66:新たな旅仲間
その日の夜、ベッドで寝ているとコンコンとノックが聞こえた。
返事をするとシウバが入って来た。
「少しお話、よろしいでございましょうか?」
「ああ、だが手短にな」
「畏まりました」
日色はシウバが茶を用意してくれたので、ベッドから出てソファへと腰かけた。
茶で喉を潤しながら喋る。
「それで? 話というのは?」
「申し訳ございません」
突然頭を下げられ、何のことか分からず首を傾ける。
「どういうことだ?」
「お嬢様のことでございます」
「……」
「きっと、ご無理を強要されたのではと思いまして」
「……ああ、そのことか」
どうやら彼は彼女が無理矢理脅しでもして、日色との旅を許可させたのではと思ったらしい。
「あのようなお嬢様ですから、一度興味があるものを見つけると、納得するまで突っ走ってしまいますのでございます」
「そうだな、それはここ数日で嫌と言うほど理解した」
「ですからもし、本当にお邪魔であるならば、お嬢様がお休みになられている今の間に」
「なあ」
彼の言葉を遮って日色が話しかけたことで、シウバが少し驚いたような顔をする。
「何でございましょう?」
「別にあのババア、いや、赤ロリを庇うつもりはないが、別に無理矢理ではなかったぞ。まあ少し強引な手ではあったがな」
「さ、左様なのでございますか?」
「ああ、一応合意の上での決定だ。だからジイサンが気に病むことは無いな。というか少しは信用してやらないのか?」
「ノフォフォ、いえいえ、信用はしております。ただ欲望に真っ直ぐなので、時々周りが見えなくなり他人を容赦なく巻き込むこともございます」
「だろうな」
「お嬢様がこのような辺鄙な場所に住んでいらっしゃるのも、それが原因の一つにございますから」
「へぇ、そうだったのか」
つまり他人をあまり巻き込まないように、こんな誰もいない所に屋敷を建てて暮らしているという。
「そんな殊勝な奴だとは思えないけどな」
「ノフォフォフォフォ! ああ見えてもお嬢様はお優しいのでございます」
そう言いながら笑みを浮かべるシウバの顔は、どことなく従者などではなく父親が娘に対する微笑みに見えた。
「長く生きていますと様々なことがございます。それこそ酸いも甘いも、多くをご経験なさっておいででございます」
確かにレベルが148というのは、決して半端な経験では到達できない。
彼が言うように、たくさんの経験をしてきただろう。その最中で善いことも悪いことも、楽しいことも悲しいことも、数え切れない位あっただろう。
人生経験に置いて、日色のそれとは全くと言っていいほど比べものにはならないはずだ。その割にはずいぶんと勝手気ままな子供のようではあるが。
「そんなお嬢様がここに屋敷を構えたのも、先程の理由の他に、ある大きな理由がございました」
「ほう」
「以前申し上げましたが、ここは奇人変人が住まう処。行き場所を無くした者たちの拠り所として建てられたのでございます」
「……アイツがか?」
「左様でございます」
確かにシウバは以前「奇人変人が住まう処」と言っていたのは思い出した。しかしこの場所が、そんな者たちを集めるための場所だったとは思わなかった。
「実はわたくしは、『精霊』なのでございます」
「……」
「黙っていて申し訳ございませんでした。しかしこれからともに旅をなさるのであれば、話しておくことが礼儀だろうと判断致しました」
「……そうか」
もう調べたので知っていたが、彼の気持ちを尊重して頷くだけにした。
「そしてシャモエはご存じの通り『魔獣』でございます。どちらも、この魔界では住みにくい種族でございますね」
「なるほどな。そういうワケありの奴らの居場所として、ここが造られたってことか」
部屋を見回しながら言う。シウバはそれに頷きを返す。
「ですが、長年こうしていても来客など皆無でございました。まあ、モンスターは来るのでございますが」
シウバは少し悲しそうに眉を歪める。
「まあ、立地条件に問題ありだと思うがな」
何と言っても湖に囲まれているのだ。もっと他に良い場所があったはずだ。
「ノフォフォ、そうなのでございます。しかしお嬢様はここが良いと仰いまして」
「理由は?」
「何だか普通では無くてカッコ良いからだそうでございます」
「…………馬鹿なのかアイツは?」
もう本当に頭が切れるのかどうか疑いたくなってきた。
「ノフォフォ、お嬢様のセンスには凡人のわたくしどもには理解できませんで」
「いやいや、ただ単にアイツが変人過ぎるだけだろうが」
溜め息交じりにそう言うと、シウバは嬉しそうに微笑む。
「ノフォフォフォフォ! そのようにズバズバとものを仰るところを気に入られたのでございましょうね」
「知らん」
「ノフォフォ、一度自分で決めたことは覆さないお方ですので、ずっとこの場所で暮らしているのですが、まあ案の定誰一人来ません」
「だろうな」
「お嬢様は退屈で退屈で仕方無かったのでございましょう。度々わたくしめに無理難題を吹っかけて遊ばれるようになりました」
「ああ、毒の山だな」
そう言えば、あの時もリリィンの命令でシウバがやって来たことを知った。
「まあ、それだけではありませんが。ですが段々とお嬢様の退屈凌ぎにもならなくなっていたのでございます」
「…………」
「そんな中、ヒイロ様がやって参られました」
「偶然だがな」
「いえ、本当は偶然というより、初めて見た時からお誘いしようと思っておりました」
その言葉にピクリと眉を動かして彼を見る目を細める。
「そうなのか?」
「はい。ヒイロ様は普通ではないと、直感的に感じましたものでございますから」
「……なるほどな、『精霊』だもんな。視る種族……だったか?」
「ノフォフォ! やはりご存じでしたか! その口ぶりだと、もしかして他の『精霊族』と?」
「それは秘密だ」
「ノフォフォ、それは残念でございます! しかし、わたくしは『精霊』の中でも少し異端な存在なのでございます」
「ん?」
「本来『精霊族』が所有している視る力をほとんど持ってはいないのでございます」
「……だろうな。もしその力があるなら最初に会った時に、オレが『インプ族』じゃないって分かったはずだ。ついでにオレの正体もな」
前に会った妖精たちは一目見て、獣人に化けていたことを見抜き、日色を人間だと言ったのである。
もし同じ力をシウバが宿しているなら、もっと他のアプローチがあったに違いなかった。
日色には違和感こそ覚えているものの、正体まで見極めてはいないようだったので、視る力を持っていないのではないかと推察したのだ。
「わたくしにもいろいろございまして、奇人としてここに流れ着いたのでございます」
「変態としてだろ?」
「ノフォフォフォフォ! これは手厳しい! 手厳しいでございますよ! ノフォフォフォフォ!」
「まあ、ここにいる以上、何かしらあるとは思っていたがな」
「そうでございますか。ですがそんなヒイロ様が、退屈で引きこもっていたお嬢様を、再び輝かせて下さりました」
「おい、オレは何もしてはいないぞ?」
「いいえ、シャモエだってそう思っているはずでございます。彼女もまた、自分という『魔人族』から嫌われている存在に、普通に話しかけてくれるヒイロ様に好感を持っているはずでございます。ですから皆、ヒイロ様には感謝しております」
「ずいぶん持ち上げたものだな」
真面目にそう言われると少し照れくさくなってくる。
目を逸らしながら誤魔化すようにお茶をクイッと喉に流し込む。
「いやはや、ずいぶんお時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」
「それはそうと、そこにいる奴は放っておいていいのか?」
すると「ふぇっ!?」という声が聞こえた。
シウバが若干目を見開いたかと思うと、ニコッと微笑む。
「おや? お気づきでおられましたか?」
「当然だ」
何故なら……。
――ガタガタガタガタガタフルフルフルフルフル。
部屋の扉が不自然に揺れているのだから。
「アレを見て、無視できるほどオレはのんびり屋じゃないぞ」
「ノフォフォフォフォ! シャモエ、出てきても構いませんよ」
するとギィ……っと扉が開き、恐る恐るシャモエがこちらを覗き込むようにして出てくる。
彼女はたまたま通りかかって、日色の部屋からシウバの声が聞こえたので、見てみると扉が少し開いていた。少し気になって耳をそばだてていたようだが、日色たちにはとっくにバレていた。
しかも途中から二人の話に感動したのか分からないが、身体が震え、扉の取っ手を持っていたせいで、その振動が伝わっていたのだ。最後の方は自分がいることに気づかれたショックでビクビクと大きく震えてしまったみたいだが。
「あ、あああああの、あの、あの! ぬ、盗み聞きしてしまってすみませんですぅ!」
勢いよく頭を下げてくるが、日色にとっては聞かれても困るような話でも無かったため別に咎めようとは思わなかった。
「気にするな。ところでお前はいいのか?」
「ふぇ?」
「これから行くのは『魔人族』の国だ。それこそ鬱陶しいくらいの数がいるぞ」
彼女は『魔人族』に住むところを追われた経験を持つ。
無論同じ人物はいないだろうが、それでも『魔人族』が大勢いるのは確実だ。もしかしたら彼女を追い出した種族と同じ種族のものだっているかもしれない。
子供の頃にそんな経験しているからこそ、トラウマにでもなっていて、他の『魔人族』と接するのは、彼女的に辛い思いをするのではと日色は思った。
しかし日色のそんな思いを悟ったのか、彼女は嬉しそうに笑みを見せる。
「……あ、ありがとうございますです。で、ですが、シャモエの居場所はお嬢様やシウバ様のおそばなのです。お二人が旅をされると仰るのなら、シャモエもご一緒したいのです!」
「ノフォフォ、彼女も覚悟ありということでございます」
「そのようだな」
どうやらもう完全に旅仲間が三人増えることになるようだ。
「ヒイロ様、あなた様にとっては突然のことと思いますが、どうかこれから是非同志としてよろしくお願い致します!」
「…………ちょっと待て。同志とは何だ?」
「むむむ! それはもちろん我らが至高の宝石。お嬢様を愛でる会の同志として!」
「…………」
「同志として!」
「…………」
「同志と」
「もういいわっ!」
「ばろんびっ!?」
日色の凄まじい蹴りにより吹き飛んでいく変態執事。
「まったく、やはりあのジジイは置いていくことにするか」
「ふぇぇぇぇぇ~」
シャモエは相変わらずオロオロとしているが、これも相変わらずで早々に復活したシウバが笑いながら言葉を放ってくる。
「ノフォフォフォフォ! これから楽しくなりそうでございますね! ノフォフォフォフォ!」
「……はぁ、先が思いやられそうだな」
「あ、ああああの、ヒイロ様!」
「ん?」
「シャ、シャモエもよ、よろしくお願い致しますですぅ!」
「ああ」
「あ、あああ新しいお茶持ってきますね!」
必死になって挨拶してくる彼女を見て、彼女だけはまだまともかと思ってホッとしていると、
「ふぇぇっ!?」
――ガシャーンッ!
「ぷにぃっ!」
またも躓く要素が無さそうなのに、前のめりに転倒して、手に持っていたポットを盛大に床に落とし割るシャモエ。
「あ、あわわわわわ! す、すみませんですぅ! も、もうシャモエの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁっ!」
ゴンゴンゴンゴンと床に頭を打ち付ける。その反動で大きく揺れる彼女の胸を、危ない視線で凝視している変態もいた。
(…………夜中こっそり出て行くことも考えておくか)
このカオスな状況とこれから付き合っていくのかと思ってどっしりと肩に重荷がのしかかった気分がした。
「さて、それでは行くぞ者ども!」
翌日、すこぶる元気の良い子供のようなはしゃぎぶりでリリィンが、屋敷を背に指を湖の向こう側に指している。
雨は彼女の言った通り夜中に止んだようで、今は上空にあった《禁帝雲》もその姿を発見できずにいた。今は昨日と比べて、嘘のように晴れ渡っていた。
久々の快晴であり、これから旅をするということもあってか、リリィンの気分は上々のようだ。
シウバ曰く、旅をするのは初めてではないが、する理由が今まで無かったらしい。つまり彼女を動かすほど興味が惹かれる目的が無かったというわけだ。
しかし今は自身が奇妙な客人と言い放った日色の存在がある。
日色はまさに未知そのものだった。
最初は是が非でも、たとえ力ずくでも日色のことを聞きだそうと思っていたが、先日の会話のやり取りで、ここで一度に聞くのが勿体無いと思うようになったという。日色から無理矢理聞くのではなく、こうして旅の中で彼女自身の目や耳で見抜いていこうと思ったのだ。
日色にとってはまったくもって迷惑な話である。
「行くのはいいが、この屋敷はどうするんだ? まあ、どうすると言っても置いておくしかないと思うが」
だが次の彼女の一言は日色の目を極限に開かせる衝撃を放つ。
「何を言う。持って行くに決まっているだろうが」
「…………は?」
コイツは何を言っているのだろうと思う反面、もしかしたら聞き間違いかもしれないと自分の耳を疑ってもいた。だからもう一度聞いてみる。
「お、おい、今何て言った? 屋敷を……持って行くだと?」
「ああ、ワタシのものだ。誰にもやるつもりなどないからな」
どうやら聞き間違いではないらしいが、今度は彼女の頭を疑い始めた。屋敷は食料や日用品ではないのだ。持って行きたいと言ったところで、不可能に決まっている。
「あのな、わがままも度が過ぎるとただのバカにしか見えんぞ?」
「ふん、何も知らないのなら黙っていろ小僧。やれ、シウバ」
「畏まりました」
するとシウバは屋敷の前に立ち、膝を曲げてそっと両手を地面につく。
「何をするつもりなんだ?」
「まあ見ていろ。なかなか面白いものが見れるぞ」
ニヤニヤとしながら、思わせぶりな言動をする。
彼女が言うように、そこまで言うのならとシウバの行動を見守った。
「では参りますぞ。ダークゲート!」
彼がそう唱えると、両手の下から黒いものが地面を伝って広がり出した。それが影だということは一目で理解できた。
――ズズズズズズズズズズズズズズゥ……!
その影はどんどん広がっていき、屋敷の下に向かって行く。
そして次の瞬間、屋敷がグラッと揺れた。
(おいおい、マジか……)
屋敷が少し傾いたと思ったら、どんどん沈んでいく。そう、影に吸い込まれるようにだ。
そして瞬く間に広大に広がった影にすっぽりと埋まり、そこには更地が生まれた。
「うむ、相変わらず便利な奴だ!」
リリィンは腕を組みながら満足そうに頷いている。
(なるほどな。確かシウバは『闇の精霊』だったな。今のはその魔法の一つってとこか。それにしても、持って行けるってことは、好きに収納できるってことだ)
そして十中八九取り出すこともできる。
(確かに便利だ。けど良い魔法を見せてもらったな)
《文字魔法》はイメージが大切だ。今のシウバの魔法をこの目で見たことで、同じような効果のある文字を使い易くなった。
(収納の文字か……そのうち試しておくか)
そうこうしている内に、仕事を終えたシウバが戻って来てシャモエに対し口を開く。
「残念ながらシャモエ、庭園はさすがに……」
確かに庭園で育てている花や作物などは、それ単体ではいつか枯れたり駄目になってしまうだろう。
さすがの便利能力も、冷凍保存や保温機能などは無いようだ。
「い、いえ! もうあの子たちにはお別れは言いましたので!」
大事に育ててきた花たちとはもう決別は済んでいたようだ。
「そうでございますか。それなら安心しました」
「はいです!」
「おい二人とも、終わったならさっさと行くぞ! シウバ、湖を渡る準備をしろ!」
「畏まりました」
シウバはそう言うと、湖に近づくと、再びその影を湖の上に広げた。
しかし今度は収めるのではなく、中から何かが出てきた。それは一艘のボートだ。以前日色を運んだボートは赤い雨のせいでボロボロになってしまい使い物にならなくなったようだ。
「では、いざ旅立ちだ!」
ご機嫌そうにリリィンはシウバにエスコートされてボートに乗り込む。こちらにはミカヅキもいるのだが、何とか全員を乗せることができるほどの大きなボートで助かった。
シウバは全員が乗ったと確認すると、オールを動かしてボートを進ませていく。
普通なら、かなり重そうなオール捌きになるのだが、顔色一つ変えず淡々とこなしている姿を見ると、さすがはレベル80もある『精霊』である。
基本的に『精霊族』は和を好み争いを非とする種族である。
またどの種族よりも魔力が高く、その代わり物理的な力、つまり腕力であったり脚力などは、他の種族と比べてもかなり劣っている。
しかしレベルが80もあれば、それなりのステータスを得られ、重い水であるはずの赤い水の中でも、オールを平気で動かしボートを進めることくらいは容易いのである。
何事も無く湖を渡り切り、四人と一匹は大地に足をつけた。
「さて小僧、目的地は【魔国・ハーオス】だが、どういうルートで行くか決めておるのか?」
リリィンがそう聞いてくる。
「いや、特に決めているルートは無い。魔界を見て回りたいからな。別にそこが最終目的地でも無いし、行き先にぶつかった時に寄ろうと思っていただけだ」
「何だ、ノープランなのか、つまらん」
「そもそもこれは気ままな旅なんだ。計画など無い」
彼女の言いように少しムッとなったが、あまりムキになって言いわけしたところで、逆に彼女が日色の慌て様を見て喜びそうなのでそれ以上は口を噤んでおいた。
「ふむ……ならば急ぐ旅でも無いと言うし……少し寄りたい所があるので、そこに行くとするか」
日色は別に反論するつもりは無かった。
未知の世界である魔界では、彼女たちの知識は大いに有効活用ができる。一通り魔界を見て回りたい日色にとって、案内役があるのは確かにありがたいことだった。
だが一応どこに行くかは気にはなったので聞いてみると、彼女はニヤッと笑いながら答える。
「『インプ族』の集落だ」
「…………」
コイツ、どこまでオレをハメたいのだと思い苛立った。
今は姿こそ『インプ族』だが、元々は人間である。しかも先日に『インプ族』でないと見破ったのは他でもないリリィンである。
そんな日色が、本物が住む場所へと行けば様々な問題が起きる可能性が非常に高い。
何せ日色は『インプ族』の弱点を知らないほどの無知なのである。もし追及でもされたら、かなり面倒なことになる。
それを知ってか知らずか、いや、確実に知ってて今の言葉を口にした彼女を睨みつける。しかしリリィンはそんな日色の視線を楽しそうに受け止めて笑みを浮かべる。
「ククク、冗談だ冗談。ちと可愛らしい乙女のジョークだ」
「どこが乙女だどこが」
完全にババアのくせしてとは言わなかったが、リリィンには日色の言いたいことが伝わったようで、
「あ? 何か言ったか小僧?」
逆鱗に触れたように、ピキッと額に青筋を立ててくる。
「まあまあ、お二人とも! ではこうなさってはいかがでございましょうか?」
「「ん?」」
二人してシウバを見つめる。
「まずはここから一番近い集落を目指して進むのでございます。そしてまたその次は、これまた一番近い集落。そうして行けば、おのずと【ハーオス】に辿り着くでございましょう」
日色とリリィンは再度睨み合ったが、互いにフッと息を漏らすと肩を竦める。
「それでいいだろ。ならさっさと行くぞ」
「こら! ワタシに命令するな小僧! 主人はワタシだぞ!」
「ふざけるな赤ロリ! だれが主人だ!」
「ワタシに決まっておるだろうが!」
「ちみっこい形して何を偉そうに言っている!」
「ええい! ちみっこい言うなぁ!」
「ふぇぇぇぇぇ!」
「ノフォフォフォフォ!」
「クイクイクイ!」
ギャーギャと言い争う二人を見て、あわあわとするシャモエと、楽しそうに笑うシウバ。そしてまた旅ができると思い、意気込み抜群のミカヅキ。
日色は新たな仲間を得て、一応の目的地である【魔国・ハーオス】を目指して旅を始めた。
だが日色は知らない。
その国で起こる悲劇に見舞われ、自分が最大の決意をすることになろうとは。
そう、日色はまだ知らない。
※
【人間国・ヴィクトリアス】では、国王であるルドルフ・ヴァン・ストラウス・アルクレイアムとその娘であるリリスの生誕祭が開かれていた。
奇しくも二人は生まれた月日が同じなのである。
生誕祭と言っても、国を挙げての一大イベントというわけではない。
生誕祭と呼ばれてはいるものの、その実は城で誕生パーティを開く程度のものである。しかしその祝いの席にやって来るのは、どれも大物ではある。
王族に連なるものはもちろんのこと、著名な作家や音楽家、画家や料理人、さらに名のある冒険者など、その顔触れは凄まじいとの一言である。誰もが名を聞いたことのある者たちばかりなのである。
「おめでとうリリス!」
著名人たちへの挨拶回りで大分疲れが見えていたリリスに声を掛けたのは、この国が命運を懸けて異世界から召喚した勇者の一人である青山大志だった。
「あ、大志様!」
リリスは嬉しそうに、疲れが吹き飛んだかのような満開の笑顔を作って駆け寄る。
いつもはあまり化粧などしない彼女だが、このおめでたい席で、しかも自分が主役ということで、しっかりと施してあった。
しかしそのメイクはナチュラルであり、とても彼女に似合っていた。いつも可愛いのだが、それ以上に輝きを増していると思った大志は、思わず息を飲む。
「う……可愛い!」
自分に笑顔を向けて、子犬のように駆け寄ってくる姿は、つい抱きしめたくなる衝動にかられる。
だがそれはできない。そんなことをすればきっと、今自分の隣にいる少女に、かなりの追及をされることは目に見えているからだ。
――ドス!
「ぐふっ!」
突然横腹に衝撃が走る。見てみるとその女性が繰り出したであろう肘鉄がめり込んでいた。
「な……何すんだよ千佳……」
その女性とは、彼と同じく召喚された勇者の一人である鈴宮千佳である。褐色の良い健康肌をしていて、スレンダーボディを持ち合わせている。しかも今着ているドレスは、スリットが入ってある青いチャイナドレスのような服で、彼女にとても似合っている。
しかしそんな彼女は今、不機嫌そうに口を尖らせて肘鉄をかましていた。
「べっつに~、ただいやらしい目でリリスを見てたから注意をしただけよ!」
「あ、あのなぁ、注意って、これは暴力だしって、そもそも厭らしい目でなんか」
「見てないっての? んん?」
「そ、それは……」
駆け寄ってきたリリスの胸元が開いたピンクのドレスを見て、頬を赤らめて目を逸らして答える。その視線を逃さず捉えた千佳は目つぶしをする。
「ぎゃあ!?」
「た、大志様!?」
「ふ、ふん! 自業自得よ!」
目を押さえながら慌てふためく大志に、彼を支えようとしてオロオロしだすリリス。そして腕を組みながら口を膨らませてそっぽを向く千佳。
そんな三人を少し遠い場所で見ていた二人が居た。彼女たち二人も、大志や千佳と同じく召喚された勇者である。黄色のドレスを着て、その豊満な胸を隠しても隠しきれていない格好をしているのが皆本朱里で、紺色のドレスを着て、手には皿に乗った食べ物を持っている赤森しのぶの二人である。
「にゃはは、大志っちも大変やねぇ~」
我関せずと言った感じの第三者的な立場で、食べ物を口に放り込みながら喋るしのぶ。
「う~ん、ですがあれは大志くんも悪いですよ」
「ほうかなぁ~、まあ大志っちを手に入れようとするんやったらホンマ大変やろうけどな~」
「そ、そうですね」
「ん……朱里っちは行かんでもええの?」
「え? わ、私ですか? い、いえ、私なんか……」
そう言って視線を三人に移す。いまだに大志が二人に詰め寄られ何かを言われているようだ。
「あ、あの中に入って行く勇気がありません……」
「にゃはは、せやろうな。ありゃパワーいるわ~」
大人しい朱里にとって、あのような修羅場のような場所にはとても立つことができないと悟る。
無論彼女自身も大志には好意を抱いているだろう。ただ二人に割って入ってまで手に入れたいと思っているわけではなさそうだ。
そんな彼女の考えていることが分かったのか、しのぶがムフフと頬を綻ばし口を開く。
「や~っぱオモロイやん、人の恋愛って」
「え? 何か言いました?」
「ううん! 何でもあらへんよ!」
するとそこへ話を終えたのか、三人がこちらに向かって来た。大志は見るからにどんよりして疲れていた。
「お疲れさん大志っち!」
「見てたなら助けてくれよぉ……」
「嫌やわ! こんなオモロイもん、何で止めなアカンのん!」
「あのなぁ……」
ぐったりと肩を落とす彼を見てしのぶは笑い飛ばす。するとそんな彼にドカッと誰かがぶつかる。
「おわ!?」
大志は前のめりに転びそうになるのを必死で踏ん張り耐えた。しかしぶつかった相手はその衝撃で何かを落としたのか、地面に膝をつき探し始めた。
「す、すみませんッス! 完全にこっちの不注意だったッス!」
そう言いながらも、まだ探し続けている。
「え? あ、いや、俺は大丈夫でしたけど……どうかしたんですか?」
必死に何かを探している人物を見下ろしながら言う。その人物は男性のようでタキシードを着用していた。
「どないされたんですか?」
しのぶも聞くと、
「え、ええ、どうやら眼鏡を落としたようッス。何も見えないんッス」
それはいけないと思い、その場にいる者が一緒に探し始めた。
「あ、コレじゃない?」
千佳が見つけて、その人物に手渡す。するとその人物は丁寧に何度も頭を下げる。
「これはこれはご親切にどうもッス。ぶつかったのはこっちなのにありがとうッス」
「いやいや、困った時はお互い様ですよ」
大志はそう言うと彼を観察するように見る。青色の髪の毛が腰まで伸びていて、それを後ろで結っていた。
しかも前髪もすごく長く、目が完全に隠れて見えていない。大きな丸眼鏡をかけても、これでは見えないのではとつい疑問に思った。年齢はどうやら自分たちとそう変わらないように見えた。
「いや~、ホント助かったッス。そっちは大丈夫だったッスか?」
その青年は、ハニカミながら頭をかく。そして再び頭を下げてこちらの安否を尋ねてきた。ぶつかったせいで怪我などをしていないか聞いてきたのだ。
「いやいや、大丈夫ですよ」
「そうッスか。それは安心したッス」
「あの……」
そんな二人のやり取りの間に入ってきたのはリリスの声だった。
「ん? どうしたのリリス?」
「い、いえ、あの……もしかしてナザーさんでしょうか?」
彼女の言葉に青年はピクリと眉を動かす。
「……知り合い?」
大志が聞くとリリスは微かに顎を引く。
「あ、いえ、こちらが一方的に知っているだけでして、その……」
「有名な人なん?」
しのぶがそう聞くと、またもリリスは微かに顎を引く。
「はい。そうですよね、ナザーさん?」
すると今まで黙っていた青年は突然ニコッとして
「いや~、あまりこういう場には出席しないッスから、顔は知られていないと思ってたッスけど」
頭を掻きながらそう言う。
「そうッス。僕はナザーッス。ナザー・スクライド。よろしくッス」
そう言って握手を求めてきたこともあり、リリスは両手でそれに答えた。
「お会いできて光栄ですわ」
「な、なあリリス、俺たちにも紹介してくれないか?」
「あ、す、すみませんでした! えと、こちらはナザー・スクライドさん。有名な画家のお一人です」
「いやいや、有名だなんて……それほどでもあるッスかね!」
突如胸を張って言い張る彼を見て、何だか親近感が伝わってくるような人だなと大志は思った。
「もしかして父と私のためにいらして下さったのですか?」
「そうッス。まあ以前からお誘いは受けてたんッスけど、忙しくてなかなか来られなくてッスね」
「そうだったのですか」
「あ、忘れてたッス! この度はおめでとうございますッス!」
そう言って頭を下げる彼を見て、リリスは嬉しそうに笑みを浮かべて、ドレスの端を持って軽く膝を折る。
「わざわざありがとうございます。どうぞ、今夜は存分にお楽しみくださいませ」
王女の顔になり、丁寧に言葉を出していく。
「そうしたいんッスけど、やらなきゃならない仕事がまだ残ってるんッス」
「もう、お帰りになられるのですか?」
「残念ッスけど」
「そうですか……いえ、この度は来場頂きまして嬉しく思います。帰り道は暗くなっています。どうぞお気を付け下さいませ」
「ハハ、恐縮ッス。では」
そう言ってナザーは足早に去って行った。
「そんなに有名なのか、あの人?」
「はい大志様。彼が描く絵画はどれも素晴らしく、ほらアレもそのお一つです」
そう言って彼女が指を差したのはパーティ会場に飾られてある、大きな額に入ってある絵画だった。
それは女神の周りを数人の天使が舞っている絵であり、背景には動物や人間も描かれてあり、皆が楽しそうに踊っている。
「《楽園》という絵画です。父が一目で気に入り、無理を言って知人から譲り受けたものらしいです」
「へぇ~、確かに何かこう温かくなるような絵だよなぁ。みんな幸せそうで、見てるこっちもそんな気分になってくる」
「はい。それに彼は多才で、絵本も書いておられるんです」
「そうなのか?」
「私も小さい頃からよく読んでいた《ほしのおくりもの》という絵本があるんですが、今でも大切に保管してあります」
「どんな内容なん?」
興味がそそられたのか、しのぶが聞いてきた。
「とても素晴らしいお話ですよ」
そうして物語を彼女から聞く。
夜空にはたくさんの星がある。星たちはいつもいろんな世界を見渡している。その中で、一つの星がある世界に注目した。そこにはたくさんの人が住んでいた。
しかし緑が少なく砂漠のような荒野ばかりで、食べ物があまり育たない世界であり、皆がいつも腹ペコで暮らしていた。そんな彼らを不憫に思った星は、ある日、人の姿をしてその世界に降り立った。
そして飢えに苦しんでいる人たちのために、《ほしのたね》というものを大地に植えた。するとどうしたことか、植えた場所から様々な作物が育っていくではないか。
瞬く間に砂漠が豊かな緑へと変わっていく。それを見た世界の人々は、星に感謝した。これでお腹一杯に食べられると喜び、皆が笑顔に包まれる。
だが《ほしのたね》というのは星自身の命でもあった。豊かな自然と引き換えに星は、その命を失うことになった。
人々は感謝の意を込めて星の像を作った。そしてこの世界を、もっと豊かにしていくと星に誓って、皆が手を取り合って素晴らしい世界を作っていく。
「ええ子やねぇ~その星の子。いや、子供なんかは分からへんねんけどな」
自分に突っ込みを入れるが、話そのものには本当に感動したのか、ほんわりと温かい気持ちが胸に広がっている。
「はい。私もこのお話が大好きで、今もたまにですが読み返すこともあります」
「その本をあのナザーがなぁ」
大志は感心するように言葉を出す。
「ま、大志には逆立ちしても無理ね」
「さっきから棘があるぞ千佳」
「だ、だってアンタが……その……このドレスだって頑張ったのに……」
「はあ? 何だって?」
「何でも無いわよ! この鈍感大志!」
「痛っ!」
足を踏まれ呻き声を上げる。
「な、何すんだよ千佳!」
「知らないわよ!」
「意味分かんないし!」
その二人を見て、しのぶは半目で嘆息する。
「アカンて千佳っち。ドレスを褒めるなんて高等技。甲斐性無しの大志っちができるわけあらへんやん」
千佳はただドレス姿に感想を言ってほしかったらしいが、全くと言っていいほど気づいておらず、しかもリリスに見惚れている大志にヤキモキして、つい八つ当たりしてしまったのである。
千佳の気持ちが分かるのか、さすがにリリスも何も言えず苦笑している。そして朱里もまた溜め息をつき、千佳に同情していた。
そしてそんなほのぼのムードの勇者たち一行を柱の陰で見つめるのは、先程皆と会話をしていたナザーだった。
「アレが勇者ッスか……ようやくこの目で見れたッスね」
丸眼鏡を光らせジッと彼らを見つめていると、ふと誰かの視線に気づく。
そしてその視線の主に気づいたが、そこから逃げ出そうともせず、逆に見つめ返していた。
(大丈夫ッスよ。何も起こらない限り手は出さないッスから)
そう目で送ると、その人物も納得いったように視線を逸らした。
「ハハ、現役を退いても怖いッスね。ジュドムさんは」
彼と目が合っていたのは、この国のギルドマスターであるジュドム・ランカースであった。彼もこの生誕祭に呼ばれていたのだ。




