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65:交渉

 この屋敷に来て三日が経った。

 その間、シウバとシャモエとは少なからず友好を深めたが、リリィンとは全く会っていなかった。

 シウバ曰く、ずっと自室に引き籠っているとのことで、食事もシウバが部屋に運んでいるとのことだ。


(はぁ、赤ロリのことはどうでもいいが、一向に止まない雨は何とかならんか……)


 この三日間、少しも止む気配など無く降り続けている。

 この間、これだけ降ると湖が溢れるのではとシウバに聞いたところ、その心配は無いという言葉が返ってきた。

 その理由は、湖の中に生息するモンスターたちが赤い水を吸収するからだそうだ。


 今はこうして定期的に降るらしいのだが、昔は雨が降らず涸れていたという。

 そのせいで干からびてしまうモンスターもいたらしい。エネルギー源になる雨なので、モンスターたちにとっては文字通り恵みの雨というわけだ。

 しかし人にとっては鬱陶しいことこの上ない。こうも外に出られないと、リリィンでなくとも自室にこもって食っちゃ寝したくもなる。


(この時間が無駄だな。本来なら《文字魔法》の練習するんだが、魔法も使えんし……まるで牢獄だな)


 明らかな不満ぶりだが、実はこの屋敷にはシウバが集めた書物もたくさんあったので退屈はしなかった。

 シウバが集めた本はかなり面白いものがあり、特に魔界に関する書物はとても興味深くて楽しんで読めた。


 最初はシウバのオススメと言われる本を手渡されたが、明らかに変態執事のアレな本だったので、すかさず変態の頭に本を投げつけておいた。

 客間で本を読み耽っていると、ゆっくりと扉が開く音が聞こえた。シウバやシャモエだったら必ずノックをする。だからそれ以外の存在だということを理解した。

 視線だけを扉の前に動かすと、案の定そこにいたのは久々に見た顔だった。


「少し顔を貸せ」


 燃えるような赤い髪を揺らしながらリリィンが命令口調で言ってくる。


「断る」


 即座に否定した。

 だが日色のそんな返答を予想していたのか、彼女は少しも動揺せず続ける。


「ククク、相も変わらず貴様くらいだ。ワタシにそのような態度をとることができるのはな」

「オレは今読書中だ。邪魔するな引きこもり」

「ふん、いいから来い。面白いものを見せてやる」

「……?」


 面白いものという言葉には正直興味が惹かれた。


「面白いものとは何だ?」

「だからついて来れば分かる」

「…………」


 互いに視線を合わせる。

 そして不敵そうに微笑む彼女から目を逸らして、本をパタっと閉じる。


「どこに行くっていうんだ?」

「こっちだ」


 部屋から出て行く彼女の後を追いかけて客間を出ようとすると、ふと足元に何かが落ちているのに気が付く。後姿の彼女をチラッと見て、その足元にあるものを拾う。


(これは……)


 金色の花弁のように見えた。


(《金バラ》……か?)


 この前のバロンボーンリザードとの戦いでリリィンは、《金バラ》を服用していた。

 その欠片が服かどこかについて、ここまで来た時に落ちたのかもしれない。そう思いながらも、何となくポケットに忍ばせて、先を歩いているリリィンについて行った。

 通されたのは薄暗い部屋であり、彼女が言うには自室とのことだ。


(ずいぶん趣味の悪い部屋だな)


 壁に飾られてある不気味な仮面などの装飾品の数々を見て肩を竦める。

 部屋の中心には魔法陣のようなものが描かれてあり、その上にぽつんとベッドがある。そしてそのベッドにリリィンは静かに腰かけると、こちらを見つめてきた。


「貴様は読書が趣味だと聞いた」


 恐らくシウバから聞いたのだろうと解釈する。


「ワタシは今、ある本の解読に時間を割いている」

「ある本だと?」

「そうだ、まあ見てみるがいい」


 そう言って彼女は枕の下から一冊の本を取り出す。真っ黒なハードカバーに包まれたその本には、タイトルのようなものは書かれていないように見えた。


「これはあるツテで手に入れた本なのだが、そら、読んでみろ」


 突然投げ渡された本を両手で受け止め、まずは表紙と裏表紙を確認する。やはりどこにもタイトルが書かれていない。これでは一体何が書かれた本なのか分からない。

 とりあえず中身を確認しようと思い開いて見て思わず目を見はった。そんな日色の様子を、鋭い視線でリリィンは見つめていたが、日色は気づいていない。


「これは……何でこんなもんがこの世界に……?」


 驚いて無意識に呟いていたが、それもそのはずだった。その本の中身は、ここにあるはずの無い言葉で書かれたあったからだ。


「……日本語」

 日色の言葉通り、本に書かれてある文字は間違いなく彼の生まれ故郷である日本で使われている母国語だった。


「やはりそうか」


 リリィンの言葉にハッとなり、彼女の方を見る。そしてそこでしまったと後悔した。


「小僧、やはり貴様は魔界の者ではなかったらしいな。いや……この【イデア】の住人でもない……か?」


 不気味な笑みを浮かべて、目の奥から怪しげな光りが輝いている。


(しまった……オレ今何て言ってた……?)


 あまりにも無意識だったので、自分が相当マズイことを言ったということを覚えていなかった。しかし雰囲気から自分が面倒になるようなことを言ってしまったのだということは把握した。


「それが読めるんだな?」


 日色は本を投げ返すといつものポーカーフェイスを作る。


「何の事だ? オレはただあまりに字が汚かったから思わず愕然としただけだ」


 確かに黒い本は手記で構成されてあり、読みにくそうな癖字もあり、汚い字と言えなくもなかった。ただそんな日色の言い訳は通じず、リリィンはニヤニヤと笑みを溢す。


「無駄だよ小僧」


 そう言うと、彼女は懐から一輪の花を出した。その花はチューリップに似た花であるが、何とも手の中に収まるほどの小ささで可愛らしい花だった。


「これは《録音花(ボイスフラウ)》と呼ばれるものだ。効果は……」


 リリィンはその花に魔力を注ぐ。

 すると、だ。


『これは……何でこんなもんがこの世界に……? ……日本語』


 拳を握りしめて歯を噛んだ。まさか声まで録音されていたとは思わなかった。

 間違いなく花から聞こえてきたのは自分の声だった。恐らく先程自分が言った言葉なのだろう。そうでなければ『日本語』という言葉はありえないはずだ。


(このアマ、最初からこれを狙って……)


 キッとリリィンを睨むが、彼女はそれを風のように受け流して続ける。


「まあそんな顔をするな。別に貴様が何者であろうと構わん。誰かに言い触らすつもりもない。ワタシが興味あるのは、純粋に貴様自身だ」

「…………」

「この世界にというくらいなのだから、貴様はこの世界とは違う他の世界があることを知っているんだろ? それにニホンゴという言葉。これはその本自身の名称か、あるいは書かれてある文字の総称……違うか?」


 頭の良い奴だと内心で舌打ちをする。ここでアノールド相手なら簡単に誤魔化すこともできたが、どうやら相手が悪いようだ。


「それはワタシの知る人物全てに当たっても解読できなかった文字で書かれてある。つまりその文字はこの世界の文字ではない。そして過去にあった勇者召喚。その勇者は異世界からの救世主。さらに、此度『人間族』の国では勇者召喚が行われたと聞く。貴様……勇者なのか?」


 その目に興味の光をキラキラさせて尋ねてくる。


「答える義務は無いと思うが?」

「ククク、確かに義務は無い。ただワタシが知りたいだけだからな。ならばこうしよう。貴様も望むものを言え。それと対価に、貴様のことを教えろ」


 こちらに手を差し伸べてくる。

 まるで悪魔と契約するような感覚が全身を走るのだが、気のせいではないだろうかと思わないでもない。

 目の前の少女は、確かに少女に、いや、幼女に見えるが実質日色の何十倍も生きてる老獪な人物なのだ。


 だがあまりにも一方的にやられるのは気分が悪い。このまま無言を貫き通すのも一つの手だが、こちらの望みを叶えるという言葉を最大限利用すれば元は取れるのではないかと思った。

 シウバやシャモエから聞いた限り、確かに彼女が好き好んで言い触らすような人物でないことは理解している。だから別段言ったところでそれほど大げさに考えることもないと思った。


「……分かった。ならまずこちらの要求を聞け」

「ククク、いいだろう」


 日色の言葉を聞いて嬉しそうな顔をすると、軽く頷きを返した。


「何でも望みを言え。このワタシの体を欲したいと言うのであれば、それも構わんぞ?」


 冗談交じりにそう言う彼女を見て、日色は半目で睨むと


「そんなのっぺらボディに興味あるか」


 一刀両断に討ち捨てた。


「の……のっぺら……だと……」


 かなりショックを受けたようでフルフルと体を震わせている。


「こ、この……小僧の分際で……脳をグチャグチャに破壊してやろうか……」


 殺意を漲らせて言葉を吐いているが、日色は気にせず口を開く。


「【フォルトゥナ大図書館】の入館許可証が欲しい」

「殺すだけでは飽き足らん……生きたまま地獄に……って何だと?」

「だから【フォルトゥナ大図書館】の入館許可証だ。しかも最高レベルのな」

「……最高レベルというと、王族に発行してもらう閲覧認可証が必要な《深度5》の図書を見たいということか?」

「そうだ。何でも禁書やら古文書やら、実に興味深そうなものがあるらしいじゃないか」

「……あのな小僧、分かっているのか知らんが、《深度5》の図書を閲覧できるのは、ほとんどが王族だ。一般人の中にも、極稀にしかおらん」

「ああ、だからその許可を手に入れろと言ってるんだ」

「……貴様、偉そうな奴だと言われたことは無いか?」

「その言葉をそっくりそのまま返してやる」


 しばらく見つめ合いが続くが、先に折れたのはリリィンだった。


「……はぁ、何故そこまで。何が目的だ?」

「何を言ってる。本というのは読むためのものだ。暗い場所で保管しておくためのものじゃない。オレは世界を見て回り、あらゆる本を読破したいんだ」

「ほう、ただの好奇心というわけか」

「悪いか?」

「いや……」


 楽しそうにニヤッとすると続けて言う。


「しかし、その好奇心がいずれ自身を滅ぼさなければいいがな」

「オレは死なん。だから平気だ」

「な……ぷっ! クハハハハハハハ! やはり貴様は面白い! どうだ、本当にワタシのものになる気は無いか!」

「くどい奴だ。そんな気は無い」

「ククク、まあそれはおいおいだな。人は変わる生き物だ。いつかワタシの魅力で跪かせてやろう」

「そんな日は間違いなく来ないがな」

「ククク、それはどうかな」


 彼女が薬瓶などが置かれてある棚の引き出しを開けて何かを取り出すと、ヒョイとこちらに投げてくる。

 上手いことそれをキャッチした日色は確認する。


 それは彼女の名前が書かれた一枚のカードだった。よく見ると【フォルトゥナ】という文字も書かれてあり、金色の許可印が押してあった。


「それが許可証だ。しかも貴様が望む最高レベルのな」

「これが……か」


 というよりも半ば以上、無駄だと知りつつ望みを言ったのだが、こうもあっさりと許可証が手に入るとはさすがに驚愕だった。だから今以上に目の前の人物が一体何者なのか気になった。

 先程彼女も言った通り、この《深度5》の許可証は、ほとんどが王族しか持たないものである。

 それなのに彼女はこうして所持している。それがどれほど驚愕すべき事実か、彼女は分かっていながら自慢するように胸を張ってこちらを楽しそうに見つめている。


(望みを言えと言われて、全く期待などせずに言ったが、思わず僥倖ってことか)


 実はこの望みの他に、もう一つ用意はしていた。

 それも駄目ならこの交渉は余地が無いと判断してこの場を去ろうとした。しかしまさか良い意味で期待を裏切られて、日色自身も少し戸惑ったのもまた事実だった。

 それだけ【フォルトゥナ大図書館】の最高レベルの許可証は一般人が手に入れることは難儀をさらに越えているのだ。


 【フォルトゥナ大図書館】は【魔国・ハーオス】にある図書館であり、その書物の数はこの世界で最高峰に位置する。

 別名《知識の泉》と呼ばれており、あらゆる問題の解答が眠っている場所とされてある。

 『人間族』、『獣人族』、『魔人族』、『精霊族』と、大陸中から集められた情報が収められているのである。しかし図書館は許可制となっており、入るには館長や国の許可がいる。


 図書館は二階建ての地下四階になっており、地下に行くほど重要な書物が収められてあり許可も通りにくくなる。

 基本的に『魔人族』なら申請すれば許可が下りる《深度1》と呼ばれる第一フロアは、普通に販売してある本などがある。


 それから地下に降りる度に《深度2》、《深度3》となっていき、許可も館長だけでなく国、つまり王族の許可が必要になるフロアもある。

 それが《深度5》のフロアであり、一般人では決してお目にかかれない書物が保管されてあるのだ。日色はこの書物を是非読みたいと思っていた。


 だがこの話を聞いて、許可をどうやって取ろうか悩んでいた。

 いざとなったら《文字魔法》で何とか忍び込もうとも思ったが、穏便に事を治めることができるのならその方が良いと思って、あまり期待はしていなかったがリリィンに申し出たのだ。

 それが嬉しい誤算に、彼女は許可証を持っていた。しかも最高レベルのものをだ。少しだけだが彼女が幸運の女神に見えたのは、言わずにおこうと思った。


(このガキ……いや、ババアか、ホントに何者なんだか……)


 日色には珍しく、少しリリィン自身に興味が惹かれたが、そんな思いを知らずに彼女が言う。


「契約だから、貴様が【フォルトゥナ】に入れるようにはしてやる。だから次はワタシの望みを聞け」


 彼女を見て顎に手をやる。しばらく沈黙が続き、


(利用できるものは利用してみる……か)


 そう思った日色は静かに口を開く。


「……聞くだけ聞いてやる」


 日色の言葉を聞いてリリィンはまたもニヤッと破顔した。

  

「さっきも言ったが、ワタシが興味あるのは貴様自身だ。今この部屋にはワタシと小僧の二人しかいない。情報の漏洩も無い。だから安心して話せばいい」

「それは用意周到なことだな」


 最初からこのつもりで部屋に呼んだということだ。

 それほど自分に興味を持たれているとは、やはり《文字魔法》というのは稀少なものだということが改めて分かる。


「まずはその本が読めた事実だ。本当に勇者じゃないのか?」

「ああ、勇者じゃない」

「…………なら聞き方を変えよう。勇者を知ってるか?」


 これまた変化球を投げてきたなと感じた。というよりも、何故そんなことを知りたいのか疑問に思った。


「一ついいか?」

「ん? 何だ?」

「何で勇者のことをそんなに聞く?」

「ふん、異世界からの召喚者、この退屈な世の中では興味の対象としてはおかしくないとは思うが」

「……退屈とは言うが、つい最近戦争が本格化するところだっただろ?」


 それにまだその脅威は去ったわけではない。


「戦争になど興味は無いさ。そもそも人の歴史とは戦争の歴史だ。長年生きてきて、ワタシがその歴史に触れなかったとでも思うか?」


 その言葉の意味について考える。

 恐らく彼女がこれまで生きてきて、たくさんの戦争を見てきたのだろう。もしかしたら参加したのかもしれない。だからこそ戦争というものに新鮮味を持つことができないのだ。


(まあ、戦争欲があることの方が問題だがな)


 少なくとも目の前の少女がそうではないことにホッとする。もしそうだとすると巻き込まれる可能性があるからだ。


「貴様は勇者ではないと言った。だがこの【イデア】の住人でもないのだろ?」

「……はぁ、まあお前に話しても実害はなさそうだし…………ホントに他言はしないんだろうな?」


 再度確かめるように言う。


「だから何度も言ってるだろ、ワタシが嬉々として情報を漏らすような愚者にでも見えるか?」


 日色は彼女の目を見つめる。少し不機嫌に歪められた口元と眉。

 そんな顔を見ると、わがままな子供と喋っているような感覚に陥る。

 確かに彼女は日色と同じような嗜好(しこう)を持っている。それは好奇心が満たされればそれだけで満足するということだ。無暗に自分の知識を他人にひけらかしたりはしない。


 実害と言えば、質問攻めに合うということだけで、それが世間に知れ渡ることは無いだろうとは直感で感じる。

 彼女もまたユニーク魔法の使い手なのだ。同じ魔法を持つ日色の思いを少なからず理解しているだろう。

 楽観的な考えをしてしまっているが、これから日色が考えているように物事が進むのなら、ある程度は教えておいても良いのではと思った。


「分かった。だが教えるのは一つだけにする」

「な、何故だっ!」


 途端に顔色を変えて叫んできた。


「いやなに、コレがホントに本物だった時、その時に続きを話してやるよ」


 そう言いながら先程渡された【フォルトゥナ大図書館】の許可証を見せる。


「なっ! それが偽物だとでも言うつもりか!」

「いいや、それは分からない。何故ならオレは本物を知らないからな。幻の餌で釣られるような馬鹿な魚にはなりたくないんでな」


 そう言いながらポケットからここに来る時に拾った黄金色の花弁を指先で弾き地面に落とす。それを見たリリィンは目を見開いてしまう。


「騙しは……こりごりだ」


 ギリッと歯を噛み締め、微かに笑みを浮かべる日色を睨みつけるリリィンだが、しばらくしてその口元がニヤッと大きく歪む。


「ククク、やはり貴様は面白い。ならば一つと言わず、今は何も聞かないようにしておこう」

「む? いいのか?」


 少し意外な言葉が返ってきたので思わず眉をひそめた。


「ああ、それに聞くよりも貴様を観察して丸裸にしていくのも一興と思ったのでな」

「……性格悪くないか?」

「ククク、何だ小僧、このワタシが善人だとでも思っていたか?」

「別に、お前が善人だろうと悪人だろうと関係無い」

「クハハ、いいな小僧。本当に気に入った。ならばここで宣言しておくとしよう」

「……?」


 リリィンはヒビシッと指を突きつけてくる。


「貴様は必ずワタシのものにしてやる。心して待っておれ」


 そんな言葉を吐く彼女の顔は、抑え切れない好奇心と、子供が新たな玩具を見つけたような歓喜さで瞳が輝いていた。

 だがその表情を見て、不覚にも面白いと思ってしまったのも事実だ。

 日色は微笑を浮かべてこう言った。


「やれるものならやってみろ」


 まるでこれからゲームをするような高揚感が広がっていくのを感じたが、不思議と心地良さもそこには存在していた。

 アノールド、ミュアたちとはまた違った魅力のあるリリィン。正直、なかなかに油断のできない相手だが、それだけに面白いと感じてしまっていたのだ。


(それに、こういう奴をやり込めるようになれば、これから先の強みにもなるしな)


 ララシークの時もそうだったが、手の上で踊らされてばかりでは、この先不安が募ってくる。強くて油断のできない相手が近くにいるだけで、自分は更に成長できると踏んだのだ。


「ならコレは返しておく」


 許可証を投げ渡すと彼女は片手で器用にパシッと受け取る。

 そして日色はそのまま部屋から出て行った。


 残されたリリィンは受け取った許可証を手の中で弄びながらいまだに口角を上げていた。その許可証を元あった場所へを戻す。だがその許可証には不思議な現象が起こっていた。

 先程日色が見ていた時は、確かに《深度5》という最高レベルを意味する金色の許可印が押してあった。だがその許可印が、今は何故か銀色に変色していた。

 彼女は先程日色が地面に落とした花弁を見つめ、フッと息を漏らす。


(ククク、これから忙しくなりそうだ)


 真紅の双眸が薄暗い部屋の中で怪しく光っていた。








「旅に出るぞ」


 日色とリリィンが彼女の部屋で話した翌日、皆を集めたリリィンは朝から開口一番にそう言い放った。

 日色はその言葉を予想していたので別段驚きは無かったが、他の二人は寝耳に水な話でシウバは唖然とし、シャモエはというと、


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 まさに驚愕していた。


「何を驚いている?」

「お、おおおお驚きますですよぉ! ど、どどどどうして急に旅なんか!?」


 シャモエにとっては当然の疑問である。

 しかしリリィンは何でもないように淡白な表情で口を動かす。


「うむ、それはだな、少しコイツの旅に付き合おうと思ってな」

「ヒ、ヒイロ様の……?」

「むっ!」


 突然目をカッと見開いたシウバが、「むむむっ!」と唸り出し、


「ま、まさかお嬢様! このシウバというものがありながらヒイロ様に恋慕を催してしまい? そ、そんなお嬢様考え直して下さいませ! 寂しいのならいつでもこの熱き男魂がギンギンに漲るお胸をお貸しして」

「違うわ!」

「ぶぎょわんっ!?」


 リリィンは盛大に勘違いしている変態執事の頭に踵落としをくらわして床に沈める。


「シ、シウバ様ぁぁぁぁ~っ!」


 その光景を見たシャモエはオロオロしだす。

 リリィンが大きく溜め息を吐くと、腕を組みながら言い聞かすように言葉を放つ。


「いいか、コイツとある取引をした。その内容は秘密だがな」


 別に隠すような内容ではないと思ったが、彼女が喋らないというのなら、それに倣おうと思った。


「その取引の関係上、どうやらワタシもコイツと一緒にある場所へ向かわなければならなくなった」

「あ、ある場所とはどこでしょうか?」


 不安気にシャモエが聞いてくる。


「【魔国・ハーオス】だ」


 するとガバッと勢いよく起き上がった変態が目をギラギラさせながら、


「い、いけませんぞお嬢様ぁ!」

「な、何だいきなり!」


 さすがのリリィンも突然復活した無敵の執事に度肝を抜かれる。


「いけませんいけません! そんな……【ハーオス】に行くなど!」


 他の三人は熱く語り出す老人を見つめている。


「あそこは都会でございます! いいですか? 人が一杯おられるのでございます! そんな場所に、ぐうたらで引きこもり、いえもとい、お可愛くてお美し過ぎるお嬢様が行けばどうなるか!」


 今サラッと本音が混ざっていたような気もしたが、ここは黙っておこうと思い耳だけを傾けた。


「きっと国のあまりの大きさに迷子になってしまわれ、そこを好機と見た下賤の輩が、お嬢様に近づき、その下卑た視線でお嬢様の汚れ無き肢体を舐め回すように見た挙句、嫌がるお嬢様を無理矢理誰もいない路地に連れ込んでぶふぉぉぉぉっ!」


 突然気味の悪い生物が何か赤いものを鼻から噴出させた。もうビックリである。


「く……ノ……ノフォフォ……これはいかん」

「いかんのは貴様だこの変態がぁぁぁぁっ!」

「あちょぶりんっ!?」


 答えは出たようだ。どうやらこの変態は連れて行かない方が平和に旅ができそうだ。

 リリィンの凄まじいアッパーで顎をうち抜かれ、そのまま天井に突き刺さる変態ジジイの図である。


(やはりカオスだなここは……)


 特に執事が……。


(というかだ、そんじょそこらの下賤の輩が、148レベルもある奴を好きにできるわけないだろうが)


 間違いなく返り討ち決定である。

 パンパンと手を叩いてリリィンは話を続ける。


「赤い雨も弱くなってきている。恐らく今夜には止むだろう。明日出発するから把握しておけ、以上だ。そしてコイツは異常だ。シャモエ、砕いて鳥の餌にでもくれてやれ」

「え、あ、はい! あ、いえその……」


 本気でどうしようか迷ってるメイド。そして天井に頭を突き刺している執事。さらに決めたら一直線に突っ走る幼女。


(これからコイツらとの旅か……憂鬱だな)


 昨日リリィンの部屋に行った時、許可証が偽物だろうが本物だろうが、こうなることは予想していた。

 偽物だったなら、こちらとの取引を成立するためにも実際に【魔国・ハーオス】に行って許可証を貰わなければならないだろう。


 また本物だとしても、それを日色が持って行っても彼女の持ち物なのだから日色が使えるわけがない。

 《文字魔法》で何とか作れないかとも思ったが、仮に作っても日色という一般人が持っていると怪しまれる。


 リリィンに化けるという手もあるが、そもそも許可証が偽物だったら無理だ。いろいろ考えたが、無理矢理強行突破するのは全ての手段が失敗してからにしようと考えた。

 それに興味を持たれた時からもしかしたら自分を拘束でもするか、あるいは一緒に旅についてくるか、どちらかの可能性が高いと判断していた。

 何でも決めたら行動力が抜群にあるとシウバにも聞いていたので覚悟はしていた。


 そして昨日の会話のやり取りで、彼女は一緒についてくることに決めたことを理解した。

 それに彼女が行動すれば恐らく他の二人もついてくるのではとも考えていた。何故ならシウバもシャモエも、あらゆる意味でリリィンに依存しているからだ。


 確かに問題のある三人だとも思う。基本的に一人が好きな日色にとっては面倒極まりないかもしれない。だがこの世界に来て、誰かと旅をするというのも、割と悪くないなと思ったのも確かだった。

 アノールドたち。一人には一人の良さが確かにあったが、他の者と歩幅を合わせるというのも存外新しい発見があって面白いとも感じた。

 この魔界ではまだまだ知らないことが多い。彼女たちならかなりの情報を持っているだろう。それを聞きながら旅をするのも大きな財産になるだろう。


(それに肌に合わなきゃ、『転移』の文字でも使ってさっさと置いて逃げればいいしな)


 《文字魔法》さまさまだった。







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