45:戦争の兆候
「オルン、いきなり大きな声を出すのは驚きますよ」
「あっ、ごめんなさ~い、ごめんなさ~い」
「一体どうしたというのですか?」
「あのね、あのね! 戦争を終わらせるの~! 終わらせるの~!」
何とも要領を得ない言い方に、ニンニアッホとミュアはそれぞれ困ったように首を傾げる。仕方なく日色が補足することにした。
「コイツに聞いたが、もうすぐ獣人と魔人が戦争をするらしいな」
「……そのことですか」
悲しげに目を細めるニンニアッホ。見た目通り、争いが嫌いのようだ。
「今、妖精たちの間でどんな話が盛り上がってるのか聞いた。それが戦争の話題らしい」
「嘆かわしいことですが……」
「平和主義者っぽいアンタにとっちゃそうだろうな。それで、どこで戦争をするのかという話になって、何でも大陸同士を繋いでいる巨大な橋の上でやるそうじゃないか」
「戦争は嫌だね~、嫌だね~。空気汚れるし~、汚れるし~」
妖精が好むのは澄んだ空気。戦争によって大地が疲弊し、空気が汚染されるのを嫌う。
「だったらお前らが何とかして止めればいいんじゃないかと、オレはコイツに言った」
「そんな力ないも~ん! ないも~ん!」
オルンが頬を膨らませながら飛び回る。
「そんでね、そんでね、ヒイロならどうするって聞いたの~、どうするって聞いたの~」
「どうするって……何がですかヒイロさん?」
ミュアは分かっていないようだ。確かにオルンの話は抽象的過ぎて分かり難くはあるが。
「戦争を止める方法をコイツはオレに聞いてきたんだよ」
「そ、そんな方法あるんですか!?」
「あるだろ」
「ええっ!?」
ミュアだけでなく、ニンニアッホもまた目を丸くしている。
「ほ、ほんとにそんな方法があるんですかっ!?」
「単なる思いつきだがな。聞きたければ、その赤いのに聞け」
日色の言葉にミュアたちは度肝を抜かれたような表情を浮かべていた。
オルンはオルンで、「ヒイロ、天才~! 天才~!」と言いながら飛び回っている。
「そんなことより、そろそろオレは元の場所へ帰りたいんだが、妖精女王?」
「あ、はい。分かりました。では大樹の方へ戻りましょう」
ニンニアッホの先導で大樹の方へ戻っている間に、彼女たちはオルンと話している。先程の戦争を止める方法を聞いているのかもしれない。
大樹に着くと、ニンニアッホが手に持った杖の先端を地面にトンと音を立てて叩く。音の波紋が空間を歪め、ココへ来る時にオルンが作ったようなゲートらしきものが出現した。
「あ、待ってよ~! 待ってよ~!」
どこに行っていたのか、オルンが慌てて空から飛び込んでくる。
日色はポスッと片手で彼女を受け止めると、彼女はニカッと笑みを見せた。
「アッチに帰るんでしょ? 帰るんでしょ?」
「あ、ああ」
相変わらずいちいち二回言うのは鬱陶しいなと思いつつも頷く日色。
「コレ上げる! コレ上げる!」
そう言って渡されたのは指輪だった。
「何だコレは?」
「ふふふ、それは妖精の信頼の証――《妖精の指輪》です。オルンも、初めて人間と出会えて嬉しかったのでしょう。宜しかったら貰ってあげて下さい」
「ま、貰える物は貰っておく」
もしかしたら高く売れるかなと考えたことは決して口にはできない。
「それから私からはこれを――」
杖の先端にある球体が光り、球体状の青白い光の塊が生み出される。それがフワフワと日色の前方へと向かってきたので、思わず手に取ると、スーッと胸の中に静かに吸い込まれてしまった。
「お、おいコレは何だ?」
さすがに動揺しながら日色は質問を投げかける。
「それはココとヒイロ様を繋ぐもの、またお会い致しましょう」
「ちょ、ちょっと待て! 別にオレはこんなものはいら――」
「お話、とても楽しかったです。ミュア様も、お元気で。どうか私の言葉をお心に留めておいて下さい」
「あ、はい! ありがとうございました!」
「バイバ~イ! バイバ~イ!」
オルンが千切れんばかりに手を振っている。だが日色はそんなことよりも質問に答えてもらいたい。
「い、いやだから……」
「あ、それと精霊王にお会いしたらよろしくお伝え下さい」
「せ、せいれいおう? とにかく話をき――」
すると空間がねじ曲がり、日色とミュアの意志を無視してゲートに吸い込まれてしまう。闇が日色たちを包む。
気がつくと、丘の上に戻って来ていた。
そして――。
「もう……朝かよ」
どうやら徹夜してしまったようだ。眩しいばかりの朝日に顔をしかめながら、しばらくその場で硬直していた日色とミュアだった。
※
「おいヒイロ、すっげえ顔してんな?」
がっつり睡眠をとって肌が艶々してご機嫌なアノールドが、日色の不機嫌面を見て首を傾げる。
「どうしたってんだ? その目の隈? それにミュアも何か眠そうだしよ」
「あ、それは……」
「黙れ」
ミュアが答える前にアノールドに返答する日色。
昨夜は一睡もできず、また《文字魔法》の訓練もできなかった。
確かに貴重な経験はできたが、何だかいろんなものを押し付けられて放置されたような感じが、物凄く腹立たしかったのかもしれない。何よりも眠たいのだろう。
「だ、黙れって……あ、そういやヒイロ、昨日さ、何か話してなかったか? 何か重要な話があって急に眠気が――」
「それ以上、爆睡して気持ち良かったであろう気分を漂わせながらオレに近づくのなら、ここでお前を刺してやる」
「…………何でもありませ~ん」
正直いつもなら突っ込みを入れるアノールドなのだが、本当に日色が機嫌が悪そうなので触らぬ神に祟り無しということで放置しておくことに決めたようだ。
爆睡したのは日色の魔法のせいなのだが、何も知らず十分過ぎる睡眠をとって元気なアノールドを見ているとついイラッとするのだろう。
「とにかくオレは寝る。何かあってもできるだけ起こすな。非常事態だけ起こせ」
そう言って日色がライドピークに乗る。そしてすぐさま寝息を立て始めた。
「……しょうがねえ。んじゃボチボチ行きますか」
「う、うん」
「やっぱ眠そうだけどホントに大丈夫かミュア?」
「大丈夫だよ! 昨日は考え事してて、ちょっと眠れなかっただけだし」
「そっか? ウイは大丈夫か?」
「ん……いっぱい寝た。ハネマルも元気」
「アオッ!」
当然ずっと寝ていたウィンカァやハネマルは元気だ。
そして一行は、目的地である【獣王国・パシオン】に向けてライドピークを走らせる。
途中町らしき集落を見つけたが、食料もそれなりにあるし、日色も寝ていることから、そのまま通過することにした。
「この分だと、パシオンまで結構すぐかもなぁ」
思ったよりライドピークのスピードが速いので、計算より早く着くなとアノールドは思った。相変わらず尻はノックされ続けて痛いのだが。
「ヒイロの野郎、気持ち良さそうに寝てやがらぁ。あんな顔見てると、とてもユニークモンスターを倒せるような奴に見えねえよなぁ」
だが確実に自分よりは強いので、アノールドとしても悔しい気持ちはある。
「うん、ヒイロさんは強い。でもおじさんも……すごいよ」
「ん? どうしたんだ?」
何やらミュアが歯痒そうな顔をして発言したのでアノールドは気になった。
「レベルも高いし、強い《化装術》も使えるし、わたしとは全然違う」
アノールドはしばらく彼女を見つめて、頭に手を置く。
「まあ、お前がそう思うのも無理はねえ。……あの時、自分に力があったら、とか思ってたんだろ?」
「…………」
「けどよ、そう思うなら強くなりゃいいじゃねえか」
「おじさん……」
「オレだって始めから強かったんだったら、そもそも奴隷になんかなってねえしな」
ニカッと笑い白い歯を見せる。アノールドは人間の元家畜奴隷だ。その際に獣人の証である獣耳を引き千切られている。
「助けられて、オレはそん時思った。強くなりてえってな。今のお前とおんなじだ」
「…………」
「お前だって獣人で、潜在能力に関しちゃ、そこらの獣人には負けねえと思うぜ? 何てったって、あの一族の血を引いてんだからよ。それにアイツの娘でもあるしな」
「……うん」
「一緒に強くなりゃいいんだよ。【パシオン】に行って落ち着いたら、そろそろ本格的に修行でもしてみるか」
「ほ、ほんと!?」
ミュアの顔がパアッと明るくなり、それを見たアノールドは大きく頷く。
「ああ、とんでもねえ強え獣人にしてやろうではないか! このアノールド様がな! ワハハハハ!」
「もうおじさんてば……でもありがとおじさん!」
アノールドがミュアの頭を撫でている姿は、誰もが親子であると思うほどそれらしい雰囲気を醸し出していた。ウィンカァも微笑ましげに二人を見つめている。
「ところで、アイツはいつまで寝るんだ……?」
「さ、さあ……?」
二人はいまだに寝返りもしない仲間の一人を見て呆れて肩を落としていた。
※
ライドピークの背に揺られ、獣人界を突き進み二日が過ぎた。ここ獣人界は森の割合が多く、ずっと景色は森の中で、少し日色に飽きをこさせている。
できればもっと変化のある情景を見てみたいものだ。
「もうすぐ【リンテンブ】だ!」
ようやくホッとする情報が、アノールド・オーシャンから聞こえた。久々に街でゆっくりできる。
ライドピークの乗り心地も悪くはないが、もう手持ちの本は読み終わってしまったし、何か美味いものも食べたい。だからこそ街は大歓迎だ。
「【リンテンブ】というと、【パシオン】に一番近い街だったか?」
「そうだぜ、猫人が住む街だな」
そこで一泊して、明日には【パシオン】に着くと計算している。
実際、二つの街の距離はそう離れてはいないので、ライドピークの足なら一日あれば到着する予定だ。
まあ、アノールド曰く、途中にある洞窟を抜けなければいけないということだが。
「久々にベッドで眠れるか」
日色が肩をグルグルと回すと気持ちの良い骨音が鳴る。
内心では新しい本を調達できるかなと思いワクワクしていた。
しばらく進んでいると、街らしきものが見えてくる。
「アレが猫人の街――【リンテンブ】さ!」
森の中に作られている街であり、規模もそれなりに大きい。周囲はモンスターなどが侵入してこないように石壁で覆っている。家や他の建物もどうやら石造りがメインのようだ。
ライドピークを街の外に繋いでおく。「あとでご飯をあげるの忘れちゃいけないね」とミュアが言うと、アノールドは「やっぱりミュアは優しくて可愛いなぁ~」と親バカ全開で彼女の頭を撫でていた。
まずは雑貨屋。そこで今後の旅に必要なものを調達するつもりだ。街には猫人がわんさかいる。長い尻尾がフリフリと動き回り、つい触ってしまいたいという衝動にかられる。
(確か猫人ってのは好奇心旺盛で情報収集に長けた種族って図鑑に載ってたが……)
あくまでも図鑑は図鑑なので、参考にはするが断定はしない。日色は実際に体験したものしか信じないからだ。周りを見て猫人だけでなく、他の獣人もいることに気づく。
日色たちと同じ旅人であったり、商人だったりするみたいだが、それでもやはり猫人の街なので割合的には猫人の方が多い。
(しかし、こんなふうにネコミミと出会うとは、日本にいた頃は全く持って思ってなかったな。オッサンは猫じゃなくて犬らしいし……ん? そういやチビの種族は何だ? ………………ま、いいか)
自己紹介の時に聞いたのはアノールドの種族だけ。ミュアが意図して言わなかったのなら、何か理由があるのだろうと思い追及はしなかった。そしてそれはこれからもだ。
話したくなったらミュアから言うだろうと日色は思っているし、無理矢理聞きたいほど興味があるわけでもない。
獣耳や尻尾は、他の獣人にもあるが、猫人の特徴である肉球は、是非一度触るべきだとアノールドは言っていた。それほど感触が心地好いのだそうだ。
動物好きという一面もある日色としては是非経験してはみたいが、いきなり触らせてくれなどと言えるわけがない。いずれ機会を待つしかないようだ。
だがそんなことよりも、日色は気になっていることがあった。それは目に入る獣人たちが、何だか難しい表情をしているのだ。特に旅人らしき姿をしている者たちがだ。
アノールドも気づいたようで、雑貨屋に入って聞いてみるかということになった。
「な、何だってぇっ!?」
雑貨屋に入り、街の住人たちの様子について聞いてみたところ、驚くべき答えが返ってきた。
「せ、戦争って、あの戦争かぁ!?」
アノールドの驚愕を含んだ言葉に店主は深く頷く。
「ああ、近々進軍するそうだ。国境へ向けてね」
日色もさすがに驚いていた。
【人間国・ヴィクトリアス】の国王に聞いた話では、確かに種族間は緊張状態にあり、いつ戦争が勃発してもおかしくはないと聞いていたが、まさかこんな早くに【獣王国】が動くほどの大規模な戦争が始まるとは思っていなかった。
(いや、そういや妖精たちがそんなこと言ってたな)
そこで思い出すのは【フェアリスガーデン】での一幕。オルンに案内されている時、妖精たちが、確かに近々戦争が起きるなどといった会話をしていた。
(確か獣人と魔人が国境の橋でやり合うらしいな)
日色は腕を組み、大変なものだなと他人事だ。
「この街の若い奴らも、志願兵として大勢取られたしね」
志願兵ということは、望んで出て行ったということ。しかし取られたと言っているということは、あまり出兵のことを良く思っていないのか。
確かに若い衆が戦争のせいでいなくなるのは気分が良いものではないはず。もしかしたら死んでしまう可能性だってあるのだから。
「各地の村や街でも聞かなかったかい?」
ここまで来るのに、幾つかの街や村はあったが、食料も十分で寄る理由もなかったので素通りしていたのが裏目に出たようだ。情報を全く得られていなかった。
「だ、だけどよ、戦争って……魔人と戦うってことだろ? 王国だけの戦力で大丈夫か?」
アノールドの懸念は尤も。
大きいとはいえ、【パシオン】だけの戦力ではたかが知れている。その程度の戦力で、敵の本拠地に向かうのは自殺行為に等しい。
「いや、国境へ向かいがてら配備させていた各地の兵を回収するという話だよ」
「なるほどな。国境へ到着するまでに、予め準備させていた戦力を集めるつもりだな」
日色が頷きながら答える。
「今俺たちにできることは、ただ無事に帰ってくることを祈るだけだ」
「そ、そんな……」
アノールドはショックを受けたように呆然としている。
せっかく自分の大陸に帰って来たのに、今から戦争ですと言われてはそうなってしまうのも無理はない。
「どうするんだオッサン?」
「どうするって……そうだな、【パシオン】には必ず行く。目的地なんだしな。情報も、そこならもっと詳しく聞けるだろうし」
「そうか、ならさっさと買う物買って宿へ行くぞ。腹も減ったしな」
「お前はこんな話を聞いてもブレねえよなぁ。羨ましい性格してるぜホントまったくよぉ」
腹を満たすことこそが、日色にとって優先されるべき事項。それに戦争のことを聞かされても日色にはまったく関係がないのだ。
戦うなら戦えばいいし、もしそれで獣人界が旅をし辛くなったなら他の大陸へ行けばいい。それだけのことである。
「そういやオッサン、【パシオン】に用があるって言ってたが……【ドッガム】で手に入れた蜜もそのために手に入れたんだろ?」
「あれ? 言ってなかったか? 【パシオン】には会いたい人が二人ばかりいるんだよ。その一人には蜜が不可欠でな……多分」
頬を引き攣らせながら不安気なので、その人物とは何か深い関係がありそうに見える。
「おじさんの会いたい人、わたしも早く会ってみたいなぁ」
「そう言ってくれると嬉しいぜ。一人はミュアのために会いに行くようなもんだしな」
「え? どういうこと?」
「フッフッフ、それはまあ着いてからのお楽しみだぜ」
似合わないウィンクをする三十代のオッサン。思ったよりも気色悪かった。
「あ、その前にギルドへ行ってもいいか?」
店から出るとアノールドがそう言うので、皆でギルドへと向かった。
何でもここで四人のパーティ登録をしておきたいとのことである。
これなら一緒に戦いさえすれば誰がモンスターを倒しても同等の経験値も入るし、登録しておけば、さらにランクの高いクエストも受けられるという。
日色は別段どうでも良かったが、ギルドの近くに美味いものを食わせる店があると聞いて、ついでにやって来ていた。
だがギルドで大いにビックリしたことがあった。日色のギルドカードの外枠がピンク色をしていたのである。これはBランクの証拠である。
皆の驚きはそれぞれだったが、理由はすぐに思いついた。
先日倒したレッドスパイダーである。ユニークモンスターであるSランクのモンスターをほぼ一人で倒したのだから、その経験値で飛び級したのだろう。
しかしそれでもDランクから一気にBになり、Cであるアノールドは抜かれたことに物凄く悔しがっていた。対し日色は優越感を覚えて、彼の目の前でカードをヒラヒラと見せびらかした。
残念ながら討伐部位は持っていなかったため換金はできなかったが。
Name ヒイロ・オカムラ Sex Male Age 17
Race:人間 From Unknown Rank B
Quest
Equipment
・Weapon 刺刀・ツラヌキ
・Guard レッドローブ
・Accessory 妖精の指輪
Rigin 3869000
ずいぶん大金持ちになったみたいだ。
貨幣価値は日本とそれほど変わらないので、個人として持つにはなかなかの潤い具合である。
パーティ登録をしてギルドから出ると、すぐさま飯屋へ行き、腹を満たした後に宿へと向かった。今日はそこで一泊して明日【パシオン】に向かう。




