90:小さな祝宴
しばらく誰も言葉を発さない。
ただリリィンの呆れた溜め息と、「おお~! やはり師匠はその姿の方がカッコ良いですぞ!」というニッキの声、それに加え「うんうん! ご主人はフツウがイチバンだよ!」と言うミカヅキの声が辺りにこだまする。
さすがのアクウィナスも、予想だにしなかった日色の行動と言動に驚いているのか、瞬きを忘れて固まっている。
「な、な、な、な……っ」
イヴェアムはただ短い言葉を規則正しい間隔で発している。
するとそこへマリオネから凄まじい殺気が膨れ上がり、右手を日色の方に向けようとしたところ――ガシッ!
いつ動いたのか、アクウィナスが彼の腕を掴んでいた。
「なっ!? アクウィナス、貴様っ!」
腕を離せと言いながら無理やりアクウィナスの拘束から逃れ出る。
「貴様! 何故止めるっ! 奴は『人間族』だぞ! 勇者をここに連れこんだのも結託して陛下を屠るつもりかもしれんのだぞ!」
マリオネの言葉にギョッとなった周りの兵士からも、殺気の含んだ視線がぶつけられる。
「う~こわいよぉ……」
ミカヅキが日色の服を掴みオロオロしている。ニッキもニッキで「師匠の敵はボクの敵ですぞ!」と言いながら構えている。
シウバも先程までにこやかだった表情が崩れて険しい顔付きになり、シャモエは普段と変わらない様子で見守っているリリィンの背後に付き従って「ふぇぇぇぇ」と慌てている。
「陛下! 奴らを今すぐ捕らえるべきですぞ!」
「そ、それは駄目だ!」
「なっ!? 何故ですか!」
「た、確かにか、彼が『人間族』というのなら、勇者と知り合いだという理由にも説明がつく。召喚されたという事実には驚いたが、それが真実であるとしたら、彼は異世界人だ。恐らくヴィクトリアス国王に強制的に召喚されたのだろう。そう考えればヒイロは被害者のはずだ!」
「む、むぅ。だ、だがしかし、それは陛下を誑かす虚言の可能性も!」
「無いな」
二人の会話に割って入ってきたアクウィナスの言葉にマリオネは眉をひそめる。
「ど、どういうことだ? 根拠でもあるというのか?」
「俺の眼は真実を見抜く。お前も知っているだろう? 俺の問いに対して嘘はつけない。ヒイロの言っていることは紛れも無く真実だ」
アクウィナスは日色と視線を合わせる。
「それにマリオネ、あそこでお前が何かしていたら、ただでは済まなかったかもしれないぞ?」
「何だと……?」
日色自身、あそこでマリオネがもし襲ってきても、それなりに対処法は用意しておいた。マントに手を隠しながらも、指先に魔力を宿していたのだ。いつでも文字が書けるようにしてだ。
アクウィナスは、いや、アクウィナスだけでなくイヴェアムもそれに気づいているからこそ、ここで争いなど起こしたくは無かったのだろう。
他ならぬ日色の実力を知っている彼らだからこその判断だ。
「と、とにかくヒイロの言っていることは本当だと判断する! マリオネ、彼が人間だとしても、私は彼に恩がある! もし彼を傷つけようとするのなら、私はお前を処罰しないといけなくなる。だから今は、私を信用して時間をくれ」
「…………分かりました。しかし、もし奴らが妙な行動に出た時は、我が全霊を持って滅ぼしますぞ?」
そう言うとマリオネは先程よりも警戒した視線を日色に向け始めた。
「話は決まったか? ならとっとと続きを語ったらどうだ? オレはここに食事をしに来ただけなんだがな。さっさと終わらせてくれ」
「う、うむ。すまなかったヒイロ。しょ、食事についてはもうしばらく待ってくれ。今用意しているはずだから」
「ったく、手際が悪いにもほどがあるぞ」
今のやり取りに、全く鼻にもかけない日色の態度に、マリオネが歯ぎしりを見せ、兵士たちは呆れながら日色を見つめている。
よくここまで《魔王直属護衛隊》相手に平静を貫けるものだと、半ば感心しているようにも見える。
そこにアクウィナスがフッと息を漏らして口を開く。
「しかし、治癒に転移、爆発に雷、そして変化? まるでビックリ箱のような存在だなお前は」
「よく言うな。お前の方こそ、《魔眼》に剣を生み出す力、ユニーク魔法の使い手だろうが」
本当は彼が闇属性の魔法使いだということは《ステータス》を覗き見たので知っているが、ここで言い当てると何かしら突っ込まれるのが面倒だったのでわざと間違った解釈を述べる。
だが日色の言葉に周りの兵士たちは息を飲む。誰もが知っている。この国で一番強い者が誰かと。そしてその者にとてもではないが、タメ口や尊大な態度などとれるわけがない。
なのに日色は何の恐れも無く平然と言葉を並べ立てる。兵士たちはこれから戦いが勃発するのではないだろうかと、ソワソワしながら日色とアクウィナスが見つめ合っている場面を見ていた。
「…………フッ、面白い奴だ」
「人を見て笑うな赤髪」
突然アクウィナスが笑みを浮かべたので、そのことに対しても皆は驚愕した。滅多に彼が笑うところなど見たことなどないからだ。
そんな彼らを無視してアクウィナスは続ける。
「しかし、召喚されたと言ったが、お前も勇者だった、ということか?」
皆がハッとなり日色を見る。
「本来ならこれ以上は答える義務は無いと答えるんだが、誤解を与えたままだと鬱陶しいんでなこの先。正直に教えて……やれ」
「ウ、ウチがなんっ!?」
日色がいきなりしのぶの顔を見て促したので、彼女はここでまさかの指名を受けるとは思ってもいなかったようで叫んでしまう。
「話すのが面倒だし、お前らはここに信用を得るために来たんだろ? ならそうしろ。自分の道は自分で切り開き、そこに責任を持つのが当然だ」
それ以上はもう喋らないという感じで再び腕を組んで目を閉じる日色。
「…………ありがとな丘村っち」
小さく呟くようにしのぶは言う。
日色が自分たちのことを考えて、喋る機会を与えてくれたことに感謝しているようだ。
だが日色にとって、本当に説明が面倒だっただけなのだ。
知られたところで不都合になる情報なども持っていないので、これ以上は自分が喋る必要は無いと判断した。
それでもしのぶたちにとっては、日色の対応はありがたいものだっただろうが。
そうしてしのぶは、イヴェアムたちに日色が自分たちと同じ世界から来た人間だということ、召喚されてすぐに日色が一人で旅だったことも話した。久しぶりにここで再会して、日色に説教を受けたことまでだ。
「なるほど、ヒイロに真実を説かれ、このままではいけないと思いここまで来たと。そういうことでいいか?」
「はい」
イヴェアムの問いに偽りなく答える。
「……話は分かった。それで、お前らがここまで来て、今の話をして、何がしたいのだ?」
「……魔王陛下のご判断に従うまでです」
「…………それは本気で言っているのか? 仮にもお前らは勇者であり、『魔人族』の天敵。そしてその『魔人族』を束ねる魔王である私の判断を仰ぐというのか?」
「はい」
「殺されるのが当然だとは考えなかったのか?」
「……いいえ、もちろん考えました。ですが、これが最善やと判断したんです。戦争の怖さとか、辛さとか深く考えへんかったとはいえ、私らが人間の味方して、ここまでやって来たんもホンマです」
「…………」
「仲間と離れ離れになって、丘村っちに説教されて、ようやく自分らが間違うてるんやって知りました。けど、せやからこそ、いつまでもジッとしとったらアカンのです。そんなことしとったら、間違いは正せへんと思いますんで」
※
しのぶの言葉に耳を傾けていたイヴェアムは静かに目を閉じる。
実際のところ、目の前の少女二人にはもう危険性を感じることは無いと思っていた。
だが今回の出来事で、イヴェアムは大きな裏切りに何度も遭っている。早々人を信じられなくなるくらいのものだ。ここで安易にしのぶたちを信じて、勇者たちの処遇を甘くすることは容易い。だがそれではさすがに周囲の者たちから反発がくるだろう。
オーノウスに聞いて、彼女たちが『魔人族』を傷つけていないということも分かっているが、それでもやはり勇者という立場は大きい。
頭を下げてきたからと言って、何の処分も無いのは、さすがに間違っているとイヴェアムも思っている。
「……言いたいことは分かった。誠意も伝わった。しかし、お前たちはまだ、自分の立場を正確に把握してはいないな」
イヴェアムの言葉を聞いて、しのぶが微かに震えている様子を見て取る。その隣に口を閉ざしてはいるが、先程よりも顔色が悪い朱里もいた。
「よもや、何の処罰も無く解放されるとは思ってはいないだろう?」
「……はい」
力無く答えるが、彼女たちはそう言うしかない。
「だが、無闇に命を奪うことも私はよしとしない」
その言葉を受けたしのぶたち、息苦しさが若干緩んだような表情を見せる。だがマリオネは呆れているのか首を何度も横に振っている。
「お前たちにも、これから成したいことがあるとは思うが、それを簡単に許すわけにはいかない」
「……はい」
本当なら今すぐにでも大志たち仲間を探しに行きたいだろう。しかしこの場でそれを言うのはさすがに無理があると理解しているからこそ何も言ってこない。
「今日からしばらく、お前たち二人は我々の監視下のもとで生活してもらう。安心していい、別に牢に入れることはしない。しかしあくまでもお前たちの立場は捕虜と同様。窮屈にはなると思うが、一室を与えそこで生活をしてもらう。何か異存はあるか?」
「……いえ」
あるわけがない。あっても言えないはず。
それに牢暮らしを半ば覚悟していたしのぶたちの立場としては、まさか一室を与えてくれるとは思わなかっただろう。
日色も言っていたが、イヴェアムがこんなに甘い魔王だとしのぶたちは思っていなかったに違いない。しかしその甘さに救われていることもまた事実である。
「二人をB塔の客間へ」
イヴェアムがそう言うと、兵士が返事をして近づいてくる。だがその時、バタッと朱里が倒れた。
「朱里っちっ!?」
しのぶが慌てて彼女を抱え起こそうとする。
「ど、どうしたのだ?」
イヴェアムも突然の状況に目を見開く。
「体調が悪いのでしょう。初めて会った時から、彼女は誰よりも戦争という状況に飲まれていましたから」
そう言ったのはオーノウスだ。
「そうか、分かった。医療班に連絡して彼女を看させるんだ」
「あ、ありがとうございます!」
イヴェアムの手厚い対応にしのぶは感謝する。
「捕虜を殺すわけにはいかないからな。だから安静にしていろ。ここに居る限り、誰にも傷つけさせはしないからな」
しのぶはもう一度感謝すると、担架を持って来た兵士に朱里は担がれて、そのまま一緒にB塔へと向かって行った。
※
「いろいろごたごたが重なってしまい申し訳ないヒイロ」
イヴェアムがそう言うと、
「そう思うならさっさと何かを食わせてくれ。腹が減っているとさっきも言ったが?」
「こ、この小僧……目の前の御方が誰か知っているのか? たかが人間如きのくせに言葉を弁えたらどうだ?」
マリオネが額に青筋を立てて言葉を投げかけてくる。
「誰かだって? 魔王に決まってるだろ? 人間如きと言われても、そんなの関係無いな。オレはそいつの依頼で働いただけだし、その見返りとして食事を用意したのであれば、オレにはそいつを堪能する権利がある。まだ何か言いたいのなら、めんどくさいからオレは帰るが?」
『魔人族』のトップ2に入る実力者相手にも全く普段と変わらず接する日色に、マリオネは頬を引き攣らせるだけだった。
シュブラーズは「あらあら、面白い子~」と言いながら日色を観察しており、オーノウスとアクウィナスは無言を貫いている。
「マリオネ、先程も言ったが、ヒイロは私の恩人だ。これ以上、彼を侮辱するのなら退場してもらうぞ?」
「だそうだぞ髭男爵?」
「む……ん? 髭男爵というのはワシのことか?」
「ああ、立派なチョロ髭がついてるからな。ピッタリだろ?」
確かにクルンと巻かれた髭が生えている。だが急に兵士たちがざわざわしだした。マリオネ様相手に何を、とか言っているのが聞こえてくる。
そしてそのマリオネも、顔を俯かせ小刻みに身体を震わせ始めた。
ここで爆発されたらかなわないと思ったのか、イヴェアムがマリオネに退場を促そうとしたその時、だ。
「フフフ、よく分かっているではないか小僧」
「……へ?」
イヴェアムは、いや、兵士たちも同様にポカンとなった。
「この髭の立派さが分かるとは、なかなか見どころのある奴よ」
マリオネは、チョロ髭を擦りながら、気分良く微笑んでいる。
「ああ、そんな髭は今まで見たことが無い。もうビックリだ」
「フフフ、そうだろうそうだろう。これは毎朝一時間かけてセットしておるのだ」
「なるほどな、そこまで髭に拘るアンタにもビックリだ」
日色は決して褒めているわけではない。ただ単に、アニメや漫画にしか出てこないような胡散臭いチョロ髭が珍しかっただけなのだ。それをマリオネは褒められていると勘違いしている。
「……ま、まあ和解してくれたのであればそれでいいが……」
イヴェアムも頬をピクピクさせて、自分の髭に酔いしれているマリオネを一瞥してから咳払いをする。
「何はともあれ、今回のこと本当に助かったヒイロ。まだ安心はできないが、一応の危機は去った。これもヒイロの活躍が大きかったお蔭だ。そのお礼として、細やかだが食事を用意させてもらった。是非堪能してもらいたい」
やっとかと思い、日色は腹の虫にもうすぐだから我慢しろと心の中で説得する。
「ではついて来てくれ」
通されたのは大きな広間であり、その中心には縦に長いテーブルがある。
そしてその上には、目を奪われるほどの輝きを放つ料理の数々が日色を誘っていた。
無論日色だけではなく、ニッキやミカヅキ、特にミカヅキなどは口から大量に涎を流していたので日色に注意をされていたが、それでも彼女のその行為も分かるほど、豪華な食事が用意されていた。
「好きな席についてくれ」
イヴェアムの言葉を受け、日色は長卓の中心の椅子に腰を下ろす。するとすかさずリリィンがちゃっかり右隣に腰かける。
「ではボクは左のってああぁぁぁぁっ!?」
ニッキが日色の左の席に着こうとしたが、
「はやいもんがちだもんねー!」
ミカヅキに取られていた。
「ずるい! ずるいですぞミカヅキィィィ!」
涙目で叫ぶニッキに呆れながらも、日色は場を鎮めようと思った。
「ならお前はオレの対面に座ればいいだろ?」
「お、おお! 師匠と向かい合って顔を見ながら! それはそれで嬉しいですぞ!」
ニカッと笑うとニッキはチョコチョコと動いて日色の対面の席へと座る。
「まったく、席などどこでもいいと思うが。何故わざわざオレの近くに来ようとするんだコイツらは……」
「ふん、そんなことも分からんとは、やはりまだガキだなヒイロは」
リリィンは馬鹿にするように言っているが、日色は半目で睨みつける。
「いや、お前にも言ってるんだがな……」
何故か彼女も事あるごとに自分の近くに来るので変な奴だと思っていたのだ。日色の言葉に頬を染めながらそっぽを向く彼女を一瞥して、
「まあ、別にいいが」
それよりも料理だ。これは目移りしそうなものばかりだった。
「皆、席に着いたな。では頂こう」
彼女の言葉を待ってましたと言わんばかりに、日色たちは料理を口に運び始めた。
「この料理を用意してくれた料理長を紹介しよう」
そう言うと、彼女の近くにそれらしい姿をした女性が現れた。
「彼女の名はムースン。この国随一の料理人だ。少しだが彼女に料理の説明をしてもらおうと思う」
イヴェアムは彼女に話を促すと、ムースンはコック帽のような被り物をとって話し始める。
「ご紹介に与りましたムースンと申します。ではさっそくですが皆様、皆様の目の前に置かれてあるお皿に、ご用意させて頂いた肉料理がありますが」
彼女の言う通り、それぞれの皿の上には、見た目からステーキだと分かる代物があった。
「それは《シルバーダックの肉》です。身がとても柔らかく脂も少ない希少価値の高い鳥肉です」
皮が銀粉をばらまいたのかと思うほど輝いている。そしてそれを口にすると、肉なのにシャキッと歯応えがあった。だが固くは無い。簡単に噛み千切れた。
物凄い新触感な感覚を味わえた。まるで外側がシャキッと歯応えの良い野菜で包まれているかのようだが、中はとても柔らかく肉汁が流れ出てくる。
日色たちの頬が緩んでいることを知り、ムースンも同じように微笑む。
「お気に入り頂けたようで良かったです。お次は是非、その隣にあるスープもご賞味下さい」
コーンポタージュのような少し粘り気の感じられそうなスープがある。だが色はコンソメスープのような赤茶色っぽい色だった。
「それは《カラス芋のポタージュ》です。《カラス芋》というのはご存知でしょうか? 皮が見事なまでに真っ黒な芋のことです。ですがこれもかなり貴重な食材であり、魔界でしか存在が確認されておりません」
つまり魔界特産というわけだ。
「その《カラス芋》は、最初は石のように硬く、とても食べられそうにないのですが、八十五度の湯で一時間温めることで、柔らかくなっていき、皮の色も茶褐色に変化していきます」
だから黒ではなく、このような色をしているのだと納得した。
「そして一旦取り上げて、冷水にこれまた一時間冷やすと、今度はその水を吸収して粘り気のある液体へと形を変えていきます。そのままでも実に美味しいのですが、《カラス芋》と非常に相性の良い《レッドオクラ》を細かく刻んで煮込むと、さらに美味しく出来上がります。どうぞ、少しピリ辛ですが癖になると思います」
彼女の言う通り、粘り気があるが、芋の風味が舌に広がっていく。それに確かに程よい刺激のピリ辛具合であり、これは癖になってもおかしくないと感じた。
「そのスープにパンをつけるという食べ方もオススメです」
彼女の言うようにパンを手に取りフォンデュ感覚で食べてみると、これまた美味い。というより手が止まらない。良い仕事をしていると思いつつ頬を膨らませていく。
ミカヅキやニッキたちも満足気に、ムシャムシャと一心不乱に食べている。リリィンも黙ってはいるが、文句も言わず食べているところを見ると気に入ったのだろう。
シウバも用意されているワインなどを嗜んで満足気に頷いているし、シャモエは何やらメモを取り出し「こ、ここここれは勉強になりますですぅ!」などと言ってレシピを学んでいる。
「それでは皆さま、皆さまもお気になさっておられるものがあると思います」
ムースンの言葉で皆が確かに一点に視線を集中させる。そこには山、いや火山を小さくしたような物体がテーブルの中心に存在していた。
それは大きな鍋の上に置かれてあり、本当に火山のような噴火のように火口のような頂点からグツグツした赤いものが時々噴出されている。
そしてそれはマグマのように下に流れ出てきている。
「それは《ヴォルケイノ・プディング》です。あ、一応それはデザートなので」
……は? これがデザート?
湯気が立ち昇るこの大きな食べ物がメインだというのなら分かるが、まさかデザートだとは思っていなかった。
「まずは鍋に溜まった液体をご賞味下さい」
皆がスプーンを手に取り、言われた通りに火口から流れ出て溜まった赤い液体を掬って口に持って行く。そこでハッとなり手を止める。
とても甘い香りがそれから漂ってくる。
プディング……そう、これはカラメルのような甘いニオイだった。
「……っ!?」
口に含むと体が硬直する。そしてしばらくすると、自然に頬が緩んでくる。
(あ、甘い! けどしつこい甘さじゃない。この汁だけでも十分デザートと呼べるほどの仕上がり具合だな!)
ムースンは皆の緩む顔を見て満足そうに頷くと、おほんと軽く咳をする。
「それでは、今度はその山をご賞味下さい。見た目はゴツゴツしていますが、とても柔らかく掬い取れるはずです」
ゴクリと喉を鳴らす音がして、多くのスプーンが火山に向かう。彼女の言った通りにほとんど抵抗無くスプーンが入っていく。
プルンとしたそれを一気に口に運ぶ。先程の汁が付着したそれは、まさにプディングのような柔らかさだった。
「ふわぁ~おいしいよぉ~」
「こ、これは止まらないですぞぉ!」
ミカヅキは頬に両手を当てて恍惚の表情を浮かべ、ニッキは物凄い速さで山を削っていく。
「む……うん、悪くない」
リリィンも満足気に口元を緩めている。
「ノフォフォフォフォ! これは絶妙! 絶妙ですなぁ~!」
「よ、よよよよ要チェックですぅぅぅっ!」
変態とメイドもそれぞれに感想を述べている。
「…………ふぅ」
日色は甘いものも好きだ。しかもその中でプディングはかなり大好物な部類に位置する。普通のプディング、つまりプリンは冷たいものだ。
しかしこんな熱々のプリンが存在していたと知ったら、もう普通のプリンは食べられない。
それほどこのプリンは美味い。この世界に来て、食べたデザートの中で文句無く一番美味いものだった。
「どうだヒイロ? 少しは感謝の気持ちを返せたか?」
イヴェアムの言葉に日色は頷きを返す。
「ああ、美味い。初めてこの国に来て良かったと思えたな」
「そ、そうか! それは良かった!」
ムースンと嬉しそうに顔を合わせると、ムースンはそれからまた少し料理説明をしてから、一礼をして去って行った。
「ぷふ~まんぞくなの~」
「ボクもですぞぉ~」
ミカヅキとニッキは大きく腹を膨らませて幸せそうに顔を蕩けさせている。
そしてしばらくすると――。
すぅすぅ……すぅすぅ……。
座ったまま寝息を立て始めた。腹が膨れて、同時に心地良い眠気が襲ってきたのだろう。彼女たちは静かに目を閉じている。
「コイツらは……」
日色はこめかみに人差し指を当てながら困ったように溜め息を漏らす。
そんな日色を見て、微笑ましそうにイヴェアムは笑みを浮かべる。
「ふふ、どうやら満足してもらえたようだな」
「コイツらは堪能し過ぎだ」
「いいではないか。まだ小さいのだから」
「はぁ、まったく……」
「部屋を用意させよう。今夜はそこで休息をとればいい」
「いいのか?」
「ああ、それに今回ヒイロと交わしたもう一つの約束の件のこともある。今はまだ入ることはできないが、許可証を発行することは可能だ。明日用意して渡すことにする」
よしっと内心でガッツポーズをする。
だがリリィンはそこで面白くないといった表情だ。
今回の戦争参加の対価として《フォルトゥナ大図書館》の許可証をもらうことになっていることはニッキに聞いたので、すでにリリィンも知っている。
ただそれは元々リリィンが日色に、日色自身の情報を対価として用意するものだった。
まあ、彼女にしてみれば日色と旅をしてみたいという口実に他ならなかったのだが、この国へ来て、日色のために許可証は自分で手に入れてやろうと考えていたらしい。
確かに余計な手間が省けたと言っても、何だか釈然としない様子でワインを一気に喉の奥へと流し込む。
するとそこへ、スタスタとアクウィナスがやって来る。彼はイヴェアムに何か耳打ちをすると、イヴェアムは少し悲しげに「そうか」とだけ答えた。
そして彼女は席から立ち上がり、
「部屋にはメイドに案内させる。今日は本当に助かったよヒイロ。この通り礼を言う。ありがとう」
「……王がそんな簡単に頭を下げていいのか?」
日色がそう尋ねるが、彼女は微笑みながら返してきた。
「礼を尽くせない王になどなるつもりはない」
「…………」
「何かあったら遠慮せずに城の者に言ってくれ。ではまた明日だ、ヒイロ」
「……ああ」
そう言うとイヴェアムは広間を出て行く。
そしてそのままアクウィナスも出て行こうとするが、その時、確かに彼はリリィンと目を合わせていたように感じた。しかもリリィンは明らかに含みのある視線をぶつけていたように思える。
(赤ロリと何かあるのか……?)
そこでハッとなり思い出す。アクウィナスとリリィンにはある共通点があったということを。
日色はそのまま去って行くアクウィナスを見つめて、
(……ま、オレが気にすることでもないか)
ドライなところは相変わらずだった。必要ならリリィンから話があるだろうし、こちらから聞く必要など無いと判断しているのだ。
それから日色たちは、お馬鹿な子供たちを抱えながら、メイドに案内されて部屋へと向かって行った。




