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94:魔王からの提案

 現在【魔国・ハーオス】では久々に魔国会議が行われていた。

 だがそこにはいつもいた顔ぶれから欠員が出ている。

 魔王イヴェアムの側近だったキリアはイヴェアムを裏切り、そして《序列六位》のグレイアルドは戦死した。

 今この場にいるのは魔王と《魔王直属護衛隊》の四人だけだ。


「皆、こうして集まってもらったのは今後のことを決断するためだ。それと現況を正確に把握するためもある」


 イヴェアムの言葉に四人はそれぞれ頷きを返す。


「しかしその紙に書かれた内容は真実なのですかな陛下?」


 マリオネがイヴェアムの前に置かれている一枚の紙に視線を向けながら言う。

 その紙はテッケイルがジュドムに託したものだった。

 そしてそれを受け取った日色から、イヴェアムが直接手渡されたものだ。


「ああ、テッケイルの魔力を感じるし間違いない。それに今、テッケイルと連絡が取れん。恐らくここに書かれてある通りテッケイルは囚われている。そして彼を捕らえたのは――」


 厳しい顔つきをして重苦しく唇を動かす。


「先代魔王、アヴォロス・グラン・アーリー・イブニングだ」


 「馬鹿な!」と、ドンとテーブルを叩いたマリオネが続けて発言する。


「それだけは何かの間違いでしょう? 先代魔王の死体はこのワシとアクウィナスが確認したのですぞ? どこにもおかしなところは無かった。そうだろアクウィナス?」

「……ああ」

「『魔人族』が持つ第二の心臓ともいうべき《魔核》も破壊されていました。アレではもう復活などできはしませんぞ」

「それはそうだが…………アクウィナスはどう思う?」


 イヴェアムはアクウィナスに視線を向ける。


「……確かにこの目で死を確認した。アレは間違いなく死体だった。キリアの作るような人形でも無かった」

「そうですぞ。こやつの目をかい潜り、死を偽装することなどあの場ではできなかったはずなのです」


 マリオネの言葉からアクウィナスの目を相当信頼していることが分かる。


「では、テッケイルが何か見間違いをしたとでも?」

「それしかありますまい」

「国一番の諜報屋だぞ? それにああ見えてテッケイルはお前たち二人に次ぐ《序列三位》だ。そのテッケイルを生け捕りにするなど生半可な者ができることではないはずだ。それこそ、お前たちクラスではないとな」

「む、むぅ……」


 正論に言い返せずマリオネは唸る。


「それにだ、イーラオーラがあの方と言っていた存在、そして会談のために作られたと言っていたキリアの裏にいる存在。私にはその存在が繋がっているような気がするのだ」


 それはこの場にいる誰もが感じていることなのか反論は無かった。


「しかしそれが先代魔王とは限らないでしょう。その紙にも、その可能性が高いとしか書いていなかったではありませんか」

「確かに、この紙にはテッケイルがその考えに至った経緯についてしか書かれてはいない。だが彼が見たと言っているのだぞ? 死んだはずの――――テリトリアルの顔を!」


 場がシーンとなる。それだけ彼女が言った言葉には重みがあったということだ。


「テリトリアル……先代魔王の右腕か」


 アクウィナスがその沈黙の空間を破るように口を開いた。


「今で言えば陛下とキリアのような間柄だったな」

「あ、ああ……だが彼は兄が死ぬずいぶん前に死んだ。いや、殺された。他ならぬ兄自身の手によってな!」


 またも場が静まる。


「もし、死んだ者を甦らせ、使役することができるのであれば、それは先代魔王しかいないだろうな」


 アクウィナスの呟きに皆が視線を向ける。


「そう、《至極(しごく)死霊使い(ネクロマンサー)》であるアヴォロスだけだ」


 ゴクリと皆が喉を鳴らしている。


「もしテッケイルが見たテリトリアルの姿が死人を操ったものだとしたら、それは間違いなくアヴォロスの仕業だろう。それにテリトリアルほどの強者なら、テッケイルが敗北したのも頷ける。何と言ってもテリトリアルはテッケイルの師だったのだからな」


 テリトリアルという人物はテッケイルの師匠だったのだ。いや、親代わりのような存在といってもいい。幼い頃両親に先立たれたテッケイルは、ある日テリトリアルに拾われて養子になった。

 テッケイルは全てをテリトリアルに教えられた。

 そしてそのことは、ここにいる誰もが知っている。その彼が、テリトリアルの顔を見間違うはずなどないのだ。


 だがそんな死んだはずのテリトリアルが生きて、しかも息子も同然のテッケイルを捕らえる。そんなことができるのは、誰かに操られているとしか思えない。

 そして死人を操ることができる人物は今まで一人しかいなかった。それが先代魔王のアヴォロスだけなのだ。


「アクウィナスの言う通りだ。恐らく兄は……アヴォロスは何らかの方法で死を偽装し、今日まで生きてきたのだ。そして目的が何なのか分からないが、この戦争を企てたのもきっと兄だろう。奴ならそれくらいしても不思議では無い」


 身内のはずなのにイヴェアムは辛辣に言葉を継げる。その表情には悲しみよりも嫌悪感を浮かべている。


「そして、今後間違いなくアヴォロスは表立って動いてくるはずだ。理解できない己が欲望のためにな」

「……キリアも……最初から先代魔王についていたのかしら?」


 シュブラーズが疑問を口にするが、キリアの名前が出てイヴェアムは暗い表情を落とす。


「……分からない」

「陛下……」


 心配そうにシュブラーズが呟く。


「キリアは……キリアは私が幼い頃からずっと傍にいてくれた。まさか作られた存在などと……誰が思えたか……」


 拳を握りフルフルと小刻みに震わせている。


「ヴァルキリア……奴はそう言っていたな」


 アクウィナスの言葉に、力無くイヴェアムは頷く。


「遥か昔のことだ。まだここに国が無かったほどの時代。初めて魔王を名乗った女がいた。その者は国を作るために多くの同胞を集めた。だが国を作る知識も知恵も、その頃の『魔人族』には無かった。簡単に言えば知能が低かったのだ。唯一賢人だった初代魔王は、皆に一つ一つ丁寧に教えるのも時間が掛かり過ぎると考えた」


 皆がアクウィナスの語りに耳を傾けている。マリオネでさえ初めて聞く話に聞き入っている。


「そこで初代魔王は、自分と同じ存在を幾つも作れば、国造りはスムーズに進むと考えた」

「ま、まさか……」


 イヴェアムは目を見開きながら言葉を漏らす。


「それは、《ヴァルキリア・シリーズ》と呼ばれた。魔王の分身のような彼女たちはとても優秀だった。それほど数は生み出せなかったみたいだが、彼女たちが民たちを指揮して国造りは進んでいく。そしてできたのが【魔国・ハーオス】だ」

「そのような話は初めて聞いたぞ? 文献などには初代魔王が民たちを指揮して建国したとしか書いておらんかったはずだ」


 マリオネの言葉にアクウィナスが答える。


「そうだろうな。何の問題も起きなければ、歴史として彼女たちの存在は残されたはずだ」

「も、問題だと?」

「ああ、建国してまもなく、ある事件が起こった」

「事件……?」


 イヴェアムが不安気に尋ねる。


「一体のヴァルキリアが何の前触れもなく暴走し始めたのだ」

「暴走?」

「ああ。その暴走は凄まじく、手当り次第に破壊し尽くしていった。しかも暴走は一体に止まらず、全ての《ヴァルキリア・シリーズ》に及んだ。考えても見ろ、知恵もあり力も絶大である魔王の分身とも呼ぶべき人形が、全て破壊衝動にかられる。どうなるかは分かるだろ?」


 それはまさに地獄絵図となるだろう。


「ど、どうしてそんなことになったのかしら?」


 シュブラーズが頬を引き攣らせながら聞き返す。


「簡単に言えば魔力暴走だ」

「魔力暴走?」

「そうだ。確かに魔王の分身たちは優秀だった。しかしその器に魔王の力は大き過ぎたのだ。最初の頃はまだ安定してはいたが、器は次第に大き過ぎる魔力に耐えられず悲鳴を上げる。そしてとうとう器が崩壊した」


 それはまるでダムが決壊するかの如く凄まじい破壊力となる。


「無論それを黙って見ているわけにはいかない魔王は、彼女たちをその手で破壊した。分身とはいっても、魔王が持つ能力全てを持っているわけではないからな。ヴァルキリアたちは魔王に滅ぼされた。だがその代償は高いものだった」


 何故ならその戦いで国が滅んでしまったのだから。国民たちもほぼ壊滅した。


「そ、そんなことが……?」


 イヴェアムも悲痛そうな面持ちだ。


「それから魔王は《ヴァルキリア・シリーズ》の存在を封印した。無かったことにしたのだ。それから彼女は時間を掛けて同胞を再び集めて国を造った。正真正銘、自らの手でな」

「魔王は自らの行いを後世に残さないために隠蔽したということか?」

「ああ」

「勝手過ぎではないか? 自分で彼女たちを生み出しておいて、そのせいで民たちを傷つけて、さらに彼女たちまで……その上、自分の行いを隠蔽するなどと……」


 イヴェアムは怒りに身体を震わせている。あまりに勝手な初代魔王が許せないのだ。


「陛下の言うことも尤もだ。しかし隠蔽した理由は他にある」

「え……他?」

「《ヴァルキリア・シリーズ》のような危険な存在を世に残さないことだ。魔王の知識をもってしても完成させることができなかった存在。不完全なヴァルキリアを作ればまた悲劇が生まれてしまう。好奇心だけで作っていいものではないと判断した魔王は、その作り方もヴァルキリアも全て闇に葬った」


 確かに誰にも制御できない危険なものの作り方を世に残すのは問題がある。また魔王は自分が完成できないのに、他人が完成させることなどできないと思っていたのだ。

 だからこそ、誰かが不完全なヴァルキリアを生み出して止めることが出来なくなった時のことを恐れて初代魔王はその作り方を後世に残さなかったのだ。


「むぅ……」


 イヴェアムは先程の見解が外れていたことに恥ずかしい思いをしたのか顔を俯かせている。だがそれでも民たちを巻き込んだ事実は何らかの形で世に残すべきではないかと思っているようだ。

 それを教訓に後の者がより良い政策をしていけると考えている様子である。


「だが確かに不安が残るものを後世に残すことに疑問を持つのは分かる。しかし現にキリアは……存在している」

「陛下の言う通りだ。俺もキリアからヴァルキリアと聞いてさすがに驚いた。考えられるのは……」

「アヴォロスが?」


 イヴェアムの言葉にアクウィナスは頷く。


「どこで製法を知ったのかは分からんが恐らくは……な」

「だが何故貴様はそんなことを知っているのだ?」


 マリオネの疑問も尤もだ。皆の視線も彼に向く。アクウィナスも思わせぶりにフッと息を吐いて目を閉じて口を開く。


「……国民も全てが滅んだわけではない。数えるほどだったが確かに生き残った者もいた。俺はその繋がりを持つ者だということだ」


 つまり生き残りに聞いたのか、その子孫に伝わった話がアクウィナスの耳に入って来たのだろう。


「そうか……だがキリアにそのような事情があったとは……」

「知らないのも無理は無いだろう。俺も……話だけ聞いただけだ。恐らく国の中で知っていたのは俺だけだろうしな」

「むぅ、陛下、アクウィナスの話が真実としても、事態は変わらないですぞ。それよりも今は直前の問題である戦争についてです。捕虜の扱い、どうなさるおつもりですか?」


 マリオネが、捕らえた捕虜を使って、膠着状態の現況からどう行動するのか尋ねる。


「あ、そうだな。まずはそのことを決めなければな」


 イヴェアムは彼らに目配せすると大きく息を吐く。


「今回、お前たちに魔界に入り込んだ『人間族』と『獣人族』を捕縛してもらった。だが私は捕虜とした者たちの命を奪おうとは思っていない」


 その考えを他の四人はもう知っていたかのように誰も何も言わない。マリオネも不機嫌面をしているが黙っている。


「私は捕虜たちの解放を理由に、不可侵条約を結ばせようと思っている」

「ほう、そこは同盟ではなく……か?」


 少し嫌味の含んだ感じで言うアクウィナスをギロッと睨みつけるイヴェアム。


「この状況で同盟などできるわけがないことはさすがの私でも分かっている。だから今は魔界の平和だけを優先することにする」

「だけど陛下ぁ~、相手がその条件を飲むとホントに思ってるのぉ?」

「そうです。相手はこちらを裏切った『人間族』と、奇しくも前回の戦争で誇りを傷つけることになった『獣人族』ですからな」


 シュブラーズとオーノウスがそれぞれ言う。

 半年以上前に、『獣人族』とは一度戦争になった。

 イヴェアムが橋を落としたことで即終結はしたが、その時彼らのプライドを傷つけてしまったことはイヴェアムたちも認めている。


「恐らく……『人間族』については無理だろう。あの国王では、幾ら捕虜を理由にしたところで見捨てる可能性の方が高い。何と言っても彼らの切り札だったはずの勇者をあっさりと捨て駒にしたのだからな」

「ん~なら『獣人族』だけに交渉するのぉ?」

「ああ、彼らは絆を何より重んじる種族だ。可能性は低いかもしれないが、もしかしたらということもある」

「あの獣王相手に無駄のような気もしますがな」


 マリオネが頭を微かに横に振りながら話す。


「奴らは確かに絆を重んじます。しかし戦いに尻尾を巻くようなことを今までしてきてはおりません。戦いに勝つためなら進んで命を捨ててきます」

「だが今回は仲間がいるのだぞ?」

「それでも止まらないでしょうな。奴らは血に飢えている単細胞どもですから」


 マリオネから殺気が漏れる。やはり獣人が憎いのだろう。無理も無かった。彼の妻と子が獣人に殺されているのだから。


「……だがそれでも私は勧告はする」

「それでも止まらなかったらどうなさるおつもりですか?」


 イヴェアムは目を閉じて口を一文字に結ぶ。皆も彼女から言葉が発せられるのを待っている。そして彼女の口が開く。


「その時は…………戦おう」


 その言葉にマリオネは虚を突かれたように固まっている。いや、マリオネだけではない。アクウィナス以外の者全員がポカンとしている。

 まさかイヴェアムの口から戦うという言葉が出るとは思っていなかったのだ。


「へ、陛下? 戦うの意味分かってるぅ?」


 シュブラーズが唖然としたまま尋ねてくる。


「ああ、もしこちらの要求が受け入れてもらえなければ、もう戦う道しか残っていない。橋を壊したからと言っても、それは戦いを先延ばしにしただけで不安が消えたわけではない」

「そ、そうよねぇ~」

「このまま見過ごしていつまでも相手を信じて待つだけでは何も変わらないことを理解させられた」


 それは今回のことでハッキリと学んだようだ。相手を手放しで信用してるだけでは駄目だということを。


「だからもし、要求が通らなければ戦う。その上で、相手を制して我らの懐を感じてもらう! 我らが本当に平和を望んでいるということを!」

「力ずくで……ですかな?」


 マリオネの言葉に歯を噛み締めながらも頷く。


「ああ、だが極力殺しはしたくない……だから彼らには捕虜の一部解放と同時にある提案に乗ってもらうことにする!」


 その場にいる者は彼女の提案を聞いて言葉を失ったように固まっていた。



     ※



 何やら難しい表情をして天幕に帰って来たレッグルスを見て、レニオンは首を傾けていた。


「どうしたんだ兄貴?」

「む? ああ、ユーヒットがいないのだ」


 ユーヒットというのは【獣王国・パシオン】が誇る頭脳の持ち主であり、《化装術》を編み出すきっかけになった《名も無き腕輪》の作者である。


「はあ? あのマッド野郎がか?」

「ああ、彼はここに配備されていたはずなのだがな」

「何であの野郎を探してんだ?」

「いや、彼ならば魔界へ渡る術を考案してくれると思ってな」

「ああ、なるほどな。まあ奴のことだからそのうちひょっこり現れんだろ」

「そうだな。彼は神出鬼没だからな」


 ユーヒットはいつも突然現れたり、どこかへ消えたりするのであまり気にはしていないようだ。こんな状況でもマイペースな彼には辟易する思いのレッグルス。


「ところで親父は?」

「他の天幕へ行っている。怪我を負った者たちに声をかけているのだろう」

「ふ~ん、相変わらず仲間思いなこって」

「それが我らの強みだろ」


 そうしてしばらくその場で待機していると、兵士が物凄い勢いで天幕に入って来た。息を乱しながらかなり慌てている様子だった。

 何故それほど慌てているのか理由を聞くと、『魔人族』から書簡が送られて来たというのだ。


 二人は一瞬顔を見合わせた後、慌てて獣王レオウードのもとへ駆け出して行った。


「おお、来たかお前たち」


 その声色に何故か二人は違和感を感じた。何故なら彼の表情が少し緩んでいて、楽しそうな雰囲気が声に乗っていたからだ。


「父上、それが例の?」

「ああ、読んでみろ。面白いことが書かれてある」


 そう言って手渡された書簡を読んでレッグルスは「何だコレはっ!?」と思わず声を張り上げてしまった。

 無論レニオンもその内容に興味が惹かれ、レッグルスに説明を求めた。そして彼からその説明を聞き同じように驚愕の表情を浮かべた。


 まずは捕虜の解放を理由に不可侵条約の締結を求めてきている。これはレオウードたちも予想していた内容だったので驚きは当然無かった。

 問題はその要求が通らなかった場合のことだ。


 もし要求が通らない場合は戦いで決着をつけるとのことだった。甘い魔王にしては少し驚くべき答えだったが、それよりも息を飲んだのはその戦い方だった。

 書簡にはこう書かれてある。



『今そちらの戦力は限り無く少ないだろう。このまま殲滅戦をやったところで、双方に多大な損害が出るだけで、こちらとしてもこれを益としない。ならば、兵士や民を下手に傷つけるのではなく、双方納得のいく戦い方を選択するべきだ。貴公らは以前、こう言ったことがあるはずだ。我らを制したくば力をもって成してみよと。であるならば、こちらも見せよう。我々の力をもって、貴公らを懐へ収めてみよう。貴公らが誇る最高戦力と、こちらの誇る最高戦力との対決で勝敗を決めようではないか。詳しい戦い方はそちらに譲ろう。数も無論合わせる。了承頂けるのならば捕虜も一部解放する。だがこれが最大の譲歩である。もしこの要求も拒否するというのならば、我が『魔人族』の全力をもって殲滅戦をすることも辞さない所存である。無論、戦わずに済むのならそれが一番なのだが。良い返事を期待する』



 その場にいる誰もがレッグルスの説明を聞いてポカンとしている。あまりに理不尽な内容にではない。あまりにこちらに分がある内容だったからだ。

 確かに書簡に書かれてある通り、このまま戦えば殲滅戦になるだろう。そして恐らく数からもいって敗北の色が濃い。死が多く積み重なっていくことは誰もが想像できる。


 だがこの戦い方であるならば、兵士たちはもう無闇に傷つくことは無い。しかも詳しい戦い方をこちらが選べるということは、明らかにこちらに有利に働く。

 どう考えても『魔人族』には不利な条件にしか思えなかった。相手は別にこのまま捕虜など皆殺しにして、残っている戦力を叩き潰しにくれば問題は無いのだ。

 それなのに何故と皆々が首を傾げる。


「ガーハッハッハッハ! まったく、これは一本取られたわい! まったくもって珍妙なことを言ってくる! ガーッハッハッハ!」


 レオウードは心底面白そうに笑っている。


「ち、父上! 笑っている場合ではありません! どうなさるつもりですか!」


 レッグルスの質問に笑みを浮かべたまま答える。


「どうなさるも何も、こちらにとっては都合が良い話ではないか!」

「しかし、これが罠である可能性もあります!」

「いや、それは無いだろう」

「な、何故ですか?」

「そんなことをしなくても普通に戦えば勝てる戦だからだ。どう考えてもこちらが不利だしな」


 今はもう『人間族』も撤退しているので、数で押されれば明らかに分が悪過ぎるのだ。


「それに魔王は甘いと言っただろう? 恐らくこの内容に偽りは無いだろう。まあ、ほとんどはワシの勘によるものだがな!」

「か、勘などと……」


 呆れ混じりに息を吐くレッグルス。


「それに最高戦力と最高戦力との対決……フフフ、これほど胸躍る提案は久しぶりだ!」

「ち、父上……」


 その時、レッグルスの肩にポンと手が置かれる。


「兄貴、幾ら言ってもムダだっての」


 レニオンだった。だが彼も愉快そうに笑っている。


「面白えじゃねえか。このまま戦争に出て散るのも良いと思ったが、そういう戦い方で決着をつけるってのもそそられる」


 彼の表情を見てレッグルスは一人項垂れる。あまりに好戦的過ぎる二人に対し頭を左右に力無く振ってしまう。


「ガハハ! そんな顔をするなレッグルス! ほら、見てみろ」


 レオウードは顎をしゃくりながら前方に視線を促す。そこには膝をついて臣下の礼をとっている《三獣士》のバリドとプティスがいた。


「お、お前たち……」

「我らも全力をもって勝利を勝ち取りましょう」


 バリドの言葉にコクコクと頷きだけを返すプティス。やる気は抜群のようだ。


「……はぁ、分かりました。本当にやるんですね?」

「ああ、それにこういう戦いなら、アイツも参加してくれるかもしれんからな」


 顎に手をやり楽しそうに笑みを作る。


「アイツ?」

「まあ、異論を持つ者もいるだろうが、この戦い、我らにも勝機は大いにある!」

「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 兵士たちも乗り気なのか腕を高く上げて声を張り上げている。


「兵士たちよ! 我らを信じて後は任せよっ!」

「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 こうして極めて異例な戦争形式である『魔人族』と『獣人族』の、互いの最高戦力同士のぶつかり合いが決まった。



     ※



「そうか、相手は飲んでくれたか…………良かった。一先ずは良かったと言えるな」


 イヴェアムは獣人からの返事を聞いてホッとしていた。これで双方に必要以上の死が増えることはなくなった。無論勝負に負けてしまえば『魔人族』たちがどうなるかは分からない。

 一応勝負には《契約の紙》を使って約束事を決め、その中には敗者を無闇に殺すようなことはしないようにと契約させるつもりだが、それでも負けたら今までの生活が無くなる可能性は高い。


 敗北した側は、勝者の懐に入る、すなわち配下同然のような形になるように提案するつもりではある。だがこの約束事も完璧ではない。命を捨てて裏切る可能性もあるのだ。

 だがその不安をアクウィナスが除去する。


「彼らは一度決めたことを破りはしない。それが獣人の誇りだと思っているからな。だから今まで彼らが誰かを裏切った話など聞かないのだ。少なくとも、今の獣王が要求を飲めば、感情的にはどうであれそれに従うだろう。それにこちらが勝ったところで、陛下は彼らを抑えつけるつもりなど無いのだろう?」

「当然だ」

「なら不満もそう溜まるまい。後は時間をかけてこちらの真意を分かってくれるように接していけばいいだろう」

「そうか……ああ、そうだな」

「だがそのためにも、この勝負は必ず勝たなければならん」

「ああ、その通りだ。正々堂々、真正面から彼らを破って見せる!」


 拳を強く握り締める彼女を見てアクウィナスはフッと頬を緩める。


「しかし、まさかこのような方法を選ぶとはな。マリオネなどは開いた口が塞がらないような表情をしていたぞ?」

「はは……実はな、この方法はその……ヒイロが……」

「ヒイロ?」

「あ、ああ」


 彼女が今回獣人に対して要求した内容は、日色が考え出した案でもあった。

 彼女が日色と話していた時、ふと彼女がこの戦争でどうにか穏便に事を収めることができないかと漏らしたことがあった。


 その時は鼻で笑われ馬鹿にされた。何を甘いことを言っているのだと一笑された。無論彼の言ったことが正しいと分かっているのだが、それでも納得ができずつい怒ってしまった。

 しばらくむくれている彼女に対して、日色はこう言った。


『誰も傷つかない戦争なんてあるわけがない。傷ついてほしくないなら、戦争を起こさないようにするべきだ』


 それは当然のことだ。彼女もそうさせないために努力したと言った。


『一度起きた戦争は確かに無傷じゃ止められないだろうな。だが相手次第では被害を限り無く少なくすることはできる。まあ、一種の夢物語というか、熱血漫画のような愚案だけどな……』


 そう言って少し言い難そうに今回の方法を教えてくれた。


「ほう、こんな馬鹿げた提案はヒイロのものだったか」


 得心がいったような表情を浮かべる。


「だがよく決断したな」

「……仕方が無いだろう。このままでは本当にどちらかが滅びるまで戦い続けることになってしまう。それだけは絶対に駄目だ。ならば相手の土俵でその上を行けば、こちらの言葉を聞いてもらえると思ったのだ」

「……なるほど、相手が獣人ならではの方法ということか」

「ああ、この方法なら確かに無傷ではないが、最低限の被害で済むはずだ。それにこちらは相手と違って明らかに分の悪い提案をしているのだ。もしそれに敗れたとしたら、相手は何も言えまい」

「フッ、なかなかに強かだな。それもヒイロが?」

「う、うむ、まあな」


 バツが悪そうにそっぽを向く。


「まあ確かに、これだけ有利というか、利点が多い状況を引き受けて負けたとなら、さすがの獣人も認めざるを得ないだろう。自らの敗北をな」

「ああ、ヒイロもそう言っていた!」


 嬉しそうに笑みを浮かべるイヴェアムをジッと見つめるアクウィナス。その視線に気づいてハッとなり慌てて顔を背ける。頬は赤いままだが。


「……フッ」


 何やら含みのある笑みを浮かべたアクウィナスを見て、


「な、何か言いたいことでもあるのか!」

「いや、お前はそうして、少しずつ自分を変えていけばいい」


 その表情には、どことなく親が子を見守るような慈愛が含まれているように見えた。


「え……何を……」


 するとアクウィナスは踵を返してどこかへ行こうとする。


「どこへ行くのだアクウィナス?」

「……少しな」


 そう言ってその場を立ち去っていくアクウィナスの背中を見つめながら、


「……何なのよ……?」


 まだ熱を持った顔をコテンと傾けていた。







読んで頂きありがとうございました。


此度、新作を同時間に投稿しましたので、良かったら一読してみてください。

〝色シリーズ〟ということで、また別の面白さがあると思います。


タイトル


『欠陥色の古代魔王 ―最強の魔王が転生して500年後の未来で勇者を目指したら―』


https://book1.adouzi.eu.org/n8700fw/


リンク先のアドレスです。


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