54:一触即発
日色たちが【パシオン】に到着する数日前、【魔国・ハーオス】では国全体が緊張に包まれていた。
それは先日、『獣人族』から送られてきた書簡のせいだった。
その内容は戦争の既決。
つまりは――――宣戦布告だ。
魔王城のテラスから見下ろせば、そこには多くの兵士が隊列を組んで調練している。
戦に向けて訓練をするその光景を悲痛な顔で見つめているのは、この魔王城の主にて【魔国・ハーオス】の王である――イヴェアム・グラン・アーリー・イブニング。
手入れの行き届いた美しい金髪を風に靡かせ、すこし幼さの残る端正な顔立ちを悲しげに歪め、歯を噛み締めていた。
そんなイヴェアムを、後ろから静かに見守っている側近のキリアが静かに口を開く。
「よろしいのですか?」
「…………」
「このままだと、間違いなく殲滅戦になるかと」
「分かっているっ!」
キリアの言葉を否定するように怒気混じりに声を出すイヴェアム。だがもうここまで事が進んでしまった以上、どうすることもできないと感じてしまっていた。
「まさか……こんなにも早く獣人たちが動くなど……」
「いいえ、予想はできていました」
「くっ……」
今までイヴェアムが何もしてこなかったわけではない。『人間族』と同じように和睦の親書を送ったことは何度もある。だが受け入れてもらえなかった。
手段の一つとして、自分の首を捧げたらとも思ったが、それでも獣人は止まらないだろうと仲間たちは言った。
だからこそ他の方法を探し、せめて対話ができるようにしようとしたが、どれも全て無駄足に終わる。
「どうして……戦いなのだ……」
「それが、一番納得がいく形だからでしょう」
「何がだ! 何故力で優劣を決めねばならん! 力など、もともと優劣があって当然のものだ! そんなことより、誰もが等しく持っている言葉で以て議論した方が一番良いではないか! 何より血も流れん!」
「…………それはどうでしょうか?」
「なん……だと?」
あくまでも冷静なキリアの否定に目を丸くする。
「言葉は…………軽いのです」
「――っ!」
「確かに、皆が平等に持っているものでしょう。ですが言葉というのは、最初から空っぽなものです」
「空っぽ……だと?」
「はい。その空っぽの中に、重みを持たせることで、初めて説得力が生まれます。それは言葉の力として、耳だけではなく、脳に刻まれる刃となります。しかし、戦争を回避できるような重みのあるお言葉を、陛下はお持ちでしょうか?」
「そ、それは……」
「これが、戦争など起きておらず、平和な世界で商売などの交渉のための対話だとしたら、陛下でも成し得ることができるかもしれません」
「…………」
「ですが、これは戦争です。人が死ぬのです。商売などのような小事ではなく、恐らく最高の大事。そんな大事を左右できるお言葉を、陛下はお持ちでしょうか?」
「う……」
「貴女様は魔王となられてまだ日が浅い。そして先王の意思を継ぐ魔人が多いのもまた事実です。もともとプライドが高く、好戦的な種族でもありますから。そんな者たちを諌め、尚且つ相手側の怒りや憎しみを鎮めるようなお言葉を――」
「もういい……」
イヴェアムはギリギリと歯を噛み鳴らす。握る拳からは力を込め過ぎて爪が皮膚を突き破り血が滴り落ちている。
「私は……ただ誰も傷ついてほしくないのだ。『魔人族』は皆が家族だ。その家族が争うなど、誰が嬉しいものか……けど私は……………………無力だ……」
強く閉じるその目からは一筋の涙が零れ落ちる。自分はこの国の王だが、あまりの無力さに呆れ果てる。悔しみよりも、自分に対する怒りの方が大きい。
「では、武器を捨て、全面降伏致しますか?」
「……こ、降伏?」
「もしかしたら、『獣人族』が陛下の真意を悟ってくれるかもしれません」
その言葉はとても魅力的に聞こえるが、イヴェアムは不安気に眉を寄せる。
「しかし、それでも止まらなかった場合、我々は何もできず滅ぼされてしまうでしょう」
全面降伏となれば、その証拠に魔王と主だった士官などは全て捕らえられるだろう。そして力を封じられ、しばらくは牢屋にでも閉じ込められて処遇を決められる。それが普通。
もし良い方向に向けば、『魔人族』の根絶やしは防げるかもしれない。しかしそれでも捕まった者たちは殺される可能性が高い。
特に《魔王直属護衛隊》などは、なまじ力が強過ぎるため、生かしておくと不安材料になるだけ。責任を取る、または見せしめという意味でも殺されるかもしれない。
だが降伏しなければ戦争は行われ、多くの血が流れる。
たとえ勝ったとしてもだ。それに降伏したとしても受け入れてもらえない可能性の方が高い。それだけの負の歴史が積み重なっている。そう考えると、押すことも引くことも相応の血が流れるのだ。
「このキリア、出過ぎた発言をしました。この罰はいかようにも」
「いい……。キリアは正しいことを言ってくれただけだ。罰などあろうはずがない」
「……では最後に一つだけ」
「え?」
「このキリアは、どこまでも陛下、イヴェアム様と命をともに致します」
「キリア……すまない」
彼女はこうして自分が悩み苦しんでいると、必ず手を差し伸べてくれる。それが本当にありがたいとイヴェアムは思っている。
(何とか、皆を傷つけないように今回の戦争を終わらす方法があれば……)
だがそんな都合の良い方法などそう簡単に見つかるわけがない。それはイヴェアムも理解している。それでもまだ時間がある限り、探し続けたい。
「……少しあそこへ行ってくる」
「お供は?」
「いや、一人で行く」
「分かりました。お気をつけ下さい」
イヴェアムはバサァッと背中から黒い翼を出現させると、フワリと浮き上がる。そのまま城から離れていき、近くの小高い丘へと向かう。
そこは花畑で一面覆われていて、遠目に海も見えるので、いつも悩みを抱えた時はこの丘へとやって来て気持ちを落ち着かせる憩いの場として利用しているのだ。
空は大きな月が大地を見下ろし、その周囲には無数の星々が煌めいている。
丘の上には大きな岩が置かれてあり、いつもそこに座りたそがれる。
イヴェアムはザッと丘の一番高い場所である岩の上に降り立ち、横一閃に伸びている水平線に視線を向けた。穏やかな風が頬を撫で、長い髪が優雅に踊っている。
(何とか戦争を回避することができれば……)
一番に心を砕くのは、やはり同志たちが傷つかないこと。そしてできればたとえ他種族といえど、相手も傷つけたくはない。傷つけ合う世界の中で、本当の平和を掴めるとは思えない。
家臣たちには甘い考えだといつも否定されるが、誰かが傷ついた上に成り立つ平和など信じられないし、信じたいとも思わないのだ。
できれば皆が手を取り合って、全員が笑い合う世界にしたい。壮大な理想なのかもしれないが、それでも捨てきれない希望なのだ。
「はぁ……こんなんじゃダメね……」
憂いを秘めた表情を作り溜め息が零れ出る。甘い花の香りが心地好いが、心はやはり棘のついた鎖で締めつけられた感じのままだ。
仕方なく城へと戻ろうとした時、ふと視線の先に光の塊が複数プカプカと浮いているのが見えた。咄嗟に身を屈めて警戒する。
それは――妖精だった。
この花畑に、夜中に何度か現れるのを見たことはある。警戒心の強い彼らはイヴェアムの姿を発見するとすぐに逃げてしまう。どうやらまだ気づかれていないようだ。相手が獣人ならそれほど警戒はしないというが……。
妖精は三体いる。それぞれが似た顔立ちをしているが、髪の色が三者三様だ。耳を澄ましていると甲高い声で楽しそうに会話している。
「ここは良い空気だね~、良い空気だね~」
「ウンウン、花の香りもサイコー! サイコー!」
そう言いながら三体は嬉しそうに飛び回っていると、不意に一体が立ち止まり口を開く。
「あ、そういえばさ、またあの人間に会えるかな? 会えるかな?」
「え~人間って誰~? 誰~?」
「赤い服着た人~、赤い服着た人~」
「ああ~オルンが気に入ってるよね~、気に入ってるよね~」
「ううん! お母様も気に入ってるよ! 気に入ってるよ!」
「ウンウン、でも確かに面白い人間だった! 人間だった!」
彼女たちの言葉を聞いてイヴェアムは心底驚きを得ていた。何故ならば基本的に人前には姿を見せないはずの妖精が、人間を気に入っているということが驚愕だった。
しかも彼女たちがお母様と呼ぶ存在が妖精女王だということも認知している。彼女たちがそれほど気に入っている存在に興味が湧く。
「それにさ~、戦争のこともすごいこと言ってたよね! 言ってたよね!」
「そうだね~、魔人と獣人の戦争のことでしょ? 戦争のことでしょ?」
イヴェアムは戦争という言葉を聞いて「え?」と心の中で反応する。
「まさかさ~、戦争を止めるのにあんな方法があるとは思わなかったよね~。オルンが自慢してた! 自慢してた!」
無意識に身を乗り出し、彼女たちの言葉を一言も聞き漏らさないように努める。
(戦争を止める方法って何なの!?)
そんな方法があるのかどうか疑わしいが、聞きたいという衝動にかられる。
「ウンウン、だってさ~、まさか――――……」
その言葉を聞いた時、思わずイヴェアムは立ち上がり、
「そんな方法がっ!?」
と我を忘れて声を張り上げてしまっていた。
「うわぁ!? なになに~!?」
「人だぁ~っ!? 逃げるよ! 逃げるよ!」
妖精たちがその場からどこかへ去っていくのを見て、
「あ、待って! その方法って――」
どんな人が言っていたのか聞きたくて声をかけたが、妖精は一目散に逃亡してしまった。誰もいなくなった寂しい花畑を、岩の上から見下ろしながらギュッと拳を握りしめる。
先程まで不安気に揺れていたイヴェアムの碧眼からは、力強い光が放たれ覚悟が満ちていた。
イヴェアムはもう一度水平線へと身体ごと向いて、一つ、大きく頷く。
城へとすぐさま帰ると、すぐさまキリアに会いに行った。イヴェアムの迷いを吹っ切った顔を見たキリアは目を微かに見開いたが、すぐに体裁を整えて尋ねてくる。
「決められたのですか?」
「ああ、『魔人族』は私が守る! キリア、力を貸してほしい」
「…………御意に」
イヴェアムの目には強い意思が宿っていた。
(これは天啓かもしれない。なら私も覚悟を決めて動くだけ!)
動き出している時間は止めようがない。今自分ができることは、その時間の中で自分の思いを貫くこと。それがイヴェアムが出した決断だ。
「家族を殺させるわけにはいかない!」
すぐに向かわなければならない場所があるとして、イヴェアムは大急ぎでその場所へと向かった。キリアもその後についてくる。
※
「……どうかしたのか?」
怪訝そうに尋ねるのは【魔国・ハーオス】の《魔王直属護衛隊》にして、《序列一位》の位置にある、アクウィナス・リ・レイシス・フェニックスだ。
鮮やかな紅色を持つ長い髪を揺らし、部屋を尋ねてきたイヴェアムに振り向く。
彼女は肩で息をして真っ直ぐアクウィナスの紅き瞳を見つめてきていた。
慌てて自分を探していたのだろうと容易に推測できたアクウィナスだが、話の内容には見当がついていない。
息を整えた彼女は顔を上げる。その瞳を見てアクウィナスは微かに目を細くする。何か大事な話があるのだろうと判断できた。
「……頼みがあるのだアクウィナス」
キリアを隣に従い、アクウィナスと対面するイヴェアム。
(……まだ迷いはあるが、何かを決めた眼をしているな)
彼女の眼からは覚悟の光が見て取れた。そしてそれは戦争に関わることだと確信できた。
「何だ?」
「それは――――……」
アクウィナスは彼女の話を黙って聞いていたが、顔には出さないが内心では驚嘆していた。まさか彼女の口からそのような言葉が出るとは思わなかったからだ。
(なるほど、それが陛下のできる最良……ということか)
そう思い、思わずクスリとしてしまう。もがき苦しんで出した結論がそれかと、あまりの幼稚さに笑みさえ浮かべてしまう。
(いや、しかし陛下らしいと言おうか)
そんなやり方もまた一つの方法ではあるとアクウィナスは思った。
(守るためならなりふり構わず……か)
それが彼女の強みでもあり、脆さでもあるとアクウィナスは知っている。幼い頃からその部分だけは、決して変化することなく成長してきた。
だがそうさせたのも周りの者たちにも大きな責任があるのだと、自分に対してもそう思う。それにそれが人を惹きつける魅力だということも知っている。
「どうだアクウィナス?」
自分のやり方が正解だなどと思っているような表情ではない。だが彼女なりに彼女の信念を貫き通した解答だ。アクウィナスもまた真剣に答える。
「陛下のやり方でも、何も解決してはいないぞ?」
「それでも、私は決めたのだ!」
彼女の目をしばらく見つめ返し、これ以上何を言ったところで無駄だと感じた。
(面白い。陛下の出した答えの先に何が待っているか、見てみるのも一興だな)
確かに危うい選択でもあるが、その答えの先を見てみたいと思わせるようなものだった。
「なら命令しろ」
その言葉を受け、ハッと息を飲むイヴェアム。
「陛下は魔王だろ?」
「…………分かった。私に従え、アクウィナス!」
アクウィナスはフッと笑みを浮かべた後、すぐに表情を引き戻して跪き答える。
「御意に」
アクウィナスは、恐らくこれから度肝を抜くことになるであろう『獣人族』だけではなく『魔人族』のことを思い思わず笑みが零れた。
※
――――【ゲドゥルトの橋】。
それは『獣人族』の大陸と『魔人族』の大陸とを唯一繋ぐ架け橋。
そして今、その橋を挟んで、『獣人族』と『魔人族』の睨み合いが続いていた。
「奴らめ、こちら側には兵を配置していなかったか……」
険しい顔つきで呟くのは、【獣王国・パシオン】の国王にして、戦争の国軍総指揮者であるレオウード・キングだ。
立派な鬣を風で揺らしながら、獰猛な獣の瞳で橋の先をギロリと睨みつけている。
彼は『魔人族』が橋をすでに渡っていて、獣人が橋を渡らせないように軍を配備していると思っていたようだが、どうやらその目論見は違っていた。
「ちぇ、こっち側にいたんなら、俺様が皆殺しにしてやったのによぉ」
残念そうに言うのは第二王子であるレニオンだ。
レオウードとは違い、少し細面でスキッとした体躯をしている。レオウードから濃く受け継いだのはその気性かもしれない。
「やはり戦い……。思い通りにはそう運ばないか……」
レニオンとは別の意味で残念がるのは第一王子のレッグルスだ。彼もレオウードと比べて幾分かは頼りなさそうな雰囲気ではあるが、それでも外見上では一番血を濃く引き継いでいる。どちらかというと礼儀正しい性格をしている。
「父上どうなさいますか? あちらも相当の戦力を向こう側に配置しています。まずは様子見で向こうの出方を見た方が良いかと」
「うむ、これも予想の範囲内だ。当初の予定通り、最初は――アレを投入する」
その言葉に、その場にいた者たちは不気味な笑みを浮かべる。まるでターゲットをロックしたハンターのような表情だ。
「準備はできているか、ユーヒット?」
レオウードに名前を呼ばれ、彼の背後から白衣姿の男が現れる。
「ニョホホホホ! こちらはいつでもできていやがりますよ! 我が研究の成果、存分に確かめさせてもらいますですよぉ! ニョホホホホ!」
緑色の髪もボサボサ、白衣もヨレヨレ、グルグル眼鏡を掛けた見るからに不潔そうな男が高笑いをしている。その頭の上には長いウサミミが生えている。
「よし、では第一陣《魔腐奴の陣》! やれ!」
「ニョホホホホ! クロウチ、やるがいいですよ!」
全身真っ黒の、見た目が黒豹の獣人――クロウチが皆の前に出る。
「承知したニャ!」
ちょうど橋の手前、スッと膝を折り地面に両手を置く。
「さあ、仕事だニャ。出てくるニャ」
クロウチが右腕に嵌めている腕輪が怪しく光り輝く。
ズズズズズズズズ……っと、クロウチの両手が形を失って、溶けるように黒が前面へと広がっていく。
それはまるで影が伸びているようだ。さらにその中から、次々とモンスターが浮き出てくる。しかも驚くことにそれらは普通のモンスターではない。
体中のあちこちが腐蝕し、皮膚が爛れている上に、鼻をつんざくような腐臭もする。
影からは止めどなく、モンスターが次々と現れ出てきて、ゆっくりとした足並みで、確実に橋を進んでいく。
「ニョホホホホ! さあ行きやがるのですよ! 我が不滅の軍団!」
ユーヒットの声が響き、ドンドンと獣人界側の橋からモンスターで埋め尽くされていく。
※
獣人がモンスターを進攻させているその頃、反対側では獣人の動きを察した兵士が、ここの守りの指揮を任された《魔王直属護衛隊》の《序列二位》であるマリオネ・ジュドー・クライシスに、その旨を伝えに来ていた。
「いよいよ、動いたか。汚らしい獣どもめ、殲滅してくれるわ!」
仲間の兵士さえも竦んでしまうほどの凶悪とも言える殺意が全身から迸っていた。
彼は妻と子を獣人に殺された過去があり、そのせいで並々ならぬ憤怒の感情を獣人に持っている。
この前線指揮を願い出たのは、一人でも多く獣人を屠れると考えたから。
「……マリオネ様」
「む? 何だチューガイ?」
突如彼の背後で跪いて登場したのはチューガイと呼ばれる男だった。頭には一本の角が生えている。顔は能面のようで表情に揺らぎがない。彼はマリオネの忠臣である。
「奴ら何やらモンスターを使役して先陣にしている模様です。いかがなさいますか?」
「ふん、聞くところによれば、獣人の研究者がモンスターを使役できる方法とやらを編み出したようだな」
「そのようです。中にはSランクのモンスターもいます」
「ふん、たかがSランクで、どうにかなると思っておるのか奴らは?」
「恐らくはこちらの出方を見るための捨て駒かと」
「ということは、さらに強いモンスターも控えておる可能性があるな。ふん、戦力不足を嘆き、必死で足掻いた獣め。下手な知恵をつけおって」
忌々しそうに舌打ちをするマリオネ。
「マリオネ様」
「ん?」
「ここはこのチューガイに一役お与え下さい。あの汚らわしい獣どもが用意した戦力が、どれほど頼りにならないものかを悟らせてやります」
その言葉を受けマリオネはニヤッと笑う。
「いいだろう。しかしモンスターだけに止めておけ。獣人は――私が殺る」
「はっ!」
チューガイは背中から翼を生やすと、その場から風のように上空へと姿を消す。
「見ておれ獣どもめが。根絶やしにしてくれるわ」
マリオネの瞳には侮蔑と憤りが色濃く込められていた。
※
「どんな状況だ?」
獣王レオウードがユーヒットに尋ねると、彼は些かも不安を覚えていないような朗らかに笑いながら答える。
「ニョホホホホ! どうやら向こうは一匹のようです! けどなかなかの手練れを放り込んできやがった模様なのですねぇ! ニョホホホホ!」
「やはり橋の中腹で足止めに来たか。それも一人、何者だ?」
「我が愛しのゾンビちゃんたちの目を介して見ちゃいましたが、どうやらチューガイのようなのですよ!」
「父上、確かチューガイはマリオネの部下です」
話を聞いていた第一王子であるレッグルスが答える。
「ほう、あの《魔王直属護衛隊》が指揮をしているのか」
「戦争では常に魔王の傍にいる《魔王直属護衛隊》。しかもマリオネは《序列二位》のはず。そんな人物がこんな前線に赴くとは……何かあるのでしょうか?」
「ニョホホホホ! この私が調べたところ、彼は獣人に強い恨みを持ちやがるらしいのですよ!」
「なるほど、我らの命を自分の手で狩りたいと……そう思っているのだろう」
レオウードの言葉は的を射ていた。
「チューガイ程度ならモンスターで十分足止めできると思いますが、どうなさいますか?」
「俺様が行くぜ」
「レニオン……?」
そこへ割って入ってきたのはレニオンである。
「いつまでもちんたらしててもしょうがねえしな。誰かが切り出す必要があんだろ?」
「少し待てレニオン、何も王子であるお前が今行かなくとも……」
「兄貴、これは戦争だ。使えるものは何でも使わなきゃ勝てねえ。幸い、俺様の《化装術》はこういう広々とした場所の方が効果的だしな」
レニオンは真っ直ぐに伸びた橋を見つめて口端を楽しそうに上げる。その表情には明らかに早く戦いたいという感情が現れている。
「それにだ、モンスターなら幾ら巻き込んだっていいんだろ? ま、兵士だって俺様の技に巻き込まれて死ぬんなら本望だろうがよ」
軽薄な物言いをして獰猛な笑みを浮かべるレニオン。もう少しだけ温情的な思考ができれば王子としてレッグルスよりも優秀なのにと兵士たちは考えている。
実力ではレニオンの方が上。本来なら強さがものを言う獣人の世界で、次王になるのは弟である彼のはずだったが、いかんせん彼の性格があまり好ましいものではなかったのだ。
好戦的過ぎで、人をあまり気遣えない心は、王としての不評を買ってしまっている。
「おい親父、どうすんだ? 俺様が殺っていいのか?」
そんなレニオンの言葉にレオウードは少しの間思案する。
「…………分かった。だがあと少し様子を――」
そう言いかけた時、橋を観察していた兵士から声が上がる。
「どうした!?」
レオウードが、もしかして戦況に動きがあったのかと考え声を張る。
「あ、いえ、何やら向こう側から何かが……」
兵士が指を差す方向に、皆の視線が集まる。
「何かとは何だ?」
橋に目を凝らしながらレオウードは見つめる。すると向こうの上空から小さい点が二つ見えた。
「何だアレはっ!?」
それはその場にいる誰もが思った疑問だった。
※
「何事だっ!?」
マリオネの怒声が響く。何故なら周囲の兵士たちが動揺を起こしザワザワとしていたから。こうも兵士たちが困惑しているということは、かなり放置できない問題が持ち上がっているということ。
「……チューガイに何かあったのか?」
マリオネが思いつくのはそれだった。先程自分にモンスター払いを任せてほしいと言われ任せた。そんな彼がまさか失敗したのかと考えたようだ。
「い、いえ……」
兵士たちが顔を真っ青にしている。中には唖然として固まっている者もおり、まるで信じられないものを見たような感じだ。
業を煮やしたマリオネが苛立ちを露わにして叫ぶ。
「ええい! 何があったか説明しろっ!」
「は、はいぃっ!」
マリオネの怒気混じりの叫びで正気を取り戻した兵士が跪いた後、自分が確認したことを正確に話す。その話を聞いていたマリオネの表情も見る見るうちに強張っていく。
そしてバキィィッと地面を踏み抜くと、怒りのままに声を張り上げる。
「それはどういうことだぁっ!」
「ひぃっ!?」
「何故そんなことになっておるっ!」
「わ、わわわわわ分かりませんっ!?」
必死に兵士は答えるが、マリオネの耳にはもう何も入ってきてはいない。
マリオネが橋の上空にギロリと目を凝らす。そこには今、兵から聞いたように確かに二つの点――いや、二人の人物が見て取れた。
「い、一体……どういうことだ……?」
歯をギリギリと噛み鳴らしながら絞り出すように声を出す。
「何故あの二人がここへ――――?」




