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95:最強との一席

「ふにゃあ~、まだ身体が痛いニャァ……」


 そう言いながら藁が敷き詰められた簡易ベッドの上をゴロゴロと寝返りをうつのは、《三獣士》の一人であるクロウチだった。

 日色との勝負に敗れ、今は捕虜として牢屋に放り込まれていた。


「う~やっぱりまだ毛も白いままニャし」


 自分の手を見つめながら、黒かったはずの体毛が、今は雪のように真っ白になっていることに溜め息を吐く。


「あんな大物を一気に呼び出した《反動》ニャねぇ……次の満月まではこのままかもニャ……」


 しかもただ体毛が白くなっただけではなく、明らかに体長も変化していた。

 黒かった時は身体つきも逞しく高身長な体つきだったが、今はまるで子供のような体躯に変化し、胸元も雀の涙ほどだが若干膨らんでいる。明らかに女の子だった。


「う~暇ニャ~」


 ゴロゴロと体を動かしていたクロウチは急にピタッと動きを止める。そしてある人物のことを思い出す。


「……ヒイロ……かぁ」


 自分と戦い、圧倒的な力を見せつけて敗北においやった本人を思い出す。


「赤ローブ……眼鏡……それにあのニオイ……」


 戦っていた時、日色のニオイが鼻に入り、それがある違和感を感じさせていた。


「ニャんでタロウとおニャじニオイがするのニャ?」


 以前戦った獣人のタロウ・タナカ。あの当時、まだレベルは低そうだったが、高い能力を持ち合わせ、自分にすら怖れずに向かって来る胆力が気に入った。

 だから部下にしたいと思ってそう提案したが、タイミング悪く仲間からの招集がかかったために別れることになったのである。


 そんなタロウに日色はそっくりだった。赤ローブに眼鏡、態度、そしてニオイまでも酷似していたのだ。

 だからこそ余計に混乱するのだ。

 まさか日色が、自分のようにコロコロと姿を変えることができるわけもあるまい。


「…………ああもう!」


 またもゴロゴロと身体を転がす。


「どうでもいいニャ! そんなことよりもう一度戦いたいニャ! ヒイロと会わせてほしいニャ~!」


 牢屋の中で甲高い声が響く。同じ牢屋に囚われている獣人たちは、「ああ、また癇癪起こしてるな」と呆れるような溜め息交じりの声が聞こえてくる。

 牢屋番をしている者も、そんなことが何度もあったのか、軽く諦めている雰囲気で肩を竦めているだけだった。だが注意をしないわけにはいかない。


「こら、もう少し静かにしていろ」


 少しだけ口調が優しいのは、クロウチの見た目が明らかに子供だからだろう。確かに敵だが、何もできない子供を一方的に憤怒の対象とするのは気が引けたようだ。


「う~ニャらヒイロ呼んできてニャ」

「それは無理だと前にも言ったろ? あの人はこの国の恩人にして、まさに英雄のような方だ。こんな場所にお連れするわけにはいかん」

「ニャ? ヒイロはそこまで人気なのかニャ?」

「まあな。あの戦いを直に見た奴らはみんなそう思ってるはずだ。それにあの人は一人で橋まで壊してくれたんだぞ? 俺たち『魔人族』のためにそこまでしてくれた人を英雄と呼ばず何て呼ぶんだ?」


 牢屋番の男は目を輝かせて、羨望の眼差しで遠くを見つめている。


「橋を!? 一人で!? す、すごいニャ……」


 クロウチは橋にかなりの戦力が防衛に当たっていることを知っている。そんな中に一人で突っ込み、橋を壊した日色の強さにクロウチも目を光らせている。

 男の言葉を全く疑わないクロウチもクロウチなのだが。彼の様子から本気で言っていると判断したのかもしれない。


「それに驚くことにあの人は『人間族』だったんだぞ?」

「……へ? 『人間族』ってどういうことニャ?」

「いやな、何でも変化の魔法が使えるらしくて、本来の姿は『人間族』らしいんだよ。いや~それにしても人間の中にもああいう人っているんだなぁ。【ヴィクトリアス】の人間とは大違いだ。あ、でもあの人も元は【ヴィクトリアス】出身……って言っていいのか?」

「……どういうことニャ?」


 クロウチの顔が真剣な表情になり、探りを入れているということは、恍惚な表情に陥っている男は気づいていない。むしろ自分の言葉に酔っている感じだ。


「何でもよ、あの人は勇者と一緒に召喚された人らしいんだよ」

「…………」

「まあ、勇者じゃないみたいだけどな。本人はただ巻き込まれてこっちに来たって言ってたけどな……っておい聞いてるか?」


 クロウチが返事をしないので気になっのか様子を確認してくるが、クロウチは先程と違い静かに藁の上で横になっていた。

 そんなクロウチを見てハッとなって冷静になる牢屋番。


「やっべえ。これって言って良かったことだっけ?」


 つい熱くなってしまい敵に情報を流してしまったことに焦っている。

 だが動かないクロウチを見て、寝たのかもと思ったようで、心の中でそのまま忘れてくれと願うように両手を合わし、そのまま仕事を継続した。

 だがクロウチが今の話を忘れるわけは無かった。

 何故なら今の話でヒイロとタロウが繋がったからだ。


(変化……そうニャ……やっぱり同一人物だったのニャ!)


 心の中で湧き上がってくる衝動に胸が躍る。

 そして先程よりも会いたいという思いがさらに増していく。

 それにもっと興味深い話も聞けた。


(異世界の住人……面白いニャ! ヒイロはホントに面白いニャ!)


 頬を紅潮させて笑みを浮かべる。


「ニャハハ…………ニャハハ…………ニャハハ…………」


 しばらく牢屋には彼女の笑い声だけが響いていたという。ちなみに牢屋番はその笑い声が何となく不気味で声を掛けなかったらしい。



     ※



 ――ゾクッ!?


 突然背中に寒気が走り読んでいた本を落とす日色に、リリィンが「どうかしたのか」と聞いてくる。


「いや、別に何も無い」

「そうか?」


 日色は今感じた寒気に、誰かが自分に対して意識を向けているのではと勘繰る。しかもそれが真っ直ぐな好意ならまだいいが、それとは歪な感じがしたのだ。


(……気のせいということにしておくか)


 そんな嫌な予感は払拭して再び本に視線を落としていく。

 日色たちが今滞在しているのは魔王城の一室である。大部屋を借りており、そこで過ごしている。イヴェアムからしばらくここで休息してみてはどうかと言われ、その申し出を快く受けたのだ。

 その理由は戦争事情に明るいということと、これが一番大きいのだが満足のいく料理が食べられるからだった。


 本を読みながらも、チラリと床の上に座り座禅を組んでいるニッキに目をやる。

 ニッキの身体を青い光が包んでいる。

 そしてその目前にテニスボールほどの大きさの球体が浮かんでいる。その球体とニッキの身体を包んでいる光は、細糸状になった光で繋がっている。


「乱れてるぞバカ弟子」

「は、はいですぞ!」


 ニッキの額からにはうっすらと汗が滲み出ている。目を強く閉じて歯を噛み締めている。表情はどことなく苦しそうに見える。


「ほう、ニッキもずいぶん魔力をコントロールできるようになったものだな」


 リリィンの言葉にニカッと笑ってニッキは顔を向ける。


 だが――バチィッ!


 突然ニッキの目の前にあった球体が弾けて、反射的に顔を背けてしまう。


「……やはりまだまだだな」


 リリィンは呆れた様子で肩を竦める。


「あぅ~……」

「集中力を切らすからだ。もう一度最初からやれ」

「は、はいですぞぉ……」


 日色に言われ力無く頷く。


「むむむぅ……」


 再び目を閉じて集中しだしたニッキを日色が見つめる。


(そういや、コイツを拾ってずいぶん経つな……)


 必死に魔力コントロールの修業をやらせているニッキとの出会いを思い出していた。


 ニッキは人間でありながら何故か魔界でモンスターに育てられた。そのモンスターがある日、別のモンスターに殺されてしまった。

 ニッキにとっては親を失ったも同然だった。

 その時にニッキを助けることになった日色は、ひょんなことからニッキに気に入られ、弟子にしてほしいと言ってきた。

 無論そんな面倒なことゴメンだと思った日色だが、何故か断ることができなかった。


(同情……なんだろうな。オレらしくもなかったが)


 あの時ニッキに感じたのは間違いなく同情だった。自分のことを縋るように見てくるニッキを見て、コイツを弟子にしてみるのも面白いかもしれないと思ってしまった。

 一度そう決めたら日色は後悔することはしないようにしている。自分で決めた選択を誰かのせいにして言いわけはしたくない。

 自分で考えて決断した以上は責任は持つつもりだった。そしてニッキを育ててやろうと思った以上、独り立ちできるまでは面倒を見ようと思ったのだ。


 そして魔界では人間の姿は目立つので、《文字魔法》で自分と同じ『インプ族』の姿にした。

 それにニッキが突然師匠との繋がりの証が欲しいというので、道着のような服に《文字魔法》を表す『文』という文字を入れてやった。


 すると何故かミカヅキまでもが同じようにしてほしいと言ってきたので、仕方無くニッキと同じようにしてやった。


(しかしアレだな、何でオレの周りにはチビッ子が集まるんだ? しかも幼女ばっかし)


 ニッキ、ミカヅキ、そして最後にリリィンに視線を向けた時、ギロッと凄まじい視線をぶつけられてきた。どうやら自分が馬鹿にされていると感じたみたいだ。


(……勘の良い奴だ)


 変わらずのポーカーフェイスだが、そのまま軽く息を吐き本に集中する。その時、部屋の扉が開いてうるさい奴らが帰って来た。


「ご主じぃぃぃぃぃん! ミカヅキかえってきたよぉぉ!」


 飛び込んで来たのでヒョイッとかわすと、


「ふにっ!?」


 そのまま床とキスをしてしまったミカヅキ。


「ふわぁ! い、いたいよぉ~! ひっどいよご主人! ギュッてしてよぉ!」

「黙れ。暑苦しいから抱きつくな」

「そうですぞミカヅキ! 師匠にギュッてされるのはボクだけですぞ!」

「ちがうも~ん! ギュッてされるのはミカヅキだもん! ニッキはしゅぎょーしてればいいでしょー!」

「な、何ですとぉ!」


 二人の不毛な言い合いを見て日色は大きく溜め息を吐く。


「ノフォフォフォフォ! 只今帰りましたお嬢様!」

「ああ」

「おほっ! そんな素っ気なくされるお嬢様にもわたくし感激ですぞ! ノフォフォフォフォ!」

「ヒイロ、鬱陶しいから《文字魔法》で黙らせろ」

「これは手厳しい! さすがにそれは手厳しいですぞ! ノフォフォフォフォ!」


 そんな変態執事であるシウバの隣にいるシャモエにリリィンは視線を向ける。


「情報収集ご苦労だったな。それで、今はどんな状況だ?」

「そ、それがですね……」


 シャモエは何か言い難そうに扉の方を見つめる。


「ん? 誰かいるのか?」


 すると扉からスッと誰かが入ってくる。日色もピクッと眉を動かし、リリィンに至っては険しい表情を作る。


「ほう、これは珍客だな。いや、オレらの方が客か」


 そう言うと、本をパタッと閉じる。


「少しお前と話をしたくてな」


 日色は突然の来訪者――アクウィナスを見つめると少し探るような目で彼を見つめる。

 リリィンはリリィンで明らかに不機嫌ムードを露わにしている。先程まで笑っていたシウバも警戒するように佇んでいる。


「オレと? 二人でか?」

「ああ」


 ダンと床を踏みつける音がして、それがリリィンの仕業だと気づく。


「ふざけるな……言ったはずだぞ、縛るなと」


 明らかに敵意を向けているリリィンを見て、日色も少し目を見開く。


(知り合いかもしれないと思っていたが、それ以上な感じだな)


 そこでハッとなって思い出す。それは彼女たちの名前だった。アクウィナスの《ステータス》を見た時、妙に違和感があった。ここでようやく思い出した。


 リリィン・リ・レイシス・レッドローズと、アクウィナス・リ・レイシス・フェニックス。リ・レイシスという名前が同じだった。


(それに改めて見れば、この二人…………似てるな)


 赤い髪もそうだが、特に目元が似ている。そして同じような雰囲気も持っている。日色は彼女たちの関係性を推測していると、二人は互いに視線を合わせて話し出す。


「安心しろ。別に縛るつもりなどない。今回ここへやって来たのは、単純に彼と話したかったからだ」

「……ホントか?」


 疑わしそうに彼女の目をアクウィナスは見返しているとフッと息を吐く。


「まあ、少し頼みごともあるにはあるがな」

「ほら見てみろ。どうせ厄介事なのだろう? そんなもの貴様らだけで解決すれば良いのだ!」

「それでもいいが、そうすると彼との約束を果たせなくなるかもしれない可能性がある」


 その言葉に黙っていた日色も反応する。


「どういうことだ?」

「話の続きは、二人でだ。どうだ、受けるか? それとも受けないか?」

「くっ! 卑怯だぞアクウィナス! そんな言い方すればヒイロは……!」

「ああ、受ける」


 あっさりと日色は受け入れた。


「ああもう! ほらこう言うに決まっておるのだ!」

「お嬢様、落ち着いてくださいませ」

「ええい! これが落ち着いていられるかぁ!」


 シウバの窘めも効果無く、リリィンは口を尖らせている。しかし驚いたことに彼女を注意したのは日色だった。


「赤ロリ、コイツとの間で何があったか知らんが、ここはオレが決めるものだろ」

「し、しかしなヒイロ、この男は……」


 日色はサッと手を上げて、それ以上は喋るなという仕草をする。


「実を言うとコイツの頼みごととやらも予想できてる」

「そ、そうなのか?」


 リリィンは瞬間にキョトンとなる。アクウィナスは「やはりな」というような感じで納得顔を作っている。


「ああ、だからお前らはここで待ってろ。行くぞ赤髪」

「分かった」


 そうして出て行こうとしたところ、


「お、おいヒイロ」


 日色が足を止め「何だ?」と聞く。


「貴様のことだから大丈夫だとは思うが…………何かあったら知らせろ」


 それは暗に、動けない状況になったらミカヅキやニッキに施してある《設置文字》を発動させて知らせろと言っているようだ。

 日色は視線だけを動かして仲間たちを見る。そこで視線を落とすと、不安そうにこちらを見ているニッキとミカヅキがいた。


 トン……トン……と、二人の額を人差し指で突いて言う。


「大人しく待ってろ」


 日色の言葉に安心感を覚えた二人はニカッと頬を綻ばせる。そして日色はアクウィナスに連れられて部屋から出て行った。







 アクウィナスに案内されたのはどうやら彼の自室のようだ。テラスには丸いテーブルがあり椅子もちょうど二つあった。

 席を勧められたので黙って腰を下ろした。


「飲めるか?」


 アクウィナスがワインが入っていそうな瓶を見せてくる。


「悪いが酒の美味さが分からないんでな」

「フッ、これはずいぶん損な人生だな」

「おい、酒が飲めなくてもオレは人生楽しんでるぞ?」

「そうか? まあ、騙されたと思って飲んでみろ。不味かったら置いておけばいい」


 そう言いつつグラスに瓶を傾けてく。赤ワインのような色をした液体が注がれていく。


「一応言っておくが毒などは入っていない」

「そんな心配はしていない。これから頼みごとをする相手に毒を盛るメリットが無いからな」


 日色はグラスを持って、少しだけ口をつけてみる。


「ん……ん?」


 少し意外な気分だった。あまり苦くなく、どちらかというと甘さがあり飲み易かった。


「どうだ? あまりアルコールは強くないはずだ。口に合ったか?」

「思ったよりは悪くなかったな」

「それは重畳だ」


 アクウィナスも同じように腰を下ろす。そしてグラスに注がれた酒を喉に流していく。カタッとグラスとテーブルに置くと静かに口を開く。


「ヒイロ」

「……何だ?」

「礼を言う」

「……?」


 すぐに頼みごととやらの言葉を聞くと思っていたので、突然の感謝でつい言葉を漏らした。


「……何の感謝だ?」

「いろいろだ」

「いろいろ……か?」

「ああ、いろいろだ」


 恐らく今回戦争参加したことを言っているのだと日色は思った。

 だがそれはイヴェアムとの契約であり、一種の仕事だ。別段感謝される覚えは無い。こちらとしても対価をしっかり払って貰えればそれでいいのだ。


「戦争参加……だけのことではないぞ?」


 こちらの考えを見通したように言ってくる。


「なら何だ?」

「…………姫……陛下のことだ」

「頭がお花畑の魔王(笑)のことか?」

「フフ、お前だけだな。一国の主をそのように言うのは」


 咎めることも無く、それよりも楽しそうに頬を緩めている。


「ああそうだ、その陛下のことだ」

「……何もしてないぞ?」


 強いて言えば彼女の怪我を治したことだ。だがそれも彼女が死ねば、せっかくの図書館への道が閉ざされると思ったからだ。


「いや、お前のお蔭で陛下はまだ望みを持ち続けていられる」

「…………」

「今回の戦争、本来ならこちらにも相当の被害が出ていたはずだ。だがお前の活躍のお蔭で、国の被害は最小限に抑えられた。それにだ、陛下が戦う決断ができたのも、お前のお蔭だ」

「オレはただ一般論として説明しただけだ。それに、あの提案のことを言ってるなら感謝はお門違いだ。あんなものただの思いつきだ。実行する方も、それを受ける方も普通はいるとは思えない」

「だがそれは実行され、相手は受けた」

「……ホントにこの世界の王はどうかしてる」

「……だな」


 アクウィナスは再びクイッとグラスを傾ける。


「……ふぅ、だが陛下が陛下らしく、その道を突き進むことができる。そうさせたのはお前だヒイロ」


 互いに視線を合わせる。


「陛下は傷ついている。長年傍にいた側近に裏切られてな。さらに会談も失敗に終わった」

「……」

「だがまだここにはお前がいる。何故か陛下はお前のことを全面的に信じている。今、陛下の心の支えには、お前という存在も入っている」

「ありがた迷惑だが?」

「フッ、そう言うな。ああ見えて初心な少女だ。思慮もまだまだ浅い。だがお前と同じように、どこか人を惹きつける何かを持っている」

「オレにそんなものあるとは思えないが?」


 それは本当のことだった。


「そんなこと言うと仲間たちが怒ってくるぞ?」

「何故だ?」

「…………」


 さすがのアクウィナスも目をパチパチと信じられないものを見るような態度をする。


「……ヒイロ、お前鈍感と言われたことが無いか?」

「あ? 鈍感? ん~そういや赤ロリや変態に言われたことはあるな」

「赤……ロリ? へ、変態?」

「赤ロリはお前を睨んでいた幼女のことだ。変態はその執事のジジイ」

「…………くっ」


 するとアクウィナスが顔を背けて全身を小刻みに震わせ出した。


「……?」


 何だコイツと思いながらしばらく見守っていると、元に戻ったのかどことなく清々しい表情をしたアクウィナスがこちらを見てくる。


「やはり面白いなお前は。あのリリィンに気に入られるわけだ」

「意味が分からんが?」

「フフ、まあその話はいい。陛下のことだ」

「あ、ああ」

「とにかく陛下は決断した。戦うことをな」

「そうか」

「今まで決して戦わない選択をしてきた彼女が、ようやく現実を見るようになった。それもお前という存在のお蔭だ」

「戦わない選択ねぇ。まあ立派な考えって言えばそうだな。綺麗な言葉だ」

「ああ、綺麗な言葉だ」

「けど、それは現実じゃ難しい。特に今の時代で王という立場にあるなら尚更な」

「その通りだ」

「まあ、少しでも現実を見れるようになったのならいいんじゃないか? 一応成長したって言えるだろ」

「ああ、だが問題はその決断が結実するかどうかだ」


 つまり、今回獣人と戦い勝たなければ意味が無いと言っているのだ。


「なるほどな。お前の頼みごととやら、どうやらオレの考えていた通りのようだな」

「ほう、聞かせてもらおうか?」

「参加しろ……ってことだろ? 獣人との決闘に」

「…………」


 まさしく沈黙は肯定という意味で受け取れた。というよりも日色はこの状況を、イヴェアムに戦い方を提案した時にはもう予測していた。

 そしてこうしてアクウィナスが頼みに来たのは意外ではあったが、参加の申し出に来るとは思っていた。


 確実に勝つため。そう考えれば誰だって日色の戦力に目が向く。部外者に違いない日色だが、その実力を見て傍にいるのに使おうとしないのは逆におかしい。

 それに日色にも考えがあってこの状況を覚悟していたのだ。この戦争を早く終わらせて、《フォルトゥナ大図書館》を開放してほしいというのが一番の思いだ。


 しかしそれとは別に日色はリリィンの夢を応援すると確約していた。彼女の夢は【万人が楽しめる場所】を作ること。

 それには今の世界情勢では不可能だ。だからこそリリィンは、新しく国を作り、そこを夢の場所にしようとしているのだが、それもまだ目途が立っていない。

 だがいつまでも動かないままだと、百年経っても実現できない可能性が高い。


 ならばと日色が考えたのは、既存の国を利用すること。

 この世界には三つの国があり、どれも巨大で歴史のある国家だ。しかし互いに憎み合い争いばかり続けている。それでは一つに纏まることなど永劫来ない。

 だったらどの国でもいいから、他の国を手中に治めればいい。それでいて自由権を与えてやれば反発だって制御できる可能性が高い。


 支配や隷属などではなく、自由と友好を求めるのだ。ただしそれには他の国と決着を着けなければならない。それがどんな方法になるかはまだ分からないが、双方納得のいく案に則り、決着を決めればいいのだ。

 そこで日色は『人間族』に対しては、どうやって近づけば良いかまだ考えていないが、『獣人族』ならばと思って提案したのが決闘だった。何となくあの獣王なら乗ってくるのではないかと思ったのも大きな理由だ。


 それに獣人は力こそ全てという考えを持っている節がある。ならばその力を納得のいく形で示して、上手くいけば妥協線を双方が引けると思ったのだ。

 そうして【魔国】が勝てば、【獣王国】を手に入れることができる。手に入れると言っても、これでようやく本当の同盟への足掛かりになるという意味だ。

 そうすれば少なくとも後は『人間族』さえ何とかしてしまえば、リリィンの言う夢も実現に大きく近づく。


 無論いろいろ不安定で賭けの部分は山ほどあるが、それでも今自分ができることは、【魔国・ハーオス】を勝たせることだ。

 だからこそ――。


「いいぞ。『獣人族』との決闘、オレも出てやる」


 この言葉は前もって用意していたのだ。







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