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69:日色VSカミュ

「最近、結界の効果がもうほとんど無く、少しの刺激でデザートトータスが暴れるんじゃ。一度暴れ出すと、時間を費やさない限り鎮まないんじゃ。じゃが、放置しておけばここに来る可能性もある。じゃから戦える者を配置して、他の場所に向かわせるように扇動させておるんじゃが……」

「失敗する時もあって、その結果が……コレってわけか」


 シヴァンの言葉に日色が納得したように言葉を出す。

 モンスターがこちらの存在を気づかせないように、逆方向に向かわせるように、『アスラ族』がモンスターの気を引くようだが、その際に攻撃を受けてこうして寝込んでしまう者たちが出るという。


「そうじゃ。さっきはここに居る理由をいろいろ言ってはみたが、一番の理由は、リグンドを放置して離れたくないんじゃよ。それは皆がそう思っておる」

「だが、ガキどものことを考えるなら、その選択は間違ってると思うが?」


 日色の言葉にムカッとなって髷の男が歯を噛み締め睨みつけてくる。

 そんな男の前に出て、カミュが代わりに口を開く。


「確かに……お前の言う通り……だと思う。けど……父ちゃんは家族」

「……なら聞く。その父親は一度デザートトータスに食べられたんだろ? デザートトータスの特性で、お前の父親の姿をしているが、それはただ単に似ているというだけで、ホントに生きてると言えるのか?」

「それは……」


 カミュは俯き目を伏せる。


「それにその父親が言ったんだろ? 一族を託すと。その一族を危険に晒してるのは、他ならぬお前なんじゃないか、『アスラ族』の長?」

「キ、キサマに何が分かるっ!」


 髷の男が曲刀を抜いて日色に物凄い速さで詰め寄ってきた。


「黙れ」


 そう言って日色は指先を向けて何かを飛ばす。飛ばしたのはもちろん文字だった。

 ピタッと動きを止めた髷の男は、何が起こったのか分からず驚愕する。全身に力を入れてもピクリとも動かない。麻痺でもない。ただ体がまるで凍ったように動かないのだ。


 『止』


 《文字魔法》を使用して彼の動きを奪ったのである。

 他の者は、日色が何をしたのか分からずキョトンとしているが、リリィンは「ほほう」と唸り興味深そうに見つめている。

 本来ならこんな場で《文字魔法》を使わないのだが、今の日色は少しばかり機嫌が悪かった。話を聞いてからそれが顕著になったのだ。だから少し後先を考えていないような行動に出てしまっている。

 その理由として、『アスラ族』の現状が気に入らなかったからである。それは自分でもよく分からない苛立ちだった。


「おい二刀流」


 日色はカミュに対して口を開く。


「いつまでも不毛な暮らしはやめたらどうだ? それともお前は、いや、お前らは『アスラ族』が絶滅しなければ理解できないのか?」

「キ、キサマまだ言うか!」


 声だけは自由なようで、髷の男が叫んでいる。

 だが日色はビッと指をある場所へと指す。

 皆がその方向に視線を向ける。


 そこには横たわっている………………子供がいた。


「一族の未来を託されたお前が、未来を失おうとしてるってことがまだ分からんのか? それとも、子供が全て死なないと理解できないと?」


 カミュはハッとなり、痛みに顔を歪めて寝ている子供に目を向ける。

 その傍には母親らしき人物が必死で看病している。子供の汗を優しく拭き、少しでも食べ物を与えようと思い、スープのようなものを子供に飲ませようとしているが、子供は上手く食べられないのか吐き出していた。

 だが母親は決して諦めずに言葉をかけている。

 そんな母親も、疲労や睡眠不足により明らかに悲痛そうな雰囲気だ。それでも子供の前では必死で笑顔を作っている。


「今のお前を見たら、父親はどう思うだろうな?」

「……」

「オレならこう言うな。お前に任せたのは間違いだったなと」

「くっ……」


 カミュはその無表情の顔を悔しそうに歪める。髷の男も子供が苦しげに出す声を聞いて、押し黙ってしまう。そこでリリィンが感心するように日色に声を掛ける。


「驚いたぞ小僧。まさか貴様が見ず知らずのガキどもの心配をするとはな」

「ふん、そんなんじゃない。ただイラついただけだ。コイツらの不毛さ加減にな」

「ククク、言うな小僧。さて、連れはこう言ってるが、貴様はどう思うんだシヴァン?」


 旧知の中であるシヴァンに質問をする。すると彼は言い難そうに唸ると、その重そうな口を開いていく。


「……いや、そこの若者の言う通りじゃな。確かに不毛なのかもしれん。じゃが、これは皆が望んどることじゃ。決してカミュだけの決断ではないのじゃ」

「だったら『アスラ族』全員が馬鹿なだけだな」

「も、もう許さぁぁぁぁぁん!」


 ようやく『止』の文字効果時間の一分が過ぎたのか、動けるようになった髷の男は、再び曲刀を持ち日色に襲い掛かる。

 しかし、だ。


「……どういうおつもりですか長!」


 カミュが彼と日色の間に割って入り、男の攻撃を中断させた。日色もまたカミュの行動に疑問を感じて彼を見つめる。


「一族……馬鹿にしないで」


 淡々と言っているように聞こえるが、明らかに険しい顔つきだ。

 日色の言葉には正論性があるというのは理解できるが、それでも譲れないものがある。仲間たちのことだけは馬鹿にされたくはないという意思表示であろう。


「何度でも言うが、滅びを待つだけの行動など、愚か以外の何物でもない。お前らがやってることに意味はあるんだろうが、オレからすれば滑稽なだけだ」

「それ以上は……言わせない」


 両手を背中に回して双刀を抜いた。


「やるってか? その意気込みをモンスター討伐に向けたらどうだ?」

「……黙る」

「言ってやろうか? お前らはただモンスターと戦いたくないだけだ」

「黙る」

「姿が父親……元長に似ているから躊躇してるだけだ」

「黙って……」

「いつかは治ると、長が帰って来ると、根拠の無い希望的観測に縋って、戦いもせずに無駄に傷ついてるだけだ」

「黙ってって……言ってる……」

「お前らは、命を懸けた者の意思を無駄にしてる」

「黙ってよぉ!」


 その場から瞬時に消えて、気がつくとカミュは日色の目の前にいた。その両手に携えた双刀を十字に構え、日色を斬り刻もうとしている。


 ――キィィィィィィィィィン!


 日色もまたその攻撃を防ぐべく『刺刀・ツラヌキ』を抜いて相対した。


(くっ……何て力だ! それに先読みできたから防御できたが、コイツは速過ぎる!?)


 相手を怒らせて単調な攻撃をさせ先読みしたが、それでもほとんどギリギリの防御だった。それだけカミュの動きが素早かったという理由に他ならない。


「待てカミュよ」


 カミュはその言葉にハッとなって、日色から距離を取る。そしてその声の主であるシヴァンを見る。


「カミュ、それは長としての行動かのう?」

「…………馬鹿には……させない」


 悔しそうに歯噛みしながら答える彼を見てシヴァンは大きな溜め息を吐く。


「……仕方無いのう。のう客人よ」

「何だ?」

「お主も考えを改めることはないのじゃろ?」

「当然だ」

「ふむ、カミュもじゃな?」

「うん」


 シヴァンは再び溜め息を吐き肩を竦めると


「なら気が済むまでやり合えば良い。ただし、外で行うんじゃ」

「上等だ」

「……勝つ」


 日色とカミュは互いに睨み合う。だがジンウが愕然とした表情で叫ぶように声を出す。


「シ、シヴァン様、よろしいんですか!?」

「仕方無かろう。それにじゃ、揉めた時はこうして互いにぶつかり合うのが一番じゃよ」

「し、しかし……」

「拳を突き合わせることで分かるものもあるというもんじゃ。のうリリィンや?」

「ふん、そんなことよりやるならさっさとやれ」


 リリィンはニヤニヤとして楽しみで仕方無い感じだ。きっと日色の戦いが見れることが嬉しいのだろう。

 そんな彼女を見て、やれやれと首を振ったシヴァンは、


「ジンウ、立合いをしろ」

「は、はっ!」


 髷の男であるジンウが返事をすると、二人を連れて砂漠に向かって歩き出した。

 シヴァンが近くにいるリリィンに対して口を開く。


「あの若者、お前にそっくりじゃな。自分の考えを持ち、それを貫く姿といい、ふてぶてしい態度といいのう。まさかお主の子供というわけであるまいな?」

「ほほう、ずいぶん面白い冗談だ。老い先短い命をここで散らしてほしいようだな?」


 不愉快そうに眉を吊り上げ殺気をぶつける。シヴァンは焦りながら


「じょ、冗談じゃ!」

「ふん、あんな小僧とどこが似てるというんだ」

「そ、そうかのう……」


 シヴァンは額から嫌な汗を流しながら溜め息を吐く。


「それにだ、あの『アスラ』の小僧こそ、貴様の若い時とそっくりじゃないか。愚直なまでに真っ直ぐで、仲間を馬鹿みたいに大切にするところがな」

「ほっほっほ、まだまだ未熟じゃがな」

「確か『アスラ族』が成人するのは四十年くらいかかると聞くが、なるほどな、まだガキだってことだな」


 『アスラ族』は四十年生きて、初めて人間で言うところの二十歳くらいの姿になる。

 カミュは三十年以上生きているらしいが、まだまだ見た目も精神的にも未熟だということである。


「ガキの姿のお前が言うか?」

「黙れ、見えないくせによく言うわ、クソ真面目ジジイめ」

「じゃから見えなくとも感じると言っておるじゃろうが、ロリババアめ」


 バチバチと互いに視線を合わせるが、シウバは呆れて、シャモエはオロオロとしながら見つめていた。 

 






 日色とカミュは、ジンウの先導のもとオアシスから出て砂漠の上に立っていた。

 何事かと思った他の『アスラ族』の者たちも、観戦者としてやって来ている。その中には子供たちもいる。

 子供たちはもちろん大声でカミュの勝利を応援している。

 一方日色の方はというと……。


「頑張ってくだされぇ! 我が同志よぉ!」

「が、ががが頑張ってくださいですぅ! ヒイロ様ぁ!」


 シウバとシャモエが声援を送ってくれているが、シウバの応援の内容だけは少し引っ掛かりを覚える。


(誰が同志だ誰が……)


 どうせ以前に言っていた、リリィンを愛でる会の同志のことだと分かったが、いちいち突っ込んでも、逆に喜ばすだけなので無視することにした。


(さて、それよりもどうやって戦うかだな……とりあえずは)


 そう思いながら素早く『覗』の文字を書く。無論魔法を使っているので、他の者も気づく。警戒の視線を向けるカミュと、同じように日色を見る立会人のジンウ。


「何をしているキサマ?」


 ジンウがそう言うが、日色は素知らぬふりを装いながら言う。


「準備運動してるだけだ。この戦いでは魔法も使っていいんだろ?」

「あ、ああ……」


 疑わしそうに日色を見るが、彼を無視してジッとカミュを見つめる。




カミュ


Lv 85


HP 2380/2400

MP 3270/3270


EXP 674441

NEXT 27911


ATK 588(668)

DEF 490(515)

AGI 800(823)

HIT 450(470)

INT 388()



《魔法属性》 土

《魔法》 サンドニードル(土・攻撃)

     サンドウェイブ(土・攻撃)

     サンドアーマー(土・防御支援)

     サンドガード(土・防御支援)

     デザートストーム(土・攻撃)

     レッドアイドル(土)

     



《称号》 アスラ族・砂漠と共に生きる者・モンスター殺し・達人・のんびり屋・双刀使い・赤砂・アスラ族の長・父の意思を継ぐ子・電光石火


 


 レベルが85もあることに少し驚きはあったが、遥かに超人クラスのリリィンが近くにいるのでそれほど衝撃は無かった。だがパラメーターの中で気になったものがあった。


(やはりスピードはかなりのものだな)


 本気を出していなかったとはいえ、リリィンの動きを見極めたことでそれなりに数値が高いだろうと予測はしていたが、まだ76レベルの自分と比べても、明らかに速さに差があった。数値にして200以上の差は、ハッキリ言ってまともに相手できるものではない。


 攻撃力はそれほど高くは無いが、それを補って余りあるAGIがある。称号に《電光石火》があるが、理解できる称号だと思った。

 魔法について知り得たのは大きい。だが彼の魔法はあまりに地の利があり過ぎるとも思い苦笑する。


(土魔法使いと砂漠で戦うのは厳しいな)


 まさに見渡す限り彼の武器になるのだ。相手から距離をとったところで意味が無いということを忘れないようにしなければならない。遠隔で砂を操る術を持っている可能性だってあるのだ。

 これは思った以上に厳しい戦いになると思って身を引き締める。とりあえず準備をするために、ミカヅキに施していた設置文字を消しておく。


 これで五文字分の文字をストックすることができる。

 戦闘が始まる前にさっさと設置しておかなければならない。リリィンが興味深そうにこちらを凝視しているが、もう気にしていても仕方が無い。

 今はこの戦いに勝つことを優先すべきだと判断して腕に文字を書いていく。そこでハッと思いついたことがあって、微かに頬を緩める。


(この砂漠……利用できるかもな)



「そろそろ始めるぞ」


 ジンウが二人の前に出てきてそう言ったので、二人は頷きを返す。カミュも準備万端のようだ。背中から双刀を抜いて、もう身構えている。

 その二人を見ているリリィンとシヴァンが互いの感想を言い合う。


「どっちが勝つと思うんじゃ?」

「さあな、地力は似たり寄ったりだな」

「なら地の利があるカミュが優勢じゃのう」

「それはどうだろうな」

「む?」

「確かにアイツは見た目はただ横柄な態度をする『インプ族』に見える」

「まんまそうじゃないかのう」


 恐らく誰が見てもシヴァンのような感想を持つだろう。


「だが、奴は……面白い」

「……ほう、珍しいのう。いや、お主が何の特徴も無い輩を連れてるわけがないか……。あの若者に何かあるということかのう?」


 目の奥を光らせ探りを入れてくるが、リリィンはニヤッと口角を上げて言う。


「それは自分の目で確かめろ」

「むぅ」

「誰が見ても小僧が不利だが、始まればきっと…………驚くはずだ」


 楽しそうに喉を鳴らして笑う彼女を見て、シヴァンも全身の感覚を研ぎ澄まして観察することにした。彼女の言う驚くべきことを感じるために。

 日色は刀を抜き、カミュと睨み合う。


「訂正……させる。一族は……馬鹿じゃない」

「そんなのどうでもいい」

「え?」

「今は、どっちが強いか……だろ? 馬鹿を否定したけりゃ、その腕で示せよ二刀流」

「……後悔……する」

「お前がな」

「ううん……お前がする」

「……オレはしない」

「きっと……する」

「するわけがない」

「するわけ……ある」

「おほんっ!」


 二人の子供じみたやり取りを止めるためにジンウが咳払いをする。


「いいか、決闘方法はどちらかが意識を失うか、戦意喪失して降参すれば決する。異存は?」

「「無い」」


 綺麗にハモった。

 ジンウが頷き、大きく息を吸う。

 皆が固唾を飲んで見守る中、これから二人の誇りを懸けた戦いが始まる。互いに自分の言うことを正として、譲れないものを背負い、それを懸けて戦う。そしてその戦いの火蓋が、


「――始めっ!」


 ついに切られた。







 先に動いたのは日色だった。とにかく相手がどんな攻撃をしてくるかある程度は予想できているので、先手を取ろうと動いたのだ。

 日色は『刺刀・ツラヌキ』を右手に持ち、瞬時に間を詰める。

 しかし相手のカミュは、ハッキリと日色の動きをその視界に捉えていた。日色よりは遅く動いたが、同じように刀を握る手に力を込めて間を詰める。


 互いに刀が合わさり火花が飛び散った。

 互いに一本の刀を合わせているが、カミュはまだ片手に一本の刀を持っている。鍔迫り合いの最中、もう一本の刀で日色を攻撃しようと、突き刺すように動かす。


 その攻撃を予測していた日色は、すぐにその場から後ろへ跳び相手から距離を取る。そしてすぐさま足に力を込めて再度攻撃しようとしたが、ズボッと右足が砂に埋まり足をとられてしまう。


「ちぃっ!」


 普通の地面では無く慣れていない砂の上での戦いは思った以上に難しい。力加減を誤ると、こんなふうに足が砂にとられてしまう。


「砂は……生きてる」


 カミュは小さくそう言うと、今度は彼がその場から瞬時に動いた。

 だが日色と違うのは、動きに無駄が無く、砂の上というのを忘れてしまうほどの速さだった。

 懐に入られたため、咄嗟に刀で防御するが、相手は力任せに双刀を振ってくる。足場も悪く、踏ん張れないせいか、防御はしたが、そのまま吹き飛ばされ地面に転がる。

 即座に起き上がり前を向くが、もうそこにはカミュはいなかった。しかし影だけがこちらに近づいていた。


(ということは……上かっ!?)


 案の定、空に跳んで刀を突き刺すようにこちらに向かって落ちてくる。足に力を込めてその場から離れようとするが、また砂に足が埋まる。


(くそ! 動きにくい!)


 このままでは串刺しにされてしまう。仕方無く日色は設置文字の一つである『防』の文字を発動させる。即座に日色を覆うようにして青白い魔力の壁が生まれる。

 

 ――バシンッ!


 カミュの刀はその壁に阻まれ、彼の体ごと弾かれるように吹き飛ぶ。ギョッとなりながらもクルクルと身体を回転させて見事に着地する。


「い、今のは……!?」

「ククク」


 日色の防御方法に驚くシヴァンと、楽しそうに笑みを浮かべるリリィン。まさに対称的な二人である。


「今のは魔法? いや、属性魔法の気配はしなかった……ならば……」


 シヴァンは、先程ジンウが受けた魔法らしきことも思い出す。そう言えばあの時も属性魔法の気配がなかった。


「つまり無属性……じゃな」

「クク、さすがに気づくかシヴァン」

「普通の輩と旅をしているわけではないと思ったが、まさかユニーク魔法の使い手じゃったとは驚いたわい」

「面白くなるのはまだまだこれからだ」


 リリィンの思わせぶりな言い方にピクリと眉を動かして反応するが、それ以上は何も語るつもりはなさそうな雰囲気を感じたので、そのまま前を見据えることにした。

 いまだに日色を覆っている青白い壁を怪訝な表情で睨むカミュ。自分の攻撃があっさりと防がれたことに戸惑ってか、下手に攻め込まず距離を取っている。


(ふぅ、危なかったな。思った以上に戦いにくいな。こんな早くに『防』の文字を使わされるとはな)


 これで一分間は攻撃を防げるが、同時にこちらから接近戦ができないというのがリスクといえばリスクだ。近づいても防御の壁が邪魔して相手を弾いてしまう。

 まあ、体当たりでダメージを与えるのが目的ならそれでもいいのだが。


(大してダメージは無いからな……)


 しかし一分の間にできることはたくさんある。指先に魔力を集中させ文字を書いていく。その行動に気づいたカミュは眉をピクリとさせ警戒する。


「何かしようとしてる……させない」


 双刀を鞘に納め、手を地面にかざした。


「サンドニードル」


 すると彼の足元から日色に向かって鋭い砂の針が複数作成されていく。普通ならそのまま攻撃を受ければそれこそ大きなサボテンを抱きしめたような状況になってしまう。


(やはり土を、いや砂を使うか……)


 しかし日色は動かない。

 何故なら――バシンバシンバシィィィン!

 まだ健在の『防』の文字効果で、サンドニードルから身を守っていたからだ。近づいた針は元のサラサラの砂に戻って霧散していく。


「ん……硬い」


 その光景を見たカミュは呟くように感想を言う。


「なら今度は……これ」


 カミュは下手で何かを掬い上げるように右手を大きく動かす。すると彼の目前にある砂がモコッと膨らみ、それが津波のように大きくなって日色に襲い掛かってきた。 


「サンドウェイブ」


(さすがに地の利は向こうだな)


 目の前から砂の波が押し寄せてくる中、日色は何を思ったか波に向かって走り出した。

 波の後ろではカミュがさすがにダメージを与えるだろうと思いつつ見守っていると、突如波の中心部分の砂が弾け飛び、ちょうど円のような穴が開いて、そこから日色が飛び出したのだ。


「なっ!?」


 まさか砂の波を避けもせずに突き抜けてくるとは思っていなかったようでギョッとなっている。


「5、4、3、2………一分」


 すると日色の周りを覆っていた防御壁がスッと消えていく。

 発動してから一分間を数えていたので、消えても慌てない。むしろ制限時間を利用し、こうやって相手の攻撃を弾いて動揺を与えながら近づくことができた。


 日色は『刺刀・ツラヌキ』構えて突進しながら突きを放つ。防御壁が消えたので、攻撃ができるようになった。


「もらったぞ!」


 完全に虚を突いて攻撃を与えようとした。

 だが日色の刀は完全に補足していたターゲットを貫くことは無かった。

 貫いたのは空そのものだったのである。


(空振りっ!? どこ行った?)


 するとパラパラと砂が空中に舞っていた。ちょうど視線の高さくらいのところなので、相手は空を跳んだのかと思って上を見上げた。しかしそこには誰もいない。


「……え?」


 ゾクッとしたと思ったら、背後に気配を感じた。


「上……飛んだと思った?」


 今度はこちらが完全に虚を突かれてしまった。


(マズイ!)


 咄嗟に『速』の設置文字を発動させてその場から脱出する。とにかく態勢を気にせずに前に跳んだだけだったので、着地のことを考えていなかったせいでゴロゴロと地面に転がってしまった。

 だが背後から斬りつけようとしていたカミュの攻撃は防げたので良しとした。


「……急に……速くなった?」


 日色のスピードが自分と同等くらいの速さになったのでカミュが驚いていた。どうして急に速度が増したのか分からず、下手に近づくことをしないで警戒している。

 日色は日色で、危なく斬られていたかと思うと背中に嫌な汗が流れた。


(ふぅ、今のは危なかったな。だがあの野郎……)


 どうして上空に逃げたと思ったのに、彼がいなかったのかというと、彼は恐らく素早く身を屈ませて、地面の砂を手に持ち上空へと素早く放って、その場から横に跳んだのだろう。

 日色はその舞い上がった砂の動きで彼の足についた砂が、跳んだことにより上から降ってきたのだと判断してしまった。しかしそれは全て日色の油断を誘うためのカミュの策略だった。


「頭も切れるみたいだな二刀流」

「砂を使わせたら……俺強い」


 自慢するように胸を張りながら言う。だが彼の言う通り、確かに一杯喰わされたので、日色は改めて身を引き締める。


(そろそろこっちもやるか……)


 そう思い、刀を鞘に戻し指先に魔力を宿し文字を書いていく。そしてそのまま足元に放つ。


(これで二つ……後は……)


 もう一度、文字を書いていく。だが今度は指先をカミュに向ける。


「……?」


 カミュもまた、日色の行動に警戒を示し身構えている。

 すると日色は跳び上がり、ちょうどカミュの真上辺りに移動する。

 

「くらえ!」


 文字をカミュ目掛けて放つ。


「! アレは……ジンウにしたやつ?」


 カミュが、先程自身の仲間であるジンウが、日色の奇妙な攻撃により動きを止められたことを思い出したような顔をする。同時にあの攻撃は当たってはならないと判断したようで、その場から後ろへ跳ぶ。

 文字はカミュがいた場所にピタッと張り付く。

 それを見て、日色はカミュに聞こえるように舌打ちをしながら、スタッと地面に降りる。


「やるじゃないか。当たってはくれないみたいだな」

「ん……それはさっきジンウが……痛い目見たし」

「ふん、バカじゃないってことか」


 そしてカミュは、目を細めて手に持っていた刀を納める。


「次……面白いもの……見せてあげる」

「ん?」


 カミュは右手を地面につく。


「……サンドアーマー・タイプ・ガントレット」


 すると砂が動き、カミュの右手を覆っていく。まさしく砂で固められたガントレットを身に着けたカミュ。右手だけ武装しているせいで、何倍も膨れて違和感ありまくりである。まるでゴーレムや巨人の腕のようだった。


「……サンドニードル」

「ちぃ!」


 砂の針が日色に襲い掛かってくる。咄嗟に日色は横に跳び避けた。

 だがそこにはカミュがすでにきていたことで、相手の思惑通りに行動してしまったことに気づく。


「しまっ……!?」

「……終わり!」

 

 ――ドゴォンッ!


「がっ!?」


 見事に砂で武装された拳をその身に受けて吹き飛ぶ日色。一瞬で意識が跳びそうな衝撃が全身を襲う。口からは真っ赤な血が吐かれる。水切りのように跳ねながら飛んでいき、大きな砂山に激突する。


「がはっ!」


 地面に倒れ、上から大量の砂が落ちてくる。それを見たカミュは小さくガッツポーズする。同じように子供たちも大喜びで飛び跳ねている。

 リリィンは吹き飛んだ日色に視線を向けて仏頂面を浮かべている。そんな彼女を見て、微笑みながら言葉を放つのはシヴァンだ。


「ほっほっほ、どうやら勝負が決したようじゃな」


 やはり仲間が勝ったのが嬉しいのか言葉にその感じが出ている。


「ふぇぇぇぇっ! ヒイロ様ぁ!」


 シャモエは体を震わせながら日色の安否を気遣っている。しかしシウバとリリィンは黙って日色が吹き飛んだ方向を見つめている。


「お嬢様」

「ああ、奴め、何かするつもりだな」

「ん? 何か言いおったか?」


 シヴァンが聞く。


「ああ、これから面白いことが起きるからよく見ておけ」

「……は? もう勝負は」

「老いたなシヴァン。奴の闘志は萎えていないぞ? むしろ……」


 ――ドガァァンッ!


 突如として砂山が勢いよく弾け飛び、その中から息を乱しながら苦痛に顔を歪めた日色が現れる。


「ほらな、あの程度の攻撃で諦めそうになかったが、やはりまだまだやる気満々のようだぞ」

「馬鹿な……カミュのあの一撃をまともに受けておいて……」

「咄嗟に後ろへ跳んでしっかりと衝撃を逃がしていたさ。だがそれでもかなりのダメージを受けたようだがな。ククク」


 リリィンが大きく溜め息をつき、息を整えている日色を見つめて呟く。


「さあ、見せてもらおうか。さっきから貴様がしようとしている何かをな」





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