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267:フープシュート大会3

「はぁぁぁぁ、白熱したバトルでしたね、クゼルさん」

「そうですね、両チームともに素晴らしい試合を見せて頂けて感謝しなければなりません」

「それにしても、最後のテン選手とリリィン選手の連携は見事でした!」

「はい。恐らく最初から打ち合わせはしていなかったのでしょう。あの瞬間、明らかにテン選手は焦っていましたから」

「では最後、ほとんど直感で?」

「そうでしょうね。それだけお互いの信頼関係が強かったといえるでしょう。まあ、その前にこうなるかもしれない状況を考えて、リリィン選手に魔法を設置していたヒイロ選手には脱帽としか言えませんがね」

「やはり英雄は格が違ったというわけですね!」


 感動するように目を子供のように輝かせるオリア。


「力の多くを制限した上でのこれです。あはは、もし彼らが全開なら、もう試合とは呼べない代物になっていることでしょう」

「確かに。ですがヒイロ選手やリリィン選手だけでなく、他のチームの選手たちにも制限はかかっています。状況的に五分だと思いますが」

「それでもやはりヒイロ選手とリリィン選手の能力は別格でしょう」

「なるほど~。では明日の決勝戦もやはり〝イノセントムーン〟が有利だと?」


 しかしクゼルが黙ってしまうので、オリアは首を傾げながら「どうされたのですか?」と尋ねると、彼は静かに口を開く。


「それはどうでしょうか。〝ストレングスレオン〟の実力は確かです。特にダークホースのユーヒット選手の力は未知数ですからね。それに力を無効化できるミュア選手の力もこの試合では存分に威力を発揮しますし。すべては――明日ですね」

「ほうほう。明日は盛り上がること間違いなしということですね~! うぅ~楽しみですぅ~! クゼルさん、明日の解説もどうぞよろしくお願いします!」

「はい。微力ながらお手伝いさせて頂きます!」


 そしてクゼルは、コートから出て行くウィンカァの姿を視界に捉えると、嬉しそうに頬を緩め、


「……よく頑張りましたね、ウィンカァ」


 と誰にも届きはしない小さな呟きを彼女へと送った。

 観客たちも興奮冷めやらぬ中、会場から次々と出て行く。

 これにて今日の日程はすべて終了した。

 明日はいよいよ決勝戦が行われる。

 


     ※



 〝ジェントルブレイヴ〟の控室では、勇者たちがジュドムに頭を下げていた。


「すみませんでした! せっかく誘ってくださったのに、力になれなくて!」


 頭を下げている大志を見て、ジュドムはそっと彼の肩に手を置く。


「いいから頭を上げろ、お前ら」

「だ、だけど! 俺がもっと役に立ってれば!」

「違うわ、大志だけじゃない! アタシたちだって!」

「せやで! 力不足やったわ!」

「私も、応援することしかできずに、すみません!」


 千佳、しのぶ、朱里もそれぞれ謝罪の言葉を述べるが、ジュドムは大きな溜め息を吐く。


「あのな。俺たちはチームで戦い、チームで負けちまったんだ。そこに誰か一人の責任なんてあるわけがねえ。あるとするなら、チーム全員の責任だ」


 少し強めに「だから頭を上げろ」と言い放つジュドム。大志たちがゆっくりと頭を上げるが、その顔はうつむきがちだ。


「……お前らが頑張ったのは、会場にいる全員が知ってる。確かに個々の力で比べりゃ、お前らは見劣りするが、精一杯頑張って、その差を埋めようと闘ってくれたじゃねえか」

「けど……勝てませんでした」

「それはチームとしてまだまだだったからだ。悔しいが、チーム力としちゃ、あっちの方が上だ。何てたって、アイツらはずっと一緒に行動してきた連中なんだぜ? ほとんど付け焼刃な俺らがチームとして勝てるわけがねえだろ」


 ジュドムが勇者たちをチームに誘ったのだが、一緒に旅をしていたわけでもないし、国王として忙しくしていたこともあり、全員で輪になって語り明かしたということもない。


「負けたのは俺らがチームとして万全じゃなかったからだ。けど、それを言い訳してもしょうがねえだろ?」

「ジュドムさん……」

「それも含めての結果が敗北なんだ。だったら後悔するよりは、どうしたら次に活かせるか、それを考えるべきだと思わねえか?」


 大志たちは柔和な笑みを浮かべるジュドムに目を奪われる。


(……大きい……っ、何て大きい人なんだ)


 それは前々からも分かっていたが、改めて彼の器の大きさを理解した大志。

 自分はこの世界に来て、最初は何の不安もなく過ごし、何とかなると意気込んでみても、結局流れに身を任せてばかりで、この世界を……仲間を傷つけてしまった。

 そしてそれが嫌で逃げようともしたのだ。情けない。本当に情けない限りだった。

 一緒に異世界にやってきた丘村日色は、日本にいた時とは比べようもないほど成長していて、憎悪に似た嫉妬を感じたのを憶えている。


 何故アイツだけがちやほやされて、正義で、認められて……。自分のした行為が最低なのを見向きもせずに、酷いことばかりしてきた。

 だがそんな自分を、千佳は、しのぶは、朱里は見捨てなかったのだ。

 そのお蔭で今、大志はここにこうして立っている。まだまだ世間からの声は厳しいし、時折心が折れそうになるが、それでも仲間が支えてくれた。


 だからこそ、千佳たちに恥じない青山大志として生きようと思えたのだ。

 自分も日色のように、そしてここにいるジュドムのようになりたいと心から思った。

 この大会で奮闘して、少しは成長したかと思ったが、やはりまだまだだ。


(……そうだよな。丘村はもっともっと頑張ってきたんだ)


 大志は後ろにいる千佳たちに顔を向ける。彼女たちも大志が何を思っているのか分かっているのか、笑みを浮かべながら頷く。


「……次は、もっと強くなってみせます!」

「おう、その意気だ! 風当たりなんかに負けんなよ! どんだけ傷ついても、へこたれてもいい。けど最後までぜってえ諦めんな。そうすりゃ結果は自ずとついてくる」

「「「「はいっ!」」」」

「うむ。良い顔になった。ペビンたちも今回手を貸してくれてありがとうよ」

「いえ、僕自身、ヒイロくんと闘ってみたかったというのもあったので。それに何より、参加すれば面白いものが見れると思ったのでね、フフフ」

「そ、そうか」


 ジュドムは若干頬を引き攣らせて、不気味に微笑むペビンから視線をシリウスへと向けた。


「シリウスも、悪かったな。もっと連携が取れてたら、お前の力をもっと存分に発揮させてやれたってのによ」

「気にせずともいい。十分に楽しめた。それに、次があるのだろう?」

「……! ああ、次も一緒に闘ってくれるのか?」

「この世界に貢献すると決めたのでな。皆が喜ぶのであれば、尽力するだけだ」

「ありがてえ」


 ジュドムが再度チーム全員の顔を見回す。


「参加してくれてありがとう! 今日は楽しかった! 次は勝とう! では解散っ!」


 ジュドムらしい最後の言葉。その場にいる者たちも、スッキリした表情をしていた。



     ※



 観客席で観戦していたミュアたちは、明日、自分たちが闘う相手についてそれぞれ感想を口にしていた。

 大よその予想通りという者が多かったが、相手が英雄の日色だということで、その表情を複雑化させる者もいた。

 アノールドはボリボリと頭をかきながら肩を竦める。


「やっぱりきやがったかぁ。それにしてもアイツの魔法は見極めがほとんど不可能だから明日は大変そうだなぁ」

「そうだね。おじさんの言う通り、ヒイロさんが書く文字の意味すら分からないもんね」


 彼の隣に座るミュアが小さく頷きながら答えた。

 日色が書く文字は、この世界に現存する文字とは異なるので仕方ないが。


「確かにヒイロくんの魔法は驚異的だ。しかしそれだけじゃないよ。身体能力に優れた者がひしめき合っているしね」


 獣王レッグルスが難しい表情を浮かべながら口にした。


「そうですね。リリィン殿、ニッキ、ウィンカァ、テン、レッカ。全員レベルでいうと百をゆうに超えている者たちですから」


 参謀役でもあるバリドが言うように、『神族』との戦いから二年、彼女たちは日色に追いつかんがために修練を怠らなかった。すでに全員がこの世界でもトップクラスの実力の持ち主となっている。


「ニャハハ! さすがはヒイロだニャ! ボクもヒイロと一緒に闘いたかったニャ~」

「クロ、今は倒すべき敵。忘れないこと」

「分かってるニャ、プティス! ヒイロを倒して、そのご褒美に頭ナデナデしてもらうニャ!」


 クロウチ(シロップ)は、日色のことを慕っているので、一緒に闘いたいという気持ちも本物だろう。ミュアもできれば一緒に、という思いも強い。

 しかしそれとは逆に、彼に勝ちたいという気持ちまたある。というよりも、ここにいる者たち全員が、程度の差こそあれ、日色を好きに違いない。だからこそ、そんな好きな相手に勝って認められたいという思いがあるのだ。


「まあ、策がなけりゃ勝てねえよな。けどこっちにはそういうことを考えさせたらピカイチのクソ兄がいるんだ」

「ニョホホホホ! そこまで信頼されていやがったとは嬉しいですねぇ!」


 ララシークの言葉に、グルグル眼鏡が特徴のユーヒットが高笑いする。


「ララシークの言う通りだね。明日は今日以上の接戦になりそうだ」

「けど負けねえ。だろ、兄貴?」

「ああ、その通りだレニオン。明日は全力を尽くして、そして――勝とう!」

「「「「おうっ!」」」」


 〝ストレングスレオン〟の団結力は何よりも強そうだった。



     ※



 一方、試合が終わりホッと息をついて控室から転移してリリィンの屋敷へ戻っていた日色は、ベッドの上に寝転び明日の試合のことを考えていた。

 特にまだ解明できていない一つの問題について。


(あのグルグル眼鏡は一体何をしたんだか……)


 そう、第一試合で見せたユーヒットの奇妙な力。あれは恐らく彼が発明した魔具の効果によるものに違いないが、どういう時にどういう効果を発揮するのは、ハッキリと理解できていなかった。


(リリィンに聞いても分からんって言ってたしな……)


 ここで『調査』や『鑑定』の文字を使って調べれば詳しいことは分かるだろう。しかしそれは何か違う気がして使うのを控えていた。

 魔法に頼って簡単に答えを得るより、こうして自ら考えて対策を練った方が面白い。別にこれは命がかかった問題でもないので、魔法を使って無理矢理答えを導き出す必要もないのだ。


「師匠ぉぉぉ~っ!」

「ごしゅじぃんっ!」


 扉を勢いよく開けて中へ入って来たのはニッキとミカヅキだ。


「もう、一人だけ先に帰るなんて酷いですぞぉ!」

「そうだよぉ、ごしゅじんのばかぁ!」


 本当にうるさいのが来てしまった。おちおち考え事もできない。


「ったく、お前らな、まだ外は出店もあるんだし、そこで遊んできたらいいだろうが」

「なら一緒に師匠もいきましょうですぞ!」

「うんうん、それさんせーっ!」

「断る」

「「ええーっ!?」」

「大体一人で帰って来たってことは、一人で何かをしたいってことだ。まあ、そんな気遣いがお前らにできたら苦労はないがな」

「むむむ、サッパリですぞ!」

「クイクイ~、さっぱり~!」


 悪気がないからこそ鬱陶しい。

 そこへ扉の向こうからリリィンやウィンカァたち、〝イノセントムーン〟の連中が顔を見せる。


「やはりここだったか。どうせ一人で明日の試合のことを考えていたのだろうが、水臭いではないか」

「ん……ウイたち仲間」

「そうだよ……ヒイロ」


 リリィン、ウィンカァ、カミュがそれぞれ不満気な表情を浮かべている。


「いや、お前ら試合のあとは店を回るとか言ってたから気を利かせたつもりなんだが?」


 そう、別に彼女たちを蔑にしたわけではない。一応夜にミーティングを予定していたし、出店を回りたいという彼女たちの気持ちを尊重してやったのだ。

 リリィンはリリィンで、大会の運営などで忙しいと思ったから。


「ウッキキ、鈍感さここに極まれりだな」

「いたのか、ハゲ猿」

「ハゲてねえっ!」


 いつの間にかベッドの上に乗っかってくつろいでいるテンに向けての発言。恐らく窓から侵入したのだろう。


「あはは、父上らしいと自分は思いますが」


 レッカもこの場に居り、苦笑交じりに眉をひそめていた。


「とにかくヒイロ! いきなりいなくなるなっての。みんな心配すっからさ!」

「……それは悪かったが、黄ザル。その手に持ってるのは何だ?」

「んあ? ああ、ここに来る時に出店で買った焼きそばだ。腹減ってよぉ~」


 ぎゅるるるるぅぅ~と日色の腹が鳴った。

 そういえば試合後、体力を使ったというのに腹を満たしていないことを思い出す。


(……仕方ないな)


 日色はベッドから立ち上がり、


「考え事は後だ。食事にするか、いるんだろジイサン?」

「ノフォフォフォフォ! ここに」


 やっぱりいた。カーテンの裏から姿を現したシウバ。半信半疑だったが、何となくいるような気がしたので呼んでみたのだ。


「食事、頼めるか?」

「お任せを。すぐに準備致しましょう」

「手伝うですぞぉ!」

「ミカヅキもぉ!」


 ニッキとミカヅキを連れ立って部屋からシウバが出て行く。


(とりあえず、明日のことは満腹になってからでもいいか)


 そう思い、日色たちはともに食事をとるべく部屋から出て行った。









 ――翌日。


 いよいよ迎えた《フープシュート大会》の決勝戦。

 会場では、出入口などで販売されているグッズなどを手にした客でひしめき合っており、自作の垂れ幕なども用意してきた客もちらほらといる。

 まだ選手はコートに入っていないが、誰もが本日の試合の結末を見届けようと、すでに軽い興奮状態にあった。それだけ昨日の試合で火が点いたということなのだろうか。

 観客席には、昨日敗北を喫してしまったチームたちの顔ぶれもあり、そうそうたる面子が集まっているせいか、彼らを見て客たちはさらに興奮度を上げている。


 日色に言わせると、まるで芸能人でも見ているような感じ、だそうだ。

 そんな中、コート整備をしている運営の者たちを見下ろしながら、実況席にいるオリアとクゼルは、盛り上がる会場について口にしていた。


「いやぁ、まさに壮観といった具合のお客さんですね、クゼルさん!」

「これだけの人が集まると圧倒されてしまいますね。昔を知っている私としては夢のような光景です」


 つい数年前までは、どの種族もいがみ合い争っていた。戦争など数え切れないほど行い、互いを傷つけ殺し合っていたのだ。

 それが今では隣り合う席に座り、同じチームを応援したりしている光景を見ると、つい夢物語のように思えてしまうのも無理はない。

 昔を知っている者たちなら、これはまさに奇跡ともいえる時代を迎えていることだろう。


「それもこれも、皆さんが手を取り合って戦っていこうと決意したからこそ、ですね。確かにまだ種族間でやはり小さないざこざなどは絶えないですが、それは人として当然の衝突のように思えます。違う人同士なのですから、意見が食い違ったり、価値観の違いからそうなってしまうのは仕方ありません。ですが、そうやって人は成長していくと私は思います」

「なるほど~。深いお言葉ですね~。でもこの光景が生まれたのも、それぞれの種族を代表する者たちが奮闘したお蔭でもあるんですよね。それに何といっても、種族間の架け橋になったのは、やはり英雄ヒイロ様でしょう!」

「あはは、本人は自身を英雄などとは思っていないようですけどね」

「そんなドライでクールなところも人気の秘密なんですよ~。ほら見てください!」


 ババンッと効果音がつきそうな感じでクゼルの目の前に突き出したのは……。


「あはは、それって売店で売っている《ヒイロ人形》ですね」

「そうです! すっごく人気で、もう売り切れてるんですよ! これだけでもヒイロ様がどれだけ民たちに愛されているか分かりますよね~!」

「おやおや、オリアさんもヒイロくん派、ということですか?」

「いえいえ! これ見てください!」


 そう言って彼女が見せつけたのは、三つの紙袋。その中には、大量の人形やうちわなどのグッズが詰め込まれてあった。


「この《リリィン人形》可愛いと思いません? それに《ミュア手鏡》に《イヴェアムTシャツ》! ああもう、英雄の方々が身近にいらっしゃるぅ~」


 それらを胸に抱きしめてクルクルと身体を回転させる恍惚顔のオリア。


「……どうやら相当なファンのようですね……皆さんの」

「ええ、そりゃあもう! あ、ちゃ~んと《クゼルストラップ》も持ってますよ!」

「そのようなものまであるんですか!?」

「もっちろん! クゼル様も世界を救ってくれた偉大なるお方の一人なのですから! 当然娘さんのウィンカァ様のグッズもいろいろ売ってましたよ?」

「なるほど。それは是非買っておかなければなりませんね」


 結構な親バカのクゼルだった。


「おっと、こんな感じでワイワイやってるうちに、選手たちの入場時間になりましたよ!」


 オリアの視線がコートに向けられる。

 すると選手専用の扉が開き、中から日色たちが姿を見せた。


「さあ、いよいよ始まります! 《フープシュート大会》の決勝戦! 優勝の栄冠を手にするのは一体どちらのチームになるのか! ここで軽くチームのご紹介をさせて頂きましょう!」


 オリアは、手元の資料を一瞥してから、


「まずは昨日、第一試合にて、〝トロイリーベ〟を素晴らしい策で降した『獣人族』からなるチーム――〝ストレングスレオン〟ッ!」


 オリアの声に呼応するように、観客たちがレッグルスやミュアたちの名を叫ぶ。すでに熱狂的なファンがついているようだ。


「彼らの実力はもう疑いようはありません。優しき獣王レッグルス率いるチームは、この決勝戦でも、その見事なまでの団結力で会場を湧かせてくれること間違いないでしょう!」


 オリカの視線が、今度は日色たちへと向く。


「そして第二試合、ギリギリのところで〝ジェントルブレイヴ〟を破って、決勝の舞台へ上がってきたのは、多種族混合チームの〝イノセントムーン〟です!」


 先程のミュアたちよりもさらに歓声が強い。さすがは日色のいるチームということだろう。


「世界を救った英雄、異世界からの架け橋などなど、民からの圧倒的な支持を受けるヒイロ・オカムラ率いるチームは、まさにユニークという一言に尽きます! 技の豊富さでは他を寄せ付けないほど! この決勝戦でも、まだ見ぬ技を見せてくれるやもしれません!」


 そして両チームがコートの中央で顔を突き合わせる。


「さあ、もうすぐホイッスルが鳴らされます。観客たちももちろんですが、選手たちもドキドキワクワクしていること間違いないでしょう! クゼルさん、一言お願いします!」

「そうですね。悔いのないように楽しんで力を尽くしてほしいです」

「ありがとうございます! それでは間もなく決勝戦が始まります!」



     ※



「ヒイロくん、今日は負けないぞ」

「こっちもだ、レッグルス。やるからには絶対勝つ」


 互いに視線をそれぞれの頭へ向く。


「どうやら、今回も君が“コンジキ”のようだね」

「お前もそうじゃないか」


 日色とレッグルスの額に巻かれている金色の鉢巻。それは得点すれば二倍取得の恩恵を受ける証である。


「おい、ヒイロ! ぜってえ負けねえからな!」

「相変わらず暑苦しいな、オッサン。まだ始まってないんだぞ?」

「いいや、勝負はもうコート内に入った瞬間から始まってんだよ! そんなことも分からねえとは、英雄ヒイロの名が泣くぜ?」

「その名で呼ぶなロリコン鬼畜獣人」

「あいっ変わらず生意気な奴だなテメエはホントまったくよぉ……っ」


 アノールドをからかうのも日色の楽しみの一つになっていた。


「あ、あのヒイロさん!」

「何だ、ミュア?」

「今日は……勝たせて頂きますっ!」

「…………良い目だ」


 真っ直ぐで強い瞳。この二年でミュアもさらに成長したのが伝わってくる。


「ニャ~! ヒイロ~! 僕が勝ったら頭ナデふげぇっ!?」

「クロ、うるさい」

「ニャニャ! いきなり首を掴むニャ~!」

「だって、止めなきゃ英雄に飛びつこうとする」

「当然ニャ! 僕はヒイロに抱きついたいのニャ~!」

「クロ……それ以上バカなことを言うなら……凍らすよ?」

「ヒィッ!? わ、分かったからその殺気を止めてほしいのニャ~!」


 試合前に騒がしい奴だと思いつつ、クロウチとプティスを眺める日色だが、何ともそういうやり取りもまた面白いと思いつつある。日色もまた、この世界に来てずいぶんと変わったと、自身で思った。


「おほん! それではこれから決勝戦を行わせて頂きたいと思います」


 ボールを持っている審判役のシウバの声を聞いて、皆の表情が引き締まる。


「わたくしから皆様に一言を述べさせて頂きたいと思います。――――良い試合を」


 彼の言葉に、選手たちは無意識に笑みを浮かべた。


「では、互いに礼!」

「「「「お願いしますっ!」」」」


 礼を皮切りに、選手たちがそれぞれのポジションについていく。


「へぇ、ジャンプボールはお前か、レッグルス」

「まあね。お手柔らかに頼むよ、ヒイロくん」


 シウバを挟んで睨み合う両者。

 会場中が、その瞬間を待つ。

 シウバが笛を口へと近付け、


「それでは――――始めっ!」


 ホイッスルと同時にボールを高々と上げた。








 日色は全力でボールを取るべく大地を蹴った。しかし違和感を覚える。何故なら目の前にいるはずのレッグルスの姿がないからだ。


「――何!?」


 見れば、レッグルスはまだ下にいて、驚いたことにその場から離れていく。


「先手は譲るよ、ヒイロくん!」


 どうやらジャンプボールで日色と競うことを拒否したようだ。

 その光景を見ていた実況役のオリアが、


「ふ~む、これはこれはどういうことでしょうか?」


 と、隣に座っている解説役のクゼルに説明を求めている。


「恐らく、レッグルス選手はジャンプボールで下手に体力を消耗するのを嫌ったのでしょう」

「と言います?」

「先のヒイロ選手とジュドム選手とのジャンプボール対決を思い出してください。その時はジュドム選手がボールを手にしましたが、あれはジュドム選手だったからこそ通じた手だったはず」

「なるほど~」

「虚を突かれたヒイロ選手は、今度こそ警戒しながら全力でジャンプボールを制しにくる。そう考えた時、意地になってボールを奪おうとしても、ヒイロ選手の魔法を搔い潜って先手を取るのは至難の業であり、それだけで体力を消耗する恐れが高い。故にレッグルス選手は、下手に競うことはせずに先手は相手に譲り、その上で防御に徹することにしたのでしょう」


 クゼルの解説を聞いて、観客たちもなるほどと頷いていた。

 そして空中でボールを難なくゲットした日色もまた、クゼルと同じ見解に至っている。


(……先手を譲っても勝つ自信があるってことか。舐められたものだな)


 と、思いつつも空から敵チームの布陣を眺める。

 ゴール手前に選手を集中させた防御中心の陣を敷いている〝ストレングスレオン〟。


(なるほどな。あながち虚勢ってわけでもなさそうだ)


 日色は空中から地上にいるリリィンへとボールをパス。彼女は受け取ると、すぐに相手コート内へ侵入し歩を進めて行く。

 そこへ彼女を止めようと、〝ストレングスレオン〟の攻撃の要であるクロウチがリリィンの前に立ちはだかった。


「ふにぃ~。負けニャいニャ、チビッ子!」

「だ、誰がチビッ子だ! 本来の貴様の姿の方がチビッ子だろうがっ!」


 クロウチの今の黒豹が擬人化した姿は、本名――シロップが《化装術》で変化しているのである。シロップ本人は、ミカヅキと同じ程度の小ささなのだ。


「今はデッカイのニャ!」

「ええい! すぐにかわしてくれるわっ!」


 リリィンがそのまま突っ込み、クロウチがボールを奪おうと手を伸ばしてくる。リリィンはその小さな体躯をボールを抱え込みながら回転させて、クロウチの腕をヒラリと回避し、脇を通り過ぎようとする――が、


「逃がさニャいニャ!」


 クロウチの長い尻尾が、器用にリリィンの腕を擦り抜けてボールだけを弾いた。


「んなっ!?」


 弾かれたボールは地面を転がり、それをクロウチが手に取ろうと近づく。しかしボールを手にしたのは――――――ウィンカァだった。


「よくやったぞ、ウイ!」


 リリィンがしめしめといった感じで頬を緩めながら、敵のフープへと向かって走る。

 ウィンカァもまたボールを手にしながら、敵チームの守備陣へと突っ込んでいく。

 さらに驚くは、〝ストレングスレオン〟のコート内に侵入したのが、キーパーであるカミュ以外の〝イノセントムーン〟の選手すべてだということ。

 これはまさに超攻撃的手法だった。

 ほぼ横一線になった日色たちは、津波のようにレッグルスたちに襲い掛かる。


「くっ、こんな序盤でいきなり全員が攻め込んでくるなんて!?」


 考えもしていなかったのか、レッグルスは日色たちの攻めに身構えながら目を丸くしていた。


「先手をあっさりと譲ったことを後悔させてやるぞ、レッグルスッ!」


 日色へとウィンカァからボールが渡る。日色は人差し指を立てて、走りながらササッと空中に文字を書く。

 日色は五メートル先にいるレッグルスを視界に収めると、


「――《文字魔法》発動!」


 文字から放電現象が起きた直後、日色の姿が忽然と消える。


「――えっ!?」


 しかも……だ、消えたのは日色だけでなく、フープに向かって走っていたリリィンたちもまた消えていたのである。


「う、嘘ぉっ!?」

「ど、どこ!?」


 アノールドやミュアも、現状に困惑し、キョロキョロと周りを見渡している。


「う、上か!?」


 レッグルスの言葉を受け、全員が空を仰ぐ。しかし見つからない。

 観客たちも唖然としながらも、目を凝らしてコート内を見つめているが、やはり日色たちの姿は確認できない。


「……! そ、そうだ! ミュアッ、君の力で魔法を打ち消すんだ!」

「あ、そっか!」


 レッグルスに言われて、ミュアは耳を《銀耳翼》に変化させはばたかせ始める。すると全身からキラキラと輝く銀の粒子がコート内に散っていき、ボボンッと魔法が解けたような音とともに日色たちが姿を現す。

 だが会場中が驚く結果となる。

 何故なら、日色たちはすでにミュアたち防御陣を抜いて、フープの近くまで走っていたから。


「なっ!? い、いつの間に――っ!?」


 当然レッグルスは愕然としながら叫ぶ。

 そしてキーパーであるプティスもまた、いきなり目の前に現れた六人に驚愕し戸惑ってしまっていた。

 すぐに氷の壁を作って対処をしようとするが、


「――もう遅い」


 あっさりと氷の壁を避けた日色が、フープの中心へとボールを投げ込んだ。


10 対 0


 表示得点は5点だったが、“コンジキ”である日色が得点したので倍の10点を獲得できた。

 日色たちは互いにハイタッチをしつつ、自陣コートへと戻るが、レッグルスたちは狐に抓まれたように呆然としたままだった。

 日色がレッグルスの脇を通り過ぎようとして足を止める。


「……何をしたんだい?」

「それは解説してくれるんじゃないか?」


 そう言って実況席の方を指差す。


「……なるほどね。けど、まだ勝負はこれからだよ」

「当然だ」


 レッグルスの言葉に憮然とした表情で言葉を返し、日色は足を再び動かし始めた。


「いやぁ、今のは一体何だったんでしょうかね、クゼルさん」


 オリアも日色が起こした事象に興味津々といった様子だ。


「むぅ……恐らく、としか言えませんが」

「おお~、さすがはクゼルさん! 何か分かったのですか!?」

「はい。ヒイロ選手が魔法を使ったのは明らかです」

「ふむふむ」

「問題はどんな効果を発揮したか」

「そうですね~」

「ヒイロ選手は、予め発動する文字をどこかに設置できるという力を備えているのはご存知ですよね?」

「はい! ボールに文字を設置したり、自分の身体に設置したりして、あとで魔法を発動するんですよね! とってもチートなのですぅ!」


 オリアの言う通り、一文字しか使えなくても汎用性が高いので、十分に反則的ではある。


「今回、恐らくはチーム全員の身体に予め同じ文字を設置していた可能性が高いです」

「な、なるほど~! どのような文字効果を?」

「……姿を消す魔法……いえ、ミュア選手の力によってヒイロ選手たちが姿を現した時、こう徐々に身体が大きくなっていく様子が窺えました」

「た、確かに」

「だとすれば、彼が使用した文字効果は……身体を小さくするということなのではないでしょうか?」


 クゼルの解説を聞いてさすがだなと日色は心の中で称賛する。

 そう、日色が使用したのは『小』の文字。それをチーム全員に設置しておき、あの時同時に発動させたというわけだ。

 身体を小さくしただけなので、冷静に探してみれば見つけることができただろう。しかし突然のことで、戸惑いを覚えたレッグルスたちは焦り、日色たちが空に跳んだのだと勘違いし必死に上空を探していた。


 その時間があったお蔭で、小さくなった日色たちは発見されず、防御陣を抜くことが可能になる。

 ミュアの力を使えと指示したレッグルスの判断は素晴らしかったが、すでにもう得点する準備は整っていた後だった。


(もうこんな手は使えないだろうが、奇襲としては大成功だな)


 次に使用しても、今度は簡単に見破られるだろう。だからこそ、序盤でこの奇襲を成功させようと考えていたのだ。

 解説を聞いてレッグルスたちは理解したように頷いている。

 まあ解説がなかったとしても、ミュアあたりが分析していただろうが。


(さあて、次は向こうの番だ。どうやって攻めてくる?)



     ※



「ちっきしょー、あの横柄眼鏡め、何ちゅう奇襲してきやがんだよ!」


 アノールドの気持ちも尤もである。だが日色の奇襲は、〝ストレングスレオン〟に一度の攻めで脅威を抱かせるには十分だった。


「さすがはヒイロくん、といったところだね。ミュア、一応君の力でボールを清浄化しておいてほしい」

「もうやっておきました、レッグルス様」


 さすがはミュア。もしかしたら、また日色がボールに文字を設置している可能性があるので、それを見越してミュアはすでに《銀耳翼》の力で魔法の効果を吸収しておいたのだ。

 レッグルスはミュアに対して頷きを見せてから、


「ユーヒットの調査が終わるのは、やはり後半に入ってからだろうし、それまでは何とか点差を離されないようにして前半戦を終えよう」

「レッグルス様~、そんな消極的でいいのかニャ? 相手はヒイロだニャ!」

「こればかりはクロウチに賛成ですね。このバリドも同意見です。ヒイロには常に二人以上マークをつけた上、積極的に攻めて点を取って行く方がよろしいのでは?」 


 【獣王国・パシオン】が誇る《三獣士》の二人からの意見。

 だがレッグルスは首を左右に振る。


「いや、二人もいらないよ」

「ニャ? んじゃ、誰がヒイロをマークするニャ?」

「……私が一人でやる」

「レッグルス様がニャ!?」

「ああ。正直言って僕が彼をマークすれば、全力を出しても前半戦でヘトヘトになるだろう。私に先王のような肉体と力があれば、真正面か戦えるのだろうが、あいにく英雄相手に一人で長時間抑え込み続けられるとは過信していないよ」

「レッグルス様、まさかあなたは、すべての力を前半戦のみに注ぐと仰るのですか?」


 バリドの言葉に、ミュアたちも目を丸くしてレッグルスを見つめる。


「そうだ。全力で臨みヒイロくんを封殺する。だがスペックの違いがあるから、ヒイロくんの動きについていけるのは前半戦だけだろう。だから後半戦はララシークに任せる」

「兄貴。俺が代わってもいいんだぜ? 兄貴は“コンジキ”なんだしよ」

「いや、私が“コンジキ”だからこそ、ヒイロくんも気を緩めずに向こうもマークしてくるはず。その分彼の体力も削ることができる」

「う~何か効率が悪そうだニャ~」

「はは、レニオンたちにはヒイロくんを意識しないでもいいようにしたいからね。そして勝負は後半。ユーヒットの準備が整ってからが、我々の本番だ」

「それは違うぜ、レッグルス様!」

「アノールド……?」

「勝負は始まったそん時から本番です! だから俺は全力で自分の役目を全うするだけですよ!」

「……感謝する。皆も、頼んだぞ!」

「「「「おうっ!」」」」


 団結力に定評のある獣人チーム。

 彼らの放つ闘気を感じて、会場中が湧き立っていた。



     ※



 日色たちもまた、レッグルスたちから放たれる強烈なオーラを目にして改めて身を引き締める。

 先取点を取られたということが余程気に障ったのか、必ず取り返してやるといった強い熱意が、特にレニオンやクロウチから発せられていた。

 日色は各々にマークする相手を指示しているので、リリィンたちも陣地内に入ってきた相手をマークし始める。

 ボールを持っているのはクロウチ。本来彼女をマークするのはウィンカァなのだが、日色が不意をついて近づきボールを奪おうと思い動くと……。


「――させないよ、ヒイロくん」


 目の前に立ち塞がったのはレッグルスだった。


「おっと、バレてたか」

「君の一挙手一投足は見逃しはしない。ピッタリと食いつかせてもらうよ」


 レッグルスの身体から黄色いオーラが溢れ出てくる。


(身体力を自由に扱えるようになったか……!)


 魔力と対極に位置する身体力。主に使用すれば身体能力を向上させることができるが、直接体力と結びついているので、使えば体力消耗が著しい。


「おお、熱烈なストーカー発言だな、レッグルス」

「ストーカーじゃないからね」

「ほらほら、ベンチに座ってるお前の愛人からも何かどす黒いものが出てるぞ?」


 日色が指を差した〝ストレングスレオン〟のベンチに座っているのは、シウバと同じ精霊のドウルだ。レッグルスのことを気に入り、元々主だったドゥラキンが死んだ後は、目指せレッグルスの妻のスタンスで、ずっと彼の傍にいるのだ。


「レッグルス様ぁぁぁっ! 相手はヒイロくんといえど、浮気は許しませんからねぇぇぇっ!」


 その大きな声音に、会場中がざわつく。口々に「獣王、浮気?」や「しかも相手が男?」とか「ていうかストーカーだったの?」などなど、レッグルスの名誉が徐々に傷ついていく。


「ちょっ、何てことを言うのさっ! ドウルも変なことを言わないでくれぇっ!」


 レッグルスが真っ赤な顔をドウルに向けて、日色から意識が離れた瞬間、


(今だ――)


 と、彼の脇を通過してウィンカァのサポートへ向かおうとした――が、地面から噴水のように大量の水が噴出し、日色は堪らず足を止めてしまった。


「……させないって言ったよね?」


 見れば、レッグルスの腕につけている《化装術》を目覚めさせるために必要な《名もなき腕輪》が光っていた。


「俺を油断させてその隙に、って考えだったんだろうけど、その作戦はミュアから聞いてたからね」


 日色がミュアの顔を見ると、彼女はペロッと舌を出して片目を閉じた。


(なるほどな。オレがコイツの動揺する手を使ってくることも想定済みだったか)


 なかなかに頭の切れるミュアなので、日色の出す手札を幾つか予想して仲間たちに伝えているのだろう。その対抗策とともに。

 日色はあっさりと回り込んで再度目前に立つレッグルスを見つめる。


「どうやら一筋縄じゃ行かないようだな」

「まあね。この試合はこちらが勝たせてもらうつもりだし」

「……面白い。ならやってみろ!」


 それからレッグルスのマークを振り切るために日色は動き回る。だがレッグルスもまたピッタリとくっついてきた。

 その間に、クロウチはレニオンにパスをして、レニオンがフープへと斬り込んでいく。

 無論守備として今度はレッカがレニオンを止めようと立ち塞が……が、今度はレニオンがバリドへとパスし、彼は空へと飛び上がる。

 リリィンが黒い翼を背中から生やして後を追い、空中戦が始まった。

 あの場に日色も向かうことができれば有利に働くのだが、


(……コイツ)


 目の前で決して日色から視線を外さず同じような動きをしてくるレッグルス。

 文字を書こうとしても、めざとく見つけられて手に水の塊をぶつけられて止められてしまう。


(こうなったら、全力で振り切ってやる!)


 日色は両手をパンと叩いて《太赤纏》を行使する。これで日色の身体能力は大幅に向上した。そのまますかさずレッグルスを撒こうと移動を開始する――が、何故か振り切ることができずに、レッグルスはずっと傍にいる。

 その謎は案外簡単に解くことができた。


 それは彼の身体を覆っている身体力の密度である。先程まで使用していた身体力の十倍以上もの量を練って力に変えているのだ。


「おいおい、そんなんじゃ前半戦でバテてしまうだろ?」

「……いいんだよ」

「何?」

「それが俺の役目だからね」

「っ!? ……お前まさか……!」


 これだけの身体力を常に放出し続けるのは十五分ほどが限界だろう。ちょうど前半戦が終わるまで、だ。

 そして出し尽くしてしまえば、後半戦に出る体力など残ってはいないはず。


「……最初から前半戦でオレを抑えるためだけに……?」

「勝つために……ね」


 ニヤリと笑みを浮かべるイケメン獣人。何となくその笑みには獣独特の獰猛さを感じさせ、かつてのレオウード王を彷彿とさせる。


(コイツはレオウードとは逆。知略の王になるとは思っていたし、慎重派だとも決めつけていたが……こんな大胆な作戦も放り込んでくるのか)


 王を捨て駒のように扱うとは心底驚愕ものである。しかしその大胆さ、日色は嫌いではない。


「なるほどな。なら全力でオレを抑えてみろよ!」


 日色も《赤気》を大量に練って力に変える。真っ向からレッグルスの作戦を潰すために。

 それから五分以上が過ぎたが、日色は見事なまでにレッグルスに抑えられてしまっていた。

 全力ではないものの、《太赤纏》まで使っているというのに。

 レッグルスは身体能力を極限にまで使用し、また彼の扱う水の《化装術》――これが厄介だ。思った以上に水というものは万能で、直接相手を傷つけずに拘束することや動きを制限させることなどに長けており、日色も魔法なしでは振り切れなかった。


 そのため攻守ともに参加できずにいたのだ。

 その間に他のメンバーたちは、攻守を何度か入れ替わりながら得点もして現在――


21 対 10


 と、日色たちがリードしているものの、〝ストレングスレオン〟も確実に点差をキープして食いついている。

 前半残り十分を切り、明らかに全身を汗塗れにしているレッグルスだが、まだ動きに衰えは見せない。


(どうする……オレも全力の《太赤纏》を使って攻撃に加わるか?)


 いくらレッグルスが全力でマークしているといっても、レベル差があるので日色が全力の《太赤纏》を使用すれば振り切ることはできる。


(けどまだ前半だ。多分コイツはオレに体力を使わせる戦略をとっているんだろうが……)


 レッグルスの態度から、前半にすべてをかけていることは分かる。わざわざそれに付き合って、こちらも力を使い体力を必要以上に消耗してもいいものだろうか……?

 そうなれば、後半戦に思う存分力を発揮できなくなるかもしれない。

 日色はチラリと〝ストレングスレオン〟のベンチを見つめる。

 パソコンのような装置をカタカタと動かしているユーヒットが視界に映った。


(問題はアイツだ。前回、イヴェアムたちは奴の謎の力に対抗できずに負けたっていっても過言じゃない。アイツの力は多分だが、後半戦の一定時間でしか発動できない限定的なものなんだろうが、その時にオレの体力が奪われていたら話にならん)


 なのでここでレッグルスを意地になって振り切ろうとしては、それは彼の思惑に乗ってしまうということ。


(……しかしオレがここで手を緩めれば、コイツの体力も温存されてしまう。なら……)


 レッグルスのある程度の思惑に乗っかり、このまま彼に全力を出させ、後半戦に使い物にならなくさせてやると思った。

 故に――。


「まだまだしっかりついてこいよ、レッグルス」

「当然さ。どこまでも逃がさないよ」


 日色とレッグルスが見つめ合い、誤解されそうな言葉を交わしているので……。


「はぁん……レッグルス王とヒイロ様……いいわぁ」

「た、多分レッグルス様が受けよね? でしょでしょ?」

「ああでも、ヒイロ様はSに見えてもしかしたら……」

「きゃー! 燃えるわ! 書くわ! 私は書くわよぉぉぉーっ!」


 と、一部の観客たちの鼻から赤き滴がポタポタと落ちていることに、日色たちは気づいていない。

 ドウルだけは、射殺さんばかりの睨みを日色に向けているが。

 そうこうしているうちに、ボールを持っているウィンカァが素早い動きでアノールドをかわし、その先に守っているミュアに近づく。


「ここから先へは通しませんよっ、ウイさん!」

「ミュア……押し通る!」


 ググンッと急激にスピードを上げて、ミュアの壁を突破しようとするが、フワリとウィンカァの身体が浮く。


「え?」

「ハハハ! 抜いただけで安心されちゃ困るぜ、ウイ!」

「アノールド!?」


 背後から風の《化装術》を使って、ウィンカァの身体を上昇気流を発生させて持ち上げたのだ。


「ミュアッ!」

「うん、おじさん! 《銀耳翼》!」


 ミュアの耳から鱗粉のように撒かれた銀の粒子が空へと舞い上がり、ウィンカァの身体を包み込もうとする。


「くっ! レッカ!」


 銀の粒子に包まれる前にウィンカァがレッカへとパスをした。

 レッカはしっかりボールを受け取ると、そのまま真っ直ぐフープへと突っ込んでいく。


「おいガキ! テメエにはまだこの先は早えよ!」


 立ちはだかるは第二王子のレニオンだ。身体能力だけでいえば、レオウードに匹敵するような成長を見せている。


「まだ早いかどうかは、これを見てから決めてほしいです!」


 突然地面から出現した土の壁。レッカの姿が一瞬消えるものの、レッカはその土壁を使ってジャンプしてレニオンを乗り越えようとした。


「けっ、ガキの浅知恵だな! させっかよ!」


 同時にレニオンもレッカを追う。そしてレッカの持っているボールに手を伸ばし、力ずくでぶんどることに成功――――したように見えたが、フッとボールごとレッカの姿が消えた。


「な、何っ!?」

「レニオン様! 下ニャ!」


 クロウチの言葉に、即座に眼下を確認するレニオン。すると土壁の後ろからレッカが現れて、フープへと向かう。


「あ、あのガキ! まさか土壁の後ろにずっと隠れてやがったのか!?」


 レニオンの解釈は当たっており、土壁を踏み台にしてジャンプしたのは、レッカが《創造魔法》で創り上げた、自分の分身体だったのだ。

 まだ幼いレッカだが、さすがは元勇者――灰倉真紅の子供の転生体だけはある。身体能力もさることながら、魔法の使用効率も子供とはとても思えない。

 レッカは誰もいない左サイドのギリギリのところを突き進み、そのままフープへと近づく。

 目くらましのためか、キーパーのプティスの前方に大きな土壁を出現させて視界を奪い、自身はその土壁を登って上空からフープへ向かってボールを投げ込んだ。

 しかし空中から滑空してきたバリドによって、ボールをキャッチされてしまう。


「あっ!?」

「危なかったぞ。だが易々と点をくれてやるわけにはいかん!」


 そう言うと、バリドがそのまま空中を移動し、今度は〝イノセントムーン〟の陣地内を目指す。

 しかし行く手を空を飛ぶリリィンが阻む。彼女と目を合わせると一巻の終わりということもあって、バリドは必死に彼女をかわそうとするが、スピードに関していえばリリィンに劣るバリドは振り切れずにいる。


「くっ、アノールドッ!」


 眼下にいるアノールドに向かってボールをパスするバリド。アノールドはしっかり受け止めると、そのまま相手陣地に足を踏み入れるが、すでに攻撃に回っていた者たちが守備につき、それ以上攻められずにいた。

 こんなふうに互いに決定打を欠いたまま、攻守が何度も入れ替わっている。

 そうして時間が刻々と過ぎて行き、とうとう前半戦終了のホイッスルが鳴った。





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