29:信頼関係を示して
「フハハハハハハハ! オレに不可能はない!」
厨二的で魔王な様子全開で日色は高笑いをする。
そう、見事引き当てたのは金色の玉だった。
そして高々と突き上げた拳の甲には青白い光を放つ文字が書かれていた。
その文字は――『幸』。
どんな文字を書こうかと悩んだ。『運』と書いても良かったが、それでは運が上がるのか下がるのか指定できるのか分からなかった。
なら『出』は? それは玉が確実に出るだろうが、金の玉かは選別できない。
なら『当』は? これが一番迷った。これなら当選できるかもしれないと。しかし自分に書いてそれが効果あるのか分からなかった。
ガラポン自体に書くのなら完璧かもしれないが、自分の手に書いても意味がないのではと思ってしまった。
だから『幸』にしたのだ。これならば、自分が幸せになるイメージを強く持つことができる。
魔法はイメージ、雑念が入れば力が劣る。
ハッキリと認識し易い『幸』の文字にしたのだ。相変わらずのチートっぷりだった。
しかもそれを四段階の構えをしておいた。それは他の三人にも同じ字を書くということだ。そうすれば、四人のうち誰かが当選する確率が比較的に上がるからだ。
だがこれは日色の魔法が露呈するという条件に基づくものであることも確かだった。
(うん、しかし後悔はない。美味いもののためだ)
バレる面倒さよりも食欲に負けた信念だった。
まあ、バレるとはいっても、アノールドたちにはもうバレているようなものなのでそれほど抵抗がなかったのも事実だ。
結果、何と四人とも連続して目当てのものをゲットすることができた。
アノールドとミュアは、あまりの現象に唖然とはしていたが、こうなったら説明してやろうと思った。何故なら今、日色は機嫌が良いからだ。
ちなみにウィンカァはただただ喜んでいただけだった。
「お、おいヒイロ……?」
「聞きたいことはあるだろうが、今はコレを……食う!」
アノールドたちに説明するのは後だ。
手にはハンバーガーのような食べ物がある。中身はもちろんハピネスシャークだ。綺麗な桜色をしていて、それをレタスのような野菜で包み、甘辛いソースがかけられてある。
「はむ…………んむっ!?」
…………こ、ここはどこだ?
フワッと感じる潮の香りに、一瞬にして海の中にいる錯覚を覚えた。
深海の水圧のせいで凝縮された身。弾力もあり旨味も濃厚だ。サクッとしたパンとの相性も抜群で、一口食べるだけで大海の生命を感じさせるほどだった。
身は蕩けながら、舌の……いや、口全体の感覚を刺激してくる。その上、コリコリした触感も味わえる。これはアノールドの言っていた角だ。美味い。
絶妙な塩加減でフライにされた軟骨の何倍も美味い。骨も歯も全部、身体がすんなりと受け入れる。
(おいおい、こんな美味いものがあったのか!?)
今まで食べたどんなものよりも美味いと感じる。まるでまだ身が生きているかのように、胃の中で暴れている感じだ。
それが物凄く心地好い。
しかも身体に力が漲ってくるような感じがする。
これは……これは……
(……間違いなく大当たりだな!)
頬を緩ませてしまうのは自然の流れに違いない。
気を緩めるとあまりの恍惚さにそのまま眠ってしまうかもしれない。本当に気分が良い。まるで温かな日差しの中で、悠々と大海に浮かんでいる気分だ。
アノールドたちを見ると、ミュアはもう一心不乱に食べている。彼女も食べることが好きなようで、これほどのものを味わって上機嫌のようだ。
そしてアノールドだが――――何故だか泣いている。
ハッキリ言ってオッサンが泣きながら食事をする風景は、見ていて気分の良いものではない。
まあ、それだけ美味いということなのだろうが、少し気分が冷める思いを感じ、後で殴ろうと決意した。
ウィンカァも頬を上気させながら、ハネマルに自分の分を分け与えて堪能している。全員が全員幸せを感じていた。
「いや~満足満足! 余は大満足じゃ~」
アノールドは、嬉しそうに膨れた腹をポンポンと叩いている。
「うん、おいしかったぁ。えと……その……」
ミュアが日色を見た。
「その……あ、ありがとうございますヒイロさん」
「ヒイロ、ありがと。おいしかった」
ウィンカァも同時に礼を言ってきた。「気にするな」とだけ言っておく。
だがそれがきっかけになり、アノールドが当然の如く《文字魔法》のことを聞いてきた。
「さて、んじゃ聞かせてくれや。さっき俺らの手の甲に書いたやつのことをよ。これまでずっと教えてくれなかったけど、そろそろ教えてくれてもいいだろ?」
「…………まあ、いいだろ」
「え? ホントにいいのか?」
どうせまた断られると思っていたのか、アノールドはつい聞き返してきた。
「何だ? 聞きたくないのなら言わないが?」
「ああいやいや、聞かせてくれ! あの文字……ありゃ何だ? 魔法には違いねえんだろ?」
他の二人も日色の口に注視している。
やはり得体の知れない魔法に興味があるようだ。アノールドは以前にも、自分の身体に文字を書かれていたので、より興味があるようだ。
「そうだ。《文字魔法》と言ってな、ユニーク魔法だ」
「やっぱそうか」
アノールドはユニーク魔法だと気づいていたようだ。まあ、短いながらも彼らの目の前であれだけ魔法を使っていれば気づかれていてもおかしくはない。
何といっても、火や光を生み出し、傷を治癒したり、果ては他人の身体能力を上げたりもしている。アノールドは体感しているので気づいて当然だろう。
「でもよ、今まで見てきたどのユニーク魔法と比べても、何か奇妙な魔法だよな? 一体どういう原理なんだ?」
実際にどこまで言おうか迷った。気分が良いので少し情報を与えたが、それ以上言う必要があるだろうか。
そこで彼らという存在が自分にとってどういう立場にあるものか思い出す。妙な縁で知り合い、こうして旅をし続けてきた。
ハッキリ言って、三人ともお人好しでバカ正直な連中だ。そして仲間を大事にする。そんな彼らは、日色のことを仲間だと思っているだろう。
少なからず死線に似た経験も彼らと潜った。
それが日色の中で信頼関係として少しだが太くなっていたのだ。
もう少しだけ話してもいいかなと思い、日色は口を開いた。
「お前らの手の甲に文字を書いただろ?」
「あ、ああ」
「その文字はオレが住んでた所で使われていた文字で、オレはその文字の効力を現象として引き起こすことができるんだ」
こちらには漢字がないので、三人には読めないのだ。それからざっくばらんに魔法の説明をした。ウィンカァ以外は鳩が豆鉄砲をくらったかのような表情で聞いている。
特にアノールドは「あんな文字あったっけか?」と腕を組み考え込んでいた。
ウィンカァは「おお~」と声を出し感動を表している。
「ていうかヒイロ、お前の魔法凄過ぎじゃね?」
「うんうん」
アノールドの言葉にミュアも肯定するように首を動かす。
「知らん。持って生まれた才能というやつだ」
「いや、確かにそうだろうけどよ……それにしても、今まで聞いたどのユニーク魔法でも、そこまで強力なもんはなかったぜ?」
「ほう、例えばどんなのがあるんだ?」
自分と違うユニーク魔法には興味がある日色。
「そうだな、空間を扱う魔法とか、人を洗脳したりする魔法、他には……モンスターを操る魔法とかだな」
「確かにどれも強力そうだな」
特に洗脳はヤバイと日色は感じた。どんな方法で洗脳するのかは分からないが、他人に心を奪われるのは強力過ぎる魔法である。
「けどな、お前のその《文字魔法》なら、今挙げた魔法を使うことだってできんじゃねえの?」
正直言えばできる……とは思う。オリジナルのように細かいコントロールまでは別だが、それに準じる効果の文字を使えば可能だ。
「確かにできるな」
「やっぱひっきょうだわ~、お前すっごくひっきょう~!」
ミュアもまた声に出さないまでも首肯して同意している。
「だがな、オレの魔法は万能ではあるが、決して無敵というわけじゃない」
「どういうこった?」
「さあな、そこまで教える義理はない」
さすがに欠点までは教えるわけにはいかない。いくら少しは信頼できる彼らといえど、言えないことはやはりある。
「ぐ…………いや、まあ確かに欠点を簡単に教えるバカじゃねえかお前は」
「そういうことだ」
「けどな、それを差し引いてもその魔法は魅力的過ぎるぞ! まさにロマンがある!」
「どうでもいいが、オレはもう疲れたから宿に行く」
「聞けよ人の話!」
相変わらずの日色のマイペースさに、アノールドは溜め息を吐き、大人しくついて行こうとする。
「何だ? 祭りはもういいのか?」
後ろからついてくるので、日色は不思議に思い尋ねる。
「え? ああまあ、俺は十分堪能したけど……」
「わたしも楽しかった!」
「ウイも……いっぱい遊んだ」
「アオッ!」
「と、いうわけだ」
「ならさっさと宿を取って来い下僕」
「何度も言うが、俺は下僕じゃねえ! つうか少しは歳上を敬えコノヤロー!」
「たかが早く生まれただけで偉そうに」
「そのたかがで、多くの人生経験してきてんだよ! 謝れ! 今すぐ俺に謝れぃ!」
公然で叫びまくるアノールドを見て日色は言う。
「………………こんな大人にはなるなよチビ」
「どういう意味だコンチクショウがぁっ!」
日色はミュアに視線を動かす。ミュアもフォローの仕様がないのか困った表情になる。
ギャーギャーとうるさいアノールドを放っておき日色は宿へと向かった。だがそこで問題が発生してしまった。
※
「……え? 部屋がない?」
アノールドは宿の受付で呆然としてしまっていた。
その後ろにいる日色からは極端とも言えるほどの不機嫌なオーラが漂ってくる。
「すみませんお客様。なにぶん祭りのお蔭と申しましょうか、余っている部屋が御座いません」
そう言われてもどうすればいいのか。特に後ろで殺気を孕ませながら睨みつけてくる鬼をどうやって説得するかアノールドは額から汗を流す。
アノールドはゆっくりと、そして静かに顔を振り向かせて、件の黒髪少年を見つめる。
「どうするつもりだオッサン」
「しょ、しょうがねえだろ? 無えもんは無えんだから」
「…………はぁ、街があるのに野宿か……」
虚ろな目で呟く日色は珍しかった。正直、ここまで野宿だったので、ようやくまともな部屋で眠れると思っていたようだ。だが残念ながらそれも叶わぬ夢と消えていった。
「くそ……祭りめ……爆発しろ」
怖い呟きが聞こえるが、日色もそれなりに楽しんだので、本気でキレるわけにはいかないと思っているみたいだ。
こんなことなら、祭りを回る前に宿を取るべきだったと思うアノールド。いや、その時からすでに部屋はなかったのかもしれないが、確かめておくべきだったと後悔する。
「あの……」
受付にいる者が声を掛けてくる。アノールドは気落ちしたような視線を向ける。
「もし宜しかったら、ギルドの方へ行かれてみてはいかがでしょうか?」
「ギルドへ?」
アノールドが聞き返す。
「あ、はい。ギルドには、一応職員用の仮眠室があるのですが、話をすればそこを開放して頂けるかもしれませんよ?」
するとアノールドは表情の陰りをなくし頷きを返す。
「確かにこの日ぐらいは貸してくれるかもしれねえ」
「行くの?」
上目遣いで見上げてくるミュアの頭にアノールドは手を乗せる。
「ああ、最後の希望に縋ってみるか」
「そこも空振りじゃないといいけどな」
「お前なヒイロ! 何でそういうことを言うかね! 少しは期待しろ少しは!」
「なら早く行くぞ」
「だから聞けよ人の話を!」
スタタと足早に日色は宿から出て行く。それを慌てて追いかける。
※
ギルドはそれなりの人数がいたが、どうにか四人と一匹くらい眠れる部屋ならあるというありがたい言葉を獲得。空振りに終わらず日色一行はホッとした。
仮眠室に通されて、ベッドに横になる日色。やはり野宿よりベッドの方が良いなと心底思う。
「ところでこれからどうする?」
アノールドがこれからどう国境を越えるか聞くと、日色はベッドの心地好さを感じながら言う。
「……関所は勝手に抜けたら駄目なんだろ?」
「まあな、正式に発行された《通関証》があれば別だけどな」
「持ってるのか?」
「ああ、俺とミュアの二人分ある。ウイは?」
「ん……ある」
ウィンカァも世界中を旅する父親を探し当てるという目標があるから、当然のごとく持っていたみたいだ。
「どうやって手に入れるんだ?」
「おいおい、そんなことも知らずにどうやって国境越えしようと思ってたんだよ?」
「話が通じない相手だったら…………力ずく?」
「怖えよ! 本来なら笑ってバカにするけど、魔法のこと聞いたあとじゃその解答怖えよ!」
どうせ《文字魔法》で役人を薙ぎ倒してでも越えるつもりなのだろうと空恐ろしく思ったようで、アノールドは顔を引き攣らせている。
「いいか? 《通関証》はギルドで申請して発行してもらうんだよ。ほら」
そいうやって日色が見せてもらったのは、どことなく電車の切符を一回り大きくしたものだった。そこには発行日や有効期限日などが書かれてある。
「ならここで……」
「いや、ここのギルドじゃ申請はしても、許可が下りるまでかなりかかるぜ?」
「……マジか?」
「マジだ。本来なら国王のお膝元である【人間国】のギルドで発行してもらうんだ。まあ、それでも一週間くらいかかるけどな。ここから申請を出して、【人間国】のギルドへ確認を取り、許可を貰って初めて《通関証》が手に入るんだよ」
まず申請を出すと、その人物の経歴、出自などが調べられる。もちろん犯罪歴などがあれば許可は下りない。
人物に問題なく、関所を通る十分な理由があると判断されれば、ギルドマスターが許可印を許可証に押す。それが《通関証》だそうだ。
「ほう、それじゃ【ヴィクトリアス】のギルドマスターって偉いんだな」
「何言ってんだ? お前そこにいたんだろ? 何で知らねえんだ?」
「興味ないからな」
「…………はぁ、いいか、覚えておいて損はねえ。ヒイロ、人間でSSSランクの冒険者が何人いるか知ってるか?」
「確か三人だろ?」
「ああ、その一人が【人間国・ヴィクトリアス】のギルマスだ」
「ふぅん」
「いや、ふぅんってお前なぁ」
そんなこと言われても基本的に他人に興味がない日色なので仕方がないのだ。
「凄いことなんだぜ? 実力、人望ともに優秀な者が選ばれる。獣人にも身体能力で匹敵すると言われてんだ。まさに化け物級だ」
「その化け物が地位と名誉に目が眩んだ奴だということは理解した」
「あ、あのなぁ……確かに【ヴィクトリアス】のギルマスは有事の際、国王と同等の権力を行使できるって言われてるが……言い過ぎじゃね?」
「知らん」
「……はぁ、じゃあ名前ももちろん知らねえわけだ。その人の名前はだな――」




