273:太陽の王国
四人の勇者たちが自分たちの世界へ戻ってから早一カ月が過ぎようとしていた。
当初は【人間国・ランカース】に住む人々は悲しみと寂しさに包まれていたが、それでも時間が経てば、やはりそれは薄らいでいってしまう。
今では皆が通常運転のようだ。少なくとも表面上では。
そして【太陽の色】にあるリリィンの屋敷の一室では、丘村日色が相変わらずベッドの上に寝っ転がって本を読んで寛いでいた。
しかし時折、ページを捲る手を結構な時間止めて、物思いに耽る。次に首を軽く左右に振り、「いやでもな……」と明らかに悩みを抱えている様子で溜め息を溢していた。
そんな日色の様子を、同じ部屋で訝しみながら見ていたニッキは……。
「どうも最近ですが、師匠が元気なさそうなのですぞ」
部屋から出て、リビングにリリィンたちを集めて疑問を提示していた。
リリィンはシウバが淹れた紅茶を嗜みながら、
「フン、アイツが元気ない? いつも通りだと思うが?」
「ねえニッキちゃん、本当にヒイロ様は元気なかったの?」
と、優しく尋ねるのはドジメイドことシャモエだ。
「むむむ……確かに元気がないというよりは、何かに悩んでるって感じですな」
「なるほど~。んじゃ手っ取り早くオレっちが聞いてきてぐふぅ!? な、何でいきなりぶつんだよ、ヒメッ!」
猿型になっていたテンが、今すぐに日色のもとへ駆けつけようとしたところ、人型になっているヒメがテンを止めるために頭を小突いた。
「あのね、そんなデリカシーの欠けるようなことは止めておきなさい」
「で、でもよぉ~。俺はほら、アイツの相棒でさ……」
「あの鈍感で、横柄で、図太さに神がかっているヒイロが悩みを抱えてるのよ?」
「あいっ変わらずきっつい物言いで……」
テンが頬を引き攣らせながら言った。
「とにかく、滅多に悩まないアイツが悩んでるってことは相当な大事よ。もう少し様子を見るべきだと私は思うわ」
「テンの言う通りだな。下手に近づいても煙たがられて終わるだけだ。まあその猿がいくらヒイロに嫌われようがワタシとしては一向に構わんがな」
「うわぁ、強烈な物言い……」
テンは頬を引き攣らせながら辛辣な言葉を吐いたリリィンを見つめた。
「今のアイツなら、本当に手が及ばない事態になれば周りを頼るだろうし、それまで待てばいいだろう。シウバ、ワタシたちは仕事に向かうぞ。今日も例の署名運動の件で忙しいしな」
「署名? 何のさ?」
「ノフォフォフォ、それはあとのお楽しみというやつでございますよ、テン殿。ではシャモエ殿、屋敷のことお任せ致します」
「はいです! ミカヅキちゃんと一緒にお掃除やお洗濯をしておきますです!」
「クイ~! がんばる~!」
「ではワタシは行ってくる。猿も余計なことはせずにジッとしておくんだな。それが嫌なら【スピリットフォレスト】に帰れ」
リリィンはそう言うとシウバを引き連れて屋敷を出て行った。
「ではシャモエたちも家事頑張っちゃいましょうです、ミカヅキちゃん!」
「いっぱいがんばってごしゅじんにほめてもらうぅ!」
ミカヅキはやる気満々で、シャモエとともに部屋から出て行く。
「ならニッキ、久々に私が鍛錬を見てあげるわ、来なさい」
「分かったですぞ! う~腕が鳴るですなぁ!」
ブンブンと腕を振り回しながら頼もしい雰囲気を醸し出しつつ部屋から出て行った。
そして残されたのはテンだけになる。
「……リリィンにはああ言われたけどよぉ……や~っぱ気になるよな」
どうやらテンの動き出した好奇心はそう簡単に止まることを知らないみたいだ。
※
「…………ふぅ」
もう何度目の溜め息だろうか。
こんなに答えの出ない問題を抱えたのは初めてかもしれない。考えても考えても何が正しい答えなのかさっぱり分からない。しかも考えれば考えるほど、だ
ただいつまでも先延ばしにできる問題でもない。
答えを必ず出すと自分で決めていることなので、放置することもプライドが許さない。
しかし……。
「待たせてるアイツらにも悪いからな……」
「何が悪いんだ?」
「うおっ!?」
突然声が聞こえてしまいベッドから跳ね起きてしまう日色。慌てて誰が部屋の中にいるのか確認してみると……。
「……何だ、黄猿か」
「よっ。何か悩んでんだって?」
デリカシーのない質問が容赦なく投げかけられてきた。
「別にお前には関係ない」
「ええ~俺とお前の仲じゃん! ほれほれ、言ってみ?」
そう言う彼の顔は明らかに面白いものを見つけた子供の無邪気さを携えていた。
「お前に話したところで何が解決するわけでもない。放っておけ」
「おいおい、こう見えても結構人生経験はあるんだぜ? 何を悩んでんのか知らねえけど、言ってみて損はねんじゃねえか?」
「お前はただ暇潰しに面白いことを探しにきただけだろ? あの糸目野郎と一緒だ」
「おいこら! 誰があんなあるかないか分からない目の奴と一緒だ! 失礼さ!」
「失礼ですね。これでもちゃんと見えてますよ」
「だったらもっとこうパッと瞼を上げてって居たのかよっ!?」
何故かいつの間にかペビンの姿もあった。本当にこの男は神出鬼没過ぎて気持ちが悪い。
「ウッキ~、今度は何を企んでやがるんだ、糸目野郎!」
「嫌ですねぇ。何も企んでなんかいませんから。決してヒイロくんが珍しく悩んでいる姿が面白くて観察していたわけではないですよ?」
「語るに落ちたな、このストーカーめ!」
「ははは、そんなに褒めないでくださいよテンさん」
「褒めてねえよっ! おいヒイロ、お前もコイツに何か……って、あっれぇ?」
いつの間にかベッドの腕にいた日色の姿はそこにはなかった。
思わずテンとペビンは互いに顔を見合わせ首を傾げてしまったのは言うまでもない。
「ったく、あんな場所じゃおちおち考え事もできん」
いきなり部屋に入って来たテンとペビンのことを思い返しイライラが増す日色。あの場にいるのが嫌だったので『転移』の文字で外へと出てきていたのだ。
「しかし……誰かに相談……か」
こういう時に頼りになりそうなのは一体誰だろうか……。
そう考えた時、ここはやはり見た目から頼りになりそうな人物を選ぶことにした。
ということで、すぐにまた『転移』の文字である場所へと向かう。
やって来たのは――【人間国・ランカース】。
その城門前に来てみたのだが、門番の兵士が日色の姿を見てギョッとなり、すぐに城の中へと姿を消した。
恐らくはジュドム王に報告しに行ったのだろう。都合が良いので、そのままにして日色は場内へと入って行く。残された門番が緊張した面持ちで敬礼をしていたが、何故自分にそれほどまでに緊張した態度を取るのか分からない。
場内に入ると、一人の男が日色に近づいて来る。
「――ヒイロ殿!」
やって来たのはウェル・キンブル。異世界に帰った勇者たちの教育係だった人物だ。あの時は一部隊を仕切る隊長だったが、今では出世して王の補佐役にして全部隊の指揮権を持つ総隊長の任に就いている。ジュドムが彼ならばと任命したのだ。
「ビックリしましたよ、急に尋ねて来られたと兵士から報告があって」
「悪いな。少しジュドムに用があって」
「恐らくそうだろうと思いまして、王にも連絡させに言っています。このままともに《玉座の間》へと向かいましょう」
そう言ってウェルが先導してくれる。
「そういえば、あれからもう一カ月ですね」
「一カ月?」
「ええ、タイシ様たちが元の世界に戻られてからです」
若干言葉を発する彼の顔が寂しげだ。よく考えれば、勇者と接してきた時間で考えるならば、彼もかなりの時間を持つだろう。友人、あるいは親友の位に立っていてもおかしくはない。
「彼らはあちらの世界で元気にやっておられるでしょうか」
「さあな。そればかりはアイツら次第だ」
「ですよね。ところで今日は何故王に?」
「…………」
「ヒイロ殿?」
ウェルの顔をジッと見る日色。かなりのイケメンだ。あの大志にも負けず劣らず。しかも彼もまたここ数年の経験で逞しさが増し女性にとって魅力的になってきていると思う。
「……一つ聞いていいか?」
「はい、何でもいいですよ」
「お前は…………モテるよな?」
「…………は?」
「女にモテるよなって聞いてる」
「えっと……あの……何故そのようなことを?」
戸惑う彼をよそに、足はしっかりと動いていたので《玉座の間》へ到着してしまった。
結局彼からの答えを聞けなかったのである。
ジュドムが日色の姿を見ると砕けた表情を見せて笑う。
「――よぉ、久しぶりじゃねえか! タイシたちを見送った時ぶりか。お前な、もうちっと顔見せにこいや」
「そんなに暇じゃない」
「どうせ日がな一日本でも読んでるんだろうが」
「否定はしない」
すでに日色が本の虫だということは三国には広まってしまっているようだ。
「そんで? 今日はどうしたんだ? お前がいきなり訪ねてくるなんて珍しいが」
「それなんだが……」
日色は周りを見回す。そこには侍女や兵士などがいる。
「む? まさか話し辛えことか? じゃあ俺の部屋に行くか」
「そうしてくれると助かるな」
「それとそこの総隊長にも一緒に来てもらいたいんだが」
「ウェルもか?」
「私が?」
ウェルが目を見開いて自身を指差す。今まで日色に感心を持たれたことがないはずなのでキョトンとしてしまっている。
そうして三人でジュドムの私室へと向かうことに。
テラスでテーブルを囲い互いに顔を合わせた時点で、
「さあ、ここから大丈夫だろ。何か深刻な問題でも起きたか?」
「深刻は深刻だ。とてもな」
日色からそのような言葉が漏れたことに驚いたのか、ジュドムもウェルも、これは大事そうだと感じたようでゴクリと喉を鳴らして表情を強張らせる。
何といっても世界を何度も救った英雄が深刻と口にするくらいなのだから。
「い、一体何があったんだ?」
「実はな……」
「おう……」
「………………女性問題に困ってる」
「「…………は?」」
ジュドムたちはポカ~ンと口を開けて固まってしまう。
「ん? どうした、そんな珍獣でも発見したような顔をして?」
「……お、お前が抱えてる深刻な問題って……女性問題なのか?」
「そうだが? 何かおかしいか?」
「おかしいに決まってるだろうがっ! こちとらまた世界を揺るがす大問題に発展しそうなことかって思って覚悟してたのによぉ! それが女性問題ィ!? ふざけてんのか!」
「なっ、ふざけてなどいない! こっちは真剣に悩んでいるから、こうしてお前らに助言を仰ぎにきたんだろうが!」
「だったらもっと軽い感じで話せや! 見ろ、手に汗かいちまったじゃねえか!」
「知るか!」
「何だとぉ!」
「ま、まあまあお二人とも! 言い争っていても仕方ないではありませんか!」
二人の間に入ってウェルが止めに入る。もし彼がいなければ、なかなか収拾がつかなかったかもしれない。彼を参入させたのは、思わぬファインプレーだった。
「とりあえず、えっと……ヒイロ殿」
「何だ?」
「その、女性問題とはどのようなことなのですか?」
「実はだな……」
日色はかなりの気恥ずかしさを覚えながらも、せっかくここまで来たのだからと、ミュアたちに想いを寄せられていることを話す。
「――何だよぉ、そんなつまんねえことで悩んでんのか?」
「つ、つまらないとは何だ! こっちはどうすればいいか真剣に悩んでるんだぞ!」
「……要はお前がミュアたちから一人を選ぶのに悩んでるってこったろ? もしその中で一人を選んでしまうと、他の連中が悲しんでしまうって」
「…………そうだ」
「確かにヒイロ殿を異性として慕っている者は多いですからね。私が知っているだけでもミュア殿、ミミル殿、リリィン殿、イヴェアム殿はそうですよね?」
「他にもいやがるだろ? ウイとかうちのファラだってそうだ」
「ファラ様もなのですか!?」
「何だウェル、お前気づいてなかったのか……って、ヒイロ、お前もか」
初めてファラの気持ちを知って日色は寝耳に水過ぎて思考が止まる。
「ちょ、ちょっと待て、第二王女が……オレをだと? 何の冗談だ?」
「おいおい、あの様子で気づいてねえのか? どんだけ鈍いんだよ」
ジュドムに言われて今までのファラとの接し方を思い出してみるが、別段変わったことはない……と思う。
「得てして鈍感な野郎は女の些細な信号にも気づかねえもんだ。そこのイケメン君だって、場内には熱い視線を向ける連中が多いってのにまったく気づいてねえみてえだし」
「そんな。私などを慕ってくれる女性などいませんよ」
「ほらな。鈍感な野郎は、周りの視線にまったく気づいてねえんだよ。周りから見たら一目瞭然なんだけどよぉ」
やれやれといった感じで肩を竦めるジュドム。ウェルは惚けている様子もなく、本当に分からないと言った様子で首を傾げている。
「しっかし、お前の悩みがまさかそんなことだったとはなぁ……あ、ていうか何で俺のとこに来たんだよ?」
「お前なら恋愛経験も豊富だと判断したからだ」
元ギルドマスターであり、強さもSSSランカーだった彼ならば、女性からの支持も圧倒的に多かっただろうから。
「ハッハッハッハ、確かにお前らよりは多少経験値は豊富だろうがな。けどま、俺の経験なんて……いや、他の奴らの経験も関係ねえと思うぞ」
「は?」
「結局はヒイロ、お前がどうしたいか、だ」
「オレが?」
「そうだ。お前は多くの女性から一人を選びたいってんならそうすりゃいい。そんで、目一杯愛してやりゃいいんだ。他の連中もそれでお前を責めたりはしねえだろ。お前が悩み悩んで出した答えなんだしよ。しばらくは辛えだろうが、きっと乗り越えてくれるはずだ」
確かにそう……なのかもしれない。思った以上に、日色を支えてくれている女性たちは強い。身も心も、だ。
しかし……。
「それでもお前が他の連中も悲しませたくねえってんなら、もう一つの選択肢しかねえだろうが」
「もう一つ?」
「おう、全員と付き合っちまえ」
「ちょっ、ジュドム様っ!?」
「何だよぉ」
「何だよじゃありませんよ! 何てこと言うんですか! 複数の女性と……その……関係を持つことを勧めるなんて非常識なのでは?」
「けど昔から王族ってのは一夫多妻制だったじゃねえか」
「そ、それはそうですが、ヒイロ殿は王族ではないのですよ!」
「王族じゃねえけど、英雄だろ? しかも神の後継者だぜ? 王族より遥かに上だろ。なりたくてもなれねえぞ普通」
「た、確かに……あれ? ならいいのか? いやでも……」
困惑している様子がありありと分かる。ウェルの頭の上にたくさんのハテナが浮かんでいるようだ。
「けどまぁ、ウェルの言う通り体面上で考えて体裁が悪いってんなら、ヒイロ……オマエがどっかの国王を名乗れば問題なくなるんじゃねえの?」
「は? 何を突然」
「だってよ、そうすりゃお前に嫁ぐ女が何人でも誰も文句言えねえんじゃねえか。国のために世継ぎをたくさん作る必要性も出てくるし、将来的に英雄の血が各国へ行き渡ると考えられれば文句どころか逆に喜んでくれると思うぞ。少なくとも俺はそうだし」
「あのな、そんな簡単に国王になんてなれるわけがないだろ。第一国なんてそんな簡単に造れるわけがないだろうが」
「そうか? 下地はあるじゃねえか」
「下地? 何のことだ?」
この世界には三つの国しかないし、下地と思われるほどの場所があるとは思えない。
「あるだろ。三国のどの領域にも属してないで、かつ様々な者たちが住む国家のような街がよ」
「…………! アンタまさか……!」
ジュドムがニヤリとすると、
「そうだよ。――【太陽の色】だ」
確かに日本においても国というものは国家を意味し、独立性を備えた地域を差している。そういった意味では、【太陽の色】は獣人界にあるものの、別に【獣王国・パシオン】の政治体制に組み込まれているわけではなく、独立化した政治――つまりはリリィンの思想のもとに成り立っている場所だ。
「実はな、リリィンから相談を受けてたんだ。俺だけじゃねえぞ。三国の王が集まって会議した時にアイツが【太陽の色】を国家として築けないかって話をしてやがった」
「なるほど。確かに規模で言えば【太陽の色】は相応だと思いますし、あそこにはハーフや行き場所を失った者たちなど、三国とは合わなかった者たちが集っていますから、別の国家体制を築くこともできるかもしれませんね」
ウェルが何度も納得気に頷きながらそう答えた。しかし彼らは重要なことを一つ忘れている。
「一つ言っておくが、あの場所はリリィンの夢が結実したものであり、それを誰かが奪い取っていいものじゃない。国家になるのならば、王にはリリィンがなるべきだ」
「……あれ? お前聞いてねえのか?」
「何をだ?」
「…………アイツ、お前を王にするつもりだぞ」
「…………はあっ!?」
「ていうかそういう話は昔ヒイロともしたって言ってたけどなぁ」
「昔? 冗談言うな。そんな話なんて――……っ!?」
記憶をほじくり返してみて、あるシーンが思い浮かんできた。
それは初めて【魔国・ハーオス】へ辿り着き、そこでイヴェアムの手助けをするために戦争に参加することになった時だ。
『……どこの王も馬鹿ばっかりだな』
当時の人間王であるルドルフは、完全なる愚王。魔王イヴェアムは世間知らずの甘ちゃん。獣王レオウードは理解しがたいほどの戦闘バカ。少なくとも日色はそう判断しての言葉だった。それに対してリリィンは確かに――。
『ククク、どの国も、どの王もくだらない連中ばかりだ。いっそ別の国を建てて纏める方が、良いのではないか? ん? 王にでもなってみるか?』
そう、言い放ったのである。
無論冗談だと一蹴した記憶はあるが。
(アイツ、まさか本気だったのか?)
ずいぶんと前のことだ。その後に彼女の野望を――【万民が楽しめる場所】のことを聞いたのである。
あれから彼女は奮闘して、各国の王たちや支持してくれる者たちの力を借りて【太陽の色】を完成させることができた。
「お、その顔は心当たりがあるみてえじゃねえか」
「それは……そう、だが……」
しかし冗談のような一コマだし、断ったはずなのにまだリリィンが諦めていなかったとしたら……。
「少なくとも俺たち三国の王は支持するぜ。お前が王になることをな」
「……いや、王なんて立場はオレには合ってない。そもそもオレは見知らぬ他人のために動けるような人間じゃない。そんな奴が王になどなれるか」
「そんなもん、王になっていろんなものを背負っちまえば自ずと変われるってもんよ」
「変われるわけが……」
「ならお前は、この世界に来た初めと何も変わってねえのか?」
「!」
「そういうことだ。人は変わる。良くも悪くも、な。そしてそれは人と接することで変わっていくんだ。環境が変えていくんだよ。俺だって貴族でもなんでもねえ一般人だぜ? それがあれよあれよと王にまでなってんだ。それは何故か? 簡単だ。そういう声が俺を支持してくれたからだ」
ウェルもまた大きく頷いている。
「王ってのは血筋じゃねえ。俺は……民が選ぶもんだと思ってる。今リリィンが何してっか知ってるか?」
「え?」
「【太陽の色】に住む者たちへの署名運動だ。お前が王として相応しいかどうかの、な」
開いた口が塞がらない。最近さらに忙しく仕事していると思ったら、そんなことをしているとは……。
「あの場所に集まってくるのは、何もリリィンの思想に感銘を受けた奴らばかりじゃねえ。お前に村や街、集落を守ってくれた恩返しがしたいって集まる奴らも大勢いる。多分今後はもっと大きくなっていくだろうな」
「私もヒイロ殿ならば、良き国王になれるかと思いますよ」
「まあ、王なんてのはただの旗印でもいいと思うぜ。民が安心できる旗印だ。それだけでいい。あとは周りの連中が支えてくれるんだ。リリィンやシウバ、ニッキやテンとか、いろんな奴らがな」
彼らは立派な王になれると言ってはくれるが、正直に言ってそんな確証はどこにもないし、第一に心の底から一国の王など自分に務まるとは到底思えない。
どちらかというと大臣や王の補佐役のようないわゆるサブリーダー的な立場の方が合っていると自分を分析している。
しかし彼らの言うように王という冠を被れば、一夫多妻制を取ったとしても問題はないだろう。
(だが別の問題がある……)
それは……。
(オレがそんな甲斐性あるわけがないということだ)
そもそも今まで彼女一人作ったことも、女を好きになったこともない自分が、いきなり王になって多くの妻を持つというのがあまりに現実離れし過ぎて理解できない。
「カハハ! ずいぶん悩んでるみてえだが、あとはお前次第だと思うぜ」
「ジュドム様、そろそろ会議の時間が迫って来ているようです」
「おう、そうか。んじゃここらでお開きにするか」
そう言うと三人が同じように席から立ち上がる。
「いいかヒイロ、少なくても俺やウェルはお前の出す答えを支持するぜ。たとえ王にならなくてもな」
「ええ、それはきっと各国の者たちも同様だと思いますよ。あなたは世界を救った英雄なのです。もう少し欲張ってもいいかと思います」
「おお、良いこと言うじゃねえか、ウェル。んじゃそろそろ行くか」
「はい。ではヒイロ殿、また時間があればいずれ」
「じゃあな」
そう言って二人はその場を離れて行った。
テラスから日色は空を見上げて大きく溜め息を漏らす。
相談に来て、余計混乱してしまっている。
「王……か」
――その日の夜。
リリィンの執務室にノック音が響く。
「――入れ」
ガチャッと扉が開く音がし、入って来たのは日色だった。
「む? ヒイロか?」
机の上でしていた作業を中断して日色の顔を見るリリィン。
「少し聞きたいことがあってな。今、大丈夫か?」
「ああ、ちょうど一息つこうと思っていたところだ」
日色はリリィンに近づき、何気無く机の上に視線を落とす。大量の書類が積み重ねられてあり、見るだけで億劫になるほどの仕事量を想像させた。
「聞きたいこととは何だ?」
「ああ……」
「……ヒイロ?」
間を開ける日色を不思議と思ってか眉をひそめている。
「…………お前、ある署名運動をしてるってのはホントか?」
「! ……誰に聞いたのだ?」
「ジュドムにな」
「ったく、あの筋肉だるまめ。まあいい。もう街中でも話は飛び交ってるしな」
「何でもオレを王にするためと聞いたが……何故だ?」
「…………」
「お前が造り上げた夢の形がココなんだろ。だったらココを国家にしたとしても、お前が王を務めるのが筋じゃないのか?」
「確かにそうだろうな」
「前にお前はオレに聞いた。王にならないのかとな。それで断ったはずだ」
「それも覚えている」
「なら何故だ?」
「いろいろ理由はある。しかし一番の理由は――」
そう言って彼女が机の引き出しを開けて取り出したのは一通の書簡。
「この手紙がワタシに決断させた大きな要因でもある。読んでみろ」
手渡してきた手紙を受け取り、軽く表裏を確認する。どこにでも売っている安物の封筒であり、とても国家間でやり取りするような重要な手紙ではないことが一目で分かる。
中に入っていたのは――二枚の手紙。
「一枚はワタシ宛てで、もう一枚がヒイロ宛てだ」
そう言われたので、さっそく重なった二枚目を広げて目を通していく。
そこに書かれていた内容に、日色は思わず言葉を失う。
『はじめまして。わたしはせんそうのときに、ヒーローさまにたすけられました。ありがとうございました。ヒーローさまがたすけてくれたおかげで、わたしはいまも、いきています。せんそうをなくしてくれたヒーローさまが、わたしはとってもだいすきです。これからもヒーローさまがつくるせかいでいきていきたいです。おおきくなったら、ヒーローさまのためにおしごとをしたいです。もしヒーローさまが、おおきなおくにのおうさまになったら、りっぱなきしになって、がんばっておまもりしたいです。そのためにもまいにちがんばります。――リュカ』
「その子はアヴォロスが起こした戦争の被害者だ。覚えていないか、奴によって操られた子供たちがいたのを」
「……! そういえばいたな」
アヴォロスが造り上げた浮遊城【シャイターン】が、日色によって地面に墜落し、それを守るためにアヴォロスが、【人間国・ヴィクトリアス】から攫った子供たちや、《魔錠紋》で獣人たちを操って足止めをしたのだ。
その時に日色は魔法を使って子供たちをアヴォロスの呪縛から解放した。
「その子供たちの中にいた一人だ」
「なるほどな」
「この【太陽の色】を造り上げて、貴様が【ヤレアッハの塔】から帰って来て間もなくその手紙が一番最初に届いた。ワタシはそれを読んでその子が描く夢を見てみたいって思わされたのだ」
「意外だな。お前がそんなことを思うなんて」
「健気といえばそれまでだが、何故だろうな。その手紙を読んで、このような者たちが普通に夢を描き、それが叶う場所を用意してやりたいって思ったんだ」
日色はリリィン宛てだという手紙もサラッと目を通してみた。そこにも彼女に対しての感謝が述べてあり、一緒に日色を支えることができれば嬉しいといったようなことも書かれてある。
「これだけではない。他にも貴様に救われた者たちから手紙などが届いている。というかそういう話は前にも一度したはずだぞ」
「……そうだったか?」
「読むのが面倒だと言って取り合わなかったがな。仕方なくワタシが目を通しておいたが」
「それは人としてどうなんだ?」
「フン、未来の妻が相手なのだ。それくらい許容しろ」
「……まだ妻にした覚えなどないが」
「まだ……と言ったな?」
ニヤリと含みのある笑みを浮かべるリリィン。どうやらそう言ってしまうように誘われていたらしい。
「まあとにかく、こういう手紙が多いのだ。そしてほとんどの者が、貴様が背負う国を見たいと言っている」
「…………そうか」
「貴様は確かに以前国王など面倒で嫌だと言った」
「それは今でもそうだぞ」
ハッキリ言って、リリィンがしているような書類整理とかを根気よくやる続けられる自信がまったくない。何故なら自分の時間を優先するタイプだから。
「フン、貴様のことだ。どうせこういう仕事を嫌っておるのだろう」
……見透かされているようだ。
「だがそれはワタシもそうだし、真地面なイヴェアムだって面倒だと思うこともあるだろう。しかしな、国を……民を背負ってみればよく分かる。この一枚一枚には、民の真摯なる気持ちが宿っているとな。そんなふうに感じてしまえば、ただ苦痛だけで終わることではない。頼られているという実感も湧く。まあ中にはアホらしい要求を書いた依頼書などもあったりするがな」
まだここは国家ではないが、もうリリィンは立派な王のように見える。しっかりと民の声に耳を傾け、それに応えようとする姿は、日色にとっても眩しいと思えるような存在だった。
「王……王か」
「貴様は心底嫌だと言うのであれば、この話はなかったことにする。強制しても良いことなどないからな。だが少なくともヒイロの周りの者や、ここに住む民たちの多くはそれを望む声が多いということだけは覚えておけ」
日色はその場から出ると、そのまま自室へと帰った。
リリィンに言われたことを考えながらベッドで横になっていると、部屋の扉がトントンとノックされる。
入ることを許可すると、そこにいたのは――ニッキだった。両腕で枕を抱えて立っている。
「師匠、一緒に寝てもよいですかな?」
「あのな、お前もいい歳なんだから我慢しろ」
「何だか今日は一緒に寝たい気分なのですぞ」
「……はぁ、寝相が悪かったら追い出すからな」
「やった!」
そんなに嬉しいのかトコトコと早足でベッドの中に入ってくる。これが本当に自分の母親の生まれ変わりだとは到底思えない。
しかしそう考えれば、親と一緒に眠るという行為はどことなく気恥ずかしさを覚える。相手は成長したとはいえまだ子供だし、母親の面影もないので助かっているが。
「んふふんふ~ん」
「そんなに嬉しいか?」
「嬉しいですぞ、久しぶりに師匠と一緒に寝るのですから!」
枕を並べてともに天井を見上げる。
そういえば、最初の頃は一緒に寝るということも多かったが、次第に彼女も成長し、というか寝相がなかなかにニッキは悪いので拒否するようになったのだ。無論彼女は残念がっていたが。今ではシャモエやミカヅキたちの部屋で一緒に寝ているのである。
数分もしないうちに隣でニッキが寝息を立て始めた。
(……オレも寝るか)
とりあえず考えは明日に放置して、瞼を閉じた――。
――気づくとそこは以前にも見たことのある真っ白い空間の中だった。
何故自分がまたこのようなところに立っているのか不思議に思っていると、
「――ヒイロ」
不意に背後から声が聞こえた。穏やかで心落ち着かせるような声。それでいてとても懐かしいものだった。
「――――母さん」
振り向くとそこに立っていたのは、日色の実の親である丘村日向その人。
「何故? もしかしてまた何か問題でも起こってるのか?」
こういう事態が起きるのは、いつも決まって何かがある時。それも一人では抱えきれない問題がある時である。
「う~ん、問題といえば問題、かな」
「やはり。まさかまだどこかにサタンゾアの意志を継ぐ存在がいたりとかそういったことか?」
真剣に問い質すが、日向は優しげな笑みを浮かべながら首を左右に振った。
「違う? なら……」
「問題はあなた自身」
「オ、オレ……?」
想像だにしない答えが返って来て思わず口をポカンと開けてしまった。
「オレに何かあるのか?」
「ん~分からない? あ~あ、ここまで鈍感に育っちゃって」
「……?」
「抱えてるでしょ。悩み」
「へ……あ」
彼女の言葉でようやく今自分が悩んでいる問題のことだということを理解した。
「ニッキの中から見てたわよぉ。何か贅沢な悩みを抱えてるみたいじゃない」
「…………」
何だろうか。母親に自分の恋愛に関することを知られると、何故こんなにも気恥ずかしさを覚えるのか……。
「お父さんが知ったら悔し涙なんか流しちゃうかもね」
カラカラと笑う日向。やはり母親が楽しそうに笑っている姿を見ると、その原因が何であれホッとするものだ。
すると彼女はひとしきり笑った後、静かに日色へと近づく。そのまま何を思ったのかスッと膝を折って正座をした。
「か、母さん?」
何も言わずに笑みを浮かべたままトントンと自身の膝を叩く。
「えっと……まさかこの歳になって膝枕をしろと?」
「歳なんて関係ないわよ。お父さんなんて向こうからねだってきたりしてたんだし」
うわぁ……そんな話を聞きたくなかった。もしこの話を父親が聞いていたら、顔を両手に当てて真っ赤に染め上げていることだろう。
「ほらほら」
「…………」
「お母さんの楽しみを奪うの?」
「…………はぁ」
何を言ったところで無意味のようだ。幸いここには二人しかいないので。
「ん~やっぱり息子を膝枕するのはいいものねぇ」
満面の笑みを浮かべている日向。日色は膝枕をされているものの、バツが悪過ぎて早く終わってほしいと願ってしまう。
不意に日向に頭を撫でられる。
「もう、ちゃんと髪洗ってるの? 少し痛んでるじゃないの」
「男はこんなもんだろ」
「関係ないわよ。男でも身だしなみはちゃんとしなきゃ。想いを寄せてくれる女の子たちに恥じないようにね」
やはりそのことを話したかったのだと納得した。
「……いい日色。あなたは好きなように生きていいの」
「母さん……」
「だって世界を救っちゃったんだよ? 少しくらい我が儘に生きたっていいと思うわ。あ、でも人様を傷つけるようなことはしちゃダメだからね」
「…………」
「思い立ったが吉日って言うけれど、少しでもやってみたいって思ったんだったら、やってみればいいと思うわ」
「けどな、今回に限っていえば間違ってましたじゃ済まないだろ」
何故なら国王になるかならないかの話なのだ。王になってダメでした、だからなかったことになんてできるわけがない。
「別に間違ってもいいじゃない」
「は?」
「それが精一杯やった結果なら、それはそれでお母さんは良いと思う」
「……精一杯」
「それにね。間違う寸前で、きっと止めてくれるはずよ。だって――あなたはもう一人じゃないんだから」
胸がドクンと脈打った。同時に想いを寄せてくれる者たちの顔が……彼女たちの笑顔が浮かび上がってくる。
「だから心配ないわよ。自分の思う通りに、最高の幸せを掴みなさいな。それと同時に、最高の幸せを彼女たちにも送ってあげなさい」
日色は瞼をスッと閉じ、そのまま上半身をゆっくり起こして立ち上がる。身体の向きを日向に対面するように振り向かせた。
「…………母さん、ありがとう」
「ん……全力で人生を楽しみなさい。私がもう助言なんてする必要がないくらいね」
「ああ、オレはオレの道を行くよ。誰に何を言われても」
すると日向は聖母のような微笑みを浮かべると、スーッとその存在を消していく。それと一緒に日色もまた瞼を閉じる。
次に開けた時、目の前には見知った天井が映っていた。チラリと横目で窓の方を見ると、カーテンの隙間から陽射しが注がれている。
「…………朝か」
上半身を起こす。すると左腕に違和感を覚えた。いつの間にかニッキが袖を掴んでいたのだ。
「むにゃ……師匠……いつもお傍に……ですぞぉ……」
寝言なのにハッキリしてやがる、と思わず頬が緩む。
袖から手をそっと放すと、日色は窓まで行きカーテンと窓を開けて空を見上げた。
久しぶりの寝覚めの良さと、朝風の気持ち良さをしばらく目を閉じながら堪能する。
「…………よし」
そして、瞼を開けた時――自分の中で答えを出していた。
――三カ月後。
各国の代表者たちが、ある目的のために【太陽の色】へと集っていた。
さらにいえば、【太陽の色】には続々と民が押し寄せ、一大イベントを一目見ようと群がってきてもいる。まるで先の〝アウルム大祭〟がごとく人が集結していた。
それもそのはず。本日行われるのは、世界規模の変化。
今までそれぞれの大陸に一つずつしかなかった国家が、新たに一つ仲間入りを果たすのだから。
とはいってもすでに国家としての礎は、三か月前からも整ってはいた。
なので建国記念日というのは大仰かもしれないが、それでも本日、国名発表と戴冠式が行われるのである。
この三カ月で行ったことは数多く。各国の代表者たちへの通達もそうだが、国のシンボルとしての城を築くことが大変だった。
それでも一声をかけると、築城のために多くの者たちが集い、この三カ月、毎日休まずに小さいながらも城を建ててくれたのである。
城は街を見渡せる中央に築かれ、ある者の意見を取り入れて日本にあるような城を設計して造られた。
城は高い石垣の上にあり、周りは空堀(水が張られていない堀)にしてあり、豊かな木々や緑が溢れている。情緒溢れる和の雰囲気が出て良い。
無論このような城の意見を出したある者とは日色である。
そして此度――この城の主となり、国家のトップに座るのもまた――。
「準備は良いか、ヒイロ」
天守の周りに設置された縁側である廻り縁へと促すように喋るのは、リリィンである。
三重三階の造形。これは屋根の数が重数で、内部の床の数が階数となる。つまり三つの屋根があり、三枚の床で構成された造りだということ。
城としては小さいが、それでも天守からは街をよく見渡せるようになっている。リリィンはもっと大きくしたいらしいが、まだ内装も完璧ではないし、ほとんど外見だけを整えたようなものなので、高さもできればもっと高くして五重くらいを望んでいるとのこと。
(それにしてもたった三カ月でここまで整えるとはな。さすが魔法の力だ)
無論この世界には重機などもないので、その分、魔法を駆使して大地を掘り返したり、石垣を整えたりするのだ。
(けどまぁ、オレらしさを出すために日本の城をイメージして造ってもらったが、これじゃ王というよりは殿様だな)
日色は若干勢いで突っ走ってしまったことを反省しながらも、廻り縁に立って城下に集まってくれた者たちを見下ろす。
縁側には、リリィンだけでなく各国の王たちであるイヴェアムやレッグルス、そしてジュドムも立ってくれている。
さらに後ろにはミュアやミミルたちの姿もあった。皆が日色の晴れ姿を見ようと集まってくれたのだ。
また服も新調し、赤ローブから赤を基調とした和服へと変わっていた。この城に合うように作ったのである。
日色が顔を見せると、下にいる民たちは盛大に声を飛ばしてきていた。そのどれもが日色の戴冠を祝福する声だ。
戴冠式というよりは、この城に合わせると即位式が近いだろう。元々即位式(即位の礼)とは天皇が践祚(皇位継承すること)後、皇位を継承したことを内外に示す儀典なのだが。
ただこの城に冠は似合わないので、一本の刀を即位する者に渡すという儀式を行うことにした。
刀の名は――《伝刀・ヒキツギ》。丹精込めてクゼルが打ってくれた儀礼の用のものだ。白銀の柄に金色の鞘が見る者を引きつけてしまう。これを代々継いでいくことを約束している。
今その刀は、代理としてレッグルスが持っていた。彼から受け取ることで、即位式が完了するのだ。
何故彼なのかというと、ここが獣人界だからこその気配りといったところでもある。
リリィンが静かに手を上げると、民たちが静まり返る。
するとレッグルスがまず民に向かって刀を示し、日色へと身体ごと向き直す。
対面する日色は、両手で差し出される《ヒキツギ》を見て、軽く礼をした後、ゆっくりと一歩前に出て、同じように両手でそれを受け取った。
その歴史的瞬間を逃すまいと、全員が瞬き一つせずに見つめている。何故かアノールドは涙ぐんでいるが。きっと何か思うところがあるのだろう。
刀を受け取った日色は、民たちに示すために天高く掲げる。直後――。
「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっ!」」」」
ゾクゾクするようなとてつもない歓声が日色の全身を震わせた。
日色は刀を下ろし、右手をサッと上げて、先程のリリィンのような所作を取ると、民たちが静まり返す。
一度民を見回したあと、日色が大きく息を吸って、
「この日、この時を持って、オレは王となり、国名を――【太陽国・アウルム】とする!」
続けて、
「オレが王として相応しいかは分からない! ただ自分で選んだ以上は全力でお前たち、民を守ることを誓おう! だからお前らも、オレという王を支えてくれっ! よろしく頼むっ!」
相変わらずの口調は変わっていないが、日色が言い終わった瞬間、再び民たちが先程以上の歓声と拍手を送ってくれた。
ミュアやミミルたちも心からの笑顔で拍手をしている。
これが三カ月間に日色が出した決断。
まだ民を背負う、国を背負うという重みは分からない。これからたった一カ月で音を上げてしまいそうになるかもしれない。
しかしこれは自分で無数にある選択肢から選びとった答えなのだ。誰のせいにもできないし、してはいけないこと。
そして日色は自分で決断したことを最後までやり遂げてきた。
当然一人ではこのような決断をすることはできなかっただろう。
日色はミュアたちの顔を見回す。
(コイツらが傍にいてくれるから出せた答えでもある)
だから長く険しい道を一歩踏み出すことができたのだ。
(この光景は絶対に忘れちゃダメだな)
自分のために動いてくれた者たちのこと、今後自分のために働いてくれる者たちのことを生涯忘れてはダメだと心に誓う。
まさかこのような決断を自分がするとは、この世界に来てからの自分からしたらとても考えられないことだが。
日色は今度はミュアたちの方へ身体ごと向き、僅かに頭を下げる。
「これから、よろしく頼む」
その言葉に応えるように、全員が笑みを浮かべて頷きを返してくれた。
この日――【イデア】に四つ目の国が生まれた歴史的瞬間になった。




