71:遭遇、砂漠のモンスター
大小様々な岩があちらこちらに点在している。
小さいと言っても人間以上の大きさがあり、大きいものでは高さ十メートルくらいはある。数を数え出したらキリがないのだが、ここに件の砂漠のモンスターがいる。
(《大岩砂漠》か……まさにだな)
遠くから無数の岩を視界に入れながら日色はどのように戦うか考えていた。
(まずは相手を見てからだな……その前に)
カミュとの戦いに勝利して上がったレベルだが、そのお蔭で待ちに待った《文字魔法》の新たな能力について思案していた。
ヒイロ・オカムラ
Lv 81
HP 1720/1725
MP 3000/3000
EXP 600976
NEXT 21707
ATK 504(566)
DEF 405(420)
AGI 637(639)
HIT 356(364)
INT 555(559)
《魔法属性》 無
《魔法》 文字魔法(一文字解放・空中文字解放・多重書き解放・二文字解放・複数発動解放・設置文字解放・三文字解放)
《称号》 巻き込まれた者・異世界人・文字使い・覚醒者・人斬り・想像する者・ユニーク殺し・グルメ野郎・我が道を行く・妖精の友・ミカヅキの飼い主・モンスター殺し・放浪者・電光石火・達人・幼女キラー・魔に長けた者
とうとう思っていた通りの能力が開花した。
やはりカミュとの戦いをした成果はあったと思いほくそ笑む結果を生んでくれたのだ。
気になる称号があるが、最後のはともかく《幼女キラー》については触れないでおこうと思った。だがそのワードが何故か物凄く苛立ちとともに気になる。自然と確認しておかなければならないと本能が刺激してくる。だがそれと同時に、確認したらきっと後悔するとも感じていた。
だが結局指はほぼ無意識に《幼女キラー》というワードをクリックしていた。
《幼女キラー》
君はとにかく幼女に恵まれ幼女が惹かれる存在になるだろう。幼女に対してのみ、魅力が激増する。きっとこれで君もロリ――
プチっと説明文の途中で消した。
日色は頭を抱える。
これは何だ、神の悪戯か何かかと思い、やはり思った通り見たことを後悔した。もしそうならいつか神を『呪』の文字でこらしめてやろうと心に誓った。
大きな溜め息をつき、しばらく現実逃避した後で、いよいよ本題に入る。これからは大いに喜ぶ時間だと、無理やり自分に言い聞かせた。
そして新たに加わった《文字魔法》の《三文字解放》をクリックした。
《三文字解放》 消費MP600
三文字を連ねて書くことができる。二文字の時と同じく、その効果範囲、威力、汎用性ともに向上する。文字によって効果時間は違うが、この能力が解放されたことにより、二文字での制限が緩和される。今まで二文字を使えば、《設置文字》によって設置された文字は全て効果を失っていたが、その制限がなくなる。その代わり三文字の場合、その制限が有効になる。また《複数発動》、《設置文字》ともに二文字も使用できるようになる。ただし、《設置文字》で設置できる文字のストックは五つであることは変わらない。さらに《複数発動》については使用できない文字もあるので注意が必要。基本的に二文字の制限は三文字にも存在するが、文字発動を途中で中断した時、《反動》として全てのステータスが30%まで減少し、魔法も使えなくなり、さらにランダムで状態異常が起こる。種類は激痛、麻痺、睡眠、失明、混乱がある。状態異常は一時間、ステータス減少・魔法不能は六時間が経つと元に戻る。
相変わらずの《反動》だ。これは試すにもリスクがある。
ただ単に《ステータス》減少と、魔法が使えなくなるだけではないのだ。問題は状態異常である。特に激痛や混乱を引き当ててしまうと、一時間は目も当てられないくらいリスクが高い。
(いや、麻痺や睡眠も相当なんだが……失明は……はぁ、どれも戦っている最中だと間違いなく死だな)
激痛は我慢できたとしても、間違いなく動きに支障は出るし、耐え終わった後は疲労感で憔悴しているだろう。
だがどんなものか一通り試しておく必要もある。知らない異常よりも、知っている異常の方が覚悟ができる分、幾分気持ち的に和らぐ。
(だがしかし、《設置文字》を二文字も使えることになったのはありがたいな)
これなら大幅な戦術が立てられて、まさにチートばりの行動ができる。
しかも《設置文字》だけではなく《複数文字》、つまり今まで一文字でしか使用できなかった連続書きが使用可能になった。
これまで二文字を使用している間は他の文字は使用できなかった。いや、使用することはできても、二文字の効果がキャンセルされていた。だがその制限が解放されたのである。
これなら例えば『飛翔』を使用して飛びながら、『爆』や『速』などを使えるというわけだ。ただしどうやら使用できない文字もあるそうなので、いろいろ試しておく必要が出てくる。
だがこの制限は当然っちゃ当然の気がした。
例えば『透明』を使い相手に近づいて『眠』などの文字を使えば無敵過ぎる話だ。無論魔力感知に長けている『魔人族』だったら、何かしら対処が間に合うかもしれないが、それでも反則過ぎる能力である。
(クク、ホントにユニークチートだなこれは)
制限を含めても、自身の魔法のとてつもない汎用性に、思わず笑いが零れる。いろいろ使い方を誤れば《反動》はきついが、吟味して使用すれば多大な貢献をしてくれる。
しかし注意すべきこともある。MP消費についてだ。新たに手に入れた《魔に長けた者》という称号で、MPに補正が掛かっているようで、これからもレベルが上がるごとに少し補正がかかるみたいだが、それでもあまり《文字魔法》を多発できない。
何故なら元々《文字魔法》のMP消費が多大だからである。幾らMP回復薬を所持しているとはいえ、戦いの最中ではなかなか服用できる時間を作るのも……。
(いや、『防』の文字を使っている間に服用できるか)
案外簡単に問題は解決した。
だがしかし、MPを大いに食うのは変わらない。常に注意を向けておかなければ、油断していたら空になっているということもある。必要な時に足りないとか言っているようでは、この世界ではそれが命取りになることもある。
さらに今回三文字が使えることになったが、MP消費量が600という普通では考えられないほどのものである。
もしこれに《空中文字》を使用すれば、600+100で700の消費量となる。ということは満タン時でも四回くらいしか使用できないということだ。
(これが万能さのツケってことか)
またMP回復薬も数に限りがあるので、良く考えて使わなければならない。まあそれでもチートであることには変わりはないのだが。
(さて……今回の砂漠のモンスター相手にいろいろ試してやるとするか……)
《大岩砂漠》のエリア手前まで来た日色一行は、そこで立ち止まり準備に余念が無いように確実に整える。
「みんな……手筈どおりにね」
カミュの声に『アスラ族』の仲間たちが頷いてその場を離れて行く。所定の位置まで移動するするためだ。
そこに残ったのは日色、リリィン、シウバ、シャモエ、カミュ、ジンウの六人。
砂漠を見渡してみるが砂漠のモンスターの姿は見つからない。大岩に隠れていて見えないのかもしれない。
そんな中、リリィンが声をかけてきた。
「おい小僧、貴様がモンスターを仕留めるつもりか?」
「いや、オレはあくまでも手助けだ」
「ならトドメは奴に……か?」
そう言いながらカミュに視線を促す。
「そうだな、これは『アスラ族』の問題だ。ならその問題は『アスラ族』の長であるアイツが解決するべきだ」
「ほう、だが奴に殺れると思うか? もう死んでるとはいえ、聞いたところ奴の父親の姿らしいじゃないか」
「そのようだな」
「一族を、家族を何より大切にする奴にとって、かなり辛い相手だと思うが?」
「……さあな。だがここがいわゆる分岐点だ」
「分岐点だと?」
眉を寄せて日色の顔を見上げる。
「ああ、ここで引き返しさえすれば、父親を殺さなくて済む」
「だがそれだと、モンスターに怯えて日々を過ごすことになるな。またもし暴走させてしまえば、一族全滅もありえる」
「ああ、そして戦うことを選べば、もう引き返しはできない。奴らに聞いたが、父親が命を懸けて施した結界も、もうほぼ効果が無いらしいしな。ここでモンスターを刺激すれば、たとえ逃げようとしたところで必ず追って来る」
そうなるとオアシスが見つかり、一族がさらに危険に見舞われる。子供たちも成す術なく殺されるだろう。
「一度進めば、もう倒すしか道は無い。退けば幾ばくかの平穏は得られる。だが進めばそれこそ倒すか倒されるか」
「天国か地獄か……か?」
「そうだな…………どうやらアイツの選択はもう決まってるようだがな」
カミュの目を見ると、そこには迷いなど無かった。
日色はゆっくりと彼に近づく。
「覚悟はできたようだな?」
「ん……できた。俺……倒すよ」
「長、私も微力ながらお手伝い致します!」
ジンウの言葉に小さく頷きを返して前を見据える。
「……行くよ」
リリィンとシャモエは遠くから見守っているということで、先程の場所で待機することにした。
そして日色たちはジンウの先導のもと、その後ろにカミュ、日色、シウバの順で足音を忍ばせながら砂漠を進んでいる。
(障害物が多いな。この岩の群れは確かにこちらにも有利になるが、向こうにも知恵があったらそのアドバンテージは薄まるな)
もしリグンドの知識、思考まで吸収されているとしたら、人と戦うことと同じである。
そのため、向こうも戦術とやらを立てられることができるかもしれない。
この大岩を利用して隠れながら距離を詰めたり、隙をついたりすることはできるが、人の思考を持っているのであれば、モンスターもそれに対処できるかもしれないので注意が必要なのだ。
一行は一つの大岩の前に集まり周囲を警戒する。
「以前はこの先の砂山の中に潜んでいました」
そうカミュに向かってジンウが言う。
なるほど、確かに目の先には大きな砂山が見える。
するとその近くをマッドスコーピオンと呼ばれるモンスターが通っていく。ノシノシと幾つもある足を動かして前に進んでいる。
だがその時――ドバァッ!
突如砂山から尻尾のようなものが伸び出してきて、マッドスコーピオンの身体に巻き付く。その尻尾はゴツゴツしていて、色は毒々しい紫色を宿している。
「キィィィィッ!?」
マッドスコーピオンは叫び声を上げながら必死で体を動かしているが、フワッとその体を浮かせる。上空で何とか逃れようと動いているが、その間に砂山から尻尾の持ち主が現れた。
「砂漠のモンスターだ!」
ジンウの言葉にカミュは顔を強張らせる。
「……父ちゃん」
日色もモンスターをじっくり観察する。確かに見た目はモンスターというよりは『魔人族』のように見えないこともない。
自由に伸び縮みする尻尾に、固そうな鱗のようなものに覆われている身体。
『アスラ族』の特徴である額の角は健在のようであり、生命力を感じさせないボサボサの白髪に、それとは逆に生きる意志を強く宿した真っ赤な瞳が特徴だ。
モンスターは口元から涎を垂らして、尻尾を動かしながら鋭い爪を宿した足を動かして進んでいる。
(……ん? あの玉は何だ?)
日色が確認したところ、モンスターのちょうど鳩尾のあたりに拳大の玉が見て取れた。
そしてそれが膨張と収縮を繰り返しているように見える。まるで心臓の動きのようだ。
「おい、あのドクドクっと動いてる玉は何だ?」
「アレは恐らくモンスターの核だと思う」
ジンウの答えに、やはりと頷きを返す。
「つまりだ、アレを破壊すればいいということか?」
「恐らく……」
「恐らく?」
「以前、仲間があの玉に向けて攻撃を放ったことがあった。だが傷一つつかなかった」
「なるほどな。弱点が分かり易いと思ったが、そう簡単にはいかないみたいだな。恐らくアレの防御力は桁違いに高いんだろうな」
「その原因が……アレだ」
「ん?」
ジンウが難しい表情をすると、モンスターに対して「見てみろ」と指を差す。
するとモンスターの足元から砂がモコモコと動き出し、身体を覆うように競り上がってくる。
しばらく見ていると、全身を砂で覆うと次第に砂の色が変わっていく。元々の紫色の体に戻ったモンスターを見て日色は「アレは何だ?」とジンウに問うた。
「お前も見ただろ? 長のサンドアーマーを」
その言葉にハッとなり目を細めてモンスターを見つめる。
「つまり二刀流のように砂を纏ったってことか?」
「そうだ」
見た目は全くと言っていいほど変わらないが、間違いなく砂で全身を覆ったことを確認した。これは先程のカミュとの戦いで、彼が右手に使った魔法そのものだった。
「だが二刀流は見た目で砂を纏っているのは把握できたぞ?」
右手だけゴーレムのように巨大な拳になっていたので一目瞭然だった。だがモンスターは砂を纏う前の姿と何ら変わりがない。
「アレが……父ちゃんのサンドアーマー」
答えたのはカミュだった。苦々しい表情を微かに浮かべていた。
「サンドアーマー……極めたら……見た目じゃ分からない」
「砂を圧縮させてそれを纏う。それがリグンド様のサンドアーマーだ。見た目には想像もできないほどの砂を纏っている」
「なるほどな。だからこその防御力ってわけか」
ジンウが先程アレが原因だと言っていたが納得できた。核となる玉が裸のように見えるが、あの周りには強固な砂の鎧が身に纏われている。
モンスターは尻尾に更なる力を込めると、あっけなくマッドスコーピオンは体を引き千切られ真っ二つになった。
そのまま地面に落ちて、ピクピクとまだ動いているが、モンスターは近づくと手に取りそのまま口に運んでいく。どうやら食事をしているらしい。
尻尾をヒュンヒュンと動かしながら美味そうに食べている。一分程度で人間二人分くらいのマッドスコーピオンはその姿を失った。
(砂を纏ってるか……ならまずはあの砂をどうにかしなきゃな。あのままだと例え『眠』の文字使っても効かないしな)
《文字魔法》は対象に触れて発動するのが普通だ。
もし服や、別のものに触れたままだと効果は伝染しないので、触れた対象だけに効果が現れる。だからモンスターを眠らせるためには、砂をどうにかして直に文字を叩きつけなければならない。
(『爆』の文字や『炎』の文字なら、効果範囲が広いからたとえ服や砂について発動させてもその余波で攻撃できるんだが……)
そう考えて、とにかく核を攻撃するにも眠らすにも、纏っている砂をどうにかしなければならないと判断する。
そしてそれはカミュたちも同様に思っていることだ。
岩の陰からこっそりとモンスターを観察していたが、日色が奇妙なことに気がついた。
モンスターの尻尾が砂に埋もれているのだ。いや、潜っているといった方が正しいかもしれない。
(埋もれて……ま、まさか!?)
日色はハッとなってこれから起こるかもしれないことを予測した。だがそれは一歩遅かった。
――ザバァァァッ!
突然日色たちの足元から何かが這い出てきて、それがカミュの足に絡みつこうとしてくる。
ちょうどカミュの背後だったため、彼は反応し切れていなかったのだ。
――ドスッ!
カミュが尻尾に捕まるかと思った時、彼の体を押して助けた人物がいた……ジンウだ。カミュは彼のお蔭で尻尾から逃れられたが、その代わりに尻尾の餌食になったのはジンウの方だった。
「くっ!」
ジンウの右足に尻尾が絡みつく。
「ジンウ!」
カミュが尻餅をつきながら叫ぶが、その彼は尻尾で砂の中に引きずり込まれていく。どうやら日色たちがここにいることは砂漠のモンスターには気づかれていたようだ。
「ちぃ! 行くぞ二刀流! ジイサン!」
「う、うん!」
「畏まりました!」
三人はジンウの後を追うため、岩の陰から出てモンスターと相対する。砂から引きずり出されて、全身に砂を被ったままジンウは横たわっている。
「気を引き締めろよ! まずは髷野郎を取り返すぞ!」
「うん! 返してもらう!」
モンスターはこちらに背を向けている。
そしてジンウは身体を踏まれて身動きを取れなくされていた。
「グルルルル……」
獣が喉を鳴らすような音をさせて、顔だけこちらに向けた。その顔は確かにモンスターのような、人に恐怖を与えるような悍ましい表情をしていたが、それでもリグンドという人物の面影はまだ大いに存在していた。
「と、父ちゃん……」
ゴクリと息を飲みながらカミュは思わず言葉を漏らす。
「勘違いするなよ二刀流」
「え?」
「奴は、モンスターだ」
「……うん」
「放っておくと髷野郎が殺されるぞ?」
「っ!? ……させない!」
背中の双刀を抜き、その切っ先をモンスターに向ける。
すると明らかな敵意をこちらに向けてきた。
ジンウがこの瞬間、自身に向けていた意識がカミュへと向いたお陰で隙ができたと思ったのか、背中から曲刀を抜きモンスターに攻撃を加えようとする。
だが――バキッ!
「がっ!?」
ジンウの敵意に気づいていたのか、モンスターは右手を金槌のように彼の身体に叩きつけようとする。
「ジンウ!? 許さない!」
カミュは物凄いスピードで間を詰めて、まずはジンウを拘束している尻尾を斬ることにした。だがカミュの目の前に突然砂の壁が現れる。
「こ、これは……サンドガード!」
思わず足を止めるが、その横を日色がサッと抜ける。
「足を止めるな、そのまま突っ込め!」
日色の周囲を青白い魔力の壁が覆っていた。
カミュは日色を見て日色のすることに気がついたようで、後ろについて走り出した。
日色は防御壁を身に纏いながら砂の壁に突進して、以前にもカミュが使った砂の波を突破した時のように壁は弾かれ…………ることは無かった。
カミュはその光景を見て戸惑いを隠せていない。
何故自分の砂は破壊されモンスターの砂は破壊されないのか不思議で仕方が無いのであろう。
(やはりな。『防』の文字効果はあくまでも攻撃に対してのもののみ。だがこの砂の壁は攻撃意思は無いしな。こうなることを予想してて良かったな)
どうやら『防』の文字は、攻撃を防ぐことはできるが、こちらから防御壁をぶつけて何かを壊すようなことはできない。
あくまでも攻撃意志を含んだ対象だけに反応する。それは日色にも予測できていたことなので驚きは無かった。
一応試してみただけだった。だからこうなることを考えてすでに文字を指先に用意しておいた。
そして指先を向けてその文字を放つ。
「今だ! 突っ込め!」
「え? で……でも!?」
「信じろ! オレの部下だろ!」
「……うん!」
カミュはそのまま砂壁に突進する。刀を突き刺すように進むと、まるで手応えの無い豆腐でも突き刺したような感覚で砂が簡単に崩れていく。
日色が使用したのは『柔』。
これは以前使用したことのある文字だ。固いものを柔らかくさせるのにはこれが一番だった。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
カミュは砂壁を突破し、目の前にいたモンスターの尻尾をその双刀で斬り裂こうとした。
「くっ! 固い……けどぉぉぉっ!」
モンスターにしても、壁に絶対の自信があったのか、突破されたことに驚愕して全身を硬直させていた。
カミュが両手に全力を込めて武器を振るい、そしてついにジンウを捉えていた尻尾は纏っていた砂とともに十字に斬り裂くことに成功した。
そしてカミュはそのままモンスターを蹴り飛ばす。すかさず倒れているジンウを抱えて距離を取る。
軽く吹き飛んだモンスターは物凄い形相でカミュを睨みつけてくる。
「グラァァァァァァァァァァァァァッ!」
自分の思い通りにいかなかったことで怒りのボルテージが上がっている。
苛立ちを表すかのように、斬られた尻尾をブンブンと振り回している。その部分から痛々しいほどに血が滴り落ちているが、モンスターはあまり気にしていないようだ。
「大丈夫?」
「お、長……すみません」
痛みに顔を歪めながら足手纏いになってしまったことに苦々しい顔で謝罪する。
「おい、アレは何だ?」
日色の言葉でハッとなり、モンスターに視線を向ける。そして二人ともがギョッとなる。
「グルルルルル!」
驚くことに斬られたはずの尻尾の先からまた新たな尻尾が生まれてきたのだ。
「おいおい、再生能力まで持ってるってのか? こりゃ一筋縄じゃいかないみたいだな」
「どうなされますかヒイロ様?」
「そうだな、考えはあるが……」
ハッキリ言ってただ殺すだけなら日色だけでも何とかなる。だが今回の場合は、自分は手助けに徹しようと決めていた。
モンスターを倒すのは『アスラ族』の長であるカミュにさせようと思っていたからだ。
「やはり我々はあくまでもサポートに徹すると?」
「ほう、分かってるじゃないかジイサン」
「ノフォフォフォフォ! ではそのように努めましょうぞ!」
瞬間、シウバの足元の影がウネウネと動き、形を成していく。シウバの手に収まったそれは、料理を食べる時に使うナイフだった。
「いきますぞ! 執事乱れ投げ!」
空に跳び上がり、モンスターに対してナイフを何本も投げつける。だがまたもモンスターの目前に砂の壁が現れる。サクサクサクッとナイフが突き刺さっていく。
その隙に日色はカミュに近づき耳打ちする。
「いいか、さっきみたいに奴の体を纏ってる砂を柔らかくする。尻尾の部分よりも遥かに強度はあるだろうが関係無い。それで攻撃が通るはずだ。全力で核を貫け」
「……分かった」
ジンウから手を離すと、視線を鋭くさせてモンスターを睨みつける。
「オレが合図したら行け」
「うん」
シウバの攻撃はいまだ続いていたが、突如その砂壁が崩れたと思ったら、そこにはモンスターの姿を発見できなかった。
「む?」
シウバもその様子に気づいたようで眉をしかめる。
――ドバァァァッ!
「何ですと!?」
あろうことかモンスターが、空を跳んでいるシウバのちょうど真下の辺りから飛び出して来た。どうやら砂を潜って移動したようだ。そして尻尾についている毒針をシウバに突き刺したのである。
「むぅ!?」
日色もその光景を見てさすがに目を見開く。確かモンスターの毒針はマッドスコーピオンの毒針であり、刺されると一瞬で動きを奪われる神経毒らしい。そしてジワジワ獲物を食べていくようだ。その毒針が今シウバの身体に突き刺さっている。
カミュが助けようと動こうとするが、日色は進行方向に手を差し出されて制止させた。
「ヒイロ……?」
「黙ってろ」
「でも……じいちゃんが……」
「いいから……黙って見てろ」
そんな日色の言葉に理解ができないといった感じで首を傾ける。何故仲間が傷ついているのに動かないのか、日色の行動に疑問を持っているような表情でシウバとモンスターを見つめる。
「グルルルル!」
「ぐふ……う……うぅ……」
シウバは激痛に苦しんでいるような表情を作るが、それを見てモンスターもしてやったりといった感じで満足気だ。だがどういうわけか、ガシッと尻尾が掴まれる。
「……?」
「くっ…………ノフォフォ、仕留めたとお思いでしたか?」
先程まで苦しんでいたシウバの口元がフッと緩められる。
「このような物騒なものは取っておきましょうか」
シウバが右手をワイングラスを持ち上げるような形にすると、その手の平の上に黒い球体状の物体が現れる。
大きさは直径二十センチくらいだろう。そしてそれを左手で掴んでいる尻尾に触れさせる。直後にその球体が尻尾に吸い込まれるようにして消えた。
「プールボール……」
シウバが呟くように言ったその瞬間、吸収された部分から、ちょうど長方形型の限りなく薄い物体が出現する。それが先程の黒い球体が形を変えたものだということは直感的に理解した。
その黒い長方形型の物体が、モンスターの皮膚をプツッと切断してしまう。まるで鋭い刃物で寸断されたかのような切断面だった。またもモンスターの尻尾は身体から離された。
「グラッ!?」
「暑苦しいので離れて頂きましょう」
――ブゥゥゥン!
長方形型だった黒い物体が形を変え、また球体状になる。そしてそれを大砲の弾のように放つ。
見事腹に命中して、そのまま身体がクの字に折れ曲がる。
モンスターは衝撃に顔を歪めて、成す術なくそのまま地面へと落ちていった。
シウバはというと、腹に毒針を刺したまま、何でも無いような表情でこちらに降りてきた。
「おい、腹に刺さってるぞ?」
「おや? これは失敬」
おもむろに身体から突き刺さった尻尾を抜くと地面に投げ捨てる。
「ふん、やはり無事だったか」
「無事ではありませんぞ。せっかくの一張羅に穴が開いてしまいました」
「……つまりは無傷なんだろ…………一体どういった体の構造なんだお前は?」
「ノフォフォフォフォ! 執事ですから! ノフォフォフォフォ!」
この服ではお嬢様に叱られてしまいますと残念そうに言われるが、カミュとジンウは目をパチクリさせながら、奇妙な存在の権化であるシウバを見つめている。
「えと……大丈夫……なの?」
堪らずカミュが聞くが、シウバは普段と変わらない様子で笑みを浮かべている。
「ノフォフォフォフォ! ご心配をおかけしました! この通りピンピンしております!」
丁寧に頭を下げる姿を見ると、本当に体調に異常は無いようだ。
日色はこういう不可思議な状況はもう経験していたのであまり驚きは無いが、他の二人は違うだろう。
カミュがあの時、日色が自分が助けに行くのを止めた理由が分かったように呟く。
「ヒイロに……信用されてた…………何かいい……そういうの」
確かに感じた信頼関係が、少し羨ましく思ったようだ。
話を聞きたそうに見つめてくる二人を日色は無視する。何故なら今は事細かに説明している時間は無い。目の前で怒り狂っている存在を優先すべきだろう。
「ジイサン、もう一度、奴に砂の壁を出させてくれるか?」
「ノフォ? やりましょう!」
そう言うと、再びシウバはモンスターの方へ向かって行った。
「いいか、もう一度言うぞ。次にチャンスを作る。すかさず……殺せ」
「う……うん」
ゴクリと喉を鳴らして頷く。
日色は彼の頷きを確認すると、指先に魔力を込めていく。
『索敵』
(これでどこに隠れても追っかけられる)
シウバのナイフ攻撃で、またもモンスターは予定通り砂壁を作る。
そしてまた地面に潜り姿を消す。だが今度は日色の感覚はモンスターを捉えている。
まるでサーモグラフィで存在を確認しているように視界に映っている。凄い速さで砂の中を移動しているのが分かる。
「……よし」
素早く文字を書き、タイミングを見計らう。モンスターが砂から出ようとした瞬間、グッと拳に力を込める。
そして、モンスターが砂から出てきた瞬間、日色もまたその場から姿を消す。
現れたのはモンスターの目前だった。
使った文字は『転移』で、この戦いの前に設置していた二文字だ。書かなくても瞬時に発動できるので、80レベルの恩恵に感謝する思いだった。
モンスターも突然目の前に現れた日色にギョッとなって目を見開いている。
日色は指先をモンスターに向けている。これは先程書いておいた文字だ。それを放つ。
これだけ素早い相手なら、なかなか文字を当てるのにも苦労するが、今はモンスターの虚を突き、尚且つ走り出した車は急に止まれない状態に陥っている。
(つまり避けられないってことだ!)
モンスターに先程転移する前に書いて準備していた文字が当たり効果が発動される。それは先程と同じく『柔』。これで纏っている砂の防御力は皆無になった。
「次はこれだ!」
日色の右手の甲が光る。これもまた《文字魔法》で設置していた文字の一つである。
『剛力』
ミシミシと右拳に力が集まっていくのを実感する。
――バキィィッ!
日色の拳が、向かって来ているモンスターの顔面に命中する。メキッという嫌な音を立てながら、モンスターは血を吐き真下に弾かれたように直下していく。
砂煙を巻き上げながら地面に叩きつけられるモンスター。
砂の防御が無効化し、さらに『剛力』によって増加した力で殴りつけられたモンスターは、砂のクッションのお蔭で落下のダメージは無かったが、それでも日色の攻撃によりかなりのダメージを負った。
モンスターはそれでもフラフラしながら立ち上がる。
「もう一つオマケだ!」
日色は空中で文字を書き新たにモンスターの足元に向けて『固』の文字を放つ。これでカミュのように砂を使うことが出来なくなった。
「今だ! やれ!」
日色は近くで待機していたカミュに向けて叫ぶ。
その声を聞いてカミュもキッと目を細くさせる。
そして双刀を持つ手に力を込める。
※
「……父ちゃん」
自分の全速力を使ってその場からモンスターに向かって突進していく。
カミュの目には、モンスターの鳩尾でドクンドクンとしている核の玉が映っている。
今日色によって砂の防御力はほぼ皆無。そして『固』で砂の壁も生み出せない。何よりもダメージを受けたせいで反応が遅れている。このまま攻撃すれば、間違いなく倒せる。
「……殺せる……殺せるんだ」
その瞬間、頭の中に「誰を?」という言葉が浮かんだ。
そして父が笑っている顔が浮かぶ。
とても懐かしいニオイが鼻をくすぐった。
「……父ちゃん……?」
誰もがこれで終わったと思ったはずだ。
日色の策により、十分なお膳立てができた。ジンウは少しダメージを負ったが、それでも誰も死にはしていない。何よりこれでモンスターの恐怖から解放される。
遠くから見ていた『アスラ族』の者たちも勝利を確信していた――――先程までは。
皆は目の先に映った光景を目の当たりにし、時を止めたように固まっていた。




