43:妖精に招かれて
暖かな木漏れ日を身体に受け、日色は気持ちの良い風を感じつつ、趣味である読書を楽しんでいた。
少し黒の残る銀色の髪を規則正しく揺らしながら、日色の身体も同様に揺れている。
ようやく人間界から獣人界に入り、初めての村である【ドッガム】での一事件を終えて、村人の『熊人族』からライドピークという乗り物を借りた。
日色の身体が揺れているのは、そのライドピークの騎乗部分に腰を落ち着かせているからである。
巨大なダチョウのようなライドピークはモンスターのカテゴリーに入るが、決して凶暴ではなく人懐っこい。
日色の乗っている、額に三日月型の痣を持つライドピークの上は、なかなかに心地好く、歩かずに本を読み耽りながら前へ進めるので日色は気に入っていた。
つい先程森の中に入ったが、木々の隙間から覗く陽光が、チカチカと日色とその旅仲間である、アノールドたちを照らしていた。
三体いるライドピークがそれぞれ横並びで、仲間たちをその背に乗せて走る。
目的地を【獣王国・パシオン】に定めて森を突き進んでいるのだ。
「こんな便利な乗り物が【ドッガム】にあるとはなぁ~。そう思わねえか?」
ライドピークの便利さに感心を覚えたアノールドが、同じ騎乗部分である自分の背後に乗せているミュアに同意を求める。
「うん! 風が気持ち良いよね!」
陽射しを受けてキラキラと反射する銀髪の中から、可愛らしい獣耳がピクピクと動いている。
彼女たちはこの獣人界に住んでいる種族と同じ獣人である。
またもう一人、日色やアノールド、ミュアとは別のもう一体のライドピークに乗っているのがウィンカァだ。
口数が少なく、突然奇抜な行動をとったりする不思議なロリ巨乳美少女の前には、子犬のような存在が身体を丸めている。
背中には小さな翼が生えているスカイウルフというモンスターで、名前はハネマル。日色とウィンカァに特に懐いている幼獣なのだ。
「おいオッサン、【パシオン】まではどれくらいかかる?」
日色は本から視線を外し、左隣で走っているライドピークの上に乗っているアノールドに尋ねる。
「あ~そうだなぁ、このままこの速度を維持するだろ……」
天を仰ぎながら顎に手を置き考える素振りを見せるアノールド。
「まだまだだなぁ。多分今日は野宿になる。そんでだ、その先にある【リンテンブ】っつう街を越えて……まあ、のんびり行こうぜ!」
どうやら目的地である【パシオン】まではかなり距離があるらしい。日色は再び視線を本へと戻し自分の世界に入ることにする。
「でもマックスにはホント感謝しろよ! ライドピークがなけりゃ、もっと時間かかるだろうしなぁ」
マックスというのは【ドッガム】にいたアノールドの親友である熊人のこと。
広大な獣人の大陸を移動するには、このライドピークは欠かせない存在らしく、村を救った日色たちへのお礼として貸してくれたのだ。
「このスピードなら歩きよりは断然早く目的地に到着できるよな!」
「うん! でも最初は慣れなくて大変だったけどね」
ミュアの言う通り、座っていると衝撃が身体のある部分に集中するので、慣れないと辛い。
「そうそう、ケツが腫れるかと思ったぜ! なあミュア?」
「し、知らないもん!」
確かに下半身――特に尻の部分が痛いわけだが、デリカシーのないアノールドには、本当にミュアは困ってしまっているようだ。
ちなみに日色は全くといっていいほど尻にダメージを受けてはいない。
何故ならライドピークに装着されている座椅子に、『柔』の文字を書いて、ソファのような質に変化させていたからだ。
これを自分一人だけやるところが日色らしいが、もしバレればアノールドが憤慨すること間違いなしだろう。
だから日色だけは慣れる慣れないは関係なく、最初からずっと快適なのだ。
しばらく進んでいると、ふとライドピークが減速し始める。
何か前方にあるのかと思い確認してみると、ウシガエルを十倍ほどに巨大化させたモンスターが数匹、日色たちに敵意を向けていた。
「おっしゃ、久々に戦闘だな!」
アノールドはやる気満々のようだ。
座りっ放しでいい加減暴れたかったのだろう。
ライドピークから跳び下りて、背中に背負っている大剣を構える。
ウィンカァも戦うつもりのようでライドピークの背に立つと、彼女の愛槍――《万勝骨姫》を相手に向ける。
しかし日色はいちいち降りて戦うのも、グダグダと戦闘が長引くのも面倒だと思ったので、右手の人差し指の先に意識を集中させた。
ポワッと青白い炎のような光が先端に灯る。
指先を動かしていくと、空中に青の軌跡が生み出されていく。
それは一つの文字。漢字の『爆』と書かれている。
日色は前方で立ち塞がっているモンスターに指先を向けて、まるで銃を撃つイメージを作る。
真っ直ぐ放たれた文字は、モンスターの一匹に触れた瞬間、凄まじい爆発を起こした。
「な、何だぁっ!?」
アノールドが叫ぶのも不思議ではない。突然前方が爆発したのだ。驚かない方が無理な話である。
だが誰も炎の魔法を使ってはいない。周りには人影も無し。
それなのに前方から爆発が起こった。
「行くぞ」
平然と言ってのける日色を見て、アノールドは大きな溜め息を一つ。
「お前……魔法使ったな?」
「さあな」
モンスターたちが全て先程の爆発でやられているので、そのままライドピークを進ませていく。日色は自分の指先をぼんやりと眺める。
(やはり便利だな――《文字魔法》)
そしてまた本を片手に優雅なライディングを楽しみ始めた日色を見て、アノールドはジッと疑わしそうに眉間にしわを集めていた。
そのままの状態で彼は、ミュアに対して質問を投げかける。
「……なあミュア?」
「なあに?」
「な~んかアイツさ……アイツの座ってる椅子だけどよぉ」
「う、うん……どうしたの?」
「……プニプニしてないか?」
「え? そ……そう……かな?」
アノールドは、今もドンドンと相変わらず固い座椅子に尻をノックされているが、どうも日色の座椅子の質感を見て怪しく思っているようだ。
「おかしい……おかしいと俺の本能が告げてる。何かすげえ理不尽な感じがするのは気のせいだろうか……」
「お、おじさん……?」
独り言を言い始めたアノールドに不安を覚えたのか、ミュアが若干引き気味だ。
ただアノールドが持つ疑問は決して気のせいではないのも確か。
何せ日色は魔法で座椅子の質感を柔らかくしてソファのように変えているのだから。それでも結局何も言わず、アノールドはそのまま尻をノックされ続けた。
日が暮れていき、今日はもうこのまま森の中で野宿することにした。
焚き火を皆で囲い、燻製肉などの保存食を口にする。そして食事が終わり、一段落がついた後、日色はもうすっかり暗くなった森の先を見つめる。
(日本にいた時は考えられなかったな。まさか野宿生活に慣れるなんてことは……)
ずいぶん慣れたとは言っても、やはり現代っ子であった日色は、いつまで経っても野宿を好きにはなれない。
周囲にはよく分からない虫や生物がいるし、病原菌とか持っていたらと思うとゾッとする。
しかしたとえ病気にかかろうが、《文字魔法》があるので、それほど深刻には捉えてはいない。『治』の文字を使えばすぐに治癒もできると信じているからだ。
(だがこの身体のべたつきは許せんな)
風呂があれば真っ先に汗を流したい気分だが、野宿ではそうもいかない。
だから日色はこういう時、いつも身体にある文字を書く。
それは――『清』。
これで全身に張り付いている汚れや汗などを消し去ることができるのはもう確認済みだ。
魔法を発動させると、文字が弾けて粒子状になり身体に注がれる。頭の上からつま先まで汚れが綺麗に落ちていく。
(うん、これはいつも思うが、なかなかに爽快な気分だな)
身体が清められていく様子は、まるでひとっ風呂でも浴びたような気分を得られる。
「あれ? お前何してんだ?」
うるさい奴に見つかってしまった。
「何でもない」
「何でもねえことねえよな? 俺は見てたぜ! お前が魔法を使って、何かこうぽわ~んとしてるのがな! 言え! 言っちまえぃ!」
本当にやかましい奴だと日色は嘆息してしまう。
「それにだ、獣人の鼻をバカにすんなよ! さっきまで汗のニオイしてたのに、今しねえぞ! どういうこった!」
指を突きつけてきたので、その指を掴み――めきょ……っと、力を込めて曲げてみた。
「ノォォォォッ! 何てことしやがるんだてめえはっ! 鬼かっ!」
「指を差すな変態鬼畜魔」
「また新しい呼び名かよぉ! お前もうホントふざけんなよな! つーか鬼畜はてめえだコノヤロウ!」
もう三十代のいいオッサンなのに、ドンドンと足で地面を叩き悔しがる様はまるで子供だ。
そんな中、ミュアがクリッとした大きな空色の瞳を向けて聞いてくる。
「わたしも気になりました。何をしてたんですか?」
純粋な好奇心。どことなく目がウルウルと潤んでいるような気がする。
蔑ろにしてしまうと、間違いなく彼女を義理の娘として溺愛しているアノールドが面倒なことを言ってくるに決まっていた。
「…………はぁ、まったく煩わしい奴らだ」
日色はミュアに対し、人差し指をすぐ下に向けてトントンと突く仕草をする。
「ちょっとこっち来い」
「え?」
「いいから来い」
「あ、はい」
ミュアは何だか分からず言われるがまま、日色の目前に立つ。日色は彼女の手を取ると、ミュアは「えっ!?」と声を上げて顔を赤く染め上げる。
「ああっ! お前なに勝手にミュアの手に触ってんだよ! そんなの良いと思ってんのか! いいや、そんなのお父ちゃん許しませんからね!」
「黙れ犯罪者予備軍」
「誰が犯罪者予備軍じゃっ!」
殺気を溢れ出して鼻息を荒くしているアノールドを無視し、日色は彼女の甲に文字を書いていく。そして書き終わった瞬間に魔法を発動。
先程の日色と同様の現象がミュアにも起こる。
「ん~なんか気持ち良い~」
ミュアは顔を上気させながら目を閉じている。彼女にも『清』の文字を書いたのだ。日色が味わった清涼感を彼女も感じてウットリしている。
「お、おいミュア?」
彼女の様子が気になったようでアノールドが問う。
「すっごいよおじさん! ヒイロさんの魔法! お蔭で気分スッキリだよ!」
「え? あ、そうか? はは~ん、やっぱ俺が思った通り、魔法で身体の汚れを取り去ったんだな。よし、一丁俺にも――」
「やらんぞ」
「なんでぇっ!」
「チビは女だ一応な」
「い、一応……」
日色の言葉に少なからずショックを受けガックリするミュア。
「オッサンはもう汚れきっちまってるんだ。今更……な?」
「そんな哀れむような目で見るなチクショウが! つうか汚れきっちゃいねえよ!」
俺は手遅れじゃねえと叫び続けるので、いい加減鬱陶しくなる。
仕方なく空中に文字を書いてアノールドに放つ。すると彼はバタッと倒れた。
「え? あ、あれ? おじさんどうしたの!?」
「眠らせた。うるさかったからな。お前もさっさと眠れ」
「う、うん」
アノールドに与えたのは『眠』の文字。文字通り彼は安らかな夢の中に落ちた。だが日色には一つ気がかりなことができた。
(今の『眠』の文字……書くのにずいぶん時間かかったぞ?)
どうせアノールドのことだから、自分もと催促してくると踏んでいた。なのでミュアに『清』の文字を使用してからすぐに『眠』を書き始めたが、普通の文字を書くよりもかなり遅かったのだ。まるで沼の中に手を突っ込んで書いているような感じだった。
(なるほどな。やはり文字に込められた威力に従ってそれぞれ制限があるってことか)
実は『死』と言う文字や『滅』という、直接相手を滅ぼすような文字はイメージしても書けなかった。逆に建物を一瞬にして破壊する『壊』の文字はすぐに書ける。
つまり生物に関しては制約みたいなのがあると日色は考えた。どちらにしろ『眠』に関しての情報を得られたのは大きい。
いくら便利な魔法でも、やはりそれなりに制限があるのは当然。その制限を理解し、上手く行使していく必要がある。
クイッと日色の服を誰かが引っ張る感覚があった。
「ヒイロ……ウイとハネマルもほしい」
ミュア以上の純朴な瞳が二つの存在から向けられる。こうなったら何を言っても聞かないのは分かっていた。日色はウィンカァとハネマルにも『清』の文字を書いてやる。
気分の良い爽快感に包まれて、彼女たちが自然と闇の中に意識を溶かせるのはあっという間だった。
日色はミュアたちが眠ったのを確認すると、その場から立ち上がり森の奥へと向かう。周りには誰もいない。暗い森が広がっているだけ。
皆と離れた理由は、毎日行っている魔法の練習をするためだ。欠点なども確認するために、あまり他人には見せたくない。
(さて、今日もいろいろ試してみるか)
指先に魔力を集中させていると、遠くの方に小さな光が浮かんでいるのを目視する。
「……何だ?」
確認がてら行ってみることにした。そこは開けた場所になっており、小さな丘を形成している。
その丘の上で幾つもの小さな光が、不規則に動き回っていた。
(蛍? いや、蛍にしちゃ大きいか?)
蛍よりも大きな光を発する複数の物体。
目を凝らしながら見つめていると、段々とその輪郭がハッキリしてくる。光の中に小さな何かがいる。
(おいおい、アレってまさか……?)
身体はどちらかというと人間よりだが、とても小さく背中に羽が生えているようだ。淡い光を全身から放ちながら空を自由に飛び回っている。
「……『精霊族』?」
思わず声を出してしまったことで、向こうもこちらに気づいたのか動きを止める。しまったなと後悔したが、光はそのままの状態でジッと動かない。
(しかもアレは……妖精だな)
図鑑で見た知識からそう判断した。ほとんど人前には現れない稀少種族である『精霊族』。
その中でも澄んだ空気と豊かな自然がある場所にしか生息しないとされている。
特に妖精は警戒心が強く、その姿を見ただけで吉兆ともされているのだ。
日色は珍しいものを見ることができて、ファンタジー世界に感心を覚えていたが、どうせすぐに彼らは、日色の姿に怯えて逃げてしまうだろうと少し残念に思う。
しかしどういうわけか、こちらに向かって複数の光が飛んでくる。数えて四匹。
近づいてきたお蔭で見た目もハッキリ視認できた。
彼らの髪の毛の色は、それぞれ赤、青、黄、緑とカラフルである。違いといえばそれだけ。大きさも顔の形や服装も同じ。
「ねえねえ、今この獣人、ううん人間、私たちを見てたよね? 見てたよね?」
「うんうん、それで『精霊族』って呟いたよね? 呟いたよね?」
「お母様の話と違うね? 違うね?」
「そうそう、『人間族』には私たちは見えないはずだよね? 見えないはずだよね?」
とてもやかましい。これはアノールドレベルだと思った。
顔の周りをハエのようにブンブンと飛ばれ、口々に好きなことを喋る四匹。だがそこで気になったことが一つある。
「お前ら、どうしてオレが獣人じゃないって分かったんだ?」
そう、今の日色は『化』の文字で獣人化しているので、外見上はミュア・カストレイアと同じ獣耳を持つ銀髪獣人のはず。それなのに飛んでいる妖精はそれを瞬時に見破った。
「うわ! 喋った! やっぱ私たちが見えるんだ! 見えるんだ!」
何故か嬉しそうに、髪が赤い妖精が飛び回る。日色はその赤色妖精に対して口を開く。
「あのな、いいから答えろ。どうして分かった?」
「え? だって本物じゃないでしょ? ないでしょ?」
キョトンとしながらも、それが当然のように言ってくる。
「本物? どういうことだ?」
「キャハハ! 人間知らな~い! 知らな~い!」
今度は黄色妖精がはしゃぐ。
「おっもしろ~い! おっもしろ~い!」
さらに今度は青色妖精が。いい加減ウザくなってきた。
「教えてあげるよ! 『精霊族』は、視る種族だからね! 視る種族だからね!」
教えてくれたのは緑色妖精。
「視る種族? 意味が分からんが?」
「キャハハ! 意味が分からんが? 意味が分からんが? キャハハ~!」
赤色妖精は何が面白いのか、日色の口真似をして飛び回る。すると緑色妖精が続ける。
「私たちの瞳は真実を見極める。見極める」
「見極める? ……つまり、その者の本質を見抜くことができるってことか?」
「おお~アッタマ良い~! アッタマ良い~!」
馬鹿にしたように青色妖精が笑う。『落』の文字を使って地面に叩き落としてやろうかと本気で考えてしまう。
「そうそう、だから分かるの! だから分かるの!」
黄色妖精が頷きを返す。疲れるので、代表者一人だけが話してほしいと思う。
「んん? でもアレアレぇ?」
突然赤色妖精が日色を見て眉を寄せて口を尖らせてその口に人差し指を押し当てている。
他の三匹も「どうしたの?」と聞いている。
「う~ん、この人、ホントに『人間族』ぅ? 『人間族』ぅ?」
「え? 違うの? 違うの?」
「きっとそうだよ。きっとそうだよ」
「でももしかしたら、違うかも。違うかも」
赤、青、黄、緑の順で話す。
「よく分からないけどぉ、前に見た『人間族』とは違う気がするぅ。違う気がするぅ」
赤色妖精がジッと日色を見つめながら、思い出したようにアッとなって手をポンと叩く。
「そうだぁ! お母様なら分かるかも! 分かるかも!」
「そうだそうだ! 分かる! 分かる!」
「行くの? 行くの?」
「でもいいのかな? いいのかな?」
先程と同じ順番で話しているが、日色は置き去りにされた感じで溜め息しか出てこない。
「ならいっくよぉ~! いっくよぉ~」
赤色妖精がそう言いながら両手を前に突き出す。
すると突然、彼女の前方の空間に光の切れ目が縦に生まれていく。そのまま切れ目が開いていき、そこにはなかったはずの闇の空間が広がった。
「……何だこれは?」
彼女の怪しい行動に対し、日色は身構えて警戒していると、切れ目は徐々に大きくなっていき闇の空間も広がっていく。
――数秒後、開き切ったのか、大人一人分くらいの大きさにまで広がったら拡張は止まった。
やはり中は何も見えない。真っ暗である。
「ここ通ってお母様に会いに行く! 会いに行く!」
「お、おい」
日色の手を取って赤色妖精が引っ張る。
(お母様とやらが何者か大体想像はつくが、コイツら、警戒心の欠片もないのか?)
別に日色は『精霊族』をどうにかしようなどとは考えてはいないが、もしそんな考えを持つ者ならどうするんだと、彼女たちの警戒の薄さに呆れる。
(だが少し興味があるのも事実だ。視る種族か……もしかしたらいろいろ情報を聞き出せるかもしれないな)
そう考えた日色は良い機会だと思い、真っ暗な空間に足を踏み入れようとしたその時、緑色妖精がふと立ち止まり、ある場所をジッと見つめ始める。
青色・黄色妖精もそれに気づき同じ場所を見つめていると、赤色妖精も日色の手を引くのを止めた。
(ん? どうしたんだ?)
彼女たちが見ている方向に日色もまた意識を向けた。一本の木の後ろ、そこにササッと何かが動く様子が見て取れる。誰かがいるようだ。するとコクンと首を傾げた緑色妖精がピューッと確認しにいく。
「きゃっ!?」
驚いたような声が木の後ろから聞こえる。その声に日色は聞き覚えがあった。
「………………チビか?」
「もしかして知り合い? 知り合い?」
赤色妖精が聞いてきた。今の声がミュアの声だというのを日色は確認している。
「出てこい、チビ」
するとゆっくりと木の後ろから申し訳なさそうな表情をして出てくるミュア。
「ご、ごめんなさい……あ、あの……ヒイロさんがいなかったので……」
日色を探しにきたようだ。
「もしかして話を聞いていたのか?」
「う……ごめんなさい」
盗み聞きしていたことを問い詰められるのかと思っているようで浮かない表情だ。
しかし日色は別段、彼女を責めようとは思っていない。目を覚まして仲間がいなければ不安になり探すのは当然のこと。特にミュアならそうするだろう。
そんな彼女の性格を理解している日色は、別に聞かれたくないことを聞かれていたわけでもないので、怒ってなどいない。
「別に謝らなくてもいい。ただこんな夜に一人で行動するな。オッサンが知ったら発狂するぞ」
「あ……はい」
日色に怒られなかったためか、ホッとした表情を見せるミュア。
「おお~珍しい種族! 珍しい種族!」
ミュアの周りを、円を描くようにして飛ぶ緑色妖精。
(ん? 珍しい種族?)
少し気になるワードを彼女が言ったので、微かに引っ掛かりを覚える日色。しかしすぐに緑色妖精が続けて喋る。
「ねえねえオルン! この子も連れてこうよ! 連れてこうよ!」
どうやら赤色妖精の名前 オルンというらしい。
「うん! その子ならいいと思うよ! いいと思うよ!」
「え? あ……ヒイロさん? わたしどうすれば……?」
ミュアはあれよあれよと勝手に話を進められてどうすればいいか戸惑っている。
「いいんじゃないか。何事も経験ってやつだ」
「で、でもあの……どこに? おじさんたちに知らせなくてもいいんですか?」
「さあな。コイツらから敵意は感じないし、多分この先に行けば、コイツらの母とやらに会えるんだろうな。オッサンたちは寝かせておいてもいいだろ」
「……いいのかな……?」
「嫌なら残ればいいだろ? オレは興味があるから行くぞ」
「あ、わ、わたしも行きます!」
真剣な眼差しをぶつけてくる彼女に対し「ならとっとと行くか」と日色が言うと、妖精たちも次々と闇の空間へと進んでいく。ミュアは怖いのか日色の近くにくると、そっと服の裾を掴む。
二人はゆっくりと闇の空間の中へ足を踏み入れた。
時間にしてほんの数秒ほどだろうか。全身を空間の中に入れて少し歩いた瞬間、パパッと、まるで突然スポットライトを当てられたような強烈な光が全身を包む。
その光量に思わず日色とミュアは目を強く閉じ、ゆっくりと瞼を上げた。
「――――なっ!?」
そこは温かな空気に包まれていて、虹のような光が天から降り注ぎ、『精霊族』であろう妖精がそこら中に飛んでいる、眩しいくらいに明るい光景が広がっていた。




