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49:ララシーク・ファンナル

 ――【獣王国・パシオン】。


 シンボルである巨大樹――《始まりの樹・アラゴルン》を中心にして、周囲に街が広がっている王国。

 人間界にある人間が造りあげた街とは違い、全て木でできている。家も大木の中をくり抜いて生活空間を確保しているのだ。


 国の中には澄みきった小川も流れており、自由に小魚も泳いでいる姿も発見できる。自然とともに生きている獣人らしい住処である。

 街の北側に位置する場所には、王城ならぬ《王樹(おうじゅ)》と呼ばれる王族の住処がある。幾つもの巨大な樹が重なり合って大きな要塞のようになっているのだ。


 街には多くの行商人や旅人が訪れ、《始まりの樹・アラゴルン》に祈りを捧げるのだ。

 初代獣王・ジングウードが、その樹をシンボルとし、街を造りあげていったことから、その樹は神聖なものとしてこれまでずっと崇められてきた。

 年に一回行われる《始まり(さい)》と呼ばれる祭りでは、多くの者が大陸中から集まって来る。

 特に子供を連れて参列する者が多い。何故ならその時に、その《始まりの樹・アラゴルン》に触れ、祈りを捧げることで加護を受けられると信じられてきた。


《始まりの樹・アラゴルン》のように丈夫で立派な子に育つようにと、いわゆる願掛けのような儀式が行われるのだ。

 もちろんそれは獣人の子供だけに限らない。健康維持を願い多くの者が祈りを捧げる。昔、人間が登って見つかり処刑された事実もある。

 それだけ『獣人族』にとっては尊敬に値する樹なのである。

 忌み嫌っている他種族が、それに触れようものなら獣人の怒りが容赦なく降りかかるのである。


「とまあ、そんな謂れがあってだ、今のお前なら大丈夫だけどよ、間違っても人間の姿で絶対に触るなよ?」


 強めの言い方でアノールド・オーシャンは、隣で歩いている日色に向かって言う。『化』の文字で獣人に化けてはいるが、日色の正体は人間である。その話を知らずに人間の状態で触らないように注意を促したのだ。


「なるほどな。神聖な樹ね。確かにデカいが、それだけじゃないのか?」


 歩きながら目の前に見える、巨大樹を見つめる。高さ百メートル以上は確実にありそうなとんでもない大きさの樹だった。

 太さも極太で、平面的に見て三十メートルくらいはありそうだ。だがそれほどありがたい樹なのかどうかは見ただけでは分からない。


「そんなことねえさ。実際病気を抱えてた老人が樹に触ったらしばらくして良くなったって話も聞くし、全然泣き止まない赤ん坊が樹の近くでは泣き止んだとか、いろいろ不思議な体験をしたって話は結構あるんだぜ?」

「ふぅん、それよりもだ」

「それよりって……あのな、この国に来たら、普通誰だって《始まりの樹》の話題に夢中になるんだけどなぁ」

「それは獣人だからだろ? オレはただの人間だ」

「……まあ、そうなんだけどよ」


 もう少し食いついてきてほしいと思っているのだろう、アノールドは自慢のしがいなさを感じているようで溜め息を漏らしている。

 それでもミュア・カストレイアやウィンカァ・ジオたちは、何が面白いのか尻尾をフリフリと動かして樹を見上げている。

 しかし日色にとってはそんな噂話の域を出ない樹のことよりも、ここに来た目的のことを知りたかった。


「それで? ここに来た目的をさっさと言えよ。確か誰かに会いたいと言ってたな? しかも二人いると」

「ああ、まあな。一人は、こっから見えるあの《王樹》っていう樹にいるんだけど、その人はまあ後でいい。これから会う人には【ドッガム】から取ってきた蜜が必要なんだわ」

「熊人の村に行った理由は、その人物に会うための蜜が目的だったって言ってたな」

「まあ、会うことはできるが、機嫌が悪いと門前払いを食らうからな。だからこの蜜ってわけだ」

「だが、もう戦争の進軍は始まってるんだろう? そいつも駆り出されてたりはしないのか? 街でもほとんど若い奴が見当たらないし。そういうことだろ?」


 この街に居た戦える若者は皆、戦争へと駆り出されていると日色は思っている。

 事実先程から若者を見かける回数が少ない。これほど大きな街であるにも関わらずだ。

 恐らくここには最低限の防衛力だけ残して進軍したのだろうと判断した。


「ん~どうだろなぁ」

「どういうことだ? もしかして何の力もないただの一般人ってことか?」


 冒険者みたいな戦争に参加できるほどの力がないので、この国に普通の民として生活しているのかと日色は思った。

 しかしアノールドは首を振り否定する。


「いやぁ、確かにその人って強えんだけどなぁ……いつものらりくらりってはぐらかすの上手えから、戦争の話もそうやって断ったんじゃねえかなぁ?」

「そんなことが可能なのか? この国は兵務の義務はないのか?」

「無えな。基本は志願制だ。だがもともと好戦的だからな獣人は。いちいち頼まなくても集まってくんだよ」

「そういうことか。だがその人物は断った?」

「多分……な。軍は必死で勧誘したと思うがな」

「それじゃ何か? もしそいつが戦争に行っていたとしたら空振りか?」

「う~ん、そうなるけど。もう一つ用事があったからなぁ」

「何だ?」

「ま、それはまず一つ目の用事が終わってからだな」

「勿体ぶりやがって。まあいい、それで? その人物はどんな奴なんだ?」


 ミュアやウィンカァも興味があるのか、アノールドを見上げるようにして見つめている。

 だが何故かアノールドは頬をポリポリと掻き、言い難そうな表情を作る。


「どうしたのおじさん?」


 ミュアが尋ねると、アノールドは諦めたように大きく息を吐く。


「その人――――――俺の師匠なんだわ」







 童話やお伽噺(とぎばなし)に出てきそうな木の家が立ち並ぶ中、一際小さくて細い木があった。

 そこにも他の家と同じで扉が建てつけられてあったが、他のものとは違いかなりボロボロで、ところどころ擦り切れている。まるで廃墟の扉のように思えた。

 ただ扉がやけに小さいことも気になる。一メートルちょっとくらいしかない。


 そこをノックするが返事がないことにアノールドは眉をひそめる。

 それは不在なのかと思って残念な気持ちがそうさせたのではなく、恐らくいるのに居留守を使っているであろう、中の住人に対する面倒臭さがそうさせた。

 ギィ……っとその扉を開けていく。鍵など全くしてはいなかった。


「か、勝手に入っていいの?」


 ミュアが心配そうに聞いてくるが、アノールドは頷きを返す。


「ああ、どうせ中で酒でも飲んで寝ちまってんだろうし」


 そう言いながら先にアノールドが中に入っていく。アノールドの言った通り、ムワッと酒のニオイが鼻をつく。思わず顔をしかめるほどだ。換気などしていなかった証拠である。


「くっせえな。とりあえず扉は開けとくか」


 中はとてもではないが家と呼ぶよりは、倉庫、あるいは物置と呼んだ方が良いくらいの狭さで、しかも足元や棚の上などは酒であろう瓶が山ほどあった。

 ただどう見てもここに人の気配はなかった。


「どういうことだ? いるんじゃなかったのか?」


 日色の疑問は当然。鼻が曲がりそうな酒の強烈なニオイのせいで若干不機嫌ムードに陥っている。


「ああ、大丈夫大丈夫。確かここに……」


 そう言ってアノールドが棚を動かし始める。すると動かした後、壁にレバーのようなものが設置されてあった。


「お、あったあった」


 上に向いているレバーを下に下ろす。するとガタンと床の一部が蓋を開けたように跳ね上がる。ちょうど一人が通れるほどの小さな通路が現れた。

 中には梯子が掛けられてあるみたいで、どうやら地下に行く通路のようだった。


「おいオッサン、まさか……」

「ああ、この下にいるよ。間違いなくな」

「一体どういう奴なんだよオッサンの師匠ってのは……」

「わ、わたしも気になる」

「ん……ウイも」

「アオ~」


 全員の言葉に「そうだろうな」とアノールドが短く答えると、頭を掻きながら答える。


「ま、会ったら分かるって」


 それだけ言うと、先に地下に降りていく。

 そんなアノールドを見ながら、嘆息して肩を竦めながら日色は彼の後をついていく。

 梯子を降りた先は思ったよりも広い空間があった。

 まるで蟻の巣みたいに、穴が幾つもある。知らずに迷い込んだら、帰れる保障はないかもしれない。


 穴には相変わらず酒の瓶が転がっていたりはしたが、アノールドは気にせず進んでいく。

 右の穴、右の穴、左の穴、中央の穴、左の穴。迷う様子もなく突き進んでいく。

 すると一際開けた場所へと出た。


 そこはまるで理科室のようだと日色は思う。様々な生物の標本が飾られてあったり、見るからに怪しそうな液体が入ってある瓶などが大量に棚の上に保管されてあった。

 獣人の人体模型のようなものも飾られてある。


(すごいな……理科室というより、研究室って感じだな)


 日色はキョロキョロと周囲を見回しながら歩く。その時、不意にアノールドが足を止める。

 どうしたと思い、アノールド越しに前を見ると、そこには簡素な造りのベッドがあり、そこに誰かが寝ていた。


「ぐが~ぐが~……むにゃむにゃ……すぴ~」


 アノールド以外の全員が、その人物を見て衝撃を受けていた。彼の、その人物を見る呆れた顔を見ると、まさしくその人物が師匠なのだろうということは明白。

 しかしあまりにもそう思えない現実が目に入ってくるのだ。白衣を敷布団代わりにして、その上に下着のような姿で酒の瓶を抱えて眠っている。



 そんな――――――――――――――――――――――幼女がいるのだから。



「おいオッサン……アンタまさか……?」


 少し引き気味にアノールドに言う日色。


「よ~しよしよし、お前の考えてることが分かるのは悔しいが、それは断じて違うとだけ言っておこう!」

「な、なら何故こんな薄暗い場所に幼女が……明らかに五歳児……?」


 やはり彼は真正のロリコンかもしれないと、日色はドン引きな思いが胸に込み上げてくる。まさかだと思うが、幼女を軟禁して育てているというわけではないことを信じたい。


「だ~か~ら! いろいろ疑問はあるだろうが、この人が俺の師匠なんだよぉっ!」

「ほ、ほんと……なの?」

「……小さい子……好き?」

「うおぉぉぉぉぉっ! ミュアとウイまでそんな疑わしい目で見ないでくれぇっ!」

「やっぱロリコンなんじゃ……」

「ヒイロ! それは断じて違うっ! 言っただろ、俺はノーマルだぁっ!」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 突然鳴り響いたサイレンかと思うような金切り声に日色たちは無意識に耳を塞ぐ。その声を発した原因に、皆が一斉に視線を走らせる。


「うるせぇってんだよ! これ以上人の安眠妨げんならワタシが開発した脳内爆発薬で……ってアノールド?」


 日色たちの騒ぎで起きてしまった幼女が、アノールドを見て眉間にしわを寄せて目を凝らしながら呟く。


「お、お久しぶりです師匠……」


 頬を引き攣らせながら、とりあえずアノールドは挨拶した。








「んじゃ、紹介するわ。この人が俺の師匠で名前は、ララシーク・ファンナル。まあ、見た目はこんなだけどぷげんっ!」


 突然アノールドの頭を、履いていたスリッパで殴りつけるララシーク。そのせいでアノールドは床に顔面を打ちつける。

 それを見てミュアは、「あわわ!」と驚いていたが、日色は「大した力だな」と感心していた。


「誰が見た目がこんなだってぇ? 偉くなったもんだなぁ、アノールド坊やぁ?」

「ぷはっ! 酷いです師匠! 痛い!」


 またもスリッパで殴られる。


「黙れアホ弟子め! ワタシの言うことを無視してここから出て行った奴に師匠呼ばわりされたくないぜ!」


 口を尖らせて言うが、どうみても怖くはない。しかしアノールドは今まで見たこともないような恐怖を表情に表している。余程苦手なのだろうか。


「こんなご時勢に見聞を広めたいとか抜かして人間の大陸へ行こうなどとふざけたこと――」

「し、師匠……?」

「どうしてワタシを連れて行かなかったぁ!」

「だから痛い! …………はい?」

 

 スパンと三度頭を叩かれたアノールドだが、ララシークの言葉にキョトンとなる。


「大切な師匠をこんなむさ苦しい所に置き去りにして……って、誰がむさ苦しい所だボケッ!」

「ぱげしっ!?」


 またもアノールドが床と熱烈なキスをする。


(何なんだこの幼女は……?)


 日色は無茶苦茶な言動をする幼女を見つめる。

 かなり量が多い緑色の髪。それを左右で無造作に束ねている。

 見た目は確実に小学生の低学年くらいであり、吊り上がっているネコ目と、その頭に生えている長い耳、臀部の近くに生えている丸っこい尻尾が特徴的だった。


(確かこの種族は兎人(うさぎびと)……だったか?)


 脳の引き出しから日色は該当する答えを見つけ出す。緑色の髪、長い耳、丸い尻尾。それは兎人の特徴だった。無論図鑑調べではあるが。

 だがそんなことよりも、いろいろ気になることがある。アノールドが師匠と呼ぶのなら、それなりの歳を経ているはず。それなのにこの容姿。

 それにこの穴倉のような家。ここも研究室のようだが、ここで何をしているのか完全に謎だった。


(こんなに他人に興味を持つのはないんだが…………これは誰だって気になるだろう)


 それともこんな未成熟な姿なのは兎人の特徴なのかと考え始めた。だが頭を振る。図鑑で見た限りでは、そのような特徴は書いていなかった。


(すると突然変異種? それとも単なる成長不足?)


 日色の視線に気がついたのかララシークが目を合わせて不愉快そうに睨む。


「何だ坊主? 女をそんな観察するような目で見つめるもんじゃねえよ? それともこの身体に興味があんのか? んん?」


 意地悪そうにニヤニヤして聞いてくるが、日色は半目の状態で淡々と言う。


「そんな成長不良の身体に興味があると思ってるのか? オレはオッサンみたいなロリコンじゃない」

「なっ、バカヒイロッ!? それは――っ!?」


 アノールドが顔を青ざめさせながら叫ぶ。隣でプルプルと小刻みに震えるララシークに気づき、アノールドが額から滝のような汗を流す。


「……おいアノールドォ?」

「は、はいぃっ!」


 兵隊のような一本筋の通った「気をつけ」の姿勢を作る。


「あのガキ、実験体にしてもいいんだな? いいんだよな? いいと言えコラァ!」


 歯をギリギリと鳴らしながら凶悪そうに微笑むララシーク。彼女からゴゴゴゴゴと怒りのオーラが迸る。それを見て増々焦るアノールド。


「あ、いやそれは……!」


 このままではララシークが怒りを爆発させてしまうと感じたようで、アノールドは慌てて腰に下げている袋から瓶を取り出す。


「し、師匠! コ、コレェ!」


 彼が取り出したものを見たララシークは、怒りの表情から一気に喜びの笑顔へと変わる。


「そ、そ、そ、それは《ハニーシロップ》じゃねえかぁっ!?」


 瓶に入った蜜をアノールドからふんだくるようにして取り上げると、大事そうに胸に抱え込む。

 アノールドはララシークの機嫌が良くなったことでホッと胸を撫で下ろしている。【ドッガム】で手に入れた《ハニーシロップ》を何に使うのか分からなかったが、こういうことかと日色は納得する。簡単にいえばただの機嫌取りだ。


「何だよ何だよ~、こ~んなもんがあんならさっさと出せってのアノールド~!」

「は、はぁ、すみませんでした……ええ、ホントに……」


 額の汗を拭き取りながら、元気のないから笑いを浮かべるアノールド。


「ん? そういやどうしてお前がここにいんだ? そんでそっちの奴らは何だよ?」

「はぁ、ようやく本題に入れる……」


 アノールドが代表して日色たちとの関係を教える。黙って聞いていたララシークはジッと日色たちを見つめる。


「ふぅん、お前みてえなバカにも仲間ができたってことかぁ」


 その顔は嬉しいのか、それとも単なる好奇心がそうさせたのか分からないが、微笑を浮かべていた。だがそこで空気を読まない発言をするのが日色である。


「違うぞ。ただの旅の同行者だ」


 その言葉にララシークはキョトンとし、アノールドはやれやれと肩を落とす。そこは別に旅仲間でもいいだろうと思っているようだが、日色らしい言葉でもある。


「同行者? 何言ってんだあの坊主? 仲間じゃねえのか?」

「あ、いやそれはですね……」


 仕方なくどういう経緯で日色とともに旅をすることになったかをさらに詳しく教えるアノールド。旅の途中で出会い、【ブスカドル】の件などを説明した。

 もちろんその中には《文字魔法》のことは一切言ってはいない。そこは空気を呼んでいるアノールドだった。


「ほう、んじゃ何か? アノールドの師として、ワタシも旅の同行者とやらに入れてくれるってか?」

「いらんぞ、お前みたいな幼女」


 ピキッと空気に亀裂が走るような音が聞こえる。アノールドはまたも大口を開けて日色を凝視。


「言うじゃねえか坊主……ワタシの十分の一も生きてねえだろうに。殺されてえのか?」

「やれるもんならやって――」


 ピタ――――っと首筋に冷たいものが突きつけられた。


(なっ!? 馬鹿なっ!?)


 気付けばララシークが、日色の背後で手術メスのような刃物を突きつけていたのだ。ミュアとウィンカァも驚いて言葉を失っている。

 しかしアノールドだけは、呆れたように頭を振っている。


「いいか? ワタシは決して幼女なんかじゃねえ。決して成長不良なんかじゃねえ。こう見えて二百歳越えてるしな。次にワタシを幼女扱いしてみな、実験体にしてやるぜ?」


 それだけ言うと、再び元の位置へと戻る。日色はジワっと嫌な汗が噴き出てくるのを感じている。全身を刺すような殺気がそうさせていた。


(全く分からなかった……何だ今の動きは? もし奴が本気ならオレは……)


 首筋を触りながら、激しい動悸を感じる。

 命を握られた感覚。

 その感覚に、日色はこの世界で二度目の恐怖を覚えた。感じた恐怖はまさにユニークモンスターであるレッドスパイダーと対峙した時以上のものだ。


(こんな奴がいるのか……今のオレじゃ全く反応できないほどの奴が……)


 レッドスパイダー相手でも、その動きは完全についていけないといったほどのものではなかった。

 恐らく《文字魔法》を事前に使用すれば大丈夫だろう。『視』を使えば相手の動きは分かるはず。


『速』を重ね書きすれば対応できるかもしれない。

 しかし、相手がもし本気だったなら日色は今――確実に死んでいたという事実は変わらなかった。

 自然と喉を鳴らし強張った表情を浮かべる日色を見て、アノールドが苦笑交じりに口を開く。


「ビックリしただろ? 師匠はこう見えてSSSランカーだしな。あ、いや元……か?」

「ふん、現役には程遠いが、お前みたいなちんちくりんのガキ相手ならわけねえぜ」


 そう言いながら笑うララシーク。ムカッとするが言い返せない。実際に日色は手も足も出なかったのだ。そしてまだ全力ではないということ。


(物凄いな……トップランカーと呼ばれる奴らは……)


 人間でもSSSランカーはそんなに強いのかと思った。そんな考えを見抜かれたのか、アノールドが口を開く。


「強えぜ。SSランカーとSSSランカーとの差はとてつもなくデケェ。ホントに化け物って呼ばれる奴だけが、SSSランカーになれるんだ」

「誰が化け物だってぇ!」

「ぷにゅちっ!」


 またも地面に埋もれるアノールドは無視して、日色は再度ララシークを見る。


(使うか……『覗』の文字……)


 それを使えば相手の《ステータス》を見ることはできる。

 強さの極致というものを知っておきたいと思ったからだ。だが使うには文字を書く必要がある。

 そこを見られると、いや、まず間違いなく気づかれると確信めいた予感がある。

 確認はしたいが、変な動きをすれば注目されて問い詰められると思い、今は止めておくことにした。いつかまた機会があるだろうと判断する。日色の人に対して初めての弱気を見せた部分だった。






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