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44:フェアリスガーデン

 見た感じ、どこかの森のような感じだが、アチコチに何故かシャボン玉と思わしき球体がプカプカと浮いている。

 しかも数え切れないほどの数がだ。そのシャボン玉に腰を落ち着かせて日色たちを興味津々に見つめている者たちもいる。

 また家もあるが、まるで玩具の家だ。完全にミニチュアサイズ。

 まるで絵本の中の小人が住むような幻想的空間に迷い出た気分を感じる。


「コッチコッチ!」


 オルンが変わらず手を引っ張っていく。

 少し歩くと開けた場所があり、そこには小さな泉が広がっていた。その泉の中心に一本の大樹がある。大樹の下部がくり抜かれて中に入れるようになっているようだ。

 そこへ通じる道が、泉の上にできている。それがシャボン玉を集結させて作られている橋であり、本当にこの上を歩けるのか不安を覚えた。


 ミュアは幻想的空間に感動を覚えているようで目を輝かせて忙しなく周囲を見回している。「うわ~妖精さんがいっぱい~」と顔を綻ばす。

 日色も立ち止まって周囲を観察していると、くり抜かれた大樹の中から、日色と大して変わらない身長を持つ女性が姿を現した。


(なるほどな。アイツがコイツらの母って奴か)


 氷のように透き通った水色の髪が、地面にも届くほどに伸びている。その髪は天から降り注ぐ虹色の光を浴び輝いていて、頭の上に王冠のようなものを乗せていた。

 背中には四枚の美しい羽根を左右に広げ、虹色に輝くそれは、宝石のように人々の目を引くであろうことは想像に難くない。

 顔立ちもスラッとしていて、まるで本の中に出てくる女神のように整っている。


 その手には杖があって、先端には球体状のものが嵌められてあり、球体から羽のような物が生えていた。シャボン玉の道を歩いて日色たちのところまでやってくる。


「ようこそいらっしゃいました、我らが【フェアリスガーデン】へ。異世界の旅人様」


 どうやら日色の事情を知っているようだ。日色の警戒度が高まる。何故知っているのか、アノールドたちにも言ったことがないというのに……。


「え? い、いせかい?」


 ミュアがキョトンとしているが、彼女には意味が伝わっていないだろう。


「招待してくれたのは礼を言う。まあ、ほとんど強制的でもあったがな」

「てへへ~」


 オルンが舌をペロッと出し笑顔になる。それを見て女性はクスッと優しげに微笑む。


「オルンは良い目を持っています。悪人をわざわざこの場所へと連れてきたりは致しませんよ」

「……良い目……ねえ」


 日色は腕を組みながら憮然とした態度を保つ。


「ねえねえ、お母様? お母様?」

「何かしら、オルン?」

「この人、ホントに人間? 人間?」

「いいえ、彼は異世界人。【イデア】とは違う世界の住人ですよ」

「おお~! イッセカイジ~ン! イッセカイジ~ン!」


 その言葉に傍にいた妖精たちは一気に湧く。それを楽しそうに見ながら女性は笑っている。

 ミュアは「え? 違う世界? ん? ヒイロさんのこと?」と混乱しているようだが、今はその質問に日色は答えるつもりはない。


 オルンが何を気に入ったのか、日色の頭にチョコンと乗り「にへへ~」と砕けた表情をして髪の毛を引っ張っている。別に痛くはないが鬱陶しい。


「これオルン、せっかくのお客様なのですよ。礼儀を尽くさねば、妖精の恥になりますよ?」


 オルンは女性に叱られてシュンとなっている。


「では、まずは自己紹介から参りましょうか。私は妖精の長――妖精女王のニンニアッホと申します。よろしければ、お名前を窺ってもよろしいでしょうか?」

「アノールド・オーシャンだ」


 ミュアがギョッとして日色の方向を見る。ここで彼女に日色の思惑を察してもらい、ポーカーフェイスを願うのは無理なようだ。ニンニアッホはクスリと笑う。


「いけませんよ。嘘は私には通じません」


 ミュアはそこでようやく日色が、偽名を使って情報を渡さないようにしようとしたことを察知してアッという表情を浮かべている。

 ただニンニアッホという女性が、ミュアの態度を見て嘘を見抜いたわけではないと日色は考えていた。


(視る種族……か)


 ジッとニンニアッホの目を見る。彼女の瞳の奥に一片の揺らぎも感じられない。嘘は通じない……。


「…………ヒイロ・オカムラだ」

「あ、わ、わたしはミュア・かしゅ……ミュア・カストレイアです!」


 少し噛んでしまったことが恥ずかしかったのか顔を俯かせてしまったミュア。


「よろしくお願い申し上げます」


 そう言いながらニンニアッホが恭しく頭を下げる。


(なるほどな、どうやら真実を見極めるってのもあながち間違いじゃないみたいだな)


 偽名を瞬時に見破られた。

 確かめたかったことだが、彼女の能力の凄まじさは驚嘆に値するものだった。彼女には一切の誤魔化しは通用しないことが分かったからだ。


「こうして出会えたのも何かの縁かと、よろしければおもてなしをさせて下さい。どうぞお二人とも、こちらへ」


 そう言って大樹の中へと案内される。

 シャボン玉の道は渡るのに少し勇気がいるものだったが、フワッとしたクッションの上を歩いているような感覚で、壊れることなく歩けた。

 大樹の中は広い空間になっており、円卓が一台置いてあり、中にもシャボン玉が浮いている。すでに茶菓子なども円卓に用意されてあった。


 恐らくここに日色たちが来たことを察知した彼女が準備したのだろう。

 椅子を勧められ、日色たちは腰を下ろす。だが日色は目の前にある皿に意識を奪われていた。頭の上のオルンの存在すらも忘れるほどに。


「これは我々妖精が作った《ヴァンヤ》と呼ぶ食べ物です」


 皿の上には花の形をしたプニプニとしたものがある。キラキラと光沢を放つそれを手に持つ。感触で柔らかいことに気づく。


(まるでグミだな)


 だがこのまま口に運ぶようなことはしない。もしこれが毒ならとんでもないことになる。だから机の下で、隠れて文字を書くことにした。一応念のために調べるた方が良い。


「大丈夫ですよ。毒など入っておりません」


 日色の考えは見透かされているようで、ミュアも同じように手に取ったそれを凝視している。


「ですから、机の下から手をお出しになって下さい」


 何もかも見通されている気がした。

 しかし――。


「…………信じられんな」

「では」


 そう言いながら先にニンニアッホが《ヴァンヤ》を口にする。

 そしてカップに入っている飲み物を持つ。


「もちろん、このお飲み物の方も問題ございません」


 そう言って飲むが、まだ信用できない。

 日色の警戒に、今度は少し悲しそうな表情をニンニアッホが作る。


「用心深いことも美徳ではありますが。悲しいことです」

「当然だ。ここではオレたちはアウェイだ。警戒するのは至極普通のことだろ」

「……では、先程はお止めしましたが、お確かめになってはいかがでしょうか?」

「……何だと?」

「その《文字魔法》というお力で――」


 瞬間――日色の顔が強張る。

 確かに真実を見極める能力があるとは聞いてはいた。実際に嘘も見破られた。しかし見せてもいない魔法を言い当てられることは想定外だ。


「私は視る種族の長です。どんなものでも見通すことができます。普通は他人に見えない《ステータス》でさえも」


 それで合点がいった。

 もし相手の《ステータス》を覗き見ることが可能ならば、《文字魔法》のことも知り得て当然だ。日色もそうやって他人の情報を確認するのだから。


(その力は些か卑怯じゃないか……)


 自分のことを棚に上げてよく言う日色である。


「なら遠慮なく確かめさせてもらおう」


 そうして書いた文字は『覗』。これで彼女の《ステータス》を確認することもできるし、相手の考えも少しだが把握することもできるのだ。

 ニンニアッホは、魔法の発動にも狼狽えはせずに静かに微笑んでいる。



ニンニアッホ

Lv 20


HP 100/100     MP 1000/1000

EXP 10000     NEXT 1000


ATK 20(120)   DEF 30(80)

AGI 100(120)  HIT 100(120)

INT 400(500)


《魔法属性》 火・水・光

《魔法》 ファイアボール(火・攻撃)   ミスティックフレア(火・攻撃)

     ミスト(水・支援)       バブルレイン(水・攻撃支援)

     ジャッジメント・インフィニティ(光・攻撃)

     プリズムレーザー(光・攻撃)  ホーリーランス(光・攻撃)

     リザレクション(光・回復)   フルクリーン(光・効果)

     

《称号》 妖精女王・見通す者・視る種族・正直者・光の守護者



 『覗』の効果を使って、彼女の《ステータス》とともに、彼女が嘘をついていないことが分かった。

 この力は少しだけ心の中も覗けるので、かなり重宝できる文字である。最もそうイメージして書いた結果でもあるのだが。


「信じて頂けましたか?」

「…………少しだけ……な」

「それは、残念ですね」


 まだ完全に信用してもらえないことが残念そうだ。だが日色が手に持った《ヴァンヤ》を口に放り込むのを見ると、嬉しそうに微笑む。

 食べてみて思ったが、この《ヴァンヤ》というのは思った以上に美味かった。

 食感はグミなのだが、次々と口に放り込みたくなるような依存性を含んでいる。味はレモンのような酸っぱさもあり、イチゴのような甘みも含んでいる。


(あれだな。一度食べたら止められない感覚だな)


 日本でよく口にした携帯用のお菓子にもそんな感じのものがあったのを思い出す。一つ食べればまた一つと、食べるのを止められなくなるが、その感覚に似ていた。


「是非その《メルニム》もお飲み下さい」


 カップに入った、牛乳のように白い飲み物を見つめる。匂いはどことなく桃の香りがするが……一口飲んでみた。


(なるほど、甘くサッパリしたジュースだな。味は桃というよりはリンゴだなこれは)


 これはフルーツジュースだと推察。どんな果実で作ったかは知らないが、風呂上がりにゴクッといきたい飲み物だと思う。

 見ればミュアも美味そうにどちらも堪能している。


「お気に召して頂けたでしょうか?」

「まあ、悪くはなかった」

「ふふ、それは良かったです」


 両手をパチンと合わせて、まるで少女のように破顔する。

 見た目は二十代後半の大人の女性に見えるが、こうして笑うと子供っぽさが滲み出ていた。

 しばらく《ヴァンヤ》と《メルニム》を口にしてまったりとしていると、ふとニンニアッホが悲しげに目を伏せて口を開く。


「それにしても、『人間族』はなりふり構っていられなくなったのですね。まさか召喚魔法まで行使するとは」

「……勇者を呼ぶために自分の娘を犠牲にしたらしいからな。アホらしい話だ」


 それは【人間国】に召喚された日色がさっさと国から出たかった理由の一つだ。いくら切羽詰まっていようと、自分の娘を犠牲にするような国王には従いたくはない。


「…………ヒイロ様は何故、他の者たちとともに行動なさらないのですか?」

「あ? そんなの嫌に決まってるだろ? 何でオレが他人の命令を聞いて我慢しなければならないんだ?」


 日色の物言いにニンニアッホはポカ~ンだ。


「第一、認めてない奴らと一緒に行動して面白いはずがない」 

「ふふふ、なるほど、では今ともに旅をされている方たちは少なくとも仲間と認めているのですね?」


 隣に座っているミュアがチラチラと期待感を込めた目を日色に向けている。


「さあな、たまたま利害が一致してるってだけかもな」


 自分の期待した言葉ではなかったのか、ミュアは目に見えてガックリとしている。そんな彼女を見てニンニアッホは眉をひそめて苦笑を浮かべた。


「……そうですか。ではこれからも『人間族』のために戦わないと?」

「だから何でオレが、わざわざこっちの世界のために骨を折らなければならんのだ。こっちの問題はこっちの奴らが片づければいいだろ?」

「ではもし今、あなたの傍にいる者たちが傷つけられればどうします?」


 ニンニアッホがミュアに視線を流す。


「どうだろうな。オレにとって必要なら何とかするだけだ」

「そう……ですか」

「……まあ、曲がりなりにも今は一緒にいるんだ。理不尽な事がコイツらに降りかかるなら、それ相応には対処はしてやる。だが、コイツら自身の不注意などで災いを運んでくるなら、切り捨てる可能性もあるってだけだ」


 ミュアは軽く目を伏せてその表情を陰らせる。


「…………変わった人ですね、ヒイロ様は。自分に愚直なまでに正直というか」

「そうか? 大体人ってのは自分のことしか考えてないだろ? それが周りの環境やら、大衆の目を気にして、誰かのためになるとそう思い込もうとしてるだけだ。強くなりたいのも、誰かのためじゃなく、仲間が殺されて一人になるのが嫌だから、自分のために強くなるってことだ」

「ず、ずいぶん捻くれたお考えなのですね」


 ニンニアッホは驚嘆しているのか瞬きを忘れている。


「オレはオレのために、オレの好きなことをするって決めてる。誰かが理不尽にオレのモノを奪おうとするなら許さないし、オレに関わらないならオレも関わらない。基本的に他人には興味がないからな」

「…………なるほど、面白いお方のようです。此度の異世界人は……」


 口元に手を当てて、ニンニアッホが上品に笑う。


「ところで、何で『精霊族』は他の奴らには見えないんだ? 赤いのとかがそんなこと言ってたが?」

「あら? 他人には興味がないのでは?」

「………………お前、そんな性格だったのか?」


 段々と化けの皮が剥がれてきてないかと日色は半目で睨む。


「ふふふ、少し意地悪をしてみたかっただけです、申し訳ございません。先程のご質問ですが、我々を感知するには強い魔力が必要になります。ただそれだけではなく、その者の資質にも大きく関わってきます」

「資質?」

「はい。精霊や妖精と言葉を交わしコミュニケーションを図れるのは、近しい存在であることが要求されます。まあ、『精霊族』が自ら姿を見せようと思ったのなら別ですが」

「ちょっと待て、オレは人間で、背中に羽なんか生えてないぞ?」

「ふふふ、そういう意味ではございませんよ」


 それは良かったと日色は正直に思う。一瞬自分の背中に羽が生えていたらどうしようとか思ってしまった。人間を止めるつもりはないのだ。


「我々は肉体よりも精神体と言っても過言ではない存在なのです」

「精神体?」

「はい。より魔力に近い存在。肉体は確かに持ってはおりますが、ほとんどが魔力を留めるための器のようなものです」

「なるほどな、だからここの妖精たちは、全員同じような姿してるってわけか」


 髪の色が違うだけで、それ以外はほぼ同一のような存在。きっと同じ髪色なら見分けなどつかないと自信を持って言える。

 まるで一卵性双生児で生まれた者たちのようだ。


「そう、肉体は着ぐるみみたいなもの……とは言い過ぎかもしれませんが、『精霊族』にとって肉体の違いなどほとんど意味がないのです。特に妖精はそれが顕著なのです」

「それで? ほとんど魔力だけの存在だから、人には見えにくいって? なら何で『人間族』だけがそんなに見えないんだ? 『獣人族』だって魔力はそれほど高くないだろ?」

「それは『獣人族』は元々が我々に近しい存在だからなのです。自然を愛し、自然と共に生き、自然とともに死ぬ。その環境から生まれた資質が、我々を感知できる資質に育っていったのです」


 そう言うことかと日色は頷きを返す。人間の住む大陸と獣人の住む大陸とを比べるとよく分かる。

 圧倒的に獣人の大陸の方が自然の量が多い。それは以前空から見て確認済みだ。


 人間はその知識と器用さで、自然を利用し自分たちの住み易いように改善していった。

 これに対し獣人は、今も自然とともに生きているという。その環境の違いが、『精霊族』を見極める資質として生まれたのだ。ミュアに見えるのもそういうことだろう。


「けど何でオレには見えるんだ?」

「それは生まれ持った魔力の高さと、魂の有り方が我々に似通っているのです」

「ふぅん、とにかく得をしたってことだな」

「えっと……はい?」

「だってそうだろ? 他の人間じゃできないことがオレにはできる。やはり才能というのは理不尽なものだな」

「…………ふふふ」

「何故笑う?」

「いえ、人間にもヒイロ様のようなお方がいらっしゃるのですね。オルンたちが気に入るのも理解できました」

「……どうでもいいが」

「はい?」

「おかわりだ」


 そう言って皿を差し出す。いつの間にかそれなりの量があった《ヴァンヤ》が無くなっている。


「ふふふ、それによくお召し上がりになられます」



     ※



 ニンニアッホがガーデン内を案内してくれると言ったので、ミュアたちは、幻想的な風景を楽しみながら歩いていた。

 妖精たちがシャボン玉の中に入ってぶつかり合って遊んだりしている。平和な光景がそこにはあった。

 オルンは日色に懐いているようで、彼と楽しげに会話しながら飛び回っている。


“ミュア・カストレイア様……でしたね”


 ……え?


 その声は明らかにニンニアッホから発せられたもの。しかし奇妙なのは、頭の中に直接響いた声だったこと。

 思わず彼女の顔を見ると、彼女はニッコリと微笑む。


“驚かせてしまい申し訳ありません。今、あなたの心に直接語りかけているのです。どうかあなたも心の中だけで言葉を発してみて下さい”


 そう言われて目をしばたかせるが、言われた通りに心の中で“はい”と言う。


“ありがとうございます。声に出すのは些かこの場では気が引けたもので”

“えっと……あのぉ、どういうことでしょうか?”

“何かお悩みなことでもありますか?”

“え……?”

“何だか、そういうお顔をされてらっしゃるので”


 さすがは視る種族とでも言おうか。ミュアは自身が抱えている悩みを見透かされていることで思わず下唇を噛み締める。


“もしかして、先程のヒイロ様のお言葉のことですか?”


 実際それもある。彼はわざわざ損になるようなことは決してしないし、彼が言った通りにこうして一緒にいるのも利害が一致しているからだ。それは理解している。

 だが嘘でも彼の口からはミュアたちと一緒にいるのが楽しいと言って欲しかったのだ。


“ふふ、お気になさらなくても大丈夫ですよ?” 


 どういうことだろうか……?


“確かに先程彼が仰ったことは事実です”


 ああ、やっぱりなとミュアは心の中で気落ちする。


“ですがそれが真実ではありません”

“え……どういうことですか?”

“詳しいことは彼の尊厳を傷つけるかもしれないので言えませんが、今まで彼が友と呼べる者たちを作り、一緒に行動するというようなことはなかったはずです”


 そうなのだろうか……? 確かに彼は出会った時は一人だった。


“あなたもご存じの通り、彼はあのような気難しい性格ですから、人付き合いに恵まれているとは到底言えませんよね?”


 確かに日色の性格はコミュニケーション能力に欠けている部分がある。


“で、でもヒイロさんは良い人です! わたしやおじさんも助けてくれました! ヒイロさんのお蔭で助かった人たちはたくさんいます!”


 ニンニアッホに日色のことを誤解されたくないと真剣に思った。

 彼は確かに融通が利かないし、自分勝手なところがあるが、それでも本当に困った時は力を貸してくれるのだ。それがミュアにとっては物凄く嬉しい。


“ふふふ、承知しておりますよ。彼の心を少し覗かせて頂きましたから”

“え……心?”

“はい。その心の中には、今まで空白だった部分に、あなたや他の仲間たちの姿を視ることができました”

“そ、それって……!”

“はい。彼はずいぶんと天邪鬼な性格のようです。いいえ、もしくは本人も気づいていないのかもしれません。少しずつ、今の仲間に惹かれているのを”

“ヒイロさんが……”


 何故だろう。ポワッとミュアの心に暖かな火が灯った気がした。

 無意識に口元が緩んでくる。今すぐにアノールドたちに伝えたい衝動にかられる。


 でもそんなことを言えば、きっと日色のことだから怒って距離をとるかもしれない。これは自分の胸のうちにだけ秘めて大事にしようとミュアは思う。


“ふふふ、私が言ったことは秘密ですよ?”

“あ、は、はい!”


 ミュアはパアッと笑顔を浮かべるが、ニンニアッホはまだ話を続ける。


“それと……あともう一つ、悩みがあるのではないですか?”

“……!? ……えっとそれは……”


 彼女に話を聞いてほしい。だから今、自分が抱えている想いをミュアは口にする。


“……いつも守られてばかりなんです”


 歯痒いほどに……。


“おじさんやヒイロさん、それにあまり歳も変わらないウイさんにも……わたしはいつも、みんなの外で応援することしかできないんです”

“なるほど……まだあなたは、ご自分のことを正確に捉えられていないようですね”

“自分のこと?”

“大丈夫です。あなたの中には確かな力が眠っております”

“ち、力……ですか? ほ、ほんとにあるんでしょうか……”


 力を求めたことは幾度となくある。しかし現実にそれが出現したことはない。


“自分が無力っていつも思うんです……”


 日色やアノールドたちの背中に追いつき、いつかは隣に立ちたいと……。


“だけどそんなこと、もしかしたらできないんじゃないかと思うんです”


 特に日色は、会ってからもドンドンと加速度的に成長していっている。

 だが自分はいつまでも停滞しているような気がするのだ。このままでは背中すら見えなくなってしまうのではと、そう思ってしまうことが恐ろしかった。

 震えるミュアの手を、ニンニアッホが優しく両手で包む。


“私は嘘は申しません。あなたの中には力があります。そしてその力はきっと、あなたの大切な者たちを守れる力になってくれるはずです。ご自分を信じるのです”

“ニンニアッホさん……”

“最初から強い者などおりません。まずは自分を信じる。それが第一歩ですよ?”


 真っ直ぐ見つめてくるニンニアッホの瞳は、とても美しいと思わされた。濁りのない清浄な両の眼は、ミュアの瞳にも力を与えてくれる。

 すると握られている手の中に淡い光が宿り、優しげな温もりが伝わってきた。


「私の魔力を少しあなたに注がせて頂きました。これが良いきっかけになってくれるやもしれません」


 彼女が心に語りかけるのではなく、声に出してそう言った。


「えと……き、きっかけ?」

「ふふ、今は分からなくても構いません。ですが私の言葉をどうか忘れないで下さいね」


 ニンニアッホの言葉を十全に理解することはできなかったが、彼女から伝わる温かさがとても心地好かった。


「へぇ~! そ~んな方法思いつくなんて、イセカイジンのヒイロすっごぉい~、イセカイジンのヒイロすっごぉい~!」


 すると突然、先を歩いていた日色と仲良く談笑していたオルンの声が耳に入ってきた。







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