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60:カオスな屋敷

 確かにシウバの言った通り、そこは生い茂った雑草地帯ではなかった。

 まるで別世界かのように周囲には多種多様の花々が咲いていた。


「お気をつけくださいませ」

「この花の中にも擬態したモンスターがいるって言うんだろ?」

「ノフォフォ、その通りでございます」


 物分かりが良い日色に対し微笑んで答える。

 警戒しながら突き進んでいくと、シウバがキョロキョロしだした。


「さっき言ってた探し物か?」

「はい。ここら辺に生えているはずなのですが……」


 そうして彼は色とりどりの花を見回していると、一つの花に視線を止める。


「おお~、ございました!」


 日色も同じように視線を向ける。そこには珍しい金色の花びらを持った花が咲いていた。見た目はどことなくバラのような美しさを持っている。


「うぅ~、ようやく手にできましたよお嬢様ぁ~」


 懐から出したハンカチで、感動で流した涙を拭っていく。もしかしたら死んでいたかもしれなかったのだから、ここまで来れて任務が達成することに心が動かされたのだろう。


「ノフォフォフォフォ! では頂きますよ《金バラ》!」


 そのままかよと突っ込もうとしたところ――――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 突如として周囲が揺れ始める。震度6くらいはあるのではないかと思うほどの揺れである。

 するとその《金バラ》が生えている地面に亀裂が走り、そこから何かがせり出してきた。


「キギィィィィィィィィィッ!」


 奇天烈な叫び声を上げてせり出してきたのは、頭に《金バラ》を生やしたモンスターであった。

 体長は4、5メートルほどだろうか。横よりも縦に長い大きさを持ち、全身には鋭い針が幾つも生えている。サボテンに足や手が生えたようなモンスターだった。


「や、やはり寄生サボテンが寄生していましたか!」

「どういったモンスターだ?」

「普段寄生サボテンは地中で眠っているのですが、たまに生命力の高い花に寄生して栄養を貰うのでございます! あの《金バラ》は決して枯れることの無いバラと呼ばれています! その生命力は並大抵のものではございません! それに特殊な効果を持つ花でもございます! 恐らく寄生サボテンに寄生されているとは予見していましたが、できれば御免こうむりたかったでございます!」

「なるほどな」


 微かに頷きを返すと、ミカヅキに離れるように指示をする。


「さてと、さっきは戦りにくかったが、今度は十分動けるからな。片づけてやる」

「お待ち下さいヒイロ様! 火を使われると」


 シウバが慌てた様子で言葉を放ってきた。


「分かってる。《金バラ》も燃えるって言うんだろう? 安心しろ、火は使わん」


 そう言いながら『刺刀・ツラヌキ』を抜く。

 そしてその刀を見てシウバが感心したように目を大きく見開く。


「ノフォフォ、それは『刺刀・ツラヌキ』ではございませんか!」

「ん? 知っているのか?」

「はい、それは」


 しかし悠長にしていられず、寄生サボテンが針を飛ばしてきた。


「ノフォ!」

「よっと! とりあえず話は後だ! まずはコイツを潰す!」


 二人は針を避けて、一定の距離を取る。


「し、しかし良いのでございますか? この者はかなりの手練れでございますよ?」

「ふん、レベル上げにはちょうど良い。おい、サボテンマン、来るなら来い!」


 挑発にまんまと唸りを上げながら向かって来る寄生サボテン。そのまま体当たりして、全身に無数に生えている針で串刺しにする気だ。


「針には毒がございますのでお気を付けを!」

「分かってる!」


 地面を強く蹴り上げ、寄生サボテンの右側にするりと抜けて背後へと回る。そのまま背後から刀で斬り裂こうとしたところ、後ろ向きのまま、背後にある針をこちらに向けて飛ばしてくる。


「このっ!?」


 咄嗟に刀で飛んでくる針を切り払うが、数が多くこのままでは無数の針の餌食になって日色サボテンの出来上がりになる。


(マズイ! こうなったら『防』の文字で!)


 やむを得ず《文字魔法》で防御しようとしたところ、突然目の前にシウバが現れる。

 そして日色を庇うように大きく両腕を広げる。


「ジイサン!」


 針が容赦なくシウバの身体に突き刺さっていく。

 針を出し尽くしたのか、動きを止めた寄生サボテンを見て、シウバが微かに口を動かす。


「い……今で……ございま……す……頭の花を……切れば……」


 どうやら頭の上に生えている花を切れば倒せるらしい。今はとにかく寄生サボテンを何とかしなければならないと、日色は足に力を込めて大きく跳び上がる。


「はあぁっ!」


 刀で《金バラ》の茎を斬る。

 見事に寄生サボテンの身体から《金バラ》が切断された。

 すると緑色だった寄生サボテンの全身が土色に変わっていき、砂のようにボロボロと崩れていく。そして後に残ったのは《金バラ》だけだった。


 日色は砂になった寄生サボテンの上に落ちた《金バラ》を手に取り、ふうっと息を吐く。そしてハッとなってシウバの方を見る。

 シウバの姿を見た日色は思わず目を大きく見開く。


 何故なら彼は……。


「ふぅ、やれやれですな」


 まるで埃を落とすような感じでパサパサッと針を落としていたからだ。しかも何事もなかったかのような平常心で。


「……ジイサン、毒は?」


 とても猛毒により苦しんでいる姿には見えない。

 そんな日色の疑問にシウバはニコッと微笑むと「問題ございません」と言う。


「……は?」

「執事ですから」

「…………」


 自分もチートとか規格外とか思ったり言われたことがあったが、どうやら目の前に立っている老人もそれに連なる存在なのだと思わずにはいられなかった。


「おい、さっき苦しそうに言葉を放ってなかったか?」


 確かに弱点の花のことを告げる時は相当苦痛そうに顔を歪めていた。


「ノフォフォフォフォ…………雰囲気あったでございましょう?」

「……このジジイ」


 ピキッと額に青筋を立てる。どうやらただのその場のノリで演技をしていたらしい。


「ところでヒイロ様、《金バラ》は……?」

「……はぁ、ここだ」


 追及してもどうせ執事ですからと言って煙に撒かれることは理解している。それに相手が喋りたくないことを強制して聞きたいとも思わないので、それ以上何も言わずにいた。


「おお~、これでようやくお屋敷に帰れます!」


 嬉しそうに日色から受け取った《金バラ》を両手で優しく包み空をバックにして見つめる。


「感謝致しますヒイロ様! あなた様のお蔭でこうして無事に目的のものを入手することが叶いました! ノフォフォフォフォ!」

「それは良かったな」 


 日色は特別感情を込めずに言いながら刀を納める。その様子を見たシウバが「おお~」と言って手をポンと叩く。


「そう言えば、先程のお話なのですが……」

「あ? ……ああ、この刀のことか?」


 戦っている途中に、シウバが『刺刀・ツラヌキ』の話を持ち出した。どうやら知っていそうな雰囲気だった。


「はい。それは『刺刀・ツラヌキ』で間違いございませんね?」

「ああ、それがどうした? やらんぞ」

「ノフォフォ! 別に欲しいわけではございません。ただその刀を見たのが久しぶりでしたので、つい感極まって言葉にしたに過ぎません」

「久しぶり? 見た?」

「はい。その刀は我が友が作り出した刀の一つなのでございます。まあ、『刺刀・ツラヌキ』は試作品として流された一振りなのでございますが」

「試作品……だと?」

「はい。彼は獣人ですが、刀鍛冶としては並ぶ者がいないほどの腕を持っております。懐かしいですねぇ。今彼はどこにおられるのでしょうか……」


 遠い目をしながら懐かしさに浸っている彼を見て日色は怪訝そうに口を開く。


「これが試作品?」


 ハッキリ言って切れ味も抜群で、使い易さも群を抜いている。この刀で、何度命を救われてきたかも分からない。無かったらもっと苦労しているだろうと思った。

 これほどの出来栄えの刀がたかだか試作品だと聞いて疑わずにはいられなかった。


「確かにそれは試作品でございます。彼の本物は、柄と刀身に彼が施したサインがございますから」


 見れば日色が持っている刀にはそれらしきものは見当たらなかった。


「それに本物であるならば、あの程度のモンスター、一振りで細切れにしています」

「……それほどか?」

「左様でございます。まあ試作品と言えど、彼の刀は持ち主を選びます。その刀、ずいぶん嬉しそうでございます。良い主の手に渡り、幸せでございましょう」


 そう言われて、少しむず痒い気持ちが湧いて、これ以上この話をしていると何だか居心地が悪くなりそうなので話題を変えることにした。


「と、ところでだ。この後はどこに行くんだ? ジイサンの用事はもう終わったんだろう?」

「え? あ、はい。この先を行くと岩石地帯に入ります。そこからはもう下りになりますので、その先は山の出口になります」

「なるほどな。ならさっさと行くぞ」

「畏まりました」

「おい、よだれ鳥! 出て来い!」


 ミカヅキを呼ぶと、木の陰からヒョコッと出てくる。


「よし、さっさと山を抜けるぞ」







 岩石地帯でも何体かのモンスターと戦うこととなったが、シウバの情報が役に立ち、それほど苦労することなく山を下りることになった。


「それにしても、ヒイロ様がこれほどお強いとは感激致しました。ノフォフォフォフォ!」

「そうか? オレはジイサンが戦えることが驚きだが……」


 知識もさることながら無駄の無い動き。相手を仕留める的確な攻撃。まるで連戦練磨の経験豊富な冒険者のような立ち振る舞いであった。

 『魔人族』は戦闘力が凄まじいとは聞いていたが、一般人でもシウバのように強いのかと思うと、武を極めた『魔人族』はどこまで強いのかと想像することすら難しいほどだった。


 彼は冒険者ではない。何でも幼い頃に独り立ちすることを強制され、ひょんなことから今の屋敷に仕えることになって、ずっと執事として育てられてきたらしい。

 戦い方や知識も、主を守るのに必要だからという理由から身に着けたのだという。

 日色は聞いたわけではないが、シウバが勝手にコミュニケーションをしましょうと言い自分のことを話し出したのである。

 まあ彼が口にしたすべてが真実だと鵜呑みにしているわけではないが、只者ではないことは確かだ。


「もうすぐ山を越えるな。この先に街はあるのか?」

「街……と言いますか、小さな集落なら山を越えてずっと先にございます」

「ずっとと言うと?」

「ずっとでございます」

「…………」


 どうやらまだまだ道のりは長いようである。


「よろしければ是非お屋敷にお寄り下さい。《金バラ》の謝礼に腕によりをかけて夕食を御馳走させて頂きたいと思います」

「……夕食?」


 ピクリと耳を動かして、微かに喉を鳴らす。


「はい。こう見えまして、料理には些か自信がございます」

「ほう」

「もちろん《プリュンの実》もございます」

「クイクイクイクイクイクイ!」


 大好物の名前が出てミカヅキも喜んでいる。


「しかしいいのか? ジイサンの主に許可とかいるんじゃないのか?」

「まあそうですが、きっと大丈夫でございます」

「何だよ、その根拠の無い自信は」

「わたくしめの主は来る者拒まず去る者追わずなお方ですので」

「ふぅん」

「まあ、気に入った者がおれば、手段を問わずに引き込もうとなさいますが」

「どんな主だ……」


 それじゃあ誘拐と同じではないかと心の中で突っ込む。


「それにとってもお可愛いのでございます。ああ……いつぶりになりますでしょうか。一刻も早く愛らしいお嬢様のお顔を見たい……そして命令されたい……」


(ああ……そういやコイツは変態だった……しかもドM)


 頬を引き攣らせながら、良い歳こいて頬を染めて恍惚そうな表情をしている老人を見つめて距離を取る。何だかミカヅキも危ない人物だと悟ったのか、かなり引き気味な雰囲気だ。

 ただシウバの申し出に魅力を感じているのも事実だ。一番近くの集落でも、まだまだかなり先にあるのであれば、シウバが住んでいる屋敷で体の疲れを取るのも良い。それにいろんな情報も手に入るかもしれない。


 とりあえず次の目的地はシウバが務めている屋敷に変更して、歩を進めることにした。




     ※




「お、おおおおお嬢さまぁぁぁぁぁぁ~っ!」


 額から汗を飛ばしながら、メイド服を身に纏い慌てた様子で一つの部屋に向かっている少女。

 桃色のツインテールをユラユラと揺らしながら走って来た少女は、ドアの前に立って乱れた息を整いながらドアを開けようとするが


 ――ポテッ!


 どういう原理か、躓くようなものがないというのに、足を取られてしまい、そのままの勢いでドアを開けて地面に顔をぶつける。


「ぷにぃっ!」


 少女はすぐさま起き上がり痛そうに涙目になりながら鼻を擦る。


「ふぇぇ~、痛いですぅ~」


 頬には少しそばかすがあり、額には赤い宝石のようなものが埋め込まれてある。肌は褐色で目は大きくクリッとしていて愛らしい顔立ちをしている。

 歳は十六歳なのだが、あまり年相応には見えないのがコンプレックスらしい。だが彼女の一番の特徴はやはりその豊満な胸だ。動く度にプルンプルンと大きく揺れている。

 顔と小さな身長に似合わず、スタイルが良い彼女だが、いつもそのことで自分の仕えている主に弄られたりするので困っているのが最近の悩みなのである。


 少女が入った部屋にはドクロやら剣、それに不気味な仮面といった物々しい装飾品が壁に飾られている。

 部屋も薄暗く、黒魔術でも行うような不気味な内装だ。

 また部屋の中心には魔法陣のような文様が刻まれてあって、その上にはベッドが一つ、黒いカーテンでそのベッドは覆われて中身が見えないようにされている。

 そんなベッドを覆っているカーテンが静かに揺れたと同時に声が発せられた。


「うるさいぞシャモエ」


 カーテン越しに影が映りこみ、その人物は身体を起こしながら気怠そうに声を発してきた。

 その声を聞いてハッとなったシャモエと呼ばれたメイド服を着込んだ少女は、ペコペコと何度も頭を下げながら、


「す、すすすすすみませんですお嬢様! シャ、シャモエはまたこけてしまいまして!」

「それより何か用か?」


 少し呆れたように溜め息交じりで言葉が聞こえてくる。寝ていたところを起こされたので、少し機嫌が悪いのかもしれない。


「あ、そそそうでしたです! あ、あのあのあの!」

「いいから落ち着け」

「は、はいです! す~は~す~は~」


 心を落ち着かせるために大きな胸を上下させて深呼吸をしだした。そして胸を両手で押さえながらゆっくりと言葉にしていく。


「じ、実はですね! か、帰って来られましたぁ!」


 興奮気味に目をキラキラさせながらそう言う。


「……帰って来た?」

「はいです! 帰って来られたんですシウバ様が!」

「…………ちっ、死ななかったかあの変態め」

「はい? 何か仰りましたかお嬢様?」

「いいや、何でも無い。それよりもう屋敷にいるのか?」

「え、あ、はいです! で、ですがそのぉ……」

「ん? どうかしたか?」


 突然言い辛そうに口ごもったシャモエの様子が気になったので問う。


「え、えっとですね……その、お連れ様がいらっしゃいまして……」

「……連れだと?」

「は、はいです……何でも命の恩人さんらしく。その、一緒に毒の山を越えてきたその……『インプ族』さんのようです」

「ほう」


 興味をそそられたのか、怪しく口角が上がる。


「い、一応客間の方にお通ししましたです。ど、どうされますか?」


 主が寝起きで機嫌悪いのは理解しているので、もしかしたら自分には手に負えない問題が起こってしまうかと思いハラハラする。


「……しばらくしたら向かう。その客とともにシウバも食室に通しておけ」

「で、では?」

「ああ、退屈していたところだ。良い暇潰しになるやもしれぬ。その客とやらとゆるりと食事でも楽しむとしようか。ククク」

「か、畏まりましたですぅ!」


 シャモエはぺこりと頭を下げると部屋からそそくさと出て行った。

 途中「ぷにぃっ!」という声がしたので、また転んだのだろうが、部屋に残った人物は客のことを考えていたので、どうでも良かった。


「ククク、あの馬鹿が連れて来た客……どんな輩なのだろうな……」


 暗い部屋の中でその人物の瞳だけが怪しく光っていた。



     ※



 客間に通されていた日色はここまでの道程を振り返っていた。

 山を越えて数時間歩くと、そこには小さな湖が広がっている。そしてその中心に島がぽつりと存在していた。

 その湖は奇妙なことに、上空から見るとドーナツ型だということが予想できる。島の部分がちょうど穴の役割を担っているということだ。また湖の水は何故か血のように真っ赤であり、水の上に浮かんでいる島は、小さいながらも存在感は強かった。


 何故ならその島の上には、その存在感を際立たせるために、かなり大きな屋敷が建てられていたからだ。周りには以前《王樹》で見たような庭園が広がっている。美しい花や、良い香りを放つ作物が育てられている。


 シウバはその屋敷が自分が仕えている屋敷だと言う。近くにボートが用意されてあったのでそれに乗ることにした。何でもこのボートはシウバが毒の山に向かう時に使用したものらしい。

 ボートに乗って、ゆったりと島へ向かう途中、どんな屋敷なのか話を聞かされた。


 屋敷に住んでいるのはシウバを含めると三人だそうだ。主とメイドと執事がいるだけで、その他には何もいないとのことである。

 ボートから見える庭園も、そのメイドが趣味のために作ったらしい。また主というのは気まぐれで、性格に多少難があるということも聞かされた。


 確かに毒の山である【ヴェノムマウンテン】に使いを出すこと自体普通はしないだろう。それだけシウバのことを信じているのか、あるいは……。

 そう考えて日色は島に着くと、ミカヅキはどうしたらいいかと尋ねる。

 シウバがさすがに屋敷の中には入れられないと言うので、家畜用の餌場があるからと、そちらに置いておくことに決まった。

 この近くにあるということで日色はその場で待たされ、ミカヅキだけを連れてシウバは餌場に行ってしまった。


 近くで見ると屋敷はさらに大きさを増したような気がする。完全に金持ちが持つ家だなと思う。

 それにしても、これほど大きな屋敷の中に住んでいるのがたった三人だけとは、何かわけがあるのだろうと思いながらも、別段興味があるわけではなかったので聞きはしなかった。


 シウバが戻ってきたので、一緒に庭園を出て屋敷の扉に近づくと、そこにはホウキを手に持ち掃除をしている一人の少女に会った。

 こちらに気づいた彼女は、目を力一杯開くとシウバの名を叫んで驚愕する。

 そして「良かったぁ、良かったですぅ」と、目を潤ませていると、その視線がこちらに向いた。


 ただそこで日色をハッキリと視認したことで、何故か怯えるようにビクッと身体を震わせる少女。どうも歓迎されていないようだと思っていると、そんな彼女を見て苦笑しながらシウバが近づいていく。

 シウバが日色のことを説明すると、少しだけ怯えが収まったような雰囲気になり、また目を大きく見開いて今度は「ほ、ほほほ報告しなければですぅ!」と言いながら物凄い勢いで扉を開けて屋敷の中に入って行った。

 その際にドカッと派手に転んでいたが、躓くようなものも無いのにと思い嘆息した。


 シウバはそんな彼女の様子を微笑ましそうに眺めながら……。


「いや~、やはり若い娘はいいでございますねぇ~、あのプルンプルンさがたまりませんなぁ~。ノフォフォフォフォ~!」


 前言撤回。よく見ると、頬を紅潮させ鼻が伸び、さらに目の光が危ないので、日色は思わず後ずさった。


「さあ、中に入りましょう」


 そう言われるが、こんな変態の後についていっても大丈夫なのかと本気で心配になってきた。しかしここまでやって来たので、一応変態を警戒しながら進むことに決めた。

 中は結構薄暗い。高そうな花瓶やら絵画やらが飾られている。

 掃除も行き届いているようで埃も見当たらない。恐らく先程のメイドが仕事をしているのだろうが、この広い屋敷を掃除するとは大したものだと感心した。

 客間に通された日色はソファに腰かけて待っていてくれと言われたのでそのようにした。


(それにしてもデカい屋敷だな)


 窓の外から見える湖を見つめながらそう思う。

 しかし湖に囲まれた屋敷というのは確かにロマンティックな場所なのかもしれないが、不便そうでどうしてこんな場所にデカデカと屋敷を建てたのか不思議に思った。

 金持ちの道楽で建てたのか、それとも何か理由があって建てたのか……。

 それに地獄の血の池のようなこの環境は一体どういうことなのか……。


(ま、どうでもいいか。こっちは食うもの食ったらさっさと出てくし)


 その前に、今は一人だと判断して腕に文字を書いていく。


(ミカヅキには『速』と『防』の文字を設置してある。念のために用意しておくか)


 腕に書いた文字は『防』と『速』と『覗』。最初の二つは何かあった時の対処用として。

 そして三つ目の『覗』は、瞬時に魔法を発動させて相手の《ステータス》を見るためだった。

 魔法を使おうとするとシウバが敏感に察してこちらに注意を向けてくるので、結局調べることができなかったのだ。

 こうしておけば、魔力を指に宿し文字を書くという行為が省けて瞬時に発動できるので、ほんの少しの隙さえあれば効果を得られる。


(一分っていう制限が無ければ今発動するんだが……ま、機会はあるか)


 制限時間さえ無ければ、今すぐ発動させてシウバが来るのを待つこともできるのだが、一分以内に彼が来るとは思えないし、彼の主という者も確認しておかなければならないと考えて設置文字にしたのだ。

 いきなり取って食われるようなことはないだろうとは思うが、それでも相手の懐にいる以上、情報は無いよりはあった方が絶対良い。

 そのためにも《ステータス》を確認できるのはとても大きなアドバンテージになる。


 そうして準備が整い、しばらく待っていると再びシウバがやって来た。汚れていた執事服が綺麗になっているので、どうやら着替えてきたようだ。


「それではこちらへ。我が主を御紹介致しますゆえ」


 シウバの先導に従い客間を出て行く。長い通路を歩いて行くと、鼻腔をくすぐる良い香りが漂ってきた。


 ――ぐぎゅるぅ~。


 その香りのせいで腹から警告音が鳴る。だがその音は日色から出た音では無かった。


「いや~、お腹減りましたなぁ~」

「お前、オレの食糧食ったよな!?」


 ここへ来るまでの間、日色の持っている食糧はほとんどシウバの胃袋に収まったはずだった。それなのに、いまだにお腹を鳴らしている事実にビックリだ。


「ノフォフォフォフォ! わたくしはいつでも万端ばっちこ~いでございます! 執事ですから! ノフォフォフォフォ!」

「またそれか……」


 ジト目で腹ペコ変態執事を見つめながら溜め息を吐く。というか執事は関係無いだろうと心の中で突っ込む。


「さあ、ここでございます」


 一つの扉の前で制止させられ、シウバがその扉をゆっくりと開けていく。

 そこには真っ白なテーブルクロスが掛けられた長机があり、その上には様々な料理が並べてある。思わず喉がなるほどの香りが伝わってきた。

 そしてその長机の端に用意された椅子に誰かが座っている。


「ようこそ、歓迎するぞ。奇妙な客人よ」


 






 火のように真っ赤で燃えるような長い髪。自己主張が強そうな吊り上った目を向け、可愛らしい小さな唇を三日月型に歪ませている。

 ゴスロリのような真っ白なドレスが、その赤い髪が見事にマッチしているように感じる。

 こちらを値踏みするような瞳の色が不愉快だったが、そんなことよりも気になったことがあった。


(まさかコイツが……?)


 そう思いながらシウバの方を見ると、彼は小さく頷く。


「御紹介致します。当屋敷の主人。リリィン・リ・レイシス・レッドローズ様でございます」


 シウバからの紹介を聞いて日色はジッとリリィンを見る。


(やはりそうか……それにしてもだ…………)


 さらにリリィンを見つめる。そして軽く溜め息を吐く。


(……ガキじゃないか)


 彼女の姿は間違いなく子供だった。ちょうどミュアくらいだろう。

 まあ、ミュアは年齢的にも小さ過ぎるのだが、どちらかというとミミルが当てはまるかもしれない。

 十歳くらいの少女にしか全くもって見えない。

 だがシウバがそんな意味も無い嘘をつくとは思えないし、恐らく本当に目の前の少女がこの屋敷の主人であり、シウバが仕えている相手なのだ。


(こんなガキがシウバに毒の山に行かせた張本人?)


 まさかと思っていると突然、シウバが懐から櫛を出して髪を整え始めた。


「いやはやいやはや、ノフォフォフォフォ」


 するとリリィンがウッと口を尖らせ不機嫌そうな顔を見せた。

 そんな彼女の様子に気がつかないのかシウバは続ける。


「ああ……相変わらずお美しくお可愛らしいお嬢様……」


 日色も一体何を言い出したのだと思いシウバを見つめる。


「いえいえ、以前よりもさらにその輝きは夜闇の中、銀河の中に妖艶に浮かぶ月のごとし! その留まることの知らない魅力! わたくしは……わたくしは……」


 見ればリリィンはやれやれと言った感じで首を振っている。


「わたくしはぁっ! 大感動でございまぁぁぁぁぁぁぁすぅっ!」


 シウバが全身を震わせたかと思うと、突然リリィンに向かって跳び上がった。

 そして――。


「おっ嬢っさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


 ムチュウと口を尖らせながら両手を広げて跳んでいく。

 あまりの奇行にさすがの日色も言葉を失って唖然としていた。


 ドゴ! バキ! バコ! ボゴォンっ!


 しばらくすると床に頭を突っ込ませて沈黙しているシウバと、そのシウバの背中を足で踏みつけているリリィンの姿があった。

 二人の近くにいるメイドがあわあわと慌てふためいている。


「まったく、この変態ジジイめが! 何故死なんかった!」


 何かとてつもないことを言っているように思えるが、床の中からくぐもった声が聞こえる。


「こ……これが……愛……なのでござい……ますね」


 ――バキォンッ!


「ブフォッ!」


 どうやら少女が変態にトドメを刺したようだった。さらに足を踏みつけられ見事に身体から、してはいけないような音が聞こえて変態ジジイは沈黙したのである。

 少女が手をポンポンとはたくと、仕事をやり切ったといった感じで座っていた席に腰を下ろす。


「さて、気色の悪い虫は退治した。シャモエ、紹介しろ」


 リリィンは何でも無いように自己紹介の続きを行い始めた。

 促されたメイドは「ふぇ!?」と声を発すると慌てて頭を下げる。


「あ、あわわわわわわ! シャ、シャモエはその! あの、シャモエはメイドで掃除と料理とガーデニングが趣味のメイドで、い、いいいいたって普通のメイドですぅ!」

「……メイドという紹介が二度続いたが? それに普通名前が先じゃないか?」

「ふぇっ!? ま、まままた失敗しましたですぅ!」


 顔を真っ赤にして、そして――――ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!

 壁に額を打ち付け始めた。


 ……何故?


「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁ! シャモエのお馬鹿ですぅ! ここはしっかり決めようと思ったですのにぃ~っ!」


 日色はもう一度周囲を見つめる。

 床に頭ごと埋まっている変態執事に、突然パニクッて涙を流しながら壁に頭を打ち付けるメイド。

 そしてそのメイドをニヤニヤしながら見つめている幼女。


(カオスかここは……)


 来る所を間違えたと本気で思い始めた日色だった。







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