41:次の目的地へ
宴が終わった翌日、日色たちは旅に出る準備をマックスの家で行っていた。
マックスたちからはもっと滞在期間を延ばせよという要望があったが、他にも回らなければならないところもあるからとアノールドは渋々断ったのだ。
日色にとっても蜜菓子を十分満喫できたので、もう【ドッガム】には用がなかったのでアノールドに賛成する。
マックスたちは残念がっていたが、せめてものお礼にと、ライドピークと呼ばれるモンスターを用意してくれた。
このモンスターはフサフサした白い毛で全身を覆った地面を走って移動する翼が退化した鳥である。大きさは大人一人なら余裕で背に乗ってドライブできるくらいだ。
ちょうど村には三匹のライドピークがいるので、目的地まで利用すればいいということで貸してもらったのだ。これなら歩かずに広大な獣人界を動き回れるので気が利いたお礼である。
日色は額にミカヅキ型のあざが目立つライドピークを貸してもらった。アノールドとミュア、ウィンカァとハネマルという組み合わせで乗るようにした。
熊人総出で見送ってくれるそうだ。さすがにルッソは出て来られないようだが、家から出る時はしっかり挨拶を受けた。
「やっぱ何だか寂しいよなぁ」
「そう言うなってマックス。またすぐ来るからよ!」
「そっか? なら待ってっから早目に来いよ?」
「ははは、分かったよ」
そこへミュアがアノールドに向かって口を開く。
「でもほんとに用事はもういいのおじさん?」
「ああ、ここに来た目的は蜜だったしな。この通り、ちゃ~んともらったし」
袋の中を見せて、瓶に入った蜜を見せるアノールド。何のためにアノールドが蜜を必要としているのか知らないが、大して興味はなかったので日色は聞かなかった。
アノールドたちがライドピークに乗ったので、日色もまたその背に乗ろうとした時、
「待ってヒイロくん!」
見ると息を切らしながらススがやって来た。何だと思いながら彼女を見る。
「ねえヒイロくん耳かして」
日色だけでなく皆がススの言動に眉をひそめている。
「ねえ早く早く!」
急かすので仕方なく膝を折ると――――――――――――――――――――――ちゅ!
突然頬に生温かいものが触れる。
「なあっ!?」
驚いて声を上げたのはマックスだ。
もちろん日色も慌てて跳び退いて険しい顔つきをする。
「何のつもりだ?」
問い詰めるように言うが、ススは舌をペロリと出すと、
「お礼だよ! じゃあね、金ピカのヒイロくん!」
「は? き、金ピカ?」
何だかよく分からないが、これ以上長居すると面倒になりそうなので素早くライドピークに乗った。
ススの金ピカという言葉の意味は分からなかったが、マックスが頬を引き攣らせているので、日色は即座にこの場を離れていく。
「じゃ~ね~!」
「おいスス! お前なにしてんだよ!」
「いいんだも~ん! お礼だも~ん!」
命の恩人に対し怒るに怒れない彼は、行き場の無いモヤモヤを空へと向けて「娘はやらんぞぉぉぉっ!」と叫ぶことで発散していた。
村人たちはそんなマックスに苦笑を浮かべながらも、日色たちの背中が見えなくなるまで手を振ったり頭を下げていたりした。
「おいヒイロ! な~んでお前はいっつもああやって美味しいトコだけ持ってくんだよ!」
ライドピークに乗って走っていると、突然わけの分からないことを言い始めたアノールド。
恐らくススにキスされたことを追及しているのだろうが、日色にとっては別段何とも思っていない。
「ほう、ならオッサンは幼女からキスをしてほしいと? いよいよもってヤバイなオッサン」
「ち、ちっげえよっ! そ、そういうことじゃなくてだな! えっと……ああもう! とにかくいろいろダメだお前は!」
「意味分からんぞ」
呆れて溜め息しか出てこない。しかし、アノールドだけでなく、おかしな態度をしている者はまだいる。
それは先程からチラチラと恥ずかしそうに見つめてきているミュアと、何かを訴えるようにジ~ッと見つめてくるウィンカァだ。
「……何か言いたいことでもあるのか?」
まずはウィンカァに向けて聞いた。
「…………ウイもちゅ~していい?」
「しょ、しょんなだいちゃんなっ!?」
彼女の言葉に瞬時に答えたのは日色ではなくミュアだった。
顔を茹でダコのように紅潮させながら叫んだ。恐らくは「そんな大胆な」と言いたいのだろうが、噛み噛みだ。
「はぁ、キスならハネッコにすればいいだろ。もしくはオッサンにしてやれ。泣いて失神するほど喜ぶぞ絶対」
「確定っ!? 失神するの確定かよっ!? お前の中で俺は一体何なんだよ!」
「ただのロリコン」
「よぉ~しよぉ~し、いつかは拳で語らねえといけねえと思ってたが、やっぱてめえは一度泣かしちゃるわいっ!」
「お、おじさん暴れないでぇぇぇっ!」
ライドピークの上で暴れると危険なのでミュアが注意をするが、アノールドはビシッと指を突きつけて、
「俺はノーマルだっ!」
と高らかに宣言する。日色は鼻で笑うと、懐から本を出して読み始めた。
「無視っ!? もうビックリするわ! ホントやるせないわお前の対応っ!」
いつまでも叫ぶアノールドを無視して日色は自分の世界に入っていく。そしてふとレッドスパイダーと戦った時のことを思い出す。
あの時、無意識だったが何か温かいものに包まれていたような感覚を覚えていた。そして自分の中に力が流れ込んできていた。あれは一体何だったのだろうか……。
だがいくら考えても答えは出ない。ただ気になるのはあの時に使用した《文字魔法》、何故いつも一文字だったはずなのに突然二文字が使えたのか。
あれから《ステータス》を調べてみると、確かにユニークモンスターを倒したことで劇的にレベルが上がり37まで上昇していた。
特段に変更したものはなく、チャレンジしても二文字は書けなかった。あれはマグレだったのかもしれない。
ただそのマグレのお蔭で生き残れたのも事実。
(だがそんなマグレがそんな都合良く起こるものなのか……?)
考えていると何となくススが別れ際に言っていた言葉が気になった。
(金ピカ……何でアイツはオレをそう呼んだんだ?)
そういえばミュアもまた、不思議なことに日色に対して金色の炎を出せるかどうか聞いてきたのを思い出す。
(オレが意識を失っていた時、あの場にいて意識があったのは二人……)
それがミュアとススだった。
日色は本をパタリと閉じて懐にしまうと、視線をミュアへと向ける。
ミュアも視線に気づいたようで目を合わせてきた。
「おいチビ、ちょっと後ろに来い」
「……え!? ど、どどどどどうしてですかっ!?」
突然の申し出にミュアは叫んだ後、何故かモジモジしだした。
「お、おいヒイロ! お前いきなり何言ってんだよ!」
「ちょっと話を聞きたくてな。……チビ」
ポンポンと日色は、騎乗部分である自分の後ろを手で叩くと、彼女は戸惑った様子を見せながらも、「は、はい」と了承した。そしてライドピークたちの足を一旦止めて、ミュアを日色のライドピークへと乗せた。
アノールドは頬を引き攣らせて睨んできているが、日色は無視して再びゆっくりとライドピークの歩を進めていく。アノールドたちも追ってくる。
「なあチビ、お前……金色の炎がどうとか言ってたよな?」
「え? あ……へ?」
どうしてか頬を紅潮させているミュアに前を見据えながら声をかける。
ミュアは腰に手を回すのではなく、遠慮しているのか、後ろで日色の服をギュッと握っている。
「オレがユニークモンスターに囚われていた時、お前はずっと見てたんだろ?」
「あ、はい」
「その時のことを話してくれ」
「わ、分かりました」
ミュアから意識がなかった時のことを聞いた。
俄かには信じられない内容ではあったが、あの場にいた二人が共通項である『金』という言葉を出したということは幻ではないだろう。
「オレが金色の炎を纏っていた……か」
「お、覚えていないんですか?」
「ああ、まったくだ。だが……」
確かに意識を失っていた時、太陽のような金色の光に包まれていた感覚を覚えていたのは確かだ。
「ど、どうかしたんですか?」
急に黙ったので、ミュアはその空色の瞳を心配気に揺らして尋ねてきた。
「……いや、話してくれて助かったぞ」
「あ、いいえ。で、でも……」
「ん?」
「あ、あの時のヒイロさん……その……あの……と、とっても綺麗でカッコ良かったですぅっ!」
彼女なりに、記憶がない日色に対しての慰めなのだろうと日色は思い、思わず肩を竦めてそのまま後ろを向いて彼女の額を右手の人差し指でトンと軽く押し、「生意気だぞ」と呟くように言った。
「あう」
押されたミュアは片手で額を押さえて恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
それを羨ましいように直視しているウィンカァと、憎らしい目つきで睨んでいるアノールドが周りにいたが相手をしなかった。
(金色の炎? いや、炎とは限らないが、明らかに魔力とは違う力……?)
魔力は青白い色をしているので、別の力が働いているものだと判断する。
(それに知らない《文字魔法》の能力……)
そして日色は再び《ステータス》を出し、ある部分に着目する。
《文字魔法》 消費MP 30
指に魔力を宿しイメージを作り文字に起こす。その文字の意味に従って効力が引き出される。理を理解し、強制的に歪めてしまうほどの現象力を引き起こすユニーク魔法である。この魔法は、かつて?%&GR!&*……
(この文字化け……。思った以上にこの魔法ってのは謎が多いのかもしれないな)
日色自身、この魔法は自らの才能であり、また偶然の産物でもある天から与えられたものだと思っていた。だが考えている以上に、この魔法には何かが隠されているような気がする。
(いつか、謎の全てが解けた時、コイツが見たっていう金色の謎も解けるかもしれないな)
いまだ背後で顔を真っ赤にしている銀髪少女を見ると、彼女は目が合わさった瞬間に、さらに顔を隠すように日色のローブで顔を覆う。そんな仕草はとても可愛らしい。
日色はそのまま天を仰いだ。澄み切った青空に、真っ白な雲がゆっくりと空を泳いでいる。
(この世界は広い。いろんな奴らがいる。それに謎も多い)
この世界の広さと厳しさを改めて認識した。また一つの死線を潜り抜けたことによって、確かに生まれた自信。だがその自信の隣に謎も引っ付いてきた。
(オレはこれからも死なないために努力してやる。後悔しながら死ぬのはゴメンだ)
日色は決意を胸に秘め、力強い光をその瞳に宿していた。そしていつか、謎を解き明かしてやると誓った。
※
あれからすぐにアノールドがミュアを呼び、日色の傍から無理矢理引き剥がされた形にはなったが、実際に心臓がドキドキし過ぎていたので、ちょうど良かったのかもしれないとミュアは思った。
そしてライドピークに乗って、隣で走っている日色の横顔を、恥ずかしげにチラリと見たミュアが、彼の覚悟を秘めた眼差しに気づいた。
レッドスパイダーを日色が倒した時、彼が全力で拳を掲げて勝利宣言した時のことを思い出す。
あの時の日色の表情にミュアは見惚れていた。彼のあの宣言だけで、戦いが生易しいものではなかったことがよく分かる。
辛くて苦しくて、必死に戦ってようやくギリギリで掴めた勝利。だからこその純粋な叫びだったのだ。
ミュアは自分もいつかあんな叫びをしたいと思う。達成感や充実感などが満たされた唯一無二の叫び。
でも弱い……心も身体も弱過ぎる今のミュアには、遠過ぎる叫びだ。
ウィンカァの時にも思ったように、やはり自分ももっと強くなりたかった。
日色やアノールド、そしてウィンカァの背中に追いつき、ともに戦いたい。
今回自分ができたことはほとんどない。何故かルッソは、「あなたのお蔭で楽になったわ」と言ってくれていたが、正直何もしていないとミュアは思っていたので首を傾げていた。
(わたしだって叫びたい!)
日色のように。ミュアは大空を見上げて雲を掴むように手を伸ばす。
(いつか、ヒイロさんのように!)
ミュアは再び日色の横顔を見つめる。そしてそのままジ~ッと見つめていると、ふとその視線が彼の唇に向く。
(はぅ~っ!)
ススが彼の頬にキスをしたことを思い出し、顔に熱がこもる。あんな公衆の面前でキスなんてススの心の強さに驚愕してしまう。
とてもではないが自分には無理だとミュアは思う。ただでさえ先程、彼の傍にいて額をトンとされただけで心臓が破裂しそうだったのに。
だけどそれでも――――と、ミュアは密かにこう思っている。
(心が強くなったら、もう少しだけヒイロさんに近づけるかな……)
ミュアはそういう意味でも強くなりたいと心底思った。だがそんなことばかり考えていると、少しも顔から熱が出て行ってくれないので、ミュアはブンブンと顔を振る。
「あ、あのおじさん!」
「ん? 何だミュア?」
「そ、その、次の目的地はどこなの?」
とりあえずアノールドに話題を振って、今の考えを振り切ろうと考えたミュア。
「それはオレも気になるぞ」
予想外に日色が会話に入ってきたのでミュアは戸惑ってしまう。大きく深呼吸してできるだけ平静を保つ。
「言ってなかったっけか? 次の目的地は――――【獣王国・パシオン】だ!」
「ほう、それは楽しみだ」
日色が頬を緩ませながら答える。
「獣人界が誇る王国か……どんなところか行ってみたいと思ってたところだ」
「ウイもそれでいいか!」
「ん……」
「アオッ!」
アノールドの問いにウィンカァとハネマルも了承する。
「よ~し! んじゃ目指すは【パシオン】っつうことで! 飛ばせえライドピーク!」
アノールドの掛け声で歩いていたライドピークが走り始める。
「やれやれ」
日色もライドピークを走らせる。ウィンカァもだ。急ぐ必要はないとミュアは思うが、アノールドはニカッと白い歯を見せる。
「しっかり掴まってろよミュア!」
「うん!」
それでもミュアは思う。風が気持ち良いって。




