70:カミュの決意
カミュは終わったと思っていたが、どうやら自分の攻撃が浅かったようだと理解した。
ならまた同じ一撃を、今度はまともに与えるまでだと思って日色を見つめる。
だが日色の目を見て考えを改めさせられる。殺気もそうだが、二度同じ手は食わないと言わんばかりの視線をぶつけてくる。
そして今度近づいたら痛い目を見せてやると言っているようにも感じた。確かにまだ日色の魔法の正体を掴めていない以上、あまり接近戦重視で戦うのも危険かもしれない。
「近づくの……危険? ならこのまま砂で……トドメ刺す!」
右手を覆っている砂がサラサラと地面に落ちていく。その様子を見て、どうやら近づいてこないようで、日色は微かに笑みを浮かべる。
「効いたぁ……だが、こっちも準備ができた。今度はオレの真骨頂を味合わせてやる」
『速』の文字を二連続書いて相乗効果を生む。
日色が真っ直ぐにカミュに向かって来る。
しかしカミュは焦らずに手を地面にかざして、
「大技……行くよ」
魔力を放出させて、いつものように魔法を使おうとするのだが、何故か自分が思っている状況にならない。
「……え?」
シーン…………。
砂が言うことを聞かない。ウンともスンとも言わない。すると足から感じる砂の感覚に違和感を覚えた。
(砂……固い?)
つま先をグッグッと動かしながら確認するが、やはり砂とは思えないほどの固さを感じる。まるで普通の地盤のようだ。突如変化した砂に戸惑っていると、日色が目前へと迫って来た。
「かはっ!?」
日色が素早い突進力を利用してカミュの腹に拳を打ち抜く。
かなりの衝撃でカミュは大きく息を吐かされる。
「足元はしっかり確認しろよ二刀流?」
「ぐ……?」
腹を押さえながら、とりあえずその場から離れようとするが、日色が追い打ちをかけようとしてくる。
(くっ……さっきより……速い!?)
日色の動きが異常なまでに速くなっていること、それに何よりも砂が使えないことに頭の中は完全にパニック状態だ。
「あぐっ!?」
今度は日色に顔を殴られて吹き飛ぶが、クルッと身体を回転させて着地しようとする。しかし着地した瞬間には、もう目の前に日色の拳があった。そのまま腹に一撃入れられてしまう。
(なん……で……こんなに速い……!?)
突然の日色の変わりように、今まで手加減していたのかと思い歯噛みしながらも、このままではやりたい放題に殴られると思って、とりあえずその場から大きく距離を取ることにした。
逃げた先で、腹の痛みに顔を歪めながらも双刀を抜く。
しかし直後、その刀が何かに引っ張られる。
「っ!?」
引っ張られる方向は地面からだ。
だが地面は砂だけで何も無い。
刀を強く握っていなかったため、刀は地面に吸い込まれるように落ちた。慌てて拾い上げようとするが、まるで重さが遥かに増したようだ。
「よそ見してていいのか?」
そうこうしている内にハッとなって前を向くと日色の蹴りが目前にあり――。
「がはっ!?」
顔面を蹴られそのまま吹き飛んでいく。
ゴロゴロと先程の日色のように砂に転がる。口から血を流し、フラフラになりながら立ち上がるが、日色が薄く笑みを浮かべて言ってくる。
「だから言ったろ? 足元を見ろってな」
「……え?」
次の瞬間――ブシュブシュブシュッ!
「そ、そんな……これって……俺の……?」
カミュの足元から針状になった砂が複数現れる。
カミュは先程自分が使った魔法であるサンドニードルと同じなので、日色が何故自分と同じ魔法が使えるのか分からず戸惑いながら全身に傷を負っていく。
そして一本の砂針が、カミュの首元に突きつけられる。
ピタッと寸前で止まったのではなく、止められたのだと理解させられた。もしこのまま貫かれていたら、間違いなく死んでいた。
もう何が何だかサッパリ分からないといった感じで呆然と立ち尽くすカミュ。身体には無数の傷が生まれ、刀も手元には無い。何より先程の攻撃で体力がもうほとんど無い。
「俺の……負け……」
カミュだけではなく、その戦いを見ていた者たちのほとんどは、愕然として言葉を失っている。
時を止めたように固まっている皆の中で、日色だけが静かにこう言う。
「オレの……勝ちだ」
勝負が決した瞬間だった。
※
(ふぅ、何とか上手くいったな)
今回、日色が戦う上で決めていた段取りはこうである。
まずはカミュが実際に砂の上でどんな動きをするか確認すること。
そうして彼の動きを事細かに分析することが第一の目的だった。だから刀で相対して、彼の考え、行動を把握しようと努めた。
そして彼の魔法を受けるわけにはいかないので、『防』の文字を使って魔法の隙と特性を掴む時間を得ることにした。
だが思った以上に足場が悪かったせいで、『防』の文字を使うタイミングが速まったのは予想外だったが。
何とか彼の警戒心を煽ることに成功して魔法を使わせることができ、それを『防』の効果で防ぎ、彼の魔法の穴を見つけて油断を突くこともできた。それが津波のような土の魔法の時である。
あの時、日色は文字を書いて、足元に放っておいた。
これは《設置文字》であり、文字は地面に吸収されたように消える。
そのあとは津波を突っ切ってカミュの元へと向かった。しかしそこでカミュに攻撃を避けられる。この俊敏な動きには正直に驚いた。
そこから虚を突かれて攻撃をされたが、何とか避けて、また文字を書いて足元に放つ。これで二つ目の《設置文字》。
次に文字を書いてカミュの真上に跳び上がり、彼に向けて文字を放つ。
これも避けられてしまい、文字はまたも地面に吸収される。
ただこれで三つ目の《設置文字》の完成。実はこの時、舌打ちをしたのは、彼に自分が何をしているのか少しでも悟らせないようにするためだ。
外れたと悔しそうにしていれば、放った文字に対して注意が向けられないと判断したからだ。
すべては日色の目論見通り事が進んでいたのである。
これで準備が全て整ったと思った時、カミュが予想外の反撃をしてきたのには参った。サンドアーマーを使って受けた攻撃が、本当に意識が飛びそうなくらい効いた。必ず倍返ししてやろうと決意した。
後はタイミング次第なのだが、運が良かったことに彼は自分の目を見て、遠距離から攻撃することにしたようだった。
どうやら近づいてくるなよという気持ちを込めた視線が効いたようだ。しかも彼が立っている場所を見て思わず笑みを浮かべる。そこは自分が罠を仕掛けた場所だったからだ。
即座に《設置文字》の一つを発動させる。
文字は『固』。
これで砂がカチカチに固まる。カミュは大技を使おうとしたらしいが、案の定砂は言うことを聞かないらしい。
何故なら彼の周囲の砂は、もう彼が知っている砂ではなくなっているからだ。
魔法はイメージが大切だ。
サラサラの砂をイメージし、それを自由に形を変えて攻撃することを得意としているカミュの魔法は、コンクリートのように固まっている砂を動かすイメージができずに魔法が不発になったのだ。
魔法は物事を理解して操作するものでもある。しかしその時の砂の状態を理解できなかったカミュは、魔法として砂を動かすことができなかったのだ。砂は砂なので、落ち着いて今の砂の状況を把握すれば、操作することも可能だった。
しかしまだMPに余裕のある彼は、自身の魔法の不発に戸惑ってしまい、落ち着いて状況を把握することができなかったため、砂を操作することが叶わなかった。
その隙を突いて、先程受けた攻撃のお返しをするつもりだった。『速』の二度書きの相乗効果を利用して突進力を上げてカミュの腹に一撃を返す。
もちろん彼は堪らずその場から脱出するはずだ。だがその逃げ道も、ある場所へと誘導しながら彼を追い詰めるように攻撃していった。逃げた先でカミュは、自分の持つ刀に不自然さを感じたはずだ。そしてその不自然さに負け、刀を地面に落としてしまう。
それもそのはずだ。
書いた文字は『磁』。
鉄である刀は地面に吸い取られるように感じたはずだ。普段の状態の彼ならきっと刀は落としはしないだろう。
しかしダメージを受け、握力もそれほど込めていない状態では、思わず磁力の引きに負けてしまうのも仕方が無かった。予想通り刀を奪うことに成功した。
そして日色は彼に追い打ちをかけるように、攻撃を繰り返した。またも飛ばした先は、日色の狙いのある場所である。
最後は『針』。
コレを使った理由は、カミュが同じような魔法を使っていたから、同じ魔法を使えば必ず戸惑うと思っての嫌がらせである。また上手くいけば彼の戦意を削ぐこともできると判断し書いた。結果は何とか上手くいき、日色の作戦通りに勝利を獲得できた。
「えっと……」
現況を見て信じられないといった様子で目一杯に目を見開き固まっている立会人であるジンウ。
そのジンウに向けて日色が言葉を放つ。
「おい、終わりだ」
「そ、そんな……長……」
「聞いてるのか?」
「長……」
どうにも耳に入っていないらしい。
「……はぁ、仕方無いな」
肩を竦めながら今度はカミュの方へ足を動かしていく。歩いている最中に一分が経過し砂針が元に戻る。
針に支えられるように立ち尽くしていたカミュは、そのまま膝を折る。
「おい」
「……」
カミュは顔を上げて日色と目を合わせる。変わらずの無表情だが、どことなく目の奥が潤んでいるように見える。やはり負けたことが悔しいのかもしれない。
「悔しいか?」
「……悔しい」
「まあ、オレは強いからな」
「俺も……強い」
「でもオレには負けたな」
「まだ……本気じゃない」
「それでもだ。結果的に負けたのはお前だ」
「…………」
日色は歩いてくる時に拾った双刀をカミュの足元に投げる。
「お前は言ったよな。一族を守るって」
「……うん」
「それはもちろんお前を慕ってる子供らも入ってるんだろ?」
「当然」
「だがこのままじゃ、近いうちアイツらは死ぬな」
「そ、そんなことない! 俺が守る!」
「オレに負けてるのにか?」
「だって……それは……だって……」
日色の言葉に上手く反論できずに顔を俯かせる。
「守ってないんだよ」
「……え?」
「守る守るとほざいても、結局は皆を危険に晒してるだけだ」
「……ならどうすれば……いい」
「甘えるな、自分で考えろ」
「…………」
悲しそうな表情を浮かべる彼を見て、どこかいたたまれない気持ちが湧きあがり、思わず頭をかきながら口を開く。
「オレなら……立ちはだかる問題は全て薙ぎ倒す」
「薙ぎ……倒す? すべて?」
唖然とした表情で日色を見つめてくる。
「ああ、全てだ。オレは欲張りなんでな。欲しいものは手に入れるし、自分のものは誰にも渡さん。だから誰にも奪わせない。本当の意味で、全部守る」
日色とカミュは目を合わせ、しばらく沈黙が続いた後、カミュの目に先程と違い、力強い光りが放たれた。
「…………名前、聞いていい?」
「…………ヒイロだ。ヒイロ・オカムラ」
「ヒイロ……ヒイロ……ヒイロだね。うん……覚えた」
何度も頷いて純粋そうな瞳で見つめてくる。
「俺……カミュ」
「知ってる。だがお前は二刀流だ」
「む……カミュって呼んでよ」
「断る。呼んでほしかったら認めさせてみろ」
「認め……?」
その時、二人の元に子供たちやジンウが走りながらやって来た。
「カミュカミュ~!」
「だいじょうぶ~!」
「こら~! こんどはおれがあいてだぁ!」
子供たちはカミュを庇うように、日色の目前に立ちはだかって怒りを露わにしている。
「長、無事ですか?」
「うん。お前たちも……止めて」
カミュは子供たちを窘める。
「え、でもでも!」
「そうだよ、カミュカミュをいじめたんだよ!」
「ううん。いいんだよ……ヒイロは……客人」
カミュの言葉を聞いて子供たちはキョトンとなる。
「ん~そうなの?」
「カミュカミュがそういうんなら……」
「そ、そうだよなぁ……」
渋々納得したようだが、子供の一人が日色を睨みつけて言う。
「い、いいか! カミュカミュがいうからいいけど、ちょ~しにのんなよ!」
「黙れガキ」
キッと睨みつけると、ビクッとした子供たちは「ひぃ!」と怯えながらカミュの背中に隠れる。
「どうやら決着が着いたようじゃのう」
そう言いながら今度はシヴァンと、リリィンたちもやって来た。
「しかし、さすがは《赤バラ》に見初められた若者じゃな。まさかカミュが負けようとは思わなんだ」
「ふん、だから言っただろ、面白いものが見れるとな」
「ほっほっほ、のようじゃな」
シヴァンは日色の方に顔を向ける。
「それにしてもじゃ、初めて会った時から妙な感じを受けておったが、何者なんじゃお主は?」
「答える義務が無いな」
「俺も……聞きたい」
何やら目を子供のようにキラキラさせたカミュがいつの間にか隣に立っていたので、つい息を飲んでしまった。
「ヒイロのこと……教えて?」
「……断る。それもオレを認めさせたら考えてやる」
残念そうに眉をしかめるが、大きくコクッと頷き、「ん……いつか聞くから」と言って、何かを強く決意したようだが、日色はそれを見て呆れたように溜め息を吐く。
するとそこへリリィンがスッと近づいて耳打ちするような声で言ってきた。
「やはり貴様は興味深い」
「……知らんな」
今回、自分でもよく分からない感じでムキになって戦ってしまったが、そのせいでリリィンに魔法を何度も見せることになってしまった。
恐らく彼女のことだから、日色の《文字魔法》の特性を把握したかもしれない。
(まあ、他言するような奴でもないし、上から目線は苛立つが放置しておくか)
そう決めると、皆でオアシスに帰ることにした。
「ヒ、ヒヒヒヒイロ様ぁ! ご無事で良かったですぅ!」
「ノフォフォフォフォ! さすがはヒイロ様! わたくしは信じておりました! ノフォフォフォフォ!」
うるさいなと思いつつ、隣で騒ぐシャモエとシウバを見つめる。
オアシスに帰って、湖のほとりで身体を休んでいるのだが、先程の戦いについて二人が口喧しい感想を述べてくる。
「シャモエは……シャモエは……ヒイロ様が飛んでしまわれた時、もう心臓が止まりそうでした!」
「ノフォフォフォフォ! わたくしもつい呼吸の仕方を忘れた時がございました!」
「そのまま死ねば良かったのにな」
「手厳しい! これは手厳しいお言葉でございますねお嬢様! ノフォフォフォフォ!」
本当に喧しい……。
何故こんなに騒がしいのかと、これからこの三人と旅をし続けるのは、かなり胃に悪いと思って嘆息する。
「ヒイロ……ちょっと話……いい?」
そこへカミュが一人で日色に近づいてきた。
「何だ?」
「俺……決めた」
「……何をだ?」
「俺も……守る」
「何を?」
「全部。俺も……欲張り」
彼の言葉を聞いて思わず頬が緩む。
「その話、他の奴には?」
「じっちゃんにはした。じっちゃんは……俺が思うまま……突き進めって」
「そうか」
カミュの顔を見つめる。歳の上では明らかにカミュの方が上なのだが、どう見てもカミュの方が幼く見える。こんな少年が一族を束ねる長だとは誰も思わないだろう。
だが現実には、一族の命運を握っているのはこのカミュなのである。そのカミュがある決意をした。そしてその決意をさせた原因は自分だと日色もまた理解している。
「……なら、やるんだな?」
「うん……俺は……俺たちは……砂漠のモンスターを倒す」
それが彼が決意したことだった。
全てを守る。
いつ襲って来るか分からないモンスターに怯え、襲って来た時だけ逃げるために戦い、またどこか安全な所に移り住んで様子を見る。
それは確かに一族を守るという枠に入るだろう。しかしそれでも、逃げる際に仲間が傷つくこともあるだろうし、ずっとモンスターの影に怯えて心を傷つけている事実もある。
本当に守るのなら、仲間を傷つける元凶を潰す必要があるのだ。砂漠から出ることができないなら、平和に住むことができるように、災いを絶つ選択をするべきなのだ。
それが、未来ある子供たちを守るためにカミュが出した答えだった。
だが危険はもちろんある。
相手は最強の長だったカミュの父親であるリグンドを吸収したモンスター。その強さをカミュたちは嫌っていうほど理解している。『アスラ族』が全員でモンスターを殺すために動けば、リスクはあれど倒せるかもしれない。
だがカミュは、今までそのリスクと、父親の姿を持つモンスターに対して、本気で向かい合うことができなかった。
しかし決断した。一族の未来のために、砂漠のモンスターを討つと。父親の姿をしていても、決して父親ではなく、モンスターはモンスターだと割り切ることにした。
それを悟らせてくれたのは日色の言葉だった。守るためには、前に進む必要があるのだと、そう教えられたからこそ、今の決断ができたのである。
しかしもう一つ、問題はリスクの方だ。確かに全員が力を合わせて戦えば倒せる可能性はある。だがそれでも誰かが傷つき、死ぬ可能性だって高い。それが問題なのだ。だからこそカミュはこうして日色に会いに来たのだろう。
「ヒイロ……力貸して」
彼の目を見返す。正直、カミュがその答えを見出した時から、こうしてくるだろうことは予想していた。
しかしいつものように日色は目を閉じて言う。
「助ける義理は無いな」
「……お願い」
「駄目だな。オレはただ働きはしない。というよりも、あそこのババ……じゃなくて、小さい奴に頼んだらどうだ?」
「聞こえてるぞ貴様……永久の眠りを与えてやろうか? ん?」
物凄い殺気をぶつけてくる。言い直して小さい奴というのは間違ったなと思って逡巡する。
「アイツの方が、認めたくはないが強いぞ。恐らくそのモンスターでもあっさりと片づけてくれるだろうな」
「おい、勝手に決めるな。そんな面倒なことワタシがやると思っているのか? 否! ワタシはモンスターになど興味は無い! だから動かんぞワタシは! クハハ!」
「よ! さすがはお嬢様! その傍若無人ぶりには聖人も真っ青でございますね!」
「お嬢様~! 素晴らしいですぅ!」
「クハハハハ! もっと褒めろ! ハハハハハ!」
従者の二人に持ち上げられ気分良く笑う彼女を見て、日色は頭が痛くなる思いがした。このノリには自分は一生ついていけない。
「ううん……ヒイロがいい」
「ん? オレだと?」
「うん」
「何でだ?」
「何で…………何で?」
「いや、オレが聞いてるんだが……」
ポカンとして首を傾けるカミュだが、その態度の意味は日色も感じていることだ。
「とにかく、オレは」
「ならどうしたらいい?」
「は?」
「どうしたら……一緒にいてくれる?」
「…………」
思ったより強情な奴だということが改めて理解した。そこでふと考えた。
(そういや、さっきレベルが大幅に上がってたな。アレも試してみたいというのもある……だが……)
実はカミュとの戦いに勝った時、大幅なレベルアップを体験した。彼の方がレベル的にはかなり上だったので、倒したことにより大きな経験値を得ることができたのだ。
「そうだな、じゃあオレの部下にでもなるか?」
「へ? 部下?」
「何てな、冗談」
「なる」
「じょうだ……は?」
思わずハッとなってカミュを見つめる。その目は真剣で、どちらかというとキラキラとしてむしろ嬉しそうな感じがしたのは気のせいだろうか。
「お、おい……」
「部下……なる。だから力……貸して」
こちらは完全に冗談のつもりだった。一族の長に対して部下になれというのはあまりにも無理がある。
日色にしても例え手を貸すことになっても、それ相応の対価を貰おうと思い、考える時間を得るための繋ぎとして冗談のつもりで言ったはずだった。
しかしカミュの目を見ると、明らかに真に受けているようで真剣な目つきをしていた。
「あのな、お前分かってるのか? 一族の長が、ただの旅人の部下になるなんて、他の連中が許すわけないだろ?」
「うん……そうだね」
「いや、そうだねって……あのな……」
カミュの相手をしていると調子が狂う。
「けど……欲張りになるって……決めた」
「は?」
「俺たちだけじゃ……危険。けど……ヒイロがいれば……仲間が傷つくリスク……減る」
「…………」
「みんなを……守る。そのためなら……何だって利用する。ヒイロ言った……欲張りは……そういうこと」
普通なら、長の立場もあり、こうやって頭を下げるだけでもプライドが許さないだろう。その上さらに相手の要求を何でも飲もうとしている。ありえないことだ。
しかしカミュは、仲間を守るためなら何でも利用しようとしている。立場もプライドも、そして日色さえも利用して、全ては全部守るために。
(はは……馬鹿な欲張りもあったもんだな)
自分は確かに彼に助言めいたことは言った。しかしこうも真っ直ぐ過ぎるほどの解釈ぶりを見せてきた。あまりの純粋さに思わず笑ってしまった。
日色が微かに笑みを浮かべているのを見て、カミュは首を傾ける。
「はは、いや、なかなか興味深い奴だなお前」
「……そう?」
「ああ、いいだろう。だがお前がオレの部下になるということは、お前の一存で決めてもいいのか? いや、あの盲目のジイサンには話したんだっけか?」
「うん……けどみんな納得してくれる。だって……平和のためだから」
彼の目を見つめる。とことん純粋で濁りなど欠片も見当たらない。ただ一族を守る、それだけを信念にしている。先程まで迷っていた人物とは思えない。
「はは、とことん真っ直ぐな奴だな。……分かった。なら今からお前はオレの部下だ」
「ホント?」
「ああ、かなり予想外だったが、これだけの対価を払うというんだ。オレも少しは応えなきゃな」
その言葉でカミュはヨシッとガッツポーズを作った。
日色にしてみれば、部下うんぬんは基本的にはどうでも良かった。ただ自分の言うことを聞くのであれば、ここらで美味い食べ物の情報や、実際に用意するように頼むこともできるし良い対価だと思った。
というよりもレベルが上がってかなり機嫌が良かったせいというのもある。
「話はついたようじゃのう」
タイミングを見計らったかのように二人の元へシヴァンがやって来た。傍らには他の『アスラ族』も見える。子供たちもいるようだ。
「他の者たちにはワシが話しておいた。まあ、納得しておらん者もおるがのう」
「そうだよぉ! なんでカミュカミュがそのひとのぶかになるの!」
「そうです長! 砂漠のモンスターなら、我々だけで!」
子供の一人とジンウがそう言うが、カミュは手を上げて制する。
「ううん……もう決めた。みんなのためだったら……何でもする」
カミュを見つめる『アスラ族』たちは、彼の本気さを感じ取ってそれ以上何も言えなくなった。だが子供たちだけは思ったことを正直に吐く。
「でもいいのカミュカミュ! そのひとのぶかって……」
「そうだよ! カミュカミュはおさなんだよぉ!」
「ん……大丈夫」
そう言いながらカミュは子供たちの頭の上に手を乗せる。
「ヒイロは……面白い」
カミュの言葉を聞いてポカンとなっている子供たちだが、シヴァンだけは微笑ましそうに笑みを浮かべていた。そしてリリィンの方へ顔を向けると
「リリィン、お主の連れは力を貸してくれるみたいじゃが、お主は貸してはくれんのか?」
「ふん、何でワタシがそんな七面倒なことをしなければならん。大体モンスターなど、ワタシの部下であるヒイロだけで十分だ」
「おい、誰が部下だ誰が」
「ん……? ヒイロは……その子の部下? なら俺も……部下? ん? あれ?」
ややこしい関係に頭の上にハテナマークを幾つも浮かべてしまうカミュ。
「しかしよいのかのう?」
「何がだジジイ?」
「ハッキリ言って砂漠のモンスターは強い。そこの若者の実力は窺ったが、それでも不安は残るのう。何しろカミュの父親であるリグンドを吸収しておるしのう」
「ふん、ワタシが知るか」
「おや、もし若者が死んだらどうするんじゃ? 彼はお主の興味の対象じゃろ? もし死んでしまうと、また暇になるのう」
顎を擦りながら含みのある笑みを浮かべて言う。
「む……むぅ」
シヴァンに言われたことを吟味するように考え込む。せっかく見つけた興味対象。
日色の存在自体が面白く、旅についていくことを決めた。しかも旅はまだ始まったばかり。こんなところで得難い玩具を失くすと思うと心なしか焦りを生んだ。
「し、仕方無いな。ならシウバ」
「はい」
「貴様も手伝ってやれ」
「畏まりました」
「おお~、さすがは《赤バラの魔女》、太っ腹じゃのう!」
「ふん、当然だ! ワタシの懐は海よりも深いわ! クハハハハハ!」
そんな彼女の言葉を聞いてシヴァンは小さく拳を握る。
シヴァンにまんまと乗せられたことに気がついていないリリィンは、褒められたことに気を良くして笑っている。
シヴァンは、正直言えば彼女自身の力を貸してほしかったが、何も無いよりは良いと判断したのだろう。
砂漠のモンスターに対して、少しでも戦力が増えればと思い、リリィンを焚きつけて、恐らくかなりの使い手であろうシウバを戦力に加えることに成功してホッとした様子を見せる。
「ところで例のモンスターはどこにいるんだ?」
日色の当然とも言うべき質問にはジンウが答えた。
「それならここから東に行った《大岩砂漠》と呼ばれるエリアにいるはずだ」
《大岩砂漠》とは、その名の通り大きな岩が幾つも存在しているエリアのことをいう。
そこの近くにあったオアシスに、元々住んでいたのである。そしてその大岩の一つが、死者たちが眠っている《墓台岩》というわけだ。
《墓台岩》はエリアから少し離れた所に位置するのだが、『アスラ族』がモンスターを刺激させて暴れさせないようにしていたのは、その《墓台岩》が万が一にも破壊されたらと思って、今まで刺激させないように努めてきたのだ。
「なるほどな。岩があるなら隠れて攻撃することもできるってことか」
日色の言葉にジンウが頷く。
「確かにそうだ。だが奴は複数のモンスターを取り込んでいる。この砂漠には厄介な能力を持つモンスターだっている」
「ジンウの言う通り……何より……父ちゃんの力は厄介」
「力って? まさか魔法か?」
「うん。俺と……同じ」
それは本当に厄介だなと思った。複数のモンスターの特性に加えて、さらに地の利を利用した土魔法を使えるとは厄介この上ない。実際に戦った日色は、それをしっかりと理解している。
「…………行く奴を選抜した方がいいな」
「ほほう、その心は?」
日色の言葉に感心したようにリリィンが聞く。
「足手纏いは面倒だからだ」
ピキッと『アスラ族』たちの額に青筋が浮かぶ。だがリリィンはニヤッと口角を上げながら頷きを返す。
「ククク、素直に自分一人じゃ、皆を守れないからと言ったらどうだ?」
「黙れ。それにそれだけじゃない。数は力になるが、それは相手による」
「ん……どういうこと?」
カミュが首を傾げながら聞き返す。
「モンスターはお前と同じ魔法が使えるんだろ? あれは砂漠では、個人戦でも多人戦でもかなり有効だ。これだけの砂があるんだ。お前の父親なら、砂の使い方もずば抜けてるんだろ?」
「うん。父ちゃんは……俺よりも凄い」
「それなら尚更だ。大人数で攻めても、効果的なダメージを与える前に返り討ちになる可能性の方が高い。そしてだ、返り討ちに遭ってダメージを受けるのは、そいつらだけじゃない。それを見ていた他の者の心にも衝撃を与える。お前だって、父親の姿をした奴が、平気で仲間を傷つけていく光景を見て冷静にいられる自信はあるか?」
「それは……分からない」
顔を俯かせて拳を強く握る。父親でなくとも、同じ姿を持つ存在が、次々と仲間を傷つけていく光景を見たら、きっと我を忘れてしまうかもしれない。
「それが一番厄介だ。それに他の奴らは本当に元長の姿をした奴を殺せる覚悟があるのか?」
日色の言葉に騒然となる。顔が真っ青の者もいる。
皆が皆、カミュの父であるリグンドには世話になっている。それこそ命を助けられた者だって中にはいる。そんな者たちが、本当に心を殺して相手の命を奪えるのか、日色はそこが心配だった。
だからこそ、行く者は選抜して向かった方が良いと判断したのだ。覚悟の無い者が参加しても足手纏いになるだけだからだ。
「それにもう一つある。今ケガを負って寝ている奴らの中には、それなりに強者はいたんだろ?」
「え……うん」
「だけど勝てなかった。つまりモンスターは強い。それこそ殺すことに躊躇いの気持ちなんて無いだろうな。二刀流、言ったよな? 仲間は傷つけたくないと。なら少数精鋭で行くべきだ。モンスターと相対できる覚悟と強さの持ち主で、コイツなら無事に帰って来られると思った奴を、お前が選べ」
「…………分かった。みんな……それでいい?」
カミュは仲間たちに向き直って聞く。
皆は先程の話を聞いて、あまりに的を射ていた話だったせいもあり戸惑いを隠せないでいるようだ。互いが互いの顔を見合わせ、自分は本当にリグンドを殺せるだろうかと自問自答している。
そんな中、スッとカミュの前に出て片膝をついた人物がいた。
「長、このジンウ、覚悟はとうにできております」
「ジンウ……」
「元長……リグンド様は私の憧れであり、目標としているお方でございました。ですが今、そのお方は苦しんでおられる。あのようなモンスターの姿にされ、心を汚されております。そしてそれは今の長にも言えることでございます。あれから長は、ずっと辛い思いをなさってきたはずです。このジンウ、最初から命は長に預けております。是非、いかようにもお使い下さい。共に、リグンド様を解放しましょう!」
「……ジンウ……ありがと」
目を閉じ微かに、ほんの微かにだが頬を緩める。だが目を開けた時、キッとその視線を鋭くさせてジンウを見る。
「けど……命を使うなんて言葉……使わないで」
「お、長……」
「俺は……命は守るもんだって思ってる。だから……絶対に死なないでジンウ」
「……畏まりました」
二人のその姿を見て、他の者も自分も自分もと参加の意を示し始める。しかしカミュは首を横に振る。
「みんなには……やってもらうことある」
「そうじゃな。砂漠のモンスターは、他のモンスターを呼ぶ能力も持っておる。そのモンスターをカミュたちに近づけさせないようにするのが、お主たちの役目じゃ。モンスターは……リグンドはカミュとジンウに任せよ」
シヴァンの言葉に、渋々頷きを返す面々。だがこれで砂漠のモンスターと相対する人物は決まったようだ。
それから時間を掛けて、一番効率が良い戦い方を検討して、最後に日色がまとめる。
「整理するぞ。一応戦える者は最低限の防衛の数だけここに置いて、《大岩砂漠》周辺まで行く。そこで砂漠のモンスターを叩き起こす。奴と戦うのはオレ、ジイサン、二刀流、髷野郎の四人」
「ま、髷野郎……?」
ジンウはその呼び名に納得がいかないのかムッとする。だが日色の話は続く。
「モンスターには、他のモンスターを呼び寄せる力があるようだし、もしその力を使ってモンスターが現れた場合は、周辺で待機している『アスラ族』が相手する。それでいいな?」
皆がコクンと頷きを返して肯定する。
「安心しろ小僧。あまりに連中が頼りなかったら、雑魚のモンスターだけワタシが食ってやるわ」
リリィンのその言葉に『アスラ族』のやる気がマックス状態になる。舐められてたまるかといった感じだ。
「何だ、お前も来るのか?」
「当然だ。こんな面白い見世物、見ない手は無いだろ? ククク」
「ふん、悪趣味なロリめ」
「全くじゃ。相変わらずの欲望まっしぐらなババアじゃわい」
「何か言ったか小僧ども?」
リリィンにとっては、ヨボヨボの老人であるシヴァンでさえ小僧なのかと思って肩を竦める。一体どれだけ歳を重ねているのか……。
「あ、ああああのあの、シャ、シャモエはどうしたら……?」
「シャモエはワタシの後ろで寛いでいろ」
「は、はい! 頑張って寛いでいますですぅ!」
鼻息を荒くして、凄い決意をしたかのように言葉を放つが、きっと彼女は自分の言葉の意味を理解していないのだろう。足手纏いだからジッとしていろという意味を。
「よし、準備を整えたら向かうぞ」




