27:魔国会議
日色たちが【ブスカドル】を脱出して数日後。
【人間国・ヴィクトリアス】では、日色とともに召喚された四人の勇者は、モンスター討伐のクエストをこなした後、城に帰りそれぞれの《ステータス》を確認し終えたところで、その成長ぶりを一通りリリスとウェルに教えていた。
「やはり改めてお聞きしても凄いものです!」
ウェルは目を見開き感嘆の声を上げていた。彼は勇者たちの教育係であり、国軍第二部隊隊長でもある。
その横で同じように喜びの色で表情を染めているのは第一王女のリリスだ。
「何が凄いんだ?」
首を傾けながら皆の代表として勇者の一人であり唯一の男性でもある大志が聞く。
「よろしいですか? 本来魔法属性というのは一つしか持てないものなのです。無論例外はあります。個人の才能により複数の属性を持っている者も確かに存在しています。しかし皆さまのように三つないし四つの属性持ちは聞いたことがほとんどありません。しかも光属性は基本的には『精霊族』のみが扱える属性。それを全員がお持ちだとは、さすがは勇者様がたです」
ウェルの手放しの褒め言葉に皆が照れたように笑う。やはり自分たちがチートなのが嬉しいのだろう。
「しかも皆さまの魔法の習得率やレベルの向上などがとても早く、ウェルさんは驚いてらっしゃるのですよ」
リリスの言葉にウェルは頷きを返す。
「それに魔法や身体能力から見ても、タイシ様とチカ様は前衛攻撃タイプ、シュリ様とシノブ様は後衛支援タイプですね。数値もそのように特化しているようです」
確かにそれぞれの《ステータス》は、大志と千佳は攻撃重視、朱里としのぶは防御支援重視になっている。魔法もそのような効果を持っている。
「これはとてもバランスが良いチームなのですね」
リリスも嬉しそうに両手を合わして微笑んでいる。
「ハハハ、オンラインゲームの時と同じだな!」
「みたいね!」
大志は同じ勇者の千佳と互いに顔を見合わせて笑う。彼らはオンラインRPGで四人のチームを作っていた。
その時も、こんなふうに大志と千佳が攻撃、そして朱里としのぶが支援だったのだ。見事にこの世界でもその時の役割が反映されていた。
「レベルが上がれば、これからもそれぞれに見合った形で《ステータス》が成長していくことでしょう」
「へぇ、まさにRPGだな。ところでウェルのレベルってどんくらいなの?」
「私ですか? 私は58です」
「ほわ~、さっすが隊長だよなぁ。やっぱモンスターとか倒して経験値上げ?」
「そうですね。他にもクエストをこなせば自然と入る経験値もあります」
「そういや、召喚されて結構クエストこなしたしなぁ~。ギルド最高だよ!」
「そやね。やっぱゲームやったらギルドは醍醐味やもんな~」
大志の言葉に賛成の声を上げるしのぶ。
「それに、皆さんと一緒なら安心ですから」
穏やかな笑みを浮かべてほっこりとした感じで言うのは朱里だ。
「ですが最初は驚きました。冒険者は危険な仕事です。それなのに、ギルドやクエストの話題になったらお喜びになられて是非登録をと仰るもんですから」
「だってだってさ、ギルドだよ! 冒険者だよ! クエストだよ! ゲーマーならワクワクもんだっての! なあみんな!」
「そうね、腕が鳴るわよ普通」
千佳だけでなく他の二人も頷きを返し、大志は満足気な表情をする。
「これは頼もしい限りですね」
ウェルは彼らの楽観的な考えをどう勘違いしたのか、その勇敢な言葉に頼もしさを覚えて微笑みを浮かべていた。
そこへリリスが懐から包み紙を出して大志の前で広げる。
「あのタイシ様、よろしかったらこのお菓子を召し上がって下さい」
「へ? これ何かなリリス?」
「実は今日メイドたちと一緒に作ったクッキーです」
「へぇ~、んじゃ一つ」
星形のクッキーを一つ口に入れて咀嚼する。
「うん! 美味いよリリス!」
「そ、そうですか! あは、良かったです」
リリスは頬を染めて恥ずかしそうに目を伏せているが、相当嬉しそうだ。そしてそれを見て千佳がムッとなって大志の脇を肘で突く。
「痛て! な、何すんだよ千佳!」
「ふん、なに鼻の下伸ばしてんのよ、このタラシ魔!」
「タ、タラシ魔……」
千佳のあまりの言葉にショックを受けたのかガックリと肩を落とす。
「み、皆様もどうぞ召し上がって下さい」
大志を庇うように慌ててリリスがとりなそうとし、感謝の意味を込めた微笑みを返す大志を見て、また千佳は不機嫌になる。
これはマズイと思ったのか、大志は話題を変えることに必死になる。
「え、えっとさ、そ、そうだ! なあウェル」
「あ、はい、どうされました?」
「い、いや、最近何か近くの街で問題とか起きてないかなと思ってな」
「問題……ですか」
ウェルはそう問われしばらく思案した後、「そういえば」と口に出す。
「何かあったのか?」
「はい、まあこの国とは直接関わりはないらしいのですが、【ブスカドル】という研究施設が謎の崩壊にあったそうなんです」
「へぇ、どんな施設なんだ?」
「何でも魔物の生態を研究しているところらしいのですが、詳しくは存じ上げていません。すみません」
申し訳なさそうにウェルは言う。リリスも知らないのか首を傾けていた。
「しかし、少し気になることが……」
「気になること?」
「はい、そこから逃げ出してきた研究員の報告によると、何でも賊がやって来たとのことなんです」
「賊?」
「はい、しかもその賊の中には、例の赤ローブを纏った人物に似た者がいたとのことで」
赤ローブといえば、悪さをしていた札付きの冒険者から村を救ったとされる評判の良い人物だ。
それなのに今回は研究施設を破壊したかもしれない賊として扱われている。
「違う奴なんじゃないのか?」
「ですが、黒髪に眼鏡をしていたと、以前話題になった人物と似ていまして」
「ふぅん、まあでも本当に悪いことしてるなら、そのうち捕まるんじゃないの?」
そう言ったのは千佳だ。あまり千佳はこういう話には興味が無いようだ。
「あ、眼鏡で思い出したけど、アイツはどうしてるんだろうな?」
突然大志が思い出したように言うと、千佳がそれに反応する。
「……いきなり何なのよ……ってかアイツ?」
「丘村だよ丘村」
「ああ……」
千佳は興味が無いのか素っ気なく返事をする。
「何かさ、俺らの巻き添えでこっちに来たじゃん? ちょっとさ、さすがに悪いことしたかなってさ」
「今更何言ってんのよ。丘村だって別に恨んじゃいないって言ってたじゃない。気にする必要なんかないわよ。勝手に出てったんだし」
「ん~でもなぁ」
「第一、アタシって何かああいう奴って好きじゃないのよね」
「そうなのか?」
「そうよ、だっていつも一人でいてさ。一人で何でもできるから寂しくありませんって感じで、見てて気分良いもんじゃないわよ」
千佳の怒気混じりの言葉に他の三人も押し黙る。
確かに日色は同じクラスだったが、一度も話したことは無い。いや、大志たちだけではなく、誰かと会話しているのを見たことが無い。
まるで空気のようにそこにいて、気がついたらいない。授業もサボり、適当にサボったら教室にやって来て机に突っ伏して寝る。もしくは本を読んでいる。
「ぼっちも程々にしろってのよ!」
「おい千佳、何でそこまで怒るんだよ?」
「だってムカつくじゃない! アイツ授業とかほとんど出てないのに、校内テストではワタシより上なのよ! どういうわけよ!」
「い、いや、俺に聞かれてもな……? それは単純にお前の頭が……」
「なにっ?」
「い、いや……何でもありません」
日色は確かにほとんど授業に出ていない。
出ていても寝てるので教師の話を聞いていない。なのに何故か受けるテストで良い成績を取るのだ。だからその理不尽さに千佳は腹を立てている。
「ほ、ほら、丘村くんは家でしっかり予習と復習をしているとかではないですか?」
弁護するように、可能性として浮かんだ考えを朱里が言葉にする。
「せやな~、塾とか家庭教師っていう線もあるわな~」
それにしのぶが追加する。
「知らないわよそんなもん!」
頬を膨らませてプイッとそっぽを向く。やれやれと大志は溜め息を漏らす。
「オカムラ殿は仲間だったのですか?」
ウェルは言うが、様ではなく殿をつけるところが評価の違いを見て取れる。
「仲間なんかじゃないわよ!」
「まあ、クラスメイト……同じ場所で勉強する間柄だったけどな」
「ふむ、そうですか。しかし彼は一人で本当に大丈夫なのでしょうか?」
「え?」
「この世界は本当に危険が渦巻いています。『魔人族』の件もそうですが、同じ種族同士だって諍いはありますし、何と言っても彼が一人で生活していくには、恐らく冒険者になる可能性が高いです。しかし勇者様がたのような際立った戦闘能力も無さそうですし……。それに最近『獣人族』の国である【獣王国・パシオン】で動きが活発化しているという情報が入っています。もしかしたら戦争が近いのかもしれません……」
それに巻き込まれて、もしかしたら死んでしまうかもしれない。その言葉はその場にいる誰もが予想できた。
重苦しい沈黙が流れる。友達ではないとはいえ、クラスメイトが死ぬのはさすがに嫌だと感じる。
「それも全ては私があの方を召喚してしまったせいで……」
優しいリリスは一番の責任が自分にあると言って落ち込む。何と言っていいか分からず沈黙が流れる。だがそんな中、やはり一番先に口火を切ったのは千佳だった。
「ああもう! いつまでもあんな自己中な奴のこと気にしてても仕方無いわよ! それよりもさっさとアタシたちが強くなることが先でしょ!」
「千佳は逞しいよなぁ」
「何よ文句あんの? それに『魔人族』を倒して平和にすれば、それだけアイツも平和に過ごせるってことじゃないのよ!」
その言葉に皆はポカンと口を開ける。まさかそんな考えが先程まで怒っていた千佳から出るとは思っていなかった。
「千佳ちゃん……優しいですね」
そう言って嬉しそうに朱里が笑みを浮かべると千佳は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ち、違うわよぉ! アタシはただ単に……ああもう! この話は終わり! 終わりだからね! いい!」
三人は「はいはい」と言った感じで楽しそうな顔をする。
「チカ様の言う通りです。今は強くなることをお考え下さい」
ウェルの言葉に皆は頷きを返す。
※
【人間国・ヴィクトリアス】から遥か北方に位置する【魔国・ハーオス】。
その国の中にある魔王城の一室では、長卓を囲んで『魔人族』の猛者たちが顔を合わせていた。
長卓は左右に三人ずつ対面するように椅子が配置されている。席は五人分埋まっている。
ただ一人は、それを見渡せる位置で腰を下ろしている。そしてその一人の隣に、座らず付き人のように立っている者が一人いる。
この部屋には合計七人の人物がいるということだ。そしてただ一人立っている者、キリッとした表情の、雪のように真っ白な髪を持つ女性キリアが口を開く。
「それでは只今から、魔国会議を始めさせて頂きたいと思います。まずは先例の習い通り、序列の低い者から確認させて頂きます」
そうしてキリアは自身から見て、一番奥に座っている者に視線を向ける。
「《序列六位》、グレイアルド様」
「うっす」
外見二十代の浅黒い肌をした、めんどくさそうな顔をして机に肘をついている青年が返事をする。ウニのようなツンツン頭がトレードマークである。
「《序列五位》、シュブラーズ様」
「は~い、ウフフ」
人当たりの良さそうな妖艶な美女が、紫色のリップを動かしながら笑顔で答える。スタイルは抜群であり、胸のはだけた挑発するような格好をしている。
「《序列四位》、オーノウス様」
全身を青い体毛に覆われた、顔が狼のように獣化している人物が小さく頷きを返す。
「《序列三位》のテッケイル様は所用で出掛けておられますので、この場には来られません」
すると小さく舌打ちが聞こえた。その相手は、
「《序列二位》、マリオネ様」
いかつい顔をした明らかに武闘派と思われるような人物だった。不機嫌そうに眉を寄せている。だがその口元にはつい触りたくなるような髭がチョロっと生えている。
キリアは構わず続ける。
「《序列一位》、アクウィナス様」
「ああ」
赤い髪をした男が静かに呟くように声を発した。醸し出す雰囲気はさすがの貫録を感じさせる。
だが女性のように、それでいて引き締まった顔は、女性も男性も惹きつけるような魅力を備えている。
「では今回の議題をお願い致します、イヴェアム陛下」
キリアは隣に座っている金髪の少女、イヴェアムに話を促す。
「うむ、分かった」
イヴェアムは十六、七歳くらいの若い少女だ。女性が羨ましがるような美しい金髪を流し、その顔立ちも少し幼さを感じさせるが美少女と呼ぶに相応しいものだった。
彼女は閉じていた目を開け、澄んだ海のように青々とした碧眼を見せる。そして血色の良いその唇を開こうとしたところ、《序列二位》のマリオネが素早く手を上げる。
「……どうしたマリオネ?」
「どうしたではありませんぞ陛下。何故魔国会議に欠席をしている者がおるのですか?」
「私が彼に仕事を頼んだからだ」
「仕事? ほう、魔国会議よりも重要なのですかな?」
「そう判断した。それに今から行う会議の内容にも無関係というわけではないのだ。まずは話を聞け」
「…………左様ですか」
まだ釈然としないような様子だが、一旦引き下がった。
「いいか、単刀直入に言おう。『人間族』が勇者召喚に成功した」
イヴェアムのその言葉に皆が各々の反応を示している。明らかに不機嫌になる者、興味を持って目を輝かせる者、無関心を装う者などそれぞれだ。
「それは本当なのかしら陛下ぁ?」
シュブラーズが尋ねてくるので頷きを返す。
「ああ、テッケイルからの情報だ。間違いない」
「なるほど、奴を人間界に送り込んでいるというわけですな」
納得したようにマリオネが頷いている。
「ああ、だがこれから獣人界へ行き動向を探ってもらおうと思っている」
「そうねぇ、今は『人間族』よりも『獣人族』の方を警戒した方がいいかしらねぇ」
「確かに、この前も俺の部下が何人かやられたってダルい報告を聞いたな。速攻で報復したけどな、ダルかったけど」
グレイアルドが淡々と、だが確実に怒りが込められている言葉を吐く。
「そうだ。勇者は確かに脅威だが、今はまだ放置していてもいい。それよりも『獣人族』だ。我々よりも高い身体能力と、それに彼らが編み出した《化装術》は非常に厄介だ。それに好戦的でもある」
「奴らは魔法を使えない代わりに、その妙な力がありますからな。しかしまだ発展途上のような気もしないでもない。叩くなら今かと」
マリオネがそう言うが、イヴェアムは首を振る。
「いや、この前も言ったはずだ。我らは戦争はしないと!」
突然バンと卓を叩き、皆の視線を釘付けにしたのはマリオネだ。
「何を血迷っておるのです! 同胞が殺されておるのですぞ! 危険な芽は早くに潰しておくに限ります!」
「いや、それでは先王と同じ道を辿るだけだ! 我らが目指すは、一族たちが平和に暮らせる世を創ることだ!」
「ですから邪魔者を始末するのではないですか!」
「違う! そのようなやり方では憎しみが膨らむだけだ! 争いは争いを呼び、戦火は大きくなり、最悪この【イデア】が壊れてしまうぞ!」
「ならどうするのです! むざむざ奴らのやることを受け入れるとでも仰るのか!」
「そうだ!」
「なっ……っ!?」
まさか肯定の言葉が返って来るとは思わず固まってしまう。
「先王は……兄は父を殺し実権を握り、『魔人族』だけの世界を創ろうとして、結果この今だ。これが我々が望む今か? 他種族同士が睨み合い、戦い、傷つけ合う世界が、正しい世界だと思うか?」
皆は黙って彼女の言葉を聞いている。
「兄はあまりに過激な行動をしたため、何者かに暗殺された。恐らく『獣人族』だとは思うが、今はそんなことはどうでもいい。だが、過ぎた支配は必ず歪みを生む。その歪みは次第に大きくなっていき争いになっていく。……悲しいではないか。この世界に生きる者は、すべからく生きる権利がある。何故それを奪い合わなければならないのだ……」
悲しそうに目を伏せ言葉を漏らす。微かに肩が震えているのをキリアが気づき、そっと彼女の肩に手を置く。
「大丈夫だキリア、すまない」
そして顔を上げて皆を見つめる。
「他種族同士、手を取り合うことができれば一番良いが、そうでなくとも傷つけ合わない方法は必ずあるはずだ!」
「理想論ですな」
マリオネが切って捨てる。
「そうだ、理想論だ。だがこのままでは多くの血が流れ続けるだけだ」
「我々は『魔人族』です。何故他の種族を重んじる必要があるのです?」
「命は、ただそこにあるだけで素晴らしいものだ!」
「……」
イヴェアムは十六、七の外見をしている。マリオネにとってみれば小娘に他ならない。だがその子娘の瞳の強さに一瞬息を飲んだのだ。
「だから我々は極力武力は使わない。戦争などもってのほかだ!」
「ん~でも陛下ぁ、確か他種族には和睦の親書を送ったりしてるけどぉ、全て無駄になってるんじゃないかしらぁ?」
シュブラーズの言うことは正しい。イヴェアムは再三に渡り、手を取り合うための親書を送っている。しかし返事は無い。完全に相手にされてはいない。
「それも無理な話だよな。先王の時代、殺し合いが常だったからなぁ。親書の件にしても、それを利用して裏切り行為もかなりしたしね。それぞれの国と俺らは憎しみで繋がっていると言っても過言じゃねえ。しかもその中心にいた『魔人族』側から和睦の交渉なんて、どんな悪ふざけだと思われても仕方ねえっての」
独り言のようにグレイアルドが溜め息交じりに吐く。
「兄が行った残虐非道は、『人間族』も『獣人族』も許せはしないだろう。それは理解している。しかし、誰かが憎しみの鎖を断ち切らねば、もっと多くの悲しみが増えてしまう」
「だから今度は我々がその鎖を断つ刃になると?」
馬鹿にしたように笑みを浮かべてマリオネが言う。
「そうだ」
「無理ですな。『魔人族』だって奴らに殺されているのですぞ? 今更同胞も納得できないでしょうな。それでも陛下は和睦が成立するまで手を出すなと言うのですかな? それはいつまでです? 我々が滅ぶまでですか?」
「違う! 『魔人族』は私が守る!」
「笑い話ですな。今まで陛下が仰ったことは、『魔人族』を危険に晒すことに他なりませんぞ!」
マリオネの放つ凄まじい覇気に、さすがのイヴェアムも言葉に詰まったような表情をする。
「それでも……私は……」
「『人間族』は勇者を育てて、近いうちに攻めてくるでしょう。いや、それよりも先に『獣人族』が機を見て必ずやってくるはずです。その予兆もある。どちらにしろ、時間などもうありませんぞ。どちらかが滅ぶまで殺し合うしかないのです。さあ、停戦宣言を撤回して頂きたい!」
今『魔人族』が他種族を攻めないのはイヴェアムが魔王権限を用い停戦を強いているからだ。魔王の命は絶対。破れば極刑に処されるのは昔から決まっているのだ。
「さあ、手遅れになる前に我々の総力を持って邪魔者を排除するのです! 陛下!」
その言葉を受け、しばらく沈黙するイヴェアム。顔を上げマリオネを見つめる。
だがその顔は、彼の言葉に屈したような様子は見当たらず、マリオネもその様子を見て眉をひそめる。
「停戦の撤回はしない!」
「陛下!」
「少し落ち着かれてはいかがかなマリオネ殿?」
「獣人崩れが口を挟むでないわっ!」
口を挟んできたオーノウスを殺さんばかりに睨みつける。
「そもそも何故お前のような《禁忌》がここにおるのだ! そもそも貴様は――」
「黙れっ!」
「っ!?」
突然の怒号。イヴェアムから放たれた言葉に空気が固まる。そしてギロッとマリオネを睨みつけた。
「魔王の命に逆らうのか!」
「く…………ふん! 急用を思い出しました。失礼しますぞ」
そう言いつつ鼻息を荒くして、部屋から出て行ってしまった。
「止めなくて良かったの陛下ぁ?」
シュブラーズの質問に、微かに奮えたような笑みを浮かべる。
「い、いや……私の信念は曲げられん」
すると今まで口を閉じていたアクウィナスが話す。
「気は短いが、アレもああ見えて『魔人族』の将来を真剣に考えている」
アレと言うのはもちろんマリオネのことだ。
「分かっている」
「奴の妻と子も、獣人に殺されている」
オーノウスも静かに目を閉じている。そんな彼を見てイヴェアムは悔しそうに拳を震わせた。
殺されているからこそ、並々ならぬ憎しみがマリオネに宿っているのが理解できる。しかしそれでも憎しみで支配するのは間違っていると思う。
「今日は……もう解散だ」
※
先程までと違い、我らが魔王――イヴェアムが力無く悲痛そうな表情で、その場からキリアとともに去って行った。他の者も次々と出て行く中、アクウィナスとオーノウスだけが残った。
「気にするな。先程も言ったが、マリオネは少し短気だからな」
突然アクウィナスから放たれた言葉に、思わずフッと口元を緩めるオーノウス。
「いや、気にしているのは陛下のことだ」
「……?」
「お主はどう思うのだ? 陛下の掲げる理想のこと」
「…………甘いな。甘過ぎる」
「…………」
「しかし……」
「ん?」
「痛みの無い世界。本当にそんなものがあるのなら見てみたい」
「……そうだな」
「だが、我々だけが目指してもそれは虚しい現実を突きつけられるだけだ」
「そうだろうな」
二人は動かず少しの間だけ沈黙が流れるが、最初に口火を切ったのはアクウィナスだった。
「……誰か」
「ん?」
「もし、種族にこだわらない、種族を繋ぎ合わせる架け橋になれるような人物がいればあるいは……な」
「陛下では無理か?」
「姫……いや、陛下一人では無理だ。しかも『魔人族』の代表」
「そうだな。『人間族』でもなく、『獣人族』でもなく、『精霊族』でも『魔人族』でも無い者。そんな無属の人物なら、架け橋になれるかもしれないな」
「それこそ、理想論だがな」
「それでもお主は陛下を支え続けるのだろう?」
「ああ」
「俺も、そんなお主を支えると、あの時に誓ったからな」
「…………義理堅いことだ」
互いに微かに微笑み、席を立つ。そしてアクウィナスは思った。
(架け橋になれる人物か……本当に理想論だな)




