83:空気を読まない助っ人
日色は魔王イヴェアムとのやりとりを思い出し、契約内容と食い違っていることの真意を問い質すために、直接聞くために彼女の元に『転移』の文字を使って移動することにしたのである。
弟子であるニッキに見送られ、転移で移動する感覚も慣れたもんだと思い、目的地に到着したであろうと判断した。
まずはここがどこか見回してから、彼女に対して愚痴をぶつけてやろうと言葉を放つ。
「ん? ここはどこだ? ……お、いたいた、おい魔王、契約の内容に食い違いが……って、何だこの面子は?」
とりあえず思ったのは、空気の重さが半端無かったということだ。あちこちから殺気や敵意が飛び交っている。
しかも今、日色の周りにいる者たちのほとんどが、その存在感だけで只者ではないと強制的に理解させられた。
そして極めつけは、目的の人物であろうイヴェアムが血塗れで変なオッサンに抱えられていることだ。
日色は真面目な顔をして、静かに周囲を見回す。大きな神殿のような建物が目に入る。
(これが魔王の言ってた《オルディネ大神殿》だな)
一応今回の会談について、ある程度は聞かされていたので驚きは無かった。強いてあげればその荘厳な建物の大きさぐらいだった。
「き、貴様! 一体何者だ! というかどこから現れたぁっ!」
魔王を抱えている髭が特徴のオッサンが、突然現れた謎の人物である日色に対して警戒を強めながら叫んできた。
だが日色はそれに答えない。黙ってイヴェアムを見下ろしている。
また他の者も、突然の来訪者に言葉を失って戸惑ったように固まっている。
「……ヒ……イロ?」
皆が日色の登場に困惑している中、そこでようやく日色の存在に気づいたらしいイヴェアムが掠れた声を出す。
「陛下? あの小僧を御存知で?」
髭のオッサンが尋ねると、イヴェアムは意識が朦朧としているのか、虚ろな表情のまま口を動かす。
「あ、いや……これは幻か……ヒイロ……には国を任せ……」
「国を? 何を言っておられるのですか陛下?」
日色はその状況を見て、冷静に分析を開始しているところだった。
(どうやらやはり会談は失敗に終わったようだな。人間も獣人もいる……つまり魔王たちは奴らの包囲網に遭い身動きが取れなくなってるのか? だが仮にも魔王、そんな奴にこれほどの重傷を負わせられるとは……)
キョロキョロともう一度周囲を見回す。
(やったのは……アイツか?)
そう思い獅子が擬人化したような存在を観察する。彼の雰囲気から普通の奴らとは違ったオーラを感じる。言ってみればリリィンを怒らせた時の雰囲気に似ているのだ。つまり規格外。
(コイツらは……仲間っぽいか)
もちろん他にも規格外っぽい者たちはいた。イヴェアムの近くにいる赤髪の男に、人間であろう筋肉男だ。しかしどうにも魔王と敵対しているような感じは見受けられない。
(……ん? アイツは……よく分からんな)
白髪の女性に視線が向かったが、強いのか弱いのかよく分からない。一言で言うと不気味さだけを感じた。人のような人でないような。それはモンスターと出会った時のような感覚でもあり、強そうな『魔人族』と出会った時のような感覚でもあった。それと同時に意思も何も無い人形のようにも感じる。
(……ん? あのオヤジは……あ、そうか、確か国王だ国王。名前は…………まあ国王でいいか)
そんな白髪の女性の傍に立つ見知った顔。だがすっかり名前は抜け落ちている日色だった。
しかし自分がこの世界に召喚されて、初めて目にした国王であることは薄々覚えていた。向こうはこちらには気づいていないようだが。
(まあ、『インプ族』の姿だし、印象も無いだろうからな)
そう思っていると、
「あ、君はあの時の?」
不意に声を掛けられそちらに視線を向けると、そこには最近見た女性が映っていた。
(この女、確かあの時魔王を迎えに来た……)
妖艶な美女の代名詞のような女である。喫茶店でイヴェアムと話している時、彼女がイヴェアムを喫茶店にまで迎えに来ていたのだ。その時に会ったことを思い出した。
「知っているのかシュブラーズ?」
「え、ええまあ。簡単に言えば陛下の……コレかしら?」
髭のオッサンのお蔭で、女の名前がシュブラーズというのが分かった。
そのシュブラーズが、オッサンに対し小指を立てる。
「だ、誰がこ、こここ恋人ぐっ!?」
それを見ていたイヴェアムは、自身が重傷だということも忘れて大声を張り上げたため胸に激痛が走ったような仕草をする。だがそのせいか、先程まで虚ろだった意識がハッキリとしたような印象だ。
「はあはあはあ……ヒ、ヒイロ? こ、これは……幻ではないのか?」
「おい魔王、オレはお前に文句を付けに来た」
ビシッと指を差すと、
「契約内容に齟齬があるんだが、それをどう考える?」
「そ……そご? な、何を……?」
またも意識が混濁してきたイヴェアム。
「そもそも、何でオレがわざわざ雇い主の所まで……って聞いてるのか?」
日色は不機嫌面で物を言うが、どうやらイヴェアムはそれどころではなさそうだ。このままではスムーズに話が進められない。
「陛下! ええい、何者か分からんが後にせい! 今は」
「黙れ、オレは話をしに来たんだ。だから」
そう言って日色は指先に魔力を宿す。
そして『完治』の文字を書くとそれをイヴェアムに向かって放つ。
「貴様何を!」
日色が魔法を放ったので、髭のオッサンが咄嗟に飛んでくる文字を弾こうと腕を伸ばすが――。
……クイ。
日色が地面に向けて指先を動かすと、まるでフォークボールのように文字の進む方向が曲がり彼の腕を避けた。
そして文字はピタッとイヴェアムに張り付く。
――ピカァァァァァッ!
眩い光の粒子が彼女の全身を包み込んだ。
「……ああ、温かい。何て心地良い光なんだ」
イヴェアムは、まるで母親に抱かれているような安心感を覚えている表情を見せる。
「な、何なのこの凄まじい魔力は!?」
シュブラーズは光に目を見張りながら叫んでいる。
「む、むぅ!」
髭のオッサンも咄嗟に身体を離しそうになったが、光に包まれているイヴェアムを凝視している。そしてその光が徐々に弱まっていく。
「おい貴様ァ! 陛下に何を!」
「黙れ髭男爵」
「ひ、ひ、髭男爵だと……!?」
日色の無遠慮の言葉に対し、ショックを受けたように髭男爵は口を開けて固まってしまっている。
「いつまで寝てる。さっさと起きて事情を説明しろ魔王」
「な、何を言ってる! 陛下は――」
すると日色の言葉に呼応するかのように、ムクッとイヴェアムが上半身を起こした。
その表情はキョトンと固まっており、自身の胸を恐る恐る触っている。
激痛が嘘のように消えている。傷跡もだ。それがきっと不思議で仕方ないのだろう。
「へ、陛下?」
さすがの髭男爵も、突然顔色の良くなったイヴェアムを見て、首を傾ける思いだった。
「……な、何をしたんだヒイロ?」
当然自身の身体に起こった謎を、それを起こしたであろう日色に聞いてくる。
「そんなことはどうでもいい。だがこれは契約外の貸しだ。覚えておけよ」
「ヒ、ヒイロ…………そうか、お前が治してくれたのか……礼を言う」
イヴェアムが胸に手を置いたままで、微かに微笑みを浮かべる。だが次の瞬間、ハッとなって顔を上げる。
「し、しかしヒイロ! お前が何故ここに? 国の防衛を依頼したはずだぞ!」
「依頼ですと? どういうことですかな陛下? いや、それよりも本当に体の方は良いので?」
「あ、は~ん、そ~ゆうことなのねぇ~」
髭男爵が混乱しながらも体調を気にしてくるが、シュブラーズは二人の関係を理解したように頷いていた。
「マリオネ、ヒイロは私が雇った。安心していい。それにこうして身体も治してもらったのだ」
「それはホントか魔王ちゃん。一応《増血薬》を飲んでおいた方がいいだろ?」
そう言って筋肉男が小さな玉を差し出してきた。
「感謝するジュドム殿。だが何故か体はすこぶる快活のようだ。恐らくヒイロの魔法のお蔭だろうが」
どうやら筋肉男はジュドムというらしい。
……どこかで聞いた名前だが憶えていない。
そんなジュドムは確かに彼女の顔色を見て納得した。先程まで血の気が失せて青白かったのに、今は血色の好い肌をしている。
「しかしお前さん、『魔人族』だろ? それなのに光魔法? 一体何者なんだ?」
だがそこに赤髪がジリジリと後ろへと下がってくる。
「いろいろ疑問を解決したいのはお互い様だが、そろそろこの状況が動くぞ。見てみろ、獣王レオウードが痺れを切らし始めている」
赤髪の視線が向く先には、規格外のオーラを纏った獅子がいる。
(ほう、あれが獣王か……なるほどな)
確かにあのアノールドの師であるララシークが認めるだけの存在だ。この目で見て実感した。
レオウードは、日色の登場のせいで戦うタイミングを逃していたようだが、イヴェアムが治癒された様子を見て、強張った表情で睨みつけてきている。全身から殺気を迸らせて。
するとレオウードが両拳に力を集中し始めた。
「ウオォォォォォ……」
彼を中心にしてミシミシッと大地に亀裂が走る。
「このまま戦えばここら一体は更地になりそうだ」
赤髪がレオウードの力を察して呟く。
皆が警戒している中、レオウードが空高く飛び上がった。
「マリオネ、陛下を!」
赤髪がそう言うが、
「大丈夫だマリオネ。一人で動ける。皆この場から離れろ!」
イヴェアムの言葉を受け、レオウードの真下にいる者たちはその場から離れようとする。
「喰らえ『魔人族』どもォォッ!」
両拳を腰で構え、そのまま地上へと凄まじい勢いで落下してくる。
「ウオォォォォォォッ! 《極大焔牙撃》ィィィィィッ!」
身体から紅蓮の炎が迸り、その炎が彼の両拳に集束していく。
そして両拳を開いて前方へと突き出す姿は、まるで獣の牙がごとく。
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!
落下した衝撃と、レオウードの技の破壊力で凄まじい衝撃波が迸る。
それと同時に、彼を中心にして波紋のように炎が広がっていく。牙の餌食から逃れたと思っても、その遅い来る第二波とも呼ぶべき炎の波がターゲットを逃がさない。
日色たちも、牙を直接受けないようにその場から離れはしたが、第二波があるとは思っておらず、目の前に炎の壁が迫って来た。
凄まじい熱量とスピードで迫ってくるソレを見て、日色はめんどくさそうに溜め息を漏らす。
(おいおい、何でこんな目に合ってるんだ?)
まさしくここに来たことが原因なのだが、こんなややこしい場面に巻き込まれるとは思ってもみなかった。
だが呆然としていると炎に包まれてしまうので、即座に何とかしなければならないのだが、日色は慌ててはいない。
一応《設置文字》である『防御』の文字はいつでも使えるからだ。それを使えばこの程度の攻撃なら防げる。
しかし、隣にいる魔王であるイヴェアムを殺させるわけにはいかない。何故なら彼女は貴重な《フォルトゥナ大図書館》への切符なのだから。依頼主を失うわけにはいかないのだ。
だから彼女だけでも《文字魔法》で守ろうかと思ったその時、日色の目の前に赤髪が立った。
彼は目の前に迫ってくる炎をその鋭い目で睨みつける。するとどういうわけか、真っ赤に燃える炎が、薄黒く変色していくではないか。
パサァァァァァァァ…………。
驚くことに、炎は数え切れないほどの粒状になって霧散していく。熱さも微塵に感じない。
(何だコレは……? 砂? いや……灰?)
日色の思った通り、それは灰だった。炎は瞬時にして灰になり、地面に散っていったのである。
「姫、無事か?」
「ああ、さすがはアクウィナスだ!」
赤髪の名はアクウィナスということが判明し、彼は彼女の無事を確認すると、再びレオウードの方を見つめる。
大きなクレーターの中心では、忌々しそうにレオウードがアクウィナスを睨みつけていた。
炎が灰になって助かったのはルドルフ側も同じだったようで、兵士たちや大臣であるデニスは生きた心地がしない感じで大きく息を吐いていた。
しかしルドルフと白髪の女性だけは、その場を動かず微動だにしていなかった。まるでアクウィナスが何とかするものだと知っていたかのように。
「やはりこの程度では傷一つ付けられんか。さすがは《魔眼の将》だ」
レオウードは舌打ちをしながらも、何故か嬉々とした表情をしている。まるで戦うことが楽しいと思っているように見える。相手が強者であればあるほど、彼の気持ちは昂ぶっていくのかもしれない。
(これだからバトルジャンキーは始末に負えん)
日色はジト目でライオンと名付けることに決めたレオウードを見つめる。
(しかしコイツら……確認してみるか)
『覗』の文字で相手の《ステータス》を見ることにした。これだけの強さなら、相当のレベルを有していると思ったからだ。
アクウィナス・リ・レイシス・フェニックス
Lv 243
HP 11645/11645
MP 8233/9574
EXP 24950212
NEXT 463080
ATK 1627(1784)
DEF 1569(1625)
AGI 1891(1971)
HIT 2023(2045)
INT 2361(2390)
《魔法属性》 闇
《魔法》 デッドアロー(闇・攻撃)
ヘルフレイム(闇・攻撃)
ダークリベレイション(闇・移動)
デス・アウト(闇・攻撃)
フールアムド(闇・支援)
シャドウカーテン(闇・支援防御)
ブラックホール(闇・攻撃)
エンペラーノヴァ(闇・攻撃)
《称号》 魔眼を持つ者・忌み人・最上級魔人族・羽根付き・モンスターの毒・ユニークジェノサイダー・人斬り・超人・魔眼の将・クルーエル・無愛想・冷酷無比・強者を求める者・生と死を見続けてきた者・闇人・極めた者・超越者・最強・魔の皇帝
コイツはとんでもない《ステータス》である。
レベルもさることながら、日色が今まで見てきた誰よりも凶悪な称号の持ち主のようだ。
(特に《最強》……《魔の皇帝》も気になるが、《最強》……シンプル過ぎて逆に怖いな)
そう思いアクウィナスを見る。その風格を感じただけで、その称号に偽りが無いことを悟ってしまう。
(しかもこの半年間、レベル上げに集中してきたオレよりも上だとはな……)
ヒイロ・オカムラ
Lv 221
HP 8387/8387
MP 11370/15500
EXP 16278322
NEXT 337766
ATK 1344(1444)
DEF 1105(1120)
AGI 1617(1667)
HIT 916(966)
INT 1395(1405)
《魔法属性》 無
《魔法》 文字魔法(一文字解放・空中文字解放・多重書き解放・二文字解放・複数発動解放・設置文字解放・三文字解放・遠隔操作解放・範囲指定解放・自動書記解放・四文字解放)
《称号》 巻き込まれた者・異世界人・金色の文字使い・覚醒者・人斬り・想像する者・ユニークジェノサイダー・グルメ野郎・我が道を行く・妖精の友・ミカヅキの飼い主・モンスターの天敵・放浪者・瞬光サムライ・超人・幼女落とし神・魔に好かれし者・巻き込まれ体質・人タラシ・子供のヒーロー・鈍感マイスター・読書マニア・食いしん暴君・勘違いプリンス・超絶ダイバー・テレポーター・至高の魔・ニッキの師匠・極めた者・超越者
自分の《ステータス》と比べても、その戦闘力にはさすが種族の違いが現れていると思った。
だがそれだけでなく、アクウィナスは『魔人族』の中でも特別に強いのだろう。日色が今まで会った中で、最高の《ステータス》持ちだった。
(まあ、人間の中にも天賦の才を持ってる奴はいるしな。コイツは戦闘に長けた『魔人族』の中でも、最も才能に恵まれた奴ってことだろうな)
そうでなかったらここまでのレベルにならないし、なったところでこれほどの《ステータス》を有しているとは思えない。日色も魔力とAGIには恵まれた才を持っているが、アクウィナスはほぼ全部なのでこれが天才かと呆れるばかりだった。
(……ん? だがコイツの名前どこかで…………気のせいか?)
どこかで見たことのある名前だと思ったが、思い出せないのでスルーすることにした。
凄いのは彼だけでなく、イヴェアム、マリオネ、シュブラーズ、そして敵のレオウードも、アクウィナスには及ばないが、凡そ常人には達すことのできない《ステータス》を持っていた。特に人間だろうと思われるジュドムが凄かった。
(魔王102、髭男爵167、デカチチ女128、ライオン199、それに……)
ジュドムの《ステータス》を見て、感嘆の声を上げる。
ジュドム・ランカース
Lv 210
HP 9043/9478
MP 6666/7100
EXP 13719035
NEXT 282577
ATK 1813(1940)
DEF 1582(1660)
AGI 1279(1320)
HIT 1536(1581)
INT 1027(1041)
《魔法属性》 火・風・雷
《魔法》 ファイアボール(火・攻撃)
フレイムロケット(火・攻撃)
オーラ・タイム(火)
ウィンドカッター(風・攻撃)
サイクロン(風・攻撃)
オーラ・タイム(風)
サンダーショック(雷・攻撃)
プリズムブレイク(雷・攻撃)
オーラ・タイム(雷)
《称号》 鍛える者・剛腕・王の親友・破壊人・フェミニスト・酒飲み・仲間思い・人気者・頼りになる人・ナイスミドル・ユニーク殺し・モンスター殺し・放浪者・冒険者たちの憧れ・デカイ男・人生の先輩・キングダンディ・ギルドマスター・超人・極めた者・王の器を持つ者・衝撃王・超越者
(まるで獣人のような身体能力の持ち主だな。この筋肉男も恵まれた存在ってやつか)
実は一番恵まれているのは日色の《文字魔法》なのだが、自分のことを棚に上げて彼らに少なからず嫉妬しそうになる。
幾ら異世界人補正で普通の人間よりはパラメータの上がり具合が良いといっても、獣人のそれと比べるとやはり差が出てくる。
唯一身体能力で対抗できるのは素早さだけなのだが、それでも一つだけでも誇れるものがあると思い納得する。
そこで一つ気になっていた人物がいるのを思い出した。日色はすかさずその人物の方へ視線を動かす。
ヴァルキリア03号
Lv 200
HP 15000/15000
MP 0/0
EXP 0
NEXT 0
ATK 2200()
DEF 2200()
AGI 2200()
HIT 2200()
INT 300()
《魔法属性》
《魔法》
《称号》 造られし者
何から突っ込めば良いか分からなかった。パラメータ、魔法、称号、どれも一様に納得ができるものでは無かった。
(何だアイツは……)
すると日色が見つめていたことに気がついたのか、白髪の女性――キリアが視線をぶつけてくる。その目には凡そ生きる意思というものが感じられないように思えた。
だが自分の目を信じるとなると、この場にいる者たちの中で、彼女の身体能力が一番であり、魔法無しで純粋に戦った場合、誰も勝てないことが予想できた。
互いに目を合わせていた二人は、どちらが先に目を逸らすか勝負しているように動かさない。
「どうしたんだヒイロ?」
その声はイヴェアムのものだったが、思わずそちらに反応してしまったせいで日色が先に目を逸らすことになった。しまったと思い、もう一度彼女の顔を見ると、「……フッ」と若干顔を上げ、目を細めて見下すような優越感を含んだ顔を見せつけてきて息を漏らす。
「ぐ……こののっぺら女……」
どうやら日色の中で、無表情のキリアの呼び名がのっぺら女と命名されたようだ。
「ヒ、ヒイロ?」
「ああ?」
もちろん何も知らないイヴェアムは悪くないのだが、日色にとっては話しかけたのが彼女なので怒りの矛先が向けられてしまった。
「う……な、何かしたか私?」
突如不安気に尋ねてくる彼女を見て、浅く息を吐く。そして小さく首を振ると、
「いや、何でも無い。それよりこの状況、一体どうするんだ? オレは早く帰りたいんだが?」
「帰りたいのは私も同じだ。あ、そう言えばヒイロは【ハーオス】から来たのだろ? どんな様子だ【ハーオス】は? あ、いや、そもそもどうやってお前はこちらに?」
矢継ぎ早に質問してくる彼女に対して鬱陶しいと思いつつも、確かにそれを説明しなければ話も進まないと思った。だがこの状況でのんびりと説明している暇は無い。
「とにかく、話は落ち着いてからだ。おい魔王、さっさと帰るぞ」
「え? あ、いやだから、どうやって帰るのだ? この状況で? ヒイロがあの者たちを退けるのか?」
殺気塗れのレオウードを指差して聞く。
「はあ? そんなめんどくさいこと誰がするか。オレへの依頼は国の防衛だろうが。それ以外は無料働きになる。オレは嫌だぞ」
「で、ではどうやってここから?」
「その前にだ、帰るのはお前一人でいいよな?」
「え? は? い、いやいや、帰るのは皆でだ!」
日色は当然だろうと言った表情でそう言うのを聞いて、頭が痛くなる思いだった。
こんな顔をした人物は、こちらが何を言っても聞かない。融通が効かないのだ。もし彼女一人を連れ帰ったとしたら、すぐにでもここまで一人でもやって来るだろう。それでは意味が無いのだ。
日色は諦めて肩を落とすと、大きく溜め息を吐き、彼女の目を見返した。
「な、何だ?」
いきなり目を見つめられたのでドキッとするイヴェアム。
「…………最後に言うことは?」
「は?」
「ここから帰してやるから、アイツらに言うことはあるのかって聞いてるんだ」
ルドルフの方を指差して言う。
「え……いや、だから何を言って」
「ああもう鬱陶しい!」
日色はイラッとして瞬時に指を動かす。イヴェアムはその時、膨大な魔力を感じる。それは日色と初めてあった時、日色が使った魔法を見た時と同じ感覚だった。
日色は描いた文字を発動させる。
『送還』と『三人』。
突然音も無く、目の前からアクウィナス、マリオネ、シュブラーズが消えて、誰もがポカンと口を開けた。
「ほら、奴らはもう国へ送ったぞ」
「え……は? う、嘘……」
「魔力も感じないだろ?」
「っ……本当ね」
実は日色の言うことを完全に信じていなかった様子のイヴェアムだったが、日色の言っていることを確かめたことで信憑性が格段に上がったらしい。
「ヒ、ヒイロ……本当に……?」
だがまだ信じ切れていないのか目を大きく見開き尋ねている。
しかしもう日色は限界と言った感じで睨みつけた。
「これで最後だ。何も言うことなかったら、問答無用で送る」
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ! キリア! 一緒に…………」
イヴェアムはキリアも共に帰ろうと言いたかったようだが、彼女の無機質な目を見てゾッとした表情をする。
その様子を見て、日色はイヴェアムとキリアの両者には、確かな絆がある……いや、あったのだろうことは何となく想像することができた。
「なら今まで過ごしてきた時間は何だったのよ……キリア」
それでいてイヴェアムのこの言葉だ。
だがそんなイヴェアムの思いをよそに、キリアはすでに行動を起こしていた。その凄まじい速さでイヴェアムの懐へ潜ると、またも先程のように胸を貫こうと貫手を放ってくる。
だが――バシィィィィィィ!
先に驚愕の思いをしたのはキリアの方だった。キリアは何かに弾かれるように後ろへ飛ばされてしまった。
「悪いが、コイツを殺らせるわけにはいかないんだよ」
日色の手の甲には『防御』の文字が光り輝いていた。
これは《設置文字》だったのだが、それを知らない他の者は、光り輝く魔法の壁を見て、また光魔法を使用したのかと勘違いしている。
「私の攻撃を防ぐ? 何なのですかその魔法は?」
キリアが淡々と言葉を並べてくる。
「答える義務は無いな。精々何が起こったか思い悩むんだな」
どうやら先程目を逸らしたことで、一本取られたことを根に持っていたようだ。
イヴェアムもまたその防御壁を見て驚愕しているが、ここなら安全だと思ったのか、表情をキリッとしたものに戻しキリアに向ける。
「キリア……まだ私はよく理解していないが、私は、私の魔王を貫く! そしていつか、お前の目を覚まさせてやる!」
「……はぁ、私は起きていますが?」
イヴェアムの言葉はキリアには暖簾に腕押し状態のようだ。悔しそうに歯噛みしながら、イヴェアムは鋭い視線をルドルフに向ける。
「ヴィクトリアス王よ」
ヴィクトリアス王はさすがに王なのか、いろいろ予想外であろう出来事が起きてしまっているものの、威厳を保ちつつ、彼女の顔を無言で見返している。
「一つだけ言っておく。私は……」
「…………」
「私は諦めぬ! 何故な――」
――ピシュン!
と一瞬のうちに彼女の姿が消える。
その後ろにはイライラしている日色がいた。
「話が長い」
イヴェアムの舞台にあっさりと幕を下ろさせた日色は、
「あ、そういやアンタはいいのか?」
ジュドムに声を掛ける。
彼は人間だが、イヴェアムを庇っていたように見えたので、仲間と判断していたそのため、彼だけ飛ばさずに残したというのが本当の理由だった。
だが話の長さにイラッとしてしまい送り返してしまった。だからもう直接本人に【魔国】へ行くのか聞いた。もうついでだから何でも良かった。
「いや、話を聞くに魔界へ戻るんだろ? 俺は俺で、こっちでやることがあるからな」
「そうか、なら置いていく」
「あ、ちょっと待てよ。……これを魔王ちゃんに渡してくれ。テッケイルからの情報だってな」
ジュドムから一枚の紙を受け取ると、黙って懐へとしまう。
「なあおい、お前さん名前は何てえんだ?」
「それならアッチの愚王にでも聞くんだな」
「ルドルフにか?」
そう言ってヴィクトリアス王――ルドルフを見るが、彼は何のことだ? と言わんばかりに眉をひそめている。
(あ、そうか、今は『インプ族』だったなオレ)
ジュドムの言葉を無視して消えようと思ったところ、
(あ、そういや言いたいことあったんだっけか)
ルドルフの方に身体を向けると、「おい国王」と声をかけた。
「……?」
「お前、勇者どもを捨て駒にしたな?」
「…………」
「ま、それはどうでもいいんだけどな」
いいのかよと周りから突っ込みが聞こえそうになる。
「あの時、召喚された当初はオレはまだヒヨっ子で、強くなるまでは自分のことを隠しながら旅してきた」
「……召喚だと?」
ルドルフの眉がピクリと上がる。それを見て日色は微かに頬を緩める。
「だが今は違う。バレて目立っても問題ないほどいろいろ経験してきた」
「召喚……その態度……まさかお主……!?」
段々とルドルフの顔が驚愕に歪められていく。
「今なら言える。オレをこの【イデア】に召喚してくれたこと感謝してるぞ」
「…………」
「もう二度と会うことも無いだろうから一応礼を言っておこうと思ってな」
「お主……そうか、勇者とともに召喚されてきた」
「そう、一般人だ」
王の愕然とした顔が面白くて日色がほくそ笑んでいる。だがそこでルドルフは自分の考えを切り捨てるように首を左右に振る。
「ふん、馬鹿を言え。お主は『魔人族』であろうが! あの時召喚されたのは……っ!?」
すると日色の顔が『インプ族』から元の日色の顔へと戻る。無論戻ったのは『元』の文字を使ったからだ。
「こんな顔だった……か?」
それにはその場にいる誰もが驚いた。瞬間移動に治癒魔法、そして光の壁。更には変身魔法。あまりにも不可思議な日色の魔法に、思わず時が止まったように静かになる現場であった。
「あ~少しはスッキリした。バカ弟子のバカっぷりに魔王の話の長さでイライラしてたが、少しスッキリしたな」
全部ストレス解消のために皆を戸惑わせてちょっと楽しんでみた。だが半年前の日色なら間違いなくこんなことはしなかった。
(ん~これは赤ロリに影響受けたか……?)
こんな人をおちょくるようなことをして楽しむのはまさしく旅仲間であるリリィンの専売特許なのだが、長く一緒にいる間に少し影響されてしまったかとこの時思ってしまった。
(いや、少し自重しよう……)
リリィンみたいにはなりたくないと反省をするが、妙に溜飲が下がる思いがして気分が良いので、やって良かったかもとも思った。
日色はもう一度『化』で『インプ族』の姿に戻ると、軽く鼻を鳴らす。
「さて、それじゃオレはここらで」
「待て小僧がァッ!」
「ああ?」
いつのまにか上空へと舞い上がっていたのはレオウードだった。両拳に力を溜めている。これは先程放った技と同じ姿だった。
「魔王をどこへやったぁっ!」
「…………自分で探せ」
それだけ言うとプイッと下を向いた。
「なっ! ならその身体に聞くまでだァァァァァッ! 喰らうがいいっ! 《極大焔牙撃》ィィィィィッ!」
先程と同様に凄まじい破壊力を込めた真っ赤な牙が襲い掛かってくる。日色の作った防御壁と衝突する。
――ビギギギギギギギギギギギッ!
衝撃音と、魔力と魔力が衝突し合って、互いに激しく擦り合わさる音が轟く。
「……ほう、さすがは獣王だな」
先程確認した《ステータス》に獣王と乗っていたので、彼が【獣王国・パシオン】の国王だということはすでに理解している。そしてその国王の強さは半端無いと噂でも聞いていた。
日色が作った壁が、彼の力に負けそうになっているので、その暴力の強さに感心するように声を漏らしている。
「だが残念だな」
――バシィィィィィィィィンッ!
「グハァァァァァァァッ!?」
突然壁が眩い光を放ったかと思うと、レオウードの放っている力がその壁に当たり、自分に返って来たのだ。
『反射』
それが日色が新たに書いた文字の効果。この文字は一度だけならどんなものも弾き返すことができる極めてチートな文字効果を持つ。
レオウードはそのまま吹き飛ばされ地面に転がっていく。そんな彼に対して一言。
「レベルが違うってことだ。精進しろよ獣王。じゃあな」
――ピシュン!
今度こそその場から消えた日色であった。
※
「そ、そんな……父上の《化装術》をいとも簡単に……」
レオウードの第一子であるレッグルスは、自分よりも遥かに強い父親の技をあっさりと跳ね返してみせた謎の少年を見て吃驚していた。
無論父親は怒りに狂い暴れ倒すのではと思っていた彼は、ハッと息を飲みながらレオウードを見つめる。
しかし予想は呆気なく裏切られた。
「ガハハハハハハハハハハハ!」
何とも楽しそうに笑っているのだ。
「ち、父上……?」
そんなレオウードの様子に思わず言葉を失い固まる。そんな息子の思いなど露知らず、レオウードは膝をポンポンと叩き、
「いや~参った参った! 何だあの小僧は! このワシをコケにしおるとは、何とも愉快な小僧だ! ガハハハハハ!」
頭でも打ったのかとレッグルスは心配になって近づくが、
「おい見たかレッグルス、あの赤ローブの小僧を」
「え、あ、はい。そ、それより父上は大丈夫ですか?」
「無論だ! この程度では驚きはしたがダメージは受けん! いや、しかし面白い小僧だ! 是非とも今度は全力でぶつかりあいたいものだ! ガハハハハ!」
豪快に笑う父を見て、その彼がしたことで憤慨していたのではと思い首を傾ける。
「魔王には逃げられたが、面白い出会いがあった! 今はそれを喜ぶとしよう! それに魔王は魔界へと帰るはずだ! すぐに向かうぞレッグルス!」
「は、はい!」
「ガハハ! そこにあの小僧もいるといいんだがな! 面白い! 実に面白いぞ!」




