81:裏切りの痛み
「……さあ、説明してもらおうかジュドム?」
外へ出てきてすぐにそんな言葉を言い放ったルドルフを待っていたのは、もちろんイヴェアムたちの敵意と殺意だった。特にマリオネは、今にも飛びかかりそうな雰囲気だ。
周囲には多くの兵士がいるとは言っても、彼が本気で暴れればものの数ではないだろう。デニスなどは恐怖に全身を震わせ兵士の陰に逃げている。
だが様々な意を一身に集めているルドルフだけは、平静を装いジュドムに問い質していた。
「何故、《聖域の間》の情報が外へと伝わったか……だったか?」
「そうだ、あの部屋は完全に隔離された空間になっており、外からも中からも、決して情報は洩れないし、入っても来ないはずだ。それなのに何故だ?」
彼の疑問は尤もだ。
事実、彼らはあの中にいる時、外の情報は一切入ってこなかった。ドアのすぐそばに待機しているはずの兵士の存在も、誰かの話し声も、何もかも伝わってはこなかった。
そしてその逆に、こちらの情報も同じように外へは洩れないようになっていたのである。だが現実は、ジュドムの部下が異変を察知しタイミングよく現れた。それが不思議で仕方無い。
イヴェアムたちもルドルフと同様の疑問を抱えていたので、ジュドムに注目している。
「おい」
ジュドムが傍にいる部下の一人に声を掛ける。
するとその人物がやって来て、一枚の紙を見せて何かを耳打ちする。ジュドムは聞きながら紙に一通り目を通す。途中で怪訝な表情をしたが、すぐに笑みを浮かべる。
「……なるほど、やはりアイツが動いてくれたというわけか。もういいぞ、ホントに助かった、ありがとな。持ち場について次の対応を行ってくれ」
部下は嬉しそうに微笑むとその場から立ち去って行った。
「……さて、説明だったな。全てはこの紙を……いや、この文字を届けてくれた者のお蔭だ」
「文字……だと?」
ルドルフは眩しそうな目をしながら遠目に紙を見つめる。
そこには確かに文字が書かれてあった。
「ここにはこう書かれてある。会談は偽装、全ては謀計による秩序破壊。魔王を助けられたし……と。冒頭にはそう書かれてある」
ルドルフは先程とは違い、険しい表情をしている。さらにジュドムは続ける。
「ある者が、この情報を俺の部下に届けてくれた。まあ、何かあればある場所に情報を届けるように言っておいたんだが、それが役に立った。実際驚いたらしいぜ部下たちゃあ。何と言っても自分たちの隠れ家に、鳥が入って来たと思ったら、紙に触れると文字が浮き出てきたらしいからな」
しかも書かれた内容が普通なら笑い飛ばせるほどのものだった。
だが差出人の名前と、ジュドムに予め聞いていた会談に対しての危惧があったから、部下たちはその情報を信じて即座に動いたのである。
「ポートニス、これを」
ジュドムはそう言って、彼女に短剣を手渡した。
「……これは!? ゆ、《勇者の遺物》!?」
「ああ、会談場所がここになることを早めに察知して、それを部下たちに探させていた。念には念を……ってことでな。まさか必要になるとは思わなかったから携帯してこなかったがな」
仮に携帯していたとしても、中へは持ち込めないようにされるので、こうなった以上、結果的には部下たちの手元にあって良かったと言える。
「それはお前が持っててくれ」
「い、いいのかしら?」
「ああ、お前なら信用できるしな。それと、ここから他の神官たちを連れて離れてろ」
長い付き合いのお蔭なのか、それだけでジュドムの言いたいことを把握して、ポートニスは「分かったわ」と言うと、大事そうに短剣を両手で抱えると、他の神官たちを連れてその場から離れて行った。
「……一体」
「ん?」
「一体何者なのだ? そんな情報を伝えた者は?」
ルドルフが忌々しそうに言葉を吐くと、彼にとって信じられない名前が飛び込んで来る。
「……ナザー・スクライドだ」
「……な、何だと?」
その名は聞いたことがあるはずだ。
いや、実際に会って何度も話をしているだろうし、有名な画家である彼からは、絵画も何枚も購入している。城にも彼の絵を飾っているところがたくさんある。ルドルフは彼のファンだったからだ。
だがその名前を聞いて驚いたのはルドルフだけでは無かった。
「ナ、ナザー……だと? ジュ、ジュドム殿! そ、そのナザーという男は……」
イヴェアムは確かめるように言葉を絞り出していく。
「ああ、魔王ちゃんの思っている通りだ。彼だよ、《魔王直属護衛隊》の《序列三位》、テッケイル・シザーだ」
「そ、そうか……アイツが……」
するとどこからかうんざりした溜め息が聞こえた。
イヴェアムはハッとなり周りを見渡したが、
「どうかされたのですか?」
キリアはそんな彼女の行動に眉をひそめて聞いてきた。
「い、いや、何でも無い」
気のせいだったかと思い、イヴェアムは若干不思議な気持ちになりつつも再びジュドムに視線を戻す。
「では今彼がどこにいるのかも知っているのですか?」
「……ああ、それなんだが、」
「そんなことはどうでもよろしいでしょう陛下」
マリオネがギリギリと歯噛みしながら、周りにいる『人間族』を睨みつけていた。彼の怒りは相当溜まっているようだ。
「確かにそうだ。姫……いや、陛下、早々に【魔国】の情報を得た方がよいだろう」
アクウィナスのその言葉にハッとなり、口を開こうとするが
「そうではないっ! 今こそ思い知らせてやるべきだ! 我々を裏切った報いをな!」
マリオネは両手に魔力を宿していく。周りにいる兵士たちに緊張が走る。
デニスは「ひぃ!」と腰を抜かしている。
「よせマリオネ!」
「何故止めるのですか陛下! 今は外、このような脆弱なゴミどもなど、ものの数分で」
「よせと言っている!」
イヴェアムはキッと睨むように彼を見つめる。
「……納得のできる理由を聞かせてもらいますな?」
「今は何もかもが疑問で一杯だ。ヴィクトリアス王の言うように、勇者や『獣人族』が橋を渡って魔界へ攻め行ったといったが、【ムーティヒの橋】にはイーラオーラが常に控えているし、今はシュブラーズやグレイアルドだっているんだぞ? 私たちが橋を渡る前に通ろうとするならイーラオーラから情報が来ているはずだ。そうだなキリア?」
「その通りです。情報は常に私に入ってきますので、異常があればすぐにでも陛下のお耳に入れます」
幾ら最高戦力を投入したからと言って、『魔人族』の軍に、《クルーエル》が二人、イーラオーラだって元 《クルーエル》であり、そんなに簡単に突破できるとは思えない。
仮に突破できたとしても、【魔国】にも兵士たちはいるし、そこまで辿り着くまでに疲弊した彼らなら、防衛はできるだろうと思った。
ここに来る途中、橋に争いの様子は無かったし、勇者だってそこにいた。もし彼らが暴れたとしても、シュブラーズたちが何とかしてくれていると信じている。
「…………なら仮に戦争になっているとしても、もう鎮圧化していると?」
「ああ、『魔人族』たちは手傷を負った者たちに制圧されるほど柔ではないはずだ」
「……確かに。なら奴らの謀計は崩れ去っているということですな」
途端に優越感が含まれた笑みを浮かべるマリオネ。
追い詰められているはずのルドルフは何も言わず、ただ目を閉じているのが不気味だが。
「ふん、謀が不完全だったようだな。我々を甘く見ていたせいだ」
マリオネが続けて言うが、ルドルフが「……ははは」と、何故か突然笑い始めた。
「どうやら全ての思惑が外れておかしくなったようだな」
ひとしきり笑った後で、ルドルフは目を開いてマリオネを見る。
「いやいや、笑ってすまない。うむ、確かに当初予定していたシナリオとは食い違っているが……それでもこちらの思惑は進んでいる」
「ふん、強がりを」
「ははは、魔王よ」
マリオネの言葉を無視してイヴェアムに話しかける。
「……何だ?」
「貴公は『魔人族』を信じていると言った」
「ああ、私は家族を信じている」
「ふむ、ならもしその家族が貴公を疎ましく思っていたらどうだ?」
「……何を急に」
「『魔人族』にだって感情がある。意思がある。なら個人の考えだって持っているはずだ。それとも、全ての『魔人族』がお主に忠誠を誓っているとでも? それこそ思い上がりではないかね?」」
突然何を語り出したのだとイヴェアムは眉を寄せながら聞いている。
「考えてもみたまえ。幾らこちらと『獣人族』の最高戦力があるとはいえ、戦力の集中している橋を力づくで渡る愚行をすると思うか? もしやすると橋が破壊されかねないのだぞ?」
それは確かにそうだった。【ムーティヒの橋】はそれほど頑丈というわけではない。もしそんな戦力同士が争えば橋は簡単に壊れてしまう。だからこそそこで争う選択をするとは普通では考えられない。
「いいことを教えてやろうか魔王。信じられないかもしれないが、こちらの戦力は全て無傷で魔界へと渡ったはずだ」
「そ、それはありえん!」
「ありえん? 何故だ?」
「確かに争って渡れる可能性はゼロではないだろう。しかし無傷など到底ありえん! ここに来る途中、勇者たちを見た。つまりその時は、まだ橋を渡ってはいなかったということだ」
「…………」
「その後に渡ったとしても、こちらには信頼できる仲間たちがいる。こちらの最高戦力が三人もいるのだぞ!」
イーラオーラもその数には入るほどの実力者だということをイヴェアムは知っている。先代にもその力を認められ、他種族からも恐れられるほどの力を有しているはずだ。
「だからもし戦いになったとしても、無傷などありえん!」
「…………もう一つ面白い情報を教えてやろう」
「何……?」
「勇者たちが魔界へと渡ったのは……………………貴公らが橋を渡る前だ」
「っ!?」
イヴェアムはルドルフが言い放った言葉の意味を瞬時に理解できずに固まる。
「そ、それこそもっとありえん! 橋には常にイーラオーラが控えているし、もし争いになっているならこちらへ情報がやってきているはずだ!」
目一杯に声を張り上げて言う彼女を見て、ルドルフは微かに頬を緩める。
「だから言っているであろう。勇者たちは無傷で通ったと」
「だからそんなことは――」
すると彼女の言葉を止めるようにアクウィナスが肩に手を置いてきた。
「……アクウィナス?」
アクウィナスがルドルフに視線を向ける。
「なるほど、お前の言を素直に受け取るのであれば、イーラオーラは……」
「……そう、彼はこちら側の『魔人族』だ」
またもイヴェアムが思わず固まってしまうほどの言葉が吐き出された。
パクパクとイヴェアムは口を動かしているが声にはなっていない。あまりにもルドルフの言葉が衝撃的だったためだ。
「彼がこちら側についてくれたからこそ、今回の作戦を進めたのだ」
「イーラオーラが裏切っただと……?」
マリオネが呟くように言うが、彼も完全には信じていないが、もしそうならルドルフたちが攻める理由に説明がつくのも確かだ。確かにそれなら無傷で橋を通過できるからだ。
「ははは、『魔人族』という存在は、裏切りとは切っても切れぬ縁で結ばれているようだな。信じられぬか? 同胞が同胞を裏切ることが」
「……嘘だ」
「ん?」
「お前の言っていることには根拠が無い! こちらの動揺を誘うだけの詭弁だ!」
「……はぁ、今更貴公らを動揺させて何になる? まあ、信じたくないのであれば、無理に信じなくともよい。しかし……」
ルドルフは、チラリとあるところを見ると、
「実際にその目で見ると、さすがに信じられるのではないかね?」
「……何を言っ……て………………え?」
その時――イヴェアムは自分の身体の違和感に気づいた。
またそれが胸から伝わってくることを把握して、そこに視線を落とす。
おかしい。おかしい。おかしい。
何故――何故――――――――――自分の胸を突き破って誰かの手が見えているのだろう。
そして何故、その手に見覚えがあるのだろう。
考えたくはない。考えたくはない。だがその手の持ち主を確認しなければならない。
痛みよりも、確認することの恐怖で顔が歪んでいた。
おもむろに顔を回して、背後にいる者の顔を見つめる。
その顔を見て、驚愕を越えた思いが全身を貫く。
一体何故……何故そこに――――――――――。
「あなたが……いるの――――――――――――――――――――――キリア?」
――ブシュゥゥッ!
「がはっ!?」
イヴェアムの身体から腕を引き抜くキリアは、何の感情も籠らない無表情で崩れゆくイヴェアムを見ている。
そこへキリアの背後に大きな影が迫ってきた。
――ブゥオォォォォォンッ!
キリアが瞬時に身を屈め、大きな影の攻撃と思われるそれを避け、そのままその場からあっという間にルドルフ側へと移動する。
どうやら手刀で薙ぎ払おうとしたらしいが、その風圧だけで近くにいた兵士たちは吹き飛んで行った。
「ちっ」
その影の正体はアクウィナスだったのだが、さすがの彼も、まさか側近であるキリアが、そのような暴挙に出るとは露ほどにも思っていなかったようで、イヴェアムの守護を疎かにしてしまった。いや、キリアに任せていたことが間違っていたのだ。
ジュドムも突然のことに虚を突かれたように固まっていた。
「へ、陛下ぁぁぁぁっ!」
そんな中、マリオネが強張った表情でイヴェアムの元へ駆けつけ、キリアを睨みつける。
「キリアァァァッ! 貴様何のつもりだぁっ!」
「ぐ……っ」
「へ、陛下! ご無事ですか!」
マリオネがイヴェアムの細い身体を支える。
イヴェアムは必死に起き上がり、キリアを信じられないといった目で見つめる。
「どうかね魔王?」
キリアの言葉が聞きたかったが、聞こえてきたのはルドルフの言葉だった。
「胸の痛み……そんなものよりも心が痛いのではないかね? 教えてやろう、その痛みが………………裏切りの痛みだ」
嘘だ。嘘だ。こんなの何かの間違いだ。
そう心の中で何度も繰り返すが、この痛みでこれが現実に起こっていることを否応なく理解させられる。
そしてその現実は、ルドルフ側にキリアが立っているということだ。
「な……ぜ……何故だ……キリア……?」
夥しいほどの血液を流しながら、必死に顔を上げて自分の側近だった者を見つめる。
「よ……弱みでも……握られているのか……?」
それしかイヴェアムには考えられなかった。そう思うと、途端に憎しみが湧き上がり、ルドルフに怒りの矛先を向けるように視線をぶつける。
だが彼女の問いにキリアは答えない。先程とは、いや、今までとは違い、イヴェアムをまるで地べたに這いずる虫を見るように冷ややかな視線を向けている。
「姫、現実を見ろ。奴は……キリアは裏切り者だったということだ」
アクウィナスは淡々と言うが、イヴェアムは首を大きく降る。
「嘘だっ! そんなことあるわけがないだろう! アイツは……キリアは私が小さな頃からずっと傍にいてくれていた……友達なんだぞ! そうだろ、キリアッ!」
そんな悲痛が混じった言葉が飛び、その中でようやく今まで黙っていたキリアが口を開いた。
「私がですか? それは何かの間違いでしょう。私は今日、この日のために生み出されましたから」
キリアが何でも無いように言葉を並べ立てるが、それを聞いているイヴェアムは訳が分からないといったように眉をしかめる。
「この日のため? 生み出された? 何を言っているんだキリア?」
「私は識別番号03号、戦闘特化型ヴァルキリア。この日のために生み出された人造人間です……あ、間違えました。一応『魔人族』ですから『人造魔人族』ですね」
全く表情を変えずに言う彼女を見て、まるで冗談のようにイヴェアムの耳には届いていた。しかしもちろんキリアは真面目に告白しているのである。
「ヴァルキリア……まさか……いやそんなはずは」
突然訝しむように眉をひそめるアクウィナスの呟きにイヴェアムもハッとなって彼の顔を見つめる。
「し、知っているのか……アクウィナス?」
アクウィナスは段々と顔から血の気が引いていく彼女の顔を見て、
「今はそんなことより、マリオネ、姫を……陛下を頼む」
「貴様はどうするつもりだ?」
「落とし前はつけさせてもらう」
ルドルフとキリアを鋭い目つきで睨みつける。
「俺がここで戦えば、陛下にも被害が及ぶ。お前は一刻も早く陛下の怪我を治して【魔国】へと戻れ」
「ふざけるな……と言いたいところだが、確かに陛下がこの様子では放っておくと危険なのも確かか……ええい! 貴様らぁ! 覚えておけっ! 『人間族』は必ず我らが全て滅ぼしてやるからなっ!」
「ぐ……マリ……オネ……」
マリオネはそう宣言すると、イヴェアムを抱えてその場を離れようとすると、
「いかせはせんよ」
マリオネの目の前に、ある人物が立ち塞がっていた。
「き、貴様は……っ!?」
「フフフ、あの時はよくも逃げてくれたな……魔王よ」
そこにいたのは人物を見て、多くの者がギョッとなる。
何せその人物こそ、獅子のような立派な鬣を持った、凄まじい覇気を纏う獣王レオウード・キングだったのだから。
「むぅ、こんな時によもや貴様まで」
マリオネは険しく眉を寄せている。
それもそのはずだ。まさかこのようなイヴェアムが危機的状況の中で、自分たちと同等の力をもつであろう【獣王国・パシオン】の国王が現れるとは最悪な状況だった。
「父上」
「下がってろレッグルス、あの魔王はこの獣王が仕留める」
レオウードの傍にいた第一王子であるレッグルスにそう言うと、羽織っていたマントを脱いでレッグルスに渡した。
そしてその膨れ上がっている筋肉を動かすと、殺気を含めたオーラが体中から迸らせる。
マリオネは雰囲気からレオウードが一筋縄ではいかないと感じ取っている様子だ。
イヴェアムを抱えたままでは、まず間違いなく勝てないほど状況は悪い。しかし一刻も早くイヴェアムの傷を治さないと命が危ないのも確かだった。
「マリオネッ!」
しかしそこへ、またも思わぬ人物がその場に現れた。
その人物とは――。
「――シュブラーズ!?」
国境で警備を任されていたシュブラーズだった。余程急いで来たのだろう、いや、恐らく全力で休まず来たのが分かる。その証拠に彼女の服も乱れ、大量の汗をかいて息を乱している。
だが何故その彼女がこの【聖地オルディネ】にやって来たのか瞬時に理解できなかったらしく、少し距離を取りながら尋ねる。もしかしたら彼女もまた裏切り者かもしれないと疑っているのだろう。
イヴェアム自身も、微かに目を開けて彼女を見つめている。
すると現状を見て事情察した様子のシュブラーズも、不用意には近づかないようにして、口だけを動かした。
「……イーラオーラが裏切ったわ」
「…………グレイアルドはどうした?」
「……恐らく……」
シュブラーズが口ごもる様子を見て、グレイアルドはイーラオーラの手にかかったのだと理解した。
「そんな……グレイアルド……」
悔しい。イヴェアムは怒りと悲しみで自分の身体が震えているのを実感する。
しかしマリオネはシュブラーズの言を完全に信用するわけにはいかないのか、いまだ警戒を緩めていない。これが演技だとしたら、またキリアのように突然攻撃を受けるかもしれないからだろう。
「陛下っ!」
シュブラーズもイヴェアムの状態が危険だと思ったのか近づこうとするが、
「止まれっ!」
「で、でもマリオネ! 陛下凄い傷じゃないの!」
「いいからそこより動くな!」
マリオネに強く言われ、足を止める。
そしてシュブラーズは周囲を見回して、マリオネが何故それほど強く反発しているのか理解したようだ。
「……そう。ここも大変なことになっているようね。それに――」
ルドルフの近くにいるキリアに視線を向ける。
「まさかキリアが……ならイーラオーラが言っていたあの方っていうのはキリアのことなのかしら……?」
「む? 何を言ってる?」
「イーラオーラの体が急変したのよ」
「急変だと?」
「ええ、体が赤くなり魔力も身体能力も莫大に向上してたわね。その力を与えてくれたのがあの方って人っぽいのよ。しかも自分は陛下に忠誠を誓っているんじゃなくて、たった一人だけに誓ってるって言ってたわ」
シュブラーズの話を黙って聞いていたイヴェアムは、
「はあはあはあはあ……」
かなり状態が芳しくないのか息が荒くなってきた。
「魔王ちゃん、これを飲め」
「おい貴様! 一体何を!」
接近してきたのはジュドムであり、彼は小さな玉をイヴェアムに飲ませようとしている。
「ジュ……ジュドム殿……」
「これは失った血液を補うための《増血薬》だ。とりあえず、この血の量はヤベェ。このままじゃ失血死しちまう。信じろ魔王ちゃん、俺は敵じゃねえ」
ジュドムは真っ直ぐ彼女の目を見つめる。だが一番信頼していたキリアに裏切られたショックで、素直になれないでいたのだ。
しかしその時だった。
――キィィィィィン……。
突如として耳鳴りがその場にいる者たち全員に襲いかかった。
同時に不意にかなりの魔力が感じられ、ある一部分の空間に歪みができる。
そしてその中から――。
「――ん? ここはどこだ? ……お、いたいた、おい魔王、契約の内容に食い違いが……って、何だこの面子は?」
赤ローブを身に纏った人物が現れたのである。




