」
「ふ、ふむ」
何やら少し興奮気味のアノールドに戸惑いながらもレオウードはミミルから聞いた『精霊』の容姿を思い出す。
「確か……眼鏡をかけておって、赤いローブに……ん?」
「気づかれましたか?」
「……す、少し待て」
レオウードはニヤッとするアノールドを見て、自らが思いついた考えが正しいのだと確信しているようだ。
そして今度はミミルの方に視線を向ける。
「ミミルよ、正直に話しておくれ」
「えっと……」
慌てたようにミュアの顔を見るが、ミュアもどうしたらいいか分からずオロオロしている。
「お前を治したのは『精霊』……ではないのだな?」
「…………」
沈黙を守りジッとレオウードを見つめている。彼女は日色との約束を守るために口を閉ざしているようだ。そんな彼女を助けるようにアノールドが口を開く。
「ミミル様はヒイロに口止めをされています。それはヒイロとの約束であり、ミミル様が大切になさっている絆です。ですから彼女自身がそれを破るわけにはいかないのです。ですからレオウード様、真実は俺の口から言います」
「……ほう」
「お察しの通り、ミミル様のお声を復活させたのはヒイロです。というよりも、そんなことが可能なのはヒイロしかいないと思っております」
「お、おじさん! 言っちゃっていいの!?」
もう我慢できず思わず叫んでしまう。しかしアノールドは首を左右に振る。
「いいんだよもう。アイツだってもう自分の魔法のこと隠そうともしてねえし、それにミミル様だって、いつまでも家族にまで真実を言えねえってのは悲しいからな」
「あ……」
アノールドがただ暴走していただけでは無く、ミミルのことを思っての言葉だったことを知り何だか胸が温かくなる。
「まあ、正直に言えばこれで少しは面倒事に巻き込まれろって思ってるがな」
急速に温かかった胸が冷えていった。
「お、おじさん……」
半目で睨むが、アノールドも言い訳がましく言ってくる。
「い、いや大体アレだっての! アイツはいつもいつも自分勝手過ぎる! 今回の戦争だって、たぶん参加した理由はアレだぜ? 美味い食べ物や珍しい本が【ハーオス】にあるからって理由だけだと思うぜ?」
「う……」
否定できなかった。というか、ミュア自身もそう思っていた。勇者のような正義感で動く人物では決してない。本当に自分の欲望に忠実な人だから。
だが日色を魅了する食べ物や本のためなら、彼は危険な場所でも行為でも平然とやってのける。およそ他人が理解できないほどの軽い理由で、簡単に命を懸けるような事態に進んでいく。
そんな二人のやり取りを見て、レオウードは面白かったのか「ガハハ!」と豪快に笑った。
「余程そのヒイロという小僧は変わり者らしいな! ララも知っておるんだな?」
「ええ、非常に興味深い奴でしたよ」
「ほほう、お前にまでそう言わせるとは……うむ、ミミル、こちらへ来なさい」
少しビクッとなってしまうミミル。恐らく今まで黙っていたというより、偽りを言っていたことを怒られるとでも思っているのかもしれない。
彼女はレオウードの大きな腕で体を持ち上げられ、そのまま膝の上に座らされて頭を撫でられる。
「すまなかったな」
「え? お、お父様?」
突然謝罪の言葉を受けたのでビックリしたようだ。
「お前の気持ちも悟らずに無理矢理聞こうとした。そうだな、お前にとっては恩人だ。いや、大恩人だ。その者との約束は破れんわな」
「お父様……」
「だがもう思い悩むことは無い。アノールドも言っておったが、どうやらお前の大恩人は、もう自分の力を隠そうとはしてはおらんようだ。今まで家族に真実を話せず辛かったろう」
「う……も、申し訳あり……ません……でした……」
ミミルはレオウードの胸に頭をチョコンと当てて涙を流す。そんな彼女の頭をレオウードが優しく撫でて、泣き止むまで皆も沈黙を守っていた。
(良かったねミミルちゃん)
ミュアも微笑ましそうに二人を見つめている。一時は冷や冷やしたものだが、アノールドの行為は良い方向へと向かったようだ。しかし悪い方向にも向かう可能性もあったのだ。
(だから今日はおじさん、ご飯抜きだからね!)
そんな思いを込めてアノールドを睨むと、「ひっ!」と小さな悲鳴を上げてミュアに両手を合わせて謝罪をする。どうやら彼も自分が暴走し過ぎていたことを認識していたようだ。
「うむ、しかしこれは困ったな」
突然のレオウードの呟きにララシークが尋ねる。
「どうしたんです?」
「いやな、さっきも言ったが、今その小僧は『魔人族』についておる」
皆がハッと息を飲む。そう、日色は立場的に獣人と敵対しているのだ。
「まさかアノールドたちの友であり、ミミルの大恩人だったとは……むぅ」
皆もどんな言葉をかけていいか分からず黙っている。
(そうだよね……今ヒイロさんは魔界にいて戦争してるんだよね……)
ミュアも不安そうにしていると、ふとミミルと目が合った。彼女もまたことの大きさに気づき不安色に顔を染めていた。
すると突然ポンと手を叩いたレオウード。
「おお、それならば話は簡単ではないか!」
皆がキョトンとして視線を向ける。
「今度の決闘には是非その小僧を出して貰おう! いや、あれほどの実力者なら必ず出てくるだろう。そしてこちらが勝ち、小僧を貰い受ける!」
「……決闘? 決闘とはどういうことです?」
「おお、そう言えばララ、それについてお前と話がしたかったのだ。とりあえずこの紙を読んでみろ」
そう言って懐から取り出したのは、魔王イヴェアムから届いた書簡だった。その内容は大規模な戦争ではなく、最高戦力同士を戦わせる決闘にて勝敗を着けようというものだった。
その紙を受け取りララシークは目を通す。
そして――。
「……ハハ、ナハハハハハ! 何ともまあ馬鹿な魔王だ! ナハハハハ!」
「そうだろう? だが面白いことに、実にワシ好みの考え方だ」
「そうみたいですね。ククク」
二人が笑い合っている理由が分からずアノールドが聞くと、紙の内容をララシークが説明してくれた。
開いた口が塞がらない思いで、ミュアもアノールドもその内容に吃驚する。
(何か、気のせいかもしれないけど、この決闘……ヒイロさんの提案のような気がするのはどうしてかな……?)
まさしくヒイロの提案をイヴェアムが取り入れたのだが、さすがはミュアの勘だった。
「そこでだララよ?」
「いえいえ、言わなくても分かりますよ。この決闘に出てほしいって言うのでしょ?」
「その通りだ。こんな面白そうな戦いなら、お前も出てみようと思うのではないかと思ってな」
「そうですね……興味はあります。これほどの馬鹿な提案をする魔王とやらもこの目で見てみたくなりましたし、何よりも……」
彼女はミュアとアノールドに視線を向ける。
「もう一度、小僧に会ってみたいですから」
「それでは」
「ええ、条件付きで良いのでしたら参加しましょう」
「……条件? 言ってみろ」
「なあに、簡単なことですよ。この二人……」
無論ミュアたち二人のことだ。
「アノールドとミュアも参加させてもらえるなら受けましょう」
しばらく静寂が周囲を支配する。
そして状況が飲み込めると……。
「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」」
凄まじい叫び声が二人から放たれた。
※
「くっそ! 何でこうなったんだっけっ!」
今アノールドは、獣王レオウードの放つ剣圧から必死に回避している。先程から何とかギリギリ避けてはいるが、まともに当たれば間違いなく致命傷になる。
「ほらほら、どうしたアノールド! それくらいでは連れては行けんぞ!」
レオウードは、その身の丈に相応しいほどの巨大な大剣を、その場から一歩も動かずに目の前のアノールド目掛けて振り下ろす。
――シュバァッ!
空気を斬り裂くような音とともに、剣圧が風の刃のように飛んでくる。
「うおぉぉっ!」
「避けているだけでは敵は倒せんぞ!」
「そ、そんなこと言われましてもぉぉぉっ!」
アノールドは全力で攻撃をかわしながら、頭の中ではララシークの発言を恨んでいた。
あの時、ララシークは『魔人族』との決闘に参加する条件として、アノールドとミュアも連れて行くことを挙げたのだ。
無論二人だけではなく、レオウードもミミルも、その場にいた兵士も皆驚いていた。
しかしそんな中、ララシークは笑顔でこう言った。
『いやなに、コイツらがワタシの弟子などは知っての通りだと思いますが、コレも良い経験になるでしょうから』
無論アノールドは拒否した。主にミュアの参加をだ。自分は別にいい。今までも戦って来たし、修行のお蔭で強くなったと自負している。
決闘に参加しても無論相手が《魔王直属護衛隊》なら勝てる確率は相当低いが、それでも国のためなら戦うのも吝かではない。
しかしミュアは別だ。彼女はまだ本格的な戦闘はモンスターやララシークたちしかない。それも命を懸けたような戦いはまだ経験していなかった。
だからこそこの決闘では彼女のためになるとララシークは言うのだが、アノールドにとっては、そんな戦いはまだ早いと思っている。
もちろんミュアが強くなるため頑張っているのは知っているし、強くなったとも思うが、それでも戦争なんか参加させたいとは思わない。
『でも、そこに行けばヒイロさんに会えるんですよね?』
そんなミュアの言葉に、ララシークは頷いた。
『強くなった姿、アイツに見せてやりたいんじゃねえのか?』
その言葉でミュアの覚悟は決まってしまった。
引き締まった彼女の表情を見たアノールドは、がっくしと肩を落とす。まさかこんなことになるとは思わなかったから。
しかしそこでレオウードではなく、傍にいたバリドから苦情の声がかかる。その内容とは、アノールドとミュアの強さについて、信じられないとのことだ。
幾らララシークの弟子だといえど、相手は最高戦力を用意してこいという要求を突きつけてきているのだ。生半可な者を決闘に出して、恥をかくのは国王なのだ。
だからこそバリドは、二人の実力を疑ったのだ。
そしてそれは当然だとララシークもレオウードも思った。
そこでレオウードはある条件を出したのである。
それは少しでもこの身体に傷をつけることができたら考えてみよう。
皆が兵士たちが鍛錬する広場まで向かい、そこで仕合いをすることになったのだ。しかも二人対レオウードという図式だ。
「ミュア! 俺が何とか次の一撃を防ぐから、お前が攻撃しろ!」
「う、うん!」
ミュアもレオウードの攻撃力の凄まじさと、結構戦って時間が経っているのにいまだ、その場から一歩も動いていない国王の強さに畏怖を感じながらも、それを払拭するように声を出す。
「おじさんも気を付けてね!」
「ああ!」
そんな二人を見てレオウードは楽しそうに笑う。
「ほほう、何かするつもりか? ではこちらもかなり強めのを行くぞ?」
すると彼が持つ大剣が細かに振動しだして、徐々に熱を帯びているかのように赤くなっていく。
「さあ、どう出るお前たち! 《火の牙》っ!」
高々と掲げた大剣をそのまま振り下ろすと、今度は火を纏ったように真っ赤な剣圧が二人に向かって飛んで来た。
「くっ! 来たっ!」
アノールドも大剣を構えて力を集中させる。すると風が剣に集束していく。
ブゥゥゥゥゥゥゥン…………。
大気を震わすような音がアノールドの剣から聞こえてくる。
そして彼はそのまま剣圧に向かって突撃していった。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
アノールドは、レオウードの飛ばした剣圧を正面から受け止める。
――ギギギギギギギギギギギィィィッ!
まるで刃物同士を擦り合わせているかのような衝撃音が轟く。
「ぬぐ……くっ! うおぉっ!」
少し押され気味になったアノールドは、後ろのミュアを守るために、吹き飛ばされないように踏ん張る。
「ほう、やりおる」
レオウードもそれなりに力を込めた一撃をアノールドが止めているので意外な力に目を細めている。
「こぉ……なくぅ…………っそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
アノールドは、力一杯剣を振り切り、剣圧を斬り裂いて霧散させることに成功した。
「今だミュアァァッ!」
アノールドの背後では可愛らしく獣耳をピコピコ動かしているミュアがいた。そしてその耳を動かす度にバチバチッと放電現象が起きる。
「行きます! ――《雷の牙》っ!」
ミュアは両手を片手ずつ、順に下から上へと勢いよく振り上げる。
するとまるで先程レオウードが剣圧を飛ばしたように、今度はミュアの手から、一本の雷の柱が放たれた。
両手分なので二本の雷柱。それがアノールドを避けるように左右に分かれて、彼の前方にいるレオウードに向かって走って行く。
「むっ!?」
瞬間的にミュアが雷の特性を持った《化装術》の使い手だと分かったようで、一瞬ハッとなっていたが、すぐに表情を戻し大剣を構えて向かって来た雷柱を横薙ぎに斬ろうとする。
――スカッ!
完全に捉えたと思った雷柱だったが、奇妙なことにまるで意思があるのかのように剣での攻撃を避けた。
そして左右から挟み撃ちで――バチバチバチバチバチバチバチバチィィィィィッ!
見事レオウードに命中した。
「むむっ!」
レオウードが思わず顔をしかめる。
それを見たミュアは、攻撃が当たったことに笑みを浮かべて喜んでいたが、
「ぬんっ!」
レオウードが全身に力を入れて筋肉を膨らませると同時に、身体に纏わりついていた雷を弾き飛ばした。
「ガハハ! 少々驚いたが、この程度では傷一つつけられんぞ?」
確かにミュアの攻撃でレオウードは一切の傷を負っていない。
しかしミュアは――。
「いえ、これでいいんです!」
「何?」
その時、レオウードはいつの間にかいなくなっていたアノールドに気づく。
「む? 何処へ行ったのだ?」
そして気配を上空に感じたのか、顔をそちらへと向ける。
そこには先程と同じように風を纏わせた大剣を持つアノールドの姿があった。
「これでどうだっ! ――《風の牙》ぁぁぁぁぁっ!」
「あの雷は目眩ましか! だがさせん!」
反射的にレオウードも剣を構える。そして二人の剣は衝突し、火花が散る。さらに互いの力が衝突したせいで、小規模な爆発が起きた。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」
アノールドは、その爆風に吹き飛ばされてミュアの方まで転がっていく。
「おじさん!」
ミュアはすかさず駆け寄る。
「痛てて……」
アノールドは、腰を強打したのか痛そうに擦りながら、目の前の煙が晴れるのを待っている。そしてそこから現れる大きな影。
「ふむ……ガハハハハ!」
レオウードが大剣を肩で担ぎながら笑っていた。
「少々見縊っておったわ! やるではないか二人とも!」
アノールドとミュアも、何故彼が笑っているのかを理解する。
「ガハハ! まさか傷だけでなく、ワシをこれほど吹き飛ばすとはな!」
先程いた場所より、明らかに背後へと位置が変わっていたのだ。しかもアノールドの剣がレオウードの剣と衝突した際に、衝撃が細かい風の刃となって、彼の身体に傷を作ったのだ。
もちろんダメージという観点で見れば、ほとんど皆無だろう。しかし確かに、細かい斬り傷がレオウードの身体に幾つも刻み込まれていた。
「しかもだ、使ったのは初歩の《牙》のみ。これは……ずいぶん鍛え上げたものだなララよ」
そう言いながら楽しそうに笑みを浮かべララシークに視線を向ける。
「ええ、そいつらには毎日地獄を見せましたから。これくらいはしてもらわないと、最初からやり直しです」
その言葉に二人はゾッと寒気が走り顔を青ざめる。修行の内容を思い出して全身を震わせてしまう。
「ガハハ! 個々の実力も確かに疑問が残る部分はあるものの、なるほど、光るものはしっかり持っておるか! それでこそ『獣人族』だ! ガハハハハ!」
そこでレオウードはバリドの方に顔を向ける。
「どうだバリド? ワシはこの者たちには覚悟を感じたが?」
「…………そうですね。これなら決闘に出しても問題ないかと」
「だそうだ。しかし決闘までは一週間ある。それまではこのワシ自ら鍛えてやろう!」
「ほう、それでは決断されたんですね?」
ララシークの問いに、レオウードは力強く頷く。
「ああ、ともに勝利を勝ち取るぞ! アノールド! ミュア!」
またも豪胆に笑う彼を見て、アノールドとミュアは頬を引き攣らせる。
「と、とんでもねえことになっちまったな……」
「う、うん……でもこれで会える……よね?」
「……そうだな」
「……敵側なのは嫌だけど」
「そんなもん、アイツは気にしねえだろ?」
「あはは、そうかも」
「それに、レオウード様も、ヒイロのこと手に入れるとか言ってたしな」
「な、何かヒイロさんて凄い人に好かれたよね?」
「まあな。案外ミミル様の婿にとか考えて……ヒィッ!」
アノールドは、突然ミュアの背後に般若が見えたので悲鳴を上げる。当の本人も笑っているのだが、何と言うか物凄く嘘くさい笑顔だった。
「あはは……会うの楽しみだねおじさん?」
「あ……うん、そうだね」
ミュアの声に寒々しいものを感じて縮こまるアノールド。何故彼女がそんな態度になっているか分かってはいるのだが、それを追求すれば必ず飛び火がくるので自重したのだ。
(くそぉ、ヒイロの野郎覚えとけよ! でもま、確かに楽しみではあるよな。待ってろよヒイロ、お前の顔面は一発殴るって決めてんだからな!)
雲一つ無い快晴を見上げ、かつての冒険仲間だった日色に対し決意を込めたのだった。




