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58:魔界の洗礼

「もらったっ!」


 ――ブシュゥゥゥゥッ!


 大きなネズミの腹に『刺刀・ツラヌキ』を刺すと、勢いよく血が噴き出す。

 そしてドスンと地面に倒れて絶命する。刀を振って血を弾き鞘に納めた。


「ふぅ、それにしてもモンスターだらけだな」


 日色は愚痴を溢しながらうんざりしている。

 【パシオン】を出て約一か月が経った。

 今は【グラットゥンの森】という場所に来ていた。別名【大食いの森】と呼ばれるこの森はモンスターの数が半端無い。

 少し歩くだけでエンカウントしまくりなのである。先程からちっとも進めないでいるので、さすがに苛立ってきている。


 背後を振り向けば、かなりの数のモンスターが倒れている。

 獣道ならぬモンスター道だなと冗談めかして言うが、アノールドのように突っ込む者がいないので寂しく響き渡る。


「最近野宿ばっかりだったからな。MP回復薬も底を尽きかけてるし、魔法はできるだけ温存しなきゃならんし……」


 だがこのモンスターの数はさすがに面倒だ。

 《文字魔法》を使用して一気に駆け抜けてもいいが、抜けた先に街があるとは決まっていない。まだまだ先があるようなら、ここで消費するのは控えた方が良いと思っている。


 ガサ……。


 またかと思って刀を抜き構える。


「クイクイクイクイ!」

「……何だお前か」


 ライドピークのミカヅキだった。

 あれから一か月、彼女どうやらメスらしいと一緒に旅をしてきた。モンスターとの戦いでは戦力にはならないので、日色が戦っている間はどこかに隠れてもらっているのだ。


「しっかり後ろからついて来いよ?」

「クイ!」


 そのまま歩こうとするが、ピタッと日色は足を止める。


「やれやれ、本当にこの森は鬱陶しいな。しかも……」


 言葉を発しながら目の前に現れた者を見る。いや、見上げる。


「ボス級か?」

「ク、クククイクイクイ!」


 ミカヅキも現れたモンスターの脅威を悟り大きな鳴き声を上げて警戒する。

 体長五メートル以上はある。それだけではなく、一振りで巨木を薙ぎ倒せるであろう太い腕。また生半可な攻撃では屈することはないであろう強靭そうな足。ゴリラと熊を足したような凶暴そうなモンスターだった。口には鋭いキバが生えている。

 観察しながら記憶に検索をかける。


「初めて見たが、確かランクSのトロルだな」

「ガルガァァァァァァァァァッ!」


 どうやら相当怒りのボルテージを上げているようだ。恐らくここら辺の主なのだろう。自分の縄張りが荒らされたことにより間違いなく憤慨している。


 ドンドンドンドンドンドンドン!


 ゴリラが威嚇や警報のために行うドラミングを行う。その音はなかなかに大きく、少し耳が痛い。

 両手を組んでそのまま日色目掛けて振り下ろしてくる。


「逃げてろ!」

「クイィッ!」


 日色に言われた通りミカヅキは一目散にその場から脱出した。


「よっと!」


 日色も紙一重で避ける。しかしそれがまずかった。

 地面が粉砕され、それに巻き込まれてしまい、足を取られる。もう少し離れるべきだったと後悔する。

 トロルはその隙をついて捕まえよう腕を伸ばしてくる。日色は態勢を崩されたままだが、刀を抜いてその手に斬撃を放つ。ピシャっと鮮血が撒き散る。


「捕まるかデブ」


 日色の行動と言動に増々怒りを上げる。拳を握り込み、力一杯殴ってくる。

 今度はそれなりの距離を取って避けたが、かなりの風圧を全身に感じた。何度も何度も日色に拳を放ってくるが、上手く避わしていく。

 すると何を思ったか大きくジャンプする。


「何だ?」


 トロルはその巨体を活かしてのしかかろうとしてくる。

 しかし日色はそこを利用しようと思い刀を構えた。そのまま心臓を串刺しにしてやろうと思ったが、トロルは何と自分の牙を抜き投げつけてきた。


「マジか!?」


 虚を突かれた日色は、思わずその牙を刀でガードしてしまった。

 そしてその間に――ドスゥゥゥゥゥゥゥン! 

 大地震が起きたかのような衝撃が地面に走る。

 トロルはこれで終わったと思ったのか、ゆっくりと起き上がり、下敷きになっているであろう獲物を確認する。

 しかしそこには日色の姿は無かった。するとトロルがハッとなり前を向く。

 トロルの目は赤く充血して怒りを露わにしている。何故ならその目には日色が無傷で映っていたからだ。


「ちっ、まさか《文字魔法》を使わされるとはな。さすがはランクSってところか」


 よく見ると日色の右手の甲に『速』の文字が書かれてある。下敷きになる瞬間、加速してその場を離れることに成功していたのだ。


「やはり設置しておいて良かったな」


 微かに笑みを浮かべる日色を見て、トロルの怒りが頂点に達し、ついには力任せに木を引っこ抜き大きく振り回してくる。


「おっと! おいおい、なりふり構わないってことか」


 さすがに直撃を受けたらマズイと思い、距離を多めにとる。だが太いわりにかなりの素早さを持っているようで、日色に詰め寄ってくるのが速い。


「にゃろう!」


 仕方無く日色は迎え撃つ形で足を止める。

 しめたと言わんばかりにトロルは両腕に力を込めて全力で持っている木を日色の頭の上から振り下ろす。

 今度こそ仕留めたと思いトロルはニヤッとするが――ズシュッ!


「グギ……ガ……ッ!?」


 気がついたら喉に刀が刺さっていた。

 日色は上手く木をかわし、左から勢いよく刀を喉に突き刺したのだ。


「まだだ!」


 刀を抜くとそのまま懐に潜り込み、今度は心臓目掛けて刀を刺す。そして素早く刀を抜いてその場を離れる。

 胸を押さえ暴れるトロルの巻き添えにならないために離れたのだ。

 叫び声を上げながら暴れているトロルを見ていると、次第に動きが緩慢になっていく。そのままピクピクと痙攣しだし、動きが止まっていく。

 頭の中にレベルアップの音が鳴り響く。

 この一か月でかなりのレベルが上がったのだが、それでもまだ順調に上がっているので喜ばしいことだ。



ヒイロ・オカムラ


Lv 68


HP 578/1400

MP 1870/2340


EXP 364852

NEXT 15500


ATK 426(488)

DEF 340(355)

AGI 546(548)

HIT 304(312)

INT 477(481)


《魔法属性》 無

《魔法》 文字魔法(一文字解放・空中文字解放・多重書き解放・二文字解放・複数発動解放・設置文字解放)



《称号》 巻き込まれた者・異世界人・文字使い・覚醒者・人斬り・想像する者・ユニーク殺し・グルメ野郎・我が道を行く・妖精の友・ミカヅキの飼い主・モンスター殺し・放浪者



ギルドカード


Name ヒイロ・オカムラ

 

Sex Male


Age 17


From Unknown


Rank S


Quest 


 Equipment

 ・Weapon 刺刀・ツラヌキ

 ・Guard レッドローブ

 ・Accessory 妖精の指輪


 Rigin 7854000



 ちなみに50レベルになった時に《複数発動解放》、60レベルで《設置文字解放》を手にした。



《複数発動解放》 消費 文字数×30


 これまで文字効果発動中に新たな文字を書くと、効果が上書きされるものが多かったが、その制限が無くなり、複数の文字を書いて発動できる。ただし現在では一文字魔法しか複数発動はできないので注意が必要。多重書きによって相乗効果を生む効果は健在。


《設置文字解放》 消費 250


 最大で五回分の文字を設置し、任意に発動することが可能。ただし、この能力が有効なのは現在一文字魔法のみであり、発動を操作するのも半径300メートル以内という制約がある。




(最初はこの説明を見ただけではよく分からなかったが、実際に使ってみて、これほど便利なものはないと肌で感じることができたな)


 ――《複数発動》――


 今までなら『防』の文字を書いて発動するとして、何もしなければ一分間は魔力の壁が自身を守ってくれた。

 しかしもし、この間に別の文字を書けば、『防』の効果は瞬時に切れ、新たな文字が上書きされて効果を失う。


(《多重書き開放》のお蔭で、書いても上書きはされないで相乗的効果を生んでくれる場合もあるけどな)


 まったく関係のない文字を使用すれば上書きされてしまうが、『防』の文字効果を強化しようと、『強』や『堅』などの文字を行使すれば、『防』の文字効果は上書きされずに、後に書いた文字の効果だけが反映される。


(けどこの《複数発動》なら、『防』の文字効果を発動させたままで別の文字  例えば『雷』を使い相手を攻撃することもできるし、『飛』で空を飛ぶってこともできる。まあ、ただ一文字魔法の効果は、基本的には一分間で消えるのは変わらないがな)


 また説明文にあるように一文字魔法しか効果はない。

 今のところ、二文字魔法で《複数発動》はできないのだ。一文字魔法を発動中に二文字魔法を発動すれば、一文字魔法の効果はすぐに消え、二文字魔法の効果が上書きされる。


(それでも『防』の文字で守りを固めている間に、二文字を書くことも可能だから汎用性が非常に高いのは魅力だな)


 ちなみに消費MP(魔力)は、一文字は30だが、二文字は60と使う文字数によって変わる。

 ――《設置文字》――

  

 今までなら、指で書いた魔力文字が浮き出て、そのままの状態を維持し、発動すれば消えるのが原則だった。しかし《設置文字》を使おうと意識して文字を書くと、書き終えた瞬間に文字は消える。


(というより書いた場所に吸い込まれるような感覚――と言った方が正しいか)


 そして日色にしか視認できなくなる。半径300メートル以内だったら、書いた場所を正確に感知できるようになっており、自分の好きな時に任意で発動できるのだ。

 これならトラップにも使えるし、一気に五回分の《文字魔法》を発動することだって可能。これがあれば設置した分だけ一気に発動することもできるのだ。


(ただこれにも制限はあるんだよな)


 設置している間、二文字は簡単には使えない。もし使えば、設置した文字の全てが消失。設置している間、何の制限もなく自由に使うことができるのは一文字魔法だけ。

 また効果範囲の外(半径三百メートル以上)に出てしまうと、これまた同じように設置した文字全てが消えてしまうので注意が必要。

 ちなみに先程の『速』の文字を瞬時に発動したのも、この《設置文字》で、文字を予め手の甲に書いて設置していたからである。


(予め文字を身体や武器に書いておけば、好きな時に効果を発揮できるのが便利だな)


 ここ一か月、暇があれば《文字魔法》の練習をしている。一番気になっていた二文字を途中で止めた時の《反動》も確かめた。

 説明にあった通り、一定時間(大体一時間ほど)は二文字が使えなかったし、魔力も半減していた。これはかなり大きなリスクだ。

 もし戦闘中に二文字を中断させられると、日色の場合はほとんど強敵と戦っているので、殺される可能性が高まる。


 便利で万能なチート魔法ではあるが、使い道を間違えたら《反動》がとてつもないということだけは覚えておく必要があると再認識した。


「とりあえず、この森を抜けてさっさと村や街を探さなきゃな」


 それからはトロルのようなモンスターとは滅多に出会わなかったが、それでも多くのモンスターと戦い先へ進んで行った。しばらくすると森の出口を発見する。


「ようやく終わりか。さて……」


 森から出て、周囲を見回す。丘陵地帯が広がっていた。このまま街を目指す。


「よし行くぞ、よだれ鳥!」

「クイ~!」


 ミカヅキ(よだれ鳥という愛称)の背中に跳び乗り先を急ぐ。

 丘を登り切り、そこから下って行く。

 そして日色の目にはもう街並みが見えていた。







 【カレント】という街に辿り着いた日色は、宿屋の近くにミカヅキを置いて、さっそく雑貨屋を探した。もちろん探し物はMP回復薬だ。

 実は以前、『回復』という文字でMPが回復しないかと思い試してみたが、やはり上手くはいかなかった。

 HPは回復したが、MPだけは減るだけで回復することはなかった。できれば最高だったが、そこまでのズルはできなかったみたいだった。


 そしてもう一つ、回復薬を『複製』や『分裂』などで増やしてみたが、増やした回復薬を服用すると、確かにMPは回復した。しかし一分経つと増えた分の魔力がまた減っていた。

 だが増えている時に魔法を使えるならそれで良いと思い、試しにMPを0近くにして複製した回復薬を服用し魔法を使ってみた。もちろん使えた。

 しかし一分後、急激な体力の減少を感じて、《ステータス》を確認してみれば、恐ろしいことに満タンだったHPが一割くらいになっていた。


 これは恐らく本来ならMPが0で魔法が使えないのに、強制的に使った《反動》だろうと判断できた。

 だが一度ならこうして身を削り使えることが証明できたので、切り札として考えておくことにした。二度使うとどうなるかを考えると恐ろしいので、一度だけということにしておく。

 とりあえず袋に詰められるだけ回復薬を手に入れて、食料は明日購入することにした。今日は宿に泊まって明日ある場所へと向かうのだ。


「さてと、ミカヅキの餌も買ったし戻るか」


 ちなみにミカヅキの好物は《プリュンの実》と呼ばれる見た目がプリンのような実だ。プリンとは違ってそれほど柔らかくは無いが、果物特有の甘さと酸っぱさを含んだ、苺に似た味がする実である。

 宿屋に向けて歩いていると、ふと目に留まった建物があった。


「お、図書館か?」


 日色の目がキラキラと光った。当然の如く足を図書館に向けて動かしていく。扉を開けて中に入ると、それほど規模は大きくは無いが確かに図書館だった。


「……へぇ、ここは貸し出しや購入エリアってのがあるのか」


 カウンターが左右にあり、それぞれに、貸し出し、購入と書かれてある看板が立てかけられてある。

 そして右側に設置されてある本は貸し出し専用の本で、左側に設置されてある本が購入用の本みたいである。

 日色は迷わず購入エリアの方へと向かった。ここに長期滞在するなら貸し出しエリアでもいいが、明日ここを発つので、購入本を見に行ったのだ。


「……ん?」


 ざっとタイトルを見ながら歩いていると、一冊の本に注目した。棚から本を取り出して表紙を見る。


「やっぱそうか」


 その本を見て自分の思った通りだったと小さく頷く。


(《ティンクルヴァイクルの冒険》か……前に見た本と表紙の色が違うが、内容は同じようだな。作者も同じだし)


 前に【ドッガム】でマックスに借りた本の一つを思い出した。

 その時は青黒い表紙だったが、今手にしている本も作者も内容も同じようだった。見たところ他の本と違って人気が無いのか五冊も残ってあった。


(まあ、人間の物語だから獣人には受けが良くないのかもな)


 そう思い棚に戻して、他に目ぼしい本があるか探して、幾つか購入することにした。

 宿に戻ってミカヅキに餌をやってから部屋へと向かい、そのままベッドに跳び乗り大きく息を吐く。


「明日はあそこに向かって、いよいよだな」


 そう思いながらそのまま目を閉じた。








 翌日【カレント】を出た日色は、少し歩いた後、足を止めた。


「よし、この辺でいいだろ」

「クイ!」


 日色は魔力を指先に集中させて文字を書いていく。

 文字は『転移』。

 ある場所へとテレポートしようとしているのだ。


「行くぞ?」

「クイ!」


 日色は空いた手でミカヅキに触れながら文字を発動させる。

 ――直後、二人の姿が一瞬にして消失した。






 到着した日色の目の前に広がっていたのは広大な海だった。

 日色が立っている場所は崖になっているので、海を見下ろす形で見つめていた。そして遥か先にはその海を覆うような巨大な大陸が見える。


「前と何も変わらずか」


 実は前にもここに来たことがあった。アノールドたちと別れてすぐにここへ来ていたのだ。その時は戦争が終わってすぐだったので、まだ獣人たちの姿がちらほらとあった。身形からは兵士だろうことは判断できた。

 ここに来た理由は、ここが大陸同士の距離が最も近い場所であり、戦争が行われようとした場所を一目見ておきたかったのと、ある目的のために一度は訪れておこうと思ったからだ。


 ――【ゲドゥルトの橋跡地】。


 以前ここには巨大な橋があった。

 『魔人族』と『獣人族』の大陸を繋ぐ唯一の橋。それが約一か月前はここに存在した。

 しかし魔王がその橋を文字通り消した。今では何も無く、広大な海が目の間に広がっているだけである。


 日色は周りを見て誰もいないことを確認すると文字を書いていく。

 しかし今度は自分自身に書いていく。

 発動させると、日色の頭に生えていた獣耳と尻尾が消えていく。

 そして代わりに耳が尖っていき、額から小さな角が生えてくる。どちらかというと白かった肌が、浅黒く変色していく。さらに銀髪だった髪の毛は薄い紫色に早変わりしていく。


「よし、成功だな」


 自分の肌の色を見ながら一人で頷く。書いた文字は『化』だ。

 この大陸に来た当初、人間であることがまずいと悟った日色は獣人に化けることにした。

 そして今回は――。


「これでどっからどう見ても『魔人族』だろ?」


 ここに来た目的は、ここから見える『魔人族』の大陸に向かうためだ。『魔人族』について書かれてある本を探し、どんな種族がいるのか、その様相などを学んでおいた。

 今のこの姿は『魔人族』の中で、最も数が多く一般的な種族の姿らしい。それをイメージして化けたのだ。


「クイクイ!」


 ミカヅキは日色に尋ねられコクコクと頷きを返す。それを見て日色はミカヅキの背に跳び乗り、その背中に『飛翔』の文字を書いていく。

 ミカヅキは力が漲ってくるのを感じて、ブルブルと体を震わせる。


「よし、行くぞ!」

「クイィィィィッ!」


 その声に反応してミカヅキは大きく翼を広げる。


 ――バサバサッ!


 大きく翼を動かしてくと、フワッとミカヅキの体が浮く。第三者がこれを見たらきっと驚くに違いない。

 ライドピークは基本的には翼が退化して空を飛べなくなっている。それなのに、こうして空に浮かぶことができると知れば注目を浴びるかもしれない。


 しかし、日色が調べた結果、『魔人族』の大陸では今のミカヅキのように、空を飛ぶライドピークがいるとのことらしい。環境が違えば進化や退化する部分が違うようだ。

 ミカヅキのように獣人の大陸に存在するライドピークは、脚力が異常に発達しており、かなりのスピードを維持しながら走ることができる。


 また『魔人族』の大陸では、翼は退化せず、今も空を自由に飛び回っている同種が存在するらしい。

 だからこそ、このまま空を飛んで行っても、決して珍しくないと判断して、この方法を選んだのである。

 日色たちはそのまま空へと舞い上がっていく。

 そうして空から獣人の大陸を見下ろす。


「面白い大陸だったが、また今度だ」


 そう呟くと前を向き『魔人族』の大陸を見つめる。新たな冒険のニオイが漂ってきて、思わず笑みが零れる。

 ミカヅキはかなりのスピードで空を進んでいく。

 本来ライドピークは空を飛べないが、こうして日色の魔法で飛ぶことができる。それがとても嬉しく、本人自身も気持ちが良い。こうして主を背中に乗せて、大空を翔けることができることを幸せに感じているのかもしれない。


「おい、あまり飛ばすとバテるぞ?」


 日色の『飛翔』の文字の効力だけで飛ぶことはできるのだが、こうして翼を動かすことで、さらに速く動けることは実験済みだった。しかしとても体力を消耗してしまうのだ。

 それでもミカヅキは日色の言葉に大丈夫だと言わんばかりに鳴き声で答える。


(まあ、この速さならすぐに到着するだろうし気にしなくても……)


 そんなことを思いながら、段々と近づいてくる『魔人族』の大陸を見つめる。

 どちらかと言うと、『獣人族』の大陸のように自然の多い大陸だと思う。

 広大な森や湖が広がっているのを確認できる。だがその森や湖が異様な色をしていることを除けばだが。


 赤い湖に黒い森。まさに異様な光景だが、その奥には砂漠も発見できた。

 ただ『獣人族』や『人間族』の大陸と違って、建物がほとんど見当たらない。街や村などがないのだろうかと思うほどだった。

 山もたくさん存在し視界を遮っている場所があるので、その先には街などがあるのだろうかとつい首を傾けた。


 とにかくまずは街や村を探して情報収集をしなければと思い、キョロキョロと探し回るがやはり見つからない。


(どうする……このまま空を飛んで回って探すか? いや、さすがにコイツの体力や気力も有限だしな。仕方無い、一旦近くに降りて『探索』の文字を使うか)


 そう思い、近くに見える浜辺に降りるようにミカヅキに言う。






 浜辺に降り立った瞬間、ぐったりとミカヅキが倒れ込む。

 どうやら慣れない長距離飛行で疲労が溜まったようだ。これから何があるか分からないので、ミカヅキを回復させておこうと思い『全快』の文字を使って体力と気力を回復させた。

 そのせいで何だかテンションまで上がったみたいで、浜辺を叫びながら元気に走り回っている。

 気が済むまで放置しておこうと思い、さっそく『探索』の文字を使い近くの人里などの集落を探す。

 文字を発動させると、目の前に矢印が現れ進むべき道を教えてくれる。


「この先に街があるか……」


 そう言って矢印の方向を見ると、先程空から見た山を指していた。


「山の中を指してるのか、それとも山を越えた先にあるのか……ま、じっくり行くか」

「クイ!」


 ミカヅキは頷くと、背中に乗れと言わんばかりにお尻を向けてきた。

 日色はヒョイッと跳び乗り、ミカヅキはそのまま矢印の方向へ進んでいく。

 砂浜から出ると、そこは広大に広がった草原がある。その先には先程の山が見える。


(今はまだ穏やかな感じだが、いつ何があるか分からないな)


 情報では『魔人族』の大陸はモンスターの強さや生息数も、他の大陸と比べて上位に位置する。

 今はモンスターが出てくる雰囲気は無いが、突然襲われるということもあるかもしれないと思って、一応文字を書いていく。

 《設置文字》で、五文字分を設置できるのでとりあえず『速』・『防』の文字をミカヅキに書く。

 同じ文字を自分にも書く。そして最後の一文字に『伸』と刀に書く。

 書いた文字はそれぞれ吸い込まれるようにして消えていく。

 これで設置完了だ。いつでも発動できる。

 ただ二文字を書いてしまうと設置した文字の効果が消えるので、できる限り使わないように気を付ける必要がある。


「レベルが上がると、その制限もなくなるかもしれないが、今は気をつけないとな」


 もしかしたら二文字を設置できるようになるかもしれないと思うとワクワクしてくる。これからもレベルを早く上げるためにも、モンスターをとことん狩ってやろうと決めた。

 ミカヅキの背中で揺られながら草原を走っていると、視界の端にのそのそと動いている存在に気がつく。


「止まれ!」

「クイ!」


 突然主人に制止の声をかけられ慌ててブレーキをかける。


「クイ?」

「あそこを見てみろ」


 指を差した先には恐らくモンスターであろう存在があった。

 それはスライムを十倍以上も大きくしたようなモンスターで、プニプニとした体を引きずって地面を動いていた。

 色は緑色だが、透明度も高く体を通して向こう側がうっすらと確認できる。よく見ると体の中心には核のような赤い塊が見て取れた。


「あの赤い心臓みたいなものが弱点……か? というよりもいきなり最初から図鑑に載ってないモンスターが相手か」


 自身の知識には無いモンスターだったので少し驚いていた。まさかユニークモンスターなのかとも思った。

 しかし少し離れた先にも同じようなモンスターを発見したので、基本的に単独行動をするユニークモンスターでは無い可能性が高いと判断した。


「やはり聞いていた通り、『魔人族』の大陸のモンスターは図鑑に載ってなかったようだな」


 図鑑には『人間族』の大陸と『獣人族』の大陸に生存しているモンスターは載っていたが、『魔人族』の大陸に出てくるモンスターは載っていなかった。


「早く街に行ってここの図鑑を見てみたいな」


 そうしなければモンスターの種類も分からないし、情報は得ておく方が確実に良い。

 もちろん《文字魔法》で調べることもできるが、いちいちそんなことをしていれば、MPの無駄使いにもなってしまう。

 だからできれば図鑑で情報を得た方が効率が良いのだ。


「それはそうと、とりあえず『魔人族』の大陸での初めての実戦、やってみるか」


 ミカヅキの背から下りると、『刺刀・ツラヌキ』を抜く。


「お前は下がってろ」

「クイ!」


 素早い動きでその場を離れるミカヅキ。こういったやり取りはもう慣れたものだった。


「とりあえずは調べてみるか……」


 いまだこちらに気がついていないのか、のっそりと動いているモンスターを鋭い目つきで睨む。

 指先に魔力を集中し『覗』の文字を書いて、モンスターの《ステータス》を確認する。


「名前はグランスライム……ランクSか。おいおい、ランクSがそこかしこにウヨウヨしてるのかよ」


 信じられないと思いながら、周囲を見回し複数のグランスライムを視界に入れる。

 今までランクSと出会ったことはあるが、どれも単独で相対した。しかし今ここには複数のランクSのモンスターがいる。さすがは『魔人族』の大陸だと舌を巻くばかりだ。


(そのうちランクSSやランクSSSが出たりしてな)


 この一か月、実は獣人の大陸ではランクSSのモンスターと戦ったことはある。

 動きも強さもそれこそ桁違いであり、一歩間違うと死んでしまう状況の中《文字魔法》を駆使して何とか倒すことに成功した。

 間違いなくあの時は死線を潜り抜けたといった感じだった。


 だがしばらくはランクSSとは戦いたくないと思った。地形や相性が良かったお蔭で運良く勝てたようなものだった。

 単独で戦うにはやはり早過ぎた。もっとレベルが上がってからではないと、次は死ぬかもしれないと教訓を得ることになった。


(あの時ほど、オッサンたちの存在のありがたさを感じたことは無かった)


 態度には出さなくても、アノールドたちと一緒にいた時は、チームプレイで助かった場面が幾つもあった。

 きっとランクSSのモンスター相手でも、アノールドたちがいれば、あれほど危険は無かっただろうと思ったのだった。

 だがこれからは一人である。しかもモンスターの強さも桁が違う『魔人族』の大陸。レベルが低ければ、一瞬にして殺されることもあるだろう。


(これは一刻も早くレベルを上げなきゃな)


 間違いなくそのうちランクSS以上のモンスターと戦うことになるだろうことは予感めいたものがあった。


「そのためにも、コイツらには糧になってもらうか」


 殺気を出して睨むと、それに反応して目の前にいるグランスライムがピタッと動きを止め、ゆっくりとこちらに意識を向ける。

 すると突然物凄い速さでこちらに向かって跳び上がって来た。

 大きな図体なのに、小動物のような動きをするので虚を突かれてしまう。焦りながらも日色は大きく横に跳び、すかさず跳び降りてきたグランスライムに斬りかかる


「いきなりか!」


 焦りながらも日色は大きく横に跳び、すかさず降りてきたグランスライムに斬りかかる。

 ズバッと一文字に斬り裂かれ、その様子を見た日色はダメージありだと思い頬を緩めていると、それに構わず体当たりをしてくる。


「ちっ! 当たるか!」


 だが避けたつもりだったが、今度は体の一部を弾丸のように飛ばしてくる。咄嗟に両腕でガードするが、思ったより衝撃は無い。プニプニしていてハッキリ言ってダメージは無い。


(一体何のために……?)


 体の一部を飛ばしてきているのか分からず眉を寄せる。しかし次の瞬間その意味が分かった。


 ――ボウッ!


 何と腕に当たり、纏わりついていたスライムの一部が燃え始めた。


「熱っ!?」


 慌てて腕を振り回し燃えているスライムを落としにかかる。それでもなかなか落ちてくれない。


「くっそ!」


 地面にしゃがみ込み、腕に土をかける。

 ジュゥ……っと今度こそ火が消えた。


「はあはあはあ……っのやろう……」


 せっかくの赤いローブも焼けてボロボロになり、深くは無いが火傷も負ってしまった。『防』の文字を使っていれば良かったと後悔する。


「くそ……治すのもただじゃないんだぞ!」


 そう思い瞬時に間を詰めて刀で斬り裂く。

 だが同じようにパカッと斬り裂いてダメージを与えたと思ったが、よく見ると切り口が合わさり元に戻って行く。そう言えば先程の傷もいつの間にか治っている。


「なるほどな、物理攻撃効かないってことか……」


 グランスライムの特性が段々分かってきた。


(ん~『解析』の文字なら何もかも分かるだろうが、せっかくの設置文字も消えてしまうしな)


 二文字の制限が思ったよりめんどくさいなと思いながらも、こんなふうに戦いながら相手を分析していくのも面白いと思っている自分がいることも発見している。


(ともかく、物理攻撃が効かないなら、ここはやはり……)


 相手から距離を大きく取り、人差し指を立てて準備をする。

 しかしまたも身体の一部を弾丸のように飛ばしてくる。ガードをしても意味が無いともう理解しているので、今度はしっかり避わす。


 ボタボタと地面に落ちては燃えていく。

 身体の一部が燃えるということは、『火』の文字は使えないと判断する。その上、必要以上に近づくこともできないことを悟る。

 あの巨体に身体を掴まれ、もし発火でもされたら火傷程度ではすまない。

 ある程度距離を取り、遠距離から攻撃する必要がある。


(さすがはランクSだな……厄介な能力持ちだ)


 動きも速いし、体の一部を飛ばす中距離攻撃も持っている。また近づくことも危険性が高い。この厄介さに、さすがはランクSだと思う。


(さて、どう片づけるか……ん? あの中央の核のような部分、あれってやはり弱点なのか……? なら刀で貫くか? だが動きが速いしな……それに最後に爆発とかされたら面倒だし……)


 そう考えて、結局はこのまま遠距離で仕留めることに決めた。

 刀を鞘に納め、グランスライムの動きを気にしつつ文字を書いていく。だが『探索』で出していた矢印はそのせいで消えてしまった。

 『氷』の文字を書いて、相手を凍らせてトドメを刺すことに決めた日色だが、文字を書き準備ができたと思った瞬間、背後から何かが飛んできた。

 運が良かったことに自分には当たらなかったが、それは地面に当たり燃えた。


 ハッと息を飲んで振り返り確認してみれば、そこには思った通りもう一匹のグランスライムがいた。

 どうやらこちらの騒ぎに気づいて参加してきたみたいだ。

 その参加は日色にとって都合が悪かった。できれば一匹ずつ相手をしたいと思っていたからだ。いや、正直に言えばランクSを複数相手するのはなかなかに難しい。


 日色はやれやれと溜め息を吐くと、二匹を視界に入れるために距離を多めにとる。

 しかし二匹は同時に動き、その距離を埋めようとしてくる。


「くっ! 鬱陶しい!」


 距離を取れば、その距離を詰めてきては体の一部を飛ばしてくる。しかも今度は二匹分だ。避けるだけでも必死になってしまう。

 さすがに段々と鬱陶しくなってくる。

 ピキッと額に青筋を立てると、日色は不機嫌さを隠しもせずに舌打ちをした。


「いい加減にしろよ、このプニ野郎ども!」


 突然日色の腕から文字が現れ、日色がその場から消えるようにして素早く動く。

 現れた文字は『速』だ。これは予め設置していた文字の一つだ。発動させ効果を発揮させる。

 日色は瞬時にグランスライムの背後をとり、『氷』の文字を一匹のグランスライムにぶつけ発動させる。

 すると一瞬にして氷漬けになった。

 そこへ隙と見たのか、もう一匹のグランスライムが背後から体当たりしようとしてくる。


「気づいてんだよ!」


 即座に設置していた『防』の文字を発動。

 

 ――ヴィィィィィン!


 魔力の壁が一瞬にして日色を覆い、それに体当たりしたグランスライムはバンッと弾かれるようにして飛ばされた。

 後ろ向きのまま日色に対処をされたことにグランスライムは混乱に陥っている。

 今度は日色がその隙を突き、今度は刀を抜いて、同じく設置していた『伸』の文字を発動させる。


 刀身が伸び、そのままグランスライムを貫いていく。

 そして見事に核と思われるものもまとめて刀が貫いた。

 グランスライムの動きが止まり、それを見た日色は「……やはり弱点だった……か?」と呟く。


 だがその時――ドクンッ!


 心臓が脈打つような動きを見せ、その振動が刀を伝って感じられた。


(何かヤバイッ!?)


 瞬時にそう感じ咄嗟にその場から離れる。


 そして――ボボボボボボウゥゥゥッ!


 核を貫かれたグランスライムが突然激しく燃え出した。その炎の勢いは凄まじく、もしあのまま離れなかったら間違いなく巻き込まれていたに違いなかった。

 ……そのままグランスライムは燃え尽きた。

 地面も黒焦げになった様子を見て、爆発こそしなかったが、本能に従って距離を取って良かったと心から思う。 


 氷漬けになったもう一匹の方を見る。この状態で本当に倒したのかどうか疑問だった。もし一分が過ぎて氷が無くなると、また再び動き出しそうな気がする。


「このまま……倒しておくか」


 長くなった『刺刀・ツラヌキ』を構え、地面を蹴り突進していく。そのまま氷を貫き、見事先程と同様に核を攻撃する。そして素早くその場を離れる。

 思った通りグランスライムは炎に包まれていく。氷もその炎で溶けていく。


 頭の中でレベルアップ音が鳴り響く。どうやらこれで完全に倒したようだった。《ステータス》を見てみると、69になっていた。刀を『元』の文字で元に戻して溜め息を吐く。


「ふぅ、結構しんどかったぞ……」


 終わったと思って、ミカヅキも姿を現してくる。心配そうに顔を近づけて摺り寄せてきた。

 日色は嘴を押さえるように触れて言う。


「心配するな。オレがこんなところでやられるか」

「クイィ……」


 日色の言葉を聞いても、それでも不安そうな表情をしている。以前ランクSSと戦った時のことを思い出しているのかもしれない。

 あの時は本当に危なかった。ボロボロにされて、瀕死に近い形で何とか切り抜けたことを思い出す。

 その時のことを思うと、こうしてモンスターと戦う主人を見て、ミカヅキはつい不安な気持ちになってしまうのだろう。なまじ自分が戦闘に対し役に立てない分、その思いは強いのかもしれない。


「さて、次行くか」


 日色はこのまま真っ直ぐに目的地へ向かう間、こうして慎重にモンスターを倒していき、レベルアップを図っていこうと考えていた。






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