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67:ラオーブ砂漠へ

 ジュドム・ランカースは生誕祭に呼ばれたので、こうして足を運んできたのである。

 国王の親友というのもあるが、一度勇者という存在をこの目で確かめておきたかったからだ。


 以前、この国の軍隊の隊長の一人であるウェル・キンブルという青年に、勇者を鍛えてほしいと頼まれたがズバッと断った。

 それで諦めると思っていたが、あれから何度も何度も頼みに来た。

 あまりにしつこいので、一度この目で見てから判断してやるとその場凌ぎに言い放ったのである。

 無論見たところで結局は教育係を断るつもりなのだが、一度勇者という存在を見てみたいと思ったのも確かだった。


 故にこうして生誕祭を口実に確認しに来たのである。

 しかしそこに思わぬ人物の存在に気づいた。


 それがナザー・スクライドである。

 彼は画家として名を馳せており、国王もその手腕に惚れていて、絵画を何点も購入している。確かに彼が描く絵はどれも素晴らしく、見る者の心を動かす。

 しかし彼はそれだけの男ではない。それはジュドムはよく知っていた。

 そして今、彼が勇者たちを柱の影からこっそりと観察していることに気づき、ジュドムは何か事を起こすのではないかと、彼に向けて視線を放ったのである。


 するとナザーも気づいたようで、こちらの目を見返してくる。

 その目が言っている。勇者たちには手は出さないと。

 ジュドムは彼の人となりを知っている。確かに馬鹿なことをするような人物ではない。それが分かっているので、彼から視線を外した。そしてその視線は勇者たちを捉える。


(アレが今代の勇者か……何ともまあ…………ただのガキじゃねえか)


 平和を満喫しているかのように楽しそうな笑顔を見せる彼らを見て思わず苦笑する。


(ルドルフよ、こんなガキどもに命運を懸けちまうのかお前さんはよ……)

 親友の愚挙とも言える行動に失望し、いまだ大物たちとの会合をしている国王を見つめる。


(自分の娘を犠牲にして何やってんだ…………お前は国王なんだぞルドルフ。こんな生誕祭するよりも、しなきゃならねえことがあんだろうが)


 ジュドムは厳しげな表情でルドルフから目を逸らすと、踵を返してその場から立ち去って行く。


(やっぱ、俺が動くしかねえのかよ……)


 そう思うと、キッと目つきを鋭くさせて会場から出て行った。



     ※



 生誕祭が終わりその夜、国王ルドルフは、執務室で大臣であるデニス・ノーマンと話をしていた。

 内容は『魔人族』の王であるイヴェアムからの会談要求についてである。

 鍵をかけている机の引き出しを開け、そこから一通の書簡を取り出す。

 それが件の会談の内容が書かれている書簡だった。

 デニスはそれを見て、難しい表情を浮かべる。


「やはり本気のようですな」

「うむぅ……」


 実は送られてきた書簡は今手元に置いている一通だけではない。

 他にも同盟締結することにより生まれる双方のメリットを事細かに書かれたもの、今現状の『獣人族』の内情など、同盟締結するための必死さが目に見えて理解できるような書簡がかなり送られてきている。

 その中には今の『魔人族』がどういう考えを持っているのかを書かれたものまである。


「この前、あの男を呼んで話しましたが、どうもあの男を信じていいものか迷いますな」

「ジュドムか……」


 『魔人族』と『獣人族』との戦争が即時終結し、その後すぐに『魔人族』から同盟の話が来た時にジュドムを交えて話し合ったのだ。

 無論これまでも対談を必要と思って進言までしていたジュドムは大いに喜び、同盟の話を受けることを支持した。しかしデニスがそこで反論した。


 確かに同盟が成れば、少なくとも『魔人族』と『人間族』間で争いは無くなり、平和な時間を作れるかもしれない。だがそれもやはり希望的観測でしかない。

 これまで『魔人族』がやってきたことを鑑みると、素直に首を縦にふれば痛い目に合うに違いないのだ。

 先の同盟での裏切りや、過去に『魔人族』が行ってきた人間を《魔人族化》させるための非道な行い。

 特に《魔人族化》の件では、多くの人間が狩られ、『魔人族』が所有する特別な実験場所に閉じ込められて、結局は実験は失敗に終わり、残ったのは数多くの死体だけだった。


 かなり昔の話でもあるが、実際に実験に関わった『魔人族』は今も生きている。

 それは彼らが長命だからだ。もしまた再開させようと画策しているのであれば、今回のことも、人間を油断させて陰から狩ろうとしているだけなのかもしれない。

 そんな懸念が払拭できていない限り、デニスは同盟の危険性を説いてルドルフに進言した。だがジュドムは、過去は過去だと割り切れと言ってきた。


 非人道的な行いをしてきたのは、何も『魔人族』だけではない。

 自分たち人間だって多くの悲しみを作り、憎しみを広げていったと言う。

 捕まえた『魔人族』に爆弾を植えつけ、彼らの集落を破壊したり、獣人を虐げて奴隷化させたりと、天に唾吐くような行為はお互い様にしてきていた。


 それでも過去は過去だ。いつまでも過去を引きずり後悔ばかりしていて前を見ないでいると、本当に大切な局面を逃してしまうと。

 どちらにも非はあり、言い分だってある。だがそれはあくまでも過去だ。

 大切なのは今でありこれからなのである。

 過去のようなことを起こさせたくないのであれば、遥か昔、全ての生物が手と手を取り合って生きていた昔のように、和解して共に暮らすべきだとジュドムは熱く語った。


 ルドルフにしてみれば二人の言っていることはどちらも理を得ている。

 『魔人族』の危険性を考慮して、必要以上に近づけず、警戒し続けることがベストだというデニスの意見も、昔のように手を取り合って仲良く暮らせる可能性があるなら、それを追求すべきだというジュドムの意見。そのどちらも正解だと彼は思う。


 しかしもしかしたらどちらかが不正解であり、その選択いかんでは『人間族』は滅ぼされてしまうかもしれないのである。だからこそ安易に決断できずにいる。

 いや、彼の中で本当は答えは出ていた。『魔人族』を、魔王を滅ぼすために自分の娘まで犠牲にしたのだ。ここで手を引いて、もし殺されでもしたら、娘たちは何のために犠牲になったのか分からなくなる。


 そうジュドムに言った時、彼は国王である自分の襟首を掴み上げ物凄い形相で言葉を放ってきた。


『だったら尚更だろうが! 皆を平和にして、てめえの子供らがあの世で泣いて喜ぶような世界を作ればいいだろうがよぉ!』


 いつまでも誰かに怯えず、皆が笑顔になれるような世界。そんな世界でも作らなければ、娘たちの命は無駄になるんだよと言い放ってきた。

 首元の窮屈さに顔を歪めながら、ルドルフは静かに「少し考えさせてくれ」とだけ言った。

 ジュドムは不愉快そうに眉を寄せながらも、会談を破棄するという言葉が無いだけマシだと思っていた。


 そして一言。


『いいか、会談の時、俺も出る。だから迷うな。平和を掴むには、闇の中に手を入れなきゃなんねえ時もあらぁな。俺が守ってやる。だから……頼んだぜルドルフ』

 

 そう言ってその場から去って行った。

 二人は執務室で、そのようなやり取りをしたことを思い出して苦笑していた。特にデニスは、幾ら親友であろうと国のトップに掴みかかったことに憤りを得ていた。


「まったく、だからあのような粗暴な男と縁を切られてはと何度も」

「デニス」


 ルドルフから刺すような視線を受けて、少し言い過ぎたと思い丁寧に謝罪する。


「しかし国王様」

「ああ、全てはこれからだ。何も無駄にはしない。私の娘の命も……決して無駄にはしない」

「そ、それではお決めになられたので?」


 若干期待混じりの声を出すデニス。


「ああ、時期を見て会談に出向こう」

「なっ!? そ、それはなりませんぞ! も、もし奴らが!」


 デニスは慌てて国王の考えを変えようと言葉を述べる。


「分かっておる」

「え……はぁ」

「会談には出る。言ったであろう、娘の命や、これまで散った者たちの命は無駄にはせん」

「こ、国王様……」

「無論ジュドムも連れて行く。そして……勇者だ」

「勇者……ですか?」

「ああ、鍵は彼らだ。前も言った通り、会談まで不自然でないほどの期間を『魔人族』からもらう。その間に…………整える準備は全て行う」


 その目にはもう迷いなど無かった。さすが一国の主なのか、その覇気に当てられたデニスはゴクリと息を飲む。


「計画は……もう立ててある」



     ※



「それで? ここから一番近い集落とやらはどこなんだ?」


 日色はミカヅキの上で揺られながら前で歩いているシウバに対し口を開く。

 一応の目的地である【魔国・ハーオス】まではかなりの距離がある。急いでいる旅でもないので、のんびり向かうつもりなのである。

 いつかその国に行き、そこにある【フォルトゥナ大図書館】に収められている、王族やごく限られた者にしか閲覧できないとされている書物を読むことが目的なのだ。


 日色の目的の一つに、魔界を見て回ることがある。

 だから国を目指す間に、いろんな観光場所や集落にも訪れたりしたいと思っていた。その手段として、魔界のことを自分よりも熟知しているリリィンたちに案内役としての役目を任せたのだ。


 無論リリィンに関してはそれだけが目的で、同行を許可したわけではない。

 彼女が持つ【フォルトゥナ大図書館】の入館許可証を目にした時、彼女のコネクションを利用すれば、先に述べた書物をすんなりと読む可能性が少しでも高くなる。


 そう考えた結果、問題が多い彼女だが、同行を決意したのだ。

 だが日色だって安穏と構えているわけではない。もし彼女たちが、自分の災いになったり、役に立たないような連中なら即座に離れることを決めている。

 今はただ魔界の情報収集のために一緒に行動することにしているので、こうして一番近い集落の居場所を聞いているのだ。それに答えたのは、シウバではなくリリィンだった。


「ここから一番近いのは【ラオーブ砂漠】に住んでいる『アスラ族』の集落だな。そうだなシウバ?」

「左様でございます。ですがわたくし的には、その場所は避けた方がよろしいかと思いますが……」


 若干不安の声色をしたシウバに対し日色は眉をひそめる。


「どういうことだ?」

「実はその『ラオーブ砂漠』はかなり危険性の高い場所なのでございます」

「ほう」

「広大な砂漠が広がっているのでございますが、猛暑などの問題よりも、『アスラ族』に関して少しあるのでございます」

「ん? 『アスラ族』というのは『魔人族』の一種だろ? そんなに問題があるのか?」

「左様でございます。彼らは砂漠を総べる種族、他の者の侵入に良い顔をしないと聞くのでございます」


 確か『魔人族』というのは基本的に他の種族と交流しないと聞く。

 もちろん例外はあるのだが、『アスラ族』というのはそれが顕著らしい。自分たちの縄張りに入って来られるのを嫌うのかもしれない。


「だがいきなり攻撃したりはしないだろ?」

「…………」

「おい、何だその沈黙は?」


 するとシウバが日色に近づいて耳打ちするような小声で答える。


「お嬢様も『魔人族』でございます。まあ、お嬢様は特例に近いのでございますが、基本的には見本として考えて頂いてもそれほど齟齬は無いかと……」


 そう言われて思わずリリィンを見つめながら、初めて彼女に出会って、それから数日間の付き合いを思い出す。


「む? 何だ?」


 向こうは見つめられている理由が分からず眉を寄せている。


(アレが見本だと……? つまり『魔人族』というのは、ほとんどが警戒すべき種族ってことなのか……?)


 いきなり毒物で試されたり、不可抗力だが部下に襲われたり、突然強引に従者になれと言ってきたりなど、明らかに常軌を逸した存在であることは理解できる。

 それに今思い出したが、メイドのシャモエも、『魔人族』に住む所を追い出されたと聞いた。ということは、これから会っていく『魔人族』という存在に対し、考えを改める必要があると判断した。

 いきなり攻撃はさすがにしてはこないだろうと思っていたが、何があっても不思議ではないという判断に基づいた行動を心掛ける必要がある。


「ところでその『アスラ族』というのはどんな種族なんだ?」


 少しでも情報を得ておけば、警戒の仕方も思案できると思ったので聞いてみた。


「ん~、それがでございますね……」


 申し訳なさそうな表情を作る。


「ん? 知らないのか?」

「申し訳ございません。『アスラ族』は砂漠からほとんど出ることはせず、その数も少ないと聞きます。ですから情報が極めて少ないのでございます。ただ誤って砂漠に入って来た者を、力ずくで排除したことがあるという話だけ聞きましたので」

「なるほどな。あくまでも噂か……」


 それならシウバの話を鵜呑みにすることもできない。しかし火の無い所には煙は立たない。

 仮にその情報が違っていたとしても、それに近い何かがあったのだろう。もしくはその情報通りか、それとも……それを越える問題を抱える種族なのか。


「どうなさいますか? このまま砂漠へと?」

「そうだな……」

「む? 何だ、怖気づいたのか?」


 そんなリリィンの言葉にムッとなる。


「怖気づくわけがないだろ? いいだろう、その『アスラ族』という輩に会いに行こうじゃないか」

「ククク、そうでなくてはな」


 彼女にしてみれば、危険は大いに歓迎していた。何故ならその方が退屈しないからだ。


「ところで小僧、貴様だけ楽をしているとは思わんか?」

「何の事だ?」


 本当は彼女の質問の意味を理解していたがそう答えた。


「惚けるでないわ。何故貴様だけその鳥に乗っている」


 ビシッとミカヅキを指差す。


「当然だ。コイツはオレのだからな」

「クイクイクイ!」


 日色の言葉で何やら照れた様子で翼をバサバサさせながら嬉しそうに鳴き声を上げる。


「ええい! 何故貴様の主人であるワタシが歩いて、従者の貴様が楽をしているんだ!」

「黙れ、誰が従者だ誰が」

「ワタシにもそれに乗せろ!」

「断る」

「乗せろ!」

「嫌だ」

「いいから乗せろと言っている!」

「歩け、引きこもり」

「誰が引きこもりだぁっ!」


 うがぁ~っと日色の言葉に怒りを露わにして言葉を放つ。


「ふ、ふん! こうなったら無理やりにでも乗ってやるわ!」


 そう言いつつミカヅキの背に向けて跳び上がって来た。

 しかしミカヅキは脱兎の如くその場から離れたせいで、スカッと空振りに終わったリリィンは、地面に足を付けて、逃げたミカヅキを鋭い眼光で睨みつける。

 その気迫にビクッとミカヅキは身体を硬直させてしまう。


「おい、その辺にしろ。というか赤ロリ、嫌がる相手に無理矢理とは見下げ果てた奴だ」

「うぐ……」

「そう思わないかジイサン?」

「お嬢様、フォローの仕様がございません」

「何ぃっ!?」


 シウバの言動に驚きつい大声を張ってしまった。その傍ではシャモエもオロオロしだしている。

 そして悔しそうにこちらを見るリリィンは、またもビシッと指を差してきた。


「か、必ずワタシのモノにしてやるからな!」

「ノフォフォフォフォ! それでこそお嬢様でございます!」

「な、なな何だか分かりませんですが、お嬢様すごいですぅ!」


 従者二人が持ち上げるように言う。


「そんなことより先を急ぐぞ」

「ええい、ちょっとは空気を読まんか貴様ぁっ!」


 相変わらずの日色のドライぶりであった。







 しばらく歩いていると、目の前に砂漠への入口が目に入って来た。


(ここが【ラオーブ砂漠】か……)


 砂漠に入った瞬間、乾いた生温かい風が頬を撫でてくる。

 先程までは風すら吹いていなかった上、日の光もそれほど強くは無かった。突然別世界に来たかのような錯覚を覚えるほどの環境違いだった。


 シウバに聞くと、魔界ではこういった場所がほとんどらしい。

 突然環境が変わる場所はここでは珍しくないのだ。そんな厳しい環境の中で生存し続けているからこそ『魔人族』は種族的に強いと言われている所以なのだ。

 砂漠の先には何も見えなく、ただただ地平線が広がっている。

 少し歩いているとリリィンが眉をピクリと動かして足を止める。それに倣い、日色たちも足を止めた。


「おい、どうした?」

「……ククク、おいシャモエ」

「あ、は、はいです!」


 日色の言葉を無視してシャモエに声をかける。


「いいかシャモエ、ワタシの傍から離れるなよ?」

「え? あ、はいです!」


 リリィンが突然どうしてそんなことを言ったのか分からなかったが、全面的に彼女を信頼しているシャモエは全く疑わずにリリィンの傍に近づく。

 シウバもシャモエと同じく疑問を言葉にしないままその場に佇んでいる。

 だが日色は違う。彼女の言動や行動の意味が分からず当然尋ねる。


「一体どういうことだ?」

「クク、そのうち分かる」


 彼女はその一言を言うとそのまま再び歩き出した。シウバもシャモエもその後について足を動かす。

 ミカヅキの上で眉をしかめながら彼女の背中を見つめる。


「クイ?」


 行かないの? というような感じで首を傾ける。

 日色は大きく溜め息をつくと「行くしかないだろ」と口にし、ミカヅキを促して前へと進んで行った。

 大きな砂山が目の前に見え、その先へと突き進んでいく。

 そしてその山を越えたところ、日色は視界に入って来た光景に思わず足を止めた。


 そこにいたのは一人の人物。見たことは無い。「誰だ?」と眉をしかめる。

 紫色の髪の毛をまるで侍の髷のように頂点で束ねている。

 額には長さが二十センチはあるだろうと思われる角が生えている。そして青い装束を身に纏い、口と鼻を覆うように包帯を巻いている。背中には二本の剣を背負っている。

 その人物が、腕を組みながら鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。明らかに敵意満々といった雰囲気である。


 日色たちはとりあえず、警戒しながらゆっくりとその人物の近くまで歩を進める。近くまで来た時、その人物は静かに言葉を口にする。


「一つだけ尋ねよう。ここから去るか、骸となるか、どちらがいい?」


 物騒な質問だった。声は低く男性のようだ。だがその言葉には有無を言わせぬ威圧感が込められていた。こちらが何を言ったところで、言葉を曲げるようなことをしないだろうと感覚的に伝わってきた。


「何だお前は? 邪魔だからどけ」


 だが日色はそんな雰囲気に物怖じなどせずに言葉を返す。

 日色の言葉を聞き、更に眼光を鋭くさせて睨んでくる。


「どうやらここでのルールを知らないらしいな。なら教えてやろうか」


 目の奥が怪しく光る。


「ククク、気をつけることだな小僧」


 リリィンは何やら楽しそうに笑みを浮かべて日色に言う。

 何のことだと思い彼女に視線を送ろうとした時――――ザバザバッ!

 突然日色の周囲にある砂が所々盛り上がり、そこから何かが飛び出してきた。


(何だ!?)


 日色は巻き上がった砂が目に入らないように腕でガードしながら、飛び出して来た何かを確認する。

 それは間違いなく人だった。人数は視認できる限り三人いる。その誰もが手に曲刀のような武器を持っている。その武器に明らかな敵意を込めて攻撃してきた。


 一人はリリィン、一人はシウバ、そしてもう一人は日色に向かってきている。

 その一人は、青装束にターバンのようなものを被り、腰までありそうな長い紫色の髪は後ろで束ねている、そして包帯で口を覆っている。背中には髷の男と同じような双剣を背負っている。


(『魔人族』はこんなのばっかか!)


 それほど会話もせずに実力で排除しようとしてくるとは、どうやら『魔人族』は好戦的過ぎる種族のようだ。リリィンに会って自身にされた経験を思い出し辟易した。

 日色は曲刀を持って向かって来る相手の攻撃を防ぐため、即座に『刺刀・ツラヌキ』を抜く。


 ――カキィィィィィィン!


 刃物同士がぶつかり小気味良い音とともに火花が散る。


「くっ!」


 思った以上に相手の力が強い。歯を力強く食いしばって押し戻す。相手の人物も日色の力が思った以上に強かったのか、少し目を見開きながら弾き飛ばされていく。

 だが弾き飛ばされた人物は、態勢を整えて地面に足をつき、今度は跳ばずにそのまま砂を飛ばしながら地面を駆けてくる。


(まさか狙いはよだれ鳥か!?)


 将を射んとすれば馬を射よというが、相手はまずミカヅキを仕留めようと判断したようだ。


「おい、よだれ鳥、離れてろ!」


 そう言うと、ミカヅキの背から相手に向かって飛び下りる。

 まさか自らが下りてくるとは思わなかったのか、日色の行動にハッとなった相手は、そのままの勢いで日色に向けて曲刀を振りかぶる。


 またも盛大に鍔迫り合いになった。

 だが今度は相手も日色の力を把握していたのか、地面に足をついているということもあって吹き飛びはしない。

 しかし次の瞬間、目の前から瞬時に日色の姿が消えたことで、相手は動揺し目を見開いてしまう。


 日色の腕にはいつの間にか『速』の文字が浮き出ていた。《設置文字》を発動させたのだ。

 このまま刀だけで戦い続けても、足場の状況や身体能力を鑑みて、こちらが不利だと判断して《文字魔法》を使った。


「くらえっ!」


 相手の背後に位置取り、縦一文字に刀を振り下ろす。


 ――ブシュッ!


 砂の上に鮮血が落ちる。


(ちぃ、浅いか!)


 相手はどうやらこちらの攻撃にギリギリながら反応して、身をかわしていたらしい。

 日色の攻撃を避けた男の口を覆っていた包帯に切れ目が走り、ハラリと舞い落ちていく。

 そのためその男の素顔が露わになる。男というよりは日色とそう変わらない少年だった。しかし間違いなく美少年だった。そしてその少年の頬にできた一筋の傷から赤い血がポトッと地面に落ちる。

 その血を手でサッと拭き取ると、少年は少し口元を緩めて言う。


「お前……強い。だから……少し本気出す」


 男にしては少し高めの声でそう言いながら背中の剣に手を掛ける。

 するとそこに――。


「――待てっ!」


 声を上げたのは、今まで静観していた髷の男である。

 日色はチラリとその男を見つめる。日色と相対している少年も髷の男に視線を向けた。ほんの少し不機嫌そうな表情をしているように見えるのだが理由が分からない。


「む? 何だもう終わりか?」

「そのようでございますね」


 リリィンは、すでに向かって来た相手を倒していたようで、倒した相手の頭を踏みつけて腕を組んでいる。シウバはシウバで、相手を組み倒して腕の関節を決めていた。

 その様子を見た髷の男は、日色に視線を送りながらこう言う。


「どうやらお前たち、只者ではないようだな」

「そう思うなら、さっさとオレたちを通すんだな」

「……フ、悪いがそれは叶わない。何故なら……」


 背中に背負っている双剣を鞘から抜いていく。どちらも黒い刀身をしている。俗に黒刀と呼ばれるものだ。その二振りを手に持ち身構える。


「この俺が仕留めるからだ!」


 すると髷の男はその場を動こうとする。しかしそこにリリィンの笑いが響く。


「ククク、貴様がワタシを仕留める? 面白い冗談だ」

「冗談ではないからな。子供と言えど、砂漠を荒らそうと言うのなら容赦はしない」

「……ほう」


 黒い笑みを浮かべたリリィンは、相手の殺気に自分の殺気をぶつけて、足元に叩き伏せていた敵の一人を蹴り上げて髷の男に向けて飛ばす。


「ちっ!」


 仲間が飛んできて視界が奪われることになり舌打ちをする。咄嗟に横に跳んで今一度リリィンを視界に入れようとするが、そこにはもう姿が見当たらなかった。


「ここだ」


 背中にゾクリと寒気が走る。リリィンがいつの間にか背後に陣取っていた。


 ――ドゴッ!


 男はリリィンの蹴りをまともに背中に受け吹き飛んでいく。

 かなりの衝撃に顔を歪めながらも、吹き飛んでいる最中にクルクルと身体を回転させて態勢を整える。だが上手く着地をした瞬間、もう目の前にはリリィンの鋭い爪が顔の前にあった。


 髷の男は驚愕に顔を歪めていた。リリィンがこれほどの実力者だったとは知らなかったのだ。

あざ笑うかのように軽く自身の能力の上をいかれてしまっていることが信じられないのかもしれない。

 そしてまさに一瞬、リリィンの邪悪そうな笑みが髷の男の視界に入る。


 これは殺られると思ったのか、男が身体を硬直させたが――ドスッ!


 二人の間に何かが割り込んできた。

 思わず攻撃を中止し、その場から後ろに跳び上がり距離を取るリリィン。

 対して髷の男は先程まで実感していた死の予感でビッショリと冷や汗をかきながら、目の前に割り込んできたものを見つめる。それは一本の曲刀だった。


「何のつもりだ……そこの小僧よ」


 リリィンが鋭い視線をぶつけた相手は、先程まで日色と相対していた少年だった。


「殺させるわけ……いかない」


 リリィンの殺気に淡々とした物言いで言い返す。日色は少年の行動に思わず目を奪われていた。

 髷の男も相当の実力者だと言うことは、雰囲気や実際の動きで理解できた。しかしその一枚も二枚も上手だったリリィン。

 あのままだったら、間違いなくリリィンの爪は彼を襲っていただろう。

 男もリリィンの速さに全くついていけておらず、恐らく死を覚悟しただろう。

 日色でさえ、彼女の動きを微かに追えたが、こうやって離れていたからこそできた視認だった。

 だがそれでも微かに、だったのだ。あの動きに合わせてこちらも動くとなると難儀である。


(だがアイツは簡単にそれをやりやがった)


 少年は二人の動きを確実に目で追い、タイミングを見計らって曲刀を両者の間に投げつけて戦いを中断させたのだ。そんなことができるとは、少年が相当な実力を持っていると示唆している。

 いつの間にか少年の傍に近づいた髷の男は、驚いたことに少年に対して跪く。


「す、すみませんでした長!」


 「長」という言葉を聞いてギョッとなる。

 それはリリィンも同様だったようで、少し驚きに眉を動かしていたが、即座に納得したように頷いた。


「ほほう、かなりの実力者が砂に潜り込んでいたことは気づいていたが、まさか小僧の方が長だったとはな」

「気づかれていたとは……」


 髷の男が悔しそうに言葉を放つ。実際に日色たちが、この砂漠に入って来た瞬間から警戒して、仲間を砂に潜り込ませていつでも奇襲できるように整えておいた。だがリリィンはそれに気づいていたようだった。


 日色もようやくあの時、彼女が言ったセリフの意味を理解できた。

 あの時、彼女は突然シャモエに自分の傍を離れるなと言った。そして自分に気を付けろとも言った。それは周囲に敵が潜んでいることを示していたのだ。


「その男が相手をしないということは、貴様がするのか? ん?」


 リリィンは不敵な笑みを浮かべているが、少年は彼女を見て首を振る。


「お前たち……砂漠……荒らしに来たか?」

「そんなつもりなど無い」

「だったら……何しに来た?」

「ただ旅をしているだけだ。そこの小僧の付き添いでな」


 そうして日色の方を促すと、少年も日色の方に視線を動かす。


「お前たちが……『アスラ族』か?」


 そう聞くと、少年は素直にコクッと頷きを返す。


「なるほどな。ホントにこんな砂漠に住んでいるらしいな。ところでここを素直に通すつもりはあるのか?」


 まだ刀を握り締めながら少年に対して口を開く。

 少年の方は、背中に背負っている双剣の柄に手をやり、ゆっくりと抜いていく。だが抜き終わったそれを見て、日色たちはつい眉をしかめてしまう。

 何故なら刀身が、本来の刀身のような鋭い刃ではなく、分厚く細長い長方形のブロック石で造られてあった。これでは無論斬ることはできない。

 その剣と呼べばいいのか分からない代物を地面に落とすと、ドスッと地面に埋まっていく。余程の重量があるのだろうことは予想できた。


 そして髷の男から、彼が持っていた二本の黒刀を受け取る。

 今気づいたが、彼が持っていたのは日色が持っている『刺刀・ツラヌキ』のような刀の様相をしていた。その双剣の切っ先をこちらに向けて構えてくる。


「通すつもりは……ない」






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