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93:獣人たちの覚悟

 【魔国・ハーオス】の城に戻って来た日色だが、帰って来て最初に言われたのが……。


「規格外過ぎるでしょヒイロ……」


 イヴェアムによる呆れ交じりの言葉だった。

 そこには日色の仲間はもちろんのこと、《魔王直属護衛隊》の面々も揃っていた。


 大きな水晶玉がイヴェアムの目前にある。

 それは《遠見(とおみ)水晶》という魔具の一種で、そこにいながらも遠くの光景を確認できる代物らしい。イヴェアムたちは、これを使用して日色の活躍を見ていたのである。

 だがその活躍ぶりがあまりにも枠外過ぎたため、日色のことをよく知らない者たちは、一様に開いた口が塞がらなかったという。


「ま、まさか一時間も掛からずに事を終えてくるとは……」


 さすがのマリオネも頬を引き攣らせていた。


「驚きだな」

「ああ、ヒイロの魔法がここまで、いや、あの《三獣士》のバリド相手にも引けを取らない動きというか、完全に翻弄するとはな」


 感嘆しながら言葉を吐くオーノウスにアクウィナスは答えている。

 同じ《三獣士》のクロウチとの戦いを見ていたアクウィナスだが、《三獣士》のリーダーであるバリド相手に無傷で帰って来るとは本当に驚いたようだった。


「うふふ、すごぉ~いのねヒイロくん」


 シュブラーズが妖艶な笑みを浮かべて日色を見ると、


「おい貴様、ヒイロにあまり近づくでないわ」


 何故か不機嫌そうなリリィンが怒気混じりに言う。


「あらぁ~、どうしてかしらぁ~?」


 プルルンと身体を振り向かせた時に激しく揺れた胸を見て、リリィンはピキッと額に青筋を立てる。


「ええい! 何だその物体Xは! そんなものはこうしてやるわ!」


 ――ムギュッ!


「あぁんっ!」


 艶かしい声が王の間に響く。

 いきなりリリィンが彼女の胸を両手で掴み上げた。しかも怒りに任せて力一杯揉みしだいている。


「ちょ、やっ、んっ、ちょっとリリィンちゃん、何するのよぉ~!」

「ええい! ワタシにその体を向けるな愚か者め!」

「あっ、もう、止めてったらぁ。んんっ、こ、こう見えても私感じやすいんだからぁ~」

「うるさい! そんな脂肪の塊などこうしてくれるわ!」

「あぁ~もうぅ~!」


 シュブラーズの両胸が、リリィンの手によって様々な形に変化する。

 そんな二人の様子を見て(主に胸)、鼻の穴を膨らませて興奮している者が一人いた。


「むほぉ~っ! これは素晴らしい光景ですぞ! 幼女がオツパイを揉みしだく光景がこれほどわたくしの激情を誘うとは! ノフォフォフォフォ!」


 それは明らかに言わずと知れた変態執事だった。


「よ、幼女だと……?」


 リリィンの額にピキピキッと青筋が幾つも浮かび上がる。


「ノッフォウ! これは良い! これは良いですぞお嬢様ぁぁぁっ! オツパイばんざぁぁぁぁいっ!」

「貴様は何をほざいとるかぁぁぁっ!」


 リリィンは、変態全開のシウバに対して踵落としをかます。


「ぶひぃんっ!」


 ドゴッと床に頭をめり込ませる変態。


「ふぇぇぇぇぇっ! シウバ様ぁぁぁっ!」


 地面にめり込みながらも後悔は無かったかのように親指を立てて沈黙するシウバを見てオロオロしだすシャモエ。

 またいつも通りの流れだ。


「誰が幼女だ変態執事め! シャモエ、そのようなバカは放っておけ!」

「は、ははははぃぃぃぃぃっ!」


 そんな三人を半目で見続けている日色は「相変わらずうるさい連中だ」と言いながら肩を竦めている。


「シウバ殿はそんなに胸が好きなのですかな?」


 ニッキが首を可愛らしく傾けている。


「そうみたいだよ? だっておじいちゃん、いつもおっぱいおっぱいいってるもん!」


 ミカヅキの言葉を聞いて、ササッとシウバから距離をとる女性の面々。ニッキですら恐怖を抱いたのか日色の背後に隠れる。


「それは違いますぞミカヅキ殿ぉ!」


 突然復活して声を張り上げたシウバに女性陣は「ひっ!」と声を漏らす。

 そんな女性たちの態度など気にせずシウバは拳を固める。


「確かにオツパイは素晴らしいものです! ですが、女性の魅力はそこだけではございません!」

「へ~、んじゃどんなのがあるの?」


 無邪気に聞くミカヅキに、シウバはニコッと口角を上げて微かに頷く。


「それはオシィリでございましょう!」

「おしり?」

「はい! オシィリは良い……キュッと締まっているものもわたくしのパトスを震わせますが、大きいものもまたそれはそれで……」


 顎に手をやり目を閉じながら妄想している姿は、逮捕されても同情など皆無のような気がする。

 無論そんな彼を放置しておく主などおらず、


「貴様は永久に眠れぇぇぇぃぃぃぃっ!」

「ばみゅんだっ!?」


 凄まじい魔力を宿した拳で顔面を殴られ、今度は全身が壁にめり込んでしまう。

 本当に懲りないジジイである。


「……い、いつもあんな感じなのか彼らは?」


 イヴェアムも頬を引き攣らせて日色に尋ねてくる。


「ああ、大体あんな感じだ」


 日色は日色で全く気にしていない様子で『元』の字で人間に戻る。もうこの城の中では日色が人間だと知れ渡っているので元に戻っているのだ。


「……と、ところでだな」

「ん?」


 イヴェアムが何やら少し顔を俯かせて体を微かに揺らしてソワソワしている。その姿につい眉をひそめる。


「そ、その……ヒ、ヒイロもその……む、む、むむむむむ」

「むむむ? ……何言ってるんだお前は?」


 一瞬シウバの真似かと思ったが、そんなわけがないと思い聞かなかった。

 だが突然顔を真っ赤に染めて、わけの分からない言動をしだす彼女を怪訝に思う。


「だ、だ、だからその……む、胸はお……大きい方がその……魅力的なの?」

「……………………は?」


 顔を真っ赤にするほど恥ずかしいなら、そんなこと聞かなければいいだろうと思いながらも口を開く。


「胸なんて何でもいいだろ? ハッキリ言って興味が無いな。オレには胸なんかより本の方が魅力的だ」

「あ……そ、そうだったわ……ヒイロはこういう人だった……」


 何故かガックリと肩を落として溜め息を漏らしている彼女に対し、日色は自分が間違ったことは言っていないと胸を張った。


「とにかく、これで後はさっさと戦争を終わらせろよ。そしてオレを図書館に入らせてくれ一刻も早く」

「あ、ああそうだな。橋が壊れた以上、向こうからの援軍も難しい。今魔界にいる者たちなら、徐々に追い詰めて行けば制圧できるだろう」

「ならさっさと動くんだな。あまり時間をかけると、向こうだって何かしらの対応をしてくるだろうからな。混乱してる今が好機のはずだ」

「ああ分かっている。アクウィナス、マリオネ」


 二人に声を掛けると、同時に二人は膝をついて臣下の礼をとる。


「二人はいまだこの国の周囲にいる敵に対応してくれ」

「「はっ!」」

「オーノウス、シュブラーズ」


 同じように二人も臣下の礼をとる。


「二人も軍を編成して橋に向かってくれ。この好機を利用して一気に決める」

「「はっ!」」


 四人は任務を全うするため、さっそくその場から去って行った。


「ヒイロ、本当に感謝する。私はアクウィナスとともに周囲の者たちに対応する。お前たちは部屋で休息していてくれ」

「……いいのか?」

「ああ、もう十分だ。いや、十分過ぎるほどの戦果だ。後は私たちに任せてくれ」


 どうやらこれで一応役目は終わったようだ。

 それに考えてもみたが、確かに今魔界に置き去りにされた形になっている戦力と『魔人族』の戦力比を評価しても、『魔人族』が圧倒的に有利だろう。


 向こうは主要戦力が削られており、こちらは全戦力が集中している。数では向こうが有利だとしても、質が大きく違う。やはり橋を壊した効果が大きく、増援を投入できないのが一番だ。

 あとは時間は少しかかるかもしれないが、軍を編成して敵を追い詰めて行けばこの戦争は勝利を手にできるだろう。


 日色にしても、あと数日で結果が出るだろうと思い、それまでイヴェアムの言った通りに休息することにして部屋へと戻って行った。



     ※



「……うぅ」

「ようやく起きたかレニオン?」

「……あ……兄貴?」


 簡易ベッドの上に寝かされていたレニオンが、体中に包帯を巻かれているのを見て声を掛けたレッグルスが苦笑する。


「ずいぶん手酷くやられたみたいだな」


 レニオンは、自分が何故こんな場所で寝ているのか思い出し軽く舌打ちをする。


「兄貴、俺様が気絶してどれくらい経った?」

「バリドに聞いたところ、丸二日眠っていたらしいな」

「くそ……ざまあねえな」

「相手は《魔王直属護衛隊》が三人だったんだろう? それなのにこうして生きていることがすでに奇跡に近いぞ?」

「はっ、むざむざと生き恥を晒すくらいなら、あの場所で……」

「馬鹿者が!」


 突然その場に怒りを露わにした獣王レオウードが現れた。


「お、親父……!」

「レニオン、お前今何と言おうとした? 生き恥を晒すくらいなら? 何だ? まさか死んだ方がマシだとでもほざくつもりだったのか?」

「……ちっ」


 バツが悪そうにそっぽを向く。そんなレニオンの態度を見てレオウードは大きく溜め息を吐く。


「いいかレニオン、お前はまだ死に場所を選べるほど強くは無い」


 その視線は確かに鋭さがあるが、瞳の奥には安堵の光が含まれている。間違った考えをしている息子を導かなければならないという使命感もあるが、それ以上に無事に生きていることが嬉しいのだ。


「お前を守るために散った兵士もおろう。その命に報いるためにも、お前は死に場所を選べるぐらい強くならねばならん。今はまだまだヒヨっ子に過ぎん」

「…………分かってるよ」


 ぶっきらぼうに返事をする彼を見て兄であるレッグルスは呆れたように肩を竦める。


「ふん、ところで親父たちこそ早えじゃねえか。魔王は討てたのかよ?」

「いや、思わぬ邪魔が入ってな」

「邪魔?」


 レッグルスはレニオンに会談で起こったことを話す。

 そして赤ローブを纏った人物に、レオウードが翻弄されたことも語られる。


「そんなことがあったのか? 親父が仕留め損なうって……何者だよ、その赤ローブは?」

「詳しいことは分からない。分かっているのは『魔人族』でありながら光魔法を使う人物で……どうやら只者じゃないということだけだ」


 深刻そうなレッグルスの表情を見てレニオンも興味が惹かれた。


「しかもだ、その人物は【魔国】制圧をも阻止した中心人物らしい」


 兵士たちに聞いた話をレニオンにも聞かせると、さすがの彼もポカンとなる。


「お、おいおい、じゃああのとんでもねえ爆発や、クロウチをあっさり倒したのもそいつだってのか?」

「どうやらそうらしい」

「情報には全くそんな存在は無かったぜ? つうかそんな規格外な野郎がいるならもっと有名になっててもおかしくねえだろ?」

「恐らく自分の力を誇示するようなタイプではないのだろう」


 答えたのはレオウードだ。


「いや、少なくとも今までは、あまり目立つような行動を避けていたといった方が正しいな。アレもヴィクトリアス王にそんなことを言っていたようだしな」

「……なら何で急に今回現れたんだ?」

「さあな、理由は分からんが、あの者の実力は脅威以外の何物でもなかろう」

「ああ、父上の攻撃にも無傷だったからな」

「ば、馬鹿言うなよ兄貴! 親父の攻撃を受けて無傷だと?」

「本当のことだ」


 レオウードが認めたので、レニオンは反論できず固まってしまう。

 レニオンはレオウードの実力を知っている。今でも片手であしらわれるほどの力を持っているのだ。

 そんなレオウードの攻撃を受けて無傷という話を信じられないのは無理は無い。


「それにだ、もう一つ問題が発生した。いや、これが一番大きな問題なんだが……」


 レッグルスは言い難そうに顔をしかめる。


「何があったんだ?」

「…………橋が落とされた」

「……はあ?」


 レッグルスに、自分が寝ていた二日間で起こったことを聞いて頭を抱える。


「動き過ぎだろうが状況……」


 まさに目まぐるしく動いた状況に困惑する。しかもそのどれもがこちらの敗北といっても過言ではないものだった。


「獣人の裏切り? 何だよそれ……」


 獣人というのは絆が強い。だから一度手を取り合った同志が裏切ることなど信じられなかった。だが実際は獣人が超常的な力で橋を落としたことを聞いて混乱する。


「いや、実はな、その人物の心当たりはあるのだ」

「……へ?」

「バリドからその人物の特徴を聞いたところ、確かに外見は獣人だったが、どうもワシと対峙した赤ローブと類似する部分が多いのだ」


 体格、態度、魔法の使用方法など、赤ローブの少年と酷似していた。


「それに奴は変化することもできる。恐らくは獣人に化けてここまでやって来たのだろう。どうやら転移もできるようだし、バリドが見失ったことからもほぼ同一人物だろうな」

「…………何者なんだホントによ?」


 すると喉を鳴らしてクックックとレオウードが笑う姿を、二人は唖然として見つめる。


「面白い少年だろ? まさか橋まで落とすとはな。しかもこんな敵地のど真ん中に一人でやって来てだ。是非ともまた会いたいものだ」


 そんな嬉しそうに笑みを浮かべる彼を見て二人は呆れたように肩を竦めている。


「な、なあ兄貴?」

「な、何だ?」

「親父の奴、大分気に入ってねえか、そいつのこと」

「そのようなんだ。父上にしてみても、初めての経験だったからな。自分の攻撃をあっさりと返されたのは。しかも無傷で」

「はあ? 防いだだけじゃなくて迎撃もしたのかよ……何なんだよまったく」


 その表情には明らかに嫉妬が宿っていたが、レッグルスも同じような感情は持ち合わせているのか苦笑を浮かべる。


「だがしかし、父上の気持ちも分からないでもないんだ。今までまともに父上と戦える者がいなかったからな。だから今回父上はアクウィナス将軍と戦えることを楽しみにしていたのだが、もっと面白い玩具を見つけたらしい」

「……少しだけそいつに同情するぜ。ああなった親父はしつけえからな」

「同感だ」


 いまだに思い出し笑いをするように一人の世界に入っているレオウードを見て、軽く溜め息を吐くレッグルス。

 そしてそこでふと思ったことがあった。


(確か半年以上前、ミミルの声を取り戻した精霊が赤ローブを着ていたという話を聞いたが…………まさかな)


 レッグルスは首を振って自分の考えを払拭する。


「ところでよ、これからどうするんだ? ここは人間界だろ? 魔界に置き去りにされた連中の回収方法とかはあるのか?」


 レニオンの言葉に笑っていたレオウードも笑みを崩して真剣な表情を作る。


「それなのだが、この二日間で多くの同胞が捕縛された」

「なっ!? いや……そうだよな」


 レニオンは歯を噛み締めて拳を震わせている。自分がのうのうと二日間寝込んでしまったせいで、こうなってしまったと思い込んでいるのかもしれない。


「奴らがこんなチャンスを逃すわけねえよな。当然だ……けど何で捕縛なんだ? 俺様なら皆殺しにしてやるが?」


 怖いことをさらりと言うレニオンに、父親であるレオウードも苦笑いをする。


「今代の魔王はずいぶんと毛色が違うようでな」

「はあ?」

「先代の魔王なら、お前の言う通り有無を言わさず全員を殺していただろう。しかし今の魔王はまだ幼い少女だ」

「それは知ってるけどよ……」

「ワシも少ししか観察できなかったが、言動から見るに、魔王は甘い」

「だから殺さず捕縛か?」

「恐らくはこの戦争の落としどころを考えているんだろうな」


 真っ先に見解を述べたのはレッグルスだ。

 捕虜の解放と、戦争の終結・不可侵条約締結を天秤にかけるつもりなのだろうと続けた。


「今回の戦、どう考えても我々『獣人族』と『人間族』の敗北だからな。橋を壊された以上、多くの戦力を魔界へと侵入させる方法も無いしな」

「アニキ……はぁ。まさにお手上げ状態ってことか?」

「ああ、今は残った戦力を集めて向こうの出方を窺っているところだ。本来ならヴィクトリアス王と今後の対話が必要になるのだが、おかしなことに人間たちが自国へ引き返して行ったのだ」

「おいおい、逃げたってことか?」

「さあ、逃げたのか、何か意味があって帰国したのかは分からないが、とにかく今この場には少数の『人間族』しか配属されていない」


 レッグルスの言う通り、今この国境には元々配備されていた人間の兵士だけが残されており、他の兵士たちは隊長の指揮のもと国へと戻って行った。


「【ヴィクトリアス】で何かあったんじゃねえのか?」

「さあなあ。そうだとしても今はそちらに気を配るわけにはいかないからな」

「そうだ。ここで待っていればいずれ向こうからアクションを起こしてくるはずだ。捕虜の解放についてな」


 レオウードが険しい表情をしながら言う。やはり後手に回ることが気に食わないらしい。しかし相手に大量の同志を捕縛されている以上、無闇に動けば捕虜たちがどうなるか分からない。

 それに仲間を失ってでも敵を倒すと覚悟したとしても、今はその方法が見つからないのだ。やはり橋を渡れないのがとてつもない障害になっている。


「けどよ親父、もし奴らが捕虜の解放と不可侵条約を天秤にかけてきたらどうすんだ?」


 レニオンのその言葉にレッグルスも自然と答えを求めるように視線が自分たちの国王に向かう。


「……どうだろうな」

「おいおい、どうだろうなって……」

「とにかくそうなった場合のことを皆で話し合わねばならん」

「そうかよ」

「ただ、本音で言えば同志は無事に取り戻したい。獣人たちはワシの家族も同然だからな。だが泣き寝入りするなど、我々の誇りが許さんのも確かだ。過去、大いに辛酸を舐めさせられてきたことを忘れるわけにはいかん」


 過去を想い馳せたレオウードからは怒気が溢れ出す。


「我々が今回、憎き人間と形の上でも手を結んだのは、それだけ『魔人族』が強いからだ。それにその方が確実に奴らを制圧できると踏んだ。まあ、結果はこうなってしまったがな」


 自嘲するように溜め息を吐く。


「恨みで言えば、『人間族』に対しての方が大きい。だが我々が天下を取るためには、まず叩くべきは『魔人族』だった」

「けど失敗したよな?」

「そうだな。だが一度の敗北で諦められるほど、我らの意思は弱くないはずだ」


 拳を握り強い意思を宿した目を二人に向ける。


「今回、確かに同志を失ったのは大きい損失だ。しかし、それを盾に奴らが条件を突きつけてくるのであれば、首を縦に振る行為は本当に正しいものか?」

「…………」

「捕まった者たちも、全員覚悟しているはずだ。いや、覚悟したからこそ戦争に参加しておる。ここで彼らの命を惜しんで敗北を認めれば、彼らの覚悟を踏みにじる行為ではないか?」

「親父……」

「父上……」

「話し合いは一応はしよう。だが皆の意見は同じはずだ。奴らには屈しないと。まだ全てを奪われたわけではない!」


 すると突然のことだ。


「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 周囲から大気を割るような勢いで大音声が聞こえてくる。

 見てみると、獣人の兵士たちがいつの間にか集まっており、皆が拳を高らかにあげて士気を高めていた。


「お、お前たち……!」


 さすがのレオウードも呆気に取られているかのようだ。


「国王様万歳!」

「そうだそうだ! 俺たちはまだ負けてないっ!」

「最後まで戦い尽くしてやるっ!」


 口々に兵士たちから、戦う意思を感じる言葉が発せられている。その声にレオウードは、嬉しそうに口角を上げる。


「よく言った我が同志たちよっ! そうだ! 我らはまだ戦える! 獣人の誇りという火は、まだここに熱く燃え滾っている!」


 レオウードは心臓辺りで拳を握りながら叫んでいる。


「我らを制したくば、この火ごと打ち消してみよっ!」

「「「「打ち消してみよっ!」」」」

「最後まで、この火とともにあるっ!」

「「「「この火とともにあるっ!」」」」

「我らはっ!」

「「「「我らはっ!」」」」

「燃え尽きるその日までっ!」

「「「「燃え尽きるその日までっ!」」」」

「戦い抜く者なりっ!」

「「「「戦い抜く者なりっ!」」」」


 そして最後にもう一度、大音声が耳をつんざく。

 どうやら彼らの道はすでに決まっていたようだ。

 レッグルスもレニオンも、覚悟を決めたように互いの顔を見て頷き合う。


 そして『魔人族』がどう出てくるかは分からないが、何とか全員が魔界へ渡る方法を見つけなければと思い、レッグルスはこの軍に所属する、ある人物のもとへ向かって行った。







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