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50:王樹での再会

「痛えぇ……は……話を進めてもいいかな? ヒイロも余計な事言うんじゃねえぞ!」


 日色はただ黙っているだけだ。

 それを見て、アノールドは珍しそうに目を開く。いつもなら横暴に反論する日色が静かなのが不思議なのだろう。


「実は師匠、戦争について聞きたいんですが」


 するとララシークは一気に不機嫌そうに口を尖らす。同時にギロリとアノールドを睨む。


「まさか、お前らも戦争に行くとか言うのか?」

「え? あ、いや、そういうんじゃなくて……って、師匠がそう言うならやっぱ戦争が始まるんですね」

「始まるも何も、今頃は国境に到着してんだろうな」

「マジかよ! そんじゃこの国はどうなるんです?」

「さあな」

「さあなって師匠……」

「始まっちまったもんはしょうがねえだろ? それともアノールド、今から国境に行って国王を説得してみるか?」

「い、いやそれは……」


 一介の冒険者にしか過ぎないアノールドが何を言っても聞いてもらえないのが普通。しかしこのまま何食わぬ顔をしていていい問題なのかといえばそれも違う気がするようだ。

 日色は妖精から聞いた話が現実味を帯びていることを感じながら二人の会話に耳を傾けている。


「なるようにしかならねえよ。戦争なんっつうもんは、どちらかが諦めねえ限り続くんだ。『魔人族』はともかく『獣人族』は諦めねえだろうしな」

「けどなぁ、戦争ですよ? 世界が荒れちまうでしょ?」

「まあ、このまま戦争に突入すりゃ、いつ終わるとも知れねえ戦いの日々が続くだろうな」

「今、確か国境って言いましたよね……」


 アノールドは懐から地図を取り出して確認しだした。


「【ゲドゥルトの橋】か……ここを国王たちが渡っちまえば、本格的に戦争か……」

「そう、そしてそれはもう間もなく始まるだろうよ」


 アノールドの呟きにララシークがそう言うと、ミュアは悲しそうな顔を見せる。


「どうして……戦争なんかするんだろ……?」

「ミュア……」


 アノールドは彼女の頭に手を置く。その様子を見たララシークがからかうように言う。


「ほう、そんな姿を見てると、ホントにお前の娘みたいだな」

「当然ですよ。ミュアは俺の娘です」

「…………へぇ」


 何となく感心したような顔つきをするララシーク。


「少しは成長したってことかアノールド坊やは」

「そりゃもう三十三歳になりましたからね」

「ハハハ! そうかそうか、お前もそんな歳になったか!」


 腹を抱えて笑う彼女を見てアノールドはジト目だ。


「そんなことより、師匠は戦争に誘われなかったんですか?」

「ああ? もちろん誘われたに決まってんだろ? ワタシを誰だと思ってんだ?」

「……んで、行かなかったと?」

「負け戦には興味ねえからな」

「負けって……そんなこと分からねえんじゃ」

「分かるに決まってんだろ、ワタシを誰だと思ってんだ?」


 二度目である。余程自分に絶対の自信があるのだろう。

 まあ、あの強さを垣間見た日色も納得してしまう。


「……はぁ、けど勝機のねえ戦いを始めるほど国王は愚かじゃないでしょ?」

「まあ、国王には考えがあるんだろうぜ。クソ兄もついてってるみてえだしな」

「お兄さんがですか?」

「ああ、そもそもクソ兄がいたから戦争に踏み出せたんだろうしな」

「ま、まあ《化装術》を編み出すきっかけを作ったのは彼ですからね」


 日色たちが何のことか分からず首を傾けていると、それに気づいたアノールドが申し訳なさそうに苦笑を作る。


「悪い悪い、師匠の兄貴はこの国の研究者なんだ。俺たち獣人が使う《化装術》を編み出すきっかけを作ったのが彼なんだよ」

「それがこの腕輪……だがな」


 そう言ってララシークが右手首に嵌めてある腕輪を見せる。

 それはアノールドやミュアがしている腕輪と同じものだった。その腕輪を作ったのがララシークの兄らしい。


「確か《名も無き腕輪》……だっけか?」

「ああ、精霊と契約できれば、名前がつくけどな」


 風の精霊と契約したアノールドは《風の腕輪》、雷の精霊と契約したミュアは《雷の腕輪》に改名されてあった。


「コレを生み出して戦いの術として昇華させたのが《化装術》だ。あ、ちなみにその《化装術》を編み出したのが……この師匠ってわけだ」


 その言葉には正直に驚いた。魔法に代わる獣人の戦う力。

 それを編み出したのが、目の前にいる彼女だと言われてもハッキリとは納得できなかった。


(いや、さっきの動きを考えると……)


 腕を組んで自慢げに胸を張っているララシークを見ながら、先程のことを思い出し苦々しい表情をする日色。


「おじさん、すごい人のお弟子さんしてたんだね!」


 ミュアは感動して両手を合わせて喜んでいる。


「ナハハハハハハ! もっと褒めろ嬢ちゃん! 何も出ねえけどな!」


 気分良く笑うララシークを見てアノールドは気恥ずかしくなったのか頬をかく。


「……はは、それで師匠? さっきの続きですけど、何で負け戦なんて分かるんです? 師匠が編み出した《化装術》もありますし、勝つか負けるかは分からねえんじゃ?」

「お前はバカか?」

「バ、バカ!?」


 いきなりの暴言でアノールドは思わず聞き返す。


「確かに魔法が使えねえ獣人にとって《化装術》は『魔人族』だって見過ごせないくらいの代物だと自負してる」

「な、なら」

「それでも、魔法とは歴史が違う」

「歴史が違う?」

「なるほどな。その幼――」


 言いかけた時、ララシークの目がキラーンと不気味に光ったので、話を進めるために仕方なく言い換えることにした。


「……そのチビウサギ」

「言い換えてそれかいっ!」


 アノールドが堪らず突っ込みを入れる。しかし当の本人であるララシークは虚を突かれたようにポカンとして、次の瞬間笑い出した。


「ナハハハハハ! 確かに言い換えてそれは無えだろう目つきの悪い坊主よ!」


 何やらツボにハマったみたいで腹を抱えている。何がおかしいのか日色は分からず眉をひそめる。突然笑い出したララシークを見たアノールドたちも首を傾げている。


「ナハハ! 面白い坊主だな! まあ呼び方は自由にしな。幼女やロリ以外なら特別に許してやるよ」

「ほう、オッサンの師匠とは思えないほどの器の大きさだな」

「どういう意味だコラァ!」

「当然だ! アノールド坊やみたいなオッサンと比べるんじゃねえよ」

「ちょ、ちょっと師匠!?」


 あなたの方が明らかに年上なんですがとは口が裂けても言えないアノールド。言えばきっとまた床とキスをするはめになるからだ。


「それで? 何か言いたかったんだろ?」


 アノールドを無視してララシークが日色に尋ねる。興味深そうにネコ目が細められる。


「ああ、魔法は歴史が深い。様々な方向から研究され、その力も研鑽されていった。それと比べて強力ではあっても《化装術》はつい最近できたものだろ?」


 ララシークが編み出したと言っていたが、彼女自身歳が二百年を越えていると自分で言っていることから、それほど歴史が長いとは思えない。せいぜい百年から百五十年くらいだろうと判断する。


「つまり戦う力にも経験値というものがあるなら、そのレベルには差が確実にある。まだまだ発展途上なんじゃないのか、その《化装術》とやらは」


 日色の言葉を聞き、ハッと息を飲んでアノールドはララシークを見つめる。彼女は彼女で日色の思考に感嘆しているのか「ほう」と呟いていた。


「なかなか賢いじゃねえか。……名前は何だっけか?」

「……ヒイロ・オカムラだ」

「オカムラ? 変わった名前だな。見たところ嬢ちゃんとは兄妹か何かか?」


 ギクッとアノールドが動揺する。

 ララシークはミュアの帽子からはみ出ている髪色と、日色の髪色が似通っていることに気づいている。兄妹だと思われても不思議ではない。

 どう答えたらいいものかアノールドの迷っている様子を見て、日色が口を開く。


「同じ種族だが兄妹というわけじゃない」

「……ふぅん、同じ種族……ねぇ」


 何かを探るように二人を見比べるララシーク。

 そしてララシークがクスリと笑うと、再び日色に視線を送る。


「ま、いっか。坊主の言う通りだ。分かったかアノールド?」

「えっと……歴史が浅い《化装術》は魔法には勝てない……ですか?」

「もちろん、中には《化装術》を使いこなし『魔人族』が使う魔法と比べても遜色ない力を見出せる者はいやがる」

「師匠でしょ?」

「まあ、一応生みの親だしな。あとは国王くらい……だな」

「ちょっと待って下さい! 《三獣士》はどうなんですか?」


(ん? さんじゅうし?)


 日色は気になるワードが出てきて眉をピクリとさせる。


「《三獣士》なんてまだまだに決まってんだろ? ワタシに言わせればハナタレだなハナタレのヒヨっ子」

「ハ、ハナタレって……一応国王に次いでの実力者なんですが……」


 ほう、そうなのかと、アノールドの言葉を聞いて日色は理解した。


「まあ、ハナタレどものことはおいておいてだ、《化装術》を本当の意味で扱える奴が一人だ。今戦争に行ってる奴らの中でな。そんな連中が、一流以上の魔法の使い手が溢れるほどいる『魔人族』に勝てると思うか?」


 アノールドもその言葉には反論できずにいた。確かに彼も使用している《化装術》は強力である。

 しかし完全には使いこなせてはいない。それは彼女曰くほぼ全員に言えることだという。

 そんな者たちが、長い歴史の中で研鑽されてきた魔法を、手足の如く扱う『魔人族』に勝てるわけがないと彼女は言う。その見解は至極真っ当だと日色も考える。


「早いぜ早い。まだ奴らと事を構えるのは早過ぎるっつうの」


 ベッドに置かれてあった白衣を着込み、ポケットの中に手を入れ、溜め息交じりにララシークが首を左右に軽く振ると椅子に座り直した。

 しばらくの沈黙が流れる。

 空気が重く、迂闊に口を開けるような雰囲気ではない。

 そんな中、


「ふわぁ~そんで? 結局お前らは何しに来たんだっけ?」


 緊張感を吹き飛ばすように、眠たそうに欠伸をしながら質問するのは、ふんぞり返りながら椅子に腰を下ろしているララシークだ。


「戦争のことを聞きに来たって言ってたが、ホントにそれだけか?」

「えっと……じ、実はですね師匠、少しお願いがありまして……」

「何だよ?」

「この娘のことなんですけど」


 ポスッとミュアの頭の上にアノールドが手を置く。


「確かミュアだっけか? その娘がどうかしたのか?」

「はい、師匠に鍛えてもらいたいんです」

「えぇっ!?」


 すっとんきょうな声を出したのは、ミュア。別に嫌だから声に出したわけではないだろう。まさかアノールドの師匠に教えてもらうとは夢にも思っていなかったという感じだ。

 だがなるほど。確かアノールドは、ミュアのためにも会う人物がいると言っていた。それがララシークだったというわけだ。


 ミュアも強くなれるかもと思っているのか、驚き半分期待半分のような表情を浮かべている。


「やだよ、めんどくせえ」


 だが帰って来た答えは拒否だった。ミュアはガックリと肩を落とす。


「そんな師匠! 頼みますよ! ほら、蜜だって苦労して手に入れてきたんですよ? 好きだったでしょ? その蜜で造った酒! 是非とも作らせて頂きますからっ!」

「ま、まあそうだが……いや、それとこれとは話が別だろうが! そもそもお前はワタシの言葉を無視して出てったんだろうが! それを連絡もしねえでいきなり帰って来たかと思ったら、子供の面倒を見ろって、ふざけんなよな!」


 確かに彼女の言うことは正しいのだ。だからこそアノールドは強く出られない。

 しかしアノールドは彼女の実力はもちろんのこと、指導力も存分に認めている。彼女に師事すれば、ミュアは確実に強くなれると確信している。


「あの時は若気の至りというか、自分の実力を試したかったというか……」

「ふん、まだまだ青っちいハナタレの分際でよく言えるな!」

「こ、これでも少しは強くなったんですよ! だから見る目だってそれなりに成長したつもりです!」

「……ほう」


 ララシークの瞳が怪しく光る。


「なら――条件だ」








「まさかこの流れで《王樹》に行くことになるなんてなぁ」


 アノールドはボリボリと頭をかきながら、これから向かう目的地の名前を言った。


「《王樹》って王族の人たちが住んでるんだよね、おじさん」

「おう、獣王レオウード・キング様がおられる場所だぜ」


 この国の者たちは、木を生活の拠点として造り上げているので、人間の大陸のように石でできている家などがない。全て木だ。


 そして《王樹》というのは、王城と同じ意味を持ち、王族が暮らしている場所のこと。


「つうか、師匠も妙なことを言ってくれたもんだぜ」


 《王樹》に行くことになった原因は、ララシークがミュアを弟子にする条件を出したから。それは《王樹》に存在する、〝あるもの〟を取ってこいというもの。クエストの一つだ。

 それを見事に手に入れることができたら弟子にしてやると彼女は言った。

 さらに――。


『これはあくまでも嬢ちゃんへの試練だからな。お前らが手を貸したら失格にするぜ』


 そんな条件もつけられた。ミュアは嘘をつくのが下手なので、ララシークに問い詰められたら、手を貸した事実が明るみに出る可能性が非常に高い。だから簡単には手伝うことができないのだ。


「でもまあ、ヒイロもついてくるとは予想外だぜ。どういう風の吹き回しだ?」

「オッサンは確か《王樹》にも会いたい奴がいるって言ってただろ?」

「ああ、まあな」

「一体どんな奴なのか、少し興味があったし、あのまま残っててもあのチビウサギに質問攻めに合いそうだったしな」


 ああいう好奇心の塊のような奴の傍にいるのは危険だ。ボロが出て自分が獣人ではないことが知れたら厄介だし、こうやってアノールドたちと外へ出た。


「おじさん、王族の人に知り合いでもいるの?」

「いやいや、王族じゃなくて、そこで働いてる奴に用があってな。こっち来たら挨拶しねえとうるせえんだわ」


 アノールドがめんどくさそうに言うが、言葉の端々からどことなく懐かしさが滲み出ている。決して会いたくないと思っているわけではなさそうだ。

 幾つもの大木が融合したような造りである《王樹》の入り口では、兵士らしき人物が二人立っていた。さしずめ門番と言ったところだ。


「すみません」


 アノールドがそう声を掛けると、二人の門番が手に持った槍を構え、彼を鋭い目つきで見つめ、その訝しむような視線が日色たちにも向けられる。


「何者だ?」


 当然、ここは国王の住む場所なのだから警戒されるのは仕方がない。

 今は戦争中で、彼らはどことなくピリピリしている。同じ獣人なので敵に対するような態度ではないが、突然の訪問には疑問を感じている様子。


「怪しい者じゃないですよ。ちょっとお尋ねしたいことがあってここに来たんです」

「尋ねたいこと……だと?」


 アノールドを値踏みするようにジックリつま先から頭まで見つめてから口を開く。


「今は非常時だ。《王樹》の方たちとの面談などは許可できんぞ?」

「非常時なのは重々承知です。ですがこちらとしても話だけは聞いてもらいたいのですが」

「……誰と面談希望だ?」

「それはですね――」


 その時、遠くの方からダダダダダダダダという大地を激しく叩く足音が物凄い勢いでこちらに向かって聞こえてきた。

 そして――ドガァッ!?


「ぐべぼっ!?」


 驚いたことにアノールドが、突然現れた何者かに顔面に膝蹴りで強打されて吹っ飛んでいった。地面を物凄い速さで面白いように転がっていく。

 まるで走っている車から突き落とされたかのように激しくのたまわっている。

 そしてその先にあった木にドゴンッとぶつかりようやく止まった。


「お、おじさぁんっ!?」


 ミュアは瞼を目一杯開いて叫ぶ。兵士たちも何が起こったのか唖然として時を凍らせている。

 ウィンカァは「お~」と何故か感心している。


「……死んだか?」


 日色は不吉なことを口にするが、アノールドを一瞥すると、そのまま視線を現れた人物に移す。その人物は額に青筋を浮かべながら怒りを露わにしている。


「ま~ったく! いつまでフラフラしてんだいっ! この大馬鹿アノールドッ!」


 唇に挟んであるタバコからは紫煙が空へと上っていく。

 アノールドと同じ毛並をした女性の獣人。

 かなりの美女なのだが、彼と同じで勝気のある目と、なかなかに逞しい身体つき、その上にメイド服を着込んでいるので、物凄い違和感があった。


 アノールドは薄れゆく意識の中で、腕を組みながら彼を睨みつけている女性を見て、声を震わせながら答える。


「……ね……姉……ちゃん……」


 アノールドとの距離があり過ぎて日色には聞こえなかったが、ミュアには聞こえたようで、二人を交互に見回して――


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 と驚愕を表していた。これまでのやり取りを黙って見ていた兵士たちも、同様の驚きで口をあんぐりと開けたままだった。







「紹介するな、俺の――――姉ちゃんだ」


 赤くなった鼻を痛そうに擦りながらアノールドが日色たちに紹介する。


「そんなおざなりな紹介があるかいっ!」


 ポカン――いや、ゴツンッと頭を殴打され、アノールドは頭を押さえながら彼女との距離をササッと開ける。


「い、痛えだろうがっ!」

「仮にも冒険者が何言ってんだい! 吹っ飛ばすよ!」


 有無を言わさず吹き飛ばされましたがとアノールドは言いたそうだが、それを口にすればまた吹き飛ばされると思っているのか口ごもる。


「あ、あの……」


 兵士の一人が恐縮するように尋ねてくるが、それを見てアノールドの姉が手を軽く上げて答える。


「ああ、この子たちはいいよ。こっちはアタシの愚弟で、この子たちはその連れらしいから通してやって」

「そうだったんですか! それなら何も文句はありません。どうぞ」


 兵士はそう言うと笑顔で入口を通してくれた。日色は先導して《王樹》の中へ入っていくアノールドの姉を後ろから観察する。


(オッサンの姉か……ずいぶん信頼されてるんだな)


 そうでなくては、この戦争時に外から来た者を王族が住む場所へ通すとは思えない。

 いや、戦争時でなくとも、普通はこんな簡単には入ることは叶わないだろう。それなのに鶴の一声で通されるとは、余程彼女が信頼に足る立場にいるということに他ならない。


 通されたのは小さな食堂のような場所だった。木材で作られたテーブルが三つほどあり、カウンターの奥には厨房のようなものがある。

 日色たちはそれぞれ机を囲う形で椅子に腰を下ろす。


「今冷たいやつ出してやるから、ちょっと待ってるんだよ」


 ニカッと笑いながら厨房の方へと歩いていく。

 アノールドと同じ青色の髪。短髪のアノールドと違い、長い髪を頭の上で纏めている。

 顔立ちは整っており、身長も高い。手触りが良さそうな尻尾もウネウネと動いている。

 美女と呼ぶに相応しい存在。

 しかし咥えタバコで仕事するメイドというのも新鮮だ。

 ただ気になっていることが一つある。それは彼女の頭の上    


(……無いな)


 彼女もアノールドと同様に耳が無いのだ。

 日色の視線に気づいたのか、アノールドが頬をかきながら苦笑を浮かべる。


「気づいたか?」

「何の事だ?」


 追及するつもりはないので誤魔化す。

 しかしそんな日色の思いとは逆にアノールドの口を動かす。


「勘違いするなよ? 姉ちゃんは元奴隷じゃねえよ」


 眉をピクリと動かす日色。

 アノールドが耳を失ったのは、人間に奴隷化させられていたからということを知っている。だから彼女の耳が無いのも同じ境遇にいたからだと推察していた。

 きっと思い出したくない過去だろうし、こちらとしても気分の良いものでもないので聞かないつもりだった。

 しかしその考えは否定された。ならどうしてか少し気にはなったが、日色からは何も言わない。アノールドもそれ以上は答えるつもりはないのか、視線を切る。


「ほい、お待ち」


 アノールドの姉が、お盆に入ったグラスを人数分持って来てくれた。


「【パシオン】特製――《シュワーズ》だ!」


 澄み切った空色をしている飲み物。よく見ると液体の中に無数の気泡が見える。


(まさかこれは!? んぐんぐ…………サイダーだ)


 まさにそれだった。いわゆる炭酸である。この世界に来てサイダーを口にできるとは思っていなかったので良い意味で衝撃的だった。

 ゴクゴクゴクゴクと、美味しそうな音を立てて一気に飲み干す日色。

 ちょうど良い微炭酸で、喉越しがとても爽やかである


「おお、いい飲みっぷりだねアンタ! おかわりあるから好きなだけ飲みなよ」


 嬉しそうに歯を見せながら笑うアノールドの姉。


「おかわり」


 そう言って日色はさっそくグラスを突き出す。

 ミュアやウィンカァも気に入ったようで、コクコクと美味しそうに飲んでいる。

 ハネマルはあまり気に入らないのかちょっと舌をつけて驚いたようにブルブルと身体を震わせていた。

 日色のためにおかわりを持って来たアノールドの姉は、同じように椅子に腰かけるとタバコを手に持ち煙を肺から出す。


「まずはそうだね。そっちの子たちのことを教えてくれるかい、アノールド?」

「ああ、このとんでもなく可愛く、目に入れても決して痛くも痒くもねえ美少女は、ミュア・カストレイアだ」


 アノールドが目をキラキラさせて紹介する。相変わらずの紹介ぶりだ。


「ミュ、ミュアです! よろしくお願いします、おじさんのお姉さん!」

「ハハ、私のことはライブでいいよミュア、よろしくね」

「あ、はい、そ、その……ライブさん」


 何だか恥ずかしそうにモジモジしながら言う彼女を見て、ライブはプッと噴き出す。


「アハハ、何だい何だい! この子、ちょ~可愛いじゃんか! どこで拾ったんだい、アノールド?」


 そう言いながらミュアの頭を少し豪快に撫でる。

 それに伴ってミュアの頭は揺れるが、彼女も決して嫌な感じはしていないようだ。


「ところでアノールド、何だいさっきの紹介は? いつロリ――」

「違うからなっ! ミュアは俺の娘だ! 血は繋がってねえが、子と親の関係だからな!」


 姉にまで日色と同じことを言われたらさすがに落ち込むと思ったのか、彼は先回りした。


「何だいそうかい。私はてっきり、あまりにモテないから、可愛い娘を攫ってきて自分好みに育ててから、あとで収穫するもんだとばかり思ってたよ!」

「何その鬼畜の所業っ! そんなわけねえだろうが! 可愛い弟がそんなことすると思ってんのかよぉ!」

「アハハ、冗談だよ冗談。半分くらい?」

「半ば真剣だっただとっ!?」


 姉の言葉に精神的に大怪我を負ったアノールドだった。

 ガックリと肩を落としているアノールドを見て、タバコの煙を吐きぶつける。


「げほげほっ! 何すんだよ!」

「ほれ、そっちの子は?」

「お、おお、そうだったな。コッチは素敵に無敵、最強美少女のウィンカァ・ジオ、そんでこのチビッこいのはみんなの癒し、ハネマルだ」

「ん……よろしく。ウイって呼んで?」

「アンアンアンッ!」

「はは~ん、やっぱりアノールド、お前はロリ――」

「だから違えからな絶対っ! 確かに二人とも幼い感じだけど、別に趣味で仲間にしてるわけじゃねえからっ!」

「む? そうだったか?」

「違えよっ! つうかお前はもう黙っててくれないっ!」


 日色が冗談交じりに言うと、真剣な顔で抗議してくる。


「仕方ないな。だったら変態だということも黙っておいた方がいいんだな?」

「ア、アノールド……?」

「ち、違え違え違え違え違え違えぇっ! 姉ちゃん違えからなっ! オレはノーマルだし、変態なんかじゃ!」

「うむ、これは美味い。おかわりくれ」

「なに平然とおかわりしてんだコラァ! つうかお前のせいでこうなってんだからなっ!」


 そうは言うが、《シュワーズ》がなくなったのだから仕方ない。


「アハハ! ちょっと待ってな」


 ライブがおかわりを持ってきてくれて、再び席に着く。その間、ずっとアノールドが射殺さんばかりに睨みつけてきていたが、日色は涼しげな表情のままだ。


「ずいぶん仲が良いみたいだけど、その子はミュアの兄貴か何かかい?」


 見た目はミュアに似ている日色なので、そういう見解に達しても至極当然だろう。


「仲良くなんてねえよ。それにミュアの兄貴でもねえ。同じ種族……だけどよ」

「そうなのかい?」

「ああ、コイツはヒイロ・オカムラってんだ。以上」

「ず、ずいぶんあっさりした紹介だね」


 さすがのライブもざっくばらんとし過ぎている紹介に頬を少し引きつらせている。


「でも無愛想な子だね」


 日色は一心不乱に炭酸を喉に流している。表情には現れてはいないが、間違いなく感動しているのだ。炭酸との出会いに。


(ふむ、これに果実などを組み込んだら……ククク)


 頭の中で炭酸の活用法を思いつき思わず笑みが零れるが、それを見たライブはアノールドにそっと聞く。


「あの子大丈夫かい? 何だか笑ってるけど?」

「あ、ああ、たまにああなるんだよ。放っておいてやってくれ。危険はない……と思う」

「そ、そうかい? ところでアンタ、いきなり出て行ったと思ったらこうして戻って来て、しかも仲間も一緒に。まさか戦争じゃないだろうね?」


 それまでの穏やかな目つきとは一転して鋭い光が放たれる。


「ち、違えっての。確かに戦争のことは気になってたけど、参加するとかそういうので来たわけじゃねえ。師匠に稽古をつけてもらおうと思ってさ」

「ん? そっちのヒイロって子もかい?」

「オレはそんな面倒なもの受けんぞ」

「……だそうだ」

「みたいだね。んじゃもう一人のウイ……だっけ? 彼女は?」

「あ、そういやそうだったな。ウイはどうすんだ?」


 そういえばウィンカァについて今後の話をしていなかった。


「ととさんの情報、集める」

「ととさん?」


 ライブが首を傾げるが、ウィンカァについてアノールドが説明すると何故かハンカチを出して涙を拭き出した。


「そうかいそうかい。遥々父親を探してねぇ。いい話じゃないかぁ。ああ、いけないね。最近歳のせいか、涙脆くなってねぇ」


 どうやら結構人情派な人物らしい。


「ちなみにその父親の名前は?」

「クゼル……だよ?」

「クゼル? クゼルねぇ……どっかで聞いたことがある名前なんだけどねぇ」

「ホント?」


 ウィンカァの瞳の輝きが増す。


「う~ん、ダメだね。最近歳のせいで物忘れが酷いねぇ」

「姉ちゃん、さっきからそればっかり」

「うるさいね。仕方ないだろ? 悪いねウイ、思い出したらすぐに教えるからさ」

「ううん、ありがとライブ」


 ライブはニコッと笑みを浮かべて大きく頷く。


「この子たちに国の中を案内したのかい?」

「まだ途中だよ。ちょっとここに来る目的があったから、そのついでに姉ちゃんにも会いたかったしさ」

「私はついでかい!」


 ゴツンッと、またアノールドの頭に拳骨が落ちる。


「い、痛いってっ!?」

「我慢おし!」


 なかなかに良い音がしたのでかなり痛いと思う。

 だが彼はついでと言ったが、日色たちは彼女に会うのが目的の一つだったということを知っている。

 やはり姉の前だと照れ臭くてそうは言えないのかもしれない。


「ちきしょう……ところで姉ちゃんの方はどうなんだ?」







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